55.悪役村娘→悪役メイド ヨラン日記 その3
風の中月 1日
このお屋敷に来て一週間がたった。
毎日忙しく働いている。
先輩メイドから叱られることもしばしばだ。
特に古株のエンダというババアがうるさい。
うるさいだけなら受け流せばいいのだが、私のことを田舎者と呼んで意地悪をしてきて腹が立つ。
私のスープやパンだけ少なくしたり、わざと足を踏んだりと結構露骨だ。
汚れの酷い地下の倉庫やトイレの掃除も私にばかりやらせる。
きっと、私が若くて綺麗だからやっかんでいるのだろう。
取り巻きのエニーも率先して私に突っかかってくる。
こいつは性格の悪さが顔ににじみ出ているブスだ。
エンダは先代様に仕えたとかいうメイドで威張り散らしているが、私を敵に回したことを後悔させてやる。食べ物の恨みは恐ろしいのだ。
風の中月 3日
仕返しは順調に進んでいる。
昨日は二人のスープに小さなカエルを入れておいてやった。
カエルくらいで大騒ぎしてバカみたい。
都会の人は虫やカエルなどに弱いことがよくわかった。
これから私は南京虫を集めに行く。
もちろん密かにエンダとエニーの寝床に入れるためだ。
こんなことをやっているとベッドメイクも楽しくなるから不思議だ。
今日もお仕事を頑張るぞっ!
風の中月 10日
自分のベッドの中に蛇を見つけてからエニーはかなり意気消沈している。
しかも、その蛇を私が素手で捕まえて顔の前に差し出してやってから私に対する態度が変わった。
田舎者を舐めるなよ。
風の中月15日
最近エンダとエニーが私の顔を見ると怯えてしまう。
私をいじめたお仕置きはこれくらいにしておいてやるか。
二人ともブスだし、いい歳して未婚のままの可哀想な奴らでもある。
私はこんな奴らにいつまでも関わっている暇はない。
スタンダール家の坊ちゃまはちょうどお年頃。
うまいこと誘惑して玉の輿を狙うのよ!
ラッキースケベと年上の包容力で貴族の側室ゲットなのっ!
風の中月18日
エンダのババアが勤めを辞めた。
父親が死んだので母親の面倒を見なくてはならなくなったそうだ。
仕事の担当も大移動があり、私は大奥様の部屋付きメイドになってしまった。
もしかして出世? と考えていたが、別に上級メイドになるわけではないそうだ。
給料も上がらなかった。
私は坊ちゃま付きのメイドになりたかったのに……。
世の中はうまくいかない。
風の中月 19日
大奥様はエンダ以上に嫌味なババアだった。
陰気な顔をして嫌味を言うタイプだ。
脚が悪くて、いつも部屋に閉じこもっている。
食事をするのも、自室だし、出かけることもないそうだ。
同僚メイドのリーンに聞いたが、どうやら私は島流しにあったようだ。
大奥様のところには伯爵様も奥様も来ることはなく、ずっと孤独に過ごしている。
外出もしないから私がお供について遊びに行くこともない。
なんで私がこんな婆様の担当をしなきゃいけないのよ!
ちょっぴり仕返しをやりすぎた?
みんなが私を怖がっているらしい。
風の中月 26日
大奥様の部屋付きになったが、私は結構楽しくやっている。
大奥様はいろいろと煩いのだが、小言の半分くらいを無視してやったらおとなしくなった。
無視しても大丈夫かって?
だって、ここには私しか使用人はいないのだ。
大奥様がどんなに騒いだって私に無視されたら他に話を持っていくわけにもいかない。
掃除や身の回りの世話など、あからさまに手を抜くことはないが、それ以外はのんびりと過ごしている。
大奥様が呼んでも聞こえなかった率は四二パーセントくらいで安定中だ。
「最近のメイドは……」
という奥様の愚痴も笑顔でスルーしていたら完全に諦めたようだ。
話し相手は私しかいないし仲良くやるしかないよね。
風の下月 12日
昨日の夜、どうしても寝付けなくて中庭を歩いていたら、くぐもったような女の呻く声が聞こえてきた。
誰かが逢引きでもしているのかな? と思い、私は木陰に隠れながら近寄ってみた。
使用人部屋は大部屋なので、夜中に中庭でやっちゃうカップルも多いらしい。
同僚メイドのリーンも使用人のロックと中庭でしたことがあるそうだ。
私はワクワクしながら暗闇を進んだ。
リーンはさっき私の隣のベッドで寝ているのを見ている。
もしかして真面目娘のクラリス?
普段はおとなしそうなあの娘がどんな顔してやっているのかしらと覗いてみると……。
最初は夢でも見ているのかと思った。
だけど月明かりの下にいたのは……なんと本当に眼鏡娘のクラリスだった。
しかもお相手は……、あれは坊ちゃまじゃない!
この私が先を越されてしまった!?
