五 平凡なりに
「お前達がこの世界に来てから、結構な時間が経った。そろそろ訓練はお終いだ」
騎士団駐屯地の訓練場に、騎士団長バラスト・シュヴェーアトの声が響く。
普段はすぐに走り込みなのだが、昨日葵が言っていたように、今日は話があるらしい。徹夜のせいで重い瞼をこすりながら、宗介はその言葉に耳を傾ける。
「五日後、四大迷宮の一つ、フォールン大空洞に遠征する! 魔王軍の幹部が支配する大迷宮で実戦訓練だ!」
綺麗に整列させられたクラスメイト達が、ざわわっとどよめく。
“フォールン大空洞”。
魔王軍における四人の強者――――“炎帝”、“龍巫女”、“巨鯨”、“鮮血姫”が支配する迷宮の一つだ。いわば魔王軍の拠点の一つであり、四人が支配する四つの大迷宮の中では聖ルミナス王国からもっとも近い場所に位置する。
つまり魔王軍に殴り込みに行こうというのだ。クラスメイトに動揺が奔るのも無理はない。
「安心しろ! あそこのボスはそうそう上には登ってこないし、深層に降りるほど魔物は強くなるが上階のやつらはそれほどでもない。特訓にはもってこいの場所だ」
ほう、と宗介は息を吐く。
“魔物”とは、魔石を核に持った生物の総称だ。基本的には人間に仇なす害獣であり、魔王軍の雑兵ともいえる。魔力が濃い場所で自然に発生するその存在は、つまり特別魔力の濃い“迷宮”の中で増殖し、たまに溢れ出して外界を荒らすのだ。
今回の遠征には、特訓と共にそれの処分も含んでいるのだろう。勿論、場合によってはボスの討伐も視野に入れているだろうが。
「今までの訓練とは一斉を画するほど苛烈なものになるだろう! それに耐えられるよう、五日間全力で特訓してやるから覚悟しておけ! それと今日の特訓が終わった後、お前達に支度金を渡す。必需品はこちらで用意するが、各自別途で必要なものはそれで用意しろ。武器防具は城の宝物庫を解放するから安心して良い。分かったな!」
軍隊ばりの怒号に、クラスメイト達は一斉に返事をした。
(やっぱり俺も行かなきゃだよなぁ……。ま、今はそれよりも大事なことがあるか)
宗介の頭の中では、昨日葵と交わした約束が渦巻いていた。
――――北池達を見返す。
彼の最優先事項はそれだ。その為にはまず今日の訓練を乗り切らないとな、と宗介は決意新たに気を引き締めた。
鬼教官による、地獄の戦闘訓練が幕を開ける。
◆
「よぉーし、今日の訓練はこれまでとする!」
兵舎の訓練場に、騎士団長の声が響き渡った。途端に宗介は、糸が切れた人形のように崩れ落ちる。
「ハァ、ハァ、ハァ……。きっつ……」
持っていた木剣を投げ捨て、大の字になり天を仰いだ。
二週間繰り返し、やっと慣れてきた所に特訓メニューの強化だ。耐え切れなかった。
共に訓練していた男子達は「お疲れー」とか「この後どうする?」だとか話しながら王城へと戻っていく。女子陣は別の場所で訓練している為、視界には入らない。
と、何人かが倒れこむ宗介に歩み寄ってくるのが見えた。
「大丈夫か?」
「大丈夫とは、言い難いです、バラストさん……」
内一人は白銀と青の鎧を纏った男、騎士団長バラストであった。間近で見ると強面で威圧感があるが、葵と同じくらいに宗介をよく気にかけてくれる人物である。
「ほら、お前の分の支度金だ」
「ありがとう、ございます……」
宗介はプルプルと震える手で支度金の入った小袋を受け取った。まるで子鹿である。
「おいおい西田ぁ、次は俺らとの特訓だろぉ? そんなんで大丈夫かよ?」
ニヤニヤと下卑た表情を浮かべながらそう言うのは、北池だ。取り巻きの二人も一緒のようである。宗介は今日もこの時が来たかと、疲れ切った身体に鞭打ち、なんとか立ち上がって木剣を拾う。
「……分かってる。さっさと始めよう」
「素直で良いじゃねえか。じゃあ場所を変えようぜ」
宗介は北池らと共に訓練場を後にする。秘密の特訓は、人に見られる訳にはいかないのだ。
「……無茶はするんじゃないぞ」
