序章5 狩りの時間
この辺りはまだ書き直しが終わっておりません。
前話と違う点がありますが、ご了承下さい。
次の日。
俺はかなり久しぶりに心地の良い朝を迎えていた。起きた場所は宿の一室。昨日のような野宿ではない。
「……素晴らしい目覚めだ」
俺は軽く背伸びをすると布団から起き上がり身支度を整えた。そして部屋の洗面台で顔を洗う。この異世界は意外にも水道関係が発達しており、蛇口があることに俺は驚いた。
そしてこちらに来た時になぜか着ていた異世界の服に袖を通した。普通こういった転生とかは来ている服のまま転生するものなのだが、俺の場合はご丁寧に新しい服に新調されていたのだった
朝の身支度を負えると俺は宿の1階に降りた。なんでもこの宿は朝の食事は出してくれるらしい。とても良いサービスである。
「あ。おはようタクロウ。昨日はよく眠れた?」
「ジャンヌ……。朝早いな」
「昔から朝は強くて。それよりも、ここのご飯はとてもおいしいですよ!」
「そうか? それは楽しみだな」
俺はジャンヌの隣に腰を下ろした。すると宿の従業員が食事を運んできた。
内容はパンにスープとサラダ、そして目玉焼きと言う内容であった。こっちではなかなか豪勢な内容である。
つい昨日までのひもじさが嘘のような贅沢である。
「いただきます!」
俺は早速飯を食い始めるするとジャンヌが俺の顔を覗きこんできた。
「……どうしたの?」
「いえ、あの炎はミカエルの火ではなく普通にただの能力なんですよね?」
「昨日そう言っただろ。それに俺、べつにカトリックじゃないし」
「そんな! 神を信じることは素晴らしい事ですよ! って、この世界で行っても仕方がないですね」
「そうだな。カトリックの神の管轄外だしな、この世界は」
「はあ、私はどうしたら……」
「もう自由に生きたらいいんじゃない? 神の事を忘れろとは言わないが、それに縛られる必要はないと思うぞ」
ジャンヌは複雑な表情をしていた。
まあ、そうだろう。今まで信じてきた神がこの世界にはいないという事実、もしかしたらジャンヌは発狂して自殺してたかもしれないかもしれない。俺は宗教者ではないから分からないが、少なくとも彼女たちにとって神とはそれだけ大きな存在のはずだ。
「……もしくは、宣教師になってみてはどうだろうか?」
「宣教師?」
「宗教をほかの地域に伝達する人の事だ。この世界にカトリックがないなら、作るという発想もあると思うが……」
俺は絶対に手伝わないけどな!
「……いえ、一端の村娘には荷が重いですね。この信仰は私の中だけにとどめておくことにします」
「懸命だな」
そう言えばジャンヌはガチガチの宗教者ではあるがド田舎の村娘、宣教できる程の力は持っていないかと納得した。
むしろこれから学習しなければならないことがジャンヌには山ほどあるようだ。簡単な計算もまともに出来ず、文字の読み書きもたどたどしい。その事は昨日の夜、頭が痛くなるほど実感した。
「ところでタクロウ。少しお願いがあるのですがいいですか?」
「ん? なに?」
「今日の仕事は恐らく討伐系になると思いますが、私に先陣を切らせてください」
「却下」
「どうしてですか!? 大丈夫です! 今度は無謀に突撃したりしません。安心してください!」
「お前の大丈夫ですを聞いて大丈夫だった試しがない」
「それは否定しませんが、今日は大丈夫です! 策があるんです」
「なに? お前のポンコツな頭でも作戦が考えられたのか!」
俺の反応にジャンヌは頬を膨らませた。どうやら怒っているようだ。……なんと漫画みたいな怒り方だろうか。
「兎に角! 先陣を切らせてもらいます! そしてすぐさま敵を殲滅してやりましょう!」
どや顔でジャンヌは胸を張った。しかし、俺は不安しか感じない。このジャンヌダルクという少女、噂には聞いていたがとんでもない脳筋であるようなのだ。精神論に突撃脳、もはやぼこぼこにされる未来しか見えない。
しかしかと言って水を差すのも気が引けるので今回だけは任せてみることにした。
まあ、昨日で学習して本当に作戦を考えた可能性があるから大丈夫だろう。
○○○○
――と思っていた俺が愚かであった。
「主の加護はあるぞ! ――ぎゃあああああああああッ!」
今日の仕事はイノシシをさらにでかくして凶暴にしたモンスターであった。走り始めると一直線にしか走れないため、冷静に対処すれば余裕で倒せる相手である。
しかしにもかかわらずジャンヌは正面から突撃、そして跳ね飛ばされるというギャグを繰り返していた。
もっとも今回は相手が頭から突進してくるという事もあり、ジャンヌは吹っ飛ばされているが地味にダメージは入っているようであった。
ちなみに今回のジャンヌの作戦は神に祈る時間を増やしたらしい。……それだけである。
「じゃ、ジャンヌ……。多分あの子の突撃精神は生まれ持ったものなんだろうな……」
あれは頭が悪いとかで証明できるものではない。あれはもう自分の信念に近い何かなのだろうと感じられる。
しかしそれにしても、尋常ではないほどにタフである。
「ジャンヌ。もう終わり、おしまい」
