五三 闇に堕つ龍
更新が遅れてしまい申し訳ありません……。
『簡単に沈んでくれるでないぞ、好敵手よ!』
漆黒の暴風をその身に纏い、一本角を禍々しい紫光で輝かせた闇の天龍が、爆発的なソニックブームと同時に飛び出す。
その姿を例えるならば、破滅をもたらす漆黒の彗星と言った所だろう。
「ッ、やべっ」
本能的に危機を感じた宗介は、全力でペダルを踏み込み操縦桿を引き倒した。ドラグーンはその操縦に従い、夜空に青白い焔の円弧を描いてループを決める。
直後、円弧の中心を漆黒の彗星が突き抜け、猛烈な衝撃波が銀の機体を襲った。
「うおぉぉ!?」
「……っ!」
「のわっ!? 〜〜ッッ!」
雷雲に突っ込んだように揺れる機体。エリスは舌を噛まないよう口を噤いで宗介の腕に身体を預け、宗介はドラグーンや自身の重力を操りつつダメージを最小限に抑える。タンデムシートに座るフォルテはその衝撃で頭でも打ったのか、涙目だ。
宗介は舌打ち一発、衝撃波で機体が破壊されるのを巧みに凌ぎ切ると、アフターバーナーを吹かして颯爽とその場を離脱する。
「なんてスピードだ、弾道ミサイルかってのっ」
一瞬で豆粒のようになってしまい、彼方まで飛んで行ってしまった龍巫女。
どうやら彼女は、膨大な量の魔力を後方に噴出することでジェット推進を再現したらしい。丁度、模倣された形だ。その速度はマッハ二を通り越してマッハ三か四……瞬間最高速度は五に到達するかもしれない。そんな領域まで達すると、後方に迸るソニックブームだけでも凄まじいものである。
「……勝てる?」
「分からん――――が、勝つさ!」
方向転換し再度迫って来ていた龍巫女を、宗介はエリスの身体に腕を回して支えてやりつつ、機体を急旋回させて回避した。やはりスレスレで衝撃波に揺さぶられはしたがその程度だ。
またも凄まじい速度で遠ざかって行く黒い彗星。それを尻目に、ドラグーンは距離を突き放すように舵を切って態勢を整える。
と、不意にフォルテが激しい揺れに耐えながら疑問を口にした。
「し、しかしっ! 勝つと言っても魔王軍幹部は魔王の言いなりにされているだけなのだろう? どうするのだ?」
彼女の言う通り、魔王軍幹部は皆、“隷属の刻印”によって自意識を失っているだけだ。それは“鮮血姫”であろうと“炎帝”であろうと、そして“龍巫女”であろうと変わらない。
勿論宗介はその事を忘れてなどいないし、である以上は無駄な殺生をするつもりも無かった。目的はただ一つ、隷属状態からの解放だ。
問題となる“隷属の刻印”は、宗介が見る限り額に伸びる一本角を中心として全身に広がっているらしい。
龍族にとって“角”とは強大な力の源であり、同時にそれを操る重要な器官だ。要は魔物で言う所の“魔石”であり、龍の息吹や飛行能力等の魔力的要素を司る魔法の杖のようなモノ。それに隷属の刻印を刻まれては……抵抗など不可能だろう。
ならばその刻印が刻まれた角さえ折ってやれば、隷属状態から解放され正気を取り戻す筈。これが宗介の考えだった。
「だから言ったろ、やることは変わんねえって。俺は最初から刻印を破壊すること以外考えてないし、策は幾つか用意してある。多少、想定以上だった事はあるが問題は無い」
「そ、そうか」
「場合によってはお前にも働いてもらうからな、覚悟しとけよ!」
そう言い切るや否や、宗介は態勢を整えたドラグーンを旋回させ、ジェットエンジンに蒼炎を点火させる。翼は既に畳まれ空気抵抗は極小。一瞬の溜めと共に鋼鉄の飛竜は音の壁を貫いた。
真正面に見据えるは黒き凶星。第二ラウンドの開幕はヘッドオンだ。
両者は――――コンマ数秒の内に交差する。
『良い度胸じゃ! が、甘いの! 《翠天舞踏》!』
刹那に繰り広げられた読みの攻防を制し相手の背後を取ったのは、龍巫女だった。マッハで飛行しながら、すれ違った瞬間に急停止してその場で反転したのだ。
