66.バルモスの翼
翌日はよく晴れた暖かい日となった。
午前中はハーピーの卵を潰すことに時間を割かれてしまったので周囲の探検は午後からだ。
モード・カフェの可愛いお姉さんになったアリスが作ってくれたサンドイッチを頬張りながら午後の計画を練る。
モード・カフェのお姉さんというのはこげ茶のエプロンをつけた姿というだけのことらしい。
相変わらずアリスのやることは意味が分からないものが多い。
エプロン姿も似合ってはいるのだが。
「そういえばレオ様、今日の召喚はまだでしたよね」
ハーピーの卵が孵化する前に潰したかったので今朝は時間がなかったのだ。
だって幼生を殺すのはちょっとね……。
いくら魔物でも気分が悪すぎる。
まだ卵の状態の方がましというものだ。
「うん。このサンドイッチを食べ終わったらやってみるよ。ここのところ微妙な物ばかりが続いているから今日あたり凄いのが召喚できそうな気がするんだ」
「負け続けているギャンブラーみたいなおっしゃりようですね……」
言いえて妙だけど酷すぎる……。
最近召喚した異世界の品物は以下の通りだ。
絵葉書:日本庭園という美しい庭の絵が描かれた硬い紙。絵ではなく写真と言うのが正しいらしい。
テディーベア―:クマに見えないほど可愛いぬいぐるみ。フィルにプレゼントした。
キャラメル:甘いお菓子。一粒食べると300mを瞬間移動できる。効果は一度きり。
木綿の糸:この世界にも同じものがある……。
マッサージ機:ヘッドが振動してこったところをほぐしてくれる機械。肩に当てると気持ちが良かった。なぜかアリスがニンマリしていたが、なんなんだよ?
猫のスタンプ:インクに付けてから紙に押し当てると猫の図柄が現れる。とっても可愛らしい。フィルが欲しそうにしていたのでプレゼントした。人目がなくなった時のキスがいつもの倍は情熱的だった。
ざっとこんな感じのラインナップだ。
小さいものが続いているので今日あたり大きいのがくるような気がするんだけどな。
「豊穣と知恵の女神デミルバとの約定において命ず。異界のモノよ、我がもとにその姿を現せ!」
物置の中で召喚魔法を使ったら、頭の中で久しぶりに声が響いた。
(ピンポーン♪ 召喚物を置くスペースに不具合があります。屋外の開けた場所に移動して再度魔法をお試しください)
きたきた!
今回の召喚物は外で使うもののようだ。
スルスミみたいな乗り物かな?
まったく違うタイプのゴーレムかもしれない。
「どうされましたか?」
「今回の品物は外で召喚しなくてはダメみたいなんだ」
「外で……」
アリスにとっても何が召喚されるかは想像がつかないみたいだ。
表に出て再度召喚魔法を試した。
魔法陣の光が消え去った後に出てきたものはそこそこの大きさがある。
……おっきいミサイル?
まるでスルスミの六連ミサイルポットの中身をそのまま大型にしたようなものを召喚したぞ。
「こ、これは……」
普段は感情表現に乏しいアリスがプルプルと震えていた。
「どうしたの?」
「レオ様!」
なにっ?
アリスがいきなり抱きついてきた!?
しかもキスまでしてくる!?
そんなに嬉しかったのかな?
って、舌を入れてくるのはどうなんだよ!?
「ぷはぁっ! 落ち着いてよアリス、突然どうしたの? 何がそんなに嬉しいのさ?」
「これで……また少し私は完全体に近づけます」
完全体?
もしかしてまだ強くなるの?
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名称:超小型人工衛星打ち上げ機セット
説明:総重量150㎏未満の人工衛星を打ち上げる能力を有する人工衛星打ち上げ機。複数の衛星を相乗りで打ち上げることが可能。
超小型GPS衛星・超小型レーダー衛星・超小型光学偵察衛星搭載。
石川山播磨灘重工社製。
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説明書きを読んでも何のことかさっぱりわからない。
GPS?
アリスお得意の謎の三文字がまた出てきたな。
ララミーがいたら喜びそうだが……。
「レオ様、さっそく打ち上げ許可をお許しください。この星の大きさは地球とほぼ同程度。私の計算によれば本日の16時17分が最適の打ち上げ時間となっております」
「ちょっと待ってくれよ。この筒の中には何が入っているの?」
アリスは筒状の機械を開けて中に格納されている箱を取り出して見せてくれた。
手の平に乗るほどの大きさだ。
同じものがたくさん詰まっている。
「小さい箱だけどこれは何?」
「…………不思議ボックスでございます」
「面倒がらずに解説しろよ!」
アリスは大きなため息をついてから説明を始めた。
「こちらはGPS衛星です。これをあちらのロケットに乗せて宇宙へと飛ばします。そうするとこの箱がロケット外に飛び出して星の周りをクルクル回るのでございます」
クルクル?
「理解できていないようですが説明を続けますよ。この箱からは特殊な信号が出ておりまして、その信号を感じ取って私は自分がこの星のどこにいるのかを特定することができるのです」
ははーん……。
つまりアレだ。
「ご理解できましたでしょうか?」
「うん。つまりこれは……不思議ボックスだな」
「……その通りでございます」
不毛な会話が続きそうだったのでレーダー衛星と偵察衛星の概要はまた今度にしてもらうことにした。
ララミーが一緒の時のほうがいいだろう。
ララミーなら俺でも理解できるように説明してくれるような気がするしね。
打ち上げ機のセッティングはアリスが嬉々として取り組んでいた。
俺たちには持ち上げられないような重い機材も鼻歌を歌いながら積み上げている。
それから魔石を大量に消費して時空間回線を開いて長い時間をかけて必要な情報を読み込んでいるようだった。
こうして時間までに準備は着々と進んでいった。
「それではレオ様カウントダウンを開始します。私が『ゼロ』といったらこちらの発射ボタンを『ポチッとな』といいながら押してください」
「ポチッとな?」
「いわゆる様式美というやつでございますよ。私が生まれた星ではスプーントニック衛星以来の伝統でございます。省略することは許されません」
「はあ……」
本当かよ?
太陽が波に反射して幾憶もの鏡が乱反射しているように俺たちを照り付けていた。
「これより打ち上げを開始いたします!」
アリスの声ですらいつもより緊張しているように感じてしまう。
そして運命の時はやってきた。
「スリー、トゥー、ワン、ゼロ」
「……ポチッとな?」
ロケットが火を噴き轟音を立てながら青い空へと上がっていく。
予想以上の音とスピードにびっくりしてしまった。
やがてロケットは空の彼方へと吸い込まれていったが、アリスは空を見上げたまま身じろぎもしない。
そして時間は流れた。
「くっくっくっ。偵察衛星、レーダー衛星、GPS衛星全て正常に作動……。ああ、恐ろしいほどの全能感でございます」
アリスが気持ち悪いほどの悦に入っている。
「よ、よかったねアリス」
「ええ。これからはレオ様にとってもっと役に立つオートマタになりますよ。可愛がってくださいな、でございます」
にっこりと微笑むアリスは妖艶すぎて怖かったけど、同時に抗えないほどの魅力も感じてしまう。
「さっそく偵察衛星でこの島の情報を手に入れました。こちらの端末に送りますのでご確認ください」
アリスに渡された黒い板に空からバルモス島を見た俯瞰図が映し出されていた。