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五四 勇者と化け物

一度読んで頂いた方には申し訳ありませんが、色々と酷すぎたのでガッツリ書き直しました。

本当に申し訳ありません……。よろしければご一読頂けると幸いです。

 勇者達は、自らの頭上で繰り広げられる戦いにただ圧倒されていた。


「何だよ、ありゃあ……」

「分からないわよ。私達、夢でも見ているのかしら」

「せ、戦闘機に……機械の人間……」

「あはは、おっかしいなぁ〜〜。この世界って剣と魔法のファンタジーだと思ってたんだけど」


 突如としてこの世界に存在する筈のない兵器が乱入して来たと思ったら、龍巫女と空戦を始めて。


 互角以上の圧倒的な戦いが繰り広げられる中、更なる力を解放した龍巫女の大技によって件の戦闘機すら健闘虚しく撃墜され。


 魔王軍幹部はこれ程までに強大だったのかと暗い絶望に打ちひしがれる間も無く、極めて特徴的な見た目をした少年とその仲間らしい二人の美少女が飛び出して来て戦闘が続き。


 そして、半身が機械のワイバーンや戦車にしか見えない迷彩塗装の兵器を召喚したと思ったら、三人の奮闘によってあれよあれよと言う間に龍巫女が宵闇の底に墜ちて行く。


 ……ハッキリ言って理解出来なかった。それこそ死の淵で可笑しな夢でも見ているのだと言われた方が、よほど信じられるような光景だ。


 勿論これは夢ではない。勇者達は上で戦闘機が戦っている間に、葵のポーションによって回復することが出来たのだ。全員、倦怠感こそあれ意識はハッキリしている。


 だからこそ、見上げる先で起こったことに理解が追いつかなかった。


 いや、心当たりが無い訳ではない。もしかしたら――――そんな具合で頭をよぎるクラスメイトの顔が、たった一つだけあった。


「宗介くん……」


 機械のワイバーンに乗り込む少年を呆然と見上げながら、ポツリと呟く葵。


 記憶にあるその名の持ち主とは、姿が大きく違う。遠くに見える彼の髪は日本人特有の黒髪ではなく、半ば色素が抜けた鉛色。顔は左半分に焼け爛れた痕があり、首から下はいわゆるサイボーグにしか見えないSFチックな機械の身体。背には同じく機械の翼も生えており、火を噴いて飛んでいる。


 もはや別人とかそう言うレベルの話ですらなかった。


 それでも顔立ちはどこか面影があるように見えるし、何よりもこの剣と魔法の世界にあってはならない技術が詰め込まれた兵器や身体が、如実に彼の正体を示している。


 即ち、フォールン大空洞で巨大ゴーレムと奈落に消え、そして“鮮血姫”と共に姿を消した少年であると。


「……確かに彼ならあり得なくは無いでしょうけど、幾ら何でも変わりすぎじゃないかしら。流石に信じられないわよ」

「瑠美の言う通りだぜ。あれが西田なんてとてもなぁ。だってあんなの、丸っきり……」


 丸っきり――――“化け物”じゃないか。そう言いかけて気付いたのか、ハッと口を押さえて失言を繕う周防。ジトッと非難するような目が槍水から向けられる。


 いや、無理もない。あの少年が元クラスメイトであるなど、誰が信じられようか。


 “最弱”で通っていた少年が遂には龍巫女を倒してしまったなど、誰が信じられようか。


 ――――恐ろしい。


 故に勇者達が少なからずその感情を抱いてしまったのも仕方が無かったと言えるだろう。見た目もそうだが、何よりも自分達では手も足も出なかった相手を未知の存在が下してしまったことが、末恐ろしかったのだ。


 しかし葵は、どうも幼馴染であると確信を得ているようだった。何か通ずる物でもあったのだろう。そんな彼女の目の前で幼馴染を化け物呼ばわりするのは、流石にどうなんだと言う話である。


「……葵はああ言っているけど、悠斗は彼についてどう思うの? 貴方も西田君の幼馴染なんでしょう?」


 槍水が、先程からずっと険しい顔で件の少年達を見つめている悠斗に問いかけた。悠斗は自らが弾き出した結論を信じたくないのか、辛そうに言葉を振り絞る。


「彼は宗介で間違いない、と、思う。何らかの外的要因のせいでヤケに気配が希薄だけど、僕がこの気配を忘れる筈が無い。けど……」

「けど?」


 悠斗と葵が言うのなら、彼はきっとクラスメイトであり“機巧師”の勇者である西田宗介で間違いないのだろう。しかし悠斗には、何らかの気掛かりがあるようだ。


 そうして一拍置いて絞り出されたのは、まさしく最悪の言葉だった。


「……今の彼は、“魔人族”だ」


 悠斗は“勇者”の本能とでも言うのか、それとも技能【対魔特攻】の副次効果か、感覚的に魔人族か否かを見分けることが出来た。ある種の直感のようなものだが、魔人族と相対すると「こいつは敵だ」と感じ取ることが出来るのだ。