見れば、その禍々しい闇で染まった身体に緑光で出来た魔力の翼が増設されている。機動力を底上げする魔法でも使ったのだろう。
「チッ、ハリアーか戦闘ヘリでもそんな挙動しねえぞ!」
慣性を無視した冗談のような挙動に、宗介も想定こそしてはいたが思わず目を剥いた。
流石は龍か。“闇の”龍巫女に対する評価と考えていた策を一段上に引き上げつつ、激しく舵を切って機体をジグザグに飛行させる。青白い稲妻のような軌跡が後に迸り、そしてそこを龍巫女が放った黒風の槍が貫いた。
その後も続けて、ピッタリと背後に着く龍巫女から第二、第三射と短距離ロケット弾でも乱射するように風の槍が放たれる。子供のようにはしゃぐ声と共に。
『ふはははっ! 愉しいのう!』
「全くもって同意見だよクソッタレ!」
何とか必死に避けるが、どうやら風の槍は多少の誘導性も持っているらしい。その上“龍脈眼”が示す限り、一発貰えば即撃墜させられる威力だ。さしもの彼と言えど翼ギリギリを掠めていく致命の風に冷や汗を抑えられない。
「む、婿殿、回避を!」
「っ!?」
とその瞬間、不味い物を感じたらしいフォルテが声を上げた。宗介がその声に任せ、咄嗟に残像を残すようなバレルロールを決めてやれば……直後に衝撃波が迸り、そして漆黒の竜巻が駆け抜けた。
ソニックブラスト、とでも言うのだろうか。射線の先に目をやれば、遥か彼方の積乱雲にまで丸い大穴が空いている。ゾッとする威力だ。
『ほう、妾のブレスを躱すとは。直感かの? まぁよい次じゃ、耐えて見せよ!』
先の一撃を避けられたことなど意にも介さず、龍巫女は再度口を開いてブレスをチャージし、更に自らの周囲に何本もの風槍を生み出しドラグーンへと向ける。
「チッ、洒落にならん! 荒くなるがしっかり捕まってろよ!」
「……んっ」
「い、今更過ぎるっ!」
宗介は機体を百八十度ロールさせて上下を反転させると、文字通り落下するようにして高度を下げた。
一拍遅れてソニックブラストが虚空を穿つが、辛うじて回避は成功。そのままドラグーンは鋭い螺旋を描きつつ落ちていく。
バチバチと纏わせるスパークはつまり、重力操作機構で加重し、更に重力加速をも使用することで一気に振り切るつもりだ。高度差による利を与えてしまうことになってしまうが仕方あるまい。
『ふふ、ほれほれ! 全力で逃げぬと木っ端微塵じゃぞ!』
龍巫女は、ドラグーンの後を追うように無数の風槍を降らせる。当然ながら一発一発の威力はミサイル並み。いや、誘導能力も備えているのでもはやそのものだと言っても過言ではない。
要は黒いミサイルが群れを成して降ってくるのだ。
宗介は真っ直ぐ落ちるドラグーンを巧みに操り、それら全てを直撃する寸前で躱していく。
しかし、如何せん数が多い。風の魔法である以上、そこに大気がある限り幾らでも生み出せるのだから当然だ。このままではいつか避けきれず被弾してしまうだろう。
身を隠せる障害物でもあれば別だろうが……と、宗介はギリッと歯噛みして辺りを見回す。はたしてそこには、
「あるじゃねえか、障害物! とびきりデカいのが!」
“天空の塔”が聳え立っているではないか。石造りの頑強で巨大な塔、障害物として使うには十分だ。
「む、婿殿! 前、前っ!!」
「分かってるよ!」
焦燥に駆られたフォルテの声を合図に、宗介は操縦桿を一気に倒す。垂直落下によって風のミサイル群と仲良く地面にキスしかけていたドラグーンは、その寸前で弾かれたように方向転換した。
幾つかの風槍は勢い余って地上に墜落、爆風で以って大森林の木々を薙ぎ倒す。どうやらクレーターが出来る程度の威力は持っているらしい。
その光景を尻目に、しつこく追尾してくる風槍を引き連れたドラグーンは、ドッシリと構える古塔の裏へと回り込んだ。それも、手を伸ばせば届きそうなギリギリの所を飛行して。
「ちょぉぉぉっ!? 待て待て待て本気かっ!? 一歩間違えたら木っ端微塵だぞ!!」
「間違えねえから、黙っててくれ……! 集中が途切れる……っ!!」
