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五一 龍巫女

 時は少し遡り――――天空の塔九十九階。


 体育館よりも一回り大きい程度の岩窟に、激しい戦闘音が鳴り響いていた。


 異空間全体を震動させるような衝撃波が迸り、煌めいた剣閃が岸壁を斬り裂く。炎の礫が薄暗い洞窟を鮮やかに照らしたと思ったら、水のレーザーが地面を抉る。真っ赤な血飛沫が舞い、断末魔が木霊する。


 そんな熾烈極まりない戦いを繰り広げているのは、五十階の“大蛇(オロチ)”と同じ大迷宮のガーディアンである“九頭竜(ヒュドラ)”と、天谷悠斗をリーダーとする勇者グループ達だ。


 そんな両者による激しい戦闘も、いよいよ佳境に入る。


「はぁぁああっ!!」


 裂昂の掛け声と共に光を纏った聖剣を振るう悠斗。黄金の光刃は毒々しい紫の鱗に包まれた首の一本にめり込み、スッパリと斬り飛ばした。残った八本の首は苦悶の声を上げる。ヒュドラと言えば斬っても斬っても再生する首が特徴の強力な魔物だが、しかしどれだけ経っても今し方落とされた首は復活しない。断面が光の魔力で灼かれたからだ。ヒュドラとしてもこれは想定外だったのか、目に見えて動きに焦りの色が混じり始めた。


「皆、このまま畳み掛けるよ!」


 怒りのままに襲いかかってくる八つの首をいなしながら、悠斗は同じく戦っている仲間達に号令を飛ばす。勇者達は静かに目配せして頷き合い、決着を付けにかかる。


「だ、大地よっ、《サルコファガス》!」


 まずは先陣を切るように、岩井光田が手を掲げて魔法を行使した。途端、ヒュドラの足元が意思を持っているように蠢き、巨体を支える四足を絡め取った。


 触手を伸ばした地面はピキピキと硬質化し、強力な枷となって捕縛対象の自由を奪っていく。勿論、ヒュドラは逃れようと必死にもがくが……


「逃がさねえっての!!」

「ルギャッ!?」


 ドッグォォッッ!!


 その背中に、周防将大が絶大な威力の踵落としを叩き込んだ。身体強化と全体重を一点に乗せた一撃だ。えげつない音と共に巨体の背中が逆“く”の字に折れ、石の触手達の中に沈んだ。触手達は残る八つの首へと魔手を絡ませ、頑強な石枷を形成する。仮にも“勇者”である岩井の魔法、いかに魔物の中でも一際強力な亜竜種と言えど簡単には破壊できまい。


 悔しそうに唸り声を上げて敵を睨みつけるヒュドラの頭達。哀れ、もはや身動き一つ取れない状況だ。そこに追い打ちをかけるように、槍水瑠美が魔法を放つ。


「存分に喰らいなさい――――《蒼龍穿・ 七星陣》」


 虚空に生まれ出でた七つの水球。それらは瞬く間に様々な種類の長柄武器(ポールウェポン)となり、高圧水流の刃を以って、残るヒュドラの首の内七本を貫いた。丁度、地面に縫い付ける形だ。


 一本だけ残ってしまったが、それはまぁ、どうとでもなるだろう。槍水は次の一手の合図を飛ばす。


「凛、今よっ」

「んふふ~~、まっかせなさい! 地獄の業焔よ、今此処に真紅の狂気を以て顕現せよ、全てを呑み込み灼き尽くせ! 《スカーレットフレア》!!」


 宝石の付いた杖をバトンのようにクルクルと回し、緋山凛が詠唱を紡ぐ。呼応するようにヒュドラの足元で赤い魔法陣が輝き……瞬間、真っ赤な火柱が轟音と共に噴き上がった。それはさながら火山の噴火か赤い竜巻の如く。自然の脅威をそのまま具現化したような紅蓮の渦は、ヒュドラの巨体を丸ごと包み込み焼いていく。


 それだけでは終わらない。炎はヒュドラの鱗と一緒に流水の槍を急激に熱し、水蒸気爆発を引き起こす。連鎖的に巻き起こった爆発は、九又の首の内七本を半ばから吹き飛ばした。傷口は即座に焼かれてしまい、もはや再生すること叶わない。


 やがて炎が勢いを弱めれば、そこには九つあった頭の内八つを失った無残なヒュドラの姿が。唯一残った頭も鱗が真っ黒に焦げていて、立つのもやっとだろう。石の枷は全て融解してしまって意味を成していないが、それでもヒュドラは満身創痍と言った風に身体を震わせるばかりだ。


「さあ、これで終わりだっ」


 炎の渦による熱波から避難していた悠斗が、煌々と輝く聖剣を掲げる。真紅の輝きとは打って変わって、暖かい純白の光が岩窟を照らした。


 それは、破邪の輝き。魔物という邪悪を断罪する裁きの光。その輝きが今、一本の刃となって、振り下ろされた。


 空気を灼く三日月型の光刃が一直線に迸る。憎らしげに純白の光を、そして勇者達を睨みつけるヒュドラの頭は……真っ二つになった。


 ズシィン、と全ての頭を失った巨体が崩れ落ちる。もはや一ミリたりとも動くことは無い。同時に、ヒュドラの背後でずっと護られていた大扉が重い音を立てて開いた。冷たい風が岩窟に流れ込んでくる。