 その勘に従うならば、現在ワイバーンの背に乗って向かって来て居る幼馴染と思しき少年は、間違いなく魔人族に類する存在だった。


「じゃあやっぱり、吸血鬼に……?」


 緋山の悲観に満ちた言葉に悠斗は首を縦に振って答える。


「信じたくはないけど、多分ね。宗介の左眼は完全に吸血鬼に血を吸われた人間のそれだよ。それに、彼の側に居る紅眼の少女……彼女もまた、魔人族だ。それもとびきり強力な」

「も、もしかして」

「十中八九、“鮮血姫”その人だろうね」


 恐る恐る尋ねた岩井がゾゾゾッと戦慄の表情を浮かべた。


 奈落の底で生き残り、しかしその姿を眩ました宗介。彼には一つの懸念があった。共に大迷宮から姿を消した鮮血姫によって眷族に、魔人族の仲間である吸血鬼にされてしまったという可能性だ。


 フォールン大空洞で鮮血姫及び宗介が使ったのであろう居住空間を見つけてから可能性は危惧されていたものの、出来る限り信じたくなかった可能性。


 それがどうやら、現実のものとなっていたらしい。


「……けど、そうだとすると何故龍巫女と戦ったのかが分からない」


 悠斗の言葉に、勇者達は確かにそうだと頷く。


 鮮血姫の眷族となり魔人族側に堕ちたのならば、同じ魔王軍幹部の龍巫女と戦う理由が無いではないか。酷く疑問が残る行為である。


「次期魔王の座を狙ってる、とかじゃねぇか? いや知らねえけど」

「適当過ぎるでしょ。もう少し真面目に考えて発言しなさいよ」

「んなこと言われてもよ、瑠美だって分かんねぇだろ?」


 周防のぶっきらぼうだがもっともな物言いに返す言葉も無い葵。


 理由は幾つか考えられる。龍巫女と鮮血姫間の不仲によるもの、周防の言う通り下克上を狙ったもの、もしくは単純に助けてくれただけ等。が、どれも所詮は推測に過ぎない。分からないのと同じである。


「悠斗くん。宗介くんが魔人族なのは間違いないの?」

「断言してもいいよ。今の彼は人間じゃない。だけど僕らの敵なのかどうかは……よく分からない」

「もしも敵だったら、最悪以外の何物でもないわね」


 槍水の言葉に勇者達は思わず身を震わせる。


 今の宗介には最弱だった頃の面影など微塵も残っておらず、龍巫女を下すに足るだけの強力な存在となっている。そんな相手が敵として襲いかかって来たら、想定していた事態ではあるので対策も立てているが絶対に勝てるという自信は無い。


 そして、一度その可能性が頭を過ってしまえば……そうとしか見えなくなってしまう。


 彼の左眼に宿る血色の輝きが夜空に怪しく揺れる光景は、酷く恐怖と緊張を駆り立てる。彼が乗る機械の飛竜が近付いて来るにつれ、背筋が冷や汗で湿っていく。


 龍巫女に手も足も出なかった記憶、そして成す術も無く蹂躙された記憶は新しい。心臓を、脚を潰され、腹を穿たれた苦痛は未だ勇者達の心に色濃く痕を残している。それ以上の存在が向かってくるという恐怖は、彼らの体感時間を何十倍にも引き延ばした。


 そうして無限とも思えるような短い時間が過ぎ、塔の祭壇に半機のワイバーンが降り立つ。


「で、悠斗よぉ。どうすんだ? 戦うのか?」

「分からない。意思の疎通が出来るかは試みてみるけど……皆、油断はしないでくれ」


 聖剣を握る悠斗の手に力が篭る。それを合図に勇者達は一斉に身構えた。


「もしも本当に敵だったら、どうするの?」

「その時は、鮮血姫を倒して宗介をこちら側に連れ戻す。……あの時宗介を助けられなかったのは、僕の責任だ。ならその責任を取るのもまた僕の役目。例えその結果、宗介を斬ることになっても、僕はやる。やってみせる」

