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4-5 幸せじゃないから死ねない-4

 「―――お父さん、その高校時代持ってたギターってまだあんの?」

 

 ふと気になって聞いてみたアタシ、缶ビール4杯目。冷静なもう一人のボクが「酔ってるから、アンタも」と指摘してきた頃合い。


 「おお、あるぞ!なんだったらアンプやら何やら今でもあるしな。未練がましく手入れも欠かしてねーんだ、弾くことだってできるぞ!」

 「そりゃあいいわぁ。ね、お父さん、見せてよそれ」

 「ヨシヨシいいぞ、うし、行くぞ俺の部屋にー!」

 「うへへーお父さんの部屋だー」


 酔っ払い二人、二回の父の部屋に向かった。階段をあぶなかっしい足取りでゆらゆら上る。

 そういや、父の部屋ってほとんど入ったことねーなーなんてふと考えた。


 「そういや、花子を俺の部屋に入れたことってあんま無かったなぁ」


 どうやら同じことを考えていたらしい。親子だねぇ。ってことでいいのかこれは。

 

 「んじゃあ本邦初公開!お父さんの部屋だぞー!おら、入れ!」

 「うおー」

 

 何をもって「本邦初公開」なのかという疑問は抱けたので、まだ致命的な程酔ってはいない、と思い込むことにする。


 父の部屋はとにかく本棚が多い。それにびっちりと本が詰め込まれた、まさに「書斎」と表現できる部屋だった。

 それ故に、部屋の一角のギターが異彩を放っていた。

 そのギターのボディは燃えるように真っ赤だった。あ、カッコいい。酔った頭でそんな評価をする。


 「見ろ、花子。ギターの横にでっかい箱があるだろ。あそこにアンプやらコードやらチューナーやらピックやら……教則本だって入ってる。未練がましいことこの上ないだろ?……いつでも弾けるようにしてんだ。……この職に就いてから一回も弾いてない癖に、な」


 そう示されて覗いた箱には確かに、それら一式が入っていた。クリーニング用品だけ最近でも使われてる形跡がある。なんだか悲しいなぁ。


 「今日は弾いてよ、お父さん。Fコードだっていつの間にか弾けるようになってるかも」

 「バカ言え。もうほとんど弾いてねぇ。他のコードだってまともに押さえらんねぇよ」


 そう良いつつもギターを構える父。意外と似合っている、と思うのは間違いなくアルコールのせいである。


 「んじゃいきますかー……うおらっ」


 ギャンギャン、とギターを鳴らし始める。おぉ、弾けてる弾けてる。

 このメロディーは、昔のロックバンドの曲だろうか。なんか聞き覚えあるし、もしかすると有名な曲かも。


 「ははは、意外と覚えてるもんだな!」

 「体が覚えてた、ってやつかねー。いけるじゃんお父さん。んじゃFコードいけFコード!」

 「よっしゃきた」


 そう言うとギターのヘッド側にある父の左手が、ぎこちなくぐにゃりと動き、ピックを持つ右手が振られた。

 

 ……音は、鳴らなかった。


 「たはは、まぁそううまくいかんか」


 少しだけ悲しそうな目で父はそう呟くように言った。

 

 「マジでムズイんだねーそれ」

 

 ちょっと寂しい。




 ギターを元通りの位置に戻して、アタシ達はさっき酒盛りをしていたリビングに一度戻った。

 そして、何を思ったのか缶ビールを二人で持てるだけ持って、父の部屋に戻った。

 何となく、会場変更だ。

 アタシも父も、「父の部屋で二人で酒を飲む」なんてあまり無いシチュエーションが面白く感じて、どちらが提案、ということでもなく、自然とそうなった。


 

 「―――なぁ、花子。俺はギターは結局やめちまったが……今となっちゃ、これも必要だったと思うぜ」

 

 ―――もう何缶目かすら数えることもしなくなったが……缶ビールをまたグビリとやりながら父は言う。


 「さっき話したプログラムの仕事な。俺も、『やりたいことをやるしかない』って思ってすぐ、辞めたんだよ。結局な。んで、そっからしばらく無職さ。金は、毎月ストレス解消だなんだっつて、時間ある時に給料ギリギリまで使って遊んでたりしたから、蓄えもほとんど無くてな。実家に転がり込んで、養ってもらってた」

 「うあ、今のアタシとちょっと似てるし!」

 「家族ってことだな!無職家族!」


 普段ならあんまり面白くない冗談だったが今はどうしようも無く笑えて、ギャハハギャハハと二人で笑った。


 「……んでもって、2年くらいボケーって過ごしてたんだけどよ。ある時行ってみたクソボロい古本屋に『ソレ』があったんだ」

 「『ソレ』?ナニソレ?」

 「―――SF小説だよ。聞いたこともねー作家だ。今だってたまにネットで名前検索したりするけどさっぱりヒットしねぇ。その本だって買ったわ良いがいつの間にかどっかいっちまった。だけどな、花子。その小説は面白かった……つーかとにかく必死で書いてるんだな、って感じでよ。読んでるとこー、胸が熱くなってきたんだ」

