67.五隻の船
アリスが俺に渡してくれたのはタブレットという黒い板だ。
打ち上げ装置についていた機材に含まれていたものをアリスが外してくれたのだ。
ポータブルDVDプレイヤーを更に薄くしたような機械だった。
風景の一部がそのまま切り取られたような光景が画面いっぱいに広がっている。
「左のバーを指でなぞればアップもルーズも思いのままです」
説明されたとおり指定された場所を人差し指の腹で撫でたら風景は拡大されていく。
「これはさっき打ち上げた人工衛星から送られてくる映像なの?」
「その通りです。超小型偵察衛星24基がこの星の周りをまわっているのです」
手のひらサイズの小箱がこんな画像を送ってくるなんて……。
「さあ、この映像データを参考にして今後の予定を決めましょう。水の位置や地形を考えて屋敷はどこに建てるか、港はどこにするのか、道をどのように引くかなどを考えればいいのです」
それはいいな!
すぐに実行には移せないけど、せっかくもらった俺だけの領地だ。
どうせなら住みやすいように開発したい。
「いずれは別荘を建設したり、皆で遊べるビーチも作りたいな。今は真冬だけどさ……」
「それでこそ私の主でございます! ビーチと水着は正しい男の子の夢でございますよ!」
そ、そうなのかな?
「今回は時間が足りないので測量だけにしておきますが、夏までには資材を運べる大型輸送機を召喚してくださいませね」
「大型輸送機?」
「空を飛ぶ乗り物でございますよ。重力魔法の応用で飛行することができるのです。まあレトロな大型ヘリでも構いませんがね」
そんなものがあるんだ!
空を飛ぶ乗り物なんて言ったら飛竜かグリフォンくらいしか知らない。
列強最強と言われている帝国にだって飛竜は12体しかいないし、さらにスピードが落ちるグリフォンだって26体しかいないほど希少だ。
空を飛べるのは竜騎士やグリフォン兵団の隊員だけで、ベルギアの男の子なら一度は憧れる存在だった。
そうか……輸送機やヘリというものを召喚すれば空だって飛べるのか……。
「飛んでみたいな、俺も」
「ただ飛ぶだけならヘリでなくてもいいのです。自家用車だって空を飛びますし、飛行機能のついたエアロバイクでも構いません。ですが私はビーチ開発のための資材を運べる大型機が欲しいのでございます!」
何がアリスをそこまで突き動かしているのだろう?
俺としても空飛ぶ輸送機はあった方が便利だということはわかる。
きっとフィルやカルバンシアの人々の役に立ってくれるはずだ。
だけどそんなものは、陛下をはじめとする重臣たちが独占を許してくれないんじゃないかな。
秘匿すれば反逆を疑われてもおかしくないくらいの代物だ。
そうは言っても実際は召喚できるかどうかもわからないのだ。
いざ召喚できた時は陛下に献上するけど、カルバンシアやバルモス島のために使わせてもらうようにお願いすればいいか。
「今後もレオ様は異世界からのアイテムを召喚し続けるでしょう。それらのものを使って好きなようにバルモス島を開発なさいませ」
なんかとっても楽しそうだ。
暇を見つけて年に何回かはバルモス島に来たいな。
何と言ってもここは俺の領地なんだもん。
ウウウウウウウウウウー!
突如沖合から異様な音が響いた。
あれは風魔法を使った通信手段だ。
沖に停泊しているオプトラル・クルメック号から緊急事態を示す警戒音が流れてきていた。
何か事件が起こったようだ。
「なんだろう?」
「周囲の様子を確認いたします。衛星とのリンクを開始………………わかりました」
アリスの能力がさらにアップしている!
「バルモス島の西3キロの地点に船が5隻います。一隻はベルギア帝国方面へ逃走中、もう4隻がそれを追っているようです」
おそらくオプトラル・クルメック号の甲板部員も同じものを発見して警報を鳴らしたのだろう。
「映像をタブレットに送ります。レベッカ様、追われている船が掲げている旗を確認してください」
レベッカが俺の横からタブレットを覗き込んだ。
「これは、レイルランドの国旗だわ!」
レイルランドは海の西側にある島国で帝国の領土ではない。
国土は狭いが平坦で肥沃な土地を持ち農業が盛んな国だ。
僅かながら帝国とも通商がある。
「追っている方の船は?」
「特に身分を示す旗は掲げてはおりませんね」
海賊だろうか?
