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七 庭

「必要最小限の魔石を回収したら、すぐに出発するぞ! 今日の内に二十層目に降りるのが目標だ!」


 元魔物だった肉塊がおよそ二百体分ほど山積みにされた広間に、バラスト団長の声が響く。


 結局あの後、誰一人として怪我人を出すことなく始めての戦闘は終わった。無理もない、人類最強レベルの存在が三十人を超えるくらいに居るのだ。いくら一般人には難易度が高すぎる大迷宮と言えど、数と力の暴力には形無しであった。


(はぁ……。なんか、深層に降りてゴーレムを創っても強くなれない気がしてきた)


 とりあえず死骸の山から比較的良質な魔石を探し、“虎徹くん”に背負わせたリュックに詰めていく宗介。だが、所詮は迷宮の一層目。控えめに言っても良いものは無い。


 “虎徹くん”の額に取り付けられた魔石が、ここの三十層付近から持ち帰られた魔石だ。これよりも良質なものを得るならば、最低でも四十層目以降――――未知の領域に足を踏み入れなければならないだろう。


 一層目でこの苦戦具合。だというのに、魔物は深層に近づく程に強くなる。


(憂鬱だぁ。俺、死ぬんじゃないのかな……?)


 背中に冷たいものを感じ、ブルッと身体を震わせた。


 同時に、何かねっとりとしたものも感じる。


(あー、嫌な視線……。そんなに死体の山を漁ってる姿が滑稽かよ)


 チラチラと辺りに目をやる宗介。嫌な視線の主は見当たらなかったが……。


 とは言え悠斗達は事情を知っているし、物珍しさからなる好奇の視線か、もしくは北池達だろうとあたりをつけた。先程の無様な姿を見られていたならば、「あいつやっぱり弱いじゃねーか許さねえ」となってもおかしくはないだろう。


 背後に気を配りながら、宗介は魔石漁りを再開する。


 これは仕方が無いのだ。と言うのも、魔石を確実に手に入れるには魔物の身体を漁ることが一番手っ取り早い。確かに、辺りを掘るなりすれば魔石は見つかるだろう。見つかるだろうが――――それは労力と確実性が釣り合っていないのである。


 ちなみに最も確実な方法は、自らと契約した“精霊”に頼んで作ってもらうという方法だ。それが出来る存在などそう居ないが。


「……はぁ。やっぱりゴーレム創造に使えそうな魔石は無い、か」


 死体の山に手を合わせながら、宗介はその場を後にした。部隊長のような存在でも居れば良質な魔石も採れるのではないかと踏んでいたのだが、読みが外れたらしい。


 と、魔石の回収が終わったのを見てバラスト団長が声を張った。


「お前達! 出発する前にステータスプレートを確認しておけ、レベルが上がっているかもしれんからな!」


 途端に勇者達が色めき立つ。


 ――――魔物は魔石を核としてもつ生物であり、その身体の大半は魔力から成る。そして魔物が命を落とすと、身体を構成している魔力が周囲に溢れ出す。


 その溢れ出した魔力は周囲のものに吸収され、還元される。


 せして人がその魔力を吸収すれば、肉体が僅かに強化される。これが俗に言う“レベルアップ”だ。


「コウモリ一匹だし、期待はしてないけどね……」


 そうぼやきながらも、宗介は懐からステータスプレートを取り出し目を通す。


――――――――――――

西田宗介

機巧師 レベル:3

体力:12

魔力:12

筋力:12

耐久:17

知力:17

敏捷:12

技能:【言語理解】【ゴーレム創造】【ゴーレム複製】【刻印】【痛覚耐性】

――――――――――――


 技能が一つ、増えていた。


「お、おぉ? 凄いのか微妙なのかよく分からないな……」


 少なくとも、レベルアップによって身体能力が格段に上がるということは無いらしい。宗介の力はあくまでも創り、使役することにあるようだ。


「【ゴーレム複製】……数の暴力か? 創造に必要なコストと魔力がネックだな」


 まさか無から有を生み出すことができる訳もない。既に完成したゴーレムと同じものを、また別の素材を使って創り出す技能だ。


 とりあえず思い付いた使い道と言えば銃弾の複製だが、これだって“火の魔石”と弾頭部分の金属が必要である。今、即座に役立つ技能ではない。


「戦闘用ゴーレムでも複製出来れば、まだマシなんだけどなぁ」


 銃やガントレットで武装して前線に出てきた彼とて、ゴーレムに戦わせて自分は後ろでふんぞりかえるという戦い方を考えなかった訳では無い。そもそも、“機巧師”とはそういう職業である。


