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1-9 《!過ぎた青!》

 ……春野花子が急に殺気を帯びた言葉を発した。

 ゴキブリの戦士、ブラトビーは困惑していた。

 “蜜”の力に耐え切れず、脱落したはずの地球人の代表者、花子を処分しようと振り下ろしたナイフがピクリとも動かない。

 

 ―――何故なら、ナイフは花子の手に鷲掴みにされて防がれていたから。

 刃の部分をしっかりと握りしめている。赤い血がダラダラと流れ出しているのにも構わずに。

 赤い血は何の力も持たない地球人の証。

 しかし現実はどうだ。どれだけ力を入れても全く動かない。

 何が起こっている。何が狂っている。


 ―――いきなり体に衝撃を感じた。彼の視界から春野花子が遠ざかる。

 花子にいきなり蹴り飛ばされたのだ。最早“蜜”に負けた人間とは考えられなかった。

 花子がゆらゆらと立ち上がる。ブラトビーは油断なく花子に意識を集中する。蹴り飛ばされた際にナイフは落としてしまったが、彼はあのナイフをいくらでも創りだせる。

 ナイフを新たに創り、目の前の女に向け構える。

 

 次の花子の行動は全く不可解だった。

 上を向いて空に向かって大きく口を開いた、かと思うとその口に手を思い切り突っこんでいた。

 そして、口の中から何かを取り出そうとしていた。棒のような物をズルズルと口から抜き出そうとしている。


 「がゴっ……ぐがゴがごガががっがアがぐゥぐぐがッ!!」

 

 花子の口がさらに大きく開いていく。限界を超えて開いていく。口が裂け始めているほどに。皮は大きく伸び、歯の1つ1つには大きすぎる隙間が出来た。

 元々は花子の口だったものは、今や直径1メートルはある大きな穴になっていた。

 ……そこからついに、彼女の手によって「ソレ」は取り出され、高々と掲げられる。


 それは、石で出来た大鎌だった。


 岩石から無理やり切り出して作ったような姿をしている。

 先ほどのオオガミレンの武器程では無いにしても、その刃の部分は巨大だった。

 その割に持ち手の部分は今にも折れそうな程に細い。

 アンバランスで粗野な武器。それは凶悪で暴力的な印象を見る者全てに植え付けていた。


 次に起こったのは花子を覆い尽くす黒い霧の出現だった。

 花子の流した赤い血が、蒸発するように消え去るのと入れ替わるように、黒い霧が現れていた。

 霧が彼女の姿を完全に覆い尽くし、見えなくしてしまった。

 それからすぐに黒い霧は姿を変え、黒いボロ布になった。

 姿を現した花子は、先ほど裂けるほど大口を開けていたのが嘘のように、元通りの姿で立っていた。その体にボロ布が近寄っていく。

 

 その黒いボロ布はそれ自体が生きているように蠢きながら花子にまとわりついている。

 ある時は頭から覆いかぶさったり。

 ある時は顔や腰に巻き付いたり。

 またある時はマントや外套の様に振る舞ったりとその在り様はあまりにも不確定だ。

 形は一定なのか、大きさは一定なのか、枚数すらも一定かどうかすら定かでは無かった。

 1つだけ確かなのはその黒いボロ布が花子を護るように、あるいは呪うように纏わりついて離れる気配が無いことだろう。

 

 石で出来た大鎌と不確定な黒いボロ布。それらを手に入れたその姿こそ、春野花子の代表者としての姿だった。

 

 「……ふん。『死神』とでも名乗るつもりか?」

 

 ブラトビーの言う通り、タロットカードや西洋のファンタジー等に描かれる「死神」を彷彿とさせる姿だった。

 その姿は恐怖を煽るのと同時に……滑稽でもあった。

 何せ、鎌とボロ布を除いてしまえば「絶妙に微妙」などと言われる春野花子だ。彼女は顔や体を美しく保とうと努力したり、ファッションに精を出す人間でもない。

 今のような寒い季節なら、野暮ったいダウンジャケットに安物のジーンズ、靴はボロボロのスニーカーというのが彼女の基本的な服装で、しかも総じてサイズは大きめでブカブカだった。着るときや脱ぐときに楽な方が良い、というのが彼女のずぼらな持論だ。

