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3-1 《?黒枠?》

 上手く行き過ぎだった。最近ではその戦いはルーティンワークのような淡々とした印象を受けるくらいだった。


 花ちゃんが、「キブカ惑星調査隊マアリ班」による“ゲーム”に参加し、地球人を代表する代表者として戦うようになってから2ヶ月弱くらい。まさに破竹の勢いでZランクから最後のAランク戦までを戦い抜くことが勝利の条件となるランク戦にて、Dランクまで勝ち抜いていた。


 最初の方は1つ戦いが終わると、3日程回復の期間を設けていた。

 戦いで受けた肉体面での負傷については、“蜜”の力を利用すれば戦って1時間もすれば全て回復できるものだが、気持ちの問題だ。

 今までの人生で体験したことの無い、戦い、殺し合いの強烈な刺激……3日では全然足りないとすら思っていた。

 しかし、回数を重ねていく毎に花ちゃんは恐るべきスピードで適応していた。今では戦い終わった後に「んー……明日とかでもイイよ?」などと言ってくる。それでも大事を取って少なくとも1日は平穏に過ごさせているのだった。

 予想を遥かに超えている。そう評価せざるを得ない。

 ついに花ちゃんは、その「デタラメ」としか言いようの無い秘めたエネルギーの活用の仕方を見つけ出したのだった。




 それはアタシと花ちゃんが高校生の頃だった。中学から一緒に同じ高校に進学したアタシ達は、中学時代から特に変わらない不毛な会話を主とするヌルい学生生活を送っていた。

 思えば、中学時代では花ちゃんの事は「仲の良い友達」ぐらいにしか思っていなかった。同じ様なテンションでたまたま気が合って、何となく友達になって、ふらふらと一緒に出掛けて遊んで……強烈な刺激は無くてもただ心地良かった。

 とても、「普通」な平穏だった。

 だけど、高校生になったあたりから、小さな、とても小さな疑惑をアタシは抱き始めていた。



 いつか花ちゃんは、天才になって、狂人になって、主人公になって……

 とこまでもブッ飛んで、アタシには絶対に届かない次元に行ってしまうのではないか。





 「んあー駄目だーテストこれ駄目だったわリリィ。死にたーい」

 「あはは……花ちゃんいつも同じリアクションだよね」

 「……それもそーかぁ。まー留年しなけりゃいいんだよねぇ」

 

 ぐでーっと机に突っ伏す花ちゃん。高校2年の1学期末テスト。ちなみに中学1年からずっと同じクラス。まさに腐れ縁。

 

 「アレさぁ……あれアレなんだっけ……そう、問題4だわ。アレでちょっとさぁ」

 

 花ちゃんがテストの問題用紙を引っ張り出す。現代国語。問題4は3つの選択肢の中から出題された漢字の読みを答えるだけのシンプルな問題だった。どこに引っかかる部分があるというのか。

 

 「―――問題4の3。コレコレ」

 

 問4の3。「横暴」の読みを答えなさい。

 花ちゃんの勉強の成績はまさに「絶妙に微妙」という感じで、良くも無いが致命的に悪い訳でも無い。となると別にそこまで引っかかる問題には思えない。ていうか「横暴」とか中学生、下手したら小学生でもわかりそうだけど。

 

 「いやさぁ、これ問題印刷ミスってるじゃない?選択肢3つなんでしょ?でもこれ2つしかないじゃん?」

 「確かにそうだけど。でもどう考えてもこれ答はAのオウボウでしょ」

 

 はっきり言ってサービス問題みたいなレベルだった。


 「あーそうかぁ。普通そうかぁ。いやでもさぁ、なんか印刷されてないCがどうしても気になってさぁ……何か上手く言えないけど。ほら意外と勘違いしてる漢字の読みってあるじゃん?ベタなとこだと「雰囲気」はフインキじゃなくてフンイキ、とか」


