四七 大森林防衛戦線 前
ズラリと並んだ兵士達、総勢千人。
皆一様に一級品のプレートアーマーと剣を装備しており、鎧の各部や背の赤いマントには、寸分違わぬ黄金の紋章が刻まれている。鎚と剣を交差させた独特な模様は、アングライフェン大帝国の兵士であることを示すものだ。
加えて、それを盾型に縁取るように編み込まれた金糸の月桂樹。見紛う筈もない、皇族直属の精鋭軍の証拠である。
彼ら帝国兵士達が居るのは、ヴィルト大森林の一角を魔法で切り拓き作られた、即席の野営地だ。辺りを取り囲む鬱蒼とした原生林は、鋼を纏った兵士には些か不釣り合いだと言えるだろう。
そんな彼らが綺麗に整列し、直立不動の最敬礼で見つめる先には、一人の男の姿があった。
鎧を着た軍馬二頭立ての豪華な二輪戦車に乗った彼は……皇太子マルクス殿下、その人である。
短めの金髪をオールバックに固めた彼は、獣のように鋭い眼光で兵士達を見回し、そして厳かに口を開いた。
「――――諸君。我が臣達よ。遂にこの時が来た」
シン、と静まり返る兵士達の間に、若々しくも威厳に満ちた男の声が響く。
「魔王が現れ、その手先が世界を支配してから、早くも数年が経つ。ここ“ヴィルト大森林”……我ら帝国にとって最大の稼ぎ場も、魔王軍幹部“龍巫女”によって封鎖されて長い。お陰で、労働力の供給源を絶たれた祖国は日に日にその力を衰えさせる一方だ」
その言葉に、歯がゆそうに顔を歪める兵士達。
確かに、魔王軍が台頭して以来、帝国の国力は右肩下がりが続いていた。
帝国を帝国足らしめている最大の要因である、“奴隷”。特に亜人族の奴隷は、要所要所での様々な労働力としてもはや欠かせないモノとなっている。が、亜人族が事実上の魔王軍庇護下に置かれてしまってからと言うもの、その“需要”に対して“供給”が滞ってしまったのだ。
ともすれば、奴隷に頼っていたあらゆる産業は大打撃を受けることになる。
それ故に生まれた重苦しい沈黙を、マルクスは「だが!」と切り捨てる。
「それも今日限り。我らが故郷に降りかかった受難の日々は、今日という日を以って終わりを告げることとなる。聖王国で召喚された勇者が、魔王軍討伐に乗り出したからだ。勇者らを古塔まで無事に送り届けた以上、我々の仕事は終わった。後は座して吉報を待つのみである」
帝国軍がこの森に居るのは、ひとえに勇者達の案内の為であった。大森林の中に踏み込めば途端に方向感覚が失われてしまう為、人間が森の中を散策するならば慣れた者や亜人族の案内が必要不可欠となる。帝国軍の役割は、それだ。
……そう、表向きは。
「――――否、我ら帝国が燻っているだけなど、あってはならぬ! 我らが誇りを失うなど、魔王軍に滅ぼされる事以上の屈辱だ!」
シルクの赤マントを振り払い、力強く声を上げるマルクス。兵士達の中からも、賛同する声が上がり始めた。
「勇者共は強い。我ら千の軍勢を守りながら飛竜の猛攻を迎撃する程にな。成る程、若くして我が父上に認められるだけの事はある。直に魔王は討伐されるだろう。そうすれば、やがて新たな時代が幕を開けるぞ? ……人間が世界の頂点に君臨する、素晴らしい時代がな」
ニヤリ、と悪い笑み。
「しかしそうなれば、帝国と聖王国は互いに覇権を争う敵となるだろう。クク、全く素晴らしいではないか」
新たな時代という言葉と剥き出しの野心に、兵士達が沸き立つ。燻っていても、その実は血気盛んなアングライフェン大帝国の軍人。迫る戦に胸が高鳴るのだ。
「結構、それでこそ我が忠臣達よ。……しかし、次の時代で帝国が覇権を握るには、どうしてもあの餓鬼共が強大な壁となる。故に我らは来るべき時に備え、失った力を取り戻さねばならん」
戦車の上で傍の馬上槍を取ったマルクスは、不敵な笑みを浮かべたまま兵士達を睥睨する。
士気は十分。皆、久方振りの戦に武者震いしている程だ。
故に帝国に、敗北は無い。
それを確信したマルクスは手に持った美麗な長槍を高く掲げ、堂々と宣言した。
「――――頂点を獲るぞ。手始めに、森に篭る獣畜生共を一匹残らず我らの庇護下に置いてやる。出陣だ!!」
途端、大森林に轟き渡る雄叫び。
鮮紅色のマントを翻したマルクスは手綱を取り、猛然とチャリオットを走らせる。その棚引く赤を旗頭に、千の軍勢が大地を打ち鳴らして進軍を開始した!