 ここに、天空の塔九十九階のガーディアンは撃破されたのであった。


「……ふぅ、中々に強敵だった」

「お疲れ様、悠斗くん。それに皆もね」


 聖剣を鞘に仕舞って額の汗を拭う悠斗に、戦闘力的問題で避難していた彼女、楠木葵が駆け寄り、懐から取り出した瓶を手渡した。体力と魔力を回復してくれる上級ポーションだ。次いで周防や緋山達にも渡してやれば、皆「待ってました!」と言わんばかりに飲み干していく。


「ぷはぁっ! ん~~っ、生き返るぅ!」

「クソ苦ェのだけどうにかなればもっと有難いんだけどなぁ」

「あはは、それはちょっと難しいかなぁ」


 うげぇっ、としかめっ面を浮かべる周防に、クスクスと笑う葵。苦い味にも気付け等の役割があるので、恐らく味が変わることは無いだろう。と言うか風呂上がりに牛乳でも呷るようにポーションをラッパ飲みする緋山が何気に異常だ。味覚音痴なのかやせ我慢なのか……。


 閑話休題(それはともかく)


「後は、“龍巫女”を残すだけね」


 ポーションを呷り、身体の芯から回復していく感覚にほぅと息を吐きながら、未だ気を抜かない様子で槍水が呟いた。


「ぼ、僕達に勝てるのかなぁ……」


 杖を抱き、不安そうな声を零すのは岩井だ。


 “龍巫女”。魔王軍幹部の一角にして、“龍族”の姫君。その力は魔物の一種である“亜竜族”とは比較にもならない。龍族が御伽噺に出てくるようなドラゴンだとすれば、亜竜族はただのトカゲである。それ程までに両者の間には絶対的な隔たりがあった。


 文字通り世界最強の種族である“龍族”。その中でも頂点に君臨する“龍巫女”の力は計り知れない。


「何であれ、やらなくちゃならないんだ。僕らはただ、全力を賭して戦うだけさ」

「そうね。どうせここまで来たのだし、今さら退けないわ」

「うぅ、そうだけど……勇者って辛いなぁ……」


 やはり怖い物があるのだろう、悠斗と槍水の言葉に岩井は目をギュッと閉じて身を震わせている。まぁ、それでも彼は逃げ出さないのだが。気こそ弱いが勇気はあるのだ。


「俺はんなことよりも、皇太子サマが亜人族に手出ししたりしないかが不安だけどな」

「確かに、案内するだけにしては過剰だったもんね。ララァちゃんが滞在してる以上、下手なことはしないと思いたいけど……」


 周防と葵が心配しているのは、ヴィルト大森林内の案内を買って出たマルクス皇太子の件だろう。わざわざ千の大隊を連れて案内してくれたのには感謝しか無いが、些か人数が多すぎた。曲がった事が嫌いな周防や、他者にも心を砕く葵には、どうしても裏があるのではないかと心配してしまうのだ。


 ――――例えば、亜人族の里へ侵略するとか。


「確かに、不安よね。マルクス皇太子の野心は凄まじいものがあったし……非人道的なことをしなければ良いのだけれど」

「もしそうなったら、流石に僕らも介入するさ。ともかく、今は目の前の敵に集中するべきだよ」


 そう言って悠斗は岩窟最奥の扉へと目をやった。あの扉を潜り外周廻廊を抜ければ、もうそこは“龍巫女”が待ち受ける塔の頂上。気を抜いてはいられない。勇者達も無言で息を呑み、ボスの姿を幻視した。


 きっと、本気でぶつからなければ勝てないだろう。ならば関係の無いことに頭を悩ませていてはダメだ。軽く休憩を取り体力と魔力を回復させた一行は、再び気を引き締め攻略を再開する。


「さぁ皆、行こう。僕達ならきっと勝てるさ!」


 悠斗の掛け声と共に頷き合った少年少女達。その歩みに疲労の色は見えず、緩やかなスロープとなった廻廊を進む、進む。飛竜による襲撃は無い。いつの間にやら居なくなっていたのだ。まぁ、無いなら無いで楽なものである。


 やがて一行は最下層の雲を抜け……頂上に辿り着いた。


 そこには、大きな祭壇が構えられていた。


 円状に並んだ石柱群に囲まれた荘厳な祭壇。ここは元々、“風の大精霊ウラノス”を祀る為に建てられた塔なので、この祭壇も本来はウラノスが中央に佇んでいるのだろう。


 しかし今、そこには風の大精霊ではなく……


「――――よく来たのぅ、人の子らよ」


 見目麗しい妙齢の美女が妖艶な笑みを浮かべて佇んでいた。


 風にサラサラとなびいて月明かりを反射する、翠色の混じった銀髪。そして相反するような焦茶色の褐色肌。ツンと整った顔には黄金色の双眸が怪しく輝いている。


 纏う衣服はいわゆる巫女装束に近い。天女の羽衣のようにヒラヒラした飾りが所々にあしらわれた、何とも目を惹く美しい衣装だ。神々しい雰囲気を除けばコスプレのようにも見える。


