序章1 向こう側から
俺は真っ暗な空間に座り込んでいた。ここがどこでなぜ自分がここにいるのかさっぱりと分からない。夢とも思ったが、意識はやけにはっきりとしている。それに何より、温度を感じるのだ。
「さ、さみいな……」
白い息が出るほどの寒さを肌に感じる。俺はパジャマ姿なのでこの寒さは身に染みる。早いところこんな寒いところからはおさらばしたいものだ。しかし、なんにせよここがどこか分からないので行動のしようがない。
そこで俺はここがどこなのか考察してみることにした。しかしここは真っ暗な冷凍室で、俺は誘拐されてここに連れてこられたと言うところまで妄想したところで俺は首を横に振った。
「ありえないな」
あり得ない。俺こと土井拓郎はニートのごく潰し。誘拐することにメリットなんてない。むしろ俺みたいな使えない奴が手に入ることでデメリットしかないはずだ。
「せめて、俺が美少女なら誘拐するメリットもあったんだろうがな」
残念ながら顔面偏差値が壊滅している俺は女体化しても需要はないだろう。ブス専ならワンチャンあるかもしれないが。
「自虐なさるのは感心できませんね。土井拓郎さん」
その時、俺は唐突に声を掛けられた。そしてその声の方を向くと、そこには何とも清らかで美しい女神さまが……、スマホをいじっていらっしゃった。背中から翼が生えていてその美しさは今まであったどんなものよりも美しいその存在と、手に持つスマホのギャップに俺は自分の目を疑った。
「私は女神フレイ、あなたを導くものです」
フレイと名乗った女神はその美しい声で自分の名を名乗る。しかし、スマホは手から離さない。
「……あ、あの、その手に持っているのは」
「これはスマートフォン、あなた達人間が作りだした英知の結晶、あるいはパンドラの箱ともいうものです」
「いや、それは分かります。俺が聞きたいのは、どうして女神ともあろうお方がスマホをいじっているのですか?」
「ああ、これは私の物ではありませんよ。これからあなたの物になるものです」
そう言うと、女神は俺にスマホを手渡してくる。俺は困惑しながらもそれを受け取った。
「……え?」
「困惑なされていますね。しかし、私がこれから話すことはもっとあなたを混乱させます。なので心して聞いてください」
「は、はい」
話は何だか勝手に進行している。フレイは早いところ説明を終わらせたいのか、やけにせかせかとしていた。
「単刀直入に言います。あなたは、死んでしまったのです」
何とも奇想天外な一言であった。本当に単刀直入、飾りっ気のないまっすぐな言葉。
しかしその一言で俺はここがどこで自分がなぜこんなところにいるのかを、理解することが出来た。
「つまり何か? ここはあの世で、俺がここにいるのは命を落としたからって言いたいのか?」
「その通りよ。あなたは死にました。そのためここ、裁定の間にあなたは来ることになりました」
聞きなれない言葉に俺は首をかしげる。どうもここは裁定の間と言う場所らしい。何をするところかは見当もつかないが。
「あなたは死に、天国に行く予定であったのですが、予想外の出来事であったのであなたの行き先が変わってしまったのです」
「予想外?」
「はい。あなたは殺されたんです。しかも、殺した人物はあなたの住んでいる世界には存在しない人です」
俺は息をのんだ。どうやら、俺は地球とは違う世界の暗殺者に殺されてしまったようだ。一体何の目的があっての犯行かは皆目見当もつかない。しかし、なんとなく予想できることがある。
――それは。
「もしかして、俺は天国に行けない代わりに異世界に生まれ変わるのでしょうか?」
「お? よく分かりましたね」
「俺の業界ではお決まりの展開なので」
死後の世界で女神に会い、自分の死因を聞かされて天国に行けないとなればもはや異世界転生しか思いつかない脳みそになってしまった。それもこれもすべて俺の愛読している小説サイトが悪い。
「そ、それで、チート能力は貰えるんですか!?」
「うわぁ……、異世界に行くの拒まないんですか? 大変ですよ。だってあなたのいく世界はあなたを殺した人がいる世界ですし」
「え!? それならむしろ燃えますよ! 俺を殺した奴をとっちめてやります。貰えるであろう、チート能力でね!」
「すっごい他力本願! ……まあ、あげるんですけどね。能力は」
やはり貰えるようだ。最近ではもらえないケースもあるのでひやひやしていたが、どうやら問題はないようだ。俺はそっと胸をなでおろす。
「……さて、詳しい説明をしようと思ったのですが、本人が異世界転生にやる気を見せているので省くことにします。詳しいことは先ほど渡したスマホから検索してください」
「す、すげーな。最近の異世界はスマホ対応してるのか……」
俺は手に持っている黒のスマホをまじまじと見つめた。異世界でも電波がつながるとは何ともハイスペックなものだ。
「では、話はここまでにして、拓郎さん。目を閉じてください。そして、私が手を叩く音が聞こえたら目を開けてください」
「分かりました」
一体異世界と言う奴はどんな所だろうか?
希望にあふれているか、それとも絶望が支配する世界だろうか……。
だが、どんな世界でも俺は胸躍らずにいられなかった。
なぜなら、ここから先の俺の旅路はバラ色に染まっていることが確定しているような物なのだからである。チート能力を貰い、現代知識を持った俺が異世界に転生する。勝ち確、負ける要素などない。
「――拓郎さん、彼女を救ってください」
「……え? いまなんて――」
女神が最後に言った言葉は女神が手を叩いたことによってよく聞こえなかった。