宗介らの背に、心配そうな、悲痛な声がかかった。
勇者達の訓練を受け持っているバラストは、彼らが何をしているのか大体の想像は付いていた。何せ秘密の特訓とやらが終わる度、宗介がボロボロになっているのだ。察しない筈がない。
しかし、宗介本人に問い詰めても「別に大丈夫ですよ」と流され、北池に聞くと「強くなりたいっていうから特訓してやってるんです」と言い逃れられるだけだった。ならば現場を――――とバラストは考えたが、それは結局宗介の立場をより悪くするだけである。
故に、こうして労ってやる程度しかできないのが現状なのだった。
宗介は騎士団長の気遣いに感謝の念を抱き、そして自分の弱さに申し訳なさを感じながら北池達の後を追う。
(それもこれも、今日で終わりだ)
確固たる意思を胸に抱き、さり気なく懐に潜めた武器を確認し、宗介は静かに頬を歪ませた。
やがて四人は駐屯地の隅、人の通らない静かな一角にやってきた。
今は使われていない旧兵舎の影である。
「んじゃあ、今日も楽しい特訓を始めようか!」
北池がそう叫び、木剣を振るう。
――――カァン! と、旧兵舎裏に硬質な音が鳴り響いた。
「おいおい、その程度か西田ぁ?」
「く、そ……っ!」
宗介と北池の木剣が鍔迫り合う。
力量差は歴然だ。宗介は剣を両手で、北池は片手で遊ぶように持っているのに、押されているのは宗介の方なのだから。
「ま、仕方ねえよなぁ。筋力10だもんな」
「特訓のお陰で、11だよ……っ」
刃を押し付け合いながら、宗介はじわりじわりと追い詰められていく。その光景を、取り巻き二人はニヤニヤしながら眺めている。
「ぎゃははは! たった1かよ、俺はその二十倍は上がったぞっ」
カァンと、宗介の木剣が跳ね飛ばされた。瞬く間に武器を奪われた彼は、距離を取ろうと地を蹴る。
が、後ろには逃がすまいと聳え立つ兵舎の壁が。宗介の背に石の冷たさが迸る。
「はい残念――――風よ吹き荒れろ、《クロース・ヴォーテクス》」
北池が“魔法”を行使し木剣を突き出す。特訓としては明らかに過剰な一撃だ。宗介の目には見えないが、木剣に纏わせた風が渦巻く刃となっている。
「っ!?」
途端に、頭の中で本能の警報がけたたましく鳴り響く。
宗介はその警報が示すままにしゃがみ込み、すんでの所でそれを躱した。髪の毛が何本か風に千切られ、後ろの壁がガリガリと削られた。さながらチェーンソーである。
あと一秒反応が遅れていたら――――と、宗介の背筋が凍る。
「ぎゃははは! すまんすまん、そうマジな顔をすんなって! 流石の俺もクラスメイトを殺すつもりはねえからよ」
心底愉快そうな北池らの姿に、「どうだか……」と致死の刃に肝を冷やしながらも内心で吐き捨てる宗介。
彼らによる特訓は苛烈である。言わば、力の実験台にされているようなものだ。もしくはナイフの試し斬りか。少なくとも、日本に居た時とは比べ物にならない。
何かきっかけがあれば、すぐにでも殺しに発展しそうだった。
「おらっ、立てよ」
取り巻きの一人が宗介の腕を掴み、無理矢理に立ち上がせる。
その宗介の腹に、不可視の礫が叩きつけられた。北池の魔法だ。
「うぐっ……!」
崩れ落ちる宗介の脇腹に取り巻きの蹴りが突き刺さる。そして鈍痛に蹲る彼に鋭い蹴りが、もしくは魔法が襲いかかる。
意識でも飛べば楽なのに、絶妙な手加減と無駄に伸びた耐久がそれを許さない。確かに特訓の成果は出ているが……全くもって不本意であった。
恐らく、北池らは遊んでいるだけ。もしくは鬱憤を晴らしているだけ。
それを宗介は、静かに耐えるか死ぬ気で避けるしかできない。抵抗するだけの力が無いから。
(なんで俺だけ、こんなに弱いんだ)
その言葉は、この二週間で何度繰り返したか分からない。誰に聞いたところで答えは出ないだろう。
故に彼は、機会が来るまで耐えるのだ。
(まだ、その時じゃない。好機は必ず来る)
耐えて、耐えて――――今日もまた地獄の時間が終了する。
