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四六 半端者の物語

 緊急会議から早々に離脱して来た翌日。日もまだ登り切らず、未だヴィルト大森林に夜の暗さが残る黎明の刻。


 宗介はエリスと共に、金狼族の集落の裏手に存在する共同墓地へと足を運んでいた。


「朝っぱらから姿が見えないと思ったら、こんな所に居たのか」


 呆れたようにそう言って、辺りを見回す宗介。


 無数に並んだ、花で彩られた木製の墓標達。人間との戦いの果てに命を落とした者達だろうか。森の中では唯一、そこだけ明かりが差しており、どこか異界めいた雰囲気だ。陽射しを求めてやって来た小動物の姿も見える。


 そんな異界から少し外れた位置には、一本だけ、なんとも薄ら寂しい雰囲気でポツリと佇む墓標があった。どうやらロクに手入れもされていないようで、若干朽ちかけている。


 その墓標の前で膝を突き、静かに祈っていたフォルテは、不意にかけられた宗介の声に驚いたように振り向いた。


「あぁ、婿殿とエリスティアか」

「森の中の案内はお前が頼りなんだから、何も言わずに消えてくれるなよ」

「……私達の所有物なら、勝手な行動は控えるべき」

「む、それもそうか。いや、すまない。出発する前に一度、母に顔を見せておきたくてね」


 非難の言葉に軽く謝罪を返しつつ、再び墓標へと向き直ったフォルテは、埃を払うようにその墓標を優しく撫でる。慈しむような、それでいて悲しそうな表情で。


 母に会うのに墓場? と、それを訝し気に眺めた宗介は、しかし思い当たるフシがあったのかポツリと言葉を零す。


「……そういや、お前の両親って」

「ああ。物心がついた頃には、ね」


 と言うのも、既にフォルテの父母は居ない。母は亡くなり父は蒸発したという旨の話を、宗介は過去に聞いたことがあった。つまりはそう言う事。この墓標の下に、彼女の母親が眠っているのだ。


 まぁ、宗介としては「だからどうした」という話なのだが。冥福を祈るくらいのことはするが、顔も知らない他人の墓を見せられた所で反応に困るだけである。


 そんな訳で何とも言えない表情を浮かべる宗介達の間に、少し暗い雰囲気が漂い始めた時。ハッと思い立ったようにフォルテが顔を上げた。


「そうだ、母上にも婿殿達を紹介しておかないとな」

「なんだそりゃ……」


 その言葉に呆れたように顔をしかめる宗介であったが、フォルテは気にすることなく、墓標へ語りかけるようにして二人を紹介していく。


「こちら、傍若無人の鉄機王にして理不尽の権化。“歩く災害(バレットストーム)”こと西田宗介。今代の勇者様の一人で、私の仲間であり婿殿だ。で、もう一人の方が残虐無比な吸血鬼の王、“鮮血姫”エリスティアだ」

「おい、ちょっと待てや」


 余りにも酷い紹介に、宗介は猛然と講義の声を上げた。自覚が無くもないが、ツッコミ所が多い。多すぎる。さりげなく“所有物”から“仲間”になっていたり。彼女はエリスとの決闘に負け、非常食にされた筈だ。


 まぁ、百歩譲ってそれは良いとしても。


「何だその二つ名は?」

「今考えた。どうだ、婿殿に相応しい名だろう?」

「あぁそうだな、全くもって最高にイカしてるじゃないか」

「ははは、そうだろう。……ところで私の後ろ髪を引っ張るのは止めてくれないか? 母上から受け継いだ自慢のモノでな、これ以上引っ張られると根元から千切れてしまって大変なことに痛い痛い痛いっ!! すまない、冗談だ、冗談だから勘弁してくれぇっ!!」

