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四九 騎士の誓い

「フン。所詮は獣、貧相な椅子に机だな」


 円卓に脚を乗せて腕を組むマルクス。何とも敗者らしからぬ態度に同じ円卓を囲む亜人族の長達や、剣を突きつけている獣人は困ったような顔だ。


 ちなみにもう一人、会議室の隅で腕を組み不遜な態度で傍観している灰髪の少年……宗介も居るが、彼に関しては此度の亜人族の勝利における影の立役者であるので、何も言わない。


 ともあれ。エルフ族族長、ルフレは、そんなマルクスを一瞥すると溜息交じりに話を切り出した。


「それでは族長会議を始めましょうか。議題は、此度の戦いにおける捕虜の処分についてですね」


 いわゆる、戦争捕虜。数は皇太子一名に生き残りの帝国兵士が百人強である。亜人族側からすれば色々と対処に困る代物だ。


「一先ず、即時処刑しなかった理由を聞きましょうか?」


 そう言って、宗介と同じように隅で立っているフォルテに目をやる。


 彼女は結局、マルクスを殺さなかった。故に彼は、こうして捕虜となっているわけだが……宗介も納得いかないのか、ジロリと抗議の目を向けた。


「俺は『徹底的にやれ』と言った筈だが? お前は帝国を恨んでて、相手は帝国人。躊躇う理由は無いだろうに」

「うぐっ……いやまぁ、そうなんだけどね。殺さなかったのは単に意味が無いし、むしろ殺してしまえば状況はより悪くなると判断したからだよ」


 ほう? と、目を細める宗介に、フォルテは若干冷や汗を垂らしながら事情を説明していく。


「私の恨みは“帝国”そのものに向けられたものであって、皇太子や兵士達個人に向けたモノじゃない。そして、彼が死んだ程度で帝国は滅んだりしない。殺るだけ無駄だ。むしろ“次期皇帝が殺された”なんて大義名分を帝国側に与えてしまっては、次こそ本当に全面戦争になってしまう。これは流石に得策ではないよ」


 そう。今回動いたのはあくまでも皇太子直属の軍のみ。つまりこの一件は彼の独断による作戦であり、今はまだ公にはされていないということである。


 実際、公になってしまえば聖王国からの猛烈な批判は避けられないだろう。王国が召喚した勇者を利用し、私欲の為に他種族を侵略したのだから、完全に悪者は帝国側である。両国の仲は良好とも言えないので、ここぞとばかりに叩く筈だ。


 が、もしも皇太子を殺してしまえば、報復という旗を掲げ堂々と侵略しに来るだろう。その時もまた宗介の助力を得られるとは限らないので、こればかりはどうしても避けなければなるまい。


「クク、存外に良く考えているようだな」


 あくまでも上位者の姿勢を崩さず、口角を吊り上げて笑うマルクス。


 彼の後ろには帝国が付いている。なればこそ、今回の戦いで戦力を失った弱小種族は下手に動けなかった。


「はぁ……。では、誠に遺憾ですが、恩を着せて早々に退去頂くということで異論は無いですかね?」


 歯がゆそうな顔をしながら、ルフレは円卓を囲む族長達に決を採る。一応、意義の声は上がらない。


 ただ、問題があるとすれば……


「クク、俺が懲りずに侵略してきたらどうするつもりだ?」


 この事に尽きるだろう。


 口元に嫌らしい笑みを浮かべたマルクスの言う通り、これでは帝国の脅威からは逃れられない。いずれまた、同じように戦うことになる。


 勿論、軍の再編成には時間がかかるだろうし、隠れ場所を変えれば先延ばしにはできるだろう。が、所詮は先延ばしに過ぎないのだ。


 加えて、次回があるとすればその時、“龍巫女”による間接的な庇護は失われている筈である。ともすれば亜人族の未来は風前の灯に近いと言えた。


 それを察した宗介はやれやれと溜息を吐きながら、静かに、それでいて良く通る声でマルクスに問う。


「亜人族全員を銃火器で武装。防衛用に大量の戦車を配備。不死身のゴーレム軍団で帝国侵略。帝都空爆。あんたらの首に爆弾。どれが良い?」


 ……と。


 それを聞いたマルクスは、途端に苦い顔を浮かべた。


「……チッ。確か貴様が、あの鋼鉄兵器や“銃”とやらを作ったのだったな」

「ああ。……ちなみに、あんなもん俺が保持してる戦力の一端に過ぎないからな? なんなら一夜で帝都を落としてやってもいいぞ」

「降参だ。あんな訳の分からん異界の兵器を向けられては、流石の帝国も分が悪い」

「良い判断だな」


 フンと鼻を慣らし、再び傍観の姿勢を貫く宗介。


 鋼鉄の戦車や炸裂音と共に死をばらまく未知の兵器。それらを目の前でチラつかせてやれば、帝国は大きく動くことが出来なくなる。何せ、二百対千の強大な戦力差を鼻で笑って覆す代物だ。嫌でも敵対するのは避けたいことだろう。


