九 奔走の果てに
勇者達は、確実に押され始めていた。
並のボスなら一撃で蒸発させる大魔法も、最高戦力たる悠斗の一撃も通用しなかったという事実。しかも、今し方復活した小型ゴーレム達までが事実上の無敵化を果たしたという事実。それらが、勇者達をパニックに陥れる。
これは不味い。そう思った彼らは逃げようとした。一斉に襲ってくる、破壊してもすぐに修復される不死の軍団を前衛組がなんとか足止めしながら、隊列の最後尾が背後の大扉に到達する。
しかし、逃走は不可能だ。ここは魔王軍の本拠地である大迷宮の中ボス部屋。一行が入ってきた扉は硬く閉ざされている。ボスが倒されるか――――もしくは勇者達が全滅するまで、決して開かれることはない。
いや、悠斗の全力があれば、勇者達が力を合わせれば、無理矢理に突破することも不可能ではないだろう。しかしそれには、致命的なまでに時間的余裕が足りない。小型ゴーレム達が逃がすまいと襲ってきているのだ。背中を向ければ、即座に四刀の餌食となってしまう。
部下達に命令を与えた石の騎士が沈黙しているのだけは幸運だった。先の魔法障壁も超絶的な挙動も相当に燃費が悪いのか、後は小型ゴーレム達に任せるつもりらしい。今の勇者達の状態で悠斗を打ち倒した攻撃を受けたら、その瞬間に全滅するのは免れない。
しかし、いつまた再び動き出すかは分らない。それがまた勇者達の心を不安にさせた。
そして心の乱れは、戦況をも崩す。
扉の近くで悠斗と周防が治療され、そこをサポートの騎士達が必死に守り、後はもう戦える者が生き残る為に迫るゴーレムを破壊し、されど修復されるせいで確実に防衛線が縮まっていく……もはや、勇者達の規格外な力のお陰でギリギリ保っている状態だった。
「《ストーム・ブレット》! クソッ、いくら破壊しても再生しやがる!」
「ど、どうすんだよ誠ぉ!」
「チッ、黙ってろ!!」
四本の腕に刃を持った小型ゴーレム。北池誠は、刀一本で相手取る。
彼の刀は国宝級の逸品であり、ゴーレムの身体――――岩を切る程度は容易だ。現に何度も相手の腕を飛ばしていた。
しかし、飛ばした側から修復されるのだ。理不尽にも程がある。
と、彼の頬に紅い線が迸った。
「ッ! クソッ、さっきより動きが良くなってやがる」
即座に風の刃を纏った刀で相手を斬り伏せ、距離を取る。
学習しているのだ。一太刀受ける度、確実に動きが良くなっているのだ。
このままではスタミナ的にも技術的にも勝ち目が無くなる。しかし、未だ状況を打破する一筋の光明すら見えない。
絶望的であった。
(くそ、くそくそくそっ! ただ破壊するだけじゃ駄目だ! ゴーレムの機能を停止させないと!)
戦場を隅から見渡した宗介はギリッと歯噛みし、心の中で叫ぶ。
ゴーレムを停止させる方法は幾つかある。
まず、ボディから魔石を取り外すか四肢を破壊することで、物理的に動けなくする方法。ただし、これで奴らを止めることは不可能だろう。自己修復機能があるのだから。
二つ目は、動力源である魔石の魔力を使い切らせる方法。しかし、これは確実ではない。彼らの腰に据えられた“地属性の魔石”はかなり上質なものだ。一片のくすみや濁りすら無い、純粋な魔力の塊。果たして底を突くことなどあるのだろうか。
しかもここは“フォールン大空洞”。そこら一帯に満ち溢れた地属性の魔力を吸収すれば、半永久的に駆動することも可能だろう。
「……なら、起動式を書き換えるしか」
最後の方法が、プログラムにバグを刻み込む方法だ。
ゴーレムを制御するのは、核となる魔石のエネルギー。言わば電気である。しかし、それだけではゴーレムを動かすことは出来ない。
故に必要なのが魔石に刻み込む特殊な魔法陣、“起動式”だ。これがいわゆるブログラム部分。
