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四八 大森林防衛戦線 後

「ん~、戦車(チャリオット)戦車(パンツァー)は流石に大人気なかったかな」

「……?」

「気にすんな、独り言だ」


 どこからともなく聞こえてくる砲火の旋律に、何とも愉しそうに一人ほくそ笑む宗介。


 現在、彼らは集落の墓地で、半身が機械と化した傀儡(ペット)飛竜(ワイバーン)、“バスカヴィル”の背に腰掛けてのんびりしていた。


 ……サボっている訳ではない。重装戦車型ゴーレム“VoS.03 Liger(ライガー)”やフォルテを、飛竜便(バスカヴィル)で空から戦場に送り込む――パラシュートは装備していなかったので恐ろしくダイナミックな空挺降下となったが――という仕事はこなしたし、その後も【感覚共有】を使うことで、フォルテに託した幾つかのゴーレムを通して戦場を観察しているのだ。


 しかし、そんな彼の隣に寄り添うエリスは暇なようで、手持ち無沙汰に足をユラユラさせながらポツリと尋ねた。


「……どうして、手を貸したの?」

「どうしてと来たか」


 正直、答え難い質問に、腕を組んで頭を捻る宗介。


「……あんなに全力を尽くして支援する義理は、無いはず」

「そりゃあ、そうなんだけどさ」


 確かに、宗介は今回の亜人族対帝国軍の争いに、かなり深く関与しようとしている。


 フォルテに託した六機の“シールドビット”と戦車。それらを宗介以外にも操れるようにと、即席で創ってみた腕輪型コントローラー。そしてそれだけに留まらず、他にも幾つかの謹製ゴーレムをフォルテに横流ししたし、亜人族側の戦力を増強する為に“バウンサー”なんかも走らせているのだ。


 確かに、そこまでする義理は無いだろう。無いだろうが……


「俺自身が復讐に生きてる癖にあいつの復讐だけを止めるのは違うだろ、ってのが三割。幼馴染の尻拭いが三割、気分が四割だな」

「……ずいぶん適当」

「義理は大事だが、時には人情も必要ってことだよ」


 ふぅん……? と、気持ち目を細めて宗介を見つめるエリス。心の奥底を見透かすような静かな視線に、宗介は内心で若干たじろいだ。勿論表面には出さないが、恐らく無意味だろう。ジト目がちになったエリスがボソリと呟く。


「……ようは、話を聞いて感化された……ってこと?」

「さあな」


 宗介は否定も肯定もせず、ただ肩を竦めて答えるだけだ。


 きっと、口に出したら負けだとか、理由はそんなことろだろう。それを察したエリスは静かに目を伏せ、身体を寄せる。


「……なんだかんだ、ソウスケは優しくて、甘い。あまあま」

「甘い、か」

「ん……でも、そこがソウスケの良いところで、私の好きなところだから……」

「そいつはどうも、とでも言っておこうか」


 困ったように頬を掻く宗介に、少し頬を緩めてはにかむエリス。半機のワイバーンの背が何とも場違いな雰囲気に包まれ始める。少し行った所で戦争が起こっているとは、誰も想像しないだろう。


 が、その空気も暫くすると張り詰めたモノに変わった。


 何故か? 彼らの居る墓地に、十余りの人影が現れたからだ。


 皆一律の鎧を纏い、そしてバスカヴィルと宗介達に怪訝なを向けている。当然だろう。居る筈の無い存在がそこに居たのだから。


 その、鎧を着た人間達……帝国軍の別動隊を睥睨した宗介は、「やはり来たか」と面倒臭そうな顔をする。とはいえ自分から買って出た仕事だ。投げ出す訳にも行かないので、そのまま規定の対応を始めた。


「これはこれは、大帝国の兵隊さん方じゃないか。こんな辺鄙な所までご苦労なこって」

「な、何者だ? 見たこともない鎧……冒険者か? それに、飛竜を従えて……」


 ポッカリと空いた空洞のような眼を向けてぎこちなく唸るバスカヴィルに、若干、慄いたように冷や汗を垂らす兵士達。宗介はおどけるように話を続ける。


「ま、通りすがりの墓守って所だな。さて。ここまでご足労頂いた手前、あんたらには申し訳無いんだが……」


 シュトラーフェⅡで肩をトントンしながら、宗介はニヤリと笑い…….


