1-4 コールアンドレスポンス
流されるようにフラフラと。リリィの後をついて行く。
「――ここからいけるわ」
「ちかっ。近所じゃん」
アタシの家の近くの地域は決して都会的とは言えない場所だ。
前にも話したかもだけど最寄り駅まで自転車で30分走るレベル。コンビニすらない。
ただただ住宅地が並んでいるような場所だ。
他にあるものといえば幼稚園と小学校と中学校。暇そうな交番。ちっこいスーパー。その近くで経営している「喫茶サカエダ」。
リリィの家族がやってる店で、前のアタシの仕事場だ。
そして今いるのは5年前くらいに潰れたパチンコ店の前だった。まだ代わりになるものがないのか……ずっと放置だなここは。
「電光チンコ懐かしいわね」
「その言い方やめい」
「なによ、前は花ちゃんが言ってたんじゃん」
「もうそんな年でもなし」
「……つまらないわぁ」
まあ、ここが経営してた頃看板の「パチンコ」の「パ」の字だけ電飾が切れてて、夜になると……っていうくだらない地域ネタがあったって話。当時は面白かったけどね……
放置されてすっかりうらさびれたパチンコ店の中に入ると物悲しくなってきた。ここも賑やかだったはずなんだけど……そう考えると余計にクるものがある。
いつ頃か忘れてしまったけど急に出来たんだよなーここ。こんな田舎に脈絡なくパチンコ店があるとかなりの違和感だった。なんでここに建てようと思ったのか。
最初は物珍しさからそこそこ繁盛してたみたいだけど結局あっさり閉店。
この辺りの住人は買い物やら遊びとかしたかったら駅前まで行っちゃうし、それに慣れ切っている。
いくら近くと言っても駅前はここよりもう少し色々あるしどうせなら、みたいな流れに逆らえなかったと見える。
そんな事をぼけーと考えるとリリィがパチンコ台を何個か――“蜜”の力を使ったのだろう、軽々持ち上げてどかしてしまった。
そのパチンコ台のあった場所には、地下に降りていく階段があった。
「おおう……」
「行くわよ」
リリィに言われるまま階段を降りていく。真っ暗なはずなのだけど不思議と階段を踏み外してしまう、みたいな不安は無く、アタシの足は操られたように一定のリズムで動く。
これもやっぱり、
「まあ、“蜜”よ」
「ですよね」
便利すぎ。ご都合主義の極み。
階段を降りると目の前にバカでかい扉が見えた。剣や槍の形をした飾りが取り付けられていて、いかにも、という感じ。
ゴゴゴ、と心臓に響くような音を立てながら開いていく。
これは……エレベーターみたいなもんか?
「乗るわよー」
「もしや地下格闘場的なアレですか」
「ロマンでしょう」
知らんわ。
「こういう扉を私達は世界各地に用意しているの。ワールドワイドってヤツよ」
「この国以外でもやってるのか……」
「そりゃ地球丸ごとに宣戦布告してるんだし?あの“スターハント”を潰した映像は無理矢理電波ジャックして世界中に流れてるし、そもそも前から地球人代表はこの国の人間じゃないとかザラ。むしろ外国人のが多いくらいね。だけど扉は世界中にあっても“真価の闘技場”はただ一つだけ。全ての扉が同じ所に繋がっているの」
へー。としか言い様が無いくらいスケールのデカい話だった。
エレベーターでどんどん地下に潜って行く。
「ところで“真価の闘技場”が何かとか聞いてなかったよね?」
「いや何となくわかるし」
「うん、まあそうだけど」
リリィは少し考え込んだ後、少し真面目な顔で口を開いた。
「花ちゃんさぁ、いくらなんでも適当すぎない?」
「アンタに言われたくないよ?」
「……だってロクな説明してないのに話にのってきてるし。この“ゲーム”、負けたら死ぬのよ?花ちゃん家族の事気にしてたけどさ、もう会えなくなっちゃうかも知れない。いくら正しい判断としても、あまりに引っかかりなくその命を賭けている。……その辺、わかってるの?」
「うーん」
――わかっていなかったかも知れない。そう考えだすと不思議な気分になってきた。
何故こんなに簡単にアタシは命を賭けてしまったのだろう。
まるで死ぬのが怖くないみたいだ。
(怖くないんじゃなくて、どうでもいいだけだろ?)
