最強の護衛
最前線である砦から戻るとアリスがにこやかに俺を迎えてくれた。
「おかえりなさいませ、レオ様。砦の様子はいかがでしたか?」
「防壁がさらに分厚くなったよ。あれなら魔物の大軍が押し寄せてもびくともしないだろうね。ライフル隊が300人に増えたのも心強い」
急務ということで魔導ライフルのバルモス島一貫生産を皇帝陛下にお願いしたのだ。
バルモスにはマシュンゴをはじめとした腕の良いドワーフたちが揃っている。
おかげでライフルの生産性は爆上がりだ。
「それはようございました。偶然ではございますが、私の方も新たな人材を300名確保したところです」
「人材?」
「おわすれですか? 先日お話しした通りバルモスの『スパリゾートだけど裏の顔は秘密基地』計画でございますよ」
あったな、そんなのが。
「それにしても300人って多くない?」
「これくらいどうということもございません。私のいた世界では1000人の側室を持った皇帝もいたくらいですからね」
側室だけで1000人!?
誰が誰だか分からなくなってしまうのでは……。
「今回は島の開発技術者と労働者を中心にスカウトしておりますが、研究者も17名ほど引っ張ってきました。あとでご面会をお願いします」
「わかった」
「可愛い女子もおりますので期待していてくださいね」
「そういうのはいいの! 優秀であれば後は人柄だけだよ」
「おや、リケジョはお嫌いですか?」
出たよ、アリスの謎発言。
「リケジョってなに?」
「理系女子のことでございます。白衣とメガネがよく似合いそうでしたよ」
「白衣?」
「私としたことが! この世界には白衣がございませんでしたね。至急工場のお針子さんたちに作ってもらわなくては。失礼いたします」
アリスはわけのわからない発言を連発して、慌ただしくどこかへ行ってしまった。
数日後、小さな旅行鞄を下げたアリスを見送りに、俺は城壁の上に立っていた。
この壁をずっと西へ伝っていけば、はるかルプラザの港まで続いているのだ。
「旅立つ私を見てレオ様はポツリとこぼされました、どんなに離れていても俺たちの愛は永遠だ、と……」
身に覚えのない嘘ナレーションをアリスが入れている。
「ちょっと出張に行くだけだろう? 大袈裟すぎやしないか?」
「照れなくても結構です。本当は寂しくて、瀕死状態のウサギメンタルのくせに……」
「その情報はフェイクらしいよ。寂しくて死ぬということはないみたいだ」
アリスがいないと寂しいのは本当だけど……。
「まあ、後のことは私に任せて元気にいってらっしゃい。レオの世話は婚約者である私がしっかりやっておくから」
一緒に見送りに来ていたレベッカが声をかける。
「レベッカ様がそうおっしゃってくださると安心です。私に代わって下のお世話もしっかりお願いします」
こいつ、なにを言って!?
「ええっ!? そ、そんな……」
「したことなんてないだろう!」
「ちなみに、レオ様のお気に入りはジュニュウテ(ゴニョゴニョ)」
アリスは俺のツッコミなんて無視して、レベッカになにやら耳打ちしている。
「レベッカ、本気にするなよ」
「そんな赤ちゃんにするみたいなことをしてあげるの!?」
だから本気にするなって……。
「最初は難しいかもしれませんが、何事も慣れでございます。努力とは尊いものでございますよ」
いいことみたいな締め方をするなよ、偽情報のくせに。
「それでは行ってまいります」
俺の心を乱すだけ乱しておいてアリスは城壁の上を走り去った。
アリスが俺の元を去ってからも忙しい日々は続いた。
城壁は日に日に伸びていったし、新しい前線砦も出来上がっている。
カルバンシアから凸型に出っ張った城壁部分はようやく10キロ地点に達し、工程の半分を終えたところだ。
作業が終わるとカルバンシア城へ帰って行った工兵たちも、今では前線の砦で寝泊まりしている。
俺はといえば特戦隊と共に城壁を守ることに専念していた。
魔物は駆逐しても駆逐しても後から後から湧いてくる。
密度の高いところから薄いところへと移動してくるのだ。
バルモス島のことや俺が所有する工場など、気がかりなことはたくさんあったけど、それはアリスやフィルに任せてしまうしかなかった。
作業箇所に資材を運ぶのには俺の亜空間が役に立っている。
大量の建材を簡単に運べてしまうのだからね。
一応、この能力は秘密ということになっているけど、現場の人間にはもうバレてしまっているのだろう。
皇帝陛下にもカミングアウトしてしまったよ。
かなり有益な能力だから敵対勢力による暗殺を恐れて黙ってきたけど、義理の父親になるわけだし、いつまでも黙っているわけにはいかないだろう?
でもさあ、そのせいでとんでもないことが起きてしまったんだ……。
「フハハハハッ! 護衛として超有能な私がやってきたぞ! 剣を抜け、レオ! 再会の喜びを分かち合おう!!」
「護衛対象を襲撃するな!」
陛下はなんと俺の護衛として死神アニタを派遣してきたんだ。
陛下なりに気を遣ってくれたのだろうけど、ありがたいというか、迷惑というか……。
「つれないことを言うな。かわいい婚約者が恥じらいながらも決闘を申し込んでいるのだぞ」
「恥じらいながら決闘って……。今はダメだよ。アリスがいないから」
アリスがいないと熱くなったアニタを止められないかもしれないからね。
「それに、とんでもなく忙しいんだ。ついでだからアニタも前線で一緒に戦ってもらうよ」
「前線で一緒に?」
「俺は城壁の警備で忙しいの。魔物がいくらでもいるんだから。アニタが横にいてくれるんならちょうどいいや」
こいつの強さだけは信頼できるからね。
「戦う……レオと一緒に!!」
「そうだよ。楽はさせられないから。って、ん?」
急にアニタがニヘラと笑って、くねくねしだした。
「レオと肩を並べて、背中合わせで一緒に戦う……。いやだ……恥ずかしい……」
なんでだよ!?
相変わらずアニタの思考はよくわからない。
「どこに照れを感じるのか一切わからないんだけど」
「他の兵に見られてしまうだろう……私たちが仲良く戦っているところを……」
「別にいいじゃないか」
「っ⁉ 見せつけるのか? そりゃあ私たちは婚約者だけど……私、すごく恥ずかしい顔で戦ってしまうと思う……」
(理解しようとするな、そのまま受け入れるのでございます)
聞こえるはずのないアリスの声まで聞こえてきてしまった。
アニタを迎えた最前線は勢いづいた。
やることは破天荒だけど一騎当千の強者だ。
彼女がドラゴンに乗ってやってきたこともみんなが喜んだ一因である。
空戦ができる者がいれば闘い方に幅が出るからね。
認めると微妙な気持ちになるんだけど、アニタが横で戦ってくれると俺も心強かった。
今日だってアニタがいてくれたおかげで味方の犠牲はかなり減っている。
二人で夕暮れの平原を見回りながら俺は感謝の言葉を口にした。
「ありがとう」
「ん? 何がだ?」
「アニタが来てくれたおかげで、一人で背負っていたものをだいぶ軽くしてもらっている」
「そうか……」
アニタの手が腰の剣にかかった。
しまった!
こいつを興奮させると、試合だ! とか、決闘だ! って騒ぎになってしまうのだ。
なんとか落ち着かせないと……あれ?
「感謝しているというのなら態度で示せ」
「態度?」
「選ばせてやる。剣を抜くか……キスをしろ……」
憮然とした表情のままアニタが俺を見つめている。
猛獣が心を開いてくれた?
まるでドラゴンと心を通わせたような心境だ。
余計な言葉は発しないで、俺はアニタと唇を重ねた。