「こっから先は通行止めだ。亜人(デミ)死人(デッド)俺達(アンデッド)以外はお帰り願おうか」


 その銃口を、兵士達に突き付けた。


 それを向けられた側はと言えば、恐らく武器であろうものを向けられてお怒り気味だ。小隊長らしき人物が、こめかみに青筋を浮かべて腰の剣に手を当てる。


「何の話かは分からんが、我々は現在、重要な任務の最中なのだ。もし貴様らが我々に楯突くというのなら、容赦はしなッ!?」


 ズドンッ!!


 そして、一歩。苛立ちを露わに足を踏み出した踏み出した瞬間、彼の頭部は鋭い炸裂音と共に吹き飛んだ。迸った閃光に頭を粉砕された胴体がグシャリと後ろに崩れ落ちる。それはもはや、血を噴き出すだけの物言わぬ肉塊であった。


 隊長が一瞬で絶命させられたことに、残りの兵士達は「ヒッ!?」と身を震え上がらせる。その視線の先には、前面に空いた孔から白煙を上げる謎の鋼鉄兵器が……。


「亜人族との戦闘中、隙を突いて後ろから攻め込んで戦線を瓦解させるっていう大事な任務だろ? 大丈夫、分かってるとも」

「な、なな、何をした貴様ッ!!」


 ニッコリと笑う、されど目には極寒の冷たさを宿した悪魔のような少年に、一斉に武器を向ける兵士達。小隊長が殺された原因は彼であることなど一目瞭然である為、混乱しながらもその行動は迅速だ。


 が、またも先程の炸裂音が鳴り響いた瞬間、その武器の悉くが弾き飛ばされた。手首ごと。


「ィぎッ!? が……っ」


 突如として訪れた激痛に苦悶の声を上げる兵士達。何が起こって手首が吹き飛んだのかまるで理解出来ないまま、されど絶対に勝ち目が無いことは理解し、涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながら必死に逃げ出そうとする。


 しかし、そこには既に黒い柩が六機、スパークを纏い炎を噴いて通せんぼするように浮遊していた。その全てが先端部分の、小隊長を殺した武器と同じような仄暗い“孔”を向けて来ている。


「まあまあ、折角ここまで足を運んで頂いたんだ。そのままお帰り願うのも申し訳無いし――――」


 こびりつくように語尾を伸ばし、酷く温かみに欠けた言葉をかけられた彼らが、涙目になりながら恐る恐る振り返ると……そこには眼帯を外して紅い眼をギラつかせた少年が、やたらとゴツい大鎌を担いで立っていた。


天国(ヴァルハラ)まで送ってやるよ」

「ひっ! や、やめ、助け――――」


 ヴィルト大森林に響く怒轟の中、何処かで彼らの悲鳴が木霊したのは、それからすぐの事であった。




 ◆




 所変わって、金狼族の集落入り口……最前線では。


「チクショウ、なんなんだよあれは!?」

「鋼の化け物めっ」

「魔法も剣も効かな……ぐはっ!」


 また別種の悲鳴が、幾つも響いていた。


「ええい、あのような鈍重な魔物など数で押し潰せっ!!」


 兵士達や木々を盾にするようにチャリオットごと避難したマルクスが怒声を上げるが、悲鳴や炸裂音に掻き消されて届かず、よしんば届いたとしても、その命令を遂行しようと動いた者は瞬く間にミンチと化すだけである。


 傷を負って地面に伏す亜人族に当たらぬよう、若干上向きにばら撒かれる車載機関銃の鉄雨が、毎分千発という猛烈な殺意を以って、混乱して逃げ惑う兵士達の一等鎧を蜂の巣にする。鮮血で紅くコーティングされた十五ミリの弾頭は、後ろの木々まで紙くずのように孔だらけにする威力だ。


 勿論、帝国兵側も黙ってはいない。せめてもと木々を盾にしながら、立て続けに魔法を放ってくる。狙いは這うように逃げようとする亜人族の戦士達や、ライガー及びその上に立つフォルテ等。


「甘いな、“自律防御”」


 が、フォルテが左腕を突き出して指示すれば空飛ぶ黒柩“シールドビット”が急行し、炎の槍をその身で以って受け止めた。


 フォルテがシールドビットを操ることが出来るのは、彼女が両腕に着ける、黄色い宝玉が埋め込まれたSFチックな腕輪のお陰だ。いわゆる“コントローラー”であるそれは、【遠隔操作】や【感覚共有】を常時付加されており、宗介以外でも彼のゴーレムを操作出来るようにしてくれる。とはいえ試作品なので簡単な命令しか飛ばせないが。