「ふぅ、今日の特訓はこんなもんだな」
「ヒャハハ、お疲れさん!」
「最弱君も、これで盾役くらいはこなせるようになったんじゃねえの? よかったな、西田ぁ」
「全くだぜ、感謝してくれよぉ? 《ストーム・ブレット》」
これで最後だと言うように北池が魔法を唱え、不可視の礫が蹲る宗介を滅多打ちにした。なんとか腕を交差させて頭を守ったことと、やはり絶妙な手加減のお陰で無事ではあったが、服の下はまた青痣だらけになっていることだろう。宗介は全身の痛みに顔を顰める。
(またあのポーション……。飲みたくないなぁ)
思い出すのは昨日の地獄。
正直言って、この特訓よりもキツい。よくもまあ耐えれたものだな、と宗介は自分を褒め讃えた。
そんな彼に、「ああそうだ」と北池の声がかかる。
「なぁ、西田よお。ちょっとお願いがあるんだけど、聞いてくれるか?」
嫌らしいアクセントの言葉。
とりあえず宗介は、痛みを【痛覚耐性】で打ち消しながら立ち上がった。
「一応聞いてみるけど、何?」
「あぁ、ちょーっと、さ。お前の支度金、貸してほしいんだわ」
その馬鹿げたお願いに、宗介はほとほと呆れ返った。
それでは自分の準備がままならない。戦闘職でない宗介には、どう考えても戦闘職以上の準備が必要だ。それの為の金を寄越せと言うのは、事実上の死刑宣告にも等しい。武器を持たずに魔物と戦って死ねと言っているような物だろう。
それに、二週間の間ずっと悩まされてきた金銭の問題にやっと解決の糸口が見えたのだ。支度金を渡す訳にはいかない。
はぁ、と大きな溜息をつき、宗介は特訓の邪魔になるからと傍に放った荷物の元へ向かう。北池達に背を向けて。
「いやぁ、すまねえな西田。いつかちゃんと返すからよぉ」
「ひゃはは! いつになるかは分かんねえけどな!」
「良い服が無かったんだよなぁー」
ゲラゲラと下品に笑う北池達を背中越しに見た宗介は、いつも通り苦笑いを返す。
その心の内は、燃えていた。
(やるなら、さり気なく距離を取れた今しか無い)
宗介は背中で手元を隠しながら、支度金の入った小袋に手を突っ込むように見せて――――懐からある物を取り出す。
「…………舐めんなよ」
そんな呟きは、北池達に届いただろうか。どちらでもいい。ただ静かに、自然に、宗介は“それ”を放り投げた。
「ぁ? なんだ、これ」
北池達の下に、小さなボールが転がった。見た目は泥団子に近い。
“それ”は至ってシンプル。火属性の魔石を核に持つ、自爆機能を搭載した球体型ゴーレムである。
一応、ゴーレムを動かす動力としては“火属性”より“地属性”の方が適しており一般的なのだが、これの場合は自爆さえしてくれれば良いので火属性の魔石を使用する事となった。金銭的な問題がある為、試作品であるこれ一つ分しか用意できなかったが。
「安心しろよ、魔力量は抑えてある」
宗介がそう呟くと同時、そのゴーレムが自爆する。
ドパンッ! と旧兵舎裏に鳴り響いた爆発音に、北池達はビクリと体を震わせた。
しかし、宗介の呟き通り魔力が抑えられたその“手榴弾”は、部屋を炎で包むような爆炎を上げることはなく、精々が爆竹程度の炸裂を起こしただけに留まる。
「な、なな、なんだよこれ! ふざけてんのかっ!?」
「爆竹遊びくらい、経験あるんじゃないの?」
勿論、このチンケな爆弾程度でどうにかできるなどという甘い考えは持っていない。本命の為の時間稼ぎと、次なる手への布石に過ぎなかった。
立ち上がって北池達に向き直った宗介は、右手に持った武器を突きつける。
「――――ッ!? おま、それっ」
途端に北池達の顔が青く染まった。
予想通りの反応に、思わず宗介は悪戯が成功したかのように頬を釣り上げる。
「はは、流石に地球に住んでたんだし、分かるよね」
――――それは、音速で飛翔し標的を貫く弾丸を撃ち出す、地球人が生み出した凶悪な武器。
銃。
