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五十 天空の塔

 亜人族の里での一件を終え、軽くアフターケアを済ませた宗介達一行は、ヴィルト大森林深部に聳える大迷宮……“天空の塔”の麓へと辿り着いていた。


 創世の時代から残ると言われる、森の中の遺跡群。その中央で異彩の存在感を放つ古塔を見上げた宗介達は、思わず感嘆の息を漏らす。


「デカいな」

「……圧巻」

「近くで見るのは初めてだが、これは……」


 形状はバベルの塔を連想させるような先細り型だ。しかし、その高さは雲まで届く程。天辺など幾ら首を痛めても見えないだろう。当然ながら、それを支える木々で覆い尽くされた地上付近はバカのような直径になっていて、もはや目算でサイズを測ることはできない。端的に表すならば“壁”である。


 そんな先細りの塔には、やはりバベルの塔のように外周廻廊が巡っている。恐らくはその廻廊で上階へと登っていくのだろう。勿論、一筋縄ではいかない。何故なら原初の姿を残す飛竜(ワイバーン)達が、塔の周りを徘徊しているからだ。


 塔内部の迷宮を突破し、飛竜の攻撃を掻い潜りながら雲の上まで登る……成る程、攻略の難易度は一級だろう。


 まぁ、だからと言って宗介の足が止まる筈もなく。飽きたように視線を空から目の前の壁に向けると、早速、入り口を探し始めた。


 果たして入り口は……すぐに見つかった。永い歴史の中で塔の地上付近を覆い尽くす程に成長した植物の膜が、そこだけパックリと切り開かれていたのだ。


 宗介はおもむろにその大扉に手を掛け、力を込める。


「開けゴマ、っと……おい、何だよこれ。開かねえぞ?」


 が、扉はビクともしなかった。微かに浮かび上がった魔法陣は魔力的な施錠の証だろうか。エリスとフォルテも「そんな馬鹿な」と扉に近付き、訝し気に調べ始める。


「近いうちに動かされた形跡があるし、入り口はここで間違いないと思うんだけどね」

「……たぶん、既に侵入者が居るから、閉め切ってる」

「あー、それでか」


 エリスの言葉に、成る程と頷く宗介。彼女はかつて、大迷宮の一つ“フォールン大空洞”を運営していた。ならば大迷宮がどう言うものか、知識がある筈だ。


 侵入者と言うのは十中八九、悠斗ら勇者一行の事だろう。彼らがここに足を踏み入れたのは、案内を請け負ったと言うマルクスから聞いている。


 要は、その侵入者の対処に専念する為戸締りしているという訳だ。何せ相手は“勇者”。魔王側からすれば全力で相手をする必要があるだろう。


「どうするのだ、婿殿?」


 不安そうに尋ねてくるフォルテに、宗介はチッチッと指を振り、その口角を吊り上げた。


「こんなこともあろうかと、魔法の鍵があるんだ――――エリス」

「……ん」


 掲げられた宗介の左腕に、エリスが指輪の収納から一つの兵器を転送する。


 それは先端に極太の杭が覗き、ゴテゴテした機構が幾つも取り付けられた漆黒の大筒。炎帝戦でも使用した、“パイルバンカー”だった。


 余談だが、炸薬の威力向上や重力魔法による杭射出時の重量増加、猛烈な重力加速などによって威力は格段に強化されている。単発の破壊力なら宗介の武装の中でも間違いなくトップだ。


 ともかく。


 何をするのか察したフォルテがギョッと顔を歪ませ、冷や汗を垂らす。が、宗介はそんなこと歯牙にも掛けず、パイルバンカーを装備した左腕を引き絞ると、回転する杭が奏でるけたたましい駆動音と共に大扉を殴りつけた。


「邪魔するんじゃ、ねえよ!」


 ゴォガガァァアアンッッ!!


 轟音、激震と共に、大扉が開いた。それはもう見事なまでに完膚なきまでに。誰がなんと言おうと開いたったら開いた。木っ端微塵とか言ってはいけない。


「か、鍵……? と言うか、跡形もなく吹っ飛んで」

「……立て付けが悪かっただけ」

「いや、その言い訳は流石に」

「……立て付けが悪かっただけ」

「えぇ……」


 有無を言わさぬエリスの視線に、唖然としたまま諦めたように溜息を零すフォルテ。パイルバンカーを仕舞った宗介は、満足そうに扉の向こうへと足を運ぶ。立て付けが悪く瓦礫と化してしまった哀れな扉を乗り越えて。