 ともかく。シールドビットでも足りなければライガーの重機関銃で、それでも足りなければフォルテ自身が斬り裂いて霧散させる。もはや魔法は通用しない。


 そうして所在を明かした魔法隊を襲うのが、数秒の掃射で木々を廃材へと解体する毎分千発の弾丸と……ライガーの主砲である“百二十ミリ滑腔砲”だ。


「“主砲発射”。薙ぎ払え」


 無慈悲な命令と共に、指揮棒のように漆黒の直刀が振るわれる。


 その瞬間、魔法隊の一部が隠れていた木が爆炎に呑まれ吹き飛んだ。


 ほぼ同時に轟く砲声と爆発。音の壁をブチ抜いて放たれた徹甲榴砲弾は視認する間も無く魔法隊の傍の地面に突き刺さり、内にギッシリと詰め込まれた炎の魔石が大爆発を起こす。


 地面は内側からひっくり返され、至近距離で爆炎を受けた者は半身を消し飛ばして絶命し、距離があった者は飛び散った破片に全身を破壊され……ほんの一呼吸の間に数十という肉塊と大きなクレーターを作り上げた。


 勿論、その中に亜人族の死体は無い。シールドビットや機関銃の掃射で、匍匐するように逃げてくる怪我人をサポートしているからだ。暫くすれば、フォルテ達が降ってくる前に生まれた負傷者の避難は完了するだろう。


 そんな彼らの盾となるべく移動したライガーは、一番装甲の厚い車体前面を押し出して威圧し機関銃を掃射する。逃げ延びてくる者への追撃など、この鋼の獣王が許さない!


「一体何なのだ、あれは……」


 ライガーに守られながら同胞による手当を受けていたティグルドは、眼前で巻き起こる暴虐の嵐に、ただ呆然と言葉を漏らした。周りの戦士達も同様に、ポカンと口を開けて眺めている。


 その呟きに、予期しなかった返答が返された。


『俺が創ったゴーレムだよ』

「っ!? 何者だッ!」


 ビクリと身を震わせ声の主を探すティグルド。振り返った先には、鋼鉄で出来た虎のようなモノが鎮座していた。


 その虎の口が開き、おもむろに言葉を紡ぐ。


『俺だよ俺。あんたなら分かるだろ?』

「その声……あの時のニンゲンか!」

『ご名答』


 聞き覚えのある声が発され、ティグルドは声を荒げた。それは間違いなく、いつか一度殺りあった灰髪に火傷跡の少年……宗介のものであったからだ。


 当然ながらこれは、【感覚共有】を使用して虎徹改越しに言葉を伝えられるように改造された結果。声が若干、スピーカーから発したようにくぐもっているのはその為である。


 閑話休題(それはともかく)


「キサマ、この後に及んで何をしに来たのだ! 早朝にはここを出て行くと、そう宣言しただろうっ!?」

『まぁそうなんだが、気分が変わってな。あんたらに加勢してやりに来た』

「加勢、だと……? それは確かに有難いが……」


 何とも歯切れが悪い答えだ。まあ、一度殺りあって惨敗した上にフォルテのあれ――スッキリしたような顔でライガーに攻撃命令を下している――を見せられては、それはもう亜人族の戦いで無くなってしまうのを懸念に思っても仕方が無いだろう。


『要らないなら別にいいが、あんたらの残存戦力は五十あったら良い所だろ? ハッキリ言って、戦車一台投入した所で、数の暴力には敵わんぞ?』

「そう、なのか……?」


 コクリと頷く虎徹改。


 戦車は非常に強力だが、それも本来は随伴兵あっての話。何故なら、戦車はすぐ側の敵を排除する能力に欠けるからだ。ピッタリと張り付かれては手も足も出ないし、履帯に剣でも挟まれたら動けなくなってしまうだろう。機銃だって射線上から避けることを意識すれば回避は難しくない。


 勿論、それを防ぐ為にフォルテやシールドビットが居るのだが、如何せん数には不安が残る。


 今でこそ印象的な登場をしてきた未知の兵器ということで混乱している為、無双できてはいるが……帝国兵が弱点に気付き、数に任せて特攻でも仕掛けてくればどうなるかは分からない。