――自問自答をしていたら、頭の中でそんな声にならない声が聞こえた気がした。
……なんだろう?これは。
(あの時からわかっていたはずだ)
(リリィが死んだ時から)
気分が悪くなってくる。
(大事にしてても意味がない。守っても意味がない。意味を無く消えるのが命。わかってしまったんだろう?)
この声はアタシが考えていることなのだろうか?エレベーターはどんどん降りていく。果てが無いように感じてくる。今更のように命を賭けていることが恐ろしい。
本当に何故だろう?なんであの時あんな簡単に命を賭けるような判断をしてしまったのか。それはスムーズに進めるべきものじゃない。何より……それを何故今になって気付くようなマヌケにアタシはいつなってしまったのか?
(アタシはあの時から考えるのを辞めた。抵抗するのを辞めた。理不尽な事態には、特に。考えないから、受け入れられる。抵抗しないから、受け入れるしかない。それだけがこの4年間とても上手になった)
(だからアタシは足を踏み外した。意識などなくても、目があり鼻があり耳があり心があり、そこから感じられたことをほんの少し考えればわかることさえわからない。今もだ)
流石に今は自分がマヌケだって気付いているって。
(いや、気付いていない。その理屈は頭の表面のようなところだけで考えているだけのものだ。「そう反応すべき」だと。なぜ「べき」なのかもわからないままに)
(アタシは壊れている)
何さ。
(自分すら自由には動かせない程に)
何なのさ。この痛い妄想は。
(この声がアタシに残った最後の理性だ)
アイタタタ。もう一人のボク!ってか。アタシもそんな妄想とかするんだ。千〇パズルとか完成させてないんだけどなアタシ。
(ここでアタシは何の実感もなく死ぬ)
・・・・・・・・・
(アタシはあまりに疲れ果てている)
(アタシは壊れている)
(アタシは終わっている)
(壊れている。壊れている。壊れている。壊れている。壊れている。壊れている。壊れている。壊れている。壊れている。壊れている。)
(こわれてこわれてこわれてこわれてこわれてこわれてこわれてこわれてこわれてこわれてこわれてこわれてこわれてこわれてこわれてこわれてこわれてこわれてこわれてこわれてこわれてとりかえしがつかない)
――うっざ……
「おーい花ちゃーん。花ちゃーん」
「……うん?」
「いや、うん?じゃないよ。どしたの、今完全目がトんでたよ。ヤヴァイ」
「あー……うん」
「マジで今更怖くなったの?あーヤバイんじゃない花ちゃん。どんなデタラメな心情の変化よ。壊れてるなー」
「・・・・・・」
「――おいおい、そういうヤバさは持ってなかったじゃん花ちゃん。うーん、やっぱ私が死んだのが悲しくて心が病んじゃったのかなーツライわー愛されるのってほんとツライわー」
「リリィ」
「うん?」
言わなきゃいけないことがある。そんな気がした。だけど言葉がまとまらない。
リリィが死んだことについて。そしてリリィがデタラメに生き返ったことについて。
そして言葉が一つすり抜けた。
「あの死に方は流石に雑すぎだよ」
今まで呆れ顔だったのが、ふっと真顔になった。かと思えば
それは嘆いているような
それは怒っているような
それは恥じているような
それは安らいでいるかのような
複雑な表情がリリィの顔に現れていた。器用なヤツ。
「あなたは本当に……わたしが死んだことに影響されてしまったんだね」
「いやそーでもないっすよ」
「ありがとう。本当に。もっといい言葉があればいいんだけど」
「急に何ですかキモイ」
どうしたというのだろう。
今までテキトーな言動を振りまき底知れない変態だったのが別の意味で底知れなくなってしまった。
こんなリリィは死ぬ前にも見たことが無い。
「あなたは壊れてしまったんだ」
「コワれたとか言わない」
つーかこんなマジな話し方できるんだなーリリィって。