 加えて、それだけでも脅威だというのに、製作者であるという少年は更に強大な力を持っていると言ってのける。ハッタリをかけている気配も無い。その力を向けられては……帝国の滅亡は必至である。


 マルクスは次期皇帝として、藪を突ついて龍を怒らせるような真似をする訳にはいかないのだ。


 と、宗介は不意に、隣のフォルテがポカンとした顔で見つめて来ているのに気付いた。


「どした?」

「い、いや、良いのか? と思ってな」

「……? あぁ、そう言うことか」


 合点がいったように頷く宗介。


 要は「本当にそこまで力を貸してくれるのか?」と、そう言うことだろう。此度の戦いは既に終結しており、宗介の役目は終わった筈なのだから。


「俺は俺の判断で亜人族に肩入れしたんだ。ならアフターケアくらいしてやるさ。どの道、必要なのは分かり切ってたからな。最後まで面倒を見る気も無いのに手出しなんてしねえよ」

「ほ、本当に?」


 未だ疑うようなフォルテに、当然だろう? と肩を竦める宗介。フォルテや亜人族の長達は呆然としているが、一先ず無視して話を進めることにした。


「そう言う訳だから、今後ここを侵略するなら相応の覚悟を決めてくることだ」

「チッ……末恐ろしいな。しかし貴様、なぜそこまで獣共に肩入れする? 大方、冒険者か何かだろうが、聖王国に頼まれでもしたか?」

「似たようなもんだが違うな。聖王国とか帝国とか関係なく、ただ個人的に部下の頼みを聞いてやっただけだ」

「ほう? つまり、貴様が動いたのは隣の女が原因か」


 ジロリと、マルクスは鋭い視線をフォルテに向ける。呆然としていたフォルテも、ハッと正気を取り戻し向き直った。


「貴様は聖王国の人間らしいが、何故亜人族に肩入れする?」


 王国騎士の制服を纏った、金髪の女。彼女が何処に所属しているかは一目瞭然だ。故に飛び出したその言葉に、フォルテは勘違いを正すように答える。


「生憎ですが、今の私は聖王国の騎士という任から降りていますし……そもそも“人間”ですらない、“半端者”だ。個人的に故郷を守り復讐を果たしたかっただけですよ」


 人間でない半端者。亜人族の里が故郷。その言葉にピンと来たのか、マルクスは心底愉快そうに笑った。


「ク、クク……! そうかそうか、人間と獣のハーフか! いや、すまぬ。ならば確かに俺の勘違いであったようだ。そう言えば何年か前、地下闘技場を騒がせた餓鬼が居たが、あれが今や俺の前に立つとは……」

「どうやら、ご存知のようで」

「魔法を操る金髪の半獣人と言えば、一部の界隈では有名であったからな。いやはやしかし、あの地の果てから這い上がり牙を剥いて来るとは……全く見上げた奴よ」

「それだけを原動力に生きてきましたから」


 ニッコリと恐れることなく笑って返すフォルテを、値踏みするような視線が舐め回す。


「クク、その根性気に入ったぞ。貴様、俺の部下になるつもりはないか? 最高の待遇を用意してやるぞ?」

「謹んでお断りさせて頂くよ」

「であろうな、残念だ。だが気が変わったら何時でも訪ねてくると良いぞ。我ら帝国は常に強者を求めているからな」

「天地がひっくり返ってもあり得ないな。そもそも今の私は、婿殿の所有物だ」


 ほう? と視線を宗介へと向けるマルクス。当の本人は「うげっ」と心底嫌そうに顔を顰め、案の定の反応にクツクツと笑った。


「どうだ小僧。冒険者など辞めて俺の部下になり、その力を帝国繁栄の為に揮うつもりは無いか? 何でも求める対価を払ってやるぞ?」

「生憎と一勢力の下に所属するつもりは無い。俺は俺のやりたいようにやるだけだ。と言うか、捕虜の分際でヘッドハンティングしてんじゃねえよ」

「チッ、残念だ。貴様の作る武器で我らの軍を武装させれば、間違いなく世界最強の軍隊となる筈なのだがな……」


 マルクスは本当に惜しそうにボヤく。宗介は何とも困ったような顔だ。自らのペースが皇族特有の傍若無人さに崩されるらしい。これは相性が悪い、早々に離脱するのが吉だろう。