 これだけ見ればただの美女。だが一行の前に佇む彼女には、“ただの”と言うには些か不釣り合いな特徴があった。


 それは、髪の下から何本か覗く“角”だ。額に生える剣のような一本角と、両耳の上辺りから後方に伸びた捻れ角。それらを中心とする硬質な角の数々が、ティアラや額冠のように彼女の銀髪を飾っているのだ。


 それは間違いなく人外である証拠。そして此処に……“天空の塔”の頂上に居る人外とくれば、答えは一つ。悠斗はいつでも戦えるように身構えつつ、静かに確認を取る。


「龍巫女、だね?」

「いかにも。妾こそ魔王軍幹部が一柱にして、最強種と謳われる龍族の姫、“龍巫女ミラ・ウィード・アルサーフィ”じゃ」


 口元を慎ましく隠してくつくつと笑い、黄金の瞳を向ける龍姫。途端、辺りの空気は緊迫したモノへと一変した。勇者達が武器を取ったのだ。


 感じたのは、ゾワリと背筋を冷たい風が撫でるような強烈極まりない威圧感。気を抜けばその場で平伏してしまいそうな絶対強者の風格。あらゆる生物の頂点に立つ龍族の、そのまた頂点に立つに相応しい圧倒的なオーラ。


 これが、魔王軍幹部。実際に対面するのは悠斗ら勇者にとって初めてだが、成る程強い。ハッキリ言って勝てるかどうかも分からない。


 怖くなんてない……と言えば嘘になるだろう。怖気付いたと言っても良いかもしれない。魔物との戦いは幾度と無く繰り返して来たが、これ程までの強者と戦った経験は無いのだ。


 だが、彼らは勇者。なればこそ、ここで退く事など天地がひっくり返ってもあり得ない。故に少年少女らは武器を構え、強大な存在の前に立つ。


「僕達は、勇者として君を討つ。覚悟してもらおう、“龍巫女”!」


 怖じることなく真っ直ぐに聖剣を突き付け、堂々と宣言する悠斗。光の魔力も纏って臨戦態勢だ。


「ふふ、若いのぅ。じゃが、その意気や良し。ここまで辿り着いた初めての輩じゃ、魔王軍幹部らしく歓迎してやろう」


 竜巫女は妖艶な笑みを浮かべたままゆっくりと立ち上がり、巫女装束の胸元に垂れた銀髪を掻き上げる。翠色の魔力が緩やかに渦巻き、ヒュゴォッと辺りに風が吹き荒れた。


 彼女は、風を操る天龍の巫女姫。風になびく髪は美しく、そして威厳は天舞う龍のそれ。まさに天空の覇者である。


 そんな竜巫女ミラはいかにも覇者らしく強者の笑みを浮かべながら、徒手空拳で隙無く構え、チョイチョイと手招きする。


「さあ、何処からでもかかってくるがよい。此処まで登り詰めて来たその実力、見せてもらおうぞ」

「言われなくとも! 《ホーリークレスト》、《エンゼルハイロウ》! 皆行くよ!」


 瞬時に魔法を行使し光り輝く円環と後光を纏った悠斗は聖剣を振るい、号令と共に光の刃を飛ばした。戦闘開始の合図だ。


 神速で放たれた刃は、しかし容易く躱された。並の魔物ならこの時点で決着が付くのだが、流石にそう簡単にはいかない。長い髪の一本すら切断すること叶わず夜空へと消えていく。


 が、十分だ。こうして作り出した一瞬の隙に、勇者達は身体強化の魔法を行使し武器にエンチャントを掛け、陣形を整える事が出来る。周防と悠斗が前衛に、槍水が遊撃手として中衛に立つ。岩井と緋山、そして葵は後衛だ。安定の布陣である。


「一番槍は貰うぜ! おらぁッ!!」


 ズンッ! と石畳にヒビを作りつつ飛び出したのは、戦斧を後ろ手に担いだ周防だ。淡い魔力の膜は身体強化の証だろう。疾走の勢いと筋力に任せ、身の丈もある巨大な戦斧が遠心力を存分に乗せて振り下ろされる。


 その瞬間に鳴り響いたのは、金属と金属がぶつかったように硬質な音だった。


「ッ、へぇ……!」


 目の前で起こった光景に、周防は思わず目を剥く。


 あろうことか竜巫女は、腕を交差させるだけで、勇者最高の筋力を誇る周防の一撃を受け止めていたのだ。その腕は黒褐色の鱗に覆われた龍のものになっている。


「ふふ、驚いたかの? いやしかし、“龍”たる妾に力で勝負を挑むとは見上げた男よな」

「腕力にゃあ自信があってな! 真正面から止められたのは始めてだぜ……ッ!」

「ほほぅ。ではそのちっぽけな自信、真正面から打ち砕いてやろうかの!」


 ギャリギャリと火花を散らす斧が、龍巫女の床を割る踏み込みと同時に弾かれた。重い戦斧に引かれ、周防は姿勢を崩してしまう。そうしてガラ空きになった上体を、袴に覆い隠された龍巫女の脚が強襲する。


 ボバッッ!!!