「……ったく」


 涙目で懇願するフォルテに、宗介は疲れたような溜息を吐き、抗議の念を込めて後ろから引っ張っていたポニーテールを離してやる。するとフォルテは「ひぎっ」と変な声を出し、抵抗していた勢いのまま前のめりに転げた。何かもう色々と酷い。蹲ったまま頭皮を労わる姿と言ったら、折角の美人が台無しだ。隣でエリスが「……かっこいいのに」だとか呟いているのは、とりあえず気にしないでおく。


「うぅっ、乙女の宝を無碍に扱うものではないぞ……」

「うっせ。常々思ってたが、お互いの認識について一度じっくりと話し合う必要があるだろう。どうだ、ここいらで」

「冗談だと言ったじゃないか……。安心してくれ、婿殿の事はそれなりに理解していると自負しているとも」


 その自信は【直感】由来のものだろうか。亜人族には大抵、天性の才能とも言うべき野生の勘や眼力が備わっているのだ。


 フォルテはコホンと咳き込んで取り繕い、宗介に対する本来の認識を述べていく。


「傍若無人に振る舞う力はあるのに……いや、実際舐められないようにそう振舞っているのに、変な所で律儀で、気を許した相手にはとことん甘い。その上色恋沙汰にはめっぽう弱く、基本的にヘタレで逃げ腰。しかも友と呼ばれただけで平静を失う――――綺麗に表せば、繊細な心の持ち主と言った所か。それから……」

「オーケーオーケー、お前が俺のことを理解してることはよく分かったからもう止めてくれ、いや止めてください」


 眉間を押さえながら制止……もとい懇願する宗介。それを見たフォルテは「私の勝ちだな」と悪戯っぽく笑う。見事なまでの立場逆転であった。


 どうやら彼女も存外、宗介の事を良く見ていたらしい。普段の冗談は場を和ませる為に言っていたようだ。気が利くのか馬鹿なのか、何とも言い難いが……。宗介は苦い顔である。


「どうだい? 私の慧眼も捨てたものではないだろう?」


 ふふん、と得意気に胸を張るフォルテ。それに冷たいジト目を送るのが、エリスだ。


「……調子にのらない」

「うぐっ、流石にエリスティアの、婿殿に対するそれには敵わないだろうけど……」


 フォルテも中々のものだが、当然、エリスはその更に上を行く。年季も思いも格が違うのだから当然である。


 それにエリスとしても、負けるつもりは無い。と言うより、どちらが上かを証明する為に決闘を行い、結果としてはエリスが勝利した以上、既に勝敗は決まっているのだが。


 ともあれ、勝負事に違いは無い為か、フォルテは何処か悔しそうに呟いた。


「それでも、婿殿の事はそれなりに理解しているつもりだよ」


 と。


「……おう?」


 その呟きに宗介は、ほんの少し訝し気に目を細める。何と無く、負けたことが悔しいという訳ではないような……そんな得も言い表せない独特な色を感じたからだ。


 元より彼女には、剣のような気高く美しい姿とは裏腹に軽い気質がある。いや、軽く振舞っていると表すのが適切だろうか。どうあれ、彼女は勝ち負けに拘りこそすれ、根に持つようなタイプではない筈だ。


 では、微かに感じた妙な雰囲気は一体――――そこまで考えた宗介は、「何だっていいか」と思考を片隅に追いやった。彼女なりに思う事があったとして、それは宗介が考えるべき事ではないので。


「何が悔しいのかは知らんが、そろそろ出発するぞ。こんな所にたむろしてる暇は無いんだ」

「あぁ、そうだね。すまない、最後に少しだけ」


 そう言って再び墓標の前に跪き、手を合わせるフォルテ。別れの挨拶でも済ませるつもりなのだろう。それを邪魔する程、宗介も無粋では無いので、無言でその光景を見つめる事に努めることにする。