 ただ、戦闘用ゴーレムというのは難しい。


 素材が素材故に、大きくなればなるほど重量が激増するのがゴーレム。戦闘に耐え得るゴーレムを創ろうとしたら最低でも人間大は必要であり、その重量は凄まじいものとなる。疲労というものが無く、並の攻撃など歯牙にも掛けずに力でねじ伏せられることの対価としては、妥当なのかもしれないが。


 言うなれば、戦闘用ゴーレムは戦車に近い。製造コストもその性質も。硬い装甲を持ち、ドッシリと構えて強力な一撃を以って敵を粉砕するものだ。


 しかしこの世界において――――少なくとも対魔族においては、戦車というものは非力に過ぎる。


 この世界には“魔法”がある。それはつまり、弾数無限のロケットランチャーを持った歩兵が闊歩し、鋼鉄をまるで熱したバターのように斬り裂く剣士が存在するということだ。


 “個”が強力なこの世界において、鈍重なだけのゴーレムなど役に立たない。数で押せばあるいは……と言った所だが、その場合、製造コストが非常にネックになってくる。


 故に宗介は、“回転式拳銃(リボルバー)型ゴーレム”や“虎徹くん”等の小さく軽量なゴーレムを創って武装しているのだ。


(動きの遅さをどうにかするか、何か他のアドバンテージを付加できないと、使い物にならないんだよなぁ)


 廃れる物には、相応の理由があるのだった。


 ともかく、【ゴーレム複製】の使い方に関しては色々と考えなければならないだろう。


(ま、要所要所では使えそうな技能だし、悪くはない……筈だ)


 とりあえず宗介は、そう信じることにする。


「よぉーし。お前達、そろそろ出発するぞ! 隊列を組め! 目指すは二十層目だ!」


 レベルアップに一喜一憂するクラスメイト達も即座に準備を整え、まるで何事もなかったかのように広間の先へと向かい始めた。疲労のひの字も無いらしい。


(俺はもう帰りたいってのに、皆元気だなぁ)


 宗介もそそくさと準備をし、マントで気配を隠しながら彼らの後を追う。




 ◆




 それからの迷宮攻略は、怒涛の勢いで進んでいった。


 最初の大群撃破によってレベルが上がった勇者達はまさに圧倒的。千切っては投げ、千切っては投げ、もはや侵略といった具合に迷宮を降りて行く。



 十層目の大橋に佇んでいた第一の中ボス――――リザードマンの王、“マスターリザード”とやらは、悠斗によって一瞬で両断された。何が起こったのか分からないといった表情で崩れ落ちる姿に、流石の宗介も同情を覚えた程だ。勿論、魔石は回収させてもらったが。



 その先も悠斗達の無双は終わらない。



 十一層目から二十層目は、虫の魔物が多かった。結果、虫の九割が嫌悪感に取り憑かれた女子達によって殲滅された。宗介はもとより、悠斗ですら殆ど出番が無かったりする。クラスの女子の恐ろしさに肝を冷やしたのは内緒だ。


 また、この辺りの階層からは、稀にではあるが“地属性”以外の魔石も採れるようになった。


 と言うのも、基本的にこの世界はどんな所であっても全属性の魔力が存在している。勿論、海中は水の魔力が濃いし、ここフォールン大空洞のような地中は地の魔力が濃い等、場所によって濃度は違うが。


 ともかく、少なくはあるが火や風、水の魔力が長い年月と地下の圧力によって結晶化したものがごく稀に産出するのだ。小粒だったとは言え火属性の魔石を見つけた時、宗介は心の中で小躍りした程だ。数の少ない銃弾や手榴弾を補充できるので。