「さっさと行くぞ、グズグズすんな。今の音を聞いた魔物共に集まって来られても面倒だ」

「あぁ……うん。そうだね、私はもう何も言わない事にするよ」

「……賢明」


 常識外れの方法で扉をぶち破った癖になに常識的なことを言っているのか。と、色々と言いたいことがあるようだが、言っても無駄だと判断したフォルテは大人しく口を噤み後を追う。


 そんなこんなで、和気藹々と――言うのかは定かではないが――雑談しつつ、彼ら三人による“天空の塔”攻略が幕を開けた。




 ◆




「しっかし、塔の中とは思えねえなっ」


 赤い鱗の飛竜を足蹴に、碧空の輝きの下、クルリと華麗なムーンサルトを決める宗介。軌跡に沿って白煙の帯がなびく。


 自身の頭を強烈に蹴り飛ばされた飛竜は、怒りに眼をギラつかせながら宗介を見上げて咆哮する。


 が、宗介もまた両眼をギラつかせ、上下が反転した世界の中で両の手に握った“シュトラーフェⅡ”を打ち鳴らす。飛竜の咆哮と同じような爆音を響かせ音速で迸った弾丸の群れは、刹那の間に飛竜の頭を……そして核の魔石を貫き、その赤い鱗に覆われた巨体を木っ端微塵に打ち砕いた。


「……多分、魔王の力で、異界化してる」

「ある程度の原型は留めているようだけどね」


 青空に点々と浮かぶ浮島をピョンピョンと飛び移りながら、果ての見えない無限の蒼穹を進んでいくエリスとフォルテ。纏っている黒いスパークと空を蹴った時に生まれる波紋は、重力魔法のそれだろう。


 そこに、蛇に翼と手足を生やしたような黒い翼竜の群れが、ここから先は通すまいと一個の巨竜を形作って立ち塞がる。


 が、飛んで火に入る夏の虫とはこのこと。エリスが短い詠唱を呟き指を振るえば、途端に現れた極大の火球が、青空を紅蓮に染め上げながら翼竜の群れを呑み込んだ。原型を留めない程に炭化した魔物はボロボロと崩れ落ち、青い空の彼方へと落ちていく。


「ともあれ、これでこの階も突破だね」


 魔法を放ったエリスを小脇に抱え、眼下の浮島にフワリと降り立つフォルテ。


 一際大きなそこには、数刻前に宗介がこじ開けたモノに酷似している大扉があった。壁もないのに扉だけがポツンと突っ立っている光景は、酷く現実味に欠ける光景だ。


「ったく、魔改造も良いところだろ」


 宗介も背中の翼に取り付けられたスラスターから火を噴きながら、その浮島に降り立つ。その表情はなんとも鬱陶しそうなモノだ。


 ……“天空の塔”の内部を一言で表すなら、異常であった。何せ一階一階が個別の異空間と化しているのだ。


 例えば宗介達が今いる、小さな島が幾つも浮かんだ天空の世界。ここも本来は塔の内側に存在するのだが、あるべき床や天井は何処にもなく、まさに無限に広がる謎空間と化していた。まあ、飛べる宗介達からすれば“カモ”以外の何物でもなかったようだが。


 他にも、全く距離感を掴めない極彩色の世界で飛竜とドンパチ繰り広げたり、やたらと広大な立体アスレチックを楽しまされたり、扉の向こうに踏み込んだ瞬間フリーフォールを強制されたと思ったら上階へと辿り着いていたり。


 塔の内部は文字通りの異空間であり、酷く混沌としていた。


 ともあれ。こんなところからはさっさとオサラバだと、虚空に鎮座する扉を押し開く宗介。


 途端、猛烈に吹き荒ぶ冷たい外気が侵入して来て彼らの身体を撫でた。


 思わずフォルテは、その身をブルリと震わせる。


「うぅ、ここまで来ると流石に寒いな」

「俺はこんな身体だし、エンジンの熱もあるから余裕だけどな」

「……ソウスケは、暖かい」

「くっ、私にもその温もりを分けてほしいものだよ……」


 宗介は肩を竦めて苦笑いし、エリスは彼に身を寄せて暖を取る。それを惜しそうに見つめるフォルテ。


 と言うのも、ここは既に百階層に渡る古塔の折り返し地点間近。標高は相当なものであり、気温も相応に低いのだ。オマケに外には強風が渦巻いており、太陽も地平線の果てに消えてしまっている為、いっそう体感気温は低くなる。