これを書き換え、機能停止に持ち込む――――これしかない。出来るのは、【刻印】の技能を持つ宗介だけだ。
最悪、魔石を粉々に破壊すれば良いのだが、その場合は魔石に宿った魔力が荒れ狂うことになる。これは非常に危険で、遠距離攻撃で狙い撃たないとゴーレムの崩壊に巻き込まれてしまう。逆に言えば、本来ゴーレムとは近付かれる前に魔石を撃ち抜けば破壊できるものなのだ。
しかし、防御を捨てて機敏さを取ったゴーレムとなるとそうもいかない。
「やるしか、無い」
宗介は身体をマントで深く包み込み極限まで気配を消した。
震える脚に鞭打ち、彼は影となって乱戦の中に潜り込む――――
◆
ピッと、血飛沫が飛んだ。
「団長! ご無事ですか!?」
「なんとか、なッ!」
バラスト団長は目前に迫っていたゴーレムを斬りつけて姿勢を崩し、死に体となったところに蹴りを叩き込んで吹き飛ばす。
「ぐうっ……。お前達は絶対に勇者達を護り抜け! 守護こそ騎士の本分! 誰一人死なせるなッッ!!」
頬の血を拭いながら、彼は叫ぶ。
バラスト団長の後ろのには、部下の騎士達が居る。その後ろには――――昏倒する悠斗と周防、そして絶望に打ちひしがれている一部の勇者達が居る。
ここが最終防衛ライン。例え一機にでも抜けられたら、正真正銘、終わりだ。
「オオオオォォッッ!!」
先ほど蹴り飛ばしたゴーレムが損傷箇所を完全に修復して特攻してくる。それをバラスト団長は必死に受け止める。
が、四本の刃は確実に彼を傷付けていた。
せめて一筋でも希望の光が見えたらと、彼は歯を食いしばる。
その時だった。
「バラスト団長! どいてください!!」
そんな声がどこからともなく響き、彼は本能的にその場を飛び退く。
刹那。
三度の炸裂音と三条の火が迸り、ゴーレムの脚が一本だけ吹き飛んだ。
バランスを崩したそのゴーレムに、黒い影が飛びかかる!
「止まれ、止まれ、止まれぇっ!! 《刻印》!!」
その黒い影はゴーレムの上に馬乗りになり、ガントレットを装備した右手をゴーレムの核に押し付ける。すると、薄ぼんやりとした淡い光がその手と魔石を覆った。
ゴーレムは即座に迎撃しようと四刀を振るい――――そして不意に動きを停止させ崩れ落ちる。
吹き飛んだ脚が修復される様子は無い。
「ぼ、坊主? お前、後ろで隠れてたんじゃ……」
マジマジと黒い影を見つめるバラスト団長は、予想だにしなかったその正体に目を剥く。
西田宗介。
風当たりの強い不遇職を充てがわれ、しかもステータスがど平均という、控え目に言って“最弱”な勇者だ。
その彼が、どういう訳かゴーレムを機能停止に追い込んだのだ。
「自己修復機能搭載ゴーレム……。止められるのは多分、俺しか居ないです。なら、やるしかないでしょ」
宗介は機能を止めたゴーレムの上から降り、魔石だけ回収し傍の小さな虎型ゴーレムにそれを預け、マントを翻し次に向かうべき所を見定める。
「……正気か?」
「俺だって、やりたくてやってる訳じゃ……。とにかく、バラスト団長。皆に『耐えろ』って伝えてください」
宗介は最後にそれだけ伝え、気配を消す。
宗介の声はさほど大きくない。乱戦の中では掻き消されてしまうだろう。
「まさか、ここにきてお前さんが活躍するとはな……」
やはり彼も勇者の端くれなのだな、とバラスト団長は息を吐く。
「――――お前達ッ! 希望の光が見えた!! 全力で耐え抜けェェッ!!」
宗介の後ろから、戦場全体に響くような大声が響いた。
希望さえあれば人は戦えるものなのだ。逆に希望すら無ければどうなるか……。
故に宗介は、皆に希望を持たせる役をバラスト団長に頼んだのだ。満身創痍の彼の役割はここで終わり。後は宗介の頑張りどころである。
(まず、大きい戦力から助ける! そうすれば、皆にも余裕ができる筈!)