 そんな花子に大袈裟な「死神」の恰好は酷く似合わなかった。

 

 ……しかしその彼女から放たれる気配は尋常のものでは無い。どこまでも上手く噛み合わないそれらの要素の数々が、彼女を奇妙なバランスで底知れない「死神」たらしめていた。

 

 しばらく花子を観察していたブラトビーだったが、ある事実に気付く。

 ……花子のその目は開いているが何も見ていない。死んだ魚の目のように光というものが無い。口は呆けたような半開きで、ブラトビーに襲いかかってくる気配が無い。

 

 「暴走か」

 

 そう呟く。

 今まで地球人が代表者として力を手に入れるため、“蜜”の力を取り込んだ結果、その後の状態は大体3通りに分けられる。


 正常に力を手に入れ、ハッキリとした意識と共に自らの意思で戦う者。

 完全に正気を失い、奇声を発しながら闇雲に相手に襲いかかる者。

 そして、今の花子の様に、動きを止めて呆けたような状態になる者。

 

 正常に力を手に入れた状態以外は「暴走」と言われるようになった。そして暴走状態になった地球人では、最低ランクのZランクの戦士にすら勝った例が無い。

 闇雲な攻撃は戦士にかすりもしない。

 呆ければ殺されるまで呆けたまま。


 「今までの地球人代表者とは趣の違う“蜜”の力の覚醒の様子ではあったが……残念だったな。お前は結局死ぬ」


 ブラトビーが再び距離を詰める。

 目の前でナイフを首元に突きつけられたにも関わらず、花子は動かない。「死」が迫っているのにも関わらず、それを認識すら出来ていない。

 無感動にナイフが首を落とそうと迫る。

 

 ―――今度は、防がれなかった。確かに、ナイフは首に到達した。

 ……しかし

 

 「……ふふふ……これは、参ったな」

 

 思わずブラトビーが苦笑してしまう。

 鋼鉄すら容易く……どころか、少なくとも地球にある物質なら切れないものは無い彼のナイフ。

 それが、今の花子の首に傷を付けることすら出来なかったのだ。

 すると、ようやく花子の首がガクガク、と動いて、ブラトビーに顔を向ける。

 その目は相変わらず呆けていた。しかし、唐突にその手が動く。

 大鎌を大雑把に振り、ブラトビーを真っ二つにしようとする。

 

 「っ!」


 素早く後ろに跳んで大鎌の一撃を回避する。危うい所であった。当たっていればそれで決まっていた、とブラトビーは感じ取っていた。


 「ふん……期待外れかと思っていたが……やるじゃないか。いいだろう、俺も死力を尽くそう。さぁ、来い……!春野花子!」


 ブラトビーが声を張り上げる。それは自分を鼓舞するためであり、相手を、春野花子を脅威と認め、ある種の敬意を示すものでもあった。


 (これから死闘が始まるのだ……)


 ブラトビーは心地良い緊張感と高揚感で昂っている。


 しかし、「死闘」というものはある程度拮抗した者同士でのみ行われるものだ。

 この場合は、戦いでは無く、ただの一方的な「駆除」である。

 自分が相手に見合う強者である……その自惚れの代償は速やかに支払われた。

 


 いつの間にか、ブラトビーの背後に花子が、影のように立っていた。

 きっと、気付くことすらできなかった。

 大鎌が縦に振り下ろされる。


 ――――――――――――――――――


 ブラトビーは、為す術もなく真っ二つにされ、切断面から“蜜”を噴き出した。

 “蜜”は赤い血液の変わりに、“蜜”の力を手に入れた者の体内を流れる。

 きっと今や花子の体内にも“蜜”が流れている。

 それは地球でよく知られている食用の蜂蜜とは違う。

 過ぎる程に真っ黄色な液体。それが彼らに流れていて、たった今惨殺された者から噴き出し、殺戮者の体を返り血のように濡らしている。



 「…………っ!こりゃあヤベェ……マジでヤベェ……花子チャンよぉ、ここまでとは思わなかったぜ……おいリリィ、テメェここにナニ連れ込みやがったぁ!?……オマエラ、見たか!?シッカリ見たかぁ!?コイツが春野花子だ!!リリィが満を持して送り込んだ地球人代表者、死神の春野花子だァァッ!!!」