宗介が持っているのは、それの少々古い型のもので、細部は異なるが火縄銃かマスケットと呼ばれる物に似た拳銃であった。グリップには小さな魔石が煌めいている。
「は、ハッタリだ! 銃なんて再現出来るわけが……」
必死に虚勢を張る北池。だが宗介は完全に上位者の表情を崩さない。わざわざ意識してまで、かつての北池達のような下品た顔を浮かべる。
「どう思ってくれようが構わないよ。けど、さっきの爆竹の意味をよく考えてくれ」
チャキ、と撃鉄を起こす音が響いた。
北池の顔が蒼を通り越して白くなる。流石に先の爆発の意味が分からないほど馬鹿ではないようだ。
つまり――――魔石の魔力量を調整すれば、鉛玉を飛ばすことなど容易い。
「……なあ、北池君。もう俺に構わないでくれないかな? そっちが何もしてこないなら、俺も何もしないからさ。流石の俺もクラスメイトを殺すつもりは無いんだ」
先の北池の言葉を使い、言外に「これ以上手出ししてくるなら五体不満足くらいにはするぞ」と伝える。
完全に形勢は逆転していた。
「ふざ、ふざけ…………な、舐めやがってッ!!」
だが、認めないと言わんばかりに北池は駆け出す。宗介に向かって一直線に。宗介は小さく溜息を吐き、仕方ないなと引き金を引く。
ズドンッ!!
身体の芯に響くような轟音と鉛玉と爆炎が銃口から迸り、北池の股下の地面を抉った。
轟音に腰が抜けたのかへたり込む北池を見下ろしながら、銃口から立ち上る煙をフッと吹き払い再度撃鉄を起こす。
「銃弾より早く動けるか魔法を詠唱できるなら、かかってこいよ。そうじゃないなら、もう二度と関わって来ないでくれ」
「――――ッッッ!!」
弱者を哀れむような目に、北池はギリッと歯噛みし睨みつけた。だが完全優位に立っているのは宗介であり、無意味だ。
それでも木剣を杖にして立ち上がろうとする北池を、その友人二人が止める。
「ま、誠っ、マジで洒落になんねえって!」
「今日のところは見逃してやろうぜ? な?」
「離せ、離しやがれっ! 舐められっぱなしで居られるかぁぁ!!」
必死の剣幕で暴れる北池の姿に、宗介は思わずたじろぐ。
(ああ、完全にやっちゃったな……)
今の今まで、中学一年の時から貫いていた信念。そしてそれを真っ向から否定するような行動。
果たしてそれは正しい選択だったのだろうか、宗介には分からない。
だが。
(もう、かっこわるい俺とは決別するって決めたんだ)
その決意は硬かった。
宗介はスッと息を吸い、大きく深呼吸した。そして出せる限りの低い声で、静かに伝える。
「さっさと連れて行けよ。目障りなんだ」
今まで聞いたことも無い宗介の、ずっと奥底に潜めていた本当の声を聞いた北池達は、ビクリと震えた。
彼らが知る宗介の姿と言えば、何かされても苦笑いと溜息しか返さないヘタレな姿だけだ。故にこの姿は、さぞ衝撃的に映ったことだろう。
「ぁ、その……。す、すまん西田!」
「わ、悪かったよ。や、マジで」
「御託は良いから消えてくれ。迷宮攻略の準備が後に支えてるんだ」
彼は未だ小さく白煙を燻らせる銃口を北池達に向ける。流石に分が悪いと判断したのか、二人と、それに抱えられた北池は逃げるように旧兵舎の裏から去って行った。
その無様な後ろ姿を見届けた宗介は、フラフラと兵舎の壁に寄りかかり、崩れ落ちる。
そして大きな大きな溜息を一つ。
「こ、怖かったあぁぁぁ……」
それは心の底から溢れ出た安堵の声だった。
「ふふ、お疲れさまっ。かっこよかったよ、宗介くん」
「本当にそう思ってるなら、感性に問題があるんじゃないかなぁ……」
北池達が消えて行った方向とはまた別のところからひょっこりと姿を現した満面の笑みの葵に、宗介はホッとしたように表情を緩める。
結局のところ、宗介は弱いのだ。
三年以上続いたヘタレ生活は身に染み付いているし、剣神と謳われるような剣技も大魔導師と呼ばれるほどの魔法も使えない。
それでも北池達に勝てたのは、奇跡に近かった。
「はは、装填数一発の銃でよくもまあ乗り切ったもんだよ……」
