3-6 《!無限!》
「―――ふふん、そこのド三流役者め、二人を離セッ、このセクスィ~なあたしが相手ダッ」
とド三流役者っぽいセリフと仕草でビシーっと綱木野を指さすマアリ。
着ていた黄色と黒の縞模様タイツがビリビリに破れていて確かにセクスィ~ではある。タブン。いつも全裸みたいなモンじゃねーかって気分も無くは無い。
「まだ生きていたんですか!?……まぁ、今更貴方に何が出来るんです、七割引き大安売りのマアリさん?」
「んなっ!?このヤロウ、誰が大安売りだっ!」
その言葉にのけぞるマアリ。
そう、今やマアリは大処分セール対象商品だ。ヤスイヨヤスイヨ。
「ったくもぅ……さっきから何さ。ナナワリナナワリうっさいわい。キミはアレかい?何でも数字で示さないとイメージ湧かないとかそういう奴かい?逆にバカっぽいと思うんだがどうかね」
「全身タイツの人に頭の良し悪し語られたくないかも……」
「キサマッ」
まるで緊張感の無い会話をしてるが状況は変わらない。7:3で綱木野が圧倒的に有利。本当に何で来ちゃったんだマアリ。意地か?それともアタシ達の為とか?
それとも、何か手があるのか。
「お気楽な人ですね貴方は。また潰されたいんですか?」
ため息交じりに首を振る綱木野の周囲の空間がまた歪み、あの血塗れの腕が何本も現れてマアリを囲む。
そんな状況でもマアリは微笑みながら突っ立っているだけ。
「まだキミは“蜜”の本質を分かっていないな。なまじ“蜜”を上手く使えるようになって数字でも色々考えられる程になれたせいか。“蜜”のシステムはね、元々あたしの力を他人が借りられるようにする為のモノ。あたしの母星でも使えるヤツは幾らか居たけれど。結局、今のキミと同じ程度の理解しか出来ていなかったな」
「……はい?」
「今のキミぐらいならゴロゴロいた、って言いたいのさ。キミ以上と言えるヤツだっていた。そして、その中の誰もが、あたしを超えられなかった」
薄い笑みと冷たい視線。それが綱木野に突き刺さる。
「そもそも、七割って言うけどね、キミ。“蜜”の力をどれだけ発揮できるかを決めるのは何か?って言うとね……まぁ自分でもハッキリしないけど精神力、みたいなもんさ。ねぇ、その精神力が自分の中にどれだけあるのか、その果てってそんなに簡単に想像がつくかい、キミ。心、でもいいさ。なぁ、想像がつくかい、心に限りがあるって。体力、みたいに分かりやすいもんじゃないだろ?」
「……何が言いたいんです?」
「あたしはね、心に、精神に、感情に、気合に、……まぁそんな風に表現される、生命の持つ『それっぽいもの』に限りなんて、果てなんて無いと考えているんだよ。それに作用したあたしの力、“蜜”の力もまた、その限りも果ても無い。そう簡単に数字で表せるモンじゃない」
……何かとんでもない事が語られている気がする。それじゃあなんだ、“蜜”の力は本当に文字通り無限のエネルギーだと言うのか。そんなご都合設定があるか。だったら今までアタシが2割だ4割だ7割だとか……そんな風にしていた戦力分析は何だったんだ。
「七割、七割、か……もう一個教えてあげよう、綱木野クン。キミが知っているのは普段の、戦う気も何も無い全くもってフツーのあたしの力だ。今から、少しだけ……戦う気分、ってヤツになってあげよう。キミを叩き潰すために……ね!」
その瞬間、アタシの認識ごと状況はひっくり返った。
大きく広げた両手で周囲を薙ぎ払うようにマアリが動くと、呆気なく、綱木野が操る血まみれの腕達は、まさに紙切れみたいに吹っ飛ばされてバラバラになってしまった……!
今のマアリの力はどれくらいか。……探ってみても、「計り知れない」としか感じられない程に、マアリの力がこの空間を支配していくのを感じる……!
それは、まるで底の見えない大穴を覗き込んだようなイメージで、徹底して理解を拒む。
どのくらい大きい?
どのくらい多い?
どのくらい深い?