「ま、待ってください! 見てください! 敵はダメージを受けて疲弊しています! 今ならば攻め落とすのも容易です」
「自分の身なり見て言おうか。胸見えてるぞ」
「え? ハッ!? す、すみません……」
イノシシの度重なる突進で服はボロボロになっており、パンツやら胸やらが所々露出していた。
流石に羞恥は人並みにあるのか、ジャンヌは顔を赤くしてうずくまる。
しかし、自分でもびっくりするくらい冷静だ。内心ではやはりリアルなおっぱいを拝めたことでテンションは上がっているのだが、それでもなんというか、俺は極めて冷静だった。もしかしたら俺の中でジャンヌのポジションはダメな娘みたいな感じになっているのかもしれない。
さて、ジャンヌが脱落したところで俺は矢をつがえ弓を構えた。その時全身を紅蓮の悪魔が覆い隠す。
そして俺は狙いを定め矢を放った。矢は突進しようとするイノシシに直撃、爆音と炎の竜巻を生み出した。
「討伐成功かな?」
イノシシは黒こげになりピクリとも動かない。
ジャンヌはその一部始終を見て頬を膨らませる。
「……どうした?」
「ちょっと戦闘能力に差があり過ぎませんか? 不公平です!」
「いや、狂乱の戦乙女って確かチートじみた攻撃能力なかった?」
彼女の固有能力、狂乱の戦乙女には灰の聖女というチート能力がある。内容はシンプルだが強力、全能力を3倍に引き上げるというデタラメな能力である。彼女のスマホを確認したところ発覚した能力である。
俺はてっきりそれを使って戦うものとばかり思っていたが、なぜか使わずジャンヌは突撃ばかりを繰り返していた。
「灰の聖女使おうよ。めっちゃ強いよ」
「そんな、主から与えられた力をおいそれと使うなんて……、恐れ多いです!」
「使えよ! 別に神様出し惜しみしてほしくてお前に能力与えたわけじゃねえよ! 使わなきゃ失礼だぞ逆に!」
「そうですか?」
「ジャンヌお前、プレゼントした服があるとして着るのもったいないから倉庫に仕舞ったって言われたらどう思うよ」
「確かにそれは……、嫌ですね」
ジャンヌは腕を組んで考え始めた後、何とか納得したようだった。
「分かりました。次からは使います」
「そうしろ。……所でジャンヌ、少しいいか?」
「はい?」
「後ろ見ようか」
俺はジャンヌの後ろの方で起こっていることに気が付いて顔を引きつらせた。ジャンヌは首を傾げた後、振り返り固まった。
――なんだか恐竜みたいな生物がこちらに向けてものすごい勢いで走ってきているのである。
しかもよく見ると人が追われているようであった。
あそこまででかい、ティラノサウルスみたいなモンスターに目をつけられるとはなんと運のない事か……。
「助けましょう!」
「言うと思った。体は大丈夫か?」
「た、多分……。でもあんなのに襲われたら服はどうなるでしょうか?」
「俺知らね」
多分真っ裸になるだろうなと思いつつ、流石に口に出すのは躊躇われたのでごまかした。そんな雑談している暇もないなと判断したのもある。決してジャンヌが突撃して真っ裸になるのを見たいわけではない。
俺はすぐにダッシュでティラノ型モンスターに走って行く。今使える紅蓮の悪魔を全開にし、走りながら弓を構えた。勿論今ここで矢を放てば逃げている人も黒こげになる。なので俺は直接狙わずに当たらないように弾道を逸らして弓を放った。
すると上手く矢はモンスターの後方で爆発した。モンスターはそれに驚き、足を止めた。逃げていた人もびっくりして振り返ったが、すぐに前を向いて俺の方に走ってきた。
「あ、ありがとうございます! 私もう死んじゃうんじゃないかって……」
逃げていたのは何とウサギの耳をつけた女の子だった。異世界特有の獣人か、それともコスプレかは分からないが何とも特異な見た目であった。
女の子は俺にしがみつくと何度も涙目で頭を下げる。しかし俺はそんな彼女に声を掛けようにもなにを言ったらいいか分からずつい無口になってしまった。ここでもコミュ障が足を引っ張った。
「――はッ! えっと、君、離れて」
そこで俺は言うべき事を思い出した。離れてもらわないと能力を使えないのだ。
俺の言葉を聞くと女の子はパッと俺から離れた。どうやら自分が邪魔になると瞬時に判断したらしい。
俺は改めて弓を引き絞った。今度は力をセーブせず、敵を焼き殺すために紅蓮の悪魔を発動させる。そして敵が混乱から戻らないうちにもう一度矢を放った。
矢は直撃するといつものように爆発し燃え上がった。
――が、今回はいつもと違い敵はまだ炎の中で身動きを取っていた。
「き、効いてないのか!? ……いや、効いてるな」
炎が消える頃になってもモンスターはまだ死んではいなかった。しかし、かなりダメージを受けているようでよろよろとしていた。
「……矢がない。引くか」
敵はダメージを負っているため追ってこないだろうと判断したため、俺は女の子の腕を引いてとんずらすることにした。
無理やり戦っても多分勝てるが、個人的にはやはりあんなでかい奴の近くには近寄りたくないのだ。
俺はすぐにジャンヌとも合流し、草原を後にした。