バルモスの発展
アリスとは離れ離れの日々が続いていたけど、定時連絡だけは毎日取っていた。
「突然ですがお金を下さい」
通信機のスイッチを入れると、藪から棒にアリスの声が聞こえてきた。
「ずいぶんといきなりだね。出がけに渡した3億レナールはどうしたの?」
「使い果たしました」
あっさりと……。
プリンセスガード時代の俺の年俸は2800万レナールだったから、それの10年分以上だぞ。
「3億をもう使っちゃったの?」
「はい、開発費と船の購入で綺麗になくなりましたよ」
「船ってなに?」
「人と物を運ぶための船ですよ。マシュンゴさん達に火魔法と水魔法を応用した蒸気船の作り方を教えたら、あっという間に改造船が出来上がりました」
ドワーフたちの張り切りようが目に見えるようだ……。
「それの建造費に1億レナールほど、残りは島の開発費に消えています。人件費は別会計で月末にはいただきたく存じますので、よろしくお願いします」
よろしくって……。
「追加のお金っていくら必要なの?」
「10億ほどあれば……」
「そんなに!?」
「陛下から諸々のご褒美をいただいているでしょう? あれをドドンとつかってしまいましょう」
なぜそのことを知っているって、聞くまでもないか。
あらゆる場所から情報を収集するアリスに隠し事はできない。
「わかった。お金は暇を見つけて届けに行くよ」
「ようやくレオ様に会えるのですね。勝負下着で待っています」
「見ている暇はないと思うから、なんでもいいよ」
「むぅ、水色のレースですよ。……少し離れていた間にレオ様は冷たくなりました。アリスのこと、お嫌いになられましたか?」
アリスが思いつめたような声を出すからあわててしまった。
「そんなことないよ。アリスには感謝しているし、嫌いになるなんてことあるわけないじゃないか」
「本当に……グスッ……」
いや、涙もはなみずもでないよね、オートマタなんだから……。
それとも第五世代AIのオートマタは出せるのかな?
わからない。
「本当だって」
「だったら私のことが好きだと言葉にしてください」
「ええっ……?」
「その言葉を聞けば、遠く離れた地でも頑張れると思うのです」
まあ、アリスにはいつも尽くしてもらっているし、そのことには感謝している。
恋愛感情かどうかはわからないけど、好きであることは間違いない……。
「わ、わかったよ。一回しか言わないからね」
「はい」
「アリス……好きだよ」
うわああああ、改めて言うとすごく恥ずかしい!!
「録音完了。ありがとうございます、永遠の宝物にしますね」
「ちょっと待て。録音完了ってなんだよ? そんな恥ずかしい――」
「本日の定時連絡はこれにて終了いたします。ブチッ」
「アリーースッ!!」
くっ……、またしてもアリスにしてやられてしまった……。
数日後、俺は用意した現金を持ってバルモス島へと出かけることになった。
「早くしろ、チビ。おいていくぞ」
「なによ偉そうに! 何様のつもり⁉」
「第二夫人兼、警護主任様だ! フハハハハッ!」
アニタは俺の警護でついてくることになり、ずっと休みを取っていなかったレベッカとララミーも一緒に来ることになった。
レベッカの率いる工兵部隊今日明日は休息日だ。
フィルには悪いけど、彼女には残ってもらってカルバンシアでの指揮を執ってもらわなくてはならない。
「ごめんね、フィル。明日には戻ってくるから」
「バルカシオンやカルロ、前線には特戦隊とマルタ隊長もいるのです。こちらのことは心配しないで行ってらっしゃい」
「そうだぞ、レオ。昨日のうちに私が周囲の魔物を大量に駆逐しておいた。しばらく襲撃はないだろうさ」
アニタが張り切って狩りまくっていたもんな……。
付き合わされたライフル隊は全員が地獄を見たらしい。
エルバ少尉(出世した)が泣きながら訴えていたよ。
「そろそろ出発しましょう」
ララミーが俺の手を引いて助手席に座らせてくれる。
「あっ、ララミー! なにちゃっかりとレオの横に座っているのよ」
「そうだぞ。勝負しろ!」
「早く乗らないと置いていきますよ……」
騒々しくも、こうしてバルモスへの旅が始まった。
スカイ・クーペを飛ばすこと3時間で、バルモス島が見えてきた。
空の旅は最短距離を進めるので無駄がない。
「おい、あれは本当にバルモス島なのか?」
目のいいアニタが最初に島の異変を気がついた。
「何を言ってるんだよ。まちがえるわけないだろ……ええ!?」
それは衝撃の光景だった。
ほんの数カ月見ない間に島はすっかり開発されていたのだ。
作りかけだった領主館はすっかり完成していたし、港には長い堤防ができている。
その上、帝都にもないような高い建物も建築中のようだ。
あれは異世界でビルディングと呼ばれる建造物だな。
おそらくアリスが作らせているのだと思うけど……、ここまでするか!?