アタシの中でそのイメージは爆発的なスピードで肥大化し、そして、プツン、と途切れて消えた。
探れば探る程、わからなくなる。世界そのものに噛み付こうとした様な徒労感。圧倒的過ぎる存在に対してアタシ達はその力を理解することは出来ず、だけど恐れるわけでもなく、むしろただあやふやにしか感じられなくなる。
今のマアリは、まさに圧倒的、というよりも圧倒的過ぎて不明瞭な印象しか無く……
その瞬間アタシは、「無限」を知り、しかし理解は出来なかった。
「な―――そんな……」
唐突な状況の変化についていけずに呆然と立ち尽くす綱木野。
「『今更貴方に何が出来る』だったっけ?あぁ、本当に今更だってあたしも思うけどねぇ……それに対する答えは、壊すこと、殺すこと、滅ぼすこと……それが出来る、って感じかな?」
「ぐ、う、うぅ……」
計り知れないもの、なんて簡単に言われるけれど……アタシは今、初めてその言葉を使うに値するものを見ているのだろう。
理解できない程の劇的な存在。
それがキブカ星最強の生命―――マアリ。
―――甘かった。……アタシはマアリに蜂人間として甦らされた時から、与えられた“蜜”の力の使い方を一日も欠かさず研究、鍛錬してきた。
何せ『思い通りにする力』だ。何かに、もちろん最初は何に使うか考えてはいなかったが、きっと必要になると強く感じた。
“蜜”を自分なりに理解し、試行を繰り返すと、その度に力が強くなっていくのを感じて、「どのくらいなのか」―――?それを知るために、自分の力と他のマアリが生み出した生命体の力と比較し、その中で頂点になる大本のマアリの力を読み取ってまた比較……そうやって自分の成長具合を確かめていた。
……まぁ無邪気だったものだ。自分がマアリの力を4割弱程度借りられる、なんて。今となっては馬鹿馬鹿しい。「本気じゃなかった」なんて、そんなベタベタな……その可能性にとっとと気付くべきだった。
「異常な程普通」なアタシ。特別なものに憧れているだけのアタシ。その程度の奴が、「最強」と比べられる訳が、同じ次元にいる訳が無いじゃないか?
馬っ鹿だなぁ。救いようがないな、アタシ。
「……なぁ、綱木野クン。あたしの力に限りが無いように……理屈で言えば、その力を借りられるキミ達“蜜”を持つ者の力もまた、限りが無いはずだ。ほら、いくらでも借りたまえ。出来るだろう?あたしとキミ達は、『生命』という点で同じの筈だ。あたしの心やら精神やらと同じように、キミ達にもそういう何かが、果ての無いモノをその身に宿している筈だ。やれるさ、やろうと思えばね」
「それとも、何か?キミ達地球人はただでさえロクでもないのに……この程度で限界だって言うのかい?……そんなの、ダメだあたし。キミ達が生きていく事を許せない。あたしにだって、良心ってヤツがある。ロクでもないキミ達を見逃すと、それが痛むんだよねぇ」
「あたしが持つのも、キミが持つのも、同じ“蜜”という力だ。―――さぁやって見せろよ綱木野賢人。あたしが振るうのは無限の力。だけどあたしはあろうことかキミにもソレをわざわざ与えてやっているんだよ。こんな馬鹿な話があるかい?この上キミがその程度のままって言うのなら、あまりにも滑稽に過ぎる……そりゃあもう、あたしが完全に人類を見限る程にはね」
マアリは綱木野に向かいゆっくりと歩み寄る。
マアリが無防備にも見える態度で近づいても、綱木野は指一本動かすこともなく、呆然とした表情を浮かべているばかりだ。完全に心が折れている。
それを見たマアリは、ため息をつき、「ヤレヤレ」とでも言いたげに、投げやりな動作で綱木野の首に手を伸ばし……
「ッ!!」
……それが達するギリギリで綱木野は大きく後ろに跳んで距離をとった。そこから流れる様に攻撃を繰り出す。またも彼の周囲の空間が歪み、巨大な腕が飛び出してくる。
しかし、それはさっきのような血塗れで歪なものでは無い。正常な形をした銀色の巨大な腕に、綱木野の武器は変化していた。
それらは全てマアリが腕を一振りするとバラバラに砕け散った。が、綱木野も全く怯まない。次から次へと巨大な腕を繰り出していく。
「……何か……どんどん輝きが増していっているような……」
リザがぼんやりとした口調で呟いた。
とっくにアタシとリザは綱木野の腕から解放されていたが、その場から一歩も動けずにいた。目の前の光景に圧倒されている。
マアリの無限の力を目の当たりにした時の衝撃は相当のものだった。……しかし、それでも尚立ち向かう綱木野の姿もまた、凄まじい。ギリギリと歯を食いしばりながら、力を振るい、戦い続けている。しかも、その力も加速度的に成長を続けているのだ。
まるで本当に、「無限」を目指しているかのように。
「中々の優等生だな、キミは。そうだねぇ、そうして成長し続けている間は、終わらせないことにしてあげよう!」
勢いを増し続ける怒涛の攻撃を平然といなしながら、マアリが宣言する。すると、綱木野は凄絶な笑みを浮かべながらそれに応える。
「あぁ、あぁ!いいよ、やってやる!」
その表情に先ほどのような淀んだ狂気の色は無い。むしろ、まさに人生における至上の目的でも見つけたような、澄み切った思いを感じる。
「まさに、これを求めていたのかも知れないな、僕は!無限、ときたか……いいだろう。戦ってやる、それに至るまで!賭けてやる、そう全てを!信じてやる……僕にもお前のような!無限があるって事を!お前のような相手を前に、今までのようなクソッタレなままでいられるか……!!」
その輝きは銀色からやがて黄金に変わっていき、その躍動はさらに勢いを増していく。
「は、っははは!!こりゃ凄いわね……!ここに来て化けたか、綱木野賢人!」
それを見たアタシは思わず歓声を上げていた。
先程は最低のクズにしか見えなかった。だけど、何だ何だコレは!
