大いなる一歩
城壁から放たれる矢が雨のように降り注ぎ、次々と魔物を射殺していく。
たった今、主力部隊である重装突撃騎馬隊3000騎が出撃したから、勝負は決したようなものだろう。城壁の上につくられた専用発着場にスカイ・クーペは着陸した。
「バカ者! なんという無茶をしたのだ!」
発着場ではバルカシオン将軍が顔を真っ赤にして怒っていた。
最近は俺のことをカンパーニ様としか呼んでくれなかったのに。
でも、俺にはそれが嬉しかった。
「レオが無茶をすれば殿下も無茶をする。ドレミー殿も、ここにはいないレベッカやブレッツ卿もだ。将たるものがなぜ後方でじっとしていることができんのだ!?」
「ごめんなさい」
将軍の言いたいことはよくわかっている。
だから俺は素直に謝った。
「バルカシオン、レオを責めないで。こうでもしなければ前線の砦の構築は不可能でした」
フィルは庇ってくれるけど、俺のためにフィルやララミーを危険に晒してしまったことは反省している。
飛行可能な魔物をスルスミで打ち落としておいたから良かったけど、そうでなかったらスカイ・クーペも無事ではなかったかもしれないのだ。
将軍は怒気をはらんだ目で俺たちを睨んでいたけど、その表情から不意に怒りが消えた。
「ふん、もういい。早く傷の手当てをしてもらえ」
「いえ、砦に戻らないと。仲間たちが俺の帰りを待っています」
「なんだと!? まったくお前というやつは……」
バルカシオン将軍を呆れさせてしまったな。
「それでは行ってまいります」
「待て!」
お叱りはまだ続くようだ。
「これを持っていけ。腹が減っては戦ができんぞ」
将軍の指し示す台の上に大量の食べ物があった。
前線の砦の特戦隊全員の分はある。
俺が砦に戻ることなんて、将軍には最初からわかっていたんだ。
さすがは百戦錬磨の名将軍だ。
「ありがとうございます」
「兵士たちをねぎらってやるといい。殿下、私は持ち場に戻ります」
将軍はフィルに一礼して去っていった。
俺はバルカシオン将軍の用意してくれた食料を亜空間にしまって一人でスカイ・クーペへと飛び乗った。
「フィル、ララミー、助けに来てくれてありがとう。俺は砦へ行ってくるよ」
「気をつけて」
挨拶もそこそこに、俺はスカイ・クーペを発進させた。
スカイ・クーペを上昇させながら通信機のスイッチを入れる。
身に着けていた通信機は戦闘の最中に壊れてしまい、使うことができない。
でもこれなら……。
「マルタ隊長、応答してくれ。そちらの様子はどうなっている?」
ガ、ガガッ……
「応答してくれ、マルタ隊長!」
ガー、ガッガッガッ
スピーカーから返ってくるのは雑音ばかりだ。
もしかしてマルタ隊長の通信機も壊れてしまったのか?
そんなことを考えながらアクセルを踏むと1分もしないうちに砦が見えてきた。
そして俺はあることに気が付く。
砦の壁がきれいなままなのだ。
いくら俺とアリスが敵を引き付けたといっても、すべての敵を誘導できたわけではない。
いくらかは砦の方へと向かったはずなのだ。
それなのに防壁はかすり傷一つ負っていない。
ライフル隊がすべて排除した?
いや、そんな数ではなかったはずだ。
だったらまさか……構築中の砦を守るために出撃したのか……?
やっぱりそうだ!
西側斜面を特戦隊のみんなが砦へ向けて引き返している。
遠目にも負傷者がいることは見て取れた。
砦の発着場に着陸した俺は通りがかったコスナー軍曹に声をかけた。
「コスナー、マルタ隊長はどこ?」
「わかりません。自分も今撤収してきたばかりで……」
「マルタ隊長は出撃したの?」
「はい。先陣を切って……」
「退却命令は誰が出した!?」
「オコーナー副長からの通信でして」
「どうしてマルタ隊長からじゃない!?」
「すみません! わかりません!」
「いや、ごめん……軍曹を責めているわけじゃない……」
俺はコスナー軍曹に謝ってマルタ隊長を探した。
「隊長! マルタ隊長はいないか!? 誰か見た者は!?」
出会う兵士に片っ端から声をかけたけど、どの兵士もマルタ隊長の消息を知らなかった。
俺の中で緊張と不安がどんどんと膨れ上がっていく。
マルタ隊長は責任感の強い人だ。
その人がこの砦を死守すると言った。
俺の帰りを信じて守ると言ってくれた。
無茶をしたのかもしれない……。
落ち着け、落ち着くんだと自分に言い聞かせる。
(そうだ、副長のオコーナーなら連絡が取れるはずだ)
そのことに思い当ってすぐさま近くにいた士官の通信機を借りた。
「こちらカンパーニだ。オコーナー、マルタ隊長はどうした? オコーナー返事をしてくれ!」
「私ならここにおりますが……」
振り返ると血と泥にまみれたマルタ隊長が小首を傾げながら立っていた。
「申し訳ありません。戦闘の最中に通信機が壊れてしまい――」
「よかった、生きてた……」
体から一気に力が抜けていく感覚がした。
マルタ隊長は無条件に信頼を寄せられる数少ない人物の一人だ。
そんな人が命を落としたら俺は……。
マルタ隊長の軍服はあちらこちらが破け、本人も相当の傷を負っているようだった。
「隊長、また無茶をしましたね」
「それはカンパーニ様だって同じではないですか」
マルタ隊長は少しだけ泣きそうな笑顔になっている。
きっと俺も同じ顔をしているのだろう。
「私だって同じ思いですよ。カンパーニ様、よくぞご無事でお帰りくださいました」
互いに互いの行いを責められる立場ではないか。
「大切な人に心配をかけなければ大事なものは守れないなんて、辛い時代だよね」
「大切な……。そう……ですね」
だけど俺たちは一緒に、同じ戦場に立っていられる。
共に戦えることが唯一の救いなのかもしれない。
一瞬だけ見つめ合って、俺たちはいつもの俺たちに戻った。
「負傷者の手当てを最優先に行動してくれ。それから壊れた通信機の回収を頼む。亜空間に入れて修理を施す。死者は出ているか?」
「いえ、重傷を負った者はいますが、すでに治療は済んでいます」
「負傷者の少ない隊は?」
「砦に残った第七小隊でしょう」
「了解だ。アリスがメンテナンスに入っているから、第七小隊は俺と一緒に哨戒に出る。ライフル隊のエルバ曹長も連れていくよ」
「承知しました」
「それから……」
「はい」
「マルタ隊長、ただいま。ありがとう、俺の帰る場所を守ってくれて」
「お帰りなさい……カンパーニ様……」
生まれたてのこの砦が、俺たちの新しい住処になりつつある。
マルタ隊長がいて、特戦隊がいるここは、人類が国境から踏み出した大いなる一歩だった。