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五二 空戦

 夜空を大きく旋回しつつ駆け抜ける白銀の“戦闘機”。それの先頭部分に据えられた、無駄な計器類が削ぎ落とされた極シンプルなコックピットのシートに腰掛ける宗介は、首だけ横へと向けて、星空を舞う天龍こと“龍巫女”をマジマジと観察する。


「さて、大技っぽいのは止めてみたけども……」

「……もうすこしで、あたり一帯消し飛んでた」

「うへぇ、マジかよ。魔力感じて直ぐに飛び出して正解だったな」

「うぷ……ちょっと、色々と説明して欲しのだが……っ」


 例の如く器用に腕の間に収まるエリスと、それを片手で支えてやりつつ彼女の邪魔にならない絶妙な位置に取り付けた操縦桿を握る宗介。彼らの後ろ、タンデムシートに座るフォルテは顔を青ざめ、今にも吐きそうにしている。音速で飛行する未知の乗り物に慣れていないようだ。まぁ、初体験な上に生身のままでこれだけ耐えているのだから流石だが。


 ――――多目的戦闘攻撃用飛行型ゴーレム“VoS.04 Dragoon(ドラグーン)”。


 これは、宗介が創造したゴーレム達の中でも傑作中の傑作、現有技術の全てを凝縮した自慢の一機だ。


 全長二十二メートル。最高速度は音速の倍と少し、時速二千六百キロメートル。見た目は一個の楔のように尖っており、極めてスマートな印象を受ける。装甲はミスリル製なので防御力にこそ難が残るが、サイズに対して非常に軽量だ。


 特徴はやはり、合計で八枚にも及ぶブレードのような三角形のウイング達だろう。コックピットのすぐ横に伸びる一対のカナード翼と、一際大きい可変後退翼。そして上下二枚ずつ計四枚の全遊動式斜め尾翼である。どれも鋭角に尖っており、戦闘機としては過剰なまでの攻撃的さが見て取れる。


 勿論、大空を我が物とするならこれだけでは足りない。と言うより、そもそも宗介は航空力学などサッパリだ。ともすれば飛行機を飛ばすなど不可能に近い筈だが……地球上には存在しないミスリルという金属によって可能となった機体の超軽量化に加え、炎の魔力という膨大なエネルギーを燃料とした規格外の超出力双発ジェットエンジンの搭載、更にダメ押しとばかりに内蔵した重力操作機構により機体そのものから“重力”の枷を外すという、ファンタジー故の荒技三つを組み合わせることで、超音速の飛行を実現したのであった。


 龍巫女のブレスを爆炎を以って阻止したのは、当然ながらこの機体。正確にはドラグーンが放ったミサイルだ。


 と言うのも、五十階の大蛇と相対した宗介は、その直後に膨大な魔力の反応を察知した。塔の外から扉を通じて異空間の内部にまで浸透してくるような光の魔力の本流……そう、悠斗の【乾坤一擲】によって生み出された魔力である。


 しかしその直後、彼の“龍脈眼”は悠斗の魔力をも喰らい尽くす程に強大で濃厚な翠色の嵐、龍巫女の魔力を捉えたのだ。しかも光の魔力は入れ替わるようにパッタリと止んでしまう。これは不味いと判断した宗介は、力技で中ボスを突破し、そのまま大空に飛び出してドラグーンに乗り込んだ。


 そうして一直線に頂上へと向かえば、幼馴染の片割れはボロボロ、見覚えのあるクラスメイト達は地に伏して動かないという、それはもう凄絶な光景が広がっているではないか。


 そして、恐らくその光景を作り出したのであろう龍の方を見てみれば、今まさに最後の一撃を放とうとしていたので、とりあえずミサイルで阻止してみた。と、そう言う訳である。


「とりあえず勇者は全員無事、と。奇跡だなこりゃ」


 【感覚共有】の重ね掛けで塔の頂上を見回した宗介は、ホッとしたように息を吐く。


 半壊状態のそこには、ファンタジー世界にあるまじき兵器に度肝を抜かれて唖然としている幼馴染二人姿があり、二人の親友である周防や槍水、そしてまた別のクラスメイト二人が倒れている。悠斗と葵は元より、倒れている四人からは“龍脈眼”によって循環する魔力を見て取れるので辛うじて息はあるらしい。


 息があるならば死ぬことは無い。なにせ直ぐ側には世界最高の“薬師”が居るのだ。蘇生のポーションを製作できる葵の力があれば、彼らを治療することは容易いだろう。


 しかしそれには、決して少なくない時間が必要となる。ならばどうにかして龍巫女の気を惹き、勇者達が身体を癒すだけの隙を作らねばなるまい。


 そう判断した宗介は、口元に薄らと笑みを浮かべ、操縦桿を握る義手に力を込めた。その手に、エリスの小さな白い手が重ねられる。


「それじゃあ一丁、どこまでやれるか試してみようか。行くぞエリス!」

「んっ!」


 そう言うや否や、二人は操縦桿を勢い良く引き倒す。機体全体にエリスの膨大な魔力が供給され機内外問わずSFチックな光の導線が刻まれると同時、ドラグーンのランスのように尖った機首が龍巫女へと向けられた。


 浅黒い鱗と翠銀の飛膜で覆われた天龍を真正面に見据える鋼の飛竜。宗介が浅くペダルを踏み込めば、次の瞬間には後部のジェットエンジンが轟と唸りを上げる。


「ぐぅっ……! ちょっ、これ、不味い……っ」

「俺の背中にリバースしたら機体の外に放り出すからな!」

「ぜ、善処しよ……うぷっ」


 急激な軌道変更と加速に口元を押さえるフォルテ。エンジン音に打ち消されないよう、宗介は大声で念押ししておく。


 一応、重力操作機構により搭乗員にかかる重力方向は一定にされているので、急挙動時のGは少ない筈だ。それでもやはり、標高ウン千メートルの中を謎の技術で飛んでいるという状況そのものが問題なのだろう。彼女の顔は非常に辛そうだ。


 ……まぁ、だからと言って何かする訳でもないのだが。


「舌噛むなよっ!」


 宗介は後ろのフォルテが身体強化も行使し始めたのを確認すると、猛然とアフターバーナーを吹かし、真っ直ぐ龍巫女の元へとドラグーンを駆る。状況を理解できていないのか、黄金の瞳でジッと見つめてくる龍巫女の元へと。


 時速はものの数瞬の内に千二百キロメートル、音速に到達。そのまま大気の壁を轟音と同時に突き破り、後方にソニックブームを迸らせて疾駆する。その速度は絶大の一言であり、文字通り瞬く間に彼我の距離はゼロとなった。


 そうして、神速の飛翔体に唖然とする天龍の顔面に突き刺さる直前――――クルリとロールしてすれ違う。


 上下が反転した世界で龍巫女の顔を見上げた宗介は、その一瞬だけニヤリと口の端を吊り上げた。


「さあ、ドッグファイトと行こうぜ」

『ッ!!』


 すれ違ったのはコンマ単位の刹那。彼の呟きが聞こえたのか否か、金の瞳孔を細め顔面を逸らすことで正面衝突を避けた龍巫女を尻目に、宗介は楽しそうに頬を緩めながらドラグーンの機首を上に向けて高度を上げていく。


 ――――奴が龍であると言うならば、きっと見えた筈だ。鋼鉄の飛竜の頭部に座る自分が。天空の覇者たる天龍の“上”を取り、挑発するように嗤う姿が。高度何千メートルという天空を舞い獲物を探すドラゴンは、総じて目がいいものである。


 その証拠に、後方で暴風が吹き荒れた。


『成る程、人の子が妾の領域で勝負を挑むか! 良いじゃろう、乗ったぞ! この妾の上を取った事、翼をへし折って後悔させてやッ――――!?』


 直後、龍巫女は爆炎に包まれた。原因は宗介がすれ違う直前にさり気なく投下した爆弾だ。背後で炸裂した花火の美しさに酔いしれながら、宗介はフンと侮蔑するように鼻を鳴らす。


「四の五の言わずにかかってこいっての」

「え、えげつないな、婿殿……うぷ」

「どうせアレは無傷だ、問題無い」


 彼の言う通り爆炎はやはり一瞬で吹き払われ、風の防壁のお陰で無傷の天龍が姿を現した。龍巫女が誇る風の絶対防壁、今し方の爆弾で突破出来ない事くらいは想定内である。


『全く面白い輩じゃの! その生意気な翼へし折ってやるのじゃ!』


 甲高い咆哮が戦闘機の轟音をも打ち消して黒天に轟く。龍巫女は一瞬力を溜めると、円錐形の衝撃波と共に飛び出した。その衝撃波は即ち、初速からして音速に到達した証拠だ。片手で数えられる程度の時間で彼と彼女の距離が縮まる。


 ならばこれより始まるは、音速世界のドッグファイト。


 天龍の驚異的な機動力に、しかし「上等だ」と不敵な笑みを浮かべる宗介。ガコンッと操縦桿を引けば、八枚の鋭角翼とエンジンの推力偏向ノズルが自在に角度を変え、主翼から二筋の雲糸を棚引かせながら百八十度急速旋回を決めた。インメルマンターンと言うのが近いか。


 ともすれば、視界から一瞬にして姿を消したようにも見えただろう。しかし天龍は長い身体全体を捻り曲げて舵を取り、乱気流の中を泳ぐように追随してくる。自由に曲げられる龍の身体を上手く活かした挙動、天龍の名は伊達ではない。


『墜ちるのじゃ!』


 ピタリとドラグーンの後ろに張り着き咆哮を上げる龍巫女。その瞬間、彼女の周りに渦巻く嵐風の槍が展開された。一度風となった魔力は既に不可視であり、その数は計り知れない。


 そして一拍の後、風の槍が一斉に放たれた。


「甘ぇよ!」


 宗介はその不可視の槍を肩越しに確認すると、鋼の機体を右に左にロールさせ、そしてジグザグと滑るように飛行することで尽くを回避する。装甲を掠めるギリギリの回避だ。


『んなっ、視えておるのかっ!?』


 後ろを飛ぶ龍巫女が驚愕の声を上げる。よもや、宗介が“龍脈眼”を保持しており全ての魔力を見通すことができるなど、思いもよらなかったのだろう。


 宗介は知ったことかと操縦桿を引く。主の命を受けたドラグーンは、龍巫女の後ろを取るべく円弧を描いてループを決めた。


『おのれっ』


 勿論龍巫女も、後ろは取らせまいと後を追う。両者は夜空に翠と銀の煌びやかな二重螺旋を描きつつ、終わらない尻の取り合いを繰り広げ始めた。


 それはさながら航空ショーのようだ。互いに一歩も譲らず、一定の距離を保って旋回しながら天へと昇る曲芸飛行。それを決めるのは銀翼の鋼竜と翠光の天龍。観客は……塔の頂上という特等席に居る勇者達か。


 しかしそれも、やがては終わりに近づいていく。急挙動に激しく揺れる機体の中、宗介は小さく舌打ちした。


「チッ、やっぱり旋回半径じゃ勝てないな」

「……仕方ない」

「うぷ……こ、このままでは不味いのでは、ないか……?」


 単純な能力の差だ。翼やジェット推進の角度を調節することでしか曲がれない戦闘機と、蛇のように身体がしなる龍。どちらがより空での小回りが効くかと言えば、答えは明白だろう。本気を出さねば一瞬で文字通りに食らいつかれてしまう。


 そう、本気を出さねば。


『この程度か人の子よ! 次で貰うぞ!』

「いいや、ここからが本番だ」


 風の槍を展開し大口を開けて吼える天龍を尻目に、宗介はおもむろに傍のレバーを引く。


 その瞬間、ジェットエンジンの轟音に金属を引っ掻くような騒音が混じり、黒いスパークの波紋が広がった。


 反重力場の展開。コックピットに内蔵された特性チューンの重力操作機構“フライハイト”により、現代の戦闘機ではバラバラに自壊してしまうような超高G挙動を可能にする機能である。


 何事かと目を剥く龍巫女。それを尻目に、スパークを纏った戦闘機は後部エンジンの偏向ノズルをほぼ垂直方向に傾けると、満を持してアフターバーナーを点火。


「しっかり掴まってろ、よ!」


 ゴォウッッ!!!!


 強烈な加速と共に重力の方向を捻じ曲げ――――残像と蒼い三角形の軌跡を残して回り込んだ。


『ッ、何じゃそれはっ!』


 超音速下で披露された冗談のような極小半径の旋回。旋回方向へと段階的に“落ちる”ことで実現した連続鋭角ターンには、航空力学もたじたじ。天空の覇者も驚愕を隠せないようだ。


 龍巫女は何とか撒こうと目まぐるしく蛇行し、急加速しては急制動をかけ、果てはバレルロールやループも決めてみるが、稲妻のような二条の彗星を引く戦闘機が後ろから離れることは無い。


「む、婿殿っ! 死ぬ、これは冗談抜きで死んでしまうっ! 少しは加減を……うぐっ」

「……煩い、少し黙ってて」

「死にはしねえよ!」


 流石にGを緩和し切れずにガクンガクンと機体が揺れ、狭いコックピット内がカオスに染まる。と言っても宗介及びエリスは自身にかかる重力を操れるので、耐え切れずに胃の内容物を戻しそうになっているのはフォルテだけだが。


 そんな中全力で龍巫女の後ろに食らい付く宗介は、龍の巨体を真っ直ぐ前方に捉えると、操縦桿に取り付けられた搭載武装用のトリガーを引いた。


 その瞬間、


 ドルルルルルッ、ドゥルルルルルッ!!


 機体に内蔵された二門の航空機関砲、特製に創り直したガトリングガン“シュヴァルツェアレーゲン”が唸りを上げた。


 二門合わせて毎分一万二千発の勢いで放たれたのは、三十ミリの攘夷徹甲弾。戦車の装甲すら貫き内側から地獄の業火で焼き尽くす魔弾の大群が、龍巫女の暴風結界を突き抜け紅蓮の牙を剥く。


『ぐぅッ……! おのれ珍妙な武器を!』


 これは堪らないと、バレルロールしながら猛加速し大きく離脱する龍巫女。


 いくら風の防壁で威力が大きく減衰してしまっても、元より貫通特化の徹甲弾だ。炎を纏った弾頭はガリガリと黒褐色の鱗を削っていた。それでも致命傷には至らないだけ、流石と言った所だが。


「逃がさねえよ」


 宗介は凄まじい勢いで遠ざかって行く天龍を目視で捉えると、操縦桿の天辺に取り付けられたボタンを押す。その瞬間、機体下部吸気口(エアインテーク)の間にあるウェポンベイが開き、二発の誘導ミサイルが放たれた。


 十字の安定翼が取り付けられた銀色の長槍はバシュゥゥッ!! と白煙と炎の尾を引きながら、宗介の視覚情報を頼りに龍巫女の後を追う。その光景はまるで夜空に煌めく彗星のようだ。


『先程の攻撃かっ』


 ブレスを阻止された時の物だと気付いたのだろう。龍巫女は咄嗟に急制動をかけて身を捻り、刹那の間に肉薄してきていたミサイルを躱した。今し方の機関砲によって蜂の巣にされた防壁では受け止め切れないと判断したのだ。


 その判断は果たして吉と出るか、凶と出るか。


 言うまでもない。凶だ。


 鱗を掠めて通り過ぎて行った二発のミサイル。そのまま何十メートルも距離が空き、推進剤の炎が消えてしまったと思ったら……黒いスパークをバチバチッ! と迸らせクルリと方向転換、再度火を吹いて龍巫女へと疾走する。


『なっ、何じゃそれはぁっ!?』


 反則染みたその挙動。原因は、コックピットの中でミサイルの方へと手を伸ばしているエリスだ。話は単純、射出すると同時に重力魔法による制御下に置いただけ。しかしその効果は見ての通り絶大である。エリスの魔法による操作と宗介による【遠隔操作】が合わされば、先程のような馬鹿げた挙動も可能になるのだ。


「流石はエリス。もう二発行くぞ、頼んだ」

「ん……頼まれた」


 宗介の腕の中でエリスが小さく頷くと同時、指輪の異空間収納から再装填されたミサイルが轟音と共に放たれた。


 重力から解き放たれ、白煙と炎の尾を引いて夜空を駆ける巨大な投擲槍。計四本。


 携行兵器である“ラーゼンローゼン”のモノとは比較にもならない程のエネルギーを内包したミサイルが、文字通り四方から龍巫女へと襲いかかる!


「避けれるもんなら避けてみな」

「……墜ちろ、カトンボ」

『ええい、馬鹿げておるぞお主ら!』


 龍巫女は、彼方を飛ぶ戦闘機のコックピットで不敵に嗤う二人に毒突きつつ、不可視の槍を飛ばして未知の兵器を迎撃を試みる。が、宗介が“龍脈眼”でハイライトして視認している以上一発たりとも当たりはしない。掠めるくらいにギリギリの所で躱し、そのまま迫って行く。


 四方は取り囲まれたとなれば、もはや逃げ場は一つだけ。そう、上だ。


『ええい……! 止むなしじゃ!』


 鋭い牙を剥き出しにして歯噛みする龍巫女は悔しそうに天を仰ぐと、ミサイル達が直撃するその寸前、無拍子とも言うべき速度で飛び出した。勿論ミサイルも、クルリと方向転換して後を追う。


 天空の覇者が人間如きに翻弄されるという、およそ想像し得る限りの屈辱に顔を歪ませ星空へと昇る天龍。されど、翠の流星が螺旋を描きながら四つの小さな流星を引き連れて駆け昇って行く姿は、ただ美しい。観客である勇者達も、きっと塔の頂上でその煌びやかな光景に呑まれている事だろう。


 “逆”流星群はそのまま中層の雲へと突き刺さり、夜の黒い雲を淡くライトアップしながら尚も進む。


 進み、進み、どんどん進み――――そしてあっという間に雲のトンネルを突き抜ける。


 が、


「疎かだったな?」

『ッ!!』


 そこには既に、ドラグーンが回り込んでいた。


 当然だ。こうなることが分かっていてそこを突かない程、宗介はお人好しではないのだ。


 翼を畳んで空気抵抗を減らし、アフターバーナーを最大出力で吹かしたドラグーン最高速度は、マッハ二強の時速二千六百キロメートル。巨体のせいで音速程度(・・)しか出せないウスノロの前に先回りするくらい、訳は無い。


「もう一つ追加だ、受け取ってくれ」


 そう言ってキャノピー越しにニヤリと笑い、次の瞬間にはマッハ二強でその場を離脱する宗介。


 呟きはきっと、ガラスと暴風、ジェットエンジンの轟音に掻き消されて聞こえなかっただろう。されど龍巫女は、強烈なソニックブームに姿勢を崩されながら「やられた!」と顔を歪めた。


 悔しさのあまり判断力を鈍らせてしまったのが運の尽き。しかし、悔やんだ所で後の祭り。


 下方から迫るミサイル群と斜め上空から降り注ぐ爆弾の雨が、真紅の爆炎で天龍を呑み込んだ。


「たーまやー、とでも言っておこうか」


 満天の星空に咲く大輪の華に、宗介はドラグーンを大きく旋回させつつ感嘆の息を漏らす。


 炎を纏いながら落ちて消えていく破片は、正に花火の如し。一瞬だけ咲き誇り儚く散る様には物悲しさすら覚える程だ。


「うぷ……死ぬかと思ったよ……。しかし、流石の龍巫女と言えど今のは耐えられないだろうね」

「音速世界に慣れたのは良いが、早々にフラグを立てるような発言をするんじゃねえよ」


 横目でフォルテに抗議の視線を送る宗介。


 ともあれ、塔の頂上に居る勇者達が回復するだけの時間は稼げただろう。チラリとそちらの方を見やれば、距離的に豆粒のようにしか見えないものの、六人とも重症状態から復活し呆然と見上げてきている。彼らが、コックピットに乗る自分を視認しそして正体に気付いたかは定かではないが、“ドッキリ”は半ば成功だなと内心でほくそ笑む。


 後は、龍巫女を下して彼らの前に降りたてばそれで終わり。晴れて再会することが出来るという寸法だ。はやる気持ちに心が踊る。そんな内心を悟ったエリスは若干微笑ましそうに頬を緩めると、彼の顔を見上げて操縦桿を握る義手に手を添えた。


「……ソウスケ。楽しみなのは分かるけど……もう少しだけ我慢」

「分かってるって。先ずはアイツとの戦闘を終わらせねえとな」

「あ、あれで終わっていないと言うのか?」

「多分な。仮にも魔王軍幹部を任されてんだ、あの程度で落ちるタマじゃないだろ」


 フォルテの疑問に淡々と返しつつ、花火の跡に目をやる宗介。


 龍巫女の力が弱まっているのか、やっと黒い爆煙が風に吹き払われ始めたそこには……やはり天龍の姿があった。


 黒褐色の鱗は一部が焦げ、もしくは煤に覆われて艶を失っており、翠が混じった銀色の飛膜は所々が焼け落ちて見るも無残な姿だ。“龍脈眼”が示す魔力も微かなもの。黄金の瞳は焦点が合っておらず生気というものが欠如している。


 いや、ドラグーンの最大火力を叩き込まれて尚も墜ちないのだから、ともすれば称賛にも値するだろう。宗介も「耐えられるだろうな」程度には考えていたが、それでも内心は驚いているのだ。


 満身創痍の龍巫女は、やがて、途切れ途切れに言葉を紡ぐ。


『……ここまでやられたのは、初めてじゃ。まこと強いのぅ、人の子よ……。矮小な者共だと、油断しておったわ……』


 微かな風に彼女の身体を飾る飛膜が揺れる。焼け焦げてもなお、その姿は悠然として美しい。単に動くだけの気力がないだけかもしれないが。


『いや、しかし、愉しかった……。久方振りの感覚じゃ……。強者たる妾に並び立つ……いや、その上を行く強者との闘争が、これ程までに心躍るとはのぅ……。じゃからこそ、この闘争、ここで終わらせる訳にはいかぬ』


 生まれた時点で他種族とは一線を画する存在である龍族。その姫君となれば、それはもう強かったことだろう。それこそ、“不老不死”のエリスや“大精霊”であるヘリオス等、絶対強者と言うべき者が選ばれる魔王軍幹部の一角として見初められる程に。


 途端、凪いでいた風が再び巻き起こる。


 “龍脈眼”を持つ宗介はその風……翠色の魔力に、僅かながら黒い魔力(・・・・)が混じっているのを見逃さなかった。何処か見覚えのある、その禍々しい色は……。


『仕切り直しじゃ。次こそ、真の本気で相手をしてやろう――――“ウラノス”よ! そして“悪魔”よ! 妾に力を、あの者共を墜とすことが出来るだけの力を寄越すのじゃ!!』


 考察する間も無く、天龍が天地を震撼させるような咆哮を上げた。


 その叫び声に呼応するかの如く、彼女の一本角に怪しい紫の紋様が浮かび上がり、翠銀色の飛膜が紫色と黒色に染まり、漆黒の暴風が吹き荒れる。


 竜巻とかハリケーンとか、もはやそんな言葉で表せるのかも怪しい程に強烈な風は、遠く離れたドラグーンをも乱気流に呑み込み揺さぶる勢いだ。勿論墜ちはしないが、宗介は少し苦い顔を浮かべた。


「第三形態、ってところか? 第一形態は見てないけども」

「……ん、ミラの本気。間違いない」

「む、婿殿。何だか嫌なビジョンしか視えないのだが……」

「泣き言抜かすな。予想以上ではあるが、想定はしてたんだ。やることは変わんねえよ」


 いつの間にやら魔力を元の水準まで回復させた……いや、それ以上にまで膨れ上がらせた天龍を見据える宗介。


 吹きすさぶ黒い狂風。その中央にドス黒いオーラを纏って佇むのは魔王軍幹部が一角、“龍巫女”ミラ・ウィード・アルサーフィ。最強を謳う龍族の姫君。


『――――さぁ征くぞ! 妾の全力を以って、お主らを大空の塵にしてやるのじゃ!』


 額の一本角に“隷属の刻印”を輝かせ、大空の覇者は再び天へと舞い上がった。

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