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4-5 幸せじゃないから死ねない-3

 適当なつまみも用意された机の挟んで、父とアタシは向かい合った。

 

 「……父さんはな。昔、高校生ぐらいの頃だったか……実はバンドマンになりたかったんだ」

 

 一瞬で缶ビールを一つ空にした父は語りモードに入ってしまった。しかもこの一言を口にしたすぐ後にもう一つ空にした。

 ……既に顔がイイ感じに赤くなっちまってる。もしかして飲むの早い癖に弱いのか。ダメじゃん。

 一番質悪いじゃん。


 「あるロックバンドのギタリストに憧れてな……モテたかった、てのもあるが、凄まじい勢いの轟音で客を虜にするその人のギターにとにかく憧れた。それで、今まで貰った癖に碌に使わなかった小遣いを一気に使って、ギターを買ったよ」

 

 父がギターを弾く姿を想像。……申し訳ないけど似合わないなぁ……


 「しかしだ。問題が起きた。練習していく内に巨大な壁が俺の前に現れた」

 「……それは?」

 「どうしても、Fのコードが押さえられなかった」

 「ベタベタ過ぎるわ!」

 

 すごいありきたりな壁のぶつかり方だった。


 「それでもまぁ、俺なりに弾けるようになろうと頑張ったつもりなんだったけどなぁ……高校も終わり頃になると、やれ受験だ、やれ就職だと騒がしくなってきてな。俺もそれに惑わされてしまったよ。……いつしかギターは部屋のオシャレなインテリアと化してしまった」

 「うーん、ベタベタでなおかつ切ないなぁー……」


 三缶目に突入した父。ホントに大丈夫かねコレ。今んとこありきたりなギター挫折話しか聞いてねぇぞ。

 寝るなよ。マジ寝るなよ。

 まぁそれでも全然会話してなかった今までよりずっとマシなんだけど。

 そんなアタシも一缶空にして、二本目に手を伸ばしていた。

 だ、大丈夫だ、父みたいに一気に飲み干してるわけじゃない、節度を守って飲んでいる。

 決して父に引っ張られて飲みすぎたりしていない……!


 「俺の家は、子供は俺一人だったし、父は公務員で金にははっきり言ってそんなに困っていなかった。そんな感じだから、俺も深く考えずに近くの大学にテキトーに進学したよ。……しかし、お前も大学に通っていたからわかるかも知れんが、大学ってのは自分からやることを見つけて行動しなければ、はっきり言って暇だ。だからこそ、与えられたモラトリアムと言える時間をどう活用するのか、それが重要で……それがわかる頃にはもう卒業の時期だったりするんだ」

 

 うーん……偏見のような真理のような。コメントしづらいです。


 「もうすぐ卒業ってなるとまた就職どーすんの、ってな話になる。たまらんよな。特にボケっと大学生活を過ごしていた俺のようなヤツには耐えられんスピードで周りの奴等が動き出す。結局、早く就職活動から抜け出したい一心で……あー、なんだったか……正直よく覚えていないんだが、なんかパソコン使ってプログラムをどーちゃらこーちゃらする会社に入ったんだ」

 「テキトーな説明だなぁ……覚えてないんじゃなくて酔ってるだけでしょ?」

 「酔ってない!全然平気だ俺は!」

 「酔ってないヤツはみんなそー言う!」

 「う、ぐ……よ、酔ってるぞ俺は!」

 「酔ってるんじゃん」

 「どう言っても無駄か!無駄なのか!」


 そう言って四缶目をいつの間にか空にしていた。駄目だコイツ……ヤヴァイぞ!