「寒さに悶えてても仕方ねえよ。さっさと行くぞ」

「うぅ、そろそろ休憩を取りたい所だよ……」


 寒さなど気にならない宗介とエリスはさっさと扉を潜り、古塔の外周廻廊へと躍り出た。フォルテも、冷気に身を悶えさせながら追随する。


 外周廻廊は、三メートル程の幅で巡らされた緩やかな登り坂だ。安心できる壁があるのは片方だけで、もう片側は等間隔で柱が建てられているのみ。そのせいで風通しは最高過ぎるくらいに最高で、見晴らしも素晴らしい。藍色に染まっていく大空と煌めく綺羅星、天に浮かぶ黄金の月、そして優雅に舞う飛竜達の姿が一望できる。眼下には広大なヴィルト大森林も。


 そんな目を奪われるような絶景を前にした宗介は、フンと鼻を鳴らすと上階へと歩みを進めた。絶景程度にうつつを抜かす彼ではないのだ。


 そうして、廻廊の中頃まで進んだ時。


「ゴォアアアアァァッ!!」


 けたたましい飛竜の咆哮が宗介達を襲った。


「チッ!」


 キィィンと耳が鳴る感覚に、宗介は舌打ち一発、咄嗟にエリスを抱えて前方に身を投げ出す。フォルテも咄嗟に石畳を蹴りその場を離脱した。


 その瞬間、直前まで彼らのいた地面が轟音と共に爆発した。飛竜が火球を放ったのだ。周囲を舞う飛竜の一匹から狙い撃たれた榴砲弾のようなそれは、廻廊の柱をすり抜けて着弾。石畳を破壊して黒コゲにする。


 エリスを抱えたまま前転の要領で受身をとった宗介は、されど冷や汗一つかくこと無く腰のシュトラーフェⅡを抜き迎撃する。この飛竜の襲撃は塔を登るうちに何度も体験しているのだ。今更焦りはしない。


「ったく、懲りない奴らだ!」


 ドォパァアンッ!!


 先程の咆哮にも匹敵する発砲音と共に解き放たれる六発の弾丸。一直線に突き進むそれは追撃の火球を無残な蜂の巣に変えて霧散させた。宗介は間髪入れずリロードし、お返しとばかりに連続して引き金を引く。狙いは当然、飛竜の頭だ。


 が、追加で放たれた弾丸達は大きく狙いを違え、空しくも胴体の鱗に傷を付けただけでその役目を終えてしまった。


「やっぱ駄目か、面倒臭えな」

「遠すぎる上に風が強いからね」

「……どう、する?」


 それもその筈。飛竜はハンドガンの射程外を飛んでいるのだ。奴らは頭が良い。廻廊を行く侵入者への襲撃を重ね、安全な距離を学習したのだろう。加えて周囲には強烈な風が吹き荒れており、天然の防壁が巡らされている。これらの問題点を全て解決し突破するのは困難だ。


 そうこうしている内に、今し方の爆音と発砲音を聞きつけた別の飛竜達が集まって来、遂には藍色の空が巨影に埋め尽くされた。


 数は二十ほど。それだけ聞いたら何てことはないように思えるが、その実は魔物の中でも最上位に位置する“飛竜”なのだ、絶望して錯乱してもおかしくない状況である。


 大方、「これ以上は登らせない!」と躍起になって止めに来たのだろう。この回廊を抜ければ天空の塔攻略は折り返し地点。“龍巫女”側からしても野放しにしてはおけない筈だ。


「さ、流石にあれは分が悪いよ。一応、全力で走れば五十階に逃げ込めると思うが……」

「逃げたところで次の廻廊に持ち越すだけだろ? ったく、厄介な奴らだよ」


 ウンザリとした表情を浮かべてシュトラーフェⅡを仕舞う宗介。飛竜達は、爬虫類特有の鋭い目をそんな彼らへと向け顎を開く。ブレス攻撃だ。紅蓮の炎や渦巻く風がチャージされ……そして、一拍の間を置いてから一斉に放たれた。


「鬱陶しいんだよッ!」


 宗介はそれに、シールドビットによる防壁を展開して対抗する。簡易の柩型大盾となり主の前に飛び出したシールドビットは、瞬く間に炎に包まれた。火球が炸裂して火柱を上げ、風の砲弾がそのエネルギーを爆発的に増強させたのだ。


 いかなる相手であっても問答無用で火葬する、飛竜達の合わせ技。着弾する直前に何かしていたようだが、そんなのは些細な問題だ。廻廊の一部を呑み込み夜空を照らす真紅の輝きに、飛竜達は嘲笑うように唸り声を上げた。


 ……その時だった。爆炎の中から、光と煙の尾を引く鋼の槍が飛び出して来たのは。


 バシュシュシュゥゥウウウッ!!