「悠斗くんだけじゃないよ、私もやる。私にだって責任はあるんだもん。絶対に助けて見せるよ、宗介くん……」


 葵が胸の前で手を組み、心に誓うように小さく頷く。


 偶然の連鎖か、はたまた運命のいたずらか。自分が生産職だからと後方に下がっていた時に起こってしまった悲劇……その成れの果てである幼馴染の姿に、彼女は酷く責任を感じていた。


 勿論、「自分が居たら」などと自惚れるつもりは毛頭無い。もしあの場に居合わせた所で何か出来たとは思わない。それでも、黙って見ていることなど出来なかった。何せ彼は何者にも代え難い大切な存在なのだから。


 暫くして傍の少女達と一言か二言交わした宗介が、気恥ずかしそうに頬を掻きつつワイバーンの背から飛び降りてきた。


 若干目を泳がせ、何か言おうとしては言い淀みを数回繰り返す彼は、どこか挙動不審だ。しかし人外の紅い瞳からは内心を読み取ることは出来ない。


 やがて彼はふぅと小さく深呼吸し、そして意を決したように口を開いた。


「なんつーか、その、久しぶりだな」


 ぎこちなくはにかみながら、小さく片手を上げる宗介。


 勇者達はその言葉に……


「――――すまない」


 武器を向けることで答えるのだった。




 ◆




「……え?」


 幼馴染達から武器を向けられるという予想外の事態にまるで理解が追いつかず、引きつった笑顔のまま某然と硬直する宗介。


 光の聖剣、欠けた戦斧。蒼い魔槍に魔法の杖。そしてハンドガンの暗い銃口。それらが、やっとの思いで再会した幼馴染やクラスメイト達から向けられたのだ。混乱するなと言う方が無理である。思わず宗介は踏み出そうとしていた足を引っ込めてしまった。


「な、何のつもりだよ? 幾ら何でも冗談キツいって……」


 頭が回らない。いや、グルグルと様々な思考が廻り巡って答えが纏まらない。どうして剣を向けられるのかが全く分からない。悠斗達を見回しても悲痛そうな顔を浮かべてジッと見つめてくるだけだ。


 いや、そこではたと気付いた。幼馴染達の視線が自らの髪や左眼、身体へと向けられていることに。


 半吸血鬼化や機械化によって姿が変わってしまったので、誰なのか気付いていないのだろう。そう判断した宗介は、そんな単純な事にも気付かない程焦っていた自分を戒めつつ、苦笑いを浮かべて肩を竦めた。


「そうか、そうだよな。俺としたことが失念してたよ。こんなに変わったんだから、そりゃあ気付かないよな? 信じられないかもしれないけど、俺は――――」

「宗介、だよね」


 彼の言葉を遮るように悠斗が確認を取る。いや、それは極めて確信に近い色を宿した声だった。聞くまでも無いと、そんな具合だ。


「き、気付いてたのか?」

「当然だろう? 僕が、君を見間違える訳が無い」


 お、おう、と宗介は困ったような表情を浮かべる。それは何と言うか、喜ぶべきなのかドッキリ失敗を悔やむべきなのか。反応に困る。しかしその顔は、直ぐに疑問で曇ることとなった。


「ま、待ってくれ。ならどうして俺に剣を向ける?」


 正体が分かっているなら武器を向けてくる必要は無い筈。だと言うのに、皆武器を構えたまま下ろそうとしない。まるで意味が分からず、混乱は更に加速する。


「今の君が“敵”なのかそうでないのか、分からないからだよ」

「俺が、お前らの敵?」


 そうだ、と剣を構えたまま頷く悠斗。


「君は今、鮮血姫の力によって吸血鬼と化しているだろう?」

「そ、そりゃあ確かにそうだが……」

「教えてくれ、宗介。今の君は、変わらず僕らの幼馴染なのかい? それとも、魔人族として人々に仇なす邪悪なのかい? 答えによっては、僕は君を斬らなければならない」


 聖剣と鋭い視線を向けられて動揺しつつも、宗介は素早く思考を走らせ、そして納得する。


 今の自身は半吸血鬼であり、半魔。それは即ち半分は人間族の敵という事だ。勿論宗介にはそんなつもりなど毛頭無いが、悠斗達にはそれを判断する術が無い。だからと言ってそれを本人に直接尋ねるのは実直にも程があるような気もするが……“らしい”と言えばらしいか。