 放たれたのは上段へと向けた至極シンプルな後ろ回し蹴り。しかし速度は空気の壁を突き抜け、容易く音を凌駕する。周防はそれを咄嗟に背を逸らすことで間一髪回避した。駆け抜けた衝撃波が彼の髪をプチリと引き千切るような、ギリギリの所で。


 鼻先一寸を掠めた死の塊に、ゾッと冷や汗を浮かべる周防。その視線の先には、振り抜いた足の爪先を真っ直ぐ天へと向け、愉快そうに口元を歪ませる龍巫女の姿が……。


「ほれ死ぬぞ? 避けてみい」

「ッ!?」


 ドゴガァァアアンンッッ!!


 切り返すように振り下ろされた踵は祭壇の床を爆砕した。隕石でも落ちたような一撃に、瓦礫が飛散し粉塵が舞い上がる。


 果たして周防は……粉塵の中からバク転を決める要領で飛び出して来た。何とか躱したらしい。その顔には大量の冷や汗が流れている。


 やがて一瞬だけ暴風が吹き荒れ、粉塵を吹き飛ばすと共に龍巫女が猛然と飛び出した。


「させないよ!」

「むっ!」


 いや、飛び出そうとしたのだが、それを阻止すべく三日月型の光刃が横一閃に放たれた。悠斗による聖剣の斬撃だ。先の物よりスピードも威力も段違いである。まともに受ければタダでは済まない。


 龍巫女とて、それは分かっているだろう。故に彼女は、一瞬だけ黄金の瞳を細めて攻撃を見切ると……


「甘いわ!」

「なっ!?」


 肘と膝で勢い良く挟み打つことでへし折った。


 ガラスのように砕け散り、夜空に溶けていく光刃。龍巫女は無傷だ。見れば肘と膝には濃い風が渦巻いている。これが丈夫なプロテクターのような役割を果たしたのだろう。だとしても、勇者である悠斗の攻撃をねじ伏せるなど尋常ではないのだが……。流石の彼もあまりの事態に驚きを隠せない。


「何なのアイツ、強過ぎるでしょう!!」

「槍水さん! 《ロックブラスト》!」


 想定外の出来事に隙を晒した悠斗に標的を変えられないよう、魔槍を構え豹のように姿勢を低くして駆ける槍水。なびく黒いポニーテールの上を、サポートに放たれた石の楔が機関銃の如く飛んでいく。


 龍巫女は冷静にそれらを見極めると、目にも留まらぬ速さで拳撃を放ち石の楔達を打ち砕いた。小さな破壊音が鳴り響き、石の破片がバラバラに飛び散る。


 この程度では届かぬぞ? と、龍巫女は得意気な笑みを術者である岩井へと向けた。


「他愛ないのッ!?」

「どうかしらね!」


 その瞬間、懐に槍水が潜り込んでいた。【縮地】だ。もはや瞬間移動に近い彼女の動きは、龍巫女にしても予想外だったらしい。その目が驚愕に見開かれる。


 上手くしてやった槍水は、その優位を逃す筈も無く、高圧水流を纏った魔槍による刺突を放った。


 鋭い鋭い致命の一撃。躱せてたまるものか。現に龍巫女は避けきれないと察し、悔しそうに顔を歪めて……


「――――惜しかったのぅ」


 ニヤリと、嗤った。


 突き出された槍から流水の刃と速度が失われる。水は何かに吹き散らされたかのように無くなり、刺突自体も優しく受け止められたように失速し虚空に止められた。いくら押しても、魔槍は超高粘度の物体に呑み込まれたように動かない。


「ちょっ、どうしてっ!?」

「ふふ、妾の防御を舐めるでないぞ?」

「ッ、何よそれ!」


 不可解な出来事に槍水は即座に槍を引き抜き、【縮地】で飛び退く。水の攻撃魔法で牽制しながら。勿論それは、龍巫女の拳によって迎撃された。拳に風を纏っていたのか傷一つ入っていない。


 それでも、槍水は懲りる事なく魔法を飛ばす。あれを動かしてはならないと本能的に悟ったからだ。同時に自らへと注意を惹く意味もあった。


「防げるものなら防いでみなさい! 《蒼龍穿・霧雨》!」

「私も助太刀するよ! 《プロミネンスピラー》!」


 水の散弾と、緋山による炎の槍数本が二方から龍巫女を襲う。面制圧と一点突破の合わせ技。防ぐには相当に強力な障壁でも張るしかあるまい。


 龍巫女は鬱陶しそうに途端に髪を耳にかけながら、腕を一振りした。


 途端、ゴウッ! と風が吹き荒れ、槍水達の魔法を容易く吹き飛ばす。


「うへぇ……。一応、かなり魔力を込めたのになぁ」

「ふん、このような温い魔法では突破出来ぬよ。次は倍の倍のそのまた倍の魔力を込めてみるんじゃな」

「ひゃ~~、無茶言ってくれるよぉ。けど、私達にばっかり気を取られてて良いのかな?」


 ふふん、と笑って見せる緋山。その瞬間、


「はぁああっ! 《ホーリースマイト》!!」

「ぉおおおっ! 《隕竜断》ッ!!!」」


 雄叫びを上げて悠斗と周防が左右から斬りかかった。


 そう、二人の魔法はこれを成功させる為の布石に過ぎなかったのだ。強化魔法の光を纏った戦斧が上空から、スパークを放つ程に凝縮された光を宿す聖剣が横から、絶妙なタイミングで龍巫女を挟撃する。