 そんな気の抜けるような音と共に計十八の槍――――“ミサイル”が、荒れ狂う風の壁を強引に突破し、放射状に散開して飛竜達へと襲いかかる。


 何か不味いと本能的に察した飛竜達は、咄嗟に向かってくる細い物体を回避しようとした。が、それらはあろうことか直前で起動を曲げ、もしくは通り過ぎた後に華麗なUターンを決めて飛竜達に突き刺さり、そして巨大な爆発を起こした。


 闇夜に咲き誇る満開の赤薔薇。しかし一度咲いた花は散るのが道理だ。それを体現するかの如く、血肉という名の鮮やかな花弁を舞い散らせて地上へと消えていく。


 後に残るのは……風に流される煙のみ。


「ハッ、汚ねえ花火だ」


 発射元である、爆炎が晴れたそこには……紅い魔眼を爛々と光らせ悪い笑みを浮かべた宗介が、両肩に一メートル程の無骨な四角柱を担いで佇んでいた。


 そう、彼が使ったのは携行式九連装ミサイルランチャー“ラーゼンローゼン”だ。射手である宗介が撃ち落とすべき対象を視認している限り、【感覚共有】によって対象を追尾し続けるという、凶悪無比な魔弾(ミサイル)を放ったのだ。


 ちなみに爆炎に呑まれたというのに至って無事なのは、エリスのお陰だ。火の大精霊ヘリオスの力を掌握した彼女が居る限り、炎による攻撃は殆どその意味を成さない。直撃さえ凌いでしまえばこっちのものである。


「……おつかれさま」

「さ、流石だね」

「おうよ。これで鬱陶しい取り巻きは消えて、今後の廻廊部分での安全は確保されたって訳だ。さ、攻略に戻るぞ」


 使用済みのラーゼンローゼンを回収しつつ、真っ黒に焦げた廻廊の一部から歩みを再開する宗介達。


 地対空最強の破壊兵器の前には、空戦に於いて比類なき強さを誇る飛竜達も形無しであった。本来ならば逃げの一手以外に選択肢は無いような魔物達だというのに。フォルテなんかは、この圧倒的さに思わずドン引きしている。


 それはともかく。


 ドン引きも程々に暫く歩いた宗介達は、五十層目の大扉――――折り返し地点の入り口に手をかけた。




 ◆




 第五十層に広がっていたのは、巨大な立体迷路だった。


 どう見ても塔の中に収まる規模ではないのだが、やはり魔王の力で異界化しているのだろう。石造りの通路や橋、階段が縦横無尽に巡らされている。基本的には壁も天井も石で仕切られていて酷く閉塞的な印象だ。しかも景色に殆ど変化が無い為、進んでいるのか戻っているのかも分からない。


 そんな迷路を、宗介達は全く迷いを感じさせない足取りで進んでいた。


 キーとなるのは何と言っても、先頭を行くフォルテの存在だろう。


「しかし【直感】様々だな。迷路が迷路にならねえ」

「……便利」

「ふふん、力になるといったからなっ。活躍できる場ではしっかりと活躍させてもらうさ」


 感心したような宗介の言葉に、得意気に胸を張るフォルテ。


 彼女自慢の【直感】がある限り迷う筈が無いのだ。分かれ道に辿り着けばその度、直感に任せて行き先を決める。これを繰り返すだけで例えどんなに大きな迷路であってもクリアできる。言うなればここは、フォルテの独壇場。温いなどと言う話ではなかった。


 勿論、本来はしらみつぶしに探索するか力任せに壁をぶち破るかする必要がある。まあ宗介なら、壁をパイルバンカーで破壊したり分かれ道全てにシールドビットを先行させたり、言ってしまえばどちらも可能なのだが……折角張り切ってくれているので、今回は彼女に任せることにした。


 そんなこんなで三人は、二メートル幅くらいの細い迷路を破竹の勢いで攻略していく。のんびりと雑談しながら。


「ズルしてるみたいで何かアレだが、このペースなら明日の昼には頂上まで辿り着けそうだな」

「……簡単すぎ」

「半日で既に折り返し地点だからね。そう考えると凄まじいペースだけど……別にズルじゃないよ。元々ここは亜人族と相性が良いように作られてるんだ。そこに婿殿やエリスティアの力が加われば、これくらいのペースで攻略出来てもおかしくはないさ。あ、ここは左だね」


