3-5 《?犬?》
「…………おおぅ」
アタシは呻いた。綱木野賢人、かぁ……割とヤヴァイ。
「いやぁ、コレは大したものだねぇ。リザチャン?ムサロウクンがまるで歯が立たないじゃないか。彼にはAランクのブッスケクンでも無理だろうね」
「……強いわね。気に食わないけど。恐らく花ちゃんより上ね」
こんなヤツがいたとは。無茶苦茶だ。だけど。
「しかしアレは何とかなんないの?」
彼が従えている裸の女達……あそこまでする下衆もそうそういるまい。しかもその内1人を彼はその必要も無い癖に武器にして叩きつけたのだ。問題視されるのも、地球人達の救世主の称号を彼に与えるのが気に食わないこともわかる。
「私が直接ぶっ殺してやろうかと思いましたが、私はどうも戦いは下手なんですよね……“ゲーム”で戦う戦士達をあっさり始末できる綱木野には……敵わないのです」
「敵ったとしてもやめてよね、リザ。アイツをこのまま生かしておくのは胸糞悪いけれど、色々都合が悪いのよ」
そう、都合が悪い。ただ殺すだけではマズイだろう……そこでアタシは自分の推測を二人に伝える事にする。
もし今回のようにこちらの気に食わないことが起こって、地球人代表を“ゲーム”に関係なく始末したい、なんてことになったとしても、難しい。
例えば、綱木野は確かに強いが、アタシやマアリならフツーに倒せると思う。が、それやっちゃうとそれを知った他の代表者達は、
「どれだけ頑張っても都合が悪けりゃ無理矢理始末されるのか?そんなことする奴らだったらAランクの戦士を倒して“ゲーム”をクリアしても結局殺されたり無かったことにされるんじゃないか?」
……みたいなニュアンスの考えを持ってしまうかもしれない。
要は、この“ゲーム”の正当性を疑われてしまう可能性がある。
地球人代表者が自分以外の代表者の情報を知るのを特に規制している訳では無いし(そんな状況が起こる想定などしていなかった。何せテキトーだから)、少しでも疑惑を持たれ、調査でもされたら完全に隠し通すのは手間だ。
何せ、アタシ達は彼等に「思い通りにする」力を授けている。調査のやりようはいくらでもある。
“形式B”ならなおさらだ。リザが伝えてきた情報によると、“形式B”の街中で突発的に行われる戦いは地球人にかなり周知されてきたようで、最近では“形式B”で戦う地球人代表者達すっかり有名人で、マスコミが戦いを報道することもある。
一般人でも戦いをスマホやらなんやらで撮った動画や写真をネットにアップ、なんてよくある話らしい。
それらを見て、地球人代表者が自分以外の代表者の戦績、状況を知るなんてことも珍しくない。
それは「実感を持ってこの問題に向き合わせる」というリザの思い自体には都合が良いのだが、今回の様にこちらがこっそり“ゲーム”を無理矢理コントロールしたい時には都合が悪い。
“ゲーム”外の時間でこっそり始末して、長らく負けてもいないそいつの戦いが行われず、様子が分からなくなれば不審がられる。
「結局マアリ達の行う“ゲーム”に正当性など無い」ことを電波やネットに乗せて大宣伝することになる。今更情報統制しても同じように正当性を疑われるだろう。
正当性を疑われれ、「頑張っても無駄だ」という印象を持たれ、諦められてしまうと、「地球人の真価を測る」というマアリ達の思惑は失敗する。
アタシのように一応は反対する者にとっても、納得のいかない終わりを迎えることになる。
「ゲーム」とはこれに限らず、「クリアできるかも知れない」という正当性が信じられている場合のみ、ポジティブに取り組めるものだ。
つまり。今回の場合、Aランクを突破できる力を持つ綱木野賢人が死ぬのを知られたとしても、死ぬ瞬間を見られたとしても、“ゲーム”の正当性を疑われないようにしなければならない。
「思い通りにする」力、“蜜”の力があれば何とかなりそうな気もするが、特にその存在を知る地球人代表者達を完全に欺くのは難しそうだ。
と言ってもこれらの推測は全て「考え過ぎ」と言われるものかも知れないが……可能性は無くは無い。多分。
出来れば上手く処理したい……
「……だからさ、良い感じに事故死とかに見せかけらればいいのだけれど……」
「事故死ですか。リリィ、あれほどの“蜜”の力で防げない事故死を「見せかけ」で仕掛けるのは至難の技ですよ。……そうなると、マアリさん。何か、方法はありませんか?」
するとマアリは、