しかもそのまま風のミサイルを振り切るべく、塔の壁や廻廊スレスレを飛行し螺旋状に昇っていく。
一瞬でも操縦を違えれば即、墜落。ハッキリ言って正気の沙汰ではない。フォルテが世界の終わりのような声を上げるのも仕方が無いだろう。
しかし効果は絶大で、大きくブレながら追尾して来ていたミサイル達は殆どが塔の壁や廻廊にぶち当たって散って行く。塔の壁はドラグーンが飛んだ軌跡にそって削られ、瞬く間に無残な有様となった。ぐにゃりと歪んで見える傷跡は、内側の異空間による影響だろうか。
それでも尚、追跡してくる猛者は……
「頼む!」
「任せて……《鮮血の極刑》っ!」
エリスが石壁を操って撃墜する。杭に貫かれた風のミサイルは即座に秘めたるエネルギーをばら撒いて四散した。
固体を操る地属性魔法は、何も無い空中では殆どその意味を成さない。精々が塵を集めて礫弾を飛ばす程度だ。しかし操れる物体さえ用意出来れば、彼女の魔法は容易く龍巫女の魔法を喰らい尽くす。
そうして全ての風槍を撃墜したのと同時、ドラグーンは遠心力に任せて砲丸投げのように塔の周回軌道から飛び出した。一直線に向かう先は勿論、龍巫女の下だ。
『おぉ、まさか全て落とされるとはのぅ……』
「はっ、逃がすかよ! お返しだクソッタレ!」
糞度胸とも言うべき飛行に度肝を抜かれたのか、思わずフワリと舞い上がって距離を取る龍巫女。そんな彼女の顔に向けて白銀のミサイルが二発放たれる。
当然、漆黒の風槍が迎撃するべく間に割って入るが、それらは全てエリスの重力魔法と宗介の【遠隔操作】による超挙動には届かない。一瞬の交錯と殆ど時を同じくして標的へと肉薄した。
……しかし、二本の銀槍は爆発しない。あろうことか、黒い風の防壁が直撃する寸前で受け止めたのだ。
後方から火花と煙を散らすミサイル。哀しきかな、風に優しく包み込まれてうんともすんとも言わない。
『ふふ、甘いの。この攻撃は見切ったのじゃ。もう通用せんと考えた方が良いぞ?』
「んな、何でもアリかよっ」
風の圧によってメキメキと音を立ててひしゃげていくミサイルに思わず目を剥く宗介。ミサイルは変形に耐え切れず爆発してしまうが、防壁で防いだ龍巫女は当然無傷だ。それどころか、反撃の魔法を構築し始める始末。
宗介は全力で苦い顔を浮かべつつバレルロールを決め、放たれたソニックブラストを躱す。そのまま大きく迂回するように龍巫女とすれ違った。エリスはギュッと宗介の手を握り、不安そうな顔を浮かべて彼の顔を見上げる。
「……ソウスケっ」
「あぁ、かなり不味いな。ああやって止められた以上ドラグーンの火力じゃ突破出来ない」
「ち、ちょっと待ってくれ婿殿。聞き捨てならないのだが、それならどうやって勝つのだ?」
「どうしたもんかね。神風特攻でもかましてみるか……」
「や、ヤケに嫌な響きの言葉な気がするのだが?」
顔を青ざめたフォルテに冗談だ、と軽く笑いつつ。アフターバーナーを吹かして龍巫女から距離をとって策を模索する宗介。
貫通特化の一撃か、もしくは防壁を木っ端微塵に打ち砕く一撃……突破力と言えば“パイルバンカー”だが、恐らく突破は不可能だろう。風はあくまでも流体。攻撃に対して自在に形を変えられては、どんな一撃でも突破出来ない。暖簾に腕押し、ヌカに釘とはよく言ったものである。
ならば別の一手を――――
そんな事を考えながら、龍巫女による追撃の魔法やブレスを避け続けていた時だ。
『ちょこまかと動くのぅ。なら、これはどうじゃ』
「……? 何を……」
龍巫女は追撃の手を止め天を仰ぐ。やがて月を見上げる彼女の口元に漆黒の風が集まって行き、瞬く間に一点に凝縮され漆黒の砲弾が出来上がった。ビー玉のように中で黒い風が渦巻いている砲弾だ。
それを見た宗介の目が驚愕に見開かれる。察したのだ、どう言う魔法か。