全然知らなかったや。
ドロドロに腐った腐れ縁、だったけど思えばマジな話したことってないや。
テキトーに喋ってぬるい日常パートをダラダラと消化していただけ。
意外とアタシ、リリィの事全然知らなかったのかも。
「……元々“ゲーム”で人類の真価を問うアイデアはわたしの発案した事だったの。だけど、別に人類を特別守りたいわけでも、マアリが嫌いだった訳でも無い。むしろ好きなくらい。信じられないかも知れないけど、マアリはとても筋の通った人。自分が関わるものについて……考えて、考えて、考える人」
「だけど。わたしはマアリに見せたかった。春野花子を。あなたを見せてやりたかった。あなたを知らないのに終わらせてもいい、なんて。その考えだけは納得がいかなかった」
「わたしが知るあなたはもういないのね。だけど、それならなおさら。今のままで終わるなんて。壊れたまま終わるなんて虚しくて虚しくて我慢ができない……!!」
「花ちゃん。あなたはここでやり直せばいい。命を燃やして戦えばいい。気に食わないものは蹴散らせばいい」
「どうだっていいのよ。それ以外は。地球人を守る事とかわたしの事とか、気にしなくてもいい」
「捨てたものは拾いなおすの。全部で無くてもいい、ことでもないけれど。それでも必要なことだから」
それきりリリィは黙りこんでしまった。
……何だろう。この祈りのような言葉は。
頭の中でそれがぐるぐる回り――回る癖にその意味は分からず、最早何と言ったのかわからなくなってしまいそうに思えた。
それでも回る。ぐるぐる回る。
――永遠の様な降下。それがやっと終わった。もう地球の裏側まで行っちゃったのかも知れん。
……流石に無いか。
「長かった……ダルいわね演出と言えど。もう少し早くしてもらうように言わなきゃ」
「演出だったのかよ」
くど過ぎる。
「焦らして焦らしてーみたいなアレよ」
完全に失敗してるよ。もう緊張感ゼロ。
……リリィも元通りのテキトーな感じのテンションに戻っていた。さっきのは一体何だったのか。まぁ考えてもわからんだろうし、別にいっか?
「さぁ、扉開ければ“真価の闘技場”はすぐよ。――いいわね?」
「お……おうよ」
どうなってしまうのか。そんな事は考えるだけ無駄な変態的展開が待ってるに違いない。
ならば覚悟なんかしない。ただ逃げない。足を……踏み出す。
扉が、開いた。
――見えたのは、殺風景な真っ白な部屋だった。家具の一つも無い。
「ここは“真価の闘技場”の地球人代表者用控室よ」
「何も無いんだけど。椅子すら無いとか体育座りしとけってこと?」
「ここと同じ様な部屋が代表者毎に個別に用意されるの。一人一人の要求に応じて色々用意してくれる仕組みになってるから、必要なものは私に言えばいいからね」
ありがたいけどここまで何も無いと全部自分で考えろって言われてもちょっと困るアタシ。うーむ……
「まあここは今は良いのよ。どちらにせよ、花ちゃんが今日の戦いで勝たないと説明する意味なんて無いわ。今日一日でZ~Aまでの戦士全員と戦う訳じゃない。一日一人、日を空けながら戦っていくことになるの」
「それで、次からは戦う時までここで待機してろって事?」
「15分前集合でお願い。社会人のマナーよ」
「ソウデスカ」
こんな状況で社会人もクソもあるのだろうか。
一日一人となると結構長い期間こいつ等と付き合っていく事になりそうだ。うんざりする。けど今日一日でZ~Aまでの戦士26人全員と戦え、とかだと無理ゲーだから仕方ない。
……いやそもそもこの戦いがどーいうノリかとか全然わからないから想像でしかないけど。
“蜜”の力で戦うとか言ってたけど正確にはどういうことが出来るのか全然わからん。
まぁ今以上のスピードで情報詰め込まれても覚えきれないし、リリィがまだ言ってないってことは大丈夫ってことなんだろう。……大丈夫だよね?