「うーん?てか何で事故死に見せかけるのさ?気に食わないのならさくっと殺しちゃえばいいじゃん?」
と伝えてきた。思わずガクッとずっこけそうになる。アタシが色々考えて自分の推測を説明したのは無駄だったのか。
「マアリ……さっきも説明したけどさぁ……」
「アハハ、いやいや、リリィの考えは分かってるよ。キミ自身も思う通り考え過ぎかも知れない、が、確かに無くも無いね。考え無しに始末すると、“ゲーム”の正当性は地球人、特に代表者には疑われてしまうかも知れないね」
「だったら……」
「だったら、何だって言うんだい?ぶっちゃけ元々テキトーな話だっただろう、コレは。―――いやぁ、正直飽きちゃったんだよこの展開に。大体花子チャンや綱木野が『地球人の真価』を証明したところで、今更ナニ?って感じだよ。あたしとしては。…………ねぇ、考えてみてくれないかい。あたしが地球に来てから10年以上経ってるんだよ」
そう、アタシがこの姿になってすぐの時期に、マアリから伝えられた事がある。
マアリは、「キブカ星」という惑星の出身で、その星のトップ集団とも言える「キブカ惑星調査隊」に所属していた。
「惑星調査隊」はその名の通り、宇宙に存在する数多の惑星の調査を目的とする集団だ。あるとき、当時の彼等にとっては未知の惑星だったここ、地球を発見。惑星調査隊は班長のマアリを含む数人で構成された「マアリ班」を地球へ送り込んだ。
「この地球に降り立って10年の間、この惑星のソレよりも何百倍も優れた技術をフルに使って、念入りに念入りに調査し続け、観察し続けたよ。その結果は散々だったよ。まぁ良いトコも無くは無いけど、そんなのどーでもよくなるぐらいに『くだらねー』って感想だよ。そんなこの惑星に10年、そうたったの10年……それでも長過ぎた」
そして、その10年の終わりにリザやアタシ達が創られた。数多くの生命を次から次へと誕生させ、そしてそれら全てに同じ問いかけをした。
地球人を滅ぼすか、否か。
わざわざそんなことをしたのは、マアリ班のメンバーだけで無く、色々な考え、思想を持つ者の言葉が欲しかったからだと言う。実際、マアリに創られた生命の中には「彼女に創られた」というパーソナルを持つにも関わらず、マアリと異なる思想を持つ者がいる。
例えば、アタシのように。
「そこまでしといて何なんだけど、リリィ、きっとあたしはもう疲れ切っていたんだ。地球人代表者が“ゲーム”に勝利してあたし達の手から逃れて生き残る、そのイメージが明確になってきて、やっと自覚できたんだ。ゴメンね」
……うん?なに、この展開?ここまで“ゲーム”を進めておいて、そしてその決着がつく寸前になって……
「この話は無かったことにしたいなーあたし。やっぱ絶滅しかないよー」
―――マアリらしくない!一度交わした約束事を都合が悪くなったら反故にするなんて。あまりにもダサ過ぎる!
「……今更何?アンタ……恥ずかしくないの?地球人が、花ちゃんが思った以上でアンタの思い通りにならねーから、やっぱヤメーって…………ハァ!?ふざけんじゃないわよ!余裕ぶっていざ足元すくわれたらって全部無理矢理無かったことにするつもり!?」
「するつもりー。いやぁリリィの言う通りだねぇあたしダサ過ぎだわーイヤーン」
「アンタ……ッ!?」
「お、落ち着いてください……リリィ……」
「リザは黙ってなさい!」
まさかこんな事を言う為にマアリはアタシをここに誘ったのか。アタシは完全に落ち着きを無くしていた。
マアリは地球人を絶滅させたいけど、そこまで熱心じゃない。
その大前提があったから、“ゲーム”は成り立った。それを使って、花ちゃんとアタシは「青春」をやるのだ。
ああ、そうだ。花ちゃんが、それ以上にアタシが楽しむためにアタシは“ゲーム”を提案した。もちろん、地球人が絶滅するかどうかなんて実はそこまで重視してない。
だけど、重視はしていないけれど、無関係って訳でも無い。
“ゲーム”を無かったことにしたい、というマアリの思いは地球人は問答無用で絶滅させたいということを示している。そこにはもちろん花ちゃんも含まれる。マアリは絶対的な力の持ち主。ある種の理不尽だ。
“ゲーム”なんて真っ当な話とは大違いだ。まるで災害のように、巻き込んだ者を理不尽に叩き潰す。バランスブレイカーってヤツだ。
花ちゃんが、アタシの計画が、真っ当な勝負に敗北して潰されるのならまだ納得できる。だけど、そんな無理矢理盤面をひっくり返して終わりにするようなやり方を認めてたまるか!