しかしそれを止める間もなく、黒い砲弾が打ち上げられた。ヒュルルルルル、と音を立てて昇っていくそれは頂点に達すると……一瞬で膨れ上がり花火のように炸裂する。
夜空が、漆黒に煌めいた。
『――――《崩天瓦解》。さあ人の子よ、凌いでみせるのじゃ!』
魔法名が謳われた。謳われてしまった。宗介やエリスの顔が苦虫を百匹程噛み潰したような物に変わり、【直感】で不味いモノを感じたフォルテも顔を青ざめていく。
「ソウスケ……!」
「婿殿、これはっ!」
「畜生! 空域制圧魔法とはやってくれたな!! 二人とも衝撃に備えろッ!!」
彼らがキャノピー越しに目の当たりにした光景。それは、大地を覆う漆黒の天蓋が落ちてくる姿だった。漆黒の砲弾が炸裂して放たれた無数の風弾が一斉に降り注いで来たのだ。
先程彼らを襲ったミサイルの雨とは比較にならない量。完全に“面”で迫ってくる。こんなもの避ける術が無い。
宗介は咄嗟に機首を持ち上げてドラグーンの頭を天へと向ける。出来るだけ被弾面積を減らそうという腹だろう。そのまま堕ちて来る天井に機関砲をばら撒きミサイルを放つ。迸る火線と白銀の長槍が風弾達と正面からしのぎを削り、夜空に全てを呑み込む炎の大輪を咲かせた。
しかし咲き誇った華の花弁は続く風弾によって孔だらけにされ、無残に散らされる。ならば次の標的はドラグーン及びそれに乗る宗介達だ。若干の誘導性も持った風弾が我先にと鋼鉄の飛竜へ飛び掛る。
鋭く眼を細め、先のミサイル達でこじ開けた僅かな隙間を捉える宗介。ギュルリと機体をロールさせて隙間を潜り抜ける。魔力の流れを“龍脈眼”で視ることで風弾の軌道を先読みし機体をずらす。一瞬だけ反重力場を発生させて風弾そのものを逸らす。再装填したミサイルを放ち爆発で空間ごと吹き飛ばす。ものの刹那にあらゆる手段を以って未曾有のピンチを耐え凌ぐ。
……が、無駄な足掻きと言わざるを得ない。
ついに避けきれず右主翼が捥がれた。ミスリルの装甲は非常に軽いが、強度はアダマンタイトのそれより遥かに劣るのだ。揚力が乱れて機体が激しくロールし、途端にコントロールの難易度が跳ね上がる。そうすれば連鎖的に風弾が装甲を抉り、尾翼が吹き飛びキャノピーが割れる。
そして遂には胴体部が貫かれ、重力操作機構やエンジンの魔力が暴走し大爆発を起こした。
装甲の破片が飛散し、辺り一帯に熱波が迸る。それを最後に風弾の猛攻が止んだ。辺りには途端に静寂が満ちる。
『ふむぅ……流石に耐え切れんかったか。呆気ないのぅ』
どこか残念そうな顔を浮かべる龍巫女。その時、
――――ッドォォンッッ!!
耳をつんざく轟音が鳴り響き、爆煙を貫いて漆黒の弾丸が迸った。三十ミリ程の尖った弾丸は天龍の鼻先で風に受け止められ、ギュルルルッと空回りして摩擦による白煙を上げる。
『ッ! あ、危ないのぅ』
「はっ、勝手に死んだことにすんじゃねえよ」
戦闘機の爆発によって生まれた煙が晴れたそこには、狙撃銃形態の“シュナイデン”を撃った宗介が佇んでいた。背中の翼に付いた六つのスラスターで宙に浮かびながら。傍には重力魔法で浮遊するエリスと、無属性の魔力による足場に立ち直刀を構えたフォルテも居る。勿論、三人とも無傷だ。
答えは、宗介の左手の甲に取り付けられた空間転移装置“アクシス”。これで緊急脱出したのである。と言っても、三人同時の空間転移は燃費が悪くほんの少ししか移動出来ないのだが。
『なんじゃ、生身でも飛べるのではないか。本当にお主、人間か?』
「さあな。個人的には人間でありたい所だが」
『ふん、まあ良いわ。それで? 鉄の飛竜を失ってまだやるかの?』
「当然!」
シュナイデンを仕舞った宗介の手に、二、三メートル長のミサイルが転送される。ドラグーンから離脱する際にエリスによって回収されたものだ。
宗介はそれを逆手に担いで腕が軋む程に引き絞ると……オリンピックの槍投げ顔負けの勢いで投擲した。
ゴーレムの剛腕によって螺旋の回転を乗せて投げ放たれたそれは、直後に後方から推進剤を噴出して更に加速。大気の壁を貫いて疾駆する。