宗介は、橋の奥で地面に剣を突いて佇む石の騎士に目をやる。部下達に命令を出してからは、もう十分だと言わんばかりに傍観を貫いている騎士像。あれが動き出す前に小型達を片付けないといけない。
(完全に舐められてるよなぁ。くそっ、吠え面かかせてやる!)
そう内心で毒突き、されどその慢心――心があるのかは知らないが――に感謝しながら、宗介は槍水の元へと駆ける。
勇者達の強さは悠斗、周防、槍水の三人が特に強い。その内、悠斗と周防がダウンしている今、最高戦力は槍水だ。
限に、二機同時に相手取るという神業をやってのけている。
「希望ってなんなのよ、もう! 悠斗と将大はまだ目を覚まさないの!?」
四刀が二機。合計八本の刃を同時に捌く槍術は、見事の一言だ。隙あらば水の刃を槍に纏わせて突き穿ち、時には薙刀のように振るい、槍というリーチを上手く生かしながら戦っている。
しかし、ジリ貧だ。いくら腕を、脚を、胴を穿っても即座に修復される。しかも傷を負うことを恐れずに攻めてくるのだから、押されるのは必然だった。
それを見た宗介はすぐにでも飛び出したい衝動に駆られたが、それをなんとか押さえつける。
「俺が直接行っても、役立たず……。ならっ」
先程回収した魔石に【刻印】を使用し、起動式を書き換える。既に完成されていた起動式の、従うべき主の情報を書き換えてやればそれでいい。
完成したゴーレムの核を地面に放り、右手を地面に押し付ける。
「あいつらの材質は石――――《複製》ッ!!」
目線は余すことなく槍水の相手をしているゴーレムに注ぎながら、宗介はその短い詠唱を唱えた。
【ゴーレム複製】。
戦力が必要で、目の前に戦闘用ゴーレムのサンプルがある。ならばそれを使わない手は無い。
ズズズッと大橋の石材が盛り上がり、瞬く間に細身に四本腕四本脚の小型ゴーレムが一機、生まれ落ちた。今の今まで勇者達が相手をしていたゴーレムと寸分違わない姿だ。
「はぁ、はぁ……。槍水さんを援護しろ!」
宗介はそれなりに燃費の悪い技能に荒い息を吐きながらも命令を下す。新たな下僕は、主の命令を遂行せんと魔石を煌めかせて動き出した!
本来、ゴーレムは宗介自身が遠隔操作する。“虎徹くん”等がその例だ。命令を下した所で勝手に動き出したりはしない。しかし、今回は完成されていた魔石を流用した為、“自立制御システム”が搭載されていた。僥倖である。
「ああ、もうっ! 二対一は無理があるわよ――――って、三機目!?」
槍水とゴーレム二機が戦っているところに宗介のゴーレムが割り込む。
二機のゴーレムを、背後から四本の刃で斬り伏せた。ゴーレム同士は仲間だという認識なのか、全くの無警戒だったところへの一撃だ。
今まで相手をしていた二機が突然お仲間に破壊されるという事実に混乱しながらも、槍水は魔槍を構える。
「ちょっ、槍水さん! それ仲間だから! 俺のゴーレムだからっ!」
「に、西田君!?」
咄嗟に宗介はそこに飛び込んだ。槍水はもう混乱の連続で、事態を把握できていない。
とりあえず、今にも修復されかかっている二機の魔石に両手を置き、【刻印】を行使して機能を停止させた。
「ごめん、いきなりで悪いんだけど、後ろの皆の助けに入ってあげてほしい!」
「え、えっ? この、私が今戦ってたのは?」
「もう修復はされないよ。“機巧師”の技能を使って強制停止させたから」
宗介は簡潔に説明しながら、後から追いついてきた“虎徹くん二号”の荷物袋からポーションを取り出し、一気に飲み干す。魔力回復用のポーションだ。案の定酷い味である。
「……そういえば、貴方ってそういう職業だったわね」
「忘れられてたのは心外だけど、まあそれはいいや。ともかく! 後ろで苦戦してたり、怪我してる奴の所に助太刀しに行ってほしい。北池達を助けたら、俺も向かうから」
「ん、任されたわ。西田君も頑張ってね」
宗介は無言で頷き、そして素早く踵を返し北池達の元へと向かう。先程作ったゴーレムも引き連れて。勿論、二機のゴーレムの魔石回収も忘れない。
(助けたところを攻撃されたり……しないよな?)