◆
戦況は、一方的であった。
「畜生ッ、ニンゲン共め!!」
「相手の数が多すぎるっ」
「こんなの勝てっこ無い……ぐぁっ!」
亜人族の戦士が悲鳴を上げ、血飛沫を飛ばす。腕力には自信のある獣人達であるったが、数の暴力とはかくも残酷なものであった。
二百対千。単純に考えても五倍の戦力差があり、一人に対し五人の敵が襲いかかってくる状況は、戦と言うより虐殺の類だ。
「オラオラオラァ! この程度か亜人共!」
「家畜は家畜らしく、ニンゲン様に飼われてな!」
対する帝国軍はゲームでもするように、迫ってくる者も逃げる者も、区別なく斬っていく。勿論、後に捕らえる為殺しはせずに。
一対一なら帝国兵に勝ち目は無いだろう。獣の腕力を持つ亜人族とタダの人間である彼らでは、肉体的スペックの差が大き過ぎる。しかし、その差を覆すだけの戦力差があれば話は別だ。
帝国が誇る圧倒的な物量。一級の武具と兵士の数に、亜人族は完全に窮地に陥っていた。
勿論、フォルテからこの襲撃について聞いていた亜人族側も、万全の体制を整えてはいた。防衛ラインも拡張し、出来る限りの罠も張った。
しかし、勝ち目は無いと言っていいだろう。何せ相手は人類最強の軍隊である。先述の通り肉体的スペックの差は数で埋められているし……
「魔法隊、放てッ」
「「「――――《緋焔槍》!」」」
魔法という力が、元あった戦力差を完全に逆転させるのだ。
千の軍勢の中でも、特に魔法を操ることに長けた小隊が魔法を放つ。何人もの亜人達が悲鳴と共に焼かれ、更には森そのものにまで火をつけた。
「ああ、なんてことをっ」
「私達の森が!」
放っておいては大火事だ。亜人族の中で唯一、身体能力を犠牲に魔法を得たエルフ達が、木の上からの魔法支援を止め、咄嗟に風の魔法で鎮火にかかる。
そうすれば当然、隠れ場所が露見してしまい魔法やボウガンの矢が飛んでくる。相殺しようにも数が多く、エルフ達は直撃を受けて地に堕ちていく。
すると、敵の魔法に対処する必要が無くなった帝国軍の魔法隊が身体強化などの支援を飛ばし、その戦力差がますます広がる。
そんな具合で一秒毎に絶望に染まっていく亜人族。その数は既に、二百から百を切る程にまで減らされていた。
「ティグルド殿っ、このままでは!」
「っ! 分かっている、分かっている!! しかし、これ以上退けば……!」
帝国の兵士達、その数十名を同時に相手取るティグルドは、側近の言葉にギリッ! と歯噛みする。
初めは亜人族最強の戦士として迫り来る兵士の群れを薙ぎ倒し、獅子奮迅の活躍を見せていた彼だが、その実力を警戒した帝国側が十以上でかかってくるようになってからは防戦一方であった。
既に防衛線は一つ、二つと放棄しており、ここを突破されれば、残るは最終防衛ラインのみ。そうすれば、里の中に隠れている女子供にまで危険が及ぶだろう。
まだ耐えられるか、それとも、無理か。身体中に切り傷を付け白い体毛を紅く染めるティグルドは、その判断に頭を悩ませた。その耳には至る所から同法達の悲鳴が聞こえてくる。
もはや一刻の猶予も無い。
「ティグルド殿、もう我々は……がはっ」
「ッ!? おのれ、ニンゲン共めぇッ!!」
頭を悩ませている内に側近の虎人が斬られ、崩れ落ちた。憤怒を露わにその相手を斬殺するが、しかし直ぐに代わりの兵士や周りの者共が突っ込んでくる。一向に相手の数が減る気配は無い。
「敵は満身創痍だぞ!」