 もはや逃げ場は無く、どちらも全力全開の超火力。獲った――――少年少女は全員、それを確信した。


 が、次の瞬間目の当たりにしたのは、龍巫女が崩れ落ちる姿ではなく……


「――――ふん、この程度じゃったか」

「なっ!?」

「んな、バカな……!」


 戦斧と聖剣が素手で掴み止められている光景だった。


 つまり、またしても不可解な事態が起こったのだ。まるでクッションに受け止められたように刃が失速してしまい、止められてしまった。龍の握力で握られてしまっては、もはや戦斧も聖剣も微動だにしない。例え周防の筋力でも。


「折角ここまで辿り着いたのじゃから、もう少しはやると思ったんじゃがのぅ……。勇者と言うのも名前だけ、興醒めじゃ」


 捕まえた武器ごと悠斗と周防を持ち上げる龍巫女。二人の身体がいとも容易く宙に浮く。流石は“龍族”ということだろうか、何とも馬鹿げた筋力だ。


「ちょっ、二人を離しなさいよ!」

「言われなくとも、こんな物要らぬわ」


 魔槍を構え高圧水流を纏わせる槍水に、龍巫女は邪魔だと言わんばかりに両腕を振るい、軽々と二人を放り投げた。しかし速度は相当な物で、二人は物凄い衝撃と共に祭壇を取り囲む柱へと叩きつけられた。


「悠斗くん、周防くん! 大丈夫!?」

「あ、あぁ、問題ないよ」

「くそッ、やってくれるぜあの女……!」


 後衛の三人が駆け寄れば、二人はすぐに復帰する。手心を加えてくれたのかダメージは然程でもない。周防はそれが酷く屈辱だったのか、怒りを露わに戦斧を担ぎ直し、柱を蹴って再び飛び出した。


「一発キツいのかましてやらァッ!!」

「ああちょっと、周防くん!」

「あの馬鹿っ! 仕方ないわね!」


 一度体勢を整えるべきだと言うのに突っ走った周防を補助するべく、後衛二人と槍水が魔法を放つ。先程のように吹き飛ばされぬよう、出来る限りの魔力を込めた攻撃魔法だ。真紅の炎や渦巻く流水、鋭く尖った石の楔が龍巫女に襲いかかる。


 しかしそれらは彼女が纏った暴風の壁にぶち当たると一発残らず砕け散った。並の魔物ならミンチになる魔力の塊が、成す術もなく翠色の風に散らされていく。龍巫女はそれらを見てすらいない。冷たい視線を周防へと向け、溜息を零すだけだ。


「全く、興醒めじゃ興醒め」

「テメェ、ゴチャゴチャ言ってねえで真面目に戦いやがれ!!」

「そうじゃのぅ……」


 力任せに振り下ろされる戦斧が、風の防壁を引き裂いて肉薄する。それはさながらギロチンの如し。龍巫女の華奢な細腕ならば容易く斬り飛ばすだろう。しかし彼女はそれを真正面から受け止めた。素手で。


 無論周防は斧を引くが、万力のように挟まれビクともしない。いやそれどころか……


「ならばお望み通り、叩き潰してやろう。遊びは終いじゃニンゲン共」

「っ!?」


 バキャッ! とリンゴを潰すように砕き割った。


 勿論、斧が脆い訳ではない。むしろ周防の冗談のような筋力に耐えられるだけの強靭さを誇る逸品だ。ただ、彼女の力が圧倒的だっただけのこと。これが龍族という存在でだっただけのこと。


 龍巫女はその手で千切った斧の刃を見せ付けるように地面に落とすと、もう片方を弓矢の如く引き絞る。ギリギリッ……と音が鳴る程だ。周防は咄嗟に逃げようとするが、もう遅い。


「先ずは一人」


 そんな覇気のカケラも感じない言葉と共に、正拳が突き出された。


 ――――ッッ!!


 形容し難い轟音と共に衝撃波が突き抜け、心臓に拳を受けた周防の身体がフワリと浮かぶ。


「が、は…………っ」


 同時、彼の口から見るからに不味い量の鮮血が吐き出された。そして一拍置いた後、自身が作り上げた赤い水溜りの中にドシャリと崩れ落ちた。目は完全に白目を剥いており、意識が無いことは歴然だ。吐き出した血の量から考えて命も危ない。


「な……っ!?」

「周防君が……」

「一、撃……?」


 少年少女達に動揺と戦慄が奔る。何せ周防の耐久力は、勇者達の中でも群を抜いているのだ。鍛え上げられた筋肉の鎧は伊達ではない。


 伊達ではない筈なのに、視線の先には動かない彼の姿が。


 信じられなかった。


 そうして生まれた隙を、龍巫女は逃さない。


「次はお主じゃ」

「ッ!? しまっ……」


 気が付けば彼女は、槍水の懐に潜り込んでいた。追い風でも起こしたのだろうか、【縮地】に匹敵するスピードだった。


 槍水は当然、飛び退いて距離を置こうとする。が、それは虚しくも叶わず無残に転倒してしまう。飛び退く寸前に足先を踏み抜かれたのだ。石畳に転がり、「ぐぅ……!」と激痛に顔を顰める槍水。右足の指は全て砕かれただろう。