『まぁ実際、俺達だけでも勝てなくはないが、あんたらのプライドがおんぶに抱っこを許すのか?』

「っ、そんなことは断じて許容出来ん! 余所者に、それもニンゲンに全てを任せるなど、亜人族の誇りが泣くと言うものだ!」

『だろうな。なら武器を取って立ち上がれ。眼前の敵を討て。一騎当千足り得る最高の獲物を用意してある』


 そう言って、促すように振り向く虎徹改。するとそこに漆黒の六輪車が、重々しいエンジン音と排気ガスを撒き散らしながら停車した。安定と信頼の装輪装甲車“バウンサー”だ。荷台には大きなコンテナが積まれている。


 また新手か! と身構え亜人達を尻目に、ガコンッと音を立ててコンテナが開く。


 その中には……


『アサルトライフル、スナイパーライフル、コンパウンドボウにマシンガンまで何でもござれだ。使い方は勘で分かるだろ? 武運を祈ってるよ』


 ティグルド達は機械の虎に、不敵な笑みを浮かべる少年の顔を幻視した。




 ◆




「……チッ、気付かれたか」


 戦車の上で指揮を取っていたフォルテが、不意に苦い顔を浮かべる。逃げ惑っていた帝国兵達の動きが変わったからだ。


「ヤツは近付けば置物だ! 一斉にかかれ!」

「正面に立つな、蜂の巣にされるぞっ」

「帝国の意地を見せてやれ!」


 もはや被害も恐れず、咆哮を上げて一斉に突撃してくる帝国兵達。数こそ当初よりは大きく減らしているものの、まだ五百は軽い。こちらの随伴兵はフォルテ一人とシールドビット六機、止めるには些か頭数が足りないように見える。


「“攻撃陣形展開”、“一斉砲火”!」


 フォルテは臆することなく、腕輪を通して指示を飛ばす。シールドビット達が機械音と共に内蔵の銃口を覗かせ、ライガーはゆっくりと後退しつつ機関銃を掃射し始めた。


 立て続けに迸る炸裂音と閃光。シールドビットからはショットシェルが、ライガーの機関銃からは徹甲弾が雨あられのごとく振り注ぎ、帝国兵達を蜂の巣にしていく。


「怯むな、直に止むッ! その時があの化け物の最期だ!」


 が、後方からマルクスが命令している限り、兵士達は止まらない。死体の山を踏み越え、時に肉壁を作って突貫してくる。


 彼らとて馬鹿ではない、むしろ帝国軍の中でも選りすぐりの精鋭達なのだ。ともすれば混乱から立ち直るのも早いし、爆音を鳴らす武器の詳細は分からずとも、戦っている内にリロードや再装填の際に隙が出来ることを理解したのだろう。


「くっ、指揮官を潰さねば止まらないか……。ええい、“主砲発射”!」


 歯噛みするフォルテの言葉と共に、爆轟が響き渡る。極至近距離で放たれた砲弾が何人もの兵士達の身体を真っ直ぐ抉りつつ、地面に突き刺さって大爆発を引き起こした。


 が、それだけだ。まだ相手は数百と残っている。


 やがて機関銃の弾が切れた。操作していた簡素な人型ゴーレムが急いで弾倉を交換するが、その隙は大きく、瞬く間に包囲が始まる。勿論、機関銃や主砲の正面は避けて。


「女を引き摺り下ろせ!」

「死角に入り込んだら終いだぞ!」


 これは不味いと、咄嗟に剣を構えて応戦しようとするフォルテ。シールドビットも彼女の周りを花弁のように守護し、ショットシェルを薬室に送る。


 が、その直後。


 ズダダダッ! ドダダダダダッ!!