 ……そうして、僅かに射し込む朝日で煌めく金の髪を眺めながら、風が木々を撫でる心地良い音や小鳥の囀りに聴き入ること、数分。


 ジックリと時間をかけて別れを済ませたフォルテは、ふぅっと息を吐き立ち上がった。


「じゃあ行くか」

「そう、だね」


 未だ名残惜しそうに視線を墓標に送るフォルテを促し、宗介は共同墓地を後にする。トコトコと後ろを追うエリスを連れて。


 ……そんな彼の背を、不意にフォルテが呼び止めた。


「なあ、婿殿」

「……どうした?」


 呼び掛けに対して肩越しに振り向いた視線の先には、少し俯き、胸元に手を当てて深呼吸するフォルテの姿があった。なんと言うか、辛そうな表情にも見える。まるで何かを諦め切れず、苦しんでいるような。


 やがて一人頷いた彼女は、宗介を真っ直ぐ見つめ、決心したように口を開く。


「一日……いや、半日だけでもいい。出発を遅らせることは出来ないだろうか?」


 それは、懇願の言葉だった。


 幼馴染との再会を遅らせ、私の為に時間を作ってくれ――――これはこういう意味の言葉だ。


 宗介はピクリとも眉を動かすことなく、酷く冷たい無表情でフォルテに視線を返す。


「一応、理由を聞こうか?」

「私の同胞が、そして母の眠る故郷が帝国軍の脅威に晒されていて、見殺しにするなんて出来ないからだ。同胞達を助けたい。帝国軍と戦いたい。だから、頼むっ! この通りだ!」


 そう言って深く頭を下げるフォルテ。放っておけば土下座でもしそうな勢いだ。


 ここまでされては、余程の輩でなければ断りはしまい。宗介だってきっと、例外ではないだろう。


 が……


「却下だ」


 返された答えは、何とも無慈悲なものだった。


 ……案の定の答えに、悔しそうに歯噛みするフォルテ。対する宗介は「やれやれ」と肩を竦める。


「俺の事を理解してるなら、この返答も予想出来ただろ?」

「っ……それは、分かっているが……」


 亜人族の存亡と、幼馴染との再会。何方が宗介にとって重要かなど、天秤に掛けるまでもない問題だ。その事は当然、フォルテも理解していた。


 それでも、それでも。


「どうか、頼むっ! ここで故郷を見捨ててしまっては、死んでも死に切れないんだっ……!」


 彼女には、譲れないものがあった。ただ不幸にも、宗介の目的とは相容れなかったようだが。


「はぁ〜。お前な、相当無茶なことを言ってるのか分かってるのか?」

「……ああ。私は君の旅の邪魔をしないことを条件に着いて来たと言うのに、最大の目的に楯突く形で約束を破っている。到底、飲んでもらえる話ではないだろう」

「なら大人しく諦めろ。もしくは、考えを覆すに足るだけのメリットか対価でも提示してみることだな。そうすれば考えてやらんことも無い」

「メリット、か……」


 宗介は、損得勘定や対価と言ったものを特に重要視している。考え無しに行動し北池の恨みを買った結果が、今の有様なのだから、こればかりは仕方が無い。気まぐれで行動して同じ轍を踏む訳には行かないのだ。


 だからこそ、彼が交渉に臨む際は相応の対価――“炎帝”の討伐やドラグノフ狙撃銃の譲渡等――を用意するし、必要だと判断すれば自らの四肢だって切り落としたりする。


 故に、幼馴染との再会を後回しにしてもなおメリットの方が勝るとなれば、フォルテの話も飲んだだろう。


 では、彼のお眼鏡に適う対価をフォルテが提示できるかと言えば、やはり難しいと言わざるを得ない。


「私が一生尽くすと言っても、足りないだろうね」

「話にならんな」

「……そもそもお前は、既に、私達の所有物」

「ぐっ、そうだった……」


 大前提として、フォルテの存在自体が「居ないよりは居るほうがマシ」という判断の下、辛うじて許されているようなもの。である以上、どう足掻いてもこの評価以上にはなり得ないのだ。彼の評価を覆すメリットが提示できるなら、今頃フォルテは宗介にとって“大切な仲間”となっている筈なのだから。