 龍巫女はそれだけで留めることなく、槍水を見下ろしながら脚を持ち上げると……彼女の右膝を踏み抜いた。


「――――ッッ!!」


 肉が潰れ骨が折れる嫌な音と共に、声にならない悲鳴が上がる。千切れなかっただけ僥倖だろうが、このままでは動くこともままならないだろう。


「瑠美ちゃん!」

「や、槍水さんから離れろぉっ!!」

「ふむ、次はお主らか」


 緋山と岩井が咄嗟に魔法を放つ。が、当然の如く風の防壁に散らされた。龍巫女は一瞬の豪風と共に神速で二人に肉薄すると、二人の腹に向けて二刀の貫手を突き付けた。


 ドシュッ!


 槍のように真っ直ぐ突き出されたしなやかな手は、微塵の抵抗を許すこと無く、同時に二人の腹を穿った。血に濡れた貫手が緋山と岩井の背から姿を覗かせる。それがズプリと引き抜かれれば、彼女らは重力に引かれて崩れ落ちる。


「ほんに他愛無いのぅ。これじゃから人間は」

「お、お前ぇぇええッ! よくも、よくも皆を!!」


 その瞬間、轟ッ! と光の魔力が溢れ天を衝かんと渦巻いた。悠斗の技能【限界突破】である。身体能力を跳ね上げ格上との戦闘をも可能にするまさに勇者らしい技能だ。


 バチバチとスパークを迸らせる聖剣を構えた悠斗は、その目を怒りに染めて龍巫女へと斬りかかる。仲間が瞬く間に討ち倒されたのだ、無理もないだろう。


 無理も無いが……憤怒の感情で乱れた剣筋では当たらない。もし当たったとしても、風の防壁は突破出来ない。ひらりひらりと退屈そうに剣を躱す龍巫女は、大振りの攻撃を外して僅かに姿勢を崩した瞬間を狙って横腹に回し蹴りを叩き込んだ。


「邪魔じゃ」

「が――――っ」


 冷たい一言と同時に肋骨が折れる音が響き、悠斗は横に吹っ飛んだ。今度は手心を加えられておらず、彼を受け止めた柱の一本が瓦礫となって悠斗を呑み込む。それ以降、その瓦礫の山に動きは無かった。


 瞬殺。


 ものの十数秒で勇者五人がは伸されてしまった。


 決して彼らが弱い訳ではない。竜巫女が強かったのだ。ちょっと本気を出せば一瞬で片付けられる程に。


 龍巫女は地に伏す少年少女達を睥睨すると、やがて、最後に残った一人の少女に歩み寄る。“薬師”の葵だ。腰を抜かしたりすることは無く、若干震えながらもジッと龍巫女を見つめている。


「さて、残るはお主一人じゃな。中々どうして肝が座っておるわ」

「そう、かな」

「そうじゃろう。まさか状況が分かっていない訳でもあるまい?」

「ピンチ、だよね」


 あっけらかんと言ってのける葵に、脚を粉砕された槍水が激痛に耐えながら必死に声を振り絞る。


「あ、おい……。早く、逃げて……」


 葵はその言葉に、苦笑いをうかべる他無かった。

 

「瑠美ちゃん。流石にもう逃げられないよ」

「じゃろうな。で、どうするのじゃ? 投降でもしてみるかの?」

「まさか、私は諦めないよ」


 怖じることなく太腿のホルスターから黒いハンドガンを抜く葵。その小さな銃口が、竜巫女の心臓へと向けられた。


 彼女は、諦めない。何故なら勝てない強敵を前にしてなお諦めずに戦い、そして奈落に落ちて行った少年を知っているから。彼が諦めなかったのに、どうして幼馴染である自分が諦めるというのか。


 故に葵は躊躇うことなく引き金を引く。渇いた発砲音が三度、夜空に鳴り響き、三発の弾丸が各々螺旋を描いて放たれた。訝し気にハンドガンを見つめ、そして発砲音に驚いたような顔をする龍巫女へと向けて……。


「……やっぱり、これじゃダメみたいだね」

「じゃのぅ。いや驚きはしたが、このような豆鉄砲では妾には届かぬよ」


 注射器のような小さな弾丸達は、哀れ、龍巫女の胸元で運動を止めた。ライフリングによって付加された回転は大気との摩擦によって急速に速度を落とし、炸薬の爆発による運動エネルギーは風のクッションに受け止められてしまったのだ。