緊張の糸が切れ、力の抜けた右手から零れ落ちたピストルに目をやる宗介。想像以上だった反動に、未だ右手は小刻みに震えていた。
彼によって一晩で創られた“拳銃型ゴーレム”にはもう、弾丸も火薬の代わりとなる魔石も残ってはいない。装填数は一発で、再装填するには一度分解する必要がある。しかも材料の大元が石である為、非常に脆い。
正直言って、出来損ないにも程がある武器だ。もしあのまま北池が止められなかったら、宗介に抵抗する術は無かっただろう。
しかし、これを一晩で創ったのだから、流石は勇者の端くれか。まだまだ改良点は多いが一先ず僥倖と言える。
――――ともかく、ハッタリを張るには十分過ぎる一本だ。
「珍しく宗介くんが嘘をついたよね」
「いや、嘘は言ってないよ。あっちが勝手に、強力な武器だと勘違いしただけさ」
ニヤッと、悪い笑みを浮かべる宗介。
「ははっ、ものは言いようだな」
その彼に、また別の声がかかる。
「……天谷君も、来てたんだ」
「久しぶりに幼馴染の勇姿が見れるとあらば、駆けつけない訳にはいかないさ」
当然だろう? とでも言う風に、葵の後から現れた悠斗は肩を竦めた。
その悠斗の後ろからまた別の二人が現れる。周防と槍水だ。
「いやぁ、見直したぜ西田。ま、お前はいつかやる男だと信じてたけどよ」
「ちょっと矛盾してるような気もするけど……、見直したのは確かね。あの物静かな姿からは想像も出来なかったわ」
なんとも言えない関係の二人から褒められ、嬉しいやら恥ずかしいやらでむず痒くなった彼は、普段通り苦笑いでお茶を濁す。
「ふふっ。中学までの宗介くんはいつもあんな感じだったんだよ!」
「ちょ、楠木さん、黒歴史を掘り起こすのは止めて頂きたいんですけど」
「そんなに自分を卑下しなくてもいいだろうに。過去を蔑ろにしちゃいけないよ」
「いやだから、黒歴史なんだって……」
奈落の底に捨て去りたい過去を幼馴染二人に掘り返された宗介は、それこそ「穴があったら入りたい!」という具合だ。
そもそも、葵だけならばまだしも、悠斗と周防と槍水がここに来るというのは予想外だったのだ。あまり関わりのない二人に自分の恥ずかしい過去を知られるというのは、ここ三年間の間に心が広くなった彼であっても耐え切れない。
だがまあ、そんなことなど悠斗達には些細なことである。
「それで、西田君。これからどうするの? 『迷宮攻略の準備が後に支えてる』って言ってたけど、城下街でお買い物?」
「おお、そうだ。俺らも色々と買いに行くんだが、一緒に来るか?」
「あー、気持ちはありがたいけど、俺はいいよ」
幼馴染の友人二人からのお誘いをやんわりと断る宗介。
「北池達を追い返してすぐクラスの中心グループと買い物って、流石にあいつらの神経を逆撫ですると思うしね……。下手したら皆にも迷惑をかけることになるかもしれない」
「まあ、そうだな。特に北池は相当頭にきていたようだし、今は静かにしているべきだと僕も思う」
「うん、そういう訳だから、暫くは一人で居るつもりだよ」
成る程賢明な判断であった。一応、「気まずいから」という理由もあるのだが、好意で誘ってくれた二人に失礼なのでそれは言わない。
「うーん、久しぶりに宗介くんも含めて皆でお買い物できると思ったのに」
「そもそも買うのって魔石とかだと思うから、“お買い物”って感じにはならないと思うけどね……」
心底残念そうな葵の姿に苦笑いしながら、宗介は静かに天を仰いだ。
数年ぶりに交わす幼馴染との他愛無い会話に心が安らぐのを感じながらも、五日後に控える迷宮への遠征と、激昂する北池の姿を思い返す。
はたして、あれで彼が宗介から手を退くだろうか? 腰が抜けてもなお怒りの目で睨みつけて来た彼が。
(あぁ、できることならこのまま何も起こらず、静かに異世界生活を送らせてほしいんだけど……難しそうだよなぁ)
拭いきれない不安に、宗介はここ最近めっきり口癖となってしまった溜息を零した。