「とりあえず今丁度バトってるみたいだし、見に行きましょう。“ゲーム”がどういうものなのか、想像がつきやすくなるはず」
そんなことを考えているとリリィがそんな事を言い出してきた。確かにぶっつけ本番よりよっぽどマシだ。
リリィがさっき開いた扉の方に歩いていく。
「そっち行ったら戻っちゃうじゃん?」とも思ったけど、扉が開いた先は先ほどのエレベーターではなくただ真っ暗な闇が広がっているのが見えて、「まあどうにかなるようになってるんだろう」と考え直した。
もうツッコむ気にもなれん。はいはい“蜜”の力“蜜”の力。
真っ暗闇の中に足を踏み込んだ。リリィがアタシの手を取りながら、
「観客席エリアに行くわよ」
と言った瞬間、体がねじ曲がっていくような感覚に襲われ、一瞬意識が飛んで……
次の瞬間には目に見える光景は真っ暗な闇では無くなっていた。
――随分やかましい。ギン、ゴーン、ガァン……という金属がぶつかり合う音。興奮が最高潮に達しているのが感じられる無秩序な歓声の数々。
どうやらアタシ達は“真価の闘技場”の観客席の中にある通路の一つに移動したみだいだ。
そして、この“真価の闘技場”は地下闘技場とか言っておいて、それにありがちな薄暗―い感じとは真逆だった。
なんせ地下に降りていたはずなのに真上には青空が広がっていて、太陽が全てを明るく照らしていたから。
むしろ古代ローマのコロッセウムと言った方が近い、というかまんまそれだ。
観客席は満員。しかし客の一人ひとりは私達地球人とはまるで違う外見をしている。
それどころかざっと見回しても一人として他人と同じ様な外見のヤツがいないように見える。随分バラエティ豊かなヤツらみたいだ。
そんな奴らの中にいると、どうも落ち着かなくなってくるなぁ。
「……またコレはキビシイなー。アウェイ感が凄いって。……まぁそれはさておいて、あのどう見てもタヌキにしか見えないネコ型ロボットっぽいやつとバカでかい耳のネズミっぽいやつはアウトだろ」
どいつもこいつもビミョーにどっかで見たことがあるデザインなのがまたヤクい。
「そりゃまぁー大概地球のありとあらゆる事象が元にしてマアリがテキトーに創ったヤツらだし。何か見たことあるキャラデザなのはもう自明の理と言うか」
「訴えられたら負けるぞ」
「ちなみに元ネタに絡めた話ふっかけても大体『へ……?何それ』とか言われるんで注意。自分の元ネタなんて彼ら自らが調べない限りは彼らにはわからないし、一々調べてもいない。訴えてもポカーンとされるだけ」
「やりづれえな!調べとけよ!こっちは口に出せずにモヤモヤするだけ!?」
「漫画とかの創作物が元ネタのやつは特にその傾向あり。何故ならもし元ネタがあんまり好みじゃないやつとかだったら辛いし」
わかるようなわからんような。
「覚えなくてもいいけど、ここがこの“真価の闘技場”の“観客席エリア”ね。中心の“ゲーム”の場になるのが“ゲームエリア”。まんまよね」
ガァァァン!!!と一際大きい音が響く。アタシはゲームエリアの方に目を向けた。そういや今戦ってるんだっけ?アタシより先に地球人の代表として、闘技者になった奴が……
「おおっとぉ!!Cランクの戦士ムサロウ、ここまで快進撃を続けてきたオオガミレンを圧倒!オオガミの一撃をあっさりいなした!その後のムサロウの反撃はギリギリ交わしたがぁっ……さっきのはかなり危ういぞオオガミ!」
実況役までいるらしいなココには……って
「オ、オオガミ……?」
すげえ聞いた事あるんですが。
「あー今やってるのアレでしょ?『最後のロックスター』とか言われてるヤツ。結構勝ち進んでるんだねー彼は。やっぱ気合が違うのかね」
オオガミレン。ロックバンド「コピーキャッツ」のボーカルを担当する男だ。
昨日母に見せられたアニメの主題歌を担当したのも彼ら「コピーキャッツ」だった。
彼らはインディーズ時代の初ライブにて、それを大手レコード会社の社長自らにスカウトされ、超大型新人としてデビューした。
元々そのライブはもうメジャーデビューの決まっていた他のバンドがメインのイベントだった。
その他何組かのバンドが出演していたが、彼らは要は前座。「コピーキャッツ」はその中の一組、という訳では無かった。
彼らは、メジャーデビューの決まっていて、その日の圧倒的主役であるそのバンドの演奏中にいきなり乱入してきたのだ。
ほとんどがそのバンドを目当ての人間が観客席を所狭しと埋め尽くしているという圧倒的なアウェーの中、「コピーキャッツ」はその圧倒的で暴虐的なパフォーマンスであっという間に会場を支配した。