「それじゃあ、部外者はここらでおいとまさせてもらう。適当に防衛用のゴーレムでも置いてくから、捕虜の処分はそっちで適当に頼むわ」


 そう言ってフォルテに促し、さっさと会議室を出て行く宗介。その後ろでガタリと、勢い良く椅子から立ち上がる音がした。


「ま、待ちなさい!」


 猛然と声を上げたのは、ルフレだ。宗介が煩わしそうに振り向けば、悔しそうに歯噛みしている姿が見えた。宗介はまだ何かあるのか……と苛立ちを露わにした視線を向ける。


 が、帰って来た答えに、宗介は思わず肩透かしを食らうのだった。


「……個人的には物凄く遺憾ですが、お陰で我々亜人族の平穏は保たれました。ニンゲンなど信用に足らぬと悪し様に言ってしまったこと、個々に謝罪しましょう。そして、亜人族全てを代表して感謝を」


 そう言って、ルフレは頭を下げる。プルプルと震えているのは、単に人間が気に入らないとか、それでも彼には恩があるとか、そう言う葛藤によるものだろう。


 宗介は内心、ほうと感嘆の息を漏らした。どうやら彼について少し勘違いしていたらしい。排他的な堅物だと思っていたのだが、なんだかんだで話の分かる存在だったようだ。


 ならばと宗介は、ニッコリと優しい笑みを浮かべると……


「ああ、存分に感謝してくれ。この恩を末代まで忘れないようにな」


 全力で恩に着せてやった。途端に「しまった!」といった顔を浮かべたルフレ。他の族長達は耳を疑うようにキョトンとしている。


 ……普通ならここは、謙遜する場面だろう。だが宗介は常識に囚われない。常識に囚われていては、この世界を生き延びる事など出来ないのだから。売れるものならば捨てずに売り払う。それが“恩”ならば尚更だ。


「っ……! やはりニンゲンはっ! ニンゲンはこれだから!! 私は貴方を認めませんよ、絶対に!!」

「迂闊な発言をするのが悪い。貸し一つだ、じゃあな」


 とは言え、恩を返してもらおうとは特に考えてはいないのだが。近付き過ぎず離れ過ぎずの適度な距離を保つだけの、言ってしまえば方便に過ぎない。助けたのはあくまでもビジネス、ということを言外に伝えることで、亜人族が宗介に依存することを避ける為の策である。


 ともあれ。怒りの声をBGMに満足そうに笑いながら、手をヒラヒラと振って会議室を後にする宗介。それを追うフォルテは、呆れたように目頭を押さえている。


「本当に婿殿は、ブレないね……」

「まあな。と、すまんエリス、待たせた」

「……ん。問題ない」


 会議室の外で手持ち無沙汰に待っていたエリスと合流し、フォルテの悩みなど知ったことかと、宗介は急ぎ足気味に廊下を歩く。


 急ぎ足気味、というのは決して間違いではないだろう。何せ今日は朝から“天空の塔”へと向かう予定だったのに、既に半日を失ったのだ。その判断を下したのは宗介自身とは言え、遅れは取り戻さねばなるまい。


 もしくは、やっと幼馴染と再会出来るという、はやる気持ちが露わになった結果か。


「ちょっ、ま、待ってくれ婿殿っ!」


 その早足に、幾らなんでも急ぎ過ぎだろうと抗議の声がかけられた。


「何だよ、ボケっとしてるんじゃないぞ? 遅れを取り戻さなきゃならないんだからな」

「わ、分かってはいるが、もう少し待ってはくれないか? 私にもケジメというものがあってだな……」


 改まった感じでそう言うフォルテ。何とも要領を得ないが、どうやら話があるらしい。


 はぁと息を吐いて、宗介は急かすように向き直る。話があるなら聞いてやるのも吝かではないが、さっさと終わらせろよ? と、そんな無言の圧に、フォルテは深呼吸して一拍置いてから口を開いた。


「婿殿。その……ありがとう」

「あ? 何だよ藪から棒に。何だかんだ我を通すお前には絶妙に似合わねえな」

「気恥ずかしいからって茶化さないでくれ。私は本当に感謝しているんだよ」


 内心を見透かした言葉に、うぐっと言葉に詰まる宗介。やはり亜人族の慧眼には敵わないらしい。諦めたように溜息を吐く宗介を尻目に、フォルテは胸元で手を握り、噛み締めるように言葉を紡いでいく。


「正直な所、まだ完全に恨みを晴らすことができたとは言えないけど……婿殿のお陰で守りたいモノを守り、貫きたいモノを貫くことができた。君には返しても返し切れないだけの恩が出来たね」