 嘘を付く意味も理由も無いので、宗介はおどけるように肩を竦めてその問いに答えた。


「斬るなんてよしてくれよ。確かに今の俺は魔人族みたいな物だが、れっきとした人間だ。お前らの敵になるつもりは無い。そうでなきゃ龍巫女と戦ったりしねえよ」


 誰かからの信用を得るには、相応の行動で示すべし。要は亜人族の里で帝国軍相手にやってみせたのと同じ。これが最も簡単に信用を得る方法だろう。敵の敵は味方理論とも言う。


 それに乗っ取って龍巫女を倒してみた訳だが、果たして効果は覿面であったらしい。


「……嘘は言っていないみたいだ。そうか、そうだよね……。君が変わらず君で居てくれて、本当によかった……」


 聖剣の切っ先を下ろし、心から安堵したような表情を浮かべる悠斗。思わず宗介の頬も緩む。これで晴れて再会することが出来たという訳だ。不穏な空気を感じ取ったのか後方で身構えていたエリス達も、フッと肩の力を抜いている。


 と安堵したのも束の間、悠斗と葵が、凄まじい剣幕でズカズカと宗介に詰め寄った。


「ど、どうした……?」

「どうしたじゃないよ、全く! それはこっちの台詞だ! 無事だったならどうしてすぐに戻ってこなかったんだ!? そうでなくとも、連絡くらい寄越してくれれば良かったのに!」

「そうだよ! わたし達がどれだけ心配したと思ってるの!? フォールン大空洞の最下層で宗介くんの腕と脚を見つけた時なんて、心臓が止まるかと思ったんだからね!? 本当に死んじゃったのかと思ったんだからねっ!?」

「そ、それはその、色々あってだな……。話せば長くなるというか……」


 怒涛の勢いにさしもの宗介もタジタジ。どうやら幼馴染相手では分が悪かったようだ。実際、心配させたことについては悪かったと思っているので言い返すことも出来ない。


 ともあれ。そんな調子の宗介に、二人は大きく諦めの溜息を吐く。


「……でも、宗介くんがそんな(・・・)になっちゃったのも色々とあったからだよね。それこそ、わたしなんかには想像し得ないような事情が……」

「そうだね。その事も含め、積もる話は後でじっくり交わすことにしよう」

「そ、そうしてくれると俺としても助かる」


 追求の嵐から解放された宗介がホッと胸を撫で下ろせば、悠斗は途端に表情を真面目なモノへと変えて向き直った。


「宗介……こっち側(・・・・)に戻ってくるつもりは無いかい?」


 何とも含みのある言い回しに一瞬、怪訝な顔をする宗介だったが、直ぐに納得したのか「言うまでもないだろ?」と得意気にに笑う。


「勿論。元より俺は、お前らと一緒に戦う為に力を付けて来たんだ。エリス達含めて戦力には期待してくれて構わない」

「エリス達、っていうのは後ろの二人のこと?」

「彼女は、銀髪の彼女は“鮮血姫”だよね? 名はエリスティアと言ったかな。金髪の彼女は聖王国の騎士のようだけど」


 ジッと、ヤケに鋭い視線をエリス達に……主にエリスに向ける悠斗と葵。エリスはただ静かに紅い瞳で見つめ返すだけだ。その視線に違和感を感じながらも、宗介はコクリと頷く。


「長くなるから置いておくが、色々と事情があって仲間になってな。特にエリスは俺にとって命の恩人で、掛け替えのない存在だ。あいつが居なきゃ今の俺は無かったと言っても良い。出来れば仲良くして貰いたい所だな」

「……宗介くんは、随分と“鮮血姫”に入れ込んでいるんだね」

「ん? まあ、エリスは俺の中でお前らと同格の“特別”だからな。それがどうかしたか……?」


 何故だか悲痛そうに目を伏せるという葵の予想外な反応に、宗介は困惑する。なんだその顔は、と。


 その疑問が晴れぬまま、悠斗は葵と同じくやはり悲痛な表情のまま、先の問いを訂正して言った。


「もう一度聞こう。彼女を捨ててこちら側に――――“人間”に戻る気は無いかい?」


 ……と。


「……は?」


 鳩が豆鉄砲を食らったようにポカンと口を開け、唖然とする宗介。言葉の意味が理解出来なかった。ともすれば故障でもしたのかと耳を疑う。


 自身の聴覚が正常ならば、幼馴染は今、『エリスを捨てろ』と言った筈だ。そんな馬鹿な事を言う訳が無いではないか。故に宗介は、恐る恐る訊き返してみる。


「……すまん、もう一度言ってもらえるか?」

「銀髪の彼女、鮮血姫との関係を断ち、もう一度“人間”に戻って僕らと共に歩まないか? ……と、そう言ったんだよ」


 今度はハッキリと聞こえた。そのよく通る声は宗介の後ろに居る二人にまで届いたらしく、エリスは戦慄して顔を青ざめている。宗介は耳が正常であったことに安心半分、理解不能な提案に困惑半分で頬を引き攣らせた。


