1-7 まだ赤い
「大体分かるとは思うけれど。“蜜”ってのはスーパーご都合主義な力なの」
そう切り出してくるリリィ。知ってた。
「単純に言ってしまえばそれは『思い通りにする力』。使用者の精神力というか心というか気合というか感情というか……まぁーそれっぽいものを源にするの」
「それっぽいものて。そこはハッキリさせとけよ」
「いいじゃん大体分かればそれでヨシ。つまりは筋肉やら反射神経がどうこうって話じゃない。だから筋トレとか不要!怒りを力に変えることも、復讐のために研ぎ澄ますことも、愛の炎で焼き尽くすことも、自由自在って話。元○玉も使えるよ自分1人分の元気だけど」
おお、素晴らしきPower。何かテキトーでも戦えそうじゃないですか。
「……でもお高いんでしょう?」
「イエース。修行パートを不人気だからとすっぽかした罪は重いのよ。代償と言うか、力を手に入れるためにはある試練を越えてもらう必要がある。それを超えちゃえばそんなリスクとか無いしヘーキヘーキ。二酸化炭素とか増やさない!環境にヤサスィーエネルギー!」
何がヤサスィーだ。
「はいはい。その試練って何よ?」
「んーどこから話したものか。――そうね、花ちゃん。人間が一番『知らない』ものって何かわかる?」
急に話が変わっちゃったよ。
「創作ならよくある話でしょう、例えばある日、超能力に目覚めただの不思議な美少女に出会っただの。だけど、例え創作だろうが……いやもしかすると創作だからこそ、『何故日常に非日常が介入することになったのか?』という理由がいる」
「その日常の壁を突き破り、非日常を迎え入れる『何か』がいる。さっきの例なら、主人公が死んでしまう絶体絶命のピンチ、あるいは死にかけ、もしくは死んでしまった、というのがセットでつくのもベタじゃないかしら?」
「そう、人間が一番『知らない』のは『死』のことなのかも知れない、と私は思うの。」
「なんせ『死』んだ後の事は誰も知らないし、経験した者が他人に伝えることもできない。死んでから生き返った私ですらできないの。死んだ瞬間から生き返るまでの意識は全くないのだから」
「数々の創作者が『死』を表現するために、言葉を尽くし、絵を描き、演じることもした。それでも届かないのよね」
「だから、そんな『死』が関わるのなら……その日常という壁を破壊できると思わない?その未知性が非日常を生むとは?」
「『死』ならまー仕方ないかもなーってインチキ展開を受け入れる気分になってこない?」
……最高に最低に嫌な予感がしてきたんですけど。
「えー……あー……その。もしかしてリリィさん」
「不思議能力の1つも使えない退屈な地球人が非日常パートに突入したいのなら。ヤることは1つ」
「死ね、春野花子」
アタシが反応するより早くリリィがアタシの体を放り投げる。行き先はあのG野郎……!
「ヘイパース!」
「心得た!アターック!」
アタシはG野郎の手の平でバレーボールの如く引っぱたかれ、地面に叩きつけられていた。
「ぐゲえっ!ゴッ……ガっはッ!」
痛い!痛い痛い痛いヤバイ死ぬ……!!どこか折れたかも知れないっつーか折れてるに決まっている。血の味と匂いをむせかえる程に感じる。目に映る赤色は心を不穏にざわつかせる。経験したことない痛み。
――当然だ、経験してたら死んでる!
「クこかッ……うギェ……」
何しやがるこいつら!パースだのアターックだのじゃねえだろ冗談半分に殺しに来やがって……!
“蜜”はどうしたよ“蜜”は!死にかけてるだけじゃないかアタシ!
だけどもう抗議の声すらロクに出せない。意識もちょっと気を抜いたら消えてしまいそうだ……!
目と耳がまだ使えるのが奇跡だ……足音が聞こえる。
だけど首が全く動かせないせいで誰の足音なのか見て判断することが出来ない。
そいつに後ろから抱きかかえられるように支えられながら無理やり立たされた。
「花ちゃん」
耳元でリリィの声がする。
足音の主はわかったがそれで安心することは出来なかった。
こいつはもうアタシの知る「リリィ」じゃない。冗談半分で殺しにかかってる。
アタシは思ったよりもずっとこいつを「リリィ」だと認めていたみたいだけど、今やリリィはアタシにとっての死神のようだった。よりにもよってそんなヤツに支えられながら立っている。
恐ろしすぎてマヌケに思えてくる。
状況は急転直下の勢いで変化していた。
いや、そうじゃないか。アタシはきっと何やかんやで「戦う」ことを舐めていたんだ。
それは「死」と隣合わせなのだと、「頭で分かっていた」レベルで理解を止めていたんだ。
何てマヌケな。でも仕方ないだろ。
「死」ぬことなんてアタシじゃなくてもわかんねーよ!今でもわからないくらいだ……!