言いようのない敗北感を感じて私は中庭を後にした。
あんな地味な子に坊ちゃまを奪われるなんて……。
しかも、六ケ所も蚊に刺されて踏んだり蹴ったりの夜だった。
風の下月 13日
昨晩見たことをリーンに話したら、リーンも驚いていた。
「やっぱり男の子は従順そうな女の子が好きなのよ」
リーンの言う通りなのだろう。
だけどそれってムカつくわ。
「バカみたい! クラリスなんて胸が大きいだけのつまらない娘よ。どこがいいのかしら?」
「男の好みは私たちの美的基準とは違うってことよ。それに坊ちゃまとしては甘えさせてくれそうなお姉さんタイプが好きなんだと思うわ」
私だってその気になれば好きなだけ甘えさせてあげたのに。
所詮、お子様には私の魅力は分からないってことなのね。
腹が立つからクラリスを少しイジメてやろうかしら……。
いけないお姉さまには私がお仕置きしてあげなきゃね。
クラリスの匂いを嗅いで、
「男の匂いがする……」
と言ってやったら顔色を変えていた。
皆にばらす気はないけど、せいぜい焦ればいいんだ。
火の上月 5日
クラリスがお暇を出された。
坊ちゃまとの関係を旦那様と奥様に知られてしまったらしい。
私は告げ口なんてしていないわよ!
どうやら逢引きの現場を見られてしまったようだ。
可哀想にクラリスはかなりの叱責を受けていた。
しかも、迫ったのは坊ちゃまなんだろうけど、クラリスが誘惑したことにされていた。
あの真面目娘がそんなことするはずないのに……。
てっきり側室にでもなるかと思ったのに僅かなお金を渡されて追い出されるようだ。
あまりにもひどい扱いだ。
クラリスが受けた仕打ちはもしかしたら私が受けていたのかもしれない。
もしも坊ちゃまが私に迫っていたら……、そう考えるとクラリスが可哀想でリーンと一緒に餞別を渡した。
これまで大して仲良くなかったからクラリスはびっくりしたような顔をしていた。
玉の輿に乗るのも大変なようだ。
私ももう少し堅実になった方がいいのかもしれない。
そろそろ自分の身の丈にあった彼氏でも探そうかな……。
いや、何を言っているんだ私は!
こんなに早く諦めてどうする。
私くらいの女なら言い寄ってくる金持ちはいくらでもいるはずだ。
秋も深まれば社交シーズンが始まるそうだ。
きっと私を見初める貴公子が現れるに違いない。
45歳くらいまでなら少々顔がまずくても我慢できる。
不潔なのは無理だけど……。
パーティーでダンスの相手がいない男だったらちょっと優しくするだけで落ちるだろう。
頑張ってみるか!
問題はどうやってパーティー会場に潜り込むかよね……。
火の上月20日
クラリスがお暇を出されたあと、坊ちゃまは意気消沈して過ごしているようだった。
彼なりにクラリスを愛していたのかもしれない。
ただ、最近は元気も出てきて他のメイドに戯れかかることもあるようだ。
今日、廊下で坊ちゃまと行き会ったとき、坊ちゃまが私の顔と体をじっと見てから、少し首をひねって行ってしまった。
好みじゃないってこと?
失礼しちゃう。
あんなガキはこっちから願い下げよ!
火の上月 25日
皇帝陛下が北の離宮に移られたのに合わせて、伯爵もオッセントレクトへ行ってしまった。
使用人も大部分がオッセントレクトへ行ったというのに、私は大奥様と留守番だ。
ブリューゼルに比べてあちらは随分と涼しいそうだ。
羨ましいけど、閑散とした屋敷は気を使わなくてもいいという利点もある。
最近になって大奥様は甘いものをよく食べるようになった。
私が帝都のスイーツ情報をあれこれ耳に入れたせいだ。
おかげで色々なものを買いに行かされるが、そのたびに遊びに行けるので嬉しくもある。
大奥様とは奥様の悪口を一緒に言ったのがきっかけで仲良くなった。
どこの家でも姑は嫁が嫌いなのね。
敵の敵は友みたいな感じで打ち解けることができた。
火の下月 8日
なんと、街でエバンスに会った。
しかもレオとの関係で叙爵され準爵になっていた。
エバンスは昔から誰にでも優しい子だったから、素直にうれしかった。
でも、半分本気で奥さんにしてって言ったけどすぐに断られちゃった。
そりゃあそうか。
エバンスは子どもの頃、私のことが好きだったはずなのに……。
まあ、もうあの頃とは違うもんね。
子どもの頃の私はエバンスにはちっとも興味が持てなかったし……。
子どもって本能で恋をするんだと思う。
見た目とか運動神経とか体力とか、動物としての優秀さを見ているのかもしれない。
大人になるともっと理性的に生活能力を見ちゃうのよね。
今のエバンスならお金もあるし、私の我儘も聞いてくれそうなんだけどな……。
本当はエバンスみたいな誠実な男と家庭を作れば幸せになれるんだとは思う。
でも、私はそれだけでは満足できない気がする。
だからやっぱりエバンスとは結ばれちゃだめだな。
エバンスみたいな人を傷つけるのはさすがの私も気が引ける。
やっぱりどこかのパーティーに潜り込まなきゃダメね。
でもレオに頼むことはできないし……。
大奥様のお付きとしてどこかに行けないかしら……。