あの彼にとって最悪の状況から―――心が折れているようにしか見えなかったのに、そこからギリギリで立ち直り、立ち向かっているんだ、コイツは!
その精神の輝きを見ていると、さっき酷い目に遭わしてくれたにも関わらず、何だか、期待してしまう。
凄い、凄い、凄い……!!
これが、マアリが滅ぼそうとしている、地球人の輝き!
いいさ、ここまできたらもう、行くとこまで行っちまえ。
さっきまでのクズさなんて忘れちまえ。
「無限」に至ってしまえ、綱木野賢人―――!!
そして、黄金の腕はその一本だけになっていた。
それまでで最高の輝きをそれは見せていた。神々しい、というのはこういうものに対して使う言葉なんだろう。
そんな力を振るっていた綱木野は……。
「おいおい、立ったまま気を失う奴って本当にいるのね!大したもの……そう思わない、マアリ?」
アタシは、まぁ、興奮していたんだろう。それほどのモノを見せてもらった。
綱木野賢人はまさに、地球人の可能性ってヤツを示したのだ。それがこの輝きだ。
綱木野が完全に動きを止め、戦いが終わると何だか急にはしゃぎたくなって、「見た!?見た!?」なんて感じでもちろん見たに決まっているマアリにこの思いを伝えていた。
……アタシは、まぁ、興奮していたんだろう。だからまともにマアリの表情を読み取ろうともしていなくて。
きっと、アタシと真逆の、白けた顔をしていたんだろう。
アタシが思いを伝えているのを完全に無視してマアリは、動かない綱木野の体を両手で掴んで、
……滅茶苦茶に彼の体を引き千切っていた。
「え?」
酔いが醒めたように思考がクリアになる。アタシは妙に冷めた気分でそれを眺めていた。しかし、引き千切られ、引き千切られ、引き千切られ続ける綱木野の体を見ていると、じわじわと混乱が足元からせり上がってきて、
「……なにしてるの、マアリ。まって。待ってよマアリ!そこまですること無いでしょう!?」
今までで一番のパニックに陥っていた。
「いや、ここまですることなんだよね、あたしにとっては。ここまでお膳立てしてやってこの程度なんて……」
引き裂いた綱木野の肉体から噴き出た真っ黄色な“蜜”を浴びたマアリはあくまで気だるげな様子だ。
「まぁ期待なんかしちゃあいなかったけど実際に確認作業しちゃうとね~……あぁ、怠い、とにかく怠い。なぁリリィチャン、なんで地球人ってこうも予想を超えてくれないのかね。退屈過ぎて気が触れそう……いや、もう気が触れてるんだろうなあたしは……」
千切った体は乱雑にマアリの足元に捨てられ、グチャグチャグチャグチャと踏みつけられていた。
「……さっきのこいつでも、アンタの予想の範疇を超えなかったっての?正直、アタシや花ちゃんも含めて、“蜜”が使える奴の中で一番強かったと思うんだけど。アンタ以外で、だったけど」
「……超えなかったよ。……リリィ、キミより強かったって言ってもねぇ、さっきの戦いを見てキミだってわかったはずだよ。“蜜”の力に限界は無いよ、少なくともキミが思っていたよりも遥かに大きな力だ。それが理解できてれば、キミであればさっきの綱木野なんて軽く超えられる……結局その程度の話なんだ。」
「…………」
―――そうかも知れない。今まで“蜜”について考えてきたことは何だったのか、なんて感じる程に、今や自分の力量さえ正確に測れなくなってくいる。はっきりと「壁を超えた」イメージがあり、その向こうに果ては無かった。
今までは前に進むのに歩くことしか知らなかったが、実はアタシ達は走ることだってできるし車やら電車やら飛行機だって使えるのだ、なんて言われているみたいだった。