 確かにその問題は印刷ミスで本来ABCと3つある選択肢がABの2つになっていた。どちらにせよAの選択肢が正解に決まっているからどうでも良かったので、先生に申し出ることは無かったけど。


 「なんか急に簡単そうな問題だったからさぁ、その手のアレかなーって。今までオウボウって読んでたけど実は違うのかな……って気になっちゃって。でも『先生これ選択肢2つしか無いんですけど』って言うのも何か嫌なんだよねー……テスト中だとどうしても理由あっても気後れしちゃうしさぁ。大体『いやどう考えてもAなんだからCとかいらねえだろばーか』みたいな目で見られるのも嫌だし……ってモヤモヤ考えてさぁ…………そんで、結局Cにしました」

 「あはは……花ちゃんいっつもそういうのあるよねぇ。勘繰り過ぎて自爆してる」

 「う、うっさいわい!つーか何でみんなこういうの考えないの!?」

 

 そう、こういう、小さな、しょうもない、「普通とは違う所」が花ちゃんにはあった。

 対してアタシは、どうしようもなく普通だった。

 身長も体重も運動も勉強もぴったり平均値なアタシを、花ちゃんは「異常なほど普通」と称し、「きっといつか何かの主人公になれるよ」と言ってきた。

 

 「だってさぁ『どこにでもいる普通の』ってかなりの確率で言われてない?主人公って。だったらリリィはピッタリでしょ。だからその時まで耐えろっ!」

 

 「死にたい」が口癖の自分の普通加減にいい加減ウンザリしていたアタシに花ちゃんはそう言った。「ソンナコトナイヨ」などと言われるよりかはずっとマシで、むしろそういう風に思いっきりネタにしてもらえた方が気は楽だったのでその言葉自体に文句は無い。

 

 だけどアタシは「どこにでもいる普通の」なんて言葉を使う物語には虫唾が走る。


 「ほらほらアナタとオンナジ!だからワカルでしょ?ねぇワカルでしょ?こういうキモチとってもワカルでしょ?」


 そんな風にしつこく詰め寄られている感じ。「共感」を無理やり奪い取ろうとしてるみたいで、「うるせえなクソ野郎引っ込んでろ」と悪態をつきたくなる。

 本当に「どこにでもいる普通の」ヤツを主人公にしてみろ、少年漫画的バトル漫画なら10話到達前に死ぬぞ。

 主人公てのは「どこにでもいる普通の」なんて言いながらやれちょっと霊とか見えちゃったり武術の心得があったり料理の腕がプロ級だったり……「それ以外は至って普通の」なんて正気で言っているのか。

 そんなモンがあればそれ以外の部分だってとても普通じゃいられないだろうに。

 

 大体「普通」ってなんだ?「常識的」ってなんなんだ?皆知っている事か?そんなモノどうやって確かめる?どうやって証明する?……できやしない癖に平然と口にするヤツは一体どれ程「自信」とやらを持っているのか。自惚れているだけじゃないのかソレは。

 

 でもまぁ、「普通」とか「常識」などと言う言葉に一々憤っているのも「普通」で「常識的」って感じがする。だって結局ソレってみんな案外言っている。そんな珍しい考えでもない、つまり「普通」。

 

 まぁとにかく、その頃のアタシは花ちゃんに「主人公になれる」と言われる度、「花ちゃんの方が主人公っぽいなぁ」と考えていた。

 主人公というモノは「どこにでもいる普通の」などと言いながらも実際は全然普通じゃない、という仮説から考えると、「絶妙に微妙」な花ちゃんはアタシより主人公っぽい。例えば簡単な事を深く考えすぎて自爆する、みたいな。そういうちょっと歪んだところがあった方が最近は共感を受け手からぶんどれる気もするしね……

 

 「いやぁ昔はホント自分は要領悪くて……目立たないヤツでしたね。フツーで」


 ああ、ありそうありそう。この正直者気取り、善人気取りめ。クソ。死ね。死にたい。

 