大体今までだって本来なら地球人側にとっては理不尽で不利極まるやり方だ。
いくら単純なモノとは言え、こちらが用意した力を使って勝負しろ、だなんて、とんだ自分ルールだ。自分で考えておいてなんだけど。
だけどもっと公平にとは言わないさ。なんせ本来“ゲーム”なんてする必要も無い程マアリ達と地球人の力の差は大きい。それ故のルール設定だ。
最初は不利な状況だったにも関わらず、花ちゃんは勝ち続けている。それを台無しにしようと言うのだ。
よりにもよって、自分の考えだけで行動せず、他の生命を創り出して意見を募ってでも地球人の行く末について考証し、アタシの提案を受け入れたマアリが、だ。
「アンタ、言ったわよね。『自分と異なるモノを許容する』……それがアンタのポリシーの1つだって。そのアンタが!よりにもよってアンタが!ここまでして自分と異なるモノを排除するってワケね!今まで随分カッコつけてたみたいねぇ!?」
「うへーメンボクナイ。マジギレだわリリィチャン。……地球人守りたいってよりも、そこに花ちゃんが含まれるからかい?あはは、リリィチャンは花チャンが大事で仕方ないんだねぇ」
「……別に、花ちゃんを死なせたくない訳じゃないわ。理不尽で横紙破りでクソッタレな終わらせ方をさせたくないだけ。真っ当に敗北するのなら文句なんて言わない」
「ふぅん。面白いね、リリィチャン。ここまでキミがパニックになっているのは初めて見たよ。キミもあたしと同じくらい結構余裕のありそうな振る舞いをしていたのにさ」
パニック。アタシが?
確かにその通りだった。そしてそれは蜂人間にされた時以来だった。死んだと思ったら蜂人間でした、なんて体験をしたら滅多な事では動じなくなって、アタシは混乱なんてものとは無縁になった。
だからこそ、それを指摘されたアタシは、その不可解さによって少しだけ落ち着いた。もう一度、冷静に、冷静に考える。
……マアリが認めたからこの“ゲーム”が成立したのだからある意味、こうやって無理矢理終わらせる権利もあるのかも知れない。そんな考えも頭をよぎる。なのに何でこんなに腹が立つのか。そもそもアタシは本当に怒っているのか。
この頭が、心がぐちゃぐちゃになっていくのは確かに怒りに似ている。しかし本当はただ純粋に自分の中の大前提を崩された混乱がこうさせているだけなのだろうか。
ふと見渡せば、空はオレンジ色。夕焼けだ。
綺麗だった。しかし、それは不吉な程。
それを打ち消すように、アタシは頭を回す。
……そう、まだ方法はある。確かに、いくら今の花ちゃんが強いからといってマアリとタイマン張って勝つのは不可能だ。しかし、『アタシと一緒にマアリに挑む』ならどうだろうか?