結局まだアタシは限界なんて出してないし本気になんかなっていない。だから自分がどこまで出来るのか、なんてわからない。
でも、それでもさっきの綱木野の力に対してはそれはそれで凄い、と思えるし……それを冷めた目で見れる、見れてしまうマアリにアタシは絶対に敵わない。それだけはわかった。
ありきたりな展開にも程があるが、結局アタシはマアリのことをなーんもわかっていなかった。今もそうなんだろう。今まで見たことの無い白けきったマアリを見ているとそう思う。
……だから、いまからでもマアリの事を、わかろうとしなければならない。彼女の真実が、アタシの考えていた事を丸ごとひっくり返して、全部無駄にしてしまうと、なんとなく悟ってしまったとしても。
「私達の中で、例えば『正義感』『義務』『覚悟』的なアレを持ってこの問題を考えているヤツっているの?ってぐらいよね」
先程のアタシの言葉(思い)に、リザはこう返していた。
「……そうとも限らないかも知れませんよ?」
そして、発端となったマアリの地球人に対する、
「もういいじゃん絶滅で」
という思い。
アタシはマアリに問わなくてはいけない。
アタシは精一杯の覚悟と共に、マアリの顔をまっすぐに見据え、問うべきことを伝えようとして、
「あたしは本気だよ」
それを遮られた。
「かつては本気で期待していた。今は本気で失望している。本気で地球人を憎んだ。そして、リリィ。キミの案で行われたこの一連の戦いで、地球人にあたしの予想を超える価値を見出して、滅ぼそうなんて思えなくなれば良いって……あたしは本気で思っていたよ」
そうか。そうか。そうだったんだ。だけど。
「無駄だったけどね。もう我慢できない」
何故?アタシにはまだわからない。
「何で、そこまで」
もう止まれない。
「いやぁそりゃあベタなもんさ。例えば自分達が生きるこの惑星をとことん汚しまくっているトコ、とか。あいつら自身でも言っていることさ。全部滅ぼしてアタシ達が管理すればそれも良くなるだろう」
さらにマアリはその思いを明かしていく。
「後はそうだなぁ、騙し合ってるトコ見下し合ってるトコ争い合ってるトコ殺し合ってるとこ……はは、具体性が無くてゴメンね。まぁそれはあたしが10年も地球人のクソッタレなトコを見続けたからだろうね。……それにはあたしの力みたいに果てが無くてね。正直、ちゃんと考えようとしたらあまりのクソッタレっぷりに怒りで殺意で頭が一杯になっちゃうんだ」
どのくらい大きい?
どのくらい多い?
どのくらい深い?
つまりマアリもまた、圧倒的なものに対峙していたのだった。
徹底して理解を阻む故に、マアリはアタシに「それ」を上手く表現することはできないけれど。
アタシ達のコミュニケーションの手段は言葉じゃなく、その思いをそのまま伝えるという地球人とは異なるものだ。
だからこそ、アタシにわかったことがある。
マアリが地球人のクソッタレな面をそれこそ理解が及ばなくなるほど見てきたこと。
そして、他に理解する者がいなくなる程に、地球人に圧倒的な憎しみを抱いている。
その果ての無さ加減に、アタシは飲み込まれていく。それに向き合っただけで、自分が心ごとかき消されるような感覚を味わっている。
それは、例えば、だ。
道端に吐き捨てられたガムとか、教室中で囁かれる陰口とか、血液型性格判断とか、詐欺みたいな報道をするマスコミとか、不誠実に人をこき使おうとする会社とか、戦争とか、殺人現場に群がる人々とか、子を捨てる親とか、居眠りをする政治家とか、人種差別とか、だろうか?