『ふ、同じ攻撃では決して突破できぬぞ?』
「百も承知だ、エリス!」
「……んっ」
風の防壁を抜けないことは想定内。それがどうした? 同じ攻撃を放つ程、芸に乏しい彼ではない。故にミサイルは一直線に飛行しながら、その形を変形させて行く。宗介の隣で手を掲げるエリスが操っているのだ。
瞬く間に出来上がったのは、白銀に輝く馬上槍。より物理的な貫徹力を向上させた形状だ。先端の鋭さは今までの比ではない。
『っ、小癪な真似を!』
龍巫女は咄嗟に風の防壁を厚くする。その瞬間、マッハ三以上の速度で突き進むランスの穂先が深々と突き刺さった。
結果としては貫通こそしなかったものの、防壁の八割は貫く威力。大奮闘と言っても良いだろう。
『は、はっ! 惜しかったの! 妾の防壁、そう簡単には――――』
「これで終わりだと誰が言った?」
『ッ!?』
焦りを隠せない様子の龍巫女に、悪い笑みを浮かべる宗介。
瞬間、防壁の中に穂先をめり込ませたランスが爆発した。風の防壁はその深部から蹂躙され、リンゴを丸かじりしたような穴が空く。
言ってしまえば、別に直撃せずとも爆発させることは可能なのだ。元よりミサイルだって“ゴーレム”であるので。
それで留まることなく、宗介はいつのまにやら両肩に担いでいた二門のミサイルランチャー“ラーゼンローゼン”のトリガーを引いた。
『お、おのれっ』
解き放たれた十八発の小型ミサイルは、迎撃の風弾をヒラリヒラリと舞い踊る木の葉のように避けながら突き進み、そして薄くなった防壁を木っ端微塵に爆砕した。黒い風の幕に人間大の孔が穿たれる。文字通りの風穴だ。
勿論、孔を埋めようと漆黒の風が傷痕に殺到する。勿論それは想定内なので、宗介は次の一手を放つべく手を掲げた。すると、彼の背後に突如として巨大な影が現れる。
それは、飛竜の死骸を改造して創られた生体ゴーレム“バスカヴィル”が、機械の脚で迷彩塗装の重装戦車“VoS.03 Liger”を吊り下げていたが故の巨影だった。
ガコン……という重い音と共に、ライガーの主砲が照準を合わせる。
『な、なんじゃそれは……っ!?』
「“百二十ミリ滑腔砲”。精々必死に止めてみな」
あまりにも異形な二機の姿に目を剥く龍巫女。そんな彼女に向けて宗介が腕を振り下ろせば、徹甲榴砲弾が爆音を轟かせて主砲から飛び出した。
龍巫女は何とか風を寄せ集めて防壁の孔を埋めるも、強度が足りなかったのか僅かな抵抗を見せた後に貫通を許してしまう。咄嗟に顔をそらせば、一本角のすぐ側を砲弾が駆け抜けた。
「チッ、外したか。まぁ良いけどな」
『……っ! ええい、何なのじゃお主の武器はっ!』
ライガーを回収する内に風の防壁は元の姿を取り戻す。これで一先ずは振り出しに戻った訳だが、宗介は口元を悪そうにニヤケさせたままだ。
それは、勝ちを確信した表情。対照的に竜巫女の顔は不快気に染まる。
『……妾の防御を一度破った程度で、随分と不遜を見せるの? 主らを墜とす方法など幾らでもあるのじゃぞ?』
「なに、勝ち筋は見えたからな。次は墜としてやるよ」
『上等じゃ! ならば最後の競い合いと行こうかの!』
彼女の周りに、渦巻く漆黒の風槍が展開される。対する宗介は何処からともなく取り出した地の魔石を掲げた。同時、片手で一つの腕輪を放り渡しつつ傍のフォルテに声をかける。
「フォルテ、時間を稼げ。三十秒だ」
「む、無茶を言うね。相手は魔王軍幹部で、私は特筆する所の無い一騎士だぞ? ……多分、何機かおしゃかになるが、良いかい?」
「何機でも。どうせすぐに創り直せるし存分にやれ」
「ふ、承知したよ。騎士の本分、ご覧に入れよう」
そう言って恭しく礼をしつつ、腕輪を装備して龍巫女へと向き直るフォルテ。空中にて一歩前に出て直刀を取れば、虚空に現れた総勢十二の黒柩が彼女の周りを取り囲む。シールドビットのサイズは小さく見ようによっては頼りないが……これだけ集まれば壮観だ。