「どうせ死にさえしなけりゃ勇者サマのポーションで治る! 一気に叩け!」
勝負を決める為、一斉に飛びかかってくる兵士達。それらを前に、熱い息を漏らし牙を剥いたティグルドは……
「我ら亜人族を、舐めるなよッ!!」
豪風を伴った一撃で三百六十度を薙ぎ払い、周りの兵士を一息に吹き飛ばした。
人が鎧ごと叩き斬られ、ボロ雑巾のように吹っ飛ぶというとんでもない光景に、思わず帝国兵達は後ずさる。身体を血で染め、フシュゥ……と白い呼気を漏らすティグルドの姿は、さながら鬼神の如くであった。
そんな鬼神が、森全体に響けと声を上げる。
「第三防衛線は放棄! 殿は私が務める! 最終ラインまで撤退し、体勢を立て直せ!」
その言葉を合図にして、今なお残っている亜人族の戦士達は悔しそうに顔を歪めながらも踵を返して逃げ出した。
勿論、帝国の兵士達もその後を追うが、そこに立ち塞がるのがティグルドだ。彼自身も後退しつつ、迫り来る敵を可能な限り迎撃する。
森の中は亜人族の庭。撤退に徹すれば流石に人間よりも上を行くらしい。
「ここは、通さんぞッ!!」
木が生い茂る地形も使い、全力で暴れ回るティグルド。両手剣の一振りで敵を分断し、タックルや蹴りの一撃で鎧を着た兵士を吹き飛ばす。時にはへし折れた木を戦槌のように振り回して牽制もする。
亜人族最強の名に相応しい、嵐のような戦い振りであった。
そうして帝国側が攻めあぐねていると……
「俺が殺ろう、どけ!」
そんな嬉々とした声とともに包囲網が割れ、二頭の軍馬に引かれた戦車が木々の間から姿を現した。
その上には一人の男が乗っている。金のオールバックと鋭い目、一等鎧に赤いマントの男が。帝国皇太子にして指揮官である、マルクスその人だ。
「中々やるようだな、獣」
「……貴様は、帝国側の頭か」
「応とも。苦戦しているようであったからな、直々に出向いてやった。感謝するがいい」
「……舐めた真似を」
血がこびり付いた戦車の上で、しかし返り血一つ無く腕を組んで佇む姿は、何と言うか圧倒的な威厳を感じさせる。
事実、彼は一国の皇子でありながら非常に武芸に長けていた。その実力は帝国全体でも三本の指に入る。森の中などお構い無しにチャリオットを駆り、亜人族の戦士達を地に伏せさせる程度と言えば、分かるだろうか。
現皇帝ゲヴァルト……“戦帝”の後を継ぐ次期皇帝としては、申し分ない。
「おい獣。貴様、名をなんと言う?」
「……ティグルドだ。貴公は?」
「獣に名乗る名など持ち合わせてはいないのだが……まあ良い。貴様も一端の武人であるらしいからな。我が名はマルクス・D・アングライフェン」
不敵な笑みを浮かべたマルクスは、美しい装飾が施された馬上槍の穂先をティグルドへと向ける。
「いずれ貴様の“主”となる者の名だ。覚えておくと良いぞ」
「ッ! 戯言を!」
言外に「奴隷にしてやる」という宣言、挑発を受けたティグルドは、怒りの咆哮と共に地を蹴り、チャリオットに乗るマルクスへと斬りかかった。
剛腕による唐竹の斬撃。しかしそれは、耳をつんざく金属音と共にランスによって受け流される。
マルクスはそのまま勢い良くランスを振るい、リーチの長さによる遠心力を乗せて打ち払う。事もあろうに、片手で。
ランスとはその実、二メートルにも及ぶような鉄の棒だ。よもや人間が片手で扱う武器ではない為、おそらくは身体強化の魔法でもかけているのだろう。思い一撃を剣の腹で受け止めたティグルドは、後ろに飛んで距離を取りつつも苦い顔を浮かべた。