「す、すまん。まるで話の意味が分からないんだが。エリスを捨てる?人間に戻る? 何を言ってんだ?」

「はは、だろうね。 客観的に考えて、君が困惑するのは至極当然だ。何から説明しようかな……」


 ふむ、と考え込む悠斗。流石に突拍子もない提案であることは承知しているらしい。暫くして彼は、悲しそうにエリスを一瞥した後口を開いた。


「僕は、君達を受け入れたいと思う。だけど、僕達は“勇者”だ……。それだけに、“魔人族”を受け入れることは出来ないんだよ」


 それは、宗介からすれば鼻で笑って一蹴するような理由だった。


「……たったそれだけで、掛け替えのない存在を斬り捨てろなんて、冗談にも程があるぞ?」

「分かってるさ。君に酷な決断を迫っているのは承知の上だ。……だけどね、僕らは人間を救う為に、そして魔人族や魔王を倒す為に召喚されたんだ。例え宗介が敵でないと主張し僕達が君を受け入れても、人々はきっとそれを許さない……」

「っ、それは」


 そんなことない、とは言えなかった。


 全ての大前提として、宗介達はこの世界の人々によって召喚された。つまりそれは、異世界の力に頼る程人間と魔人族の間に奔る亀裂が大きいという証明に他ならない。それを理解しているからこそ、宗介とエリスは今まで正体を隠して来たのだ。


 そして勇者に与えられた役割はと言えば、魔王軍の討伐。なのに元魔王軍を受け入れたとあっては、それはもう様々な方面から非難が殺到することだろう。


 悠斗は苦々しい顔を浮かべながら、諭すように言葉を続けていく。


「例え今の鮮血姫が君の仲間だったとしても、彼女が過去に行ったことが、そして魔人族と人間の歴史が人々の記憶から消える事は無い。滅ぼされた街は今もそのまま残っているし、家族を殺された人は今も魔人族を恨んでいる。……そういう歴史が刻み込まれているんだよ」


 故に魔人族を、エリスを受け入れることは出来ない……成る程、筋は通っている。


「まぁ、エリスを捨てろ云々は理解したが……。それで、人間に戻るってのは?」


 とりあえず、直ぐに結論は出せないだろう。例え幼馴染の言葉であろうと簡単にエリスを捨てられるほど宗介は薄情ではないし、彼女の存在は宗介の中で極めて大きく重要なモノになっている。故に宗介は、一先ず話を変えることにした。


「その事だけどね、今の僕達は吸血鬼になってしまった君を元の姿に戻すことが出来る」

「へぇ、そりゃ凄い」


 純粋に感心したのか目を丸くして驚く宗介に、葵はふふんと得意気に鼻を鳴らす。


「わたし達、頑張ったんだよ? わたしのポーションと悠斗くんの光魔法があれば、顔の火傷も髪の色も、左眼だって元通りにできる。それだけじゃない、喪った手脚だって取り戻せるの!」


 実際、その言葉は嘘ではない。


 宗介の記憶にも葵が作った半ば蘇生薬に近い治癒のポーションで助けられた記憶はあるし、悠斗の属性は根元に“再生”を司る光。ならば半吸血鬼となった宗介を元の姿に戻すという、事実上の死者蘇生だって可能な筈だ。


 流石は悠斗と葵だと言わざるを得ない。が……


「確かに凄いけど、別に俺は、今の身体に不満なんて持ってないぞ」


 そもそも、この機械の身体は自ら望んで改造したもの。元の身体に未練など……全く無いとまでは言わないが、今のままでも不都合は無い筈だ。むしろ人間の身体に戻ったら弱くなるまである。正直言ってあまり魅力は感じない。