 ……とまであの頃はしっかり考えてきたワケで無いにしても、花ちゃんを見てると不意にそわそわする事もあった頃。そう、ソレはそんな頃に起こったイベント。

 ソレを境にアタシはさっきダラダラ述べたみたいなことをグルグル考えて、考える割に自分の人生に変化をもたらせず、だけど普通だから自分にも他人にも手を差し伸べられない、必要も無い、普通で幸せで白けた人生を歩んでいく事になる。

 

 きっとアタシが花ちゃんの友達でいられたのは、花ちゃんが「絶妙に微妙」で「異常なほど普通」なアタシに勝る部分が無かったからだ。勉強、運動、コミュニケーション能力……学校や社会で評価される項目でアタシが花ちゃんに負ける部分は無いように思えていた。

 それが実は大して尊いものでもない、と薄々わかっていながら、だけどアタシはそれがあるから主人公になれるかも知れない花ちゃんの隣でやっていけた。

 もし花ちゃんがそれらをアタシより上手くやってのけた上で主人公の素質まで持っていたら、きっと嫉妬で狂っていた。



 思い返せばアタシやっぱり相当こじらせてやがる。何だ面倒臭い。……大体今や「蜂人間」になったアタシには関係の無い話だ。



 とにかく、そう、高校の時だ。所謂、「ヤンキー」、「不良」な三人組に絡まれたのだ。そういえば彼等みたいな奴らも物語の導入ではひっぱりだこだ。ご苦労。

 彼等ももう少し突き抜ければ「春野花子の物語」の導入部のパーツの1つになれたのだけど。今回はアタシがこじらせたきっかけが出来上がるのに一役買った、という程度。

 

 「―――この学校のオンナ全員とヤろうと思ってんだよねオレら。で、1番目テメーらな……あー……何て名前だっけ?地味過ぎて覚えてねえ」

 「ぶっははははは!!」

 「こっちの方はアレだ、『リリィ』って呼んでくださーいとか言ってたヤツだわ。なぁリリィちゃーん」

 「こっちは……マジ思い出せねーなんだっけ、おい言えよ、ジコショーカイしてくれよぉ」

 

 花ちゃんはちょっと引きながら

 

 「春野花子、だけど」

 

 と小さめな声で答えた。

 

 「ハナコ!え、マジかよハナコって!……だっはははは!」

 「イマドキいねぇよハナコって!郵便局かよ!」

 「あーあの『書き方の例』に書かれてるヤツな!ウマいコト言うなオマエ!」

 「ぶわっはははははは!!」

 「ハナコちゃーんタロウくんの事なんか忘れてオレらとヤろうぜ……まぁ一回ヤってポイ、だけど!」

 「まぁでもテメーら二人なんつーかジミだし?どうせオトコいないんだろ?だったらチャンスじゃん?フツーテメーら無理だべオレらとヤるの!」

 「『学校のオンナ全員とヤる』って決めたからなぁ……ハクがつくじゃん?でもさぁ、こういうのも相手しなきゃなんねえってことはなんつーか……ワルっていうより『愛のデンドウシ』って感じじゃね?」

 「デンドウシ!ヤバイデンドウシだオレら!オイ、ジミーズ共、愛をデンドーしてやるから今からオレの家に来い。授業バックレてよぉ……」

 

 そんな風に絡まれたのは昼休みの時間だった。いつものように花ちゃんと不毛な会話に枯れかけた花を咲かせていたらコレだ。

 彼等はクラスメイトのほとんどから、「時代遅れの」「痛々しい」「考え無しの」「なんちゃってヤンキー」と……面と向かっては言わないものの……裏ではコソコソ言われている3人組だった。しょっちゅう授業を抜け出し遊びほうけ、それでも足りぬと夜の街を暴れまわり、タバコや酒をやっていればカッコいいとか思っちゃっているであろうヤツら。

 そんな事で退学とかさせられないのだろうか……と思うのだが、彼等は教師などの大人の前ではギリギリのところでへりくだって、誤魔化して、そのしょうもない悪事の証拠を掴ませない、あるいは反省しているフリをしてやり過ごしている。だから余計に裏で馬鹿にされる。