―――実はアタシはマアリに創られた生命の中では一番“蜜”を上手く扱え、一番マアリの力を借りることが出来ると思っている。アタシはマアリの力を4割弱ぐらいは借りる事が出来るのだ。知っている限り、そこまで出来るヤツは他にいない。花ちゃんは2割と少しぐらい……なので、単純な計算で言えば2人合わせればマアリと互角かそれ以上に戦える。
そうだ。すこし予定と違うけどコレはコレでアリだ。この“蜜”の力の大本のマアリに牙を剝く。いいじゃないか。花ちゃんにとってもヌルくない本物の異能力バトル、それによる青春ってヤツが味わえるし、アタシも暴れられるし。そろそろ見てるだけなのも物足りなくなってきた所だ。
マアリは理不尽なバランスブレイカーだけど、アタシも結構なモノだ。天秤の役をやってしまえば良い。
だから、落ち着こう……
「……ハァ。あぁ、わかったわよマアリ。好きにすれば?」
そうと決まればここで粘るのなんてどうでも良い。さっさとマアリには綱木野でも始末させてしまおう。
「いやー分かってくれたかいリリィチャン!全く迷惑かけるねぇ。じゃあ綱木野はテキトーに潰してくるよー」
そう言うとマアリはアタシ達のいるビルの屋上から飛び立っていった。
マアリがふわり、と綱木野賢人の目の前に降り立った。それを見た綱木野は少し首を傾げて、
「あれ?貴方は、マアリさん、でしたっけ?」
と問いかけた。
「ウンウン。そうだよ。あたしがマアリ。キミも使っている“蜜”の力の大元だよ。そのアタシが直々に会いに来てあげたよ綱木野賢人クン。光栄に思いたまえー、ひれふせー」
「ははーっ」
マアリもそうだけど綱木野もワケわかんないヤツだなぁ。べたーっと地面に張り付くようにひれ伏した。「人を食ったような」ってこういうのを言うのだろう。
「“蜜”の力のおかげで、僕はやっと『突破』することが出来ましたよ」
「ふぅん、『突破』、ねぇ?どういうことか聞かせてもらえるかな?ちなみにソレはキミがとんでもない腐れロクデナシ野郎な事と関係があるのかな?」
そうマアリに問いかけられた綱木野はゆらゆらと立ち上がった。その顔には恍惚と畏敬の感情が見て取れる。まるで自らの信ずる神と向かい合っているような、底抜けに神聖なものを前にしているようで……実際彼にとってはそうなのかも知れない。
綱木野が裸の女達の中から1人の首根っこをムンズと掴んでマアリに突き出して見せた。
「この女性は、以前僕がお付き合いしていた人です。とてもいい恋人だったと思います。僕が楽しい時には一緒に楽しんでくれて、僕が辛い時には支えてくれました。1つ欠点をあげるとするならば、彼女が恋人として僕にしてくれた事の全ては、彼女にとってはただのフリ、本気では無かったということだけです」
「へぇ。こっぴどく騙されたワケだ」
「えぇ、全く。ドラマに出てきそうな悪い女、って案外本当にいるんですね。何が何だか訳のわからない手腕で僕や僕の家族から全ての財産を搾り取ってしまいました。そのせいで両親は首を吊って、兄さんは体をバラバラにされて売り飛ばされ、僕も家族の後を追いそうになりましたよ。怖―い黒服のナイスガイ達から逃げ回るみじめな日々でした」
女性不信になってしまった、ということだろうか。では何故今彼は、裸の女性に首輪つけて散歩させるなんてエクストリームな虐待ができるのか。
「貴方達が宣戦布告をする前の僕は女性不信をこじらせたクズでしたよ」
「今もクズなことには変わらないだろう?」
「いえいえ、もっとひどかった……捕まって殺されて売られるかも知れない恐怖に溺れた僕は、頭がおかしくなったのだと思います。女性の下着を盗んでみたりトイレにカメラを仕掛けたり満員電車のドサクサの中で体をコソコソと触れてみたり。情けなくて情けなくて涙が止まりませんでしたよ」
「一刻も早く遠くに逃げるべきなのにそんなことに興じている自分。性的な欲望も無い癖にそんな行為に惹かれる自分。罰せられる事無く事を終えることで女性に立ち向かい克服した気になっている自分。なにより、虚しかった。虚しくて虚しくてたまらなかったのです」
「やめられませんでした、それでも。辞める事が逃げる事と同じように思えてしまって。僕はこうやってどんな女性も穢す事ができる、だから女性なんて怖くないのだ、という馬鹿馬鹿しい思想の液体に自分の脳味噌をどっぷりと漬けて沈めていなければ自分を保てなかった」
「それすら、長くは続きませんでした。もっと決定的な何かが欲しくなった。適当な女性に目を付けて、無人の廃墟に無理矢理連れ込んで僕が思いつく限り最低の方法でその人を犯してしまいました……部屋の中はぐちゃぐちゃ、その人の体もぐちゃぐちゃで、事が終わって静まり返っているのにむしろやかましく感じました。女を1人ボロ雑巾にしてやったのに、それでも女達の笑い声が何人分も聞こえてくるのです」
「お前を騙してやる」
「お前を壊してやる」
「お前を嬲ってやる」
「笑いながらそう話しかけてくる声が聞こえるのです。こっちまで笑いそうでしたよ。ある種の完全な征服を達成したというのに、僕はむしろそこまでしても自分の恐怖と狂気を克服できない程に調教されていたと気付かされてしまったのです」
落ち着いた口調の癖に妙に早口でノンストップで言葉を吐き出し続ける綱木野はザックリ言って病的だった。
しかしそこでプツリと言葉を切ると、手に持った女性をしばらくジッと見つめた。
その目は飢えた狼のよう。しかし、それでも先程の目つきより随分と、何というか、「正常」な感じに見える。
「結局は、僕は好きだったんですねぇ、彼女の事が。騙されていると知った後も想いを捨てられない程に。本当に恐ろしい女性ですよ。僕は彼女に恋するために産まれてきた、僕の理想の絶頂はまさしく彼女だったと、僕に全てを賭けさせるという行為を演技で引き出したのですよ。それも僕一人じゃない、後々調べたらその数は3桁を超えていましたよ。しかも、調べた限りではその全員が死んでいました」
「マジ?」
「マジです」
マジか。「1人殺したら犯罪者、100人殺せば英雄」……とは誰が言ったか。それで言えばその女はある意味で英雄で怪物だ。だけどその女は今や綱木野に首根っこを掴まれて無抵抗で無気力に脱力している。
そうなったきっかけは……
「そんな時に、貴方達が現れた。あの『スターハント』を潰しちゃった放送、見ていましたよ。マアリさん、貴方は言いましたね。“ゲーム”に参加すれば、貴方達の使う『力』をプレゼントしてくれると。正直地球人代表とかどうでも良いですが、それだけは魅力的でしたよ。きっとソレがあれば、この恐ろしい彼女ですら踏み潰せる」
マアリがフッと微かに笑った。
「……あー思い出した思い出した。キミアレだ、あの放送のすぐ後にアタシの言った事マジにして学校の屋上でアタシに告った馬鹿野郎だ。まさに電光石火だったねえ。あれ冗談半分だったのにねぇ。流石にぶったまげたなぁ。10分も経って無かったよアレ」
「いやぁお恥ずかしい!その頃は余裕が無かったもので。何せ明日には彼女の手先に殺されるかも知れないって日々をずっと過ごしてましたからね。それから2,3日で準備が整って“蜜”の力を貰えて本当に助かりましたよ。でなければその後すぐにバラバラになっていたのは怖―い黒服のお兄さん達では無く僕だったでしょうから!」
あっはっはっはと気味の悪い朗らかさで笑う綱木野。
「そこからは楽しかったなぁ……彼女を逆にいたぶれる日が来るなんて思いもしませんでしたよ!……でも気付いたんです。もしかしたら、彼女だけじゃ無いかもって。なんせ1人いるんだから、他にこんな女が何処にもいない、なんて保証はできないでしょう?今は良くてもいつか怪物になってしまう女だっているかも知れない。なーんて考えてたらこうなっちゃいました。以上!」