「風を操って大気に高密度の層を作り、攻撃を受け止める……そんなところかな?」

「その解釈で間違いではないぞ。《風王結界》と言うての、妾の魔法じゃ」


 葵の推測に頷きを返す龍巫女。


 今までの不可解な出来事は、全てこの魔法が原因であった。彼女が誇る最強の魔力障壁。圧縮した空気の壁という超高粘度の流体であらゆる攻撃を停止させる防御魔法である。


 銃弾も剣も魔法も、これの前には意味を成さない。故に彼女は最強の龍なのだ。


「さて。最後の希望も叩き潰してやったところで、そろそろ終わりにしようかの」


 龍巫女が、華奢な腕を葵の首へと伸ばす。いつの間にやら血は落とされており綺麗なものだ。葵も逃げようとはしたが、殆ど抵抗を許すこと無く捕まってしまった。当然だ、葵は欠片ほども近接戦闘能力を持っていないのだから。


「ぐ、ぅ……っ」


 喉を締められた葵は弱々しい嗚咽を零す。そのままフワリと、彼女の両足が浮いた。持ち上げられたのだ。


「葵……っ! お願い、止めて……」

「葵、ちゃん……!」

「くすのき、さ、ん……」


 未だ息のある三人が必死に声を上げるが、無意味だ。龍巫女はその声に冷たい目を向けることすらしない。ただ、自らの腕を必死に掴んで抵抗する少女に哀れみの瞳を向けるだけだ。


「人の子らよ。恨むならば人間という矮小な種族に生まれてしまった己の運命を恨むんじゃな。もしくは、主らに“勇者”という過酷な使命を与えた者でも良いじゃろう。お主はここで死ぬ。妾が殺す。その次は魔法使いの二人、そのまた次は槍の娘に斧の男じゃ。そして剣の男を始末したら、次は地上の大掃除じゃな。あの世でゆっくりと見物しておれ。精々、飽きさせぬ努力はしようぞ」

「っ……!」


 つまり、色々な方法で惨たらしく殺してやるぞ。と、意訳すればそう言うことだ。首を締められている葵は、自身の苦痛など棚に上げて龍巫女を真っ直ぐ睨みつける。


 勿論、無意味。視線で人は殺せない。龍ならば尚更だ。故に龍巫女はただ冷酷に左腕を引き絞り、五指を真っ直ぐに伸ばして構えた。


 心臓を貫手で一突き。先程、未知の武器で狙われた事への意趣返しだろうか。何にせよ葵に耐えることは出来ないだろう。槍水達の顔が青く染まる。何とか阻止しようと魔力を練り上げるが、上方からの風によって押さえつけられ手が出せない。


 葵はそれでも、ジッと黄金の瞳を見つめていた。この後に及んでまだ諦めないのか、と龍巫女の顔が驚愕に歪む。


「……本当に見上げた娘よ。汝の勇姿、妾がしっかりと見届けたぞ。さあ、安心して逝くがよい」


 最期の言葉と共に、しなやかな手が葵の心を穿つ……その瞬間。


 ――――ィイン。


 甲高い音が静寂の中に煌めいた。


「ッ!? おのれ……!」

「わっ!?」


 龍巫女は咄嗟に葵の首から手を離し飛び退く。葵はそのまま落下し、尾てい骨を強打した。


「いたた……。い、一体何が……」


 痛みに腰をさする彼女の目の前に、ハラリと、数本の銀糸が舞い落ちてくる。


 僅かに翠色が混じった銀色のそれには、見覚えがあった。そう、龍巫女の髪だ。間違いない。


「ふ、ふふ……やってくれおるわ勇者めが」


 飛び退いた彼女は少し短くなった前髪を気にしながら、ある一点を愉しそうに見つめている。


 その視線の先を追えば……


「悠斗くん!」


 瓦礫の山の中、ダラリと聖剣を握った悠斗の姿があった。額からは赤い血が流れており、明らかに蹴りを受けた横腹を労わるように体の軸が揺れているが、間違いなく立っている。


 そう、彼が斬撃を飛ばし、間一髪の所で葵を助けたのだ。舞い散った龍巫女の髪はその時に斬られたものであり、極々僅かなダメージ……いやもはやダメージというのもおこがましいレベルの話だが、一撃与えたという証拠だ。


 一矢報いた悠斗はフラリと一度揺れると、キッ! と目を見開き、膨大な魔力を放出して叫んだ。


「僕の、幼馴染に、手を出すなぁぁああッ!!」


 【限界突破】の時よりも遥かに膨大な、それこそ天空の塔全体を包み込むような光の魔力が、竜巻の如く渦巻いて天界へと昇る。夜空がまるで昼のように照らされ、綺羅星や星が姿を隠す。


 ――――【乾坤一擲】。それはこの光景の種であり、彼の持つ技能の一つ。ピンチになればなるほど魔力量や身体能力を底上げするという単純にして非常に強力な技能だ。


 その魔力は、今やかの龍巫女にも匹敵する程。


「そうか、そうか。それがお主の本気か!」

「ああそうだ、そうだとも! これで決める! 決めてやる! 覚悟しろッ!!」


 瓦礫の山を吹き飛ばして飛び出す悠斗。その速度はまさに神速。龍巫女は視認することもできず、胸に斜め一閃の真っ赤な切創が刻まれた。


「ォォオオオオ!!!」

「これは、中々じゃの!」


 悠斗は攻撃の手を休めること無く剣を振るう。龍巫女も、両腕を龍鱗で覆い全力の徒手空拳で応戦する。目にも留まらぬ速さの攻防。一瞬でも気を抜けばその瞬間に勝敗が決まる。両者とも身体中に浅い傷を幾つも刻みつつ、されど致命傷は避けて相手の致命傷を狙いにかかる。剣戟が鳴り響き拳撃が唸る!


