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2-6 夢の中ではない

 「オハヨー!!!サァ、時間ダヨ!!!オッキシテ、オッキシテシャッチョサン!!!」


 ……クソッタレなアラームだなオイ。目を覚まして最初に目に入ったものは、


 「知らない天井……」―――まぁ、やってみたかった。やって後悔した。


 「オハヨー!!!サァ、時間ダヨ!!!オッキシテ、オッキシテシャッチョサン!!!(以下ループ)」

 「ぅあー…………」


 ベッドからフラフラ起き出し、アラームを止めにのそのそ動く。

 見た目物凄く普通のデジタル時計だったから油断した。なんでアラームだけトホホな仕様なのか。液晶に現在時刻が表示されている。時計上のボタンを押して、アラームを止める。


 「…………」


 時はこの前リリィとマアリが我が家にやって来てから3日が経っていた。そう、リリィと約束したアタシの2回目の“ゲーム”の日。現在時刻、PM2時の55分。予定では、あと5分で開始予定。

 ここはアタシの為に用意された、地球人代表者用の控室だ。前に来た時は何にも無い真っ白な部屋だった。今は、アタシが要求したベッドに、机に、アラーム付き時計がある。


 「テキトーにそれっぽくしとくから」


 リリィのその言通り、他にも色々物が置かれてたり、リフォームされたりしていた。

 ホテルっぽいシャワールームにトイレ、エアコン。ああ、そうか、確かに必要だったな、とぼんやり思う。当たり前過ぎたせいで忘れていた。少なくとも最低トイレ位は思いついておきたいところだった。まぁシャワーするかどうかはわからんけど。

 結構内装豪華だし次があるなら早めに来て入ってみるかな?もちろんタオル等のアメニティも完備。リリィの気がそこまで回っていて助かった。

 アラームが置かれている大きなテーブルには、軽いお菓子類、電気ポット、カップ麺。冷蔵庫まであって、水やらスポーツドリンクやらジュースやらが入っていた。

 

 まぁ要するに、ちょっと豪華なホテル、ぐらいの部屋になっていて、確かに「それっぽく」なっていた。

 でもさっきのアラームとか無駄に照明がシャンデリアだったりそれに使われるライトが何故かピンク色だったりで微妙な嫌がらせ仕様が所々に……きっと控室としてのクオリティを維持しながらネタの1つでも仕込みたかったのだろう。勿論余計なお世話である。

 

 「……行くか」

 

 この部屋唯一の扉の方に足を向けながらんーっと体を伸ばしたりして準備体操の真似事でもしてみる。前回と同じように、エレベーターがあったはずの扉の先はただの真っ暗闇が広がっていた。


 「えーと……“代表者入場口”だったっけ?」


 部屋に残されていたリリィの文字の書置き。それの説明通り、“代表者入場口”に行きたいナー、なんて考えた瞬間、体がねじ曲がっていく感覚があり、一瞬意識が飛び……気付けば今度は真っ赤な扉の前に突っ立っていた。


 扉には大鎌の形をした装飾が施されていた。アタシが前手に入れた大鎌とまんま同じ見た目だった。特別に作ってくれたのかな。まぁ大した労力じゃないんだろうがあのトンデモ野郎共には。



 (花ちゃん、聞こえる?)

 

 「んあ!?」

 

 急にリリィの声が聞こえてきた。周りをキョロキョロ見回したがリリィの姿は見当たらない。

 

 (言っておくけど近くにはいないわよ。今観客席エリアの中の特別席にいるから私。これはまぁ、テレパシーみたいなものね。マアリの母星でのコミュニケーション手段を応用したものよ。花ちゃん側からもできるわ)

 

 リリィが言うには、頭の中で伝えたい文章を想像して、それを相手に伝えることを望めば出来る、らしい。イメージは、パソコンでメール打つ感じ。文章をタイプして、「送信」をクリック、みたいな。

 

 (最初は慣れないけれどね)

 (こう?届いてる?)

 (OKよ。確かに届いてるわ)

 (何か気持ち悪い……)

 (私達みたいなマアリに創られた人や、マアリの母星の人達同士だと言葉すら使わないのよ?)

 (それでどうやって色々伝えるのさ)

 (伝えたい事を……感情、心、気持ちをそのまま、何の加工もされていない天然の状態で相手に送る、と言えばいいのかしら。地球人は何かを『伝える』ために思い、考えを言葉に変換……うぅん、この表現で合ってるかは分からないけれど……変換しなければならないけれど、その変換って100%正確に出来るかって言われたら、そうでもないでしょう?単純に知識が足りなかったり、緊張していたり、感極まっていたりしたら、言葉が足りなかったり多すぎたり的確でなかったり。)

 (それにほら、自分だけの問題じゃないでしょ、それって。言葉を受け取る側も同じように、伝えられた言葉を正確に理解できるわけじゃない。それが出来たら「誤解」なんて起こりようがないでしょう?)

 

 わかるようなわからんような。

 

 (……正直ちゃんとソレを「言葉で」説明できる気は無いけれど、とりあえずこのテレパシー能力の元は「絶対に誤解が起こりえない形で思いを伝える」マアリの母星の技術だってことよ。……まぁ今はそれはどうでもいいか)

 

 どうでもいいんならほっといておく。花子ワカンナイ。

 

 (花ちゃん、その扉はゲームエリアにつながっているわ。時間になったら勝手に開くわ。)

 (うむうむ)

 (“ゲームエリア”に入った後はまぁテキトーで。実況のマイクンが“ゲーム”開始の合図するから)

 (へいへい)

 (まぁ一応それだけ伝えときたかったから。んじゃガンバレ)

 (ウィーッス)


 それきり聞こえなくなった。ヌルいなぁ。

 

 それからしばらくしたら扉が開いた。

 一瞬だけ考えて、あの鎌も黒い布も出した状態で入場することにした。まぁどうせならそれっぽくしてやるか。ファンサービスってヤツよ。アタシのファンがあの異形の観客共の中にいるのかは知らん。

 戦いの場に足を踏み出す。前は訳分からん内に始まってちゃったからなぁ……自分から戦いに向かうなんてどうも変な感じだ。でも逃げ出す気は不思議と起こらなかった。


 実況のマイク野郎、名前はマイクンとかいう手抜きネームな彼が声を張り上げる。


 「サァサァサァ!!!来るぜリリィ推薦の地球人代表代表者が!!!職は無い!!!恋人は無い!!!ついでに乳も無い!!!しかしヤツにはその死神の大鎌が有る!!!とくりゃあやるこたぁ1つ!!!八つ当たりだ!!!さぁよこしやがれその首!!!置いていきやがれその命!!!理不尽に地獄行きを命じる狂戦士、その名は!!!」



 「春野花子ダァァァァァァァッ!!!」



 ……後で、コロス。あのマイク野郎め。


 地鳴りのような歓声に体がすっぽり包まれる。

 「案外緊張するなー」なんて気の抜けた独り言が漏れ出した。―――そう、今アタシの心臓はドクドクと鳴ってうるさいくらいだ。背中や脇のあたりに不快になるほど汗をかいていた。大鎌をしっかりと握りしめた。黒い布がバサバサとはためきながらアタシの体を包んでいる。

 

 「Yランク戦の相手になるのはぁ……コイツだっ!!!」


 そいつはアタシの反対側の扉から現れた。デカい!熊だよ熊。どこの山の主だよ。いやどこの山にもいなさそうなデカさだけど。

 

 「Yランクの戦士、ミループゥ!!!単純明快パワー&スピード!!!小細工はいらねぇ、全部叩き潰す!!!だけどオフではのんびり屋!!!」

 

 最後の情報、いるか?まぁいい。

 デザイン時代はかなりシンプルだった。上半身は黄色の毛色、下半身は赤色の毛色。そのカラーリングはどう考えてもハチミツ大好きでのんびりとした口調で喋るアイツしか連想できない。赤と黄色、毛色の変わる境目がキッチリし過ぎで作為を感じる。キモイ。

 姿勢もまたビシーッと背筋が伸びてて物凄い綺麗に2足で立っている。キモイ。普通の人間より完璧な2足歩行でゲームエリア中心に歩いてくる。野生を忘れちまってるぞアイツ。んでデカい。少なく見積もっても5メートルくらいあるなアレ。


 10メートル程の間を空けて、立ち止まった。アタシと大熊のミループが対峙する。


 「ヨォシ……今日の役者は揃ったぜ!!!勝つのは地球人代表者春野花子か!?それともYランク戦士ミループか!?」


 始まるのかーそうかー。んー……実はまだ実感無かったり。とりあえず、色々無視して逃げ出すのは流石に違うっしょ、ということしかわかんなくて、今日もホントにバイトに行くみたいなテンションで家を出た。

 それ以前、リリィとマアリが帰った後からずーっと自分の持つ武器の能力を検証して……偶然、アタシはソレを見つけた。アッサリと。ヌルッとスルッと。

 なんだったら、ソレを見つけ出す過程で“蜜”の力を試しまくった。人気の無い所で人間ではあり得ないスピードで走り回ったりパンチで地面に大穴を開けたりしてみた。


 まさに「思い通りにする」力だった。

 

 ……というようにまぁ、実は予習バッチリでアタシはここに立っているわけだが、やっぱりなぁ。漫画みたいにいかないよねー。だってアタシ前回の記憶なんて無いし?んなもうイケるっしょ?バトれバトれみたいなノリで話進めんなって。なんかちょっとウォームアップって言うかさ?そういうの挟んでいって頂きたい。

 いざ実際やれ!ファイッみたいな感じになっちゃうとあれアタシホントに出来るのかなーってさ、不安になるよね。

 

 なんてことを頭の表面の薄っぺらいところで考えながら、しかしアタシは大鎌を構えていた。なんかよくわからない(思えばそればっかである)けれど、この石の大鎌とアタシを包む黒いボロ布は歴戦の戦士のようで、アタシの代わりと言わんばかりに戦いに向き合っているようだ。

 


 「今夜は熊鍋だぜゲヘゲヘ」



 ……みたいなテンションを感じる。ザックリいうと。

 マイクン、血に飢えた狂戦士はコイツらだけなんだってマジで。なんつーか、コイツらは持ち主のアタシを差し置いて戦いを知っている。戦いの予感に興奮してドクドク脈打っている。


 ドクドク。

 ドクドク。

 ドクドク。


 その鼓動がアタシ自身のものと混ざり合い、区別がつかない。全く、アタシじゃなくてコイツらがアタシを使うみたいだ。

 だったら、今日のトコは頼んだ。まだアタシはついていけないぞこの展開。だから好きにしろ、殺っちまえ!

 


 「んじゃあ紳士淑女のオマエラ!!!覚悟できてるかい!?春野花子の真価を見極める覚悟はできてるかい!?」


 「ミセロ!!!」

 「ミセロ!!!」

 「ミセロ!!!」


 「……オーケーオーケーいいねぇいいねぇ!!!んじゃあ始めるぜっ!!!」


 暴動でも起きるかのような興奮が闘技場をすっぽり包む。そこから放たれる熱気は真夏の太陽すら連想させる。

 体が(心が)熱い。全く、わからない事だらけだ。

 何故熱いのか?何故楽しいのか?なぜ昂るのか?


 知っているよ。

 物語の中の戦いが時に、受け取る者の心を奮う事は。

 たまにはあるさそういうことが。


 でもそれってエンターテイメントだからだろ?自分がやるってな話だったらたまったもんじゃないだろ?死ぬかも知れないんだぞ?

 

 ああ、でも心当たりがあるとすれば。

 

 この人生で、戦ったことなんか一度も無かったから、かな。

 

 「レディッ…………ファイッッッ!!!」



 一際大きく心臓の音が聞こえ、アタシは戦いという大渦に飛び込んだ……

 


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