 馬鹿にされる、のだがそこそこ、という程度には「何やらかすかわからない」ため、目立って関わり合いになるヤツもいない。例えばこの時、昼休みとはいえクラスメイトのほとんどが教室にいるのだが、絡まれているアタシ達を助けようとするヤツはいない。

 

 おいおい、「時代遅れの」「痛々しい」「考え無しの」「なんちゃってヤンキー」なんじゃないの?これだけ人数いるのなら喧嘩になっても勝てるだろうに。……まさか怖いのか?馬鹿にしてたのに?でももしかしたらアタシが彼等の立場でも同じことするかも。

 散々馬鹿にしていた「時代遅れの」「痛々しい」「考え無しの」「なんちゃってヤンキー」すら止められない人間ってのは、そのなんちゃってヤンキー共より価値があるのかな。そういう話でもないか。でもどっちにしたって情けないのは確かだ。

 情けないアタシは3人組の1人、どうやらリーダー格らしいヤツに肩に腕を回された途端、怖くて仕方が無くなってしまった。

 

 「いいだろリリィちゃーん……イイ思いできるぜ?」

 「ぁ……あの……わたし……い、いゃ」

 「……はぁ?何か言った?あんま時間かけさせんなよ、先公にバレたら面倒だし?バレねえ内にオレの家行って股開きゃいいんだよジミ女。……それとも痛い目見ねえと言う事聞く気にならねえか?」

 

 よく見ると傷だらけの拳を目の前に突き付けられる。もう片方の腕で痛い程にアタシの手首をグッと握りしめる。

 

 「っつ……!」

 

 怖い。特に、目が。危ない遊びに慣れている目。人を傷つける事を何とも思わない目……「なんちゃってヤンキー」等と呼ばれているとは言え、彼等はアタシ達なんかよりずっと「危険」な事に慣れていて、そういう場になってしまったらアタシ達の方が彼等より頭が回って、なんてこと関係なく滅茶苦茶に傷つけられてしまう。

 そうなったら、「アンタ達下らないよ、こんな事して」なんて例え正論でも言えない。

 

 「オラ、さっさと『行きます』って言えや」

 

 リーダー格がさらにドスの利いた声をかけてくる。

 

 「オイあんま怖がらすなってぇ、リリィちゃん震えてるぜぇ」

 「ぶっはマジウケル!顔色ヤベェーッ!」

 

 ゲラゲラ笑われる。

 

 「何か言えよオマエ。まぁその態度ならオレらと一緒に来るってことだよなぁ?……で?ハナコちゃんも来るよなぁ?」

 

 リーダー格が花ちゃんにも問いかける。すると花ちゃんは



 「いやー……アタシパスで」



 ……何の気負いも無く言い切った。


 

 「・・・・・・・・・・・・」



 あまりにどうでも良さげに言ったものだから、一瞬静まり返ってしまった。知らないふりしていた周りの連中の視線まで一気に花ちゃんに集まった。

 

 「……はぁ?オマエ舐めてんの?テメーみたいなジミ女にオレらからの誘い断る権利なんてねえっての。むしろ泣いて喜べや。『ありがとうございます、こんなワタシを犯してくれるんですね!』ってよぉ」

 「……ゴメン意味わかんない。アタシとしてはアンタらにヤられるぐらいなら家畜と交尾してた方がまだマシ」

 

 すっぱーん、と言い切る。花ちゃん……もしかして状況わかってない?