 故に万策尽きたかと宗介が話を切り上げようとした時。フォルテは、ふっ……と自虐的に笑った。


「ああ、そうさ。私には婿殿を動かすに足るものは無い。残念極まりないけどね」

「分かってるなら……」

「けどね。私は、君のことを理解している(・・・・・・)んだよ。ヒトならざる婿殿が、その実、決して血も涙も無い化け物ではないことも……本当は正義感が強い、並の勇者よりも余程勇者らしい御仁であることも……何だかんだ言って、救える命を見捨てられないお人好しであることも……私は全て、理解している」


 その言葉に宗介は、途端に苦虫を噛み潰したような顔を浮かべる。


 全くもって、フォルテの言う通りだった。


 半魔で半ゴーレムである宗介だが、それでも彼は“勇者”の端くれ。助けられる命は助けたいと思うし、最近は吹っ切れたものの人を殺すのは出来る限り遠慮したい。例え相手が犯罪者でも。なまじ、それが出来るだけの力を持っているのだから尚更だ。


 もしも幼馴染との再会という目的が無ければ、迷うこと無く亜人族の味方をしていただろう。そのことは彼も自覚していた。


「まぁ、お前の認識は否定しないが……俺がそういう奴だったとして、お前は何が言いたい?」


 隻眼を細め、ギロリと睨みつける宗介。フォルテはその鋭い眼光に物怖じすることなく、小さく笑って言った。


「君は“人”だ。他者を思える優しい人間だ。だから私は――――同情を引くことにするよ。私自身の為に、婿殿の優しさに付け込ませてもらう」

「お前それ、先に言ったら意味無いんじゃ……」

「そうかもしれないけど、些事に過ぎないさ。どうだろう、私の話を聞いてはくれないだろうか?」


 律儀なのか馬鹿なのか。あまりにも正直な宣言に、どうしたものかと、宗介は困ったようにエリスと目を合わせる。


 ハッキリ言って、聞く必要は無いと切り捨てるのは簡単だ。簡単だが、そうしてしまって良いものだろうか。フォルテなりに精一杯、誠意を込めたが故の発言を。エリスはどうでもよさそうだが。


 ともあれ、宗介が下した判断はと言えば……


「……まぁ、一応聞いてやろうか」


 ということだった。


 話をするとしても、どうせ数分。ならば聞いておいても損は無いだろう。


 それを聞いたフォルテは、パッと顔を輝かせ、そして安心したように胸を撫で下ろした。


「あぁ、良かった……。もしも断られてしまったら、どうしようかと思っていた所だよ」

「前置きは良いから、さっさと話せ」

「うむ……それじゃあ、ご静聴願おうか」


 ゴホンと咳き込み場を仕切り直したフォルテは、やがて、ポツリと話を始める。語りかけるような芝居染みた声で。


「これは……そう。とある一人の、少女の物語だ――――」




 ◆




 少女が生まれたのはヴィルト大森林の一角、金狼族の集落だった。それはそれは元気な子で、生まれてすぐ、集落全体に響くような産声を上げたらしい。


 母親譲りの金の髪に、幼いながらも将来の姿が見て取れるような愛らしさ。エルフにだって引けを取らない程に輝いて見えたその少女は……しかし、同胞達に祝福されることは無かった。むしろ忌避の目で見られた程だ。


 それは何故か?


 理由は、至極単純な話。


「その少女はね……亜人族と人間族のハーフだったんだよ」


 そう。少女は母方に金狼族、父方に帝国の人間を持つ、いわゆる“半端者”だったのだ。


 外見には人間の血が色濃く現れており、辛うじて、美しい金色の髪が金狼族の末裔であることを示していた程度。獣の耳や尻尾、体毛等は見る影も無い……少女の生まれは、そんな具合に少々特殊なモノだった。


「ヤケに聞いたことのある“少女”だな?」

「……誰かさんに、そっくり」

「おっと、ご静聴願おうと言った筈だよ? 話し中の過剰な詮索はご法度だ」


 地面に腰を下ろしたまま、猛烈なジト目をフォルテに向ける宗介とエリスはさておき、話を続けるフォルテ。


 ……古来より人間による迫害を受けていた亜人族。そこに生まれた人間とのハーフとなれば、どう扱われるかは火を見るよりも明らかだろう。事実、少女は亜人族の輪に入ることも許されず、家族三人、集落の片隅でひっそりと暮らしていた。