『一人残らず墜としてやるのじゃ! 矮小な者共よ、あの世で悔い改めるが良い!』
天を震撼させる咆哮と共に、風の槍が放たれた。
「ふっ!!」
シールドビットを引き連れ、虚空を踏み割って飛び出すフォルテ。刀身の背から炎を噴き出す漆黒の直刀、“機刃刀・壱ノ形【曉闇】”を振り抜けば、黒と赤の一閃が先陣の風槍を両断した。
しかし風槍はまだまだ残っている。故にフォルテは腕輪を着けた手を掲げ、無言のままシールドビットに命令を下す。
命令に従い下方の銃口を持ち上げたシールドビット達は、一斉に散弾やライフル弾をばら撒いた。迫ってくる風槍は半数程が“核”を撃ち抜かれて霧散していく。そうでなくとも気流が銃弾によって乱され威力を減衰させる。フォルテの背後に居る宗介達に届く頃にはそよ風だ。
『これならどうじゃっ!』
風槍の密度が上がった。その上天龍の口元には黒い球体が凝縮されていく。その魔法には見覚えがあった。塔の天辺ごと勇者達を吹き飛ばそうとした時の物だ。
「させんっ!!」
フォルテは更に一歩踏み込み、連続して槍を斬り払う。そして機械刀を斜め下に構えると、刀のブースター機構も利用して縮地もかくやと言うスピードで駆け出した。
迎撃の風槍は、姿勢を低くし左右へ揺れるようにして回避する。勿論、後方に手出しさせないようシールドビットで迎撃しながら。
それでも避けきれない風槍は、横合いからシールドビットが突撃しその身を呈してフォルテを守護する。グサリと貫かれた柩は、自爆することで辺りの槍をも吹き飛ばす。
赤い尾を引く流星と化したフォルテは龍巫女のすぐ側まで潜り込むと、一瞬腰と脚に力を溜め、
「はぁッ!!」
魔力の足場を砕いて跳び上がり炎を纏う直刀を斬り上げた。
『この程度で妾の防壁は斬れぬぞ!』
絶大な斬れ味によって中頃までパックリと開かれた風の幕。当然、即座に修復が始まるが……
「知っている!」
フォルテは空中で巧みに姿勢を変えると、サマーソルトキックを決めるように近場にあったシールドビットへと脚を引っ掛け、持ち上げる。そして身体強化を全開に、防壁の傷口へと叩き込んだ。
修復されていく傷口にめり込んだシールドビットは圧力に耐え切れず、大爆発を引き起こす。すると防壁は何時ぞやのように内側から蹂躙され、大孔を開けた。
明らかにミサイルばりの威力なのは、偶然にも――――否、狙って、手榴弾を大量に積み込んだ一機を蹴り込んだからだ。
そうして空いた孔に向かって、また別の一機が侵入。そのまま龍巫女の口元、ブレスの風球に神風特攻をお見舞いした。
『や、やりおったの貴様!!』
「ふっ、我が主への手出しはさせんよ」
得意気な顔を浮かべつつフォルテは風の槍を斬り払って離脱する。
当の宗介達は、爽やかな風の中ゴーレム創造の真っ最中だ。
「……ソウスケ、材料は」
「ドラグーンでいい。重力魔法で回収してるだろ? 奮闘してくれたんだから、どうせなら最後まで戦ってもらうさ」
「……ん。粋なはからい」
エリスが重力魔法のスパークを纏った手を掲げれば……彼らの周りに破壊された無残な戦闘機の残骸が集まり始めた。それは丁度一機分。さながら土星を取り巻く環のようだ。
その中央に佇む宗介は、コアとなる魔石を掲げながらニヤリと笑った。
「丁度、何処ぞの皇太子サマのお陰でインスピレーションが湧いてたんだ。さあ行くぞ――――《高速創造》ッ!!」
バヂヂッ!! とコアから鋭い閃光が迸り、銀の魔力が残骸の円環を覆った。残骸達はその場で形を変え、眩い光と共にコア及び宗介の右腕周りへと吸い寄せられて行く。
そうしてものの数秒で出来上がったのは、彼の右腕と一体化するような巨大な兵器。
……見た目は、三つの円筒を連ねた太いランスのよう。チェスの“ルーク”に近い。それをより長くしたような、三、四メートル程度の円柱型だ。