あまりにもありふれた話題、事実として知られて、だけど一々考えられなくなって、おざなりにされているそれらを、彼女は受け止め続けたのかも。
アタシ達が疲れ切って、「どうでもいい」と、どうでもよくないことだってその中にはきっとあったはずなのに、目を背け続けたクソッタレな事から、彼女は目を逸らさなかったのかも。
それが10年続いたのだろうか。その間、必死に彼女は地球人に価値を見出そうとして、……諦めてしまったのか。
あたしは、そんな事を考え続けていた。何せ、マアリの思いはアタシに止めどなく伝わってきているから。
テキトーだ、なんてとんでもない。マアリは本気だった。だから―――
絶対に敵わないという畏れと、圧倒的なものに対峙してきたことに対する憐れみ。
二つの無責任とも言える思いを、アタシはリリィに抱いた。
「リリィ、教えてよ……ベタな話、あたしは間違っているのかい?沢山、無限にあることなら、一々気にかけなくてもいいのかな。どうでもいいのかな。どうでもよくないなんて考えるのは駄目かな」
「『それができれば苦労はしない』とか言って……それでもやれよ、なんて思うのは考え無しの理想かな。理想を追い求めることの何が悪いのかな。理想を追わない妥協案で人を傷つけるのは悪いことじゃないのかな―――」
「―――あぁ、あぁ、わかったわよ、マアリ……もう、いいから」
マアリが思いを垂れ流し続けるのを強引に止める。もう聞いていられなかった。
「?……もういい?」
「キツイんなら最初からそー伝えろって話よ。アンタもう完全にぶっ壊れてるわよ。馬鹿ね。地球人を見習って『どうでもいい』って流しときゃ良かったのよ。でもまぁ……私、アンタが馬鹿だって言うのなら、馬鹿じゃないやつは嫌いよ」
アタシだって、飲酒運転が原因の交通事故とか言うベタベタな死に方を経験している。
ベタだけど、それでも今でも思うのは、あの自動車の運転手死ね、でそいつをそんな風にしたヤツも死ね、とか頭悪いこと。
あれでもう滅茶苦茶じゃないか色々と。ベタだけど全然どうでも良くないっての。
アタシだってまだまだ怒り足りない、壊し足りない、裁き足りない。
良いトコもある?うるせえ悪いトコ多過ぎでもう意味無くなってるわよ。……そんな風にしか考えられない。クソッタレなことをクソッタレと言い、終わらせた方がまだマシなのを終わらせる。
そんな事も出来ないから、無限の力を持つマアリですらぶっ壊れるんだ。
そんなマアリを見て、アタシは、アタシは……
「私にはもう……アンタを傷づけてでもやりたい事をやるつもりないわ」
そう言うと、マアリは急に泣きそうな表情になって、
「ち、違うんだリリィ……別にキミの意見を否定しようとした訳じゃない!」
急に取り乱してきた。全く……
完敗だ。
「今のアンタ見てたら力でも心でも負けてポッキシ折れた気分よ。―――正直ね、アンタが無理矢理全部ぶっ壊す気なら、私と花ちゃんで組んでアンタをぶちのめす計画を立ててたりもした。……それは無理ってわかった」
「そしてその計画を実行する理由すら無くなったわ。アンタの疑問にアタシは答えられない。否定できない。……ねぇ、あんな風に死んじゃった私をこんな形でも生き返らせてくれたマアリ……言葉にできないくらい感謝してるの」
「だから、その疑問にスッパリ答えて、アンタに安心して諦めてもらうのが私の一番すべきことだと思う。だけど、それはできない。私にだってわからないから」
アタシにできることは、せめて……
「代わりに、私が終わらせる。『無理矢理前言撤回した恥ずかしいお馬鹿』なんて役はさせない。“ゲーム”はお終いよ。―――マアリ、あなたがせめてこれ以上、壊れてしまわないように」
マアリは、安心したように、寂しそうに、ふっ、と笑った。
その目が潤んでいるように見えるのは、きっとアタシの気のせいだ。
「そっか……ごめん、あたし、何だか疲れた……リリィに任せていいかな。ねぇ……具体的には、どうするんだい……?」
「少し、考えさせて」
そうしてアタシはゆっくりと思い返すのだ。花ちゃんとの記憶を。
考える、なんて伝えたが、どんな方法でも花ちゃんと対峙することになるのだろうし、遠回りな方法も通用しないだろう。そういう意味では、考える必要なんて無い。
それでも、時間が欲しかった。
マアリが確かにアタシを屈服させたこと。そしてアタシが花ちゃんと戦うという意味。それをもう一度確認して、受け入れなければ。そのための時間。
その終わりに、彼女は問うのだろう。
「……リリィ、どう終わらせようか?決めて良いよ」