 それでも、少女は満足だった。物心すら付いていなかったのもあるが、何よりも、両親の深い愛情を一身に享受していたからだ。自然豊かで発見に満ちたヴィルト大森林と、溢れんばかりの暖かな愛情。少女がスクスクと成長するには、十分に過ぎた。


「……けど、そんな少女の暮らしは、母親の急な他界によって一変するんだ」


 ある日突然、少女の母が命を落とした。


 後から分かったことだが、死因は大森林に自生する毒草による中毒死だったらしい。勿論、亜人族なら誰でも知っているような代物だ。


 少女の母親は恐らく、何者かによって故意に殺されたのだろう。何せ死体の髪が全て切り落とされていたのだから。美しい黄金色が特徴的な金狼族の毛は、高く売れるのだ……。


 さて、物心付いた矢先に母を失い、悲しみに暮れた少女。彼女は葬儀の後、残った父親に引き取られ、帝国で暮らす事になった。


 そう、何故か大金を持った父(・・・・・・・・・・)に引き取られて。


「今考えても栓無き事だが……あの時父親が大金を持っていた理由に気付けていれば、後の運命は変わったのかもしれないね。ともあれ、帝国に向かった少女は――――檻の中に閉じ込められてしまった」

「おい待て、いくらなんでも急展開が過ぎるぞ」

「無理もないさ。何せ少女はまだ、物心が付いて間もない時期だ。鮮明に覚えているモノと言えば、血を吐いて苦しみながらも必死に自分の名を呼ぶ母の顔と、檻の中から見た、父と奴隷商が会話している光景くらいだからね……」


 悲痛そうに顔を歪め、尚もフォルテは語り続ける。悔しそうに、手を強く握り締めながら。


 ……つまるところ、少女は奴隷として売られたのだ。よりにもよって、唯一残った肉親である父親の手で。


「ところで、婿殿。亜人族の奴隷を確実に手に入れる方法は知っているかい?」


 不意にフォルテが話を中断し、問題を出して来た。そんなこと知る由もない宗介は、ふむ……と考え込む。


「集落を襲って捕まえる、なんて単純な問題じゃないよな。そもそも確実性に欠けるだろうし……」

「流石は婿殿、その通り。答えは、亜人族と子供を作ることさ」

「あー、成る程」


 それもそうだ、と納得したように頷く宗介。


 勿論、ゼロから子供を養育する手間はかかるが、これこそが最も確実に亜人族の奴隷を手に入れる方法である。何せ築き上げて来た家族の信頼があるのだから、子供は微塵も疑うこと無く親の言うことを聞くだろう。


 結論から言えば、少女もそれの標的となった。


 父親の愛情など始めから仮初め。生まれる前から、少女は父親の策略の中で踊らされていただけだった。


 そうして、何が何やらサッパリなまま大金と引き換えに奴隷へと堕ちた少女は、金狼族の美しさを継いだ髪を切られ……更に人間の見た目なのに亜人族の力という珍しさに目を付けられて、“地下闘技場”へと送られた。


 奴隷同士を争わせ殺し合わせるという、悪趣味極まりない賭博の一つ、地下闘技場。およそ帝国随一の地獄の中に、年端も行かない少女が放り込まれたのだ。


「ただ、地下闘技場には奴隷達にやる気を出させるための“飴”があってね……。何十連勝かすれば、自分を買い取れるだけの賞金が贈られるんだよ。勿論、敗北は即ち“死”であるから、それは砂粒のように小さな飴だ。正直言って、本気で求めていた者など居ないに等しい」


