4-2 革命にふさわしいファンファーレ-2
「―――ダッセェな、リリィ」
吐き出したのは罵倒。今までだって軽い気持ちで言ったことのある言葉だ。だって腐れ縁だもの中学からの。気安さ故の字面はちょいキツめの軽口だ。
だけど今のは違う。本気だ。アタシは本気なんだ。侮蔑がある、怒りがある、混乱もあるけどそれでもアタシは我慢がならなかった。
「テキトーに約束事作って、思い通りにいかなかったらクソガキみてーにそれを反故にすんのかい、アンタらは。つーかナニ?提案者がアンタだってリリィ?」
「―――テメーだろうが、リリィ……アタシを焚きつけやがったのは!テキトー極まりねーのは最初からだけどなぁ、ココは駄目だろ、しっかり責任取れよ!“蜜”を手に入れる時は死にかけたんだぜアタシは!そんな馬鹿丸出しのリスク乗り越えてここまでやってきたんだよ!それを、それを!こんな風に無理矢理全部無しにする気かよ!?」
「ダセェ、ダセェよリリィ。『青春』だか何だか言ってたけどなぁ、お前そりゃ大層くっだらねー『青春』だな!……何とか言えよ、なぁ!!」
こんな乱暴な言葉をリリィに向けたことはあっただろうか。自分でも何でこんな怒ってるのか、少しわからなくなる。
“ゲーム”に執着してたから、か?
「……そんなこと言って、花ちゃん、“ゲーム”には最近マンネリ気味だったじゃない」
"ゲーム”に負けちまったら、地球人が全滅しちまうからか?
「それとも何?地球人絶滅絶対回避!なんてそんな。花ちゃんってそんな責任感あったっけ?」
そうか、わかったかも。
「―――何でも良いじゃん、もう。私がサクッと終わらせてあげる、花ちゃん。特別に“ゲーム”の形で、あの満員の観客で埋め尽くされた“真価の闘技場”で、私と花ちゃんが戦うの」
そう、リリィとアタシが戦うことになってるから、かも知れない……
そこで不意にヘラッと笑いながら言葉を続けるリリィ。
「ちょっとロマンチックでしょ?私が推薦した代表者を私自らが『殺す』。……ロマンチックじゃないか、むしろ間抜け?まぁ心配しないでよ、花ちゃん。私、強いの。花ちゃんよりずっとずっと。『殺す』のはテキトーに接戦した感じを演出した後にしてあげる……」
「『殺す』……『殺す』だって、リリィ……」
混ぜる、まぜる、マゼル、混ぜル。感情が混ざりゆく。
舐めるな、と
ふざけるな、と
何なんだよ、と
何より。「殺す」って、「殺す」って、本気なのかリリィ。殺し合うのか、アタシ達。
不意に「友達じゃなかったのか」なんて言葉が口から出てきそうになった。
だけど、アタシ達の腐れ縁は本当に、ドロドロに腐りきっていて、逆にそんな真っ当な、漫画の親友同士が口にするようなセリフを今更吐き出すような気分にはなれなかった。
友情に訴えかける言葉が喉元までせりあがるけれど、それが伝わることは無かった。なんでなんだよ、と思う反面、アタシ達の関係ってそういう風な、「本気」な会話をするようなモンじゃなかったな、って……
それが、今更ながら虚しい。
大切か、と問われれば、大切って思える。思えるだけで、声に出せない。すれ違っているのか、アタシ達は。
それとも、すれ違っていなくてもこの状況は変わらないのか。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
いつしか、沈黙だけがそこにあった。どれだけ時間が経ったのだろう。
不意に我に返り、壁に掛けられた時計を見ると意外にもそこまで時間は経っていなかった。
だけど、本当に永遠の沈黙を体験したような衝撃がアタシの中にあった。
変わらない。アタシとリリィは、殺しあうんだ。唐突に、その事実が目の前に現れ……
唐突なクセに、受け入れられる程に、目の前のリリィがアタシを見る目は白けていて、鋭かった。
このリリィなら、春野花子を殺せる。そういうことだ。
もう後はオマケみたいなモンだ、とある種の気楽さを持って気になったことを問いかけた。
ほとんど、自棄だ。
「なんで、そーなっちゃたの」
するとリリィも何でもなさそうに、
「そーねぇー」
なんて考えだした。そして、
「『もういい』から、かな」
「『もういい』?」
「地球人、うん、いいトコもあるよ勿論。でもさ、それってこのまま続ける価値があるほどなのかなぁ?」
「まぁまぁ、そうねぇ、サービスしてあげよっか?…………見ろよ、聞けよ、感じろよ、春野花子。私が導いてやる―――」
ポン、とリリィの手がアタシの頭に置かれた。
すると、流れ込んできた。
「マジダリィ……」
「そんなのまだマシよ、ウチの旦那なんてねぇ……」
「女なんてそんなモンだぜ……」
「男なんて馬鹿ばっかりよ……」
「アイツグズいよなぁ、見てて笑えるって!前なんてさぁ……」
「若いヤツには駄目だなどーも」
「要するに老害だろアレとっと消えろ」
初めは、今いるパン喫茶での他の客達の会話が断片的に、しかし完璧に。
表情まで、わかる。それは……それは、何だろう?
