32.悪役村娘→悪役町娘 ヨランの日記 その2
本日二本目です。
水の後月 八日
今日から密かに都会へ出る準備を始める。
そうは言っても荷物はたいしてない。
考えてみれば私は服だってそんなにたくさんは持っていないのだ。
普段着が三組と晴れ着が一枚、それだけだ。
こんな村、必ず出ていってやる。
来月になったら雑貨屋のオジサンが街まで仕入れに行くと言っていた。
その荷馬車にそっと忍び込む予定だ。
それまでにできる限りお金をかき集めなきゃ。
風の新月 二日
やった。
ダメもとで村長の息子のババスに頼んだら五万レウン貸してくれた。
その代わり奥さんに余計なことを言わないでくれと頼まれた。
たぶん昔私とババスがつきあっていたことを内緒にしろってことなのだろう。
あの奥さんは嫉妬深いから結婚前のことでもヤキモチを焼きそうだ。
私だって余計な波風を立てるつもりはない。
それに、私は二度とラゴウ村に帰ってくるつもりもないのだ。
五万レウンは機会があれば返すとしよう。
風の新月 一一日
私は今、レスコの街にいる。
ついにラゴウ村を出たんだ!
村はずれの藪の中に隠れて、雑貨屋の荷馬車に後ろから飛び乗ることに成功した。
少し音がしてしまったけどオジサンは気が付かなかった。
そして街に入ったところで気が付かれないように飛び降りることもできた。
今の私はすごくついている。
今なら何でも成功しそうな気持ちだ。
私は自由だ!
風の新月 一三日
二日間も待たされたが、ようやく帝都方面へいく馬車が出発するそうだ。
ブリューゼルまでの運賃は五万二千レウンもした。
ババスに借りたり、お父さんのお金を全て持ち出したので私には九万七千レウンの金があった。
だけど馬車の運賃を支払ったら四万五千レウンしか残っていない。
今後のことを考えてこの二日間は宿にも泊らずに神殿の礼拝堂に座って夜を明かした。
食べ物もパンと水しか飲んでいない。
早くブリューゼルに行きたい。
ブリューゼルに着きさえすれば何とかなると思う。
風の新月 一七日
毎日馬車に揺られているのでクタクタだ。
食事もろくに食べていないせいかもしれない。
でも、今日はいいことがあった。
私の顔色が悪いのを心配した同乗者の紳士が食事をご馳走してくれたのだ。
久しぶりに食べる肉の入ったシチューに泣きそうになってしまった。
なるべくがっつかないように、上品に食べたつもりだったけど大丈夫だったかな?
年齢は四〇歳を超えたくらいの人だったけど、見ず知らずの女に豪華な食事をご馳走してくれるなんてきっと金持ちなのだろう。
顔もけっこう素敵だ。
食事のすすめ方やエスコートの仕方が洗練されていてすごくカッコイイ。
泊まっているホテルもいいところのようだ。
だけど、それに比べて私は最低ランクの木賃宿に泊まるしかない。
それでも一泊三〇〇〇レウンした。
残りのお金は三万レウン。
ブリューゼルまであと三日……。
風の新月 一八日
今日も同じ人に食事をご馳走してもらった。
彼の名前はヨハン・ゴーン。
そして食事の後、ヨハンが宿泊しているホテルの部屋へ来ないかと誘われた。
ワインを三杯も飲んで少し酔っていたのかもしれない。
でも明日からのことを考えて少しでも節約したい冷静な私もいた……。
結局、私は彼の部屋へ泊る選択をしてしまった。
つまるところ、いろいろ考えるのが嫌になるくらい疲れていたのだ。
ベッドに入る直前、なぜかレオの顔を思い出した。
ひょっとしたらレオだけが純粋に私を愛してくれていたのかもしれないと今更ながら思った。
だけど、そんな回想も初めての痛みの中で消えていく。
私にのしかかるヨハンの重みを煩わしく思いながら、自分はこの結果をそれほど悲しんではいないと自覚した。
私は今、いびきをかいて眠るヨハンの横でこの日記を書いている。
風の新月 二〇日
ついに帝都ブリューゼルに着いた。
私の新しい人生はここから始まると思った。
私は当然ヨハンが私の今後の面倒をみてくれると思っていた。
ところが、彼の姿は私が御者から荷物を受け取っているうちに消えていた。
ヨハンにとって私は旅の間の性欲を処理する道具に過ぎなかったようだ。
彼は私の食事代と宿賃の対価として、私の処女と続く晩の相手をさせたわけだ。
ずいぶん安く自分を売ってしまったことに腹が立ったが、後悔をしている暇はなかった。
今日中に職業斡旋所というところに行って仕事を見つけなければならない。
残っているお金は三万レウンしかないのだ。
ヨハンのバカが!
小遣いくらい置いていけ!
風の新月 二一日
昨日は職業斡旋所というところで仕事を探した。
私は生活魔法のスキルを持っているのでメイドの仕事はいくらでもあった。
だけど住み込みで働いて、月収は四万レウンとのことだった。
たった四万レウン!
私としては最低でも一月に一〇万レウンくらいにはなると思っていたのだ。
もっと楽に稼げる仕事はないのかと探していたら一つの求人に目が留まった。
日払い高時給で今すぐ稼げるお仕事。
落ち着いた雰囲気と客層の良さが自慢の大人の社交場。
一五~二五歳までのオトナな女子を大募集。
『男の館 ハニートラップ』
これだ!
その日の内に面接を受けたが、結果は一発合格だった。
私の美貌は帝都でも通用するようだ。
今日からでも働いてほしいと言われた。
しかもこの店は働く人のために部屋まで貸してくれるそうだ。
家賃は給料から天引きされるけど、普通に借りるよりはずっと安い。
まずはここでお金を稼ぐことにした。
風の新月 二二日
青天の霹靂とはこういうことを言うのだろう。
昨日から働き始めた職場にレオが現れた。
私はとっさに隠れたのでレオには気づかれていないと思う。
一緒に働いているナオミさんに聞いたらレオはオーナーの親友らしい。
VIPルームに通されて歓待されていた。
最初は二人の立場があまりにも違うことに動揺して泣きたくなった。
あの日、私は洗濯バサミしか召喚できないレオを無価値な人間と判断した。
だけど、私はどうなんだ?
価値のある人間と言えるのだろうか?
今はまだ若い。
ここで働けばちやほやされてお金も稼げるだろう。
だけど昨日ここの求人を私はみた。
この場所での私の賞味期限はあと一〇年しかないのだ。
その後はどうする?
二五歳になってから生活魔法を使えるメイドとしてやり直すのか?
自分より年下のメイドを先輩と呼びながら?
VIPルームのレオを覗き見るとレオは笑っていた。
でも、私にはわかる。
あの笑顔は心の底から楽しんでいる状態じゃない。
レオはもっと無邪気に笑うのだ。
かつての私はあの笑顔を子どもっぽくて疎ましいと感じたこともあった。
だが、今久しぶりに思い出すと随分と好ましいものに思える。
レオを見て思った。
この店は今日で辞めよう。
風の新月 二五日
エリオット・スタンダール伯爵という貴族の家にメイドとして雇われることが決まった。
今日から心機一転頑張ろうと思う。
とりあえずは目指せ上級メイドだ。
そのうちこの家の若様でもたぶらかして側室の座を勝ち取ってやる!
たくさんの応援をありがとうございました。
感想もたくさん書いていただき嬉しかったです。
明日からは投稿頻度が減りますが許してください。
少なくとも一日二本はちょっと無理そうです。
なるべく頑張ります。