2-5 アナタ MAGIC
「次は、花ちゃんが前の戦いの時持っていた、あの武器について、よ」
それについてはアタシは見たことが無いって言うか、覚えていないな。「暴走」してたらしいし。
「石で出来た大鎌。あと武器かどうかはわからないけど、あのよくワカラン黒いボロ布。“蜜”を手に入れたことで、花ちゃんはその2つを持つことになった」
リリィが言うには“蜜”の力に地球人が覚醒した時に、武器を手に入れたり、その姿そのものが変わったりする場合があるらしい。丁度オオガミレンのバカでかい大斧のように。
「アメコミヒーローみたいなコスチュームを着せられたり、毛むくじゃらの怪物になることすらあるわよ。戦っている時以外は元に戻るけどね。」
「もうこのあたりは人によって全然違うんだよねー。ロクに検証出来てないんだ。つまりよくわからん!」
「役に立たねぇな怪人共」
「辛辣ねぇ。……とりあえず、あの大鎌とボロ布のセット、今ここで出してくれる?『出ろー』って思ってりゃ出る、はず。こっちもちゃんと動作しているか確認したいの」
まぁ、そうか。それぐらいはやっておいていいかも。アタシ、暴走してて記憶無いし。確認しとくか。
「前みたいに『暴走』したら止めてあげるわ」
「え、まだその可能性あるの!?」
「いや知らないわよ。初めてのケースだし。今は良いけど武器を出したり姿を変えて戦闘態勢に入った途端……ってのもあるかも。その度『暴走』してたら使いモンにならないわ。今試してまた『暴走』したら、その原因を解明する必要がある。というか今日の主題はまさにコレ!」
「ははあ」
「正常に使えることが確認できたらやっとこさ花ちゃんの“ゲーム”の日程が決められるのよ。ってことでホラホラ出す出す中2病デザインなアレを!」
武器、か。「出ろー」って思ってれば出る、って言ってたけど。
「わかった、やってみる」
ふーと息をついて集中する。「暴走」かぁ。まぁ止めてくれるんなら緊張する必要無いんだけど……やっぱしおっかないなぁ。
リリィもマアリも黙って静かにアタシを注視する。
……しかし、その気になってふと気づく。そう言えばアタシ……
リリィが「暴走」に備えてるのかアタシを注意深く見ている。が、
「リリィ、多分警戒する必要無いよ」
「うん?」
そうだ、大丈夫だ。アタシは戦いの時以外にもどっかであの武器を出現させた。いつだったっけ……うぅん、思い出せない。だけど。
もうその大鎌は完全にアタシの物だ、という確信が湧いてくる。この体と同じように、いや、それ以上かも知れない。それほどに自由自在に扱える。
今居るのはアタシの部屋。特に変わったものが置いてあるわけでもない、個性の感じられない部屋。もうその光景には飽き果てている。
さっきまではリリィやマアリと面倒臭い説明パートをやってて、そこから結構ヌルっと武器の確認する場面になったワケで。
だから、アタシには何故だかわからなかった。この場所、この流れならテキトーに確認して、おしまい。そういう白けた展開が一番自然。
なのに、何故だろう。アタシが手に入れたという武器。それをしっかり確認するとなった今この瞬間、突発的な凄まじい高揚感にアタシは包まれている。
アタシを守る。敵をぶちのめす。
……そうだ。ただの武器じゃないんだよ、きっと!長年使ってきたみたいなんだ、もうアタシにとってきっとソレは武器という枠組みを超えている!
アタシの相棒であり、アタシ自身!
そして。アタシの周りの空間が歪んだように思えた、と同時にそれらは当然のように現れていた。石で出来た大鎌。不確定要素だらけな黒いボロ布。
「ほら、大丈夫だった」
「へぇ……うんうん。問題ないみたいね。」
「いやー良かったね花チャン。暴走の影響も無いし、良く馴染んでるよ」
ぬるーく反応する二人。
……そして。それに引きずられるように、アタシの中の高揚感も引いていく。そして、思い出してしまった。
「あー……リリィ。今まで忘れてたけど、アタシ昨日コレ出してたわ」
「……ゑ?」
「いやさ、その……昨日さぁ、電気消してさぁ寝るかーって時にエアコン点けっぱなのに気付いて……」
部屋の壁に掛けられたエアコンのリモコンを指さす。
「まさか」
「起き上がるのだるくてさー……ああ、そうさ、使いましたよ!そう、コイツでポチっと!」
ええ、このヤヴァそうな大鎌で押してやったとも、エアコンの電源ボタンをな!
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
この怪人2人に呆れられるって結構キツイ。
「……“蜜”関連の力をここまでショーモナイ使い方したヤツが今までいたかしらね」
「花チャァン……ベットからすぐ近くじゃん。ちょっと起き上がるだけだよ?ズボラ過ぎるってぇ」
「う、うっさいわい!」
「いやーまぁ……なぁ?早速使いこなしてるみたいで良かったジャン?リリィ、スゴイの見つけてきたネ」
「……できれば、もっとシリアスに扱って欲しかったわ。せっかくの中2病デザインが台無しよ」
「やっかましいわ。つーかさぁ!」
ヤケクソ気味で叫ぶアタシ。
「鎌ってなんだよ鎌って!狙い過ぎで恥ずかしいわ!こんなんで戦うとかフツー無理無理!剣だの槍だの……もうちょっと何かあんでしょ!?」
「いやそれあたし達に言われてもなー。花チャン、形とか変えられないのソレ」
「は?」
「いやさ、そういう“蜜”の力と一緒に手に入れた武器とかって、まさに『3本目の腕が出来た』ぐらいの感覚なんだと。それも大きさや形状、色だって自由自在に、って感じの。デザイン気に食わんのなら、変えちゃえば?」
「出来んの?そんなこと」
「今までと同じさ。『思い通りにする』力なんだよ?思い通りにデザインすりゃあいい」
ほうほう。んじゃあ剣にしよう。ホントフツーの、何の装飾もついてないヤツ。33才で異能力バトルしてる時点でまぁまぁツライのに武器までこんなモンじゃあ戦ってる最中にふと白けちまうやも知れん。
……だが。変わらん。何も変わってくれん。どれだけ普通の剣をイメージして、この大鎌がその形に変わってくれるように思っているのに。あまりにも変化が無さ過ぎて、なーにが「思い通りにする」力だコンチクショウ!って気分になってくる。
「……これやり方とかってあんの」
「無いって。武器の形変えるぐらいならそんなにあたしから力借りなくてもできるって。この力だって、使い方、やり方、そんなもの説明しようが無いくらいには単純な物だよ。ただ思うだけさ」
途方に暮れるアタシの様子を見てリリィがニヤニヤしていた。
「いいじゃないのそれで!フツーのデザインなんてつまんないわよ!『命を刈り奪る形をしてるだろ?』とか言っちゃいなさい!」
などとのたまいながらヘラヘラ笑ってくる。
……何……だと……?嫌です。オサレに憧れる年でもないんです、本当に。
「形変えられないんだー。ハズレじゃね花チャン……何か能力とか無い?」
「能力ぅ?」
「まぁ、元々何でもありな『思い通りにする』力で戦ってるからオマケみたいなモンだけどさ。例えば、オオガミレンの大斧は炎を出す事が出来た。あの大斧無しで同じことやろうと思ったら、力を余計に多く使わないといけない」
「その武器が元々その能力を持ってれば、その能力を使う分には楽できるって話ね。形状を変えられないならその分、他に強力な能力がある……かも」
かも、かぁ。でもそんなの検討もつかない。わからなければ使えないじゃないか。
「まぁそれに関してはコッチじゃ手助けしよーがないよー」
気楽に言うマアリ。
「キミがわかんなかったらコッチだってわかんないさ。まぁ色々当てずっぽうに検証して時間を浪費すればいいさ。その……何?『命を刈り取る形』だっけ?このままじゃそれだけしか特徴ないよ?」
「うぐぅ」
「まぁ形に関してはそんなに問題では無いわ」
リリィが口を挟む。
「見た目明らかに戦いづらそうでも、花ちゃんにはそれを完璧に扱える。……ねぇ、本当は使えるかどうか、だけなら不安は無いんでしょう?」
……そうなんだよなぁ。どうやって使えばワカランわりに正体不明な信頼をアタシはこの武器に寄せている。何十年も使ってきたようにすら思えた。
「結局、よ。色々説明したけど、根っこにあるのは『思い通りにする』なんてご都合主義で何でもありなデタラメエネルギーの存在なワケよ。やる事は1つ。できるだけ多くの力を引き出して、相手に叩きつける。相手も同じことをする。より多くの力を引き出した方が勝つ。それだけよ。なんか熱と冷気の急激な温度変化でどーこーみたいなのいらないから」
身も蓋も無かった。
「異能力バトル漫画ってやたら頭使うよねぇ。でも花ちゃんにゃそんなの無理無理。パワーよ、パワーが全てっ!力こそパワー!ゴリゴリ押せ押せ!」
まさにテキトーだった。大味な展開は避けられないらしい。
「どれだけ引き出せるかどうか、てのも要は気合よ気合。キバレ。戦いの経験も増えてきたら、段々と……コツが掴めるというか何と言うか。まぁ自然と引き出せる量も増えるでしょうよ」
「何か色々考えるだけ無駄って気がしてきた」
「そうさ、何でもありなのさ。負けない、勝つという気持ちをどれだけ持てるかが勝負の鍵さ」
マアリが見定めるような視線を向けてくる。
「何でもあり……だからこそだ。キミの真価が問われるんだ、花チャンよ。あたしが滅ぼすには勿体無いと思える程の精神を感情を心を、あたしたちにミセルがいいさ。そんなモノがあるとすれば、という話ではあるけれどね……さて。あたしはそろそろ帰るよ。んじゃねーチャオ」
もう見るモン見たしと言わんばかりにヌルっと話を切り上げてスルっと天井をすり抜け、あっさりとアタシの部屋から出ていくマアリ。全く自分勝手なヤツだ。最後に文句でも言ってやろうと思ったけど、それすら出来なかった。
「まぁ確かに、やる事はやったわね。」
リリィがアタシに向き直った。
「次の『ゲーム』は……3日後の午後3時くらいでどう?」
「……うん。わかったよ」
3日後に……またあの場所に行く。
「前使ったエレベーターで控室で待機しててね。ああ、そうそう、控室に何か欲しい物ある?ベッドでも間接照明でもドリンクバーでもゲーム機でもスパコンでも散髪屋のクルクルでも何でも可」
あーあのクルクルしてるヤツなんだろーね……ってそうじゃねえ。
あの真っ白いなーんもない控室に何置くか、ねぇ。まぁダラダラ考えるのもダルイし、そうだなぁ。
「いやそんな色々いらんし。テキトーに来てダラダラしとく。ベッドと目覚まし時計でもクレ。あ、『ゲーム』の時間にアラームセットしといて」
「生死が決まる戦いの前にノンビリ寝るつもりなの花ちゃん……」
「んなキバルもんでもなし」
「ソウデスカ」と呆れられた。
「何でも用意できるのよ花ちゃん……なんかオサレなインテリアとかさぁ……」
「この部屋見てアタシにそんなセンスがあると思うか」
別に汚部屋ってわけでも無くしかし特別きっちり整頓されているわけでも無く。目を引くものが何一つ無い部屋、それがココ。グルッと見回した後、リリィは、
「それもそうね」とため息交じりに呟いた。ちょっと腹立つが事実であった。
「しょうがないわね、テキトーにそれっぽくしとくから」
「うむ」
決まりだ。メンドイことはテキトーに決めるに限る。
「それじゃあ3日後、お願いね花ちゃん」
「へいへい」
「……そうね、その武器についてだけど」
「うん?」
まだ何かあるのだろうか。
「それの能力はやっぱり見つけとくべきよ。あるかどうかもわからないとはいえ。検証に“蜜”の力を使ってそれに慣れておくのは無意味では無いし」
「ほうほう」
「そうね、形状を変えようとするなら、剣の形じゃあ駄目だったなら、槍に、斧に、鞭に、銃に……という感じで色々試すとか。色も赤色なら駄目だったら青とか黄色とか。透明に出来たりしたらそれだけでも強力と言えるでしょう?つまり、出来るだけ具体的に、色々な方法で能力を検証すると良いわ」
「その大鎌自体を変えることが出来ないのなら、炎を出せるだの電気を纏えるだの、そういう線を疑って見るのもアリね」
「もしわからなくても、少なくとも『それは出来ない』つーか『やるとしたら相当無理しなくちゃいけない』とわかれば本番で無駄な検証しなくても済むしね」
要は出来るだけ色々と、柔軟に考えてやってみろってことか。……要約した途端「そりゃそうだろうよ」という気分もしたが、まぁ難しいよねソレ。
「まぁやるかどうかは花ちゃん次第だけど」
「んーいやぁどうせ暇だしやってみるわ」
「プー太郎だしね。いやプー花子?」
「やっかましい」
「……それじゃあまたね、花ちゃん。……どうせやるなら、思いっ切りやってよね」
それについては、もう決めていた、気がした。
「まーね。どうせならとことん暴れ回るつもりだよ、リリィ」
大鎌とボロ布を一度しまった。どこに、と言われてもさぁ?としか言いようが無い。もういいか、と思ったら自然とそういう感覚があって、それらは姿を消していた。
もしかしたらアタシは、昨日のヤンチャ男子3人組と大して変わらないのかも知れなかった。もう色々考えるのがダルイ、と言うか。流されるままに。
「オレ……いっちょ地球救っちゃうゼ!」
そんな風に言ってたっけ。なーんも考えてない。
何が欲しいわけでも、何をやりたいわけでもない。
自分でも不思議に思えるくらいの無気力。
このデタラメになんやかんやで適応するアタシ。
戦い……“ゲーム”、か。命を賭けるんだよな。少なくとも退屈では無いよな。それが、それだけが理由になりえてしまうようなヤツだったのか、アタシは。
「ツいてるツいてる。そうねぇ……ネトゲやってたらログアウトできなくなって現実世界に帰れなくなる、くらいには」
ツいてるとは言えないけれど、実はツいていないと心の底から言える程じゃないアタシがいる。
……混乱している。いやモヤモヤしている。しかし、「思い通りにする」力。そんなモンを手に入れておきながら、あの“真価の闘技場”で白けた顔をするのはそれこそもったいないんじゃないか?どうせならくたばる前にデタラメパワーでどかーんぼかーんと暴れまわるのもまぁいいんでない?少なくとも他では出来んコトだし。そんなに意味があるようにも思えないけど。
どうせテキトーさ。行けるトコまで行っちまえ。地球人代表?知るかよ、んなもん。
……アタシやっぱもう人としてアレなのかなぁ……
……もう一度、大鎌とボロ布を出してみた。
手に持った大鎌をじっと見つめる。黒いボロ布が体を包む。いつまでも、いつまでも。