 そんな宗介の反応が予想外だったらしく、悠斗と葵は怪訝な顔を浮かべる。しかし直ぐに納得したらしく、「そうか……」と残念そうに頷いた。


「だとしたら、これは僕の我儘ということになるのかな。それでも僕は君を救いたいと思う。今の君は、ハッキリ言って見ていられないんだ……」

「見ていられない?」

「ああ。僕は昔の(・・)宗介を知っている。それはきっと誰よりもね。だからこそ今の(・・)宗介を見ているのが、僕には辛くてたまらない……」


 そう言って痛ましそうに目を伏せる悠斗。宗介はその訳が分からず、頭の中でクエスチョンマークを浮かべる。


「何言ってんだ? 俺は俺で、他の何者でもない。そこに今も昔も関係無いだろうが」


 例え多少見た目が変わっていようと二人は自分に気付いてくれた。ならば自分は昔のまま何も変わっていないのだと、胸を張ってそう言える。


 その筈、なのだが。


「そう、か……。いや、誰だって自分のことになると、意外に視野が狭くなって気付かないものだよね……」


 ガクリと肩を落とした悠斗は、一息置いてから上から下まで宗介を見つめ、そして悲しそうに目を伏せた。


 そんな反応をする理由が分からず困惑する宗介。


 それを知ってか知らずか、悠斗は意を決したように目を開き、よく通る声でハッキリと告げた。

 

「今の君はもはや、誰がどう見ても“化け物”だよ……」

「――――ッ!?」


 グサリと、その言葉が心に深く鋭く突き刺さる。


 思い切り殴られたような衝撃に頭の中が真っ白になった。


 化け物? 自分が? まさか、そんな。あり得ない。


 フラつく頭の中でリピートする言葉を掻き消す為、宗介は恐る恐るその目を葵へと向ける。お前は否定してくれるだろう? と。


「……ごめんね」


 葵は、辛そうに目を伏せて謝罪の言葉を口にした。


 それが何を意味するか、そんな事も分からない宗介ではない。思わず乾いた笑いが零れる。


「は、はは……冗談だろ? 俺は人間だぞ……?」

「残念だけど、冗談じゃないんだ。君は変わりすぎてしまった。鉛色の髪も、その禍々しい左眼も、消えない火傷痕も機械の身体も……。例え僕らがどれだけの言葉を以って取り繕ったとしても、人々は君を“人間”とは認めないよ……」


 悔しそうに絞り出される言葉に、宗介は無意識に後ずさってしまう。そんな風に言われるなんて思ってもみなかった。ともすれば目眩か貧血にでも襲われたように身体がグラリと揺れる。


 そして気付くのだ。先ほど、勇者として魔人族は受け入れられないと言っていたことを。


「……じゃあ俺は……人間じゃない俺は、受け入れられないってことか……?」


 悠斗は静かに頷く。


 それが意味する事は即ち、拒絶。


 その事を理解した宗介の頭に、何かが崩れ去るような音が響く。


 ……自分は人間のつもりだったのに。例え姿形が変わろうと幼馴染なら理解してくれると、無条件の信頼を寄せていたのに。


 だが現実は非情で、自身が“化け物”であると認識してしまった。そうなると、もう幼馴染やその向こうに居るクラスメイト達の顔を直視出来ない。気のせいだったとしても、その目に恐怖や嫌悪、軽蔑の色が宿っているように見えてしまったから。


 そんな彼の内心などつゆ知らず、悠斗はスッと手を差し伸べる。


「君の身体は僕達がきっと元通りにしてみせる。だから戻って来てくれ」

「悠、斗……」


 一見すれば、拒絶とは真逆の行為。故に宗介は思わずその手を取りそうになったが……本質はそこではない。


 その手に秘められた真の意味は、現在(・・)の否定。悠斗が求めているのはあくまでも過去の宗介に過ぎない。今の宗介は、そして今の彼に至るまでの血が滲むような苦労は求められていないのだ。


 勿論、悠斗達にはそんな考えなど無かったかもしれない。宗介の考え過ぎかもしれない。


 しかしそう受け取ってしまった。そう受け取るしか無かった。


 故に宗介は、差し伸べられる手から距離を取ってしまう。


「……宗介くん?」


 様子が可笑しいことに気付いたのか、不安そうな目を向けてくる葵。恐ろしいものでも見るかのような顔で後ずさる幼馴染を止めるべく、足を踏み出そうとした瞬間だった。


 その足元から鋭い杭が飛び出したのは。


「きゃっ!?」

「葵ッ!」


 咄嗟に悠斗によって手を引かれ、葵は可愛らしい悲鳴と共に杭を躱す。と言っても杭自体は彼女を傷付けないように飛び出したらしく、そのまま足を踏み出していてもその進行を妨げる程度しか効果は無かっただろう。