 

 闘技場は静寂に包まれていた。

 春野花子の例を見ない“蜜”の力への覚醒の様子、そしてその余りに圧倒的な虐殺。

 それに異形の観客達は声を上げるのも忘れて見入っていた。

 しかし今、実況がその声で引き裂くように沈黙を破った。するとそれに続くように歓声が上がり、闘技場は熱狂の極みに到達した。




 花子は頭からつま先までべっとりと“蜜”を浴びていた。

 先ほど戦士を1人倒したにも関わらず、その様子に動揺も感動も感じられない。

 何も見ていないような目つきのまま、よたよたと歩きながら、首をグリグリと動かして「何か」を探していた。


 そして、その目が「何か」を見出す。観客席エリアの一点にその視線が注がれる。花子は動きを止めた。

 先ほどまで呆けた様な様子だった彼女の表情は、突然飢えた獣を連想させるものへと変化した。


 「うー……あああああああーーーーーッ!!」


 唐突に叫び出しながら駆け出して行き、大きくジャンプした。

 飛び込んでいく先は、観客席の中の最上段。

 その中の、「特別席」と書かれた案内の看板がすぐ傍にある席のいくつか……その1つ。

 地球人に宣戦布告した集団の頂点にいる者……マアリの座っている席のあたりに花子が飛び込んでいった。

 

 しかし。花子の体が観客席との境目に入ろうとしたその時、見えない壁に阻まれ、弾き返された。地面に向かって降下していく。


 「おおっとぉ!!ナーニやってんだよ花ちゃんよぉ!!まぁ暴走してるっぽいし仕方ねえけどよ!!オマエラ、さっきも言ったがマアリ姐さんが作ったバリアフィールドがあるから危険はねえ、心配すんなよ!!」


 実況役が観客に呼びかける。

 オオガミレンの戦いの時にも“観客席エリア”にまで広がっていった炎をせき止めた見えない壁。

マアリは万一のため、無駄な被害を出さないために、彼女の力によるその壁で“観客席エリア”を丸ごと守っていた。

 花子は地面に激突する前に体制を立て直して着地した。


 「あーこれどーすんの?暴走したまま勝っちまった奴なんてこれまでいなかったからなー……うぉーいリリィー?リリィさーん?暴走花子チャン止めてくんねえ……って駄目だなコレ」