「さあ行くぞ! ハッ!」
残る片手で手綱を鳴らし、猛然とチャリオットを走らせるマルクス。二頭の馬を巧みに操る彼は、木々の間をいとも容易く疾走し、戦車によるランスチャージを敢行する。
大型トラックの如く襲いかかる軍馬の蹄鉄と戦車本体の突進は、並のレンガ壁などバラバラに粉砕する威力だ。例えその突進を避けられても、軍馬の力と戦車本体、ランスの重量を一点に乗せた、鋼鉄すらも刺し穿つ刺突が待ち受ける単純にして強力無比な二段構え。しかも馬の速度と槍のリーチのせいで迎撃するのも一筋縄ではいかないという、平地において最強の攻撃。
マルクスの圧倒的な操縦技術によって森の中であっても力を失うことの無いそれを、ティグルドは身を捻って突進を避け、槍によるチャージを真正面から受け止めた。
「ぐっ……!」
瞬間、あまりの衝撃に彼の巨大が浮き、そして木々を巻き込みながら勢い良く後ろに吹き飛ばされる。
ボバッ! と言う、衝突の瞬間に鳴り響いた音は、マルクスが後方に魔力を放射して威力を上乗せした際のものだろう。ロケットランチャーの反動を殺す為に放つバックブラストのように、後方の土が抉れ粉塵が舞っている。
「フン、その程度か獣め」
手綱を引き、荒々しい息を漏らして啼く馬達に制止をかけるマルクス。周りの兵士達からは「おぉ~~」と感嘆の声が上がるが、当の本人はギロリと目を細めて槍の穂先を彼らへと向ける。
「この阿呆共が、さっさと残りの獣共を追って来い。一匹足りとも逃がすなよ?」
掠れた悲鳴を上げ、突き動かされるように亜人族を追っていく兵士達。そうはさせぬと、チャージを受けて吹き飛ばされたティグルドが血を垂らしながら飛び出した。
「おのれ……! 待て、ニンゲン共ッ」
「つれないではないか? この俺が直々に相手をしてやっていると言うのに」
「ええい、邪魔をするなッ!」
再び手綱が鳴り、戦車が動き始める。先程と同じランスチャージの姿勢だ。
ティグルドは苦い顔で歯噛みしながら全力で“逃げ”に徹し、帝国兵の後を追う。悔しいがあれには敵わない。武装の差と状況の悪さが酷過ぎる。
魔法が使えない彼の剣では、ランスが誇るリーチにも威力にも対抗する手段が無かった。最悪、肉を切らせて骨を断つの精神で突貫すれば勝機はあるだろうが……そうすると同法達を追う帝国兵達を逃す事となる。たった一人に時間を割いていられる程、余裕は無いのだ。
「敵を前にして尻尾を巻いて逃げ出すとは、戦の作法も知らぬのか獣畜生が!」
「くっ……!」
後ろから突撃しながら罵るマルクス。猛烈なランスチャージをティグルドは全力で回避し、また逃げる。逃げざるを得ない。
武人であるティグルドにとって、的に背を向けるなど屈辱の極みだ。実際、このような状況でなければこんな行動は取らないだろう。だが今は、同胞を見捨てて大将同士で殺り合っている場合ではないのだ。故にティグルドはプライドをかなぐり捨てて、必死にチャリオットの熾烈な猛攻を躱す。躱すだけなら、満身創痍の身体であっても地の利を活かせば問題はなかった。
「……チッ。興醒めだ、獣め。貴様にはホトホト呆れ果てたぞ」
不毛な追いかけっこに痺れを切らしたマルクスは、軽蔑するような目をティグルドに向けると、軍馬が牽引する戦車の上で槍を高々と掲げる。
天を衝けと言わんばかりにギラリと輝く、鋭い円錐の穂先。その周りでギュルリと、翠色の魔力が渦巻いた。