 突き当たりを迷うこと無く曲がりながらそう言うフォルテ。


 と言うのも、この塔は元々、大空を統べる風の大精霊“ウラノス”を祀る為に建てられた塔であり、その後長い年月を経た結果麓の大森林に亜人族が住み着き、彼らの成人の儀に使用されるようになったという歴史があるのだ。


 成人を迎えた亜人族は、その野生的な直感や身体能力を以ってこの塔を登る。一定の期間中にどれだけ高くまで登れたかによって、その者の力を見定めるという寸法だ。ちなみに最上階まで登り切ると、風の大精霊様直々に祝福してもらえるそうなので、成人した者は皆、必死になって塔を駆け上るのだとか。


 当然ながら、魔王軍に占領されるまでは魔物も居らず異界化もしていないので、実力を測るならばアスレチックや迷路など亜人族特有の能力を示すモノになる。


 そういった土台が存在する以上、例え魔王の力で異界化していようとも原型は留めており……つまりここは元より、フォルテら亜人族がその力を存分に振るうことが出来る大迷宮なのだ。


「だから、この迷路を【直感】任せに素通りするのはズルではなく、むしろ正攻法という訳だね。まぁ、存在自体がズルの塊のような輩には関係無いだろうけど」

「誰がズルの塊だ」

「それは勿論、入り口を力技で粉砕した婿殿……いや何でもない。っと、それよりも走るよ! 後ろから何か凄いのが来ている!」


 抗議の意を込めてポニーテールを引っ張ろうとする宗介の手を躱し、半ば逃げるように駆け出すフォルテ。宗介も背後の強烈な気配には気付いている為、酷く不服そうな顔をしつつエリスを抱えて後を追う。


「……はぐらかした」

「ったく! これでも常識人なつもりなんだがな! ちゃんと正攻法で攻略してるしっ!」


 愚痴を零しつつ、一足先にフォルテが飛び込んだ脇道に宗介達も避難すれば……


 ゴォガガガッギャギャギャァッッ!!


 通路を埋め尽くすような群青色の鱗の塊が、駅を通過する特急列車の如く轟音と共に駆け抜けていった。


「「「…………」」」


 数十秒程経ち、無言のまま恐る恐る顔を出す三人。直前まで彼らの居た通路は、何とも惨憺たる有様であった。


 どうやら先程の鱗の塊――恐らく大蛇型の巨竜――が、その全身を覆う逆向きの鱗でヤスリの如く壁や床を削って行ったらしい。石の通路が見るも無残に引き裂かれている。もしもあれに巻き込まれていたら……想像するだけでも恐ろしい。


 一応、置き土産的に宗介が手榴弾を設置しておいたりしたのだが、あまり意味は成していないようだ。


「今のはアレか、五十階の中ボスか何かか」

「……間違いない」

「折り返し地点だし、キリも良いからね。いやしかし、アレと戦うのか……」


 うへぇ、と心底面倒臭そうな顔をする三人。


 ……この迷宮は確かに、亜人族の独壇場だ。正確に言うならば、魔物が居なければ亜人族の独壇場、だ。


 この塔は今や、魔王軍幹部“龍巫女”が統べる竜達の拠点。例え迷路やアスレチックを難なく突破できる身体能力があろうと、それだけでは攻略出来ない。だからこその“大迷宮”なのだ。


「ま、怖気付いてても仕方ない。中ボスならどうせ戦うことになるんだ。さっさと行くぞ」

「……ん。邪魔するなら、潰すだけ」

「まぁ、二人なら問題ないだろうけど……」


 抉り削られデコボコになった通路に戻り、三人はさっさと歩みを進める。


 その後も、小型の翼竜による奇襲や落とし穴などの単純なトラップを掻い潜り、探索を続けること数刻。


 一行はゴールらしい大広間へと辿り着いた。


 百メートル四方程の、幾つもの柱が立ち並び無数の横穴の空いた大広間。最奥には祭壇のようなものがあり、見慣れた大扉が鎮座している。


「はてさて、このいかにもな空間、鬼が出るか蛇が出るか」

「……蛇以外ありえない」

「先の巨体は、間違いなく大蛇の類だったな」

「いやまぁ、そうなんだが……」


 いつでも戦闘に移れるよう、各々が武器に手をかざして警戒しつつ、広間の奥へと足を運ぶ。


 そうして暫く歩き、三人が部屋の中央までやってきたその時。ゴゴゴゴゴゴ……と広間全体を腹に響く重い振動が襲った。まるで巨大な何者かが大地を打ち鳴らしているような、そんな感覚だ。