 それでも少女は、微かな希望の光を求め、死に物狂いで戦った。一心不乱に戦った。


 幸か不幸か少女には、亜人族特有の身体能力とほんの僅かな魔法の才、そして亡き母から受け継いだ【直感】があった。故に少女は、それらを極限まで磨き上げたのだ。


 蝶よ花よと育てられていた時のことなどスッパリと忘れ、無心で剣を振るい、幾つもの豆を作っては潰し。


 身体の造りからして不向きな魔法を、同じ奴隷仲間から教わりながら血反吐を吐きながら我が物とし。


 そしていざ戦いとなると、【直感】に任せて鬼神の如く戦った。生傷なんて絶えたことが無い。


 勿論、時には同じ奴隷仲間を斬り殺したりもした。魔法の使い方を教えてくれた……そう、唯一無二の友すら、彼女は手に掛けたことがある。


 否、それだけ少女は必死だったのだ。求めるモノはただ一つ、自分から全てを奪った忌々しき帝国人への復讐のみ。


「そうして少女は、長い時間をかけて地下闘技場の頂点を勝ち取り、“飴”を手に入れた。自分を買い取り、その手で……血に染まった穢らわしい手で、自由を勝ち取ったんだよ」

「そりゃあ見事なハッピーエンド……って訳じゃなさそうだな」


 宗介の言葉に、悲しい顔でコクリと頷くフォルテ。


「帝国において亜人族には、市民権が無い。だから少女は、必然的にスラムで生きる事になった」


 スラム街。


 奴隷と共に反映して来た光の国、アングライフェン大帝国帝都における全ての“闇”を凝縮したそこに、奴隷の首輪から解放された少女は流れ着いた。


 当然、そこで生きて行くならば、スリ等の犯罪は避けて通れない。市民権の無い亜人族がマトモな仕事に就くことなど、不可能なのだから。


 結果、少女は“奴隷”から“罪人”へとその身を堕した。


 いつ死んでもおかしくないような、底辺街道まっしぐらな生活。ハッキリ言って、復讐など考える余裕も無い。物を食べられるだけで幸せなのだから。


 フォルテは、その時の少女の生活を、懐かしむように遠くを見つめて語る。


「日がな一日残飯を探して徘徊し、ぼーっと歩く阿呆から財布を奪う。それで得た金を使って、対亜人価格の高い高いパンを買う……。時には失敗して捕まり、リンチを受けることもあったな。少女の人生の中で、最も酷い時期だったね」

「……そりゃまた、何とも」


 まるで実際に体験したかのような生々しさ。相当に過酷な生活だったことが宗介にも見て取れ、思わず悲痛な顔を浮かべる。


 ……しかし、そんな生活の中でも、少女は一つの矜恃を捨てなかった。


 即ち、『同じ罪人からしか物は盗らない』という矜恃である。


 彼女は悪意によって全てを奪われた。だからこそ、自分から全てを奪った下劣な輩と同類になる事だけは、どうしても許容できなかったのだ。


 当然だがこれは、言うは易し行うは難しの極み。時には数日間何も食べられなかったこともあったし、亜人族の身体能力と【直感】が無ければ間違いなく殺されていた場面など、数え切れない程である。


 そんなギリギリの生活が延々と続き――――奴隷期間中に短く切られた金の髪が、いつの間にやら腰下まで伸びて来た頃。


 少女に、転機が訪れた。


「ある日彼女は、聖ルミナス王国現騎士団長、バラスト・シュヴェーアトと、そして同国の王女殿下であるララティーナ様に出会ったんだ。勇者である婿殿は、会ったことがあるだろう?」

「……ああ、覚えてる。懐かしい名前だ」


 その名には宗介も覚えがある。王女の方とはこれといって関わりは無かったものの、バラスト団長と言えば、勇者達の教育係を任されていた存在であり、フォールン大空洞において最弱の宗介の信じてくれた人だ。さり気なく色々と気にかけてくれていた、良い人でもある。