北池達を助けるということに幾ばくかの不安を感じながらも、しかし掛け替えのない戦力を失う訳にはいかないと宗介は駆ける。
見据える先には、防戦一方の北池達の姿があった。
三人組とはいえ、北池以外の二人はサポート寄りの魔法使いタイプ。四本の刃を一人で捌くのはやはり難しいらしい。
その時、北池の刀が上方にカチ上げられる瞬間が宗介の目に映った。遂に拮抗が破られ、北池の顔が一瞬で「ヤバい!」という風に青ざめる。
このまま手を出さねば、彼の命は危ない!
否、このまま放置しておけば、面倒事の種は潰える――――
黒い感情が、宗介の心の中で疼いた。
「――――っ、良いわけないだろ! 北池えぇぇっ!!」
一瞬躊躇った宗介は、それでも手を伸ばし、リボルバーの銃口をゴーレムに向ける。
北池達への恨みは多い。多いが……今はそれどころではない。もしも今、死者が出たら、クラスメイト達は再び絶望の底へと堕ちてしまう。
北池達への恨みは多い。多いが……ここで“クラスメイトを見殺しにした”という、重く大きな称号を背負わされるのは勘弁だ。どうせ死ぬのなら見ていないところで死んでほしい。
故に宗介は、引き金を引く。
――――ドパァンッ!!
弾かれたように宗介を見る北池の顔の隣、ゴーレムの丸い頭部が、破砕音と共に吹き飛んだ。
そのお陰で北池に迫る四の刃の動きが止まり、我に帰った北池が、まるでチェーンソーのような風を纏った刀でゴーレムの胴体を斬り崩す。
「ッ、テメェ、このハッタリ野郎! 何しに来やがった!」
「助けに来たんだよ! ったく、《刻印》!」
宗介は駆ける勢いのまま零れ落ちた魔石を拾い、起動式を破壊した。
これで北池達も大丈夫、と安心するような彼ではない。即座に自身と北池との間にゴーレムを割り込ませる。
ガキィン! と刃と刃がぶつかり合う音が響いた。
「……こいつはテメェのゴーレムか、機巧師」
「ああ、複製したよ」
北池の友人二人があたふたとする中、ゴーレムの四刀と一本の風刀がギャリギャリと鍔迫り合う。
案の定であった。北池の目は、完全に憎悪で染まっている。それだけ宗介に“負けた”のは悔しかったらしい。しかも、後に全てハッタリだと気付いたら、その怒りは膨れ上がって然るべきだ。
しかし、宗介は退かない。退けば、それこそ“負け”なのだから。
「なんで俺を助けた?」
「この状況を乗り切る為に必要だったから」
「あぁ? 必要だと?」
「そうだ。後ろで苦戦してる奴らの援護と、怪我人の救助に人手が要る。全く腑に落ちないけど、お前らは悠斗達に次ぐ強グループだ。ゴーレムの機能停止は俺が順番にやるから、それまで皆を持たせてほしい」
北池はチラリと、隣で崩れ落ちたまま動かないゴーレムに目をやる。「チッ」と小さな舌打ちしたのを見るに、ゴーレムの機能停止云々がハッタリではないことを悟ったらしい。
「……気に入らねぇな。どうしてテメェ如きに指図されなきゃならねえ?」
「俺だってお前らに色々と指図される生活は嫌だったし、お互い様だろ。あと、俺はお前の命の恩人だってことを念頭に置いてくれよ?」
宗介はここぞとばかりに恩を売る。彼が北池を助けたのは、こういう打算もあったのだ。
北池は無数の苦虫を噛み潰したような表情で睨みつける。
「あぁ、クソが……。クソがクソがクソがァッ!!」
怒りを孕んだ叫びと同時、ゴーレムの四刀が弾き飛ばされた。完全に死に体となったそのボディが横一文字に斬り裂かれ、その勢いを使った超速の回し蹴りが、邪魔だと言わんばかりにゴーレムを吹き飛ばす。