「コピーキャッツ」はその頃メンバー全員が初ライブで、楽器経験は全員1ヶ月未満のド素人集団。演奏技術は下の下と言っても良かった。
しかし恐ろしいのは、「コピーキャッツ」はその全員が、演奏技術なんてロクに無いにも関わらず、その場を支配できる圧倒的なエネルギーの持ち主であったという事。
拙く、ともすればただうるさいだけの音の数々が、奇跡の様に最低で最高なパンクロックになる―――
そんな悪夢のような光景だったそうだ。
結果、メジャーデビューの決まっていたバンドはその場で解散を決意、デビューをサポートするはずだったライブを見に来ていた大手レコード会社の社長はその場で彼らをスカウトした。
……という漫画の様な話。正直ホントかぁ?とか思っちゃったなぁ、最初聞いた時は。というよりこのバンドが何かやらかした話を聞くたびに毎回そう思う。
「伝説」なんてのは最近じゃ周囲の人間が作るもの、なんて話も聞くしね。
しかし……音楽番組で彼らが演奏してる姿やCDを聞いてると、「こいつ等ならやりかねん」と考えさせられてしまう。噂通りの、バケモノじみたエネルギーで打ちのめして来るのだ。彼らの音楽を聴けば、最早それ以外ではヌルくて仕方が無くなってしまう。彼らの作品以外を全部「捨てた」「売った」などしてしまった人は数知れない。
かくいうアタシもその一人。
そしてボーカルのオオガミレンは――奇跡の様な怪物揃いの「コピーキャッツ」の中でさえ、異才を放つ男だ。
彼の歌声は、「獣の咆哮」と称してもまだ生温い。
――以上、オオガミレンについての紹介でした。
多分他の雑誌とかの紹介文とかでも大体同じような事を凄まじいテンションで書かれていて、知らない人間には「陳腐な紹介」とか「大げさ過ぎて恥ずかしくなってくる」とか評されそうだけど、それを納得させられるレベルである、とは主張しておく。
「なんでオオガミレンがここに……?」
この闘技場の中心で戦っている彼に目が釘付けになる。
「おいおい花ちゃん、テンションオカシイって。何、ファンなの?花ちゃんが何かにそこまで熱を上げるとかほぼあり得ない話でしょ?大体『最後のロックスター』なんて5年に1回くらいの割合で誰かしら言われてるじゃない」
「……リリィ、生き返ってからテレビとか見てないの?」
「見ようと思えば見れたけど。興味無かったし」
「アタシだって別におっかけとかやってるレベルじゃないけど、一度見たり聴いたりしたら確実に何かしら支配されるようなレベルなんだって!」
『最後のロックスター』なんてベタで陳腐な異名が納得いくのって、それこそオオガミレンくらいのものだ。
リリィはふぅん、と考え込んだ後、
「彼については資料でしか見てなかったけど。色々枯れてる今の花ちゃんにそう言われてるくらいなら今までの活躍も納得、かな?Cランクだったらゴール間近じゃん。まあ彼も今回は苦戦中みたいだけど」
「――さぁさぁどうするよ『最後のロックスター』さんよ!!!このままじゃあ終わっちまうぜ!?」
実況が興奮しながら声を張り上げてる。
今、オオガミレンとその相手は一定の距離を保って動かない。
戦いは膠着状態……に思えたが、相手……「ムサロウ」とか言ったか、彼の方は余裕を感じられるが、よく見るとオオガミレンはかなり消耗しているように見える。
オオガミレンはその手に長さは彼の身長の3倍、太さはそれ以上にも見える過剰に大きい大斧を持っていた。“蜜”の力によるもの、なんだろうがそんなの逆に戦いづらいような気がする。
ムサロウの方はオオガミレン程ではないにしても、妙に長い刀を持っていた。怪しげな紫色のオーラ?のようなものがそれを包んでいて、刀身の輝きを見てると、何だか不安な気持ちにさせられた。
「おおっとぉ!オオガミレン、一発逆転を狙ってくるか!!」
吠える実況。オオガミレンの大斧が激しく燃え上がる。その炎はやがて彼自身をも包み、さらに大きく広がり、“観客席”エリアのすぐ近くまで近づいてくる。
「おいおい無茶しやがるぜコイツ!!今までのが限界じゃあなかったのかぁ!?そうそう、一応確認しとくが“観客席エリア”にはマアリ姐さん特製のバリアフィールドが張ってあるから安心してキッチリ目ひん剥いて見てろよオマエラ!!!」
言う通り炎の広がりは“観客席エリア”のすぐ近くでせき止められた。
観客は先ほどまででもこれ以上無いんじゃないか、というくらい盛り上がっていたが、今やそれ以上の狂ったような様相を呈していた。