島に近づくにつれ詳細がわかると、さらに驚かされた。
通行している人や働いている人がたくさんいたのだ。
バルモスの人口はどれくらいになっているんだ?
それだけじゃない。
道も整備されていて小型の魔導列車や自動車までもが島のそこここを行き来している。
「レオ様ああああ!」
スカイクーペから降り立つと、真っすぐにアリスが飛びついてきた。
アニタの斬撃以上のスピードで避けることもかなわない。
もしも鍛えていなかったら吹き飛ばされていたかもしれないよ。
「グフッ……」
あまりの衝撃に情けない息が漏れてしまう。
「さすがはレオ様、アリスの体をしっかりと受け止めて下さいました。ザコとは違うのですね」
「い、いいから離れてよ」
アリスは俺の首に抱き着いたまま話している。
「そんなにお照れにならなくても、主従の再会を邪魔する者はどこにもおりませんよ」
「それ以上見せつけるのなら我々が黙っていないが?」
アニタが一歩前へ出ている。
「あら、側室様方がお揃いで……、今夜はフィリシア様に隠れてパーリーナイトですか?」
「違う!」
「それは残念でございます。領主館の混浴風呂も完成しておりますのに」
そういえばここは温泉が湧き出るんだったな。
「もうボーリング作業が終わったの?」
「はい。世界中から技術者や研究者が集まっておりますので、専門家も多いのですよ」
「はっ?」
「魔導工学の権威、レオ・カンパーニの名前に惹かれていっぱい集まってきているのです。中には亡命者もいらっしゃるんですよ、オホホ」
笑い事じゃないぞ。
「その人たちはどこに?」
「地下の研究所です。第一区画は7割方完成しましたので」
「早すぎない?」
「レッドドラゴンの巣穴を利用したのでございますよ。マシュンゴさん達が頑張ってくださいました。そうそうドワーフの移住者が2500人を超えました。開発のためとはいえ、居住スペースの確保に苦労しましたよ、フゥ」
いや、ため息をつきたいのはこっちだって。
「今、島の人口はどうなっているの?」
「トータルで5800人ほどですね。今日の定期便でまた増えると思います」
最近まで無人島だったのに……。
「それにしても住居用の土地はどうした? 平地は少ないはずだぞ」
「向こうに見えるマンション群が島民用の居住区です。あれ一つで200世帯が住めます。マンションはまだまだ増やす予定でございます。来月からはタワマンの着工にも入る予定です。こちらは富裕層に売り出すための物です。あ、工事には鋼の魔術師であるララミー様のお力がいるので、私と一緒に単身赴任をお願いします。タワマンのためにハガマン」
タワマンというのはタワーマンションの略らしい。
「アリス、建設費はどうするんだよ? 俺が持ってきた10億レナールでは足りないだろう?」
「はい。それですが、建設前のタワーマンションの購入者を募集したところ、既に8割が売れました」
「は……?」
俺が北の最前線にいる間にこうも事態が進んでいるとは。
アリスは定時連絡では、早く会いたい、とか、想像妊娠しましたとか、自分のことばかり話して、開発の進捗状況は何も報告しないのでちっとも知らなかった。
「で、いくらで売れたの?」
「最上階のワンフロアは30億で」
「なんだって!?」
「お買い上げになったのは皇帝陛下です。世界一高い部屋を独占したかったみたいですね」
陛下はバルモスで遊ぶ気満々だな。
マインバッハ様の頭痛の種を増やしてしまったか……。
「他にも国内外の貴族や富裕層が争うように部屋を購入しておりますよ」
「なんてこった……」
「それでは完成した領主館にご案内いたしましょう」
アリスは先導して、俺たちを館の中へと導いてくれた。