「略奪行為を見逃すわけにはいかないけど……」
オプトラル・クルメック号は陛下からお借りした大事な船だ。
万が一にも傷つけるわけにはいかない。
「アリス、場合によっては俺と一緒に来てもらうぞ」
「あの程度の海賊など私一人でどうとでも……」
アリスの様子が変だ。
「どうしたアリス?」
「レオ様、甲板上の拡大写真をタブレットに送ります。ご覧ください。この者たちは海賊には見えませんよね。どう見てもどこかの国の正規兵です」
画面には水兵たちに指示を出している制服姿の士官の姿も映っていた。
「この制服はブリタリア王国の海軍のものだわ!」
レベッカが叫んだ。
ということはレイルランドの船をブリタリアの船がベルギリア帝国の領海内で追撃していることになる。
「ここでこうしていても仕方がない。とにかくオプトラル・クルメック号に戻ろう。レモッツ船長にも話を聞いてみないと」
亜空間を開いてアリスとスルスミを収納してから、ホバーボードで船へと戻った。
「レオ様! 所属不明の船が4隻こちらに向かっております!」
甲板に飛び上がった俺にすぐさまレモッツ船長が報告してきた。
「はいこちらでも捕捉しました。一番前はレイルランドの船、後ろの四隻はブリタリア軍です」
「なんですと!?」
レイルランドとブリタリアは海を挟んで隣り合う島国だ。
小さな無人島の所有権をめぐって局地的な武力紛争も度々起きていると聞いている。
帝国とはどちらの国も小規模な通商をしていて関係は良くも悪くもなかった。
「仲良く並走しているわけではなさそうですな」
望遠鏡をのぞきながらレモッツ船長が唸る。
「ええ。ブリタリアはレイルランドの船を拿捕したいみたいです」
たまにブリタリアからの魔法攻撃があるが、それはマストを狙っていたり、進路を阻もうとする威嚇であって、船を沈める気はないようだ。
「そのようですね。レイルランドの船は一部損傷しているようで船足が遅くなっています。このままでは2時間もかからないうちに捕まるでしょう」
さて、どうしたものかな……。
「ブリタリアのやりよう、気に入りませんな」
目から望遠鏡を外した船長が沖の船を睨んだ。
船長の言いたいことは分かる。
レイルランドの船は船首にベルギア帝国の小さな国旗をつけ、メインマストには自国の旗を示している。
これは船がレイルランドの船でありベルギア帝国の港を目指していることを示す合図だ。
慣例に則った正しい作法で港を目指しているので問題ない。
一方のブリタリアは自国の旗はおろか行き先を示す旗さえもつけていない。
しかも、明らかに帝国海軍の船とわかるオプトラル・クルメック号を見ても追跡をやめる気配すらない。
帝国が舐められているのか、はたまた、是が非でもレイルランドの船を捕まえたいかのどちらかだろう。
おそらくは後者だ。
「こちらが一隻とみて無理を通すようです。近寄れば撃破も辞さない構えでしょう」
陛下からお借りした大事な船を傷つけるわけにはいかない。
ましてや戦闘になって負けたとあらば帝国の威信に傷をつけてしまうことになる。
だが、このまま帝国の領海内でブリタリアの戦闘行為を傍観することもはばかられた。
「ことは高度に政治的な問題を含んでいます。せめてもう一隻船があれば……」
大義はこちらにあるので戦闘をやめるように勧告はできるのだが、証拠隠滅のためにブリタリアが我々を襲ってくる可能性はじゅうぶんあった。
「船長は大至急港へ戻ってください」
「レオ様はどうされるのですか?」
「レイルランドの船をバルモス島で保護します」
バルモス島の領主は俺だ。
自分の領地内のことならある程度自由に裁量権が与えられる。
「レオ様とアリス殿、それからレベッカ・メーダ殿が揃っていれば大丈夫だとは思いますが……」
レモッツ船長は心配そうに俺を見つめる。
「陸上ならスルスミも使えます。まだ戦闘になると決まったわけではありません。レモッツ船長は友軍を連れて戻ってきてください」
そうは言ったもののブリタリアのやり方は強硬だ。
楽観が過ぎれば殺される恐れもある。
皆殺しにして海賊のせいにでもすれば証拠は残らない。
気を引き締めて事に当たらないといけないな。