 「おとーさん、ペース、やばい。やばいから」

 「バカ娘が。こんな自分語り等酔っぱらってでも無ければ出来るか。おい、花子。お前には強制はせんが……なんやかんやでアルコールは良いぞ。こんなどーでも良いオヤジの語りでも何だか感動できる話に聞こえてくるんだからな」

 

 このおとーさん……アル中じゃねーだろうな。アタシは先ほど手に取った二缶目を意識してチビチビとゆっくり飲む。最悪、アタシがしっかりしてないと。


 「―――話の続きだ。まぁ当然の話なんだが、今となっちゃよく覚えてない程の好きでもなんでもない仕事をこなすのは本当にきつかったな。なんだコレは、ロウドウキジュンホウとか守れてんのか!と俺は憤った。同期も結構いたんだが、みんな疲れ切った顔をしていたよ。俺はその中でも特に仕事が出来なかったがな」

 「ただな。その疲れ切った同期の中で、唯一いつも楽しそうなヤツがいたんだよ。そいつは同期の中で一番って程でも無いが、そこそこ仕事は出来て、こなせる量も多かった。ある時、聞いたよ。『お前、なんでこんな仕事をそんな顔でできるのか』ってな」

 「そうしたらまぁー語ってくれたよ。今の俺以上におかしなテンションでプログラムの魅力ってやつをな。はっきり言って内容はさっぱりだったが、そいつがキチンと『やりたいことをやっている』と言うことはわかった」

 「なんつーか、負けた、って気分だったよ。人生をどれだけ楽しめるかって勝負にな。結局はソレなんだよなぁ……このクソッタレな世界を、生きてても本来なーんにも面白くもねぇ人生と、どう付き合っていくのか……あの頃の俺は、その事をもっと考えるべきだったんだなぁ……」


 語りが不味い意味で乗ってきた感がある。もう五缶……と思いきや六缶目に手を出していた父。

 ……これは、覚悟するしかないかも知れない。ナニをって言われても知らんが。ちなみにアタシは三缶目ー……あれ、いつの間にか結構呑んでねぇかアタシも!?じ、自重だ自重……アタシもそんな強く無いんだから……


 「んで、それからしばらくすると同期でトップの成績だった奴がふらっと辞めちまった。あんだけ仕事が出来てたっていうのに、辞めちまうのかって驚いたよ。そいつにも質問したなぁ。「そんな出来る癖になんで辞めちまう?」ってな。そしたらな……」

 「『俺にとってこの仕事は出来る、ってだけだからだ』ってポツリと言ってそのまま行っちまったよ。その背中に「これからどうすんだよ」、「辞めてどーなるってんだよ」なんてみっともなく話しかけたけど、なーんにも返してくれなかった。アイツ自身でもわからなかったのかもな」

 「それでも辞めちまったアイツの後ろ姿と……そのまま帰って、久しぶりに見た高校時代に弾いてたギターを見て、俺は、なんつーか、悟ったんだ」

 

 悟ったって何を?まぁベタなことなんだろうが。うぅ、頭がぐるぐるしてきた……その癖、どこかではっきりしている部分も自分の中にあったり。

 いつの間にか、聞き逃すな、なんて思っていた。アタシが悩んでることの答えも、どーせベタベタなような気がするんだ。でも、それすらわからなくなっている。なら、学び直さないと。

 いつだって世界は猛スピードで進んでいる。「やり直す」「学び直す」なんて機会はそうそう無いのだ。実は今はその貴重な機会なのだ―――



 「人間ってのはなぁ……『やりたいことをやるしかない』んだよ」



 それが、父の悟りだった。


 「『やりたいことをやれ』じゃねーぞ。『やるしかない』だ、花子……そんな夢とか希望のある話じゃねーぞ。向いてようが向いてなかろうが、『やるしかない』んだ。それしか方法はねぇ。俺達のつまんねー人生を、このクソッタレな世界の中で、幸せ、やりがい、希望?とかかぁ……?まぁ、そんなモンを手に入れるためにはなぁ、『やりたいことをやるしかない』、それだけが……それだけが答え、つーか、方法てーか手掛かりってゆーかだなぁ……」



 「やりたいことをやれ」じゃなく、「やりたいことをやるしかない」か……その言葉がアルコールと一緒にグルグル全身に回ってくる気がした。


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