途端に戦慄の表情を浮かべるティグルド。直感が訴えている。“あれ”は不味い、と。
「貴様は我が誇り高き帝国には要らぬ。一思いに殺してやろう」
竜巻をそのまま小さくしたような魔力の渦は、瞬く間に飾り気の無い無骨な楔を形作っていく。
ただ威力だけを求めて作られた、いかにも帝国らしいその魔法は、マルクスが誇る必殺の魔法。
「この一撃、手向けとして受け取るが良い――――《羅穿皇咆》」
その、場合によっては亜竜すら一発で葬る風の螺旋が……戦車の加速も乗せて解き放たれた。
「ぐ、ぬっ」
ティグルドは咄嗟に木の幹を盾にするが、放たれた魔法はその盾をガリガリと勢い良く掘削し、瞬く間に貫通して肉薄する。魔法にはてんで詳しくない彼であったが、あまりにも過剰な威力に思わず瞠目する程だ。
そして風の螺旋砲弾が着弾し、射線上を貫くように途轍もない衝撃波と爆風を撒き散らした。周囲の木々は根こそぎ薙ぎ倒され、ティグルドの身体は進行方向に勢い良く吹き飛ぶ。
途中で何人かの帝国兵も巻き込みながら、彼の身体は森を間を抜け……最終防衛ライン、金狼族の集落入り口に転がり込んだ。
「族長っ!?」
「ティグルド様! ご無事ですか!」
「い、医療班を!」
咄嗟に彼の元へと駆け寄る亜人達。だが彼は、その介抱の手を跳ね除けるように立ち上がる。
「問題は、無い。直撃は避けた。あの小僧の一撃と比べれば……まだまだ温いわ」
見れば、彼の手に握られた両手剣にヒビが入っている。咄嗟にこれで受け止めたのだろう。全身の傷からは血が流れているが、まだ浅い。ならば戦える。
いや、戦えずとも彼は立ち上がっただろう。何せ周りでは、必死に帝国兵を追い返そうと同胞達が戦っているのだから。
「温いとは、獣風情が中々言ってくれるな?」
そんな彼の後に追随し、先の魔法で刻まれた道を辿って戦車を走らせるマルクス。亜人族の戦士達はゴクリと息を呑み、自分達の指揮官を吹き飛ばした強敵に目をやる。
「臆病者の畜生めが。貴様に何ができる。あまり人間様を舐め腐ってくれるなよ?」
自らの魔法が耐えられ、あまつさえ“温い”とまで言われた事実に不快気に眉を顰めたマルクスは、スッと右手を掲げる。
そして、何をするのかと怪訝そうな顔をするティグルドに見せつけるように……振り下ろし命令を下した。
「焼き払え」
「「「――――《緋焔槍》!」」」
その命令を受けた魔法隊が、隠れ潜む亜人族を燻り出す為に集落の木に向かって炎の魔法を放った。
ティグルド達の頭上を悠々と飛び越え、放物線を描く炎槍。それらは女子供が立て籠もっている大樹のマンションに直撃する寸前、ギリギリで風の魔法によって相殺された。まだ残っていたエルフ達によって防がれたらしい。見れば一本の大樹の最上階の窓に、「絶対に通しませんよ!」と息巻いているルフレの姿も見えた。
それがどうした? と鼻で笑ったマルクスは、再びその手を掲げる。今度は一斉掃射の数を増やし、物量で押し切るつもりらしい。
直ぐに準備は整い、今、そのトリガーが引かれる……
「第二射、放――――ッ!?」
瞬間、フッ……と、マルクスが駆る戦車が黒い影に覆われた。何事かと天を仰いだマルクスは、みるみるうちに顔を青ざめ、慌てたように手綱を引いてその場を離脱する。
ざわつく帝国兵達。訝し気にそれを見つめる亜人族。
かと思えば……その直後。
ズシィィンッッ!! と、巨大なナニカが大地を震撼させて降り立った。
「「「…………」」」