ムサロウの方にも炎は迫ってきていたが、彼の方はさっきまで刀だけに纏っていた紫色のオーラを広げて彼の体を覆うようにしていて、それが炎を押しとどめていた。
ムサロウの見た目は「涼やかな侍」と言った感じで、炎に囲まれていても、そのやたらと作りの良い顔で、落ち着いた微笑を浮かべてオオガミレンと対峙していた。
ここまでの見た目トンデモなオオガミレンの力と向き合っているのに、焦った様子はまるで無かった。
この場のボルテージは上がりに上がり、壮絶な決着の気配がアタシでも感じられる。
「―――――――――!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
突然、形容すら出来ない咆哮が聞こえ、炎がさらに荒れ狂い、そしてオオガミレンの姿が消えた。爆発音が響き渡り……そして今、砂煙で“ゲームエリア”は全く見えなくなっていた。
「んな、なに……?」
咆哮の主はオオガミレンだ。今まで彼のライブ映像や音源でも聞いた事の無い咆哮に、アタシは体を頭の天辺からつま先までぐちゃぐちゃにされる感覚に陥った。
「オオガミ、決死の突撃ィーーーー!!!今までで一番の爆発的電撃的暴力的スピードォ!!!ムサロウ目がけて一直線!!!さぁさぁ、オオガミ決死の攻撃は勝利の扉をこじ開けられたのかぁ!?」
どうやらオオガミレンがムサロウに突っこんでいったらしいがアタシの目には速過ぎて全然見えなかったらしい。どんなデタラメだ……これで決まっただろう……
「――あー、駄目だったかぁ。いやぁザンネンザンネン」
だからリリィがそうつぶやいた時は耳を疑った。
――砂煙が晴れて炎が消え去って、オオガミレンとムサロウの姿をアタシでも見れるようになった。ムサロウは先ほどと同じ位置に、オオガミレンはその目の前にいた。
……彼は膝をついてうなだれている。
ムサロウが敵の目の前であるにもかかわらず、悠遊と刀を鞘に納める。すると、それを合図にしたかのように、オオガミレンが体中から突然黄色い液体を噴き出した。
――彼の体がバラバラになって崩れていく。地面にボタボタと肉片が叩きつけられ、それら全てがすぐにグズグズと溶け出していった。
あとには、彼の体中から噴き出していた黄色い液体だけが残り、それが大きな水たまりになっていた。
「決着ゥゥゥッッ!!!完ッ璧ィ!!!ムサロウの必殺剣技『龍返し』が完璧に決まったッ!!!巨星、オオガミレン……『最後のロックスター』ついに堕ちた!!!」
実況がそう喚くと観客達は歓声をあげた。それは空気をビリビリと震わせ、地面をグラグラと揺らすほどだった。
アタシはその中でただ愕然とするしか無い。
今や立っているのがムサロウ一人だけしかいない“ゲームエリア”に、二つの影が降り立ってきた。一人はサングラスをかけた美女……黄色と黒の縞模様の全身タイツだけど……マアリだ。
彼女は黄色い水たまりの方に歩いていくと、そこに手をつっこんだ。すると水たまりはみるみるうちに小さくなり、跡形も無くなってしまう。
もう一人はとりあえず形だけは辛うじて人型だった。が、その体は沢山のマイクと拡声器をつなげ合わせて出来ているようで、やはり彼らの仲間らしく奇怪な姿だった。
その拡声器全てを震わしながら、「んじゃ、勝利者インタビューだ!!」と叫ぶ。彼が実況役だったらしい。体からマイクを一つ抜き、ムサロウの前に突き出す。
するとムサロウは、ふぅ、と涼しげに息を吐いた後、
「――またくだらん物を切り捨ててしまった……」
と腹の立つドヤ顔で微妙な決めゼリフを言い放った。
「……あーあ……」ため息をついてしまう。
「テンション下がってるわねぇー」とリリィがニヤニヤ顔で声をかけてくる。
「だってオオガミレンですよオオガミレン。『最後のロックスター』の。それが……あの雑なパクリの集合体にアッサリバッサリですよ」
笑うしかない。どう見てもかませは向こうだろ普通。
「うちの連中大概雑なパクリ野郎だよ。でも強いんだなこれが。んで、念を押しておくけど、私が見た中ではみんな自分の元ネタ知らないからね」
「あの決めゼリフにドヤ顔……こっちが恥ずかしいわ……」
「ちなみに彼ね、背中側に小判の、胸側に『R』って書いた入れ墨入れてるよ」
「何もまとまってねえよ」
「最後のロックスター」オオガミレンまでかませ。しかもアレに。どう反応すれば良いのか。
モヤモヤする脳みそは「ノーコメント」の姿勢を貫くのであった。