あまりの唐突さに宗介は目を剥く。
――――宗介の喉元に、刀の切っ先が突き付けられた。
「…今回はもう、一発限りじゃないらしいなぁ?」
「そりゃあ、な。装填数六発の回転式拳銃だ、かっこいいだろ?」
表情が少し引き攣っているものの、宗介は臆することなく軽口を飛ばす。
北池の頭には、銀色に輝くピストルの銃口が向けられていた。
「ちょっ、誠ぉ!?」
「お、落ち着けって、な?」
取り巻き二人が慌てて止めにかかる。だが、「黙ってろ!」という北池の一喝によって二人は脚を止めた。
ギリギリッと、刀を握る北池の手に力が宿る。
「ああそうだ、気に入らねぇ……。気に入らねぇ、気に入らねぇ、気に入らねぇ!! テメェは俺の暇潰しになってりゃ良かったんだ! なのに、天谷か楠木達に唆されたのか調子に乗りやがって!! こっちに来てからの訓練でも今回の迷宮攻略でも、テメェが一番役立たずだったってのに、俺に指図すんじゃねえよクソ雑魚野郎がッッッ!! 今ここでその首飛ばしてやろうかッ!?」
憎悪に染まりつつも全く返す言葉の無いド正論に、宗介はうぐっと言葉に詰まった。
確かに宗介は役立たずだ。調子に乗っていたのも、否定はできない。北池の言い分はよく分かった。
だからと言って、退く訳にもいかないのだ。宗介は自分の行いに「失敗したかもしれない」とは感じていたが、間違ったことをしたとは思っていない。
「……やってみろよ。ただしその場合、後ろの皆もお前達も、間違いなく俺の後を追うことになるぞ。二度と日本の家族には会えない。骨も回収されない。この世界の人間も皆殺しだ。それでもいいなら、やってみろ」
故に、意地でも退かない。例え脚が震えようとも。頬を冷や汗が撫でようとも。
「状況を考えろよ、北池。俺達は今、諍いあってる場合か? そんな余裕があるのか? 何が一番先決か、よく考えろ」
「……チッ!」
僅かな間の後、北池は一際大きな舌打ちの慣らし刀を下げた。宗介は心の中で安堵する。
「行くぞ、お前ら」
「お、おうっ!」
「そ、それでこそ誠だぜ」
怒りを露わに低い声色で、渋々といった風に北池は歩き出した。その後を取り巻き二人が追う。
「死ね、クソ野郎」
「……素晴らしい激励の言葉だな。ありがたく受け取っておく」
「チッ」
捨て台詞を残す北池を尻目に、宗介は素早く意識を切り替えた。
これでなんとか後方の安全が確保できた状態。未だ必死に戦っているクラスメイトは居るのだ。まだ休んではいられない。
宗介はまたもマントで気配を隠し、いつの間にか修復されていたゴーレムを連れて駆け出した。
◆
宗介の奔走と槍水、及び北池達の活躍により、戦況は回復の兆しを見せていた。
宗介が一人助けると、その一人が他者の援護に回る。同時に宗介支配下のゴーレムが増える。するとまた一人助かり、援護とゴーレムが……という好循環のお陰だ。
生きて帰る希望が見えた勇者達による、獅子奮迅の活躍も大きい影響を与えたと言える。女子達が絶望から立ち直り、魔法による援護も再開した。
悠斗と周防が目を覚ますのも、時間の問題だろう。
「これ、でっ、二十二機目! 《刻印》! 《複製》!」
「た、助かったぜ西田!」
「はぁ、はぁ……。気にすんな……っ」
また一人助かり、ゴーレムが一機増える。
小型ゴーレムは残り八機。勇者と宗介のゴーレム総出による強固な防衛ラインを突破出来ず、むしろ押し返されているほどだった。
宗介は荒い息を整えながら魔力回復用のポーションを呷る。
(あの騎士像も、そろそろ動いてくるんじゃないか?)
燃料となる魔力を周囲から吸収しているのか、ずっと動きを見せなかった巨大ゴーレム。
宗介がそれにチラリと視線を向けた時だった。
「――――ォォォオオォオオ゛オ゛オ゛ッッ!!」
大地を揺るがす低い唸り声が響き渡った。
「ついに来たか……」
ズシン、ズシンと大橋が揺れる。二十メートル級の巨大ゴーレムが再び動き出したのだ。
ヘルムのスリットから覗く紅い眼光は、紛うことなく宗介を見据えている。意思など無い筈なのに、暴力的な殺意が宗介を襲う。
「はは、そんなに俺が脅威か? 不死身の部下達を殺せる俺が? なら、来いよ……っ!」
震える脚に鞭打ち、【痛覚耐性】を全開にして疲労による痛みを打ち消す。
正攻法では敵いそうもない。ならば――――
そう考えた彼は、ゴーレムが駆け出すのと同時、その場から逃げ出した。
ドゥルルン、ドゥルルンと独特な音を慣らして疾走する石の騎士、その勢いを以って振り下ろされる巨剣の着弾位置から、全力で飛び退く。
直後、彼の居た場所が爆砕した。巨剣が石橋を抉り、全体を激しく揺るがす。
「ぐああっ!! く、そっ!」
もはや余波だけで吹き飛ばされる威力に、宗介はゴロゴロと床を転がった。しかし、配下のゴーレムによる盾と【痛覚耐性】の効果により、即座に立て直して駆け出す。
それを見た後ろの勇者達から援護射撃が飛ぶが、あまり効果は無いようだ。すぐさま追撃に出た騎士像の巨剣を、宗介はまたもギリギリで躱した。
(悠斗と周防君が目を覚ますまで、耐えるんだ!!)
大地を抉り爆砕する轟音が、地震のような振動が、断続的に大橋を襲った。
時に這いながら、時に転びそうになりながら、時に吹き飛ばされて治癒のポーションを飲みながら、宗介は必死に逃げる。
あれをどうにかするには、宗介だけでは足りない。もっと力が必要だ。筋力最強の周防、次点の悠斗は、必須の要素である。
「はぁ、はぁ、まだなのか悠斗達は――――ッ!?」
ちょこまかと小賢しい雑魚に、どうやら相手は痺れを切らしたらしい。
石の騎士はドンッと大橋に足型を残し、天高く跳び上がった! 悠斗の全力でも止めきれなかった、単純にして最強の攻撃が来る!
(ヤバイ! ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ!!)
もはや【痛覚耐性】をもってしても痛みを訴え初めた全身を、されど必死に動かし、宗介は必死にその場を飛び退く。
背後から宗介の名を呼ぶクラスメイトやバラスト団長達の声を聞きながら、隕石が落ちたような衝撃が迸り、宗介の全身を激しく打ち付け吹き飛ばした。
「が――――はっ……」
小型ゴーレムの盾など有って無いようなものだ。全身の痛みに意識を飛ばしそうになりながら石の床を転がる。
数メートル、数十メートルと吹き飛ばされた彼は、もはや立ち上がることすら出来なかった。
「ぁ、ぐ……」
ボロ雑巾のようになった宗介に、石の騎士が歩み寄る。
手に持った巨剣を掲げ、「終わりだ」とでも言うように小さく唸った。
(終わった)
宗介は自らの死を確信し、ギュッと目を瞑る。その瞼の裏で、大地と共に両断された自らの姿を幻視する。
ゴウと音を立てて巨剣が振り下ろされ、その幻が現実のものとなる――――
「《ディバインシールド》っ!!」
――――瞬間、大気を揺るがす轟音が響き渡った。
「……遅いんだよ、悠斗」
聞こえた声に目を開いた宗介は、そう呟く。
「はは、すまない」
「お前は、いつもそうだ。いつもいつもいつも、中学のあの時だって」
「ヒーローは遅れてやってくる、ってね」
「舐めんな、馬鹿」
宗介の前には、悠斗が立っていた。張られた光の障壁は、彼の技能、【英雄】【限界突破】【乾坤一擲】等によってめちゃくちゃに強化されており、ヒビを刻みつつも巨剣を受け止めていた。
障壁を突破出来ないと見るや、石の騎士は大きく跳躍して距離を取る。
「へへ、すまねぇな西田。俺らが寝てる間、随分頑張ってくれたみたいじゃねえか?」
「なんとか間に合ったわ。この馬鹿二人がごめんなさいね、西田君」
「や、ナイスタイミング……。マジで助かった……」
駆け寄ってきた周防と槍水に、宗介は心底安心したように素の言葉を返す。
そして宗介は槍水に肩を支えられながらも立ち上がった。
「宗介、後は僕達に任せてくれ。満身創痍だろう?」
「舐めんな、まだまだいける」
避難させていた“虎徹くん”と“二号”を呼び戻し、懐から尽きていた治癒ポーションを飲み干す。化学兵器染みた味が宗介を蹂躙し、全身に活力を取り戻させる。
「はは、そうかい。なら僕は止めないよ。……それで? わざわざ残るってことは、何か案があるんだろう? あいつを倒す案が」
悠斗のその言葉に、宗介は「当然」と強く頷く。
「……けど、正攻法じゃあ勝てない。俺があの胸の核の高さまで跳び上がるのは不可能。脚を飛ばして倒すってのも考えたが、機動性と魔法障壁が厄介すぎる。しかも自己修復技能が搭載されてない訳がない。だから――――邪道でいく」
ニヤリと口の端を釣り上げながら、宗介は自らの作戦を三人に伝える。
それは宗介一人では到底こなせない、三人の協力が不可欠な、馬鹿げた作戦だった。
「成る程。確かに、時間をかければ後ろの扉は開けられるかな」
「へへ、倒さずに終わらせるってか! 確かに邪道だな!」
「突破できないなら、突破しなければいいって……流石は“ゴーレム”ってこじつけて銃なんて創るだけあるわね」
「はは、最高の作戦だろ? 生きて帰るには、これしかない」
下手をすれば、誰か一人くらい命を落としてもおかしくないその作戦。
四人は、無言で頷きあった。
「――――ォォオオオオオ゛オ゛!!!」
石の騎士が吼え、駆ける。
「勇者最速、頼んだ」
「ええ、任されたわ!」
宗介から幾つかのボール――“虎徹くん二号”の荷物に詰め込まれていたもの――を受け取った槍水が自分の役割を果たすべく、迫る石の騎士へと向かう。そのまま股下をくぐり、大橋に細工を施していく。
「っしゃあ! やるぜ悠斗ォ!」
「ああ! 宗介、君も早く準備を!」
悠斗と周防は、迫る騎士像の巨剣を見据え、一歩前に出る。
「らっしゃああああぁぁッ!!」
「はぁあああああっっっ!!!」
唸りを上げて振り下ろされた巨剣と二人の全力の一撃が衝突し、大地を揺るがす衝撃波が迸った。
二対一。卑怯と言ってもいい戦法であったが、それらは間違いなく拮抗する。
「うぉっ、凄え威力……」
吹き荒れる砂塵に顔を腕で多いながら宗介はそう零した。
それが収まったのを確認すると、今までずっと背負っていた武器に手を伸ばす。
見た目は、無反動砲の先端から鋭い杭がチラリと覗いているような形だ。背に担ぐことができるよう、丈夫なベルトが取り付けられている。側面に煌めく紅い宝玉は、“火属性の魔石”だ。支度金で購入した、どこぞの火山で産出したらしい逸品である。
それは、フォールン大空洞の主である“鮮血姫”を仕留める為に創られた兵器。
五十層での苦戦のせいでお蔵入りになるかと危ぶまれていたそれは、一般的に“パイルバンカー”と呼ばれる。
「パイルバンカーは漢のロマン……。さあ、見せてやる」
宗介は鼻歌でも歌いそうなほどに高揚しながら、その兵器をベルトで右腕に巻きつけ、固定した。重量は他の武器達とは比べものにならないが、それでもミスリルという軽量な素材のお陰で、一般的な筋力の宗介でも扱えるようになっている。
と、不意に何度目かの爆音が鳴り響く。悠斗達が巨剣の一撃を受け流しているのだ。
それを尻目に宗介はその場を離れる。向かうは、大橋の中で最も損傷の大きい箇所――――落ちてきた騎士像と悠斗の全力が衝突した場所。さほど離れた場所でもない。
槍水が先回りしていたそこに辿り着いた宗介は、全力で声を張り上げる。
「悠斗! 周防! 準備完了だ!!」
同時、彼は放射状に奔ったヒビの中心に跪き、パイルバンカーの砲口を地面に突き立てる。ガコンッと杭が引き絞られた。その様は、まるで携行型の迫撃砲を構えた兵士のようだ。
「っ、やっとか!」
「へっ! 待ちくたびれた、ぜッ!!」
最後に一度、全力で巨剣を受け流した二人が、その場を離脱し駆けてくる。
「オ゛オ゛オォォオオ゛オ゛!!」
騎士像もそれを追い、ドゥルルンという音を響かせて駆けてくる。
「西田君……」
「ああ、最後の“手榴弾”は任せる」
一球のボールを抱えた槍水を一瞥し、横を抜けた二人に左手でサムズアップを送り――――宗介は大きく息を吸ってパイルバンカーに魔力を流す。
「橋ごと奈落に堕ちろ、クソ野郎ッッ!!」
ズドンッッ!!!
上に向けられた廃炎口から噴火のような爆炎と爆音が吹き上がり、ヒビの中心に向けられた砲口から、鋼の杭が撃ち出された!
ビキビキビキッと大橋が大きな大きな悲鳴を上げる。
馬鹿みたいな衝撃と轟音に痺れる右腕と耳に顔を顰めながら、ガコンッと撃ち出した杭を引き戻した宗介は、即座にその場を飛び退く。
これで、ヒビの中心に大きな孔が穿たれた。
「ォォオオオォォ!!」
しかし、まだ足りない。幾度もの衝撃に晒された大橋は、まだ数十トンの巨体を支え切っているのだ。
故に宗介は、最後の一手に出る。
「頼む!」
「これで、良いんでしょ!」
合図と共に槍水の手から一球のボールが投擲される。無駄に高いステータスからなるその投擲は、狙い違わず穿たれた孔に転がり落ちた。見事なホールインワンだ。
思わず宗介の頬が緩んだ。
「じゃあな、デカブツ――――チェックメイトだ」
パチンと、指を鳴らす小さな小さな音が響く。
刹那。
奈落に渡された大橋が、連続して大爆発を起こした。槍水によって大きな傷跡に埋め込まれた無数の“手榴弾”が、パイルバンカーで穿った孔の中に放り込まれたそれが、橋を内部から爆砕したのだ。
ついに騎士像の重さに耐えきれなくなった大橋の、今まさに数十トンの負荷がかかっている中頃がガラガラと崩壊し、落ちていく。
「はっはっは!! どうだ、俺だってやれば出来るんだよ!!」
落ちていく石の騎士を尻目に、宗介は高いステータスに任せて一足先に離脱している悠斗達の後を追った。
いずれここも、中頃の崩壊に引っ張られて落ちていくだろう。大きな達成感と心地よい疲労を感じながら、宗介は走る。
最弱の自分が。協力こそあったものの、皆を救ったのだ。前代未聞の快挙と言ってもいい。
やってやった! 見たか異世界、これが平凡な人間の底力だ! と、声高々に叫んでやりたいところだった。
「なっ!? 宗介っ!!」
と、不意に悠斗が、何か途轍もないものでも見たように振り返る。
「はは、なんだよその顔。完全に終わっただろうが――――」
まさか仕留め切れなかったか? と肩越しに振り返った宗介は、やはり完全に仕留めていたことに安堵する。
そして、ガンッと意識を揺らした。
頭を思い切り殴られたような、そんな衝撃が宗介を襲ったのだ。
「――――ぁ?」
不可視の何かで殴られた。それだけを、揺れる意識の中で理解する。
理解し、疲労困憊だった身体がギブアップする。
脚が仕事を放棄し、慣性のまま地面に倒れこんだ。
(風の魔法……北、池……)
連鎖的に崩れていく大橋が、倒れこんだ宗介に追いつく。
「宗介っ!!!」
「西田ァァァ!!」
「西田君!!!」
彼の名を呼ぶ声がするが、宗介には届かなかった。
(完っっっ全にやられた……。くそっ、まさか今このタイミングで動いてくるなんて)
もはや彼にそこから脱出する術は無く、轟音を轟かせる崩落に巻き込まれる以外の道は残されていない。
――――ォォオオオ、と一足先に落ちて行ったゴーレムの慟哭が響き渡る。
(ちくしょう、もう二度と面倒事には手出ししねえ……)
彼はそう決意した。しかし無常にも、度重なる負荷に耐え切れなかった石橋は、その二度目を奪い去らんと仄暗い奈落の底へ落ちて行く。
“フォールン大空洞”の闇が、一人の少年を呑み込んだ。