しかしやたらと機械的。X字にウイングが取り付けられたシールド兼ナックルガードが防御する腕の傍には、明らかにドラグーンのそれを使い回したのだろう一対のジェットエンジンが取り付けられている。
そして何よりも特徴的なのは、三段に分離した円筒全てにびっしりと刻まれた螺旋状の溝だろう。
ゴテゴテしたその機械の逸物は、正しく――――
「漢のロマンと言ったら、やっぱりこいつは捨て置けねぇよな」
「……?」
多段回転式掘削槍。
風の防壁を崩す為に宗介が創ったのは、そう呼ばれるモノだった。
見るからに凶悪なフォルムをした白銀のドリルを全面に構える宗介。同時、三段式の円筒がけたたましい駆動音と共に猛回転を始め、二発のジェットエンジンが唸りを上げる。
「っ!? な、何なのだそれは……」
時間稼ぎが終わり一目散に戻ってきたフォルテが、ドリルを見るや否やドン引きしたような第一声を放つ。彼女の後を追うように風の槍が飛来するが、宗介がドリルで打ち払った。
「二人は下がっててくれ。フォルテには後でもう一働きしてもらうから、頼む」
「……ん、わかった」
「ま、任されたが……恐ろしいまでの力押しをするつもりではないのか……?」
じとっとした目を向けてくるフォルテに、口角を吊り上げて笑うことで答える宗介。背の翼を展開しスラスターに点火する。
「さあ、正面突破だ!!」
そして後ろの二人が退避用のバスカヴィルに飛び乗るのを確認すると、前に構えたドリルのジェットエンジンと翼のスラスターから火を噴き、音を抜き去る轟音と共に突進した。
『墜ちるのじゃ!!』
龍巫女は猛進してくる宗介に向けて口を開き、ソニックブラストを放つ。
一直線に駆け抜ける衝撃波。射線上の尽くを粉砕する竜巻。
全て、宗介の構えるドリルと正面からせめぎ合い、掘削されて放射状に散らされて行く。宗介はただ一心に、歯を食いしばって竜巻の中を突き進む。
『何じゃと!? ええい、まだまだじゃ!』
ソニックブラストの勢いがより一層強くなり、黒さが増す。“隷属の刻印”を源泉とする“闇の魔力”の濃度が上がったのだ。
しかし宗介の勢いが衰えることはない。竜巻を削るドリルは透明な魔力の膜を纏い――――魔力障壁展開装置“アイギス”によって無属性の魔力をコーティングされ、尚も止まらず正面から掘削を続ける。
「ぉぉおおおおっ!!!!」
いつの間にやら叫び声を上げる宗介。漆黒の暴風を四方に散らし、貫き穿ち、そして遂には龍巫女を護る風の防壁まで到達した。
さあ、ここからがドリルの真骨頂。黒い暴風の幕が見る見る内に掘削されていく。
『お主、それは……ッ!!』
驚愕に見開かれる天龍の金眼に、ニヤリと嗤う宗介。
龍巫女の防壁は、確かに絶対的だ。流石は心臓ブチ抜かれても死なない不老不死の吸血鬼や、神にも等しい大精霊に並び立つだけあるだろう。
だが所詮は“風”。ミサイルを喰らえば孔は空くし吹き散らされることもある。その上、物理攻撃を受け止める程に高密度の大気を再構成するには相応の時間がかかる筈。一瞬で修復できるなら、ライガーの主砲だって受け止められた筈だ。
である以上……
「連鎖的、多段的な“掘削”には耐えられないだろッ!!」
風の防壁を真正面からの暴力で以って削り散らして行く宗介。
やがてドリルの先端が、目の前に見据えている防壁の魔法核へと肉薄し……粉砕した。
『な――――ッ!?』
風の防壁が一挙に霧散する。ここに龍巫女を護る結界は打ち砕かれた。
せめてもと、身体を捻ってドリル本体を躱す龍巫女。宗介はジェットエンジンの勢いそのままにすれ違い、慣性で滑りつつ反転しながら満を持して声を上げる。
「フォルテ!! こいつの角を斬り落とせッ!!」
「承知した!」
掘削しながら頭の片隅で操り、超上空に飛ばしていたバスカヴィルの背から、一つの人影が颯爽と飛び降りた。風になびく金のポニーテールと、上段に構えられた赤と黒の直刀が月光に煌めく。
『おのれ舐めおって! この程度すぐに直してッ!?』
ドパァンッ!!
