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4-4 《?浮上する-耐え忍ぶ?》

 「あれって、確かにリリィちゃんよね……なんだか変な恰好してるけど……」

 

 春野花子は、母にそう尋ねられた時、突然に家のリビングから飛び出し、二階の自分の部屋に飛び込んでしまった。

 その反応に面食らっていたものの、それを見た母と父は「無理もない」と感じていた。

 花子とその友人である栄田利里は中学、高校、大学、そして仕事場すら同じという長い付き合いをしてきた間柄だ。

 死んでしまった筈の利里の顔をした女が、あんな―――殺戮をしている光景を見せられて、ショックを受けない筈が無い。

 

 妙な恰好はしていたものの、TVに現れた虐殺者は栄田利里ことリリィで間違いない、と花子の母と父は考えていた。

 

 「私のことは、リリィって呼んでください」


 初めて会った時に、落ち着いた口調でそう言われた時のことを思い出す。


 「私の名前は、リリィ。“スターハント”が潰された時の事は、覚えていらっしゃいますね?その時に今の私と同じようにTVに出ていた、マアリ、セバスチャンの……まぁ、同族、といった風な存在です」


 先のニュース番組で現れた彼女も、「リリィ」を名乗っていて、さらに全く同じ顔をしている、なんてことは偶然で説明するには無理があり過ぎる。

 リリィがどういう経緯で“スターハント”を叩き潰して、“ゲーム”とやらを仕掛けてきた連中の同族になったのかはさっぱりわからないが……


 ―――他にも妙な心当たりが花子の母と父にはあった。

 先ほどから記憶が所々不自然に蘇ってくるような不思議な感覚があった。



 「……だった!―――む……すら無かったんだ!」

 

 「……ン、―――い……ちゃん!」


 「……―――は!舐め……、この―――……をサァ!」


 「この―――……クズ―――……野郎がっ!!!」


 

 聞いたことのない、筈の言葉。ちょうど今、花子が閉じこもってる部屋から大声を出しているような、そんな言葉。それらが断片的に記憶の中に浮かび上がってきていた。

 

 その中には、「リリィ」の声もある気がする。

 それどころか、あの姿をはっきり見ている気すらする。

 

 「花ちゃん!お母さん、応援するからね!」

 「……頑張りなさい」


 ―――そう言った時に、自分の娘のすぐ傍にあの妙な恰好をした「リリィ」がいた気がしてくる。

 

 だが、そうだとしたら何故、今まで忘れていたのか?

 何故、今になって思い出せそうになっているのか?

 

 何か尋常でない事が起こっている。わかるのは、それだけだった。

 母と父は顔を見合わせるが、お互いに言葉が出てこない。

 今、春野家は今までの長い時間の中でも中々無いほどに、沈黙に支配された時間を過ごしていた。



 

 ……花子が部屋に閉じこもって一日経つ。花子がショックなのはわかるが、とりあえず食事はさせないと、大事に至る可能性がある。

 母は、自分の娘の部屋の扉の、今までほとんど使ったことの無い合鍵を握りしめて、二階に上がっていく。

 それに、何も言わず父も続く。

 鍵を差し込んで、一瞬躊躇するが、覚悟を決めて回す。

 娘と、向き合わなければ―――それが、親である自分達の仕事だ、と改めて強く思いながら。


 

 娘は、眠っていた。静寂がこの部屋をすっぽりと包んでいた。

 あまりの静けさに、むしろ彼等は慌てた。

 静かすぎて、娘が死んでいるんじゃないかと一瞬だが感じてしまったからだ。

 冷静に考えれば食事を一日抜いたからと言って死ぬほど人間はヤワでは無い。

 しかしその場には生命の持つ気配のようなものが一切感じられない。

 自死でもしてしまったのか、閉じこもった時にすぐに後を追うべきだったか―――

 彼等の頭を後悔がよぎる。

 異常にも思えるほどの静寂だったのだ。

 彼等は、娘の安否を確認しようと恐る恐る顔を覗き込んだ。



 「―――――――――――――――――」



 ……脈はある。生きてはいる。それでも何故か安堵感は彼等に訪れない。

 こうして目の前にいるのに、それでも拭い去れない程、静寂による隔たりがあるような気がしてならない。

 

 「花ちゃん……起きて……」


 不安で溜まらなかった。だから娘に一度起きて欲しかった。一度でも何か、言葉を発してくれれば、この不安も消えてくれる気がした。

 その思いに突き動かされ、母は娘の肩を掴んで乱暴と言える勢いで揺り動かした。

 その時。


 「―――――――!!!」


 バァン、と突き飛ばされたような衝撃が母を襲った。突然に体をグラつかせた母を見た父は慌ててその体を支えた。


 「どうした!?」

 「―――わからない―――でも、これは―――」

 

 

 しばらく沈黙が続いた。自分の妻が娘を揺り起こそうとしたら急に見えない何かに突き飛ばされたようにその体を揺らした光景をみた父は、根気強く妻の言葉を待った。


 「―――あなたも、花ちゃんを起こそうとしてみて」


 沈黙の終わりはそんな言葉だった。

 とにかく、何が起こっているのか知りたい。そんな思いに駆られ、父も母と同じように娘の肩を掴み、


 「起きろ、起きてくれ、花子!…………!?」 

 

 ナニかが、その体を突き破るよな勢いで伝わってきた。


 「……これは、なんだ……?」




 その後に彼等が出来たことは、彼等自身が体験した不思議な感覚―――何の理屈も無い、第三者から見ればあまりに不確かで頼りないモノを手掛かりにした行動だけだった。


 娘は、春野花子は、今「考えている」のだ。それだけに、通常では不可能な程に「集中」して。

 何故そんな事ができるのかはわからない。

 しかし、今の花子はそうするしかないのだ。

 

 必ず、答えは出す。だから、待っていてほしい―――


 そんな思いが、自分の娘から伝わっているようだ。

 待つしか無かった。

 


 ……思えば、今年に入ってからの娘は少し様子がおかしかった。


 「タダイマカエリマシタ。トリアエズハイイカンジデス」


 新しい職場に行ってきて初めて帰ってきた時の様子が思い起こされた。

 それだけじゃない、今年に入ってこの二ヶ月ほど、彼女は「何か」がおかしかった。

 そんな違和感にも今更気づく。

 それを親として不甲斐ないと思うよりも、何故それを今まで感じ取れなかったのかという不可解さの方が勝っているのにも、違和感を抱いていた。


 娘に「何か」が起こっている。自分たちには測り知れない何かが―――

 

 春野花子の親として、するべきことは―――彼等は、決断を下した。


 

 今は、信じて待つ。

 そして、娘が起きたら、絶対に、何があってもその「何か」を聞き出そう。

 向き合うのだ。親として、確固たる意志で。



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