 後方から、更なる殺意の嵐が迸った。


「彼女だけに任せるな! 我ら亜人族の誇りを示せ!!」


 響き渡る怒声に振り向けば、そこには銃火器で武装し雄叫びを上げる亜人の戦士達が居た。その旗頭となるのは大きな箱型弾倉が特徴的な軽機関銃を掲げるティグルドだ。


 数は五十程度。到底、帝国兵には及ばない。


 が、担いだ武器は宗介が創った異世界の兵器達。ゴーレム創造の特訓がてらに、もしくは酔狂で既存の兵器に似せて創られた……言ってしまえば“型落ち品”ばかりではあるが、それでも数の大差を埋めるだけの力を持っていた。


 見るからに「げっ!」と顔を顰める兵士達。そんな彼らを、無数の弾丸が強襲する。


「ニンゲン共はさっさと帰れ!」

「ヒャッハー!! 撃て撃て撃てェッ!!」

「畜生、なんなんだよ! 勝ち戦じゃなかったのか!?」

「こんなの勝てっこ……ぐあぁっ!」


 鉛玉を撒き散らしながら、お返しだと言わんばかりに進軍してくる戦士達。途端に帝国側の包囲は瓦解し、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。


 当然のようにその背中には弾丸が叩き込まれるし、時には白銀の矢まで降り注いで帝国兵達を打ち倒す。これは、非力なエルフでも引けるように創られたコンパウンドボウによるものだ。風の魔法で軌道を操られた矢は、百発百中で対象を穿っていく。


「手が空いている奴は“半端者”のサポートに回ってやれ!」

「了解!」

「気乗りはしないが仕方ないっすね!」


 マシンガンで道を切り拓きながら同胞達に支持を飛ばすティグルド。包囲から解放されたライガーに、四人ばかりの随伴兵が出来上がった。皆、頭の上には狼の耳が付いており、狼族の者だと推測がつく。


 ……かつては、人間とのハーフであるフォルテを受け入れることなく突き放した、同胞であってそうでないような存在。


 フォルテも思う所があったのだろう、何処か不安そうな顔で尋ねた。


「……この私に、ついて来てくれるのか?」

「勘違いするな、帝国の魔の手から故郷を守る為だ。お前を同胞として認めただとか、そういう話じゃない」

「……ふっ、そうか。そうだろうな」


 普通に即答され苦笑いを浮かべるが、しかしその顔は何処と無く晴れやかだ。


 答えは予想出来ていたので、いっそ清々しかった。むしろ、初めて“同胞”と肩を並べられただけでも万々歳と言えるだろう。これまでの人生の中で、一度も存在したことが無い状況なのだから……。


「それじゃあ、指揮官を潰しに向かう。護衛はよろしく頼むよっ!」


 少し嬉しそうなフォルテの指揮と共に、鋼の王虎は腹に響くエンジン音と黒煙を吐き出し、猛然と動き始めた。向かう先には軍馬二頭立てのチャリオットに乗った指揮官、マルクスの姿が。


 通すまいと身を呈して盾となる兵士達は、随伴兵によって瞬く間に薙ぎ払われる。彼らが持つアサルトライフルの前では鉄の鎧など紙であり、剣など何の役にも立たない粗大ゴミだ。


 そうして切り拓かれる一本道の先では、全く無傷のマルクスが馬上槍(ランス)を握り締め、青筋を立てて怒りを表にしていた。どうやら相当頭に来ているらしい。


「獣風情に王国騎士が……! 俺の部下共をよくも殺ってくれたなァッ!」


 手綱を鳴らしランスを掲げるマルクス。その周りで翠色の豪風が渦巻き、実態の無い円錐の螺旋型――――ドリルを形作る。


「“機銃掃射”!」


 見るからに脅威と分かる魔法の構築を阻害するべく、フォルテの命令と同時にライガーの車載機関銃が火を吹いた。


 音速でばら撒かれる弾丸の群れは、眼前の魔法と同じように螺旋を描きながら宙を疾走し、文字通り瞬く間に標的へと肉薄する。見てから避けられるほど甘い代物ではない。


 が、その弾丸は虚しく虚空を貫き、森の奥へと消えて行った。何らかの外的要因によって軌道が大きく逸らされたのだ。


「風の、防壁かっ」

「応とも! このような豆鉄砲、俺には決して届かぬぞ!」


 マルクスは見ての通り、“風属性魔法”の使い手。そして風属性と言えば、攻守共に優れた属性である。


 今回の事の種は、その防御面の力だ。大抵の飛翔物はまず、渦巻く大気の壁を突破できない。帝国でも三本の指に入る彼のモノなら尚更だ。彼が、いままで過剰なまでの弾丸をばら撒かれていながら無傷なのも、このおかげである。