 押されているのは、龍巫女の方だった。


 故に彼女は、全身から暴力的な風の魔力を放出して一瞬の隙を作り、全力で飛び退き跳び上がる。明るい夜空に天女が舞った。悠斗が斬撃を飛ばして堕とそうとしたその時――――吹き荒れていた風が凪ぐ。


「面白い、面白いぞ! ならば妾も本気を出すとしよう! 潰れてくれるでないぞ勇者よ!!」

「何を……」


 するつもりだ。そう言う寸前に再度風が吹き荒れる。それはどうやら、一点に集まるように吹いているようだった。


 そう――――祭壇の上に浮かぶ龍巫女の下へと。


 その事に気付いたのと同時、龍巫女の身体が翠色の繭に包み込まれた。繭は瞬く間に人間大から一軒家より一回りか二回り大きいサイズへと成長し、やがて内側から砕き割られる。


 まるで進化でもするような光景。繭を破った“それ”は、世界を震撼させるような産声を上げた。


 ――――キュォォオオオオォオオ゛オ゛ッ!!!!


 耳鳴りを起こすような甲高い咆哮。


 その声を上げたのは、“天龍”だった。


『喜べ、矮小なる者よ。真の姿を見せたのは汝が始めてじゃ。光栄に思うが良い』


 威厳のある声が大空に響く。


 ……浅黒い褐色の鱗に覆われた身体は、蛇のようにしなやかで。鋭い爪が煌めく蜥蜴のような四肢や長い胴体の背中、緩やかに弧を描く尻尾には翠が混じった白銀の薄い膜が揺れている。


 楔形に伸びた顔には長い長い二本の髭がなびいており、黄金に輝く双眸の間には、天衝くブレードのような一本角。後頭部周りからはねじくれた飾り角が何本も、後方に向かって伸びていた。


 例えるならば、東洋の“龍”。風を司り大空を統べる天龍と言った所だろうか。


 纏うのは風と、圧倒的存在感。そして絶対的強者の気配。


 ……人は、神に勝てるだろうか? 声高々に言おう、答えは否だ。


「悠斗、くん」

「……は、はは。ゴメン、葵。どうやら僕達は、ここで終わりのようだ」


 いつの間にやら寄り添いあった悠斗と葵は、ガクリと腰を落とす。【乾坤一擲】の効果時間も切れたのか、膨大だった光の魔力は天龍の魔力に呑み込まれ上書きされた。


 ――――勝てない。


 強者の姿を見て悠斗達が弾き出した答えは、そのたった四文字の言葉であった。


 これは無理だな、と。それがハッキリ分かるだけの確定的にして絶対的、そして致命的な“壁”があったのだ。文字通りレベルが違う。


『……なんじゃ、諦めおったか。楽しめると思ったんじゃがのぅ』


 龍巫女は、折角この姿にまでなってやったのに……と目に見えて肩を落とした。そして溜息を吐くように唸り声を上げ、小さく開いた口元に翠色の魔力を凝縮していく。


『仕方ない。手向けじゃ、受け取るが良い。妾にこの姿を晒させた事に敬意を表し、最大限の一撃で葬ってやろう』


 チャージされるのは、台風、竜巻、ハリケーン等、自然の脅威をそのまま凝縮したような風の砲弾だ。それが放たれ着弾したが最後、天空の塔は半分が消し飛び、辺りの雲は全て吹き飛ばされて、地上からは美しい満天の星空を見上げることが出来るようになるだろう。


 その時にはもう、塔の頂上に居る六人の少年少女は塵一つ残ってはいまい。残るのはただ一つ、キラリと彗星煌めく夜空だけだ。


 それを現実のものとするべく、天龍はガパリと大口を開く。


『これで終わりじゃ、甘んじて受け入れ――――ッ!?』


 ドォガガァァアアアンッッッ!!!


 夜空が、天龍が、紅蓮の爆炎に呑まれた。これには悠斗達も目を剥く。


「い、今のは……?」

「爆発……?」

『な、何じゃいきなりッ!?』


 爆炎は直ぐに風で掻き消された。そこには、咄嗟に張った防壁のお陰で辛うじて無傷の龍巫女が居る。


 彼女が攻撃してきた張本人を探すべく首を振ると、瞬間、その鼻先を銀色の何かが駆け抜けた。


 それは、二条の青白い尾を引く楔型の金属塊。大きさは二十メートル程だろうか。一瞬で視界の端から端へと抜けて行ったそれは、ともすれば視認することすら難しい速度であった。


 が、勇者である悠斗は、その動体視力を以って姿を捉えることに成功したらしく、驚愕に目を見開いている。


 今し方夜空を駆け抜けた物体はまさしく、この世界に存在する筈の無い、超音速で大空を飛ぶ鉄翼の兵器。


 そう、形容するならば――――


「“戦闘機”!?」

書いてたら凄く長くなりました、申し訳ありません。それでも一話で終わらせたかった。

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