 その振動はみるみる内に大きくなっていき、やがて最高潮に達すると、広間の横穴からゴバァッ! と群青色の大蛇の頭が飛び出してきた。


 その大蛇は緩やかな弧を描き、向かいの横穴に潜り込む。宗介が魔力の反応を元に振り返れば、その方向からまた別の穴に向かって飛び出し、新たなアーチ状の橋を渡す。


 縦横無尽に広間を駆け巡り、柱に巻きついては粉々にへし折り床や天井を鱗で掘削する大蛇。気付けば地鳴りは収まっており、宗介達はその長い身体によって包囲されていた。


 そして最後に、祭壇の前へと立ち塞がるように鎌首をもたげた大蛇が、二股に分かれた舌を露わに――――世界を震撼させるような咆哮を上げる。


「ギシャァァアアアアァァアアッッ!!!!」

「っ、こいつは……」


 途端、宗介の顔が苦虫を百匹くらい噛み潰したようなモノへと変わった。鼓膜が破れないよう耳を押さえていたエリスも、チラリと視線を彼に向ける。


「……ソウスケ、今の魔力」

「エリスも気付いたか。どうも不味い状況らしい」


 歯噛みしながら真っ直ぐ前方を見据える宗介。どこか、切羽詰まった雰囲気だ。何と言うか目の前の大蛇よりも急ぐべきものがあるような……。


「む、婿殿? ま、まさか、あれはそんなに強敵なのか?」

「そうじゃないが、ちと不味い事になった。正攻法での攻略はお終いだ」


 そう言って意味ありげに“龍脈眼”を輝かせた宗介は左腕を横に伸ばす。そこに、半日ほど前にもお世話になった“パイルバンカー”が装着された。


 フォルテはギョッと目を剥く。幾らなんでもオーバーキルじゃないのか!? と。そんな彼女の首根っこを、宗介の背から伸びるロボットアームが掴み上げた。同時に宗介は、小脇にエリスを抱き抱える。


「な、何をするつもりなんだ婿殿っ」

「四の五の言ってる場合じゃない。荒くなるが、舌噛むなよッ!!」

「!?!?」


 そうして、何が何やら目を白黒させるフォルテを抱えたまま、宗介は全力で地を蹴った。


 エンジン音が鳴り響き、翼のスラスターが最大出力で火を噴く。石畳を踏み砕いて射出されたそれは、さながら黒い砲弾だ。


「シャァァアアッ!!」


 動き出した侵入者を喰らわんと、大口を開けて突進する群青の大蛇。その真正面に飛び出した宗介は……


「どけ!」

「ギッ!?」


 ズドンッ!! と大蛇の頭を踏み潰した。


 ヒト数人を丸呑み出来そうな巨竜の頭が中頃まで石畳に陥没し、放射状の亀裂を刻む。その頭を踏み抜いた勢いで大きく跳躍した宗介は、脳震盪を起こして意識を飛ばした大蛇の包囲網を飛び越え、颯爽と、最奥に佇む大扉の前に降り立った。


 そして間髪いれず、既に最高速度で杭を猛回転させて重力魔法によるスパークも纏ったパイルバンカーを引き絞ると、勢い良く大扉に叩き込む。


 ドォゴガァァンッッ!!


 重さ数十トンまで加重され、射出方向への強烈な重力加速まで加えられた漆黒の杭が、恐らく中ボスを倒すことで開かれるのだろう扉を一撃の下に粉砕した。


「ボ、ボスを素通りいいいいああああああっ!?!?」


 大迷宮の理念を根底から覆すような行為に唖然とするフォルテの声が、瞬時に絶叫マシンに乗った時のそれへと変わる。


 何故なら彼女ら二人を抱えた宗介が、扉の向こうの廻廊から漆黒の大空へと身を投げ出したからだ。


 ドップラーして消えていくフォルテの悲鳴に、脳震盪から回復した大蛇が「何してんだ!?」と焦ったように扉から頭を出し、夜空に消えて行った侵入者の姿を探す。


 よもや絶望の果てに身投げでもしたか……他に今の光景を見た者がいれば、きっと誰もがそう思ったことだろう。


 そうして、廻廊から地上を見下ろしたその時――――あり得ない光景を目の当たりにするのだ。



 月に煌めく白銀の彗星が、青白い二条の尾を引いて天に昇って行くという光景を。

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