「出会いは、まあ、中々に酷かったんだけどね……」

「と、言うと?」

「ほら、バラスト団長と言えば、見た目が怖いだろう?」


 その言葉に、宗介は件の騎士団長の姿を頭に思い浮かべる。


 見上げる程に高い背丈。掘り深く鋭い目。極めつけは頬の一本傷……。


「確かに怖えな」

「だろう? 彼は当時、王女殿下の近衛騎士をしていたんだが……あの見た目の大男が、年端も行かないララティーナ王女を連れてスラム街を歩いていたんだよ。なんでも視察に来ていたらしいけど……。少女にはどうしても、人攫いの類にしか見えなくてね」

「それでお前(・・)、あの人の財布に手ェ付けたのか……」

「うん、まぁ……そう言う訳だ。恥ずかしいな」


 思わず苦笑いを浮かべる宗介とフォルテ。確かに、これ以上無いほど酷い出会いだ。


 やがて軽く咳き込み、場を取り繕うフォルテ。また、ポツリポツリと話を続けて行く。


「で、バラスト団長の財布を見事奪取した少女は、その後、壮絶な鬼ごっこの果てにあえなく捕らえられ……ララティーナ王女に実力を認められて騎士として取り立てられたんだ」

「“奴隷上がり”ってのは、そう言う訳か」

「ああ。王女様直々の推薦を貰って任命試験を難なく突破した少女は、聖王国を守護する聖騎士としてその剣をララティーナ様に捧げ、お国の為に尽力しました――――これにてこのお話は終了、めでたしめでたし」


 ふぅっ……と、疲れたように溜息を吐くフォルテ。話が済んだことへの安堵よりは、諦めのような。そんな感じだ。


 そしてその感覚は正しく、フォルテは、締めた話を即座に再開した。


「……とは行かないのが、この話なんだよね」


 そう。晴れて聖王国の騎士となった少女だが、その実、彼女の“恨み”は未だ晴れていないのだ。


 悪意ある帝国の人間に母や故郷、果ては自由などあらゆる尊厳を奪われ、味わわされた地獄の日々。


 それはまだ、心の奥底に深く刻まれている。


「帝国が嫌いだ。母を騙して殺し、全てを奪った後に自らを売り飛ばした帝国が嫌いだ。大嫌いだ。とにかく憎い。滅びれば良いと思っている」


 爪が肉を裂き、血が滲む程に強く手を握り締め、少女の呪詛を代弁するフォルテ。


 ……代弁? いや違う、これはフォルテ自身から漏れた呪詛である。


 彼女が語った物語は、言われるまでもないが彼女本人の身の上話だ。それを察せない程、宗介は鈍くない。物語の“少女”が体験し感じた事は、即ち、フォルテが体験し感じた事に他ならない。


「そんな、私にとって文字通りの仇が、今、久方振りに帰ってきた故郷の平和を脅かしている。それで、黙っていられる筈が無い……っ!」


 ポタリ、ポタリと紅い雫が滴り落ちる。


「婿殿。一つ、嘘をついたことを謝罪させてくれ」

「謝罪?」

「ああ……。私は別に、同胞を救いたい訳じゃない。ただ単に、復讐の炎に身を焦がしているだけだ」


 ギリッ、と悔しそうに歯噛みしながら、そう言うフォルテ。宗介は合点がいったように息を吐いた。


「成る程、な」


 ……彼には、ずっと疑問に思っていた事がある。


 何故、“半端者”と蔑まれていたフォルテがこうも故郷に拘るのか。助ける義理など微塵も無いのに、どうして戦おうとするのか。どうしてヤケに帝国を嫌うのか。何故、力に拘るのか。


 それらの疑問が、彼女の正直な吐露によって全て氷解した。


 答えは単純、彼女の抱える“闇”が意識下に――――もしくは無意識下に、憎しみの炎を燃やしていたからである。


「どうかこの手で……血に濡れ穢れに満ちたこの手で、母を殺し私の人生をグチャグチャにしてくれた屑共を斬ってやりたいんだ……っ」


 今までは、その恨みの矛先を別のもの――魔王軍などの“悪者”――に向けることで、上手くやり過ごