不思議な扉
作りかけの領主館に朝日が差し込んでいる。
まだカーテンもつけていないので、爽やかな早朝のバルモス島が窓に切り取られた風景画のようだった。
昨日は亜空間からベッドを取り出し領主館で寝てみたのだ。
未完成とは言え、やっぱり“自分の家”っていうのは落ち着くものだ。
起きてすぐに今日の召喚をした。
一つは昨日マシュンゴ一家にあげた宝石鉱物標本である。
今日はルプラザ港へドワーフを迎えに行く日だ。
彼らにこれを見せればやる気になってくれるかもしれないと考えた。
「もので釣るなんて、越後屋、そちも悪よのぉ。でございます」
召喚を見学していたアリスがぼそりとつぶやく。
越後屋?
「言い方が悪いぞ。まあ実質そうなんだけど……」
「猫にマタタビ、ドワーフに鉱物ですね。まあ、労働意欲を高めてくれるものがあるということは、そう悪いことではないでしょう」
「だろ?」
「ちなみに私はレオ様の愛がエネルギー源です。早朝のキスがあると稼働率が0.2%も上昇するというデーターがございます」
アリスのエネルギー源は魔力です。
だいたいそんなことを言われたって、「だったら」みたいなノリでキスなんてできないよ。
主人を困らせるオートマタの言葉はスルーして二つ目の召喚に取り掛かった。
「豊穣と知恵の女神デミルバとの約定において命ず。異界のモノよ、我が元にその姿を現せ!」
現れたのは……ミツバチ?
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名称 昆虫型偵察ロボット ハニービー、
説明 ミツバチの姿をした偵察ロボット。人に気づかれずに周囲の状況を探るのに最適なロボットです。最高時速40キロ。可能継続飛行距離45キロ。以下、説明が続く。
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「へ~、タブレットでも操作できるんだ」
「自動制御機能も付いているので、余程のことがない限りぶつけたり、行動不能になることはございません。悪いことに使ってはいけませんよ」
「悪いことってなんだよ?」
「覗きとか、覗きとか、覗きとかでございます」
「そんなことするわけないだろっ!」
「本当ですか? これを使えばイルマさんやマルタ隊長のあられもない姿を簡単に見られるんですよ。レオ様、欲求に抗えますか?」
「しない」
まったく、そんな犯罪行為をするわけないじゃないか……。
「では、それは私が預かりましょう」
「なんでアリスが?」
「レオ様が持っていると、あらぬ疑いがかかってしまうかもしれません」
それは……あるのか?
こういうものを持っているだけで疑われるという可能性はゼロじゃない。
「それに、私が身辺警護用に活用した方が効率的です。私なら様々なことと同時進行で情報を処理できますから」
言われてみれば一理あるな。
「じゃあ、これはアリスに預けるよ」
「お任せください。でも困りました」
「どうした?」
「これでまたアリスの魔力の消費量が増えてしまいますぅ。何とか稼働率を上げないと……。何かいい方法はないかなぁ? どうしよう?」
アリスがつまらない小芝居を始めたぞ。
「そうだ! レオ様にキスをしてもらえば稼働率が0.5%上昇するんだった」
おい、さっきは0.2%って言ってなかったか?
「レオ様、さっそくお願いします。ディープなのでもかまいませんよ♡」
口を突き出すアリスを残して、俺は朝の訓練のために外へ出た。
朝食を食べてからルプラザ港へ向かうことにした。
同伴するのはマシュンゴだけだ。
「それじゃあフィル、アリス、あとを頼むね」
「レオが帰ってくるまでに立派な領主館を作っておくわ」
フィルは今日も大工仕事をするらしい。
初めての経験だったのだが楽しくて仕方がないようだ。
こんな姿を陛下やカルロさんが見たらなんというだろう。
……陛下なら「余にもやらせてみろ」とか言い出しそうなきもするけど。
マシュンゴと俺を乗せたスカイクーペはぐんぐん上昇し、バルモス島は見る間に小さくなっていった。
「マシュンゴ、君の仲間は何人くらい来ると思う?」
「書いた手紙は32通ですから、50人くらいは来るんじゃないですか? もっとかもしれやせんぜ」
そんなに⁉
俺としては多くて10人くらいだと考えている。
だってマシュンゴが書いたのって数行の短い手紙だよ。(110.「マシュンゴの手紙」参照)
あんな適当な内容で、見ず知らずの島にドワーフがやってくること自体が信じられないもん。
まあ、マシュンゴは仲間内で人望がある感じだから少しは期待しているけどね。
念のために亜空間には大量のビールとウェッピアを入れてある。
ドワーフの一個中隊がいても酒盛りには困らない量だ。
バルモス島に来てくれるのなら大歓迎会をするつもりだった。
集合場所であるルプラザ港第三埠頭へ行ってみると、とんでもない光景が目に飛び込んできた。
なんと100人以上のドワーフがぎっしりと詰めかけていたのだ。
「おせーぞ、マシュンゴ! 鉄が冷めちまうだろうがよっ!」
「手紙の話は本当だろうな? 早く珍しい金属や道具とやらを拝ませろ」
「マシュンゴさん、久しぶり。打ってます?」
「おう、久しぶりだな。とりあえずどこかで一杯やろうぜ」
知り合いらしきドワーフたちが次から次へと声をかけてきた。
言葉遣いは荒いけど、全員が嬉しそうな笑顔をしている。
家族でやってきた人も多いようで、女性や子供たちも多かった。
「随分と大勢で押しかけてきやがったな。全部で何人いるんでぇ?」
マシュンゴが聞くと、なんと238人という返事が返ってくるではないか。
「随分と大勢じゃねえか?」
「それがよぉ、ロボンナ鉱山が一部閉山になっちまったんだよぉ」
「閉山だとぉ?」
「マシュンゴも知っているだろう? ここ数年、産出量はドンドン落ちてたんだ。ところがここへきて本当に一気に減っちまってなぁ……」
坑道の約7割が一気に閉鎖となり、ドワーフたちは職を失ってしまったそうだ。
「ご領主様、思ったより多いですがどうでしょう?」
びっくりしてしまったけど、正直に言えばバルモスに人はたくさん来てほしい。
開発はこれからだから仕事ならいくらでもある。
資金も陛下にスカイクーペを献上したご褒美をもらえることになっているので当面は何とかなりそうだ。
「こっちなら大丈夫だよ。問題は住むべき家がまだないってことだよね」
「しばらくは洞窟暮らしでも大丈夫でさぁ。ドワーフの中にはそっちの方が好きってやつもいるくらいでして」
ドワーフたちは真剣な目をしてウンウンと頷いている。
「わかった。全部こちらで面倒をみるよ。俺はレオ・カンパーニ。君たちがこれから行くバルモス島の領主だ。よろしくね」
ドワーフたちは珍しそうに俺を見つめている。
「しかしご領主様、問題はどうやってこいつらを運ぶかですが……」
「それなら大丈夫。亜空間に入ってもらうから」
「ああ! れいのあの魔法ですな」
「うん。中にお酒も用意してあるよ。合金や建設予定の魔導反射炉の設計図も置いてあるから、バルモスへ行く間に、マシュンゴから皆に説明してあげてよ」
俺は亜空間の扉を開いた。
「承りやした! おう皆、さっそくご領主様が一杯ご馳走してくださるそうだ。礼を言って中に入りやがれ」
マシュンゴは意気揚々と亜空間に入っていくけど、他のドワーフたちは顔を見合わせるばかりで誰も入っていこうとはしない。
きっと怖がっているのだろう。
「ご領主様……」
恐る恐るといった感じで髭の濃いドワーフが質問してきた。
「なんだい?」
「先ほど魔導反射炉とか聞こえてきたんですが、それはいったい何ですかい? なにやら心躍る響きなんですが……」
「火炎魔法を使った新しい炉だよ。主に良質な鋼鉄を作るための装置だね」
「それの設計図がこの中に?」
「うん」
「あっしらが見てもいいんで?」
「もちろんだよ。他にも魔導伝導力を高めた新合金、スーパーミスリルの製造法を記したレポートなんかもあるから、きちんと覚えて仕事に活かしてほしい」
ゴクリ
唾を飲みこむ音がしたぞ。
「お酒と食べ物もある。しばらくここで過ごしていてくれれば、すぐにバルモス島に着くからね」
「へい!」
レポートの話が効いたのかドワーフたちはいそいそと亜空間の扉を潜った。