 

 「オイコラテメエぶっ殺すぞ!……つーかアレか、なぁ?オレら敵にするってこと、まぁだ分かってねえのかぁ?……こっちのリリィちゃんは分かってるみたいだぜ……こんな震えて顔真っ青だぜ!ちょっとは見習えよ、このブス!」

 「ああ、リリィはね、『こんなことなら父親にでも抱かれるべきだったなー少なくともこんなクズども相手にするより近親相姦の方がまだノーマルだし』とか思ってるんじゃない?だからそんなヤヴァイ感じになってんの。可哀想だろ?いい加減手離してあげなよ。リリィだって生ゴミの匂い嗅ぎ続ける趣味なんて無いだろうし。鼻おかしくなっちゃうよ」

 

 ……ナニイッテルンデスカアナタ。

 

 「……もうキレたわ」

 

 リーダー格がアタシから離れて花ちゃんの方ににじり寄っていく。

 

 「オイテメエ……そこまで言うんだったら犯し殺してやるよ!!まずはちょっと顔面潰そうか、なぁ!!」

 

 他の二人もそれに続いた。今や花ちゃんは3人に囲まれていた。

 

 「つーかさぁ、今ココで犯すってのはどうだ、ああ?」

 「ギャハハハいいねえ!!こんだけギャラリーあるんだ、見てもらえよ、オイ!!」

 「オイ、今あのクスリあるか?」

 「え、アレ使うのかよ!?この前ヤった女それでぶっ壊れちまっただろ!?」

 「ヤバかったよなぁ、アレ!ブッサイクな顔して『もっとシて下さい、何でもしますからぁ!!』とか言ってたよなぁ!!」

 「コイツに使うのは流石にもったいないだろぉー」

 「いや、コイツに使ってやる」

 

 リーダー格がぐにゃりと顔を歪ませて笑う。

 

 「散々コケにしてくれたからなぁ?ヤク漬けにしてやるんだよ!!」

 

 クスリにまで手を出していたあたり、思われているより危険な奴等だったのかも知れない。

 

 「オラァッ!!」

 

 バキッという嫌な感じの音が響いて、花ちゃんがその場に倒れた。リーダー格にぶん殴られたのだ!

 

 「花ちゃん……っ!」

 

 リーダー格が、倒れた花ちゃんの髪の毛を引っ張りながら無理やり立たせる。

 

 「オイ、これでわかったかぁ?馬鹿にしやがったこと、後悔させて……ッガ!?」

 

 何が起こったか分からなかった。急にリーダー格が顔を抑えながら後ずさりする。

 


 「むう……目玉抉ってやろうと思ったんだけど……上手くいかなかったなぁ」


 

 とんでもない事を言い出した。花ちゃんが突き出していた指は丁度「チョキ」の形になっていた。

 次に花ちゃんはリーダー格が悶絶しているのを見ていた他二人を、呆然としている隙に突き飛ばした。そして、机の上の筆箱の中から素早くカッターナイフを取り出すと、それを振り回しながらリーダー格に突撃していった。

 


 「う、うおおっ!?」

 

 慌てて逃げて距離を取る。他二人は慌ててそんなリーダー格の方にすり寄る。

 

 「うーん、難しいなこういうの。思いっきり切りつけてやろうと思ったんだけど。短すぎるよなぁリーチが。あっさり避けられちゃうじゃん」

 

 大きくも小さくもない落ち着いた声で誰に向けるでもない言葉を吐き出していく。

 

 「……頭おかしいんじゃねぇの?」

 

 リーダー格が花ちゃんに問いかける。冷静を装っているが、間違いない。多分花ちゃんが怖いんだ。他の2人なんてソレがはっきり態度に出ていた。

 

 「何が?」

 

 花ちゃんは相変わらずだった。だけどこの場の空気を支配していたのは間違いなく彼女だった。この教室の人間の視線は全て彼女に集まっていた。それら全ての視線にはもれなく畏怖の情が込められていた。

 

 3人組の脅迫に屈しなかったから?

 普段大人しくている彼女が暴力を振るったから? 

 それとも今まさに刃物を握りしめているから?