 さて、予定によると今日はここで休憩することになっていたのだが、予想以上に進むのが早かったので第三十層目まで攻略することになった。


 案の定、勇者無双である。


 三十層目の中ボス、“ミスリルタートル”とやらの硬さには少々苦戦したが、周防が持ち前のパワーでミスリル製の甲羅ごと木っ端微塵に粉砕された。魔石が無事だったのが奇跡に近い。


 結局、一層目から三十層目まで、宗介は殆ど何もすることはなかった。その事に申し訳なさを感じながらも、彼はミスリルタートルの魔石――――“虎徹くん”に使われているのとほぼ同質の、少なくとも実用的なゴーレムを作るに足る魔石を譲ってもらい、【ゴーレム複製】を使用して“虎徹くん二号”を創造した。


 なお“二号”は、荷物の運搬に特化させた。これでミスリルタートルの甲羅も、より深層の素材も、十分な量を持って帰ることが出来る筈だ。


 帰ることが、できれば。



 その後、一行は三十層で休憩を取ることになった。


 何もしておらずあまり疲れていなかった宗介は、とりあえず自主練習に励む。悠斗に手伝ってもらい、実戦形式で。


 道中で幾つかの“火属性の魔石”を拾っていた為、それを使って銃弾を【複製】することで射撃訓練を行えたのは僥倖と言えた。


 なお、その時に見せてもらった悠斗のステータスでやる気を無くして不貞腐れてしまったのだが。


――――――――――――

天谷悠斗

勇者 レベル:30

体力:450

魔力:450

筋力:450

耐久:450

知力:450

敏捷:450

技能:【言語理解】【剣聖】【体術】【光属性適性】【高速詠唱】【出力向上】【広域化】【魔力回復】【対魔特効】【対竜特効】【英雄】【限界突破】【乾坤一擲】

――――――――――――


 こんな馬鹿げたステータス、この世界の一般人が見れば卒倒モノである。「俺の努力って、一体……」という宗介の悲痛な嘆きは記憶に新しい。流石の悠斗も、自分が慰めの言葉をかけていいのか悩むレベルだ。


「ほ、ほら、宗介は武器が強いじゃないか」

「ステータスが低くて武器を使いこなせないんだよね……はぁ。同じ街、同じ学校でずっと一緒に育ってきたっていうのに、どうしてこんなに違いが……」

「そ、それは」


 勿論それに答えられる筈も無く、宗介は泣きたい気分になりながら迷宮攻略一日目の夜を過ごした。



 そして次の日。迷宮攻略は三十一層目へ突入する。まだ勇者達の無双は止まらない。空を舞う石像“ガーゴイル”も、魔法という強力な遠距離攻撃手段を持つ彼らには敵わない。容易く撃ち墜とされ、悠斗や周防、北池達に両断される。


 この辺りからはもう、宗介は逃げ回るだけで精一杯だった。聖王国最強の騎士、バラスト団長ですら苦戦する時がある程に魔物が強いのだ。


 それでも何とか――時たま使い捨てゴーレムを創造して盾にしたりしながら――、一行は四十層目の中ボスであったガーゴイルの群れを突破した。



 そして、今。



 宗介は未知の世界――――フォールン大空洞、第四十一層目に足を踏み入れる。


「木が、生えてる?」


 そこは今までの無骨な洞窟とは打って変わり、緑が生きていた。


 とは言え、大森林というようなものではない。ゴツゴツとした洞窟の岩肌から小さな木々が生えていたり、床に草花が点在している程度だ。壁には所々に蔦の這う石柱が見える。


「遺跡か何かみたいだな……」


 カツンカツンと、宗介は床の石畳を蹴って具合を確かめた。


 明らかに整備されている。ひび割れ、くすみ、剥がれた跡や隙間から土や草が覗いているが、明らかに今までとは雰囲気が違うのだ。


「何が出てくるか分からん。お前達、気を引き締めろ! きっと今まで通りとはいかんぞ!」


 バラスト団長の檄が飛び、途端に宗介含めた勇者達の空気が変わった。


 自らの力に溺れ天狗になる者は、今のところ居ない。バラスト団長はそういう風に勇者達を教育したのだ。流石の所業である。


(鬼が出るか蛇が出るか。出来ることなら何も出てこないでくれよ……。俺はミスリルと魔石を回収出来ればそれでいいんだからな)


 バッチリと気配を消しながら、宗介はカモの雛のように一行の後を着いて行く。


 果たしてそのおよそ現実味の無い願いは、誰に届く訳でもなく――――




 ◆




「――――マジで何も出てこないなんて、それはちょっと予想外だぞ……」



 四十一層に足を踏み入れた勇者一行は、結果、ただの一度も魔物と遭遇戦を繰り広げること無く第五十層目の中ボス直前まで辿り着いた。


 まるで意図されたかのように、五十層最深部の大扉へと。


 もはや、どこか神秘的な洞窟の緑を楽しむ余裕すらあった程である。


 流石の悠斗も、これには困惑を隠せないようだ。


「バ、バラスト団長。どうします?」

「ふむぅ……。罠の可能性も否定できんが……」


 バラスト団長も訝し気にその大扉を見上げる。


 まるで城門のように重厚で、荘厳な装飾が施された、どこか禍々しさを感じさせる黒金の扉だ。


 ――――ここが地下に造られた王城への入り口ならば、今までの緑溢れる洞窟は大庭園だろうか。


 フォールン大空洞の主は中々に粋な趣向を持っているようだ。何せ、人間の城の地下に新しく地底城を造る程なのだから。


「ともかく、行くしかあるまい。お前達が負けるとも思えんしな。さあ、大橋に突入するぞ! 準備は良いか!?」


 バラスト団長は覚悟を決めたように扉に手を掛ける。


「へっへっへ。何が出てきても、俺が全部ぶち壊してやるぜ!」

「もう、調子に乗らないでよね。不慮の事態はいつでも起こり得るのよ?」

「大丈夫さ、瑠美。皆は僕が守る。あと、将大も居るからね。きっと勝てるさ」


 悠斗が、チラリと宗介に目配せした。


 宗介は無言で頷く。


(分かってる。俺は隅っこで小さくなってるよ)


 宗介はきっと、完全に役立たずだ。本来、この扉の前で待って居てもいいくらいなのだから。それをしないのは単なる意地か、もしくは極僅かな活躍の可能性を夢見ているからか。


 ゴゴゴゴ……と重い音を響かせて大扉が開けられる。


 その向こうに広がるのは、円柱状の地下空洞に渡された石橋だ。幅は目算で五十メートルほど。長さは二百メートルはあろうか。埋め込まれた月光石が橋全体を淡く照らしている。


 その大橋は、フォールン大空洞において十層毎に渡された中ボス部屋だ。


 上を見上げても橋の下を覗いても、そこには奈落の闇が広がるばかり。もしも橋から落下すれば――――結果は火を見るよりも明らかだろう。十層目の大橋で下を覗いた時、恐怖で漏らしかけたのは苦い思い出だ。


 その大橋の最奥から中頃までには、無数の石像が並んでいた。


 片膝をついて跪く巨大な騎士の石像が、最奥に一体。巨大な直剣を突き立てている。


 そして、四つの足と四つの腕を持つロボット染みた石像が、規則正しく二列に並んで騎士像の前に。寸分変わらぬ姿の石像達は、皆一様に二丁の大バサミを抱えている。


 騎士像の胸には大きな黄色の宝玉が埋め込まれており、ロボット像は腰関節にあたる部分が丸々宝玉になっていた。


 ガーディアンと、庭師。


 そんな具合である。


 勇者達は次々とその大橋に足を踏み入れていく。宗介も遅れることなく、最後に足を踏み入れた。途端、ガゴンッ! と大扉が閉じられる。今までの中ボス戦でもあった、侵入者を逃げられなくする機能だ。


(なんか、嫌な予感がする)


 背中に冷や汗を感じながら、宗介は石像達を見回した。


 ――――その時、騎士鎧像が被った鉄仮面のスリットに、赤い光が宿った。それを合図にか、無数の庭師像達の目にも赤い光が宿る。


 それを見たバラスト団長が怒声を飛ばした。


「“魔導兵器(ゴーレム)”だ! 魔族め、古代文明の遺産を出して来た! 今までとは違う敵だ、気を引き締めろ!」


 ……と。

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