はっきりと意識できたのはそこまで。
そこから、アタシの意識はバラバラになった。
バラバラになった意識は世界を縦横無尽に飛び回る。
ここはどこだ。その問への答えが何十、何百、何億、何兆もあった。
バラバラになったアタシの意識は、各々馬鹿みたいなスピードで飛び回り、それらは世界の「全て」の情報を見て、聞き、感じた。
そこ(ら)では。
人が騙し合っていた。
人が見下し合っていた。
人が争い合っていた。
人が殺し合っていた。
ソレらがアタシの意識に見せてきて、聞かせてきて、感じさせてきた。
…………やめろ、やめろ、やめろ!
アタシは必死でバラバラになった意識を集めて…………
最終的に元いたパン喫茶に戻ってきた。
―――他人が、見える。口をぐにゃりと動かして、下らないコト言ってる。
その表情を見て、さっきわからないことが、わかった。
―――汚い―――!!!
アタシの手元の空間が歪んだ。
「っ!……おおおっ……くっそ……くそがぁ……」
……戻ってきた。小さく悪態をつく。
二つの意味でギリギリだった。
一つは、あのバラバラの意識に見せられ、聞かされ、感じさせられたことに「心」が、と言えば良いのか……とにかく、ぶっ壊れるかと思った。
二つは、アタシは一瞬、いつも“ゲーム”で使う大鎌を一瞬具現させていた。それでここにいる全員を……全員を、殺そうとしていた……。
だけど、ここの雰囲気はいつも通りだ。皆自分達のお喋りに夢中で、アタシが大鎌なんてものを出したことに気付いてはいなかった。
それが、何故かどうしようも無く苛立つ。
「―――戻ってきたね。どうだった?……まぁ気を落とさないでよ、世界はさっき花ちゃんが感じた程クソッタレじゃないよ。いいとこ、あるよ。だけどね?」
そこで一度言葉を切った。
「別に必死になって守るほどでも無いから」
「ね?『もういい』でしょ?」
「終わらせても、別に良いでしょう?」
「―――さっきだって、花ちゃんギリギリだったね。ここの人達、皆死んじゃいそうだった。花ちゃんに殺されそうだった」
何を思ったのか、今度はリリィが畳みかけるように話かけてきて、アタシは黙ったまんまだった。
呆然としながら、リリィの言葉を、ただただ聞いている。
「私ねぇ、どっちかっていうと、花ちゃんってマアリの方に近い気がするなぁ。ね、その気があるんなら地球人なんて肩書捨てちゃってさ、マアリと私と一緒に、キブカ星人として生きない?私が言えば、マアリも首を縦に振ってくれるよ」
何の反応も返せない。凄いコトを言われてるはずなのに。
そんなアタシを見て、「ヤレヤレ」と言いたげにため息をついたリリィは、最後にこう言い放って、アタシの元を去っていった。
「選択肢は二つ。アタシと戦うか、アタシやマアリの仲間になるか。要するに、そんだけよ。連絡、待ってるからね。あのテレパシーもどきがあれば、いつでもどこでだって、花ちゃんの思いは私に伝わるからね」
改めて、ここの喧騒に耳を澄ませてみる。相変わらず、うっさい……イヤホンが欲しい。
リリィが来た日にも、ココに来ていた。あんな感じで耳に音楽を叩き込んで、この喧騒をどーにかしたい。
だけど、なんでだろう。例えイヤホンがあったってもうどうにもならない、そんな気がしていた―――