轟音と共に空より現れた乱入者に、水を打ったように静まり返る戦場。帝国兵も亜人の戦士も区別無く、皆一様に冷や汗を流しながら、時が止まったように巻き上がった粉塵の向こうを見つめる。
やがて、風によってゆっくりと砂埃が払われ、満を持して姿を現したのは――――戦車であった。
そう、“戦車”だ。
ドッシリと構えた、重厚で頑強な四角い胴体。その左右に付いた足はこの世界において異色も異色、あらゆる悪路を踏み締め走破する“無限軌道”式。
森林迷彩の塗装を施されたボディの上には、同じく迷彩柄の平べったい頭が乗っており、一角龍やユニコーンの如く長い角――――“百二十ミリ滑腔砲”が、真っ直ぐ前方に向かって伸びている。
絶えず腹に響くようなエンジンの重低音を轟かせ、後部ラジエーターから重苦しい黒煙を吐き出すその化け物。名を、重装軌装甲車両型ゴーレム“VoS.03 Liger”と言う。
全長十メートル、重量およそ五十トン。圧倒的な装甲を以って銃弾や刃を弾く盾となり、怒号の砲撃を以ってあらゆる標的を粉砕する、陸戦最強の鋼鉄兵器、“戦車”だ!
加えてその鉄虎の上には、人間の姿があった。流れるような金のポニーテールが特徴的な軍服姿の女性だ。
「む、婿殿め。何が『やるなら派手に徹底的に』だ、死ぬかと思ったぞ……」
何やら恨めしそうにぼやく彼女。どうやら先のとんでもない登場の仕方……平たく言えば“紐無しバンジー”、もしくは“ダイナミック空挺降下”に不満があるらしい。
ともあれ、それを見たティグルドは思わず目を剥いて声を上げる。
「き、貴様、“半端者”ではないか! 何故ここに居る、既に出て行ったのではなかったのか!?」
む? と肩越しに振り返り、声の主を一瞥する彼女――――フォルテ。
「私の我儘を、婿殿に聞いてもらっただけです。気にしないでください」
「いや、気にするなと言われても……」
流石に気になるだろう、と。その言葉を待たずして、フォルテは眼前の帝国軍及び皇太子マルクスに向き直り、戦車の上から睥睨する。酷く冷たい碧眼で。
「ッ……貴様、この俺を見下ろすとは、礼儀がなっていないようだな。第二射! 目標、あの無礼者だ! 放てッ!!」
怒りを露わに、中途半端な所で止まっていた命令を下すマルクス。途端、弾かれたように魔法隊が炎の槍を放った。
フォルテは、その魔法達に対し左手を眼前に掲げ、端的に宣言することで対抗する。
「“防御陣形展開”」
彼女の手首に嵌められた腕輪がキラリと輝き――――刹那。
何処からともなく飛び出して来た空飛ぶ柩、計六機が、ガシュン! と盾を広げてフォルテと魔法の間に立ち塞がり、炎の槍を打ち払った。
立て続けに現れた未知の物体に、「何事か!?」と狼狽える帝国兵達。加えて亜人達も。
戦場全体が混乱に包まれる中、フォルテは静かに腰の剣を……“漆黒の直刀”を帝国側に突きつけ、そしてまたも命令を下す。
「“主砲装填”、“機銃掃射準備”」
今度は右腕に着けた腕輪が煌き、ライガーの主砲が重苦しい音と共に照準を帝国兵達のど真ん中に定めた。更に車体上部のハッチが開いて、そこからノソリと出てきた人型ロボットが目の前に据えられた機関銃を掴み取る。
そして後部ラジエーターから黒い煙が噴き出すと同時、フォルテは静かに、それでいてよく通る声で告げた。
「“攻撃開始”。さあ――――鏖殺だ。私の我儘、思う存分味わってくれ」
戦車対戦車がやりたかった。後悔はしてない。