バッと手を広げる綱木野の周りには、女、女、女。裸に首輪と目隠しの何の抵抗も出来ない奴隷のような女達。きっと彼女達は、怪物にも英雄にももうなれない。
「なるほどね」
マアリが満足したように頷いた。
「つまりクズはキミ1人じゃあ無かったワケだ。キミがこうして女達を繋いでいなければ、今頃他の人が破滅させられるかも知れないし、なんつーかトントン?かもねぇ。いやそれは無いか。まぁともかく…………問題は根深いねぇ。ゲンダイシャカイの闇的なアレだねぇ。ところでこのなんともどうにもならない闇をんばっ!と晴らす方法があるんだけど興味ないかな?」
綱木野はポカン、とした表情で、
「はぁ。そんなのあるんですか?」
と返した。
「うん。キミ含めて地球人全員ジェノサイドしちゃえばオールオッケー。キミ、手始めにいっちょくたばってくれないかね」
そういって綱木野に殺意を向けるマアリ。実にどうでも良さそうな顔をしている癖にソレは激しく感じられる。流石の綱木野もこれには面食らっている様子だ。
「えぇー…………急に何ですかマアリさん。これ本気ですよね?」
「そだよ。『本当は貸したシャーペンについてる消しゴム使われたの気にしてる』を略して本気。読みはマジ」
「これ“ゲーム”じゃないですよね?ズルく無いですか?貴方凄く強いんでしょう?」
「強いよ。まず勝負にならないさ。ズル呼ばわりされても仕方無いぐらいに。でもまぁあたしはもう“ゲーム”にゃ飽きた。なんでもう力押しでサクっと終わらせることにしたよ」
「うわぁ…………酷い。ひどいなぁ。ヒド過ぎですよ…………」
ひどいひどいとブツブツ言いながらも、綱木野はニタニタと笑っていた。これから殺されると言うのに何故笑っているのだろう。
「きっと彼はもう自分の命なんてどうでも良いんでしょう」
リザが自分の見解を伝えてくる。
「やっぱりそういう事かしらね……」
しかし、気のせいか、このまま大人しく殺される者の気配じゃないような。
「彼がどういうつもりでも、問題はありません。マアリが殺す気になった以上、結末は変わりません。綱木野は死にます」
そうしていると、綱木野はそのニヤニヤ笑いのまま、空を仰ぎ、両手をバッと広げ、芝居がかった声を張り上げた。
「うあー!いやだー!殺されるのいやだー!!ああー!どうしよーどうすればいいんだろー!!」
「どうしようどうしようどうしよう……うん、わかんない!だったら、だったら……」
……ナニやってんだアイツ。
「ムカつきます……まるでまだ何か手があるみたいな……」
……そう。今の綱木野の様子はやたらと白々しい。隠す気も無い、対峙者を嘲るような彼の思いが滲み出ている様だ。
「……頑張るしかない!頑張ろう!頑張るぞがんばるぞガンバルゾボク!うおー!!パワー……全ッッッッ開!!!」
綱木野の満員の劇場に響き渡らせるような、芝居がかった絶叫、その瞬間、空気がぐにゃり、と異常に大きく歪んだように思えた。
パワー全開。そう叫んだ今の綱木野の力は……
「なっ!?まさか!?」
リザが驚愕する。……アタシも、呆然としていた。
圧倒的な力の存在を理屈で理解するより本能が理解し、アタシ達は膝がガタガタと震わせる。
綱木野の本気の“蜜”の力、マアリから引き出した力は、その大本であるマアリの7割分はあったのだ……!
「あり得ない!こんな筈は……ッ!」
担当のリザですら把握していなかった綱木野の本気。それは、マアリと戦い、勝ててしまう程だったのだ!
「う、ううぅ……リリィ、リリィ!どうしたら、どうしたら!このままじゃマアリが!!」
「ッ!分かってる……だけど、だけど!」
加勢するべきか?だけどアタシ達の力だってマアリから引き出すモノ……7:3の力関係は崩せない!
……最悪だ。最悪の状況だ。今ここでマアリが死んだらアタシの計画どころじゃない!
「―――おお、おお!ガンバッタ甲斐があったなァ!わかる、わかりますよマアリさん!7割!7割だ、マアリさん!!これが『やればできる』ってヤツですねぇ!僕って実は今までの戦いで本気出した事無かったし、必要無かったんですけどォ……あ、は。あははははははは!なんだ、マアリさん……貴方って、アナタってェ…………僕より弱いですよねぇ?」
タガのはずれた笑いが響いた。
「笑えるなァ、笑えますねェ!僕にその力の7割をぶんどられるなんて!!……んで、何でしたっけ?ジェノサイドでしたか……おお怖いコワい。殺されるのは僕も勘弁です……ってことで殺しますよ。ま、精々7:3の力関係ひっくり返すのにひぃひぃ言っててく・だ・さ・い・よっとォ!!」
綱木野の周囲の空間が歪み、そこから凄まじい勢いで巨大な『何か』が飛びだしてマアリを一瞬で地面に叩きつけた。その光景にリザが悲鳴を上げる。
「マ、マアリさん!!……っひぃ!?」
悲鳴を上げたリザと、アタシの目の前に、この一瞬で綱木野が現れていた。
コレは、何だ。何だってんだ。いくら“蜜”の力と言っても早すぎる。あのマアリと話していた所からここまでどれだけ離れていたと思ってる……!?マアリを叩き潰して一瞬でここまでぶっ飛んできやがった。
「や、リザさん。つれませんね悲しいですよ。近くまで来てるのにテレパシーもどきだけで顔合せてくれないんですかァ……寂しくて寂しくてあなた達のボス殺して会いに来てしまいました」
「う、ううう……」
最早リザは恐怖で何も言えなくなっていた。体を震わせ、ちじこまっていた。
「そうそう、リザさん、貴方にも僕のコレクションの女共をお見……ってあァ、しまった置いてきちゃったよあっちに」
そういって先ほどマアリを叩き潰した方をチラ、と見やり、
「あー、さっきので巻き込んじゃって全員グチャグチャにしちゃったっぽいです。……ということで、げーっとォ!」
またも先ほどと同じように綱木野の周りの空間が歪み、飛び出した『何か』がリザを、ついでにアタシにも迫り、今度は叩き潰すのではなく、『掴んで』いた。
『何か』は腕だった。それも巨大で、血塗れになっている。
しかもアタシ達はどうやら、ソレの手の平の部分では無く手の甲の部分で包まれているらしい。
この腕のようなモノは、色んな部分が歪んでいる。関節の動き方が滅茶苦茶で、なまじ普通のを見慣れているせいか、見ていて落ち着かないし、不安で心がザワついて仕方が無い。これが、花ちゃんにとっての大鎌にあたる……綱木野の武器、なんだろうか?
「今度は貴方達をコレクションしましょうかね。……ああ、貴方も災難ですねェ、リザさんの近くにいたもんで、ついでに捕まえちゃいました」
こちらを思い出したように見て笑う綱木野。全く歯が立たない。クソッタレめ。最悪だ。あっという間に打つ手無し。早業過ぎて、覚悟する暇も、諦める暇も無かった。
またか、と思う。普通の人間だったアタシが死んだ、あの時の交通事故みたいな呆気なさ。
何故だ。何故なんだ。アタシはこんなにも強く、変われたはずなのに……
状況に思考を追いつかせようと躍起になって頭を回していると、不意に、ギリギリとその手の甲で締め付けられた。
緩む気配は一切無い。抵抗しようとしても、全く手応えを感じない。感じなさ過ぎて本当に自分に抵抗の意思があるのかさえ曖昧に思えてくる。
……本当に無いのかも知れない。展開早過ぎでついていけない。
「うぅん、お二人とも、ちょっと反応悪いですねぇ。もっと喚いてわめいてワメイテくれないとこっちもテンション上がりません。……やっぱ今までの女共とは違いますかァ。まぁいいです。もーっとぎゅーってしながらじっくり考えますよォ……貴方達の飼育方針を、ね」
そう言いながら考えを巡らせる綱木野の目に、狂気の炎がユラユラ揺れているのが見えているようだ。どんな精神構造をしていればそんな目が出来るようになるのやら。
……あぁ。
……こりゃダメだ。もームリムリ。だってもーベッタベタの狂気系キャラよコイツ。関わったらハイおしまい。なんせ今もコレクションするーとかいってもう締め付け過ぎだし。中身が出ちまうっつーの。リザもアタシもここでクソ唐突に握り殺されるんだわ……
ここまで雑だともう死の恐怖も不思議と無い。何だよ7割って。いきなりそんなの出てくんじゃねーよ馬鹿野郎。マアリもアタシもリザもエキストラ死かい。まぁまぁいい役もらっていたつもりなのだけど。花ちゃん、ガンバ。
……あーもー駄目だーハイクを詠む暇もなく爆発四散かねコリャ。サヨナr
「―――待てぃ!」
……うん?……おお、おお、あれはっ!?
なんかマアリもいつの間にかこっち来てる!てか生きてた!ボロボロだけど!なんかビシーって変なポーズ取ってるけどヒーロー見参!的なアレだろうか!
……で、今アナタが来てどーなるっていうの、7:3の3の方のマアリさん。