 ちなみに、同じ風の使い手であり風の大精霊“ウラノス”と契約した、魔王軍幹部“龍巫女”は彼の遥か上を行くらしいが……今は別にいいだろう。


 ともかく。機関銃の弾丸は風の防壁に受け流されてしまい、マルクスには届かなかった。


 そうこうしている内に、風の攻撃魔法が出来上がる。万物を穿ち吹き飛ばす翠の竜巻。それを凝縮し威力を高めた槍の魔法だ。


「化け物め、貫いてやろう――――《羅穿皇砲》!」


 唸りを上げる風のドリルが真っ直ぐ、一息に放たれた。


 正面からマトモに受けては、ライガーの装甲も耐えられないかもしれない。それだけの威力があると【直感】が訴えている。


 ならば、どうするか?


「――――堕とせばいい」


 小さく笑ったフォルテは、周りの随伴兵に避難を促しつつ、腰に吊り下げていたボールのような物体を取ると……持ち手に付いた“ピン”を引き抜き、おもむろに槍の射線上へと放り投げた。


 放物線を描く黒い球体は、直進する螺旋と衝突して炸裂。そして……


 ズギャアァァアアッッ!!


 耳をつんざく嫌な音と共に黒いスパークを纏った波紋を広げ、槍を地面に叩きつけた。


 電磁フィールドのような黒いサークルの中で、一心不乱に地面を掘削する翡翠色の槍。何か強い“圧”がかけられたように形を歪めると、フルフルと僅かに抵抗を見せるも……ペシャンコに押し潰され、虚しく消失する。


 地面には、深く抉られた楔形の傷だけが残った。


「……貴様、一体何をした……?」

「婿殿曰く“重力場を発生させる手榴弾”、だそうだよ」


 唖然とするマルクスに、「私も良くは分からないけどね」と付け加えるフォルテ。


 “局地的重力場展開手榴弾”。フォルテが投げたのは、それだ。炸裂地点を中心に数秒間、超重力を発生させるという、破壊よりも支援を重視した手榴弾だ。元はエリスの魔法発動を手助けする為に創られたものである。


 まあ、そんなことは些事に過ぎず。


 無傷のライガーは地面の傷を踏みならして悠々と進撃する。


「ッ! お、おのれっ」


 あまりにも理不尽な光景に、マルクスは「これは不味い」と手綱を鳴らして逃亡を試みた。鎧を着た軍馬が啼き、チャリオットを引いて走り出す。


 ……が、その試みは失敗に終わった。


「させないっ!」


 ライガーを足蹴に砲弾の如く飛び出したフォルテが、馬の首を切断したからだ。


 風の防壁、及び馬鎧ごと真っ二つに斬り裂く漆黒の剣閃。そこには、紅蓮の炎による煌きも混じっていた。


「逃げるなんて、つれないじゃないか?」

「ッ……! おの、れっ」


 チャキッと、峰の部分から微かに炎を上げる直刀を突き付けられ、マルクスは歯がゆそうに顔を歪める。



 ――――“機刃刀・壱ノ形【曉闇】”。


 元は宗介が扱う為に創られた直刀だ。柄の真ん中にポッカリと空いた穴から左手のギミックと接続し、そこを通して刀身の背から炎を噴射することで、斬撃の威力を高めるという……何気に凶悪な代物である。炎を流せば漆黒の刀身に赤いラインが浮かび上がるのは、宗介も気に入っているらしい。


 が、創ったはいいものの戦い方が合わずお蔵入り。ならばとフォルテが使えるように改造された。本来、宗介の左手と接続する穴には、赤い魔石が嵌め込まれている。


 これに彼女自身の剣技と強化魔法が組み合わされれば、斬れぬモノは無い。それが例え、実態の無い大気の壁であっても。



 二頭の馬――頭は一つも残っていないが――はドシャリと崩れ落ち、チャリオットはその機能を完全に停止させた。


 そうして逃げも隠れも出来なくなった相手をシールドビットや狼人の戦士が包囲し、更にライガーの主砲によって首に鎌をかけられる。


「さあ、貴公も武人の端くれなら大人しく降伏してもらおうか、アングライフェン大帝国皇太子、マルクス殿下?」

「……チッ。貴様らは本当に、何なのだ……」


 ここに、亜人族対帝国の小さな戦争は集結したのだった。

正直字面だけで戦車対戦車とかやって後悔気味。

チャリオットに勝ち目なんて万に一つも無いのにどうしろと言うのか……。

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