再度風の防壁を張ろうとする龍巫女の傍を、鋭い発砲音と共に一筋の火線が駆け抜けた。展開されかけていた結界魔法の核が、一瞬で粉砕される。
火線の出元には、左手で大口径のハンドガン“シュトラーフェⅡ”を構え不敵に嗤う宗介の姿が。
「二度と張らせねえよ」
『ッ、貴様……!』
悔しそうに歯噛みする龍巫女。ならばプライドを捨てて逃げ出そうとするが、また五度の発砲音が鳴り響き、火線が迸る。すると途端に龍巫女の動きがギシリと止まった。
『これ、はっ! 身体が……っ』
纏わり付くのは煌びやかな黒の波紋。宗介によって放たれた五発の弾丸が、すれ違い様にばら撒いておいた重力場展開手榴弾を撃ち抜いたのだ。
だが、相手は天龍。多少身体に重圧がかかろうと動く程度は容易いだろう。それでも彼女が動けないのは……
「……少し、大人しくして」
上空を飛ぶバスカヴィルの首元に腰掛けたエリスのお陰。
龍巫女は今頃、グルグルとめまぐるしく移り変わる超重力と無重力による問答無用の蹂躙を受けている筈だ。動ける筈が無い。
そうなってしまっては、もはやフォルテの剣を避ける術が無かった。
降ってくるフォルテが上段で構えた漆黒の直刀に、ヴゥゥン……と赤い炎のラインが刻まれる。刀身の背で紅蓮が燻る。
狙うは、額の一本角。禍々しい紫の紋様が刻まれた龍の象徴。
「龍巫女、覚悟ッ!!」
『おのれ、おのれおのれおのれぇっ!! この妾が、この妾がっ! 人間共如きにいいぃぃっ!!』
――――斬ッ!!
黒と赤の剣閃が迸り、細長いナニカが飛んだ。
それは禍々しい“もや”を散らしながら地上へと落ちていく。
同時、龍巫女の全身からも黒い魔力が抜け落ち、元の美しい翠銀色の輝きを取り戻した。
『ぁ――――』
そしてグラリと巨体が揺れると、目を丸くしたまま気絶した龍巫女は、一足先に地上へと消えた一本角の後を追うように、自らも墜ちていった。
後に残るのは全身の装甲に擦り傷をつけた宗介と、無音で魔力の足場に降り立ったフォルテのみ。
ふふんっ、と満足気な顔をするフォルテに、宗介はサムズアップで答える。
「どうだ婿殿、私は役に立てたか?」
「ああ、バッチリだよ。これ以上無い活躍だった」
「ふ、ふふ。そうか、そうだろう? うむ、役に立てたのならば騎士としても本望だよ」
少しはにかみウンウンと頷くフォルテ。その表情は晴れやかだ。どうやら力を認めてもらえたことが嬉しかったらしい。宗介も思わず頬が緩む。
そこに、バサァッという大きな羽ばたきと共に半サイボーグの飛竜バスカヴィルが舞い降りてきた。首の付け根にはエリスがゆったりと腰掛けている。
「……ソウスケ、おつかれさま」
「おう。エリスも、殆ど戦えない空で振り回して悪かったな」
「ん……ソウスケはいつも無茶ばかりだから、慣れてる。問題ない」
「お、おう。今度埋め合わせするよ……」
「わ、私には労いの言葉は無いのか?」
宗介の右腕に装備されたままのドリルを指輪に仕舞いながら、小さく微笑むエリス。ここぞとばかりに主張するフォルテ。宗介は颯爽とバスカヴィルの背に飛び乗り、はやる気持ちにウズウズしながらフォルテを急かした。
「何してんだ、さっさと乗れ。早く幼馴染とクラスメイトの安否を確認しに向かいたいんだよ」
「……急いで」
「ああ、そう言えばそうだったね」
そう。彼にとって龍巫女の撃破は、あくまでも幼馴染との再会のついでに過ぎない。宗介にとってはこれからが本番なのだ。
果たして悠斗と葵は無事だろうか。果たして生きていたのを知ったら驚くだろうか。髪の色や身体は変わってしまったが気付いてくれるだろうか。奈落の底に落ちてからの話をしたらどんな反応をするだろうか。
そんな事を考えながら、宗介は急ぎ気味にバスカヴィルを駆り、夜空にポツリと佇む古塔の頂上へと向かうのだった。