「顔を見なくても混乱しているのがわかるわ。つらいよね、こわいよね……」
……リリィ!その優しい声に縋りつきたくなってしまう。
さっきまで恐ろしいとすら感じていたのに。助けて、たすけてよリリィ!友達じゃないか…………
「……うぅん……。助けてあげる……は・な・ちゃ・ん」
声が聞こえた。恍惚としているような。
そして、アタシの背中から鳩尾に(心に)大きな銀色の針が突き抜けていた。
リリィ?なんで?
瞬間。痛みが全て消えた。だけど、それを圧倒する「寂しさ」がアタシを丸ごとかき混ぜた。
「ひッ……やァ……ウあアアああァァッっ!!!……うぅうゥ!」
痛みが湧く。でも寂しくてどうでもよくなる。
怖くて仕方ない。でも寂しくてどうでもよくなる。
気が狂いそうだ。でも寂しくてどうでもよくなる。
孤独、焦燥、寂寥がアタシを混ぜる、混ぜる、まぜる、マゼル、混ゼる。
もうさみしくてさみしくてなにもわからない。
わからないのにリリィの声はやたらはっきり聞こえる。
「それが“蜜”よ花ちゃん」
「それは地球人には死に至る毒になる」
「『死』の中から探しなさい」
「『春野花子』が“蜜”を飼いならすための何かを、『死』の未知の中から探しなさい」
「“蜜”を這いつくばらせなさい」
「“蜜”に靴を舐めさせなさい」
「“蜜”が貴女無しに存在できないほどに」
「誘って」
「嬲って」
「犯して」
「依存の極みに突き落としなさい」
ごめんリリィ……全然意味わかんないんだけど。
「えー……せっかくそれっぽいテンション出したのにぃー」
…………アンタは!この期に及んで!!まだふざけてんのかぁーッ!!!
なにが「それっぽい」だよ!こちとらHP1ドットで尚且つピヨピヨ言ってるレベルなんだよ!ひよこがァー!!ひよこが見えるゥー!!!
「そうソレ!そのふざけんなクソッタレが!ってテンション大事!色々言ったけど死んでたまるかボケェ!っていうソレが大事一番大事!聞きなさい、今花ちゃんをぶっ刺してる私の大きくて硬くて黒もとい白光りシチャッテル針!そこから“蜜”を花ちゃんに送ってるのよ!」
表現がアレ過ぎる!シモに走んな!
「その“蜜”が花ちゃんの思いを叶える!言ったでしょう、“蜜”は『思い通り』にする力!今はそのデタラメな力が花ちゃんを壊す毒になっているけど、花ちゃんがその“蜜”に思いをぶつけて屈服させて飼いならせば、“蜜”は春野花子の力になる!」
「さぁ迷わずベタをやればいいのよ!迷わず行けよ行けばモスクワ!『このまま死んでたまるかー!!!』はいリピートアフタミー!」
うるせー!!
「『俺には故郷に待ってくれる家族が居るんだ!』」
「『ここは俺に任せて先へ行け!』」
「『別に、アレを倒してしまっても構わんのだろう?』」
なんでさ!それむしろ死ぬじゃねーか!
「キバレよ花ちゃん!マアリはああ言ったけど脱糞しても大丈夫、これだけ観客がいりゃあ1人くらいの需要は満たせる!人生も人間も性癖もイロイロ!失禁するくらいなら脱糞までいけ!!ひっひっふーよ、ひっひっふー!私はビデオカメラを構えながら応援!」
うせろー!!!
「おいおい花ちゃん、これじゃあマジ終わっちゃうわよ!?」
やっかましいんだよ!!!
この期に及んでテキトーな事ばぁーーーーっ言いやがって!
もう死にたいんだよ!
もう生きたくないんだよ!
さみしくてさみしくてさみしくてしかたがないから!!!
「だったら何でまだ耐えてるの!?まだ終わりたくないんじゃないの!?まだアンタ何もやってないじゃない!その年になっても青春の味も知らない処女野郎!それが本当はわかっているから必死でしがみついてるんでしょう!?」
かってにきめんじゃねえ!あたしはただ、ただ、
ちょっとだけまってほしいだけなんだ。
だってこんなのないよ。りりぃ、あんたがきてからずーっとでたらめなことばかり。
わけわかんないままここまできちゃった。
んで、しぬ。
どうすればいいのさ。どうすればよかったのさ。
でも、もういいんだ。あたしはこのまえまではほんとうはしにたくなかった。でもいきたくもなかった。
でもさ、いまはしにたいとさえはっきりいえるんだ。いがいとむかえてみてばわるくない。『死』ってこういうことなんだな。
というより、いきているよりずっとましさ。
だからまー……ちょいとこころをせいりするじかんがほしい。いちじかんもありゃあ、たりるさ。
「…………ちっ」
あーでもりりぃ?せっかくだししばらくそこにいてくれないかな。しゃべんなくていいよだいなしだから。
……りりぃ?りりぃ?