 リリィに実況の呼びかけは全く届いてない様だった。

 彼女も先程の花子と大差無い程に呆けた様子になっていた。

 ただ1人、春野花子だけをその目に焼き付けるように見続けていた。


 「ぐがあーーーーーーーーッ!!!」


 またも花子が叫びながら先ほどと同じように突撃していく。

 先ほどオオガミレンの絶叫に比べれば随分弱弱しく間抜けにすら聞こえる叫び。

 しかしそれには必死に足掻き続ける意思が込められている様に感じる。


 不可視の壁に到達する直前。

 彼女は手に持つ大振りに大鎌を振るう。

 その刃が壁に激突し、火花を散らしていく。


 「ああっぐぅ……ッ!がががががががががッ!!……グルアアアアアアーーーッッ!!!」


 まだまだ弱さを感じるものの、それは確かに、戦う者の咆哮。

 それと共についに大鎌は見えない壁にヒビを入れる。

 ヒビが急激に壁全体に広がり、そして、砕け散った。


 「ウッソだろぉぉぉぉぉッ!?マアリ姐さんのバリアフィールドが……ぶっ壊れちまった……」


 実況の驚愕した声が響く。

 そのまま花子はマアリに飛び込んだ勢いのまま迫っていき……彼女の首を刈り取ろうと大鎌の一撃を放つ。


 「てぇ、あっ!マアリ姐さん危ね……ワケねえか!」


 マアリは花子の手から一瞬で大鎌を奪いとった後、拳を握りしめ顎にそれを打ち込む。


 「グ、グゥ……」


 マアリの拳で撃ち落とされ、呻き声を上げながら彼女は気を失う。

 その体はそのままマアリによって受け止められる。

 そこに呆けた状態からやっと回復したリリィがその羽で飛びながら近寄ってくる。


 「……安心してよ。殺してはないよ。そういうのはルール違反だろうさ。何より白けるしね」


 マアリが微笑みながらリリィに花子の体をその手に渡した。

 

 「……ねぇマアリ。花ちゃんの事、どう思う?」


 リリィはマアリに問う。


 「まぁ……他の地球人とはちょっと違うよね。面白いよ、すごく」


 マアリが答えると、リリィは急に熱狂に駆られたように、


 「ああ、ああ!そうでしょう!?」


 と頬を上気させながら叫んだ。そのまま花子を手に抱きかかえ、


 「フフ……アハハハハハハハッ!!」


 彼女にしては随分と無邪気に、狂ったように笑いながら闘技場の空へ飛んでいく。


 「皆様!皆様皆様ミーナーサーマァーッ!!!見たか視たか観たか魅たかみたかミーターカァーッ!!!これが春野花子なんだ!!!」


 無茶苦茶な軌道で闘技場の上空を飛び回り、観客達に向かってあらん限りの声を降らせる。


 「例を見ない展開の数々だったでしょう!!?もう気違う程待たされたと思ったらギリッギリで覚醒して馬鹿馬鹿しい死神のコスプレやりだして、アッサリゴキブリ戦士を虐殺!!!まさに○ルサンッ!!!」

「それでも足りない全然タリナイと言わんばかりにバリアフィールドブチ破ってマアリに喧嘩を売る!!!どうよ!!!ど・う・よコレェ!!?」

「ここに宣言するわ!!!この私、リリィの最初にして最後の推薦者、春野花子!!!彼女こそ、近い将来、地球人最強の代表者としてこの“真価の闘技場”に君臨する者であることを!!!」


 踊るように縦横無尽にリリィが空を飛び回り、笑い、狂い、騒ぎ続ける。

 それに呼応するように異形の観客達は歓声を上げて騒ぎ出す。

 誰もが春野花子に魅入られていた。

 

 彼女はきっと「やる」。


 マアリに創られた戦士達と春野花子の激突。

 それは最高のスリルを自分たちに与えるのだと、誰もがその想像に行きつき、そしてそれに歓喜した。


 「ああ、ああ、ご期待くださいませ、ゴキタイクダサイマセ!!!皆様、春野花子の闘いを!!!その青春を見届けましょう!!!」


 リリィの背の2対4枚の蜂の翅。

 それによる雲一つない青空での狂気を纏ったダンス。

 永遠に続くのではないかと思われたそれは、抱きかかえられていた花子の覚醒によりようやく終わる。


 「ん……んー……ふぁー…………うん?……うん?なんでアタシ飛んでんの……?」

 「ああ、起きたわね花ちゃん!勝ったんだ、アンタが勝った、アンタが殺った!あのゴキブリ戦士、なーんも出来やしなった!一撃で頭から真っ二つ!惨殺!虐殺!花ちゃん、最高にイカれてるわ!よっ!アンタが大将!」

 「ナニソレ……」

 「まぁまぁ、見なさいこのどこまでも広がる青い空!つーか地下闘技場かと思ったら青空の広がるコロッセウムでしたーとかどっちかにしろや!ってツッコミたくならない?まとまらん、まとまらんねぇ。まぁいいか綺麗だし!花ちゃんの勝利に相応しい最高の景色ね!」


 花子は寝起きの様なぼんやりとした表情と声音で、


 「いや……」


 とそれを否定した。




 「青過ぎる」


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