「いや、ただの気まぐれだ。そこまで気にする必要は無えよ」

「気にもするさ。本当に婿殿には助けられた。少なくとも私は、それだけの恩義を感じている」


 こういう真面目な場面ではちゃんと謙遜する宗介に、フォルテは呆れたように頬を綻ばせて笑う。


 そう、彼はこんな奴なのだ。傍若無人に振る舞えるだけの力があり、実際そういう皮を被っているのに、変に律儀で小心者で。その癖、誰かに力を求められると、愚痴を零しながらも無理に理由を作ってまで助けるような、不器用な優しさを持っていて……。


 フォルテにとっての生きる目的は、もはや達成されたも同然。


 ――――ならば、新たな目的を作るのも悪くはない。


 そう判断した彼女は、どこか暖かいものを胸に感じながら、宗介の前に膝を突いた。


「既に婿殿の所有物である手前、間違っているような気がしなくもないが……我が身、我が生涯を以って君に尽くし、この恩義を返すことを誓おう。私はこれより貴方の剣であり、手足だ」


 それは、王の前に跪き誓いを立てる騎士の晴れ舞台、刀礼の儀に近かった。


 フォルテは一度、聖王国に剣を預けた身。だと言うのにこのようなことをするのは、つまり彼女の意思の現れに他ならない。それが分かった宗介は、ニヤリと笑って跪くフォルテを見下ろす。


「言うじゃないか」

「……私にも勝てないくせに、ソウスケの剣になるつもり?」

「無論、私の力が君達には遠く及ばないことなど百も承知している。それでも、何の役にも立たないなんてことは無い筈だ。それに私は尽くすタイプだからな、きっと役に立つぞ?」


 確かにフォルテは弱い。いや、世間一般からみれば決して弱くはないのだが、宗介やエリスと比べると見劣りはするだろう。


 それでもだ。それでも彼女は、決めたのだ。


「尽くすことを許してくれるなら……どうか、この剣を取って欲しい。そして、我が主となってはくれないだろうか?」


 フォルテは腰の直刀を抜き、仕えるべき主人に差し出す。


 これを主となる者が受け取り、叙任の言葉と共に騎士へと向け、騎士はその刀身に誓いの口付けをする……そうすることで晴れて誓いは成立する。


 確かこんなことを何かで読んだな、と記憶の断片から儀式の方法を引き摺り出した宗介は、恭しく差し出された漆黒の直刀を受け取ると……


「ド阿呆」

「あたっ!?」


 その背で、跪くフォルテの頭を小突いた。


 当然、フォルテは「何をするんだっ!」と抗議の声を上げる。宗介は呆れたように答えた。


「あのな、そもそもこの刀は俺がお前に貸した物だろうが。捧げるも何も元から俺の所有物だっつーの」

「なっ!? いや、確かにそうだが、こ、これでは締まらないではないかっ! 私の決意を返せ!」

「知るか。それにお前自身だって、エリスに負けた時点で俺らの所有物になってんだ。こんな誓い、今更にも程があるだろ」

「ちょ、まっ!」


 ポイと放り投げれる黒刀を、わたわたとすんでのところでキャッチするフォルテ。それを見届けた宗介は、足早に踵を返し、歩みを再開する。


「尽くすって言うんならさっさと着いて来い。当初の予定より半日も遅れてんだ。それを取り戻す為にも、お前にはこれから馬車馬のように働いてもらう。覚悟しとけ」

「婿殿……」


 ポカンとした顔でその後ろ姿を見つめるフォルテ。


 端から見れば「なんて奴だ!」と罵られるような振る舞い。言わばフォルテの誓いを台無しにするような行為である。本来なら許される行為ではない。


 が……【直感】は言っている。あれはただの照れ隠しだ、と。上に立つだとか仕えるだとか、そう言う主従関係になるのが気恥ずかしかったから有耶無耶にしたのだ、と。


 その内心が分かってしまえば、今し方の行為も何処か可愛らしく思えてしまう。実際、彼の隣を歩くエリスも微笑ましいような視線を宗介に送っている。


「全く、本当に婿殿のツンデレはブレないね……」

「ツンデレじゃねえよ」

「謙遜するな。それもまた魅力の一つだよ」

「別に謙遜してる訳じゃねえからな! その不名誉な呼び方マジで止めろ!」


 猛然と抗議の声を上げる宗介に、フォルテは堪えきれずクスクスと笑い声を上げた。


 その姿に毒気を抜かれたのか宗介は、エリスに「……よしよし」と宥められ、納得いかないような顔をしながらも諦めの溜息を零す。


「よぉし、望むところだとも! 不肖フォルテ、ツンデレな婿殿の為に身を粉にして働かせてもらおう! 改めてよろしく頼むよ!」

「……はぁ、こちらこそよろしく頼むよ、騎士サマ」


 立ち上がって彼の後を追うフォルテの表情は、輝かしい程にスッキリと晴れ渡っているのだった。

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