 しかし彼らは油断無く身構える。何故ならその杭を放った張本人……エリスが、歩み寄って来ていたからだ。


 その顔はいつにも増して無表情。眼は見るからに怒りを宿した、されど身体の芯まで凍り付く絶対零度。


「ちょっ、待つんだエリスティア!」

「……黙ってて」


 咄嗟にフォルテが呼び止めるものの彼女は足を止めない。ツカツカとゆっくり、それでいて堂々と歩いてくる彼女に、宗介が自失気味に「エリス……」と名を呟くと、彼女は決意したような視線を一瞬だけ向けて歩み出た。


「……勝手に話を進めないで」


 そうして宗介の前に立ち塞がり、ジッと紅い瞳を悠斗に向けながら苛立ちの声を零す。ともすれば、聖剣を構える悠斗との間にスパークでも迸っているような光景が幻視出来るだろう。


「……いきなり何をするんだ、鮮血姫」

「……我慢出来なくなった」


 バチバチと視線で火花を散らし、渦巻く魔力が臨戦態勢を取る。まさに一触即発の空気に宗介が狼狽する中、先に口を開いたのはエリスだった。


「……ソウスケの“大切”だから、口出しせずに聞いていたけど……もう限界、耐えられない。……ソウスケは渡さない。貴方達なんかには、絶対に」

「渡さない、だって?」


 両者の敵意が交差する中、ポツリとエリスの瞳が潤む。


「ソウスケは貴方達を思って……貴方達だけを思って必死に頑張って来た。私はそれを知ってる。……なのに貴方達は、それを受け入れず、理解しようともせず、ただ押し付けるだけ……。あり得ない。話にならない……。そんなの、そんなのソウスケが救われないっ!」


 普段からは想像も出来ないような激しい声で訴えるエリスに、宗介の心がグラリと揺らいだ。


「……貴方達なんて、認めない。ソウスケを拒絶する限り、私はここに立ち塞がり続ける」


 彼女とて、自分が捨てられる可能性を示唆されて恐怖しているだろうに。それでもエリスは宗介を想い、声を上げる。いや、捨てられる可能性があるからこそか。


 真っ直ぐに向けられる敵意の視線に、悠斗はしかし臆することなく視線を返す。


「確かに僕は、自分の気持ちを押し付けているだけかもしれない。だとしても、このままの宗介を待ち受けるのはきっと苦難の道のりだ。僕はそれを看過することは出来ない。道を違えたなら正してやるのが友の役目というものだよ」


 例えエリスの言う通り我儘だったとしても、幼馴染として譲れないモノがあるのだ。その先に幸せが待っているならば、例え何と言われようと、どれだけ汚名を被ることになろうと悠斗は退かない。


 悠斗は更に、聖剣の切っ先をエリスに突き付けて言葉を続ける。


「それにね、認めないと言うなら僕だって同じさ。そもそも宗介が今の姿になってしまった元凶は君だ、鮮血姫。僕は君を恨んでいる。宗介の仲間でなければ今すぐにでも斬ってやりたい程にね。それを理解した方がいい」

「それ、は……」


 若干の怒気を孕んだ言葉に、うぐっと口を詰まらせるエリス。


 悠斗が我儘だと言うなら、彼女もまた同じ。如何なる事情があったにせよ、宗介を吸血鬼にしたのがエリスであるという事実は消える事なくハッキリと存在しているのだ。


 半ば泣きそうになりながら、しかしエリスは宗介の前に立って離れようとしない。ここを退いてしまえば、宗介はきっと離れていってしまうから。


「……それでも……ソウスケは渡さないっ」

「あくまでも立ち塞がるということか。……ならば僕は、君を倒してでも宗介を取り戻そう。それがハッピーエンドに繋がるならね」


 悠斗が再び聖剣を構えると同時、後ろで話の行く先を見守っていた勇者達も武器を構える。


 龍巫女にこそ敵わなかったが、そもそも彼らは鮮血姫を倒す為に結成されたパーティーだ。こう言う事態に備えて訓練していたし、不老不死の吸血鬼を倒す手段だってある。対策だって万全だ。勝つ見込みは十分にあった。