 

 きっとどれも違う。

 熱くなっているわけでも冷めているわけでもない。

 殺意も怒りも秘めてはいない。

 あまりにもニュートラルだ。この状況で何の揺らぎも感じさせないその姿が、見る者の頭の中で警鐘をガンガン、ガンガンと鳴らしている。

 

 「……何って、テメエ……んなモン持ち出して何のつもりだって言うんだよ?」

 「うん?殺すつもりだよ?てかイチイチ聞いちゃうのそんな事」

 「っつ……!」

 


 殺す。殺すと言った。確かに。普段使うようなスラング的意味じゃないことは本能で理解できた。でもそれにしたって少しぐらい殺気、みたいなものを感じさせてもいいんじゃないか。それを感じさせずに「殺す」なんて言葉を使えるようになるには、一体どういう領域に達すればいいのだろうか?少なくとも今、花ちゃん以外はその領域に足を踏み入れていなかった。

 

 「……何この雰囲気?アタシそんな変な事言った?だってほら……アンタ達、殺す、とか何とか言ってたじゃん?殺されるぐらいなら殺した方がマシだなーアタシは。アンタ達気に食わんし」

 「な、なんだよ『殺す』って!」

 「け、警察!警察呼べよ誰かぁ!人殺し……人殺しだぁ!!」

 

 リーダー格にすり寄っていた他二人がついに我慢が出来なくなって叫び出した。

 

 「ふはっ、警察ってアンタ達が言うの?」

 

 ヘラヘラ笑ってさえ見せる花ちゃん。

 

 「ビクビクすんなよ今更。殺すんでしょ?じゃ、殺される覚悟くらいしてるでしょ当然。ねぇ?そんなおかしい?あー……だったらさほら。「相手の立場に立って考えて」みてよ。よく言われるっしょ?アタシから見たらさぁ、殺してやるーって向かってきてるんだから逆に殺し返してやらないと命が危ないじゃん?だから殺しますよーって言ってるだけ。例え捕まったとしても死ぬよりかはまぁいいじゃん……何か簡単過ぎて説明すんのも馬鹿らしいなぁ……ありゃ、まだ納得できてない?」


 うーん……と考え込む花ちゃん。


 「もしかしてアレか、ドートク的に考えてってやつか。いやぁそれこそアンタら相手だと馬鹿馬鹿しいんだけど。人殺しは駄目、命は大事ダヨ!って?でもこの場合だとやっぱり仕方無いよね?殺されそうなんだし。というか、アンタ達に関して言えば死んだ方がいいんじゃないかな?理不尽に乱暴しようとするし。生きる権利なんて無いって。ドウヨ?」

 

 さらに言葉を続けていく。


 「―――もっと言やあリリィにまで手を出しているんだ。このまま黙ってたら、罪悪感で生きていけないよ。アンタら殺すことなんかよりよっぽど気に病むね」

 

 喋りながら今度は自分が座っていた椅子を手に持つ花ちゃん。


 「ねぇ、殺す殺すってオオゲサな事言わされてアタシハズカチーんだけど……この状況じゃオオゲサでもないけどさ……質問に答えたんだから、『なるへそ納得したわー』みたいなの欲しいな。空気読んで手出さないであげてるんだからさぁ」


 花ちゃんの言葉は確実に3人組を恐怖で少しずつ締め上げていた。その言葉が、「怖がらせるために言っているものではない」からこそ。


 彼等は超えてはいけない一線は超えなかった。そのギリギリのあたりでフラフラして、ワルを気取っていた。何より、超える気概なんて無かったのだ。花ちゃんも一線は超えなかったのは確かだけど、彼女はただ「超える必要が無かった」というだけだった。しかも超えることに対して特に何とも思っていない。

 

 ……などと色々考えてみたけど、確信は今になってもできない。


 どうしようもなく理解が及ばなかった。


 その得体を知るにはあまりに足りなかった。


 春野花子はただ一人の異常者として、その場の全てを支配した。

 

 「よぉし、これならどーよ!クラエッ」

 

 そこから先はまさに地獄のような光景だった。

 