 「へぇ……マジでいるんだ、そーいう『人生を変えた一冊』なんて体験するヤツ」

 「信じらんねぇだろ?でも間違いねぇよ。メチャクチャ印象残ってる。あとがきがスゲエんだ。とにかく買ってくれ、って何回も書いててよぉ。『俺はこの小説で未来を勝ち取る。その為には読者に買ってもらわなければ話にならない。……この小説は、君達読者にとって絶対に、間違いなく読む価値のあるものだ。迷わず、買うと良い。損などする訳が無い』なんて書いてよ!」

 「必死かい!」


 また二人で笑った。ゲラゲラ、ゲラゲラ。


 「でもなんか、その時の俺にはそいつがカッコよく見えた。高校時代に憧れたギタリスト程じゃねーにしても、こういうのっていいなーなんて思ってよ。んで、もうそっからはヤケクソよ。『やりたいこと』を見つけちまったんだからよ。『やるしかない』つって今みたいに部屋に閉じこもってSF小説を書いてさ、うおらってある賞に応募したらさぁ、……ここが笑えるんだが、何の間違いか、特別賞、なんて頂いちまった」

 「マジ!?」

 「おうよ。『粗削りだが、将来性を感じさせる、初期衝動の塊のような壮絶な文章だ』なんてコメントが雑誌に載ってよ。爆笑しちまったよ、そん時は」

 「そりゃ笑うわ!つーか新人の評価って『粗削り』とか『初期衝動』とか言ってりゃいーよ、みたいな感じない!?」

 「あるな。全く、ホントにちゃんと読んだのかよって愚痴りたくなるぜ」


 またまた、二人で笑う。ヘラヘラ、ヘラヘラ。


 

 「まぁそっからなんとか作家として収入が入るようになって、お母さんと出会って結婚してお前が産まれて、俺は過去のことなんか無かったみてーにすかして家庭を築いた訳だけど、よ。……勘違いすんなよ、花子」

 「うん?」

 「この話はな、何もお前に『夢は必ず叶う』とか『やりたいことをやれば良い事がある』なんて言いたいワケじゃねぇ。なんせあの賞に選ばれなければ俺はデビューもできずにどっかで野垂れ死にしてたかも知れねぇ。……だけど、それでもな」


 また父が缶ビールを一気に空にした。


 「『やりたいこと』に挑戦するからこそ、その失敗も成功も価値ができるんだよ。あのままプログラムの会社にいたままだったら俺はなーんにもできずにぶっ壊れてただけだ。『とにかくやってみろ』そんなことを言ってくるヤツは、何も考えてねえ馬鹿か、お前の事なんかさっぱり思ってくれてねぇ冷血野郎か、陥れようとしてくるクズ……この内どれかだ」

 「『やってみた』結果、取返しが付かなくなることなんてアホほどあるんだよ、なんせ世界ってのはクソッタレに出来てやがるからだ。例えば、俺も、ギターを『やってみた』結果、高校時代を棒に振っちまったようなモンさ。テキトーに就職したせいで、くそ辛え仕事をさせられて、性根も曲がっちまったかも知れねえ」

 「でもな、俺はギターの方はそんなに嫌な思い出じゃねぇ。なんでか、ってのは、上手く説明できねぇが、やっぱ思い当たるのはギターは『やりたいこと』だったんだ。『これしかねぇ』ってぶつかっていって、もがいて、戦って、それでようやく、『良い思い出』ってヤツになるんだろうよ、こーいうのはな」

 「んでもってギターに関してもう一個言えば、一度『やりたい』って思っちまったってことがこの話のジューヨウなトコだ。なんせ、『やりたい』って思ったことを『やろうともしなかった』ってなりゃあよ、その後悔を生きている間ずーっと持ち続けて、他の事やんなくちゃいけねぇ。そりゃ、『現実的』じゃあねぇ……全くもって、な!」


 またまた、父が缶ビールを一気に空にした。



 「……なぁ、花子よ。お前が今『やりたいこと』ってなんだ?……そんなもんあったら苦労しねえ、って気持ちもわかんなくもねぇけどよ、結局探さなきゃなんねえぞ、お前」

 そう言われて、少し息がつまったような感覚がした。



 「探して、迷って、見つけて、もがいて、戦って……俺は、それが『青春』ってヤツなんだと思う。なぁ、花子。こんなもん『卒業』『お別れ』なんて出来るか?100年や200年じゃ足りねえよ、人生。なぁ?」


 

 アタシも、缶ビールを一気に空にした。

 

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