「……出来るものなら、やって見るといい。ソウスケを否定するなら、容赦はしないっ」


 威圧も兼ねて魔力を放出しつつ、手を掲げて一瞬で魔法を構築するエリス。彼女の周りに無数の炎弾が浮かび、石槍が展開される。


 その手が、悠斗達に向けて指揮棒のように振り下ろされる――――寸前。


 ガシリと、後ろから掴み止められた。


 彼女の細い手首を優しく掴むのは、漆黒の義手。エリスはゆっくりと振り返り、そして自らの腕を掴んで離さない宗介の顔を見上げる。


「……どうして、止めるの?」

「もう良いんだ。もう、良いんだよ……」


 その顔は、もはや何もかもを諦めたように色を失っていた。絶望に呑まれた人間のそれだった。


「行くぞ。俺達は、ここに居ちゃいけないらしい」

「……ん」


 エリスは手を引かれるがまま、大人しく魔法を掻き消して悠斗達に背を向ける。手を引いて歩く宗介の足取りは、フラフラとしていて非常に危なっかしい。


 宗介の突拍子もない行動にポカンと呆気に取られていた悠斗は、急いで制止の声を上げた。


「ま、待つんだ宗介ッ!?」


 しかし、宗介の腕が一瞬でシュトラーフェⅡを抜いて跳ね上がり、鋭い発砲音と共に踏み出そうとしていた悠斗の足元を粉砕する。これ以上来るな、と。そう言う無言の主張と向けられた暗い銃口に悠斗の脚が硬直した。


 それは即ち、“化け物”と“勇者”の間に明確な“距離”が刻まれた瞬間。


 ……いや違う。この距離は元々、異世界に召喚される前から存在した。


 ただ、一人舞い上がった宗介が勘違いして詰めていた距離を、再び開けただけ。つまり元に戻っただけだ。


「はぁ……馬鹿らしい」


 血反吐を吐いて。四肢を切り飛ばして。出来ること全てこなして幼馴染の為に頑張って来たのに。手に入れたのはその幼馴染からの拒絶と、“化け物”なんて言う三文字の称号だけ。馬鹿らしいったらありゃしない。頭が可笑しくなりそうだった。


「ソウスケ……泣いて……?」

「……気のせいだろ」


 不安そうに彼の顔を見上げるエリス。その先にある目は――――“化け物”の証である黒と紅の左目は、幽鬼のように生気が抜けて深淵の如き暗さを宿していた。写るのはただ一つ、心配そうに見つめてくるエリスの顔だけだ。


 彼女こそ、最後に残った存在。今の(・・)宗介にとって全てとも言える愛しい存在……それに気付いた宗介は無意識に彼女を抱き寄せる。


 エリスはそれ以降、何を言うでもなく静かに身を任せて来た。宗介は腕の中の小さな温もりを噛み締めながらフラリフラリと歩みを進め、古塔の縁へと脚をかける。


「む、婿殿……大丈夫か?」

「……何がだよ。俺はいつでもこんなだろうが。何も心配される筋合いは無え」

「いや、それは流石に無理があるだろう……」


 絶望したように顔から表情を失わせ、真っ暗闇のような雰囲気を纏っているのだ。フォルテが心配するのも仕方ない。


 そんなもの、今の彼には心底どうでもよかった。


 もう何も頭に入ってこない。


 あるのはただ一つ、全部無駄だったという事実だけ。


 片腕片足を捥がれながら鮮血姫を倒したことも、残った腕を犠牲に命懸けで火の中に飛び込んで炎帝を倒したことも、全て。


「ま、待つんだ葵! それ以上は!」

「離してっ! 待って、待ってよ宗介くん!」


 後ろから誰かが駆け寄ってくる音が聞こえた。宗介はそれ以上近付くなと無言でハンドガンを突き付け、見もせずにその人物の足元を撃ち抜く。


 鋭い発砲音と同時に暴れるような声と音が消え、宗介が奈落のように暗い瞳を向ければ……映ったのは、悠斗に手を掴まれて止められている葵の姿だった。


 足元を撃ち抜かれて硬直する彼女の目には、絶望と恐怖が色濃く現れている。勿論、全て宗介が与えたモノだ。


「……っ」


 幼馴染を撃った。その事実に気付いた瞬間、胸に引き裂かれたような痛みが奔る。途端にハンドガンを持つ手が震え、力が抜けて垂れ下がった。


 そう、越えてはならない一線を越えてしまったのだ。


 これでもう、後戻りは出来ない。


 ――――違う。全て元通りに、この世界に召喚される前へと逆戻りしただけだ。果たして何を気にすることがあるのか。


 化け物である自分は去り、彼女らはまた魔王討伐に精を出す。やがて魔王は悠斗達によって倒され、皆は元の平穏な暮らしを取り戻す。


 それでいいじゃないか。


 全て丸く収まる。そうだ、これ以上無いハッピーエンドだ。


 他に何を求めると言うのか。


「……くそっ!!」


 ペタリとへたり込んで呆然と見つめてくる葵から目を背けた宗介は、落としてしまわないようエリスを強く抱きしめ……逃げるようにして塔の頂上から飛び降りた。

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