 持っていたカッターナイフと椅子を皮切りに、教室内のありとあらゆるものを3人組に投げつける。自分の物だろうが他人の物だろうが教室の備品だろうが関係なく、何から何までを必殺の勢いで投げつける。その時の花ちゃんの顔は忘れられない。


 「うあーめんどくせーなー」ぐらいの感情しか読み取れない、その表情は。



 そんな表情を見せ付けられながら殺されそうになって恐怖で狂わない人間なんているはずがない。大体たかだかワル気取りの小物にどうにか出来る話でも無かった。無様な悲鳴を発しながらほとんど這いずるようにしながら、まさになりふり構わず、といった態で3人組はバタバタと教室から逃げ出していった。



 その後の顛末も今思えば中々面白かった。昼休みの残り少ない時間でクラスの皆が必死になって花ちゃんが暴れまわってぐちゃぐちゃな教室を片付けた。もう凄かった。あんなにテキパキ動いているクラスメートの姿はこの時しか見ていない。

 教室は綺麗に保っておくべし!なんて義務感に心を熱くさせ、ているワケはないか。

 ならば絡まれているアタシ達を助けなかったことへの罪悪感?

 いやきっとそうじゃないよね。片付けって言うより、そう、証拠隠滅。あんな事があったなんて受け入れられないのだ。綺麗サッパリ痕跡を消して、無かったことにしてしまいたかった。

 

 「あー……えーと。なんかミナサンスイマセン」

 「い、いいよ大丈夫だよアタシ全部やるから……」

 「ああ、いいの……?ま、まぁそこまで言うんなら甘えるけど」

 「あ、もしかしてさっき助けなかったこと気にしてる?……ちょ、ちょっとそんなビクってしないでホント!ホント怒ってないよアタシ!」

 「うん、絡まれてるのが自分じゃなかったらアタシも同じことする。だってアイツらメンドクサイじゃん?ア、アハハハハー……」

 

 物凄いスピードで片付け続けるクラスメートに対して申し訳なくなったのか、自分もそれに参加しながらペコペコしながら教室を歩き回る花ちゃん。それを受ける皆は大体ビクビクしていた。まぁ次元の違う怪物にやたら恐縮されながら話しかけられたら恐喝されるより逆に怖いかも知れない。

 

 敵に回す、なんて一番避けたいだろうし。

 

 必死の片付けもとい証拠隠滅作業により昼休み後の5限の授業のために教師が来る頃までには何事も無く元通りになっていた。素晴らしい。人間やろうと思えば大概の事は出来る。そんな勘違いをしてしまいそうになるほどのスピード。

 



 結果として、花ちゃんが暴れまわったことは学校の教師達の耳には入ることは一切無かった。まぁ一応理由があると言えばあるのだけど過剰防衛扱いされそうな話だし、下手したら退学させられる可能性もあった。だけどクラスメートは誰一人自分たち以外にこの事を漏らすことは無かったのだろう。ちなみにあの3人組は遠い学校へ転校していった。

 

 「ふぅん、転校するんだ。……何か報復とかあると思ってたんだけど」

 

 後になって花ちゃんはそう言っていた。

 

 「何とかして武器でも携帯できないかな?なーんて考えてたんだけど。報復に来るとしたらあいつらもきっと準備万端で来ると思ってたんだよね。そうなると逃げらんないだろうなーって。だからせめて1人でもぶっ殺せるように、とかさ。考えすぎだったか」

 

 ……なんてことを特に気負いも無く言うよう怪物。それがあの時あの場所にいた全員には嫌と言う程理解できたのだろう。だから目を逸らして、逸らし続けて、必死で無かったことにしようとしていたから、結果花ちゃんは元のヌルい日常に帰ることが出来てしまった。彼等は怪物としての春野花子をありとあらゆる意味で、受け入れないことを選んだ。

 アタシもそれまでと同じように花ちゃんを見ることは出来なくなった。アタシに出来ないことをやってのける事に対する嫉妬心で気が狂いそうになり、なぜそんなことが出来るのか、という疑問、その不可解さ、による恐怖に震えた。



 いつか花ちゃんは、天才になって、狂人になって、主人公になって……

 とこまでもブッ飛んで、アタシには絶対に届かない次元に行ってしまうのではないか。



 前からの疑問の答えは最悪の形でアタシの前に現れていた。目の前にいる癖に、花ちゃんはもうとっくに違う次元に生きていたのだ。それでも……


 「もっと言やあリリィにまで手を出しているんだ。このまま黙ってたら、罪悪感で生きていけないよ。アンタら殺すことなんかよりよっぽど気に病むね」


 ……あの出来事の目撃者の中で、アタシだけは花ちゃんから離れなかった。違う次元を生きる怪物に身を案じられた……その事がアタシにそうさせた。




 きっとこれは崇拝だ。春野花子は栄田利里にとっての怪物で、すなわち神だった。だけど面と向かって神様扱いしたりすればきっと花ちゃんはアタシから離れていく。神と信者である前に友達同士だから。少なくとも、そういうことになっている。

 その感情は心に秘めながら、花ちゃんと大学は同じ所に行き、就職が決まらなかった彼女にアタシの家が経営する喫茶店の手伝いに来てもらうことにして……学校という場が無くなってからも一緒に居ようとするなんて今考えても笑える。挙句に自分が死んだ後も絡みに行くなんてどれだけ心酔しているのだ。完全に狂信者だ。

 

 一度死んでから生き返ったアタシ。蜂人間などと言うあまりに馬鹿らしいパーソナル。


 それを得て、アタシは圧倒的に異常な存在になり、「これなら花ちゃんと対等」などと意気込んで彼女と再会した、つもりだったのだが、今思えばその崇拝っぷり、狂信っぷりは大して変わらない。

 結局アタシはここまでの存在になっても彼女を下に見るどころか実際は神様扱いだ。あの時の事を思い返して表現した結果、ここまで大袈裟になるのがその証拠だ。絶対頭の中で色々脚色してる。苦笑いが零れた。





 そう、今でも確かに、春野花子はアタシの神だ。深く、長く、思考の海に沈みこみ、その結論を拾い上げた。

 ソレは空想上の宝石。傷つかない。壊れない。死なない。消えない。何を持ってしてもあらゆる意味での絶対の不変を定義された物。

 その定義に関して、アタシは疑問を持たない。持ち得ない。持つことを望まない。



 「・・・・・・・・・・・・」



 とても静かだ。目の前の女は何の言葉も無くアタシを待ち続ける。きっと身動き1つ取っていないに違いない。

深く、長い、記憶の旅。その終わりを待っている女。

 アタシの宝石は輝いていた。不滅を貫いた。

 女は宝石の輝きはそのままに、アタシを屈服させていた。



 「……リリィ、どう終わらせようか?決めて良いよ」



 少し寂しそうな女の問いは本来ある過程を無視したものだった。だけど構わない。


 

 「私がCランクの“戦士”として、春野花子を殺すわ」


 

 アタシはそう答えていた。

 

 「うん」

 

 ふっと空気が緩んだ。

 

 「ヨシヨシ、これでこっからは何の不正も不備も無く、正々堂々と“ゲーム”を終わらせられるねぇ!今更これ以上しょーもない地球人相手に『やっぱやーめた』なんてあたし恥ずかしくって言えないからさぁ……顔真っ赤になっちゃうよ。ウン、いやぁー助かったよ、リリィ!流石あたしが見込んだだけあるよ……きっとあたしが創った中じゃあ一番だよ、キミは。色々な意味でさ。王女ならぬ女王って感じ。ああ、『色々』って言ったけど悪い意味は1つも無いからね。うん、すっごく尊敬しているんだよ、素直にね」

 

 「恥ずかしい」かどうかなんて今更どうでも良さそうだけど。それでも、少しでも―――

 アタシはここで屈する。自らの崇拝と狂信を向ける春野花子の道を阻む。

 



 女の名は、マアリ。崇拝も狂信も超える女。



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