2-2 学校に行きたくない
初めて戦ったその次の日は、昼前になってのそのそ起き出した。
暖かい日差しが部屋に差し込む、平和な目覚め。
「……うぅん……」
気分は悪くない。昨日はあんなことがあったし、疲れてるかな?って思ってたけど。
洗面所で顔を洗う。
どこかケガをしている、ということも無かった。ゴキブリ戦士にバレーボールの様にひっぱたかれたりリリィに針をぶっ刺されたりした時の負傷は、“蜜”の力に覚醒した時に綺麗サッパリ無くなったらしい。
その後、マアリに襲いかかった時に反撃として顎に一発食らったらしいけど、痣や傷になってるわけでも無し。
後心配すべきは筋肉痛か?だけど最近1日か2日跨がないと筋肉痛になってくれないというか何と言うか。つまり昨日の今日の時点じゃわっからん。
虫の良い話かも知れないけど、どこかに昨日の戦いの痕跡の1つでも欲しかったな、と思う。よくわからん間に全部終わってたせいで実感が湧かない。
全部夢だったのかも、なんてふと思う。流石にソレは無いかな。
でも何故だろう。全部夢だったら何か寂しいなぁと考えているんだ。アタシは。やっぱ「壊れてる」かも?よくわからん。
体調は良過ぎる程良いし、気分もそう悪くは無かった。珍しく散歩でもしてやろうか、なんて思う。本当に珍しい。何だか部屋に籠っている気分でもないんだよねー。
などというわざとらしい程平穏で健康的な日常パートはあっさり終わるのであった。
久しぶりに通ってた地元の高校でも見に行くかぁ、いや中には入らないけど、外からのほほんと眺めてナツカシーイ気分に浸ろう……とか思ってたらコレだ。
学校の周りに何やら人だかりが出来ていた。学校の屋上に3人くらいの人影が見える。その3人が何やら大声で騒いでいた。
うあー何でこうなっちゃうかなー。アタシはのほほんとノスタルジィに浸りたかったのにーなんて思いながらやっぱり気になって近づいていってしまう。野次馬かよ、なんて脳内ツッコミを自分に入れてしまうけどやっぱ気になるもんは気になる。是非もナイネ。
近づいていくと3人は皆若い男の子だった。高校生かなぁ、何か髪染めたり制服着崩したりしててヤンチャしてんなーって感じの奴ら。
うーん。33歳無職独身貧乳女の異能力バトルより彼らの方がよっぽど青春モノに向いている気がする、っていうか絶対そうだわ。
「マアリちゃーん!!!好きでーす!!!付き合ってくださーい!!!」
「ギャッハハハハハ!マジで言いやがったよコイツ!」
「アブられる!マジアブられるぜリュウちゃん!」
「ヤッベーマジ俺アブられるわぁ!」
「オイオイ地球代表頑張れよォ!」
「オレ……いっちょ地球救っちゃうゼ!」
「ブッハハハハハハハ!!!」
……でもそれをネタにすんのはビミョーだからやめとけよ……
でも、まぁ、うん。やっぱそーだよなぁ。実感なんてまだまだ湧かないよなぁ。ホントに戦ったり殺したり死んだりするかも、なんてわかんねーし、もしかすると彼等のような目立ちたがりのイタズラ小僧共には格好のネタかも知れない。つーか今時あんなのいたのか……この町も侮れないなぁ。
これが若きパワーか。中々の発声量で、よく響き渡っていた。そのせいか野次馬が集まる集まる。
顔をしかめた口うるさそうなオバちゃん方。無表情に見上げている中年の男。クスクス笑っている少女達。「ママーあれ何―」「シッ見ちゃいけません」というベタな会話をする親子。
娯楽の少ない町だからかどうかは知らないけど、ここじゃあ噂話はすぐに広がるし、今みたいに何か変わったことがあればすぐに群がってくる。パトカーなんて来たら一発だ。見ているだけで何もしない野次馬集団のグループが電撃的スピードで結成される。だけどそもそもの人口が微妙に少ないのでそんなに酷い事態にはならないけど。ホントシケた町だなとか思う時もある。
アタシは、そうだなぁ、取りあえず何が起こってんのかだけ確認して早々と切り上げるタイプかな。やっぱ何やかんやで気にはなる。でも野次馬に混ざってるとなーんか気分悪くなってくんだよね。
ただ今回はコトがコトな訳で。
マジであのUFOでアブダクションしてくんのかな、マアリ。
「立候補したい方はどっかの学校の屋上で『マアリちゃん!好きです!付き合ってください!』って絶叫してもらえればOK!あの円盤でアブダクションさせて頂きまーす!イエーイ!」
「場所とかー“ゲーム”の日程とかー細かい事はその後で説明しますんで!メンドイ!どーしても先に聞きたいって人はディスコで体をくねらせながら『マアリちゃん萌え萌え!!』と力の限り叫びながらトリップして頂ければOK!アブる!」
……とか言ってたけどなぁ。マアリだって本気で言ってない気がする。
とか何とかぼーっと見ている内に3人全員が学校の屋上でマアリちゃんに告ってしまった。
「マ・ア・リチャーン!!!スキデェース!!!ツキアッテクダサァーイ!!!」
「ぶあっはっはっはっは!!!」
「おいおい全然こねーぞぉ!!」
「愛が足りねーんだよアイが!!」
「マジか!!うぉーしまだまだいくべー!!」
「ギャハハハハハ!!!」
うーむ。若い。若いなぁ。でもいいなぁ、と思える程年は食ってないつもりだ。
流石にマアリ来ないよなぁ、まぁアレ自体本気じゃねーみたいだしよしんばマアリ本人がこの光景を見たとしてもショーモナイイタズラってことはすぐわかるだろし……
もういいか、なんか白けたしもう帰るか、なんて考えてたら「誰か」に後ろからぶつかられた。その「誰か」はアタシどころか他の人までドンドンぶつかりながら我らが野次馬集団を押しのけながらズンズン前に進んでいく。
集団の一番前にまで躍り出てもまだ「誰か」は突き進んでいく。野次馬集団は一応は学校の敷地には侵入していなかったものの、そいつは違った。そのまま三人組が屋上にいる校舎の前まで行ってしまう。
そいつの服装を見て、アタシはハッとした。
……全身タイツ。黄色と黒の縞模様の……一瞬マアリかと思ったが、体形からして違ってすぐにその考えは失せた。だらしのないぶよぶよな……中年の男のようだ。背中側からしか見えないけど、頭部は……えーと、ちょっと物悲しい事態になっていた。
何だ、コイツは。まさか……マアリの関係者か!?
「お、おおおまえらァ!!な、なななにやってんだァ!!!」
スゲエ情け無い震え声……イヤーな感じに裏返っててちょっとヤヴァイ人っぽいし。
「ああん!?なんだコラてめーハゲ!!」
ああ、身も蓋もないヤンチャな男の子の言葉。君も将来なるかも知れないんだゾ!
「まままマアリ様を、かかか軽々しく呼ぶなロウゼキモノォ!!!ああああの人は天使だぁ、ここここの地球を壊して下さる、みみみみんなを殺して下さる、せせせ世界を救って下さる、ううう美しき天使だァッ!!!」
……ホントにこの町は、侮れない。あんなキャラ濃い奴が居やがったのか。
マアリに心酔しちまってるぞコイツ。ていうかリスペクトの仕方がその恰好なのか……アンタが着るともっとキツイんですが。
「まままマアリサマァァァ!!!あああアナタこそ天使だ悪魔だ鬼だ神だぁぁぁ!!!ここここのゴミクズどもに殺戮を裁きを天罰をぉぉ!!!えええエンペラーエンペラーエェンペラァぁぁぁぁッ!!!」
アラーヤバイ。マジヤバイ。
「ママーアレナニー」「……オカーサンモワカンナイ。サァサァハヤクカエリマショ―ネ」「エー」
ざわ……ざわ……しだす野次馬達。流石に戦略的撤退を考える声も。
天使に悪魔に鬼に神か。どれかに絞れよ、とも思うけど人間にとっちゃそれらって皆同じようなもんかもな。
テレビで見せたあの圧倒的な破壊。それと合わせて考えればそんな風に見る奴もいなくもない、か?もしかしてマアリを神とする宗教団体とか今後できるのかな……うあースゲエ嫌だソレ。
「うううう!!!っここここのクソガキ共ォ!!!しししシネシネシネシネ!!!まままマアリ様は貴様らの遊び道具じゃねー、ごっごごゴミゴミゴミゴミゴミィ!!!」
「……わっけわかんねーこと言いやがってクソハゲ!!!おいそこで待ってろや、ぶっ殺したらぁ!!!」
全身タイツのおっさんの余りのイってしまってるパフォーマンスに呆気に取られていた三人組だったが、ヤケクソ気味な罵倒を浴びせられて怒りが湧いてきたようだ。
まさかのバイオレンス展開か?うぅん、もう逃げよっかな。警察……は誰か呼んでるっしょ。……自分でも呆れる程無責任だなぁ。その時、誰かの、女の声が響いた。
「やめて!私のために争わないで!!」
そのセリフ現実で聞けるとは思わんかったーーーっ!
その感動と共にその声の主を探す。なんか上から聞こえてきたような―――って!
いつの間にか、空に巨大な銀色の円盤が浮かんでいた……いつの間に!?
「スターハント」をその巨体で押しつぶしたソレと同じものが、今アタシは直接見ているのだ。っていうかマアリ、ホントに来たのかよ!暇?暇なのかマアリ!?
「ご利用ありがとうございまーす。キブカ惑星調査隊マアリ班サポートセンターでーす今作った。イエーイ!!」
スピーカーで増幅されたように、叫んでいるわけでも無いのにマアリの声が響き渡る。馬鹿な三人組も、狂ったマアリ信者のおっさんも、ただの野次馬集団も、皆呆然と動きを止め、唖然とした表情で青空に浮かぶ巨大な円盤を見上げていた。
「いやーケンカすんなよ地球人共ォ、あたしがエロ過ぎて独占したいのはわかるけどネ!」
「ままままままままぁ……マアリサマァぁあぁぁああぁああ!!!!!!!!」
全身タイツのおっさんが感動?の余り絶叫した後ブクブクと泡をふきながらバッターン!!とぶっ倒れてしまった。
「ふはっやばいあたし!ファンだよファン、いや信者と呼ぶべきかコレは!あたしの生声聞いて感激の余りぶっ倒れちゃった!これ地球のアイドルがやるみたいに握手会とかやたら死んじゃうんじゃない!?ま、どっちにしろ殺る訳ですが!キシャー!」
ホント、人間ってイロイロだよなぁ……
「さてさて、そこなバカっぽい三人組。立候補、すんだよねーヨシヨシ今アブるからねー、ごしょーたーい!」
マアリの声を合図に、屋上の三人組を円盤から照射された光がスポットライトのように照らす。すると、彼等の体が宙に浮き始める。
「いやーあんな情熱的に告られたら三人ともスキになっちゃうあたしっ!ああ、でもいきなり4Pとかあたし……壊れちゃうっ!」
「……ああ、恋もエロスも多き女、マアリことあたし。歩く官能小説。まぁ愛だね。愛こそ全てっすよねやっぱ」
……おおぅ。正しくイメージ通りの「宇宙人によるアブダクション」の光景が広がっている。円盤からの正体不明な光によって、三人の体がグングンとキナクサイ円盤に近づいていく。
「うわあああ、う、浮いてるぅ!?浮いてるよぉ誰か助けて助けて!!!」
「待ってよ待ってよ!マジだとか思わなかったんだって!!!」
「ごごごごめんなさいゴメンナサイ!!!もうしませんから許してください!!!」
3人組の弁解を受けて「ナニィ!?」と驚いたような声を上げるマアリ。
いやわかれよ。そのぐらい。
「むぅ、イタイケなオトメの気持ちを弄んだなキサマラ!あたしの気持ちはどうすればいいのっ!?まぁいいさ、あたしにもいつか白馬のオージサマが来てくれるんだからっ!!つーことで解放しちゃる」
円盤からの光の照射が終わった。終わったのはいいんだけど、その頃にはもう3人組は屋上の遥か上空にいた訳で……
光が消えたと同時に3人組の体は急降下し始め、当然の結末として屋上のコンクリートに嫌な音を立てながら叩きつけられた。
当然、人間の体はそんな衝撃に耐えられるものではない。ここからじゃ見えないけれど、きっと彼等は生きてはいない。
きっと屋上では、3人が無残に命を落とした最悪の光景が広がっている。
「あ、やっべここから落としたら人間って死ぬ?あらーやっちゃったてへへ」
「……っウアアアアアアアアアアアアアアアア!?」
爆発したみたいな悲鳴が上がる。ただの傍観者であった野次馬達が完全にパニックに陥っていた。走って逃げだそうとしているけれど、皆違う方向に向かおうとしているわ混乱しきっているわで迅速な行動とはとても見えなかった。
みんながみんな、未体験の恐怖で顔が奇妙に歪んでいる。きっと心臓はドクドクなってうるさいんだろうな。
アタシも恐ろしかった。
だけどそれは、今マアリが人間を3人ゴミクズのように死に追いやったことではなく。
それに余りにも無関心なアタシを、アタシは恐れた。
バラバラに駆け出し、ぶつかったり転んだりで混沌とした状況のこの場で、アタシは妙に冴えていた。するすると簡単に混乱した人々の中から抜けだし、平然と家に向かって歩きだした。
「くだらね。もう帰るかー」
冷たく吐き出された声は確かに自分の物。頭も心も同じく冷えていた。
こんな奴だったか、アタシは?流石にここまでじゃ無かったはずだ。
だとしたらアタシは変わったのだ。心当たりはあり過ぎる程ある。
リリィが再び現れてからの経験はアタシをどこまで変えてしまったのか。
これからの人生で、アタシはあの混乱に戻っていけるのだろうか。今は何だかそこから追い出されてしまったような気さえしたんだよ。
これが、あれが、アタシと同じ人間なのか。……そもそもアタシはまだ人間なのか?
いくら軽薄そうな奴らだったとはいえ、そいつらが目の前で命を落としたぐらいじゃ「大したことでも無し」と切って捨てれるアタシは、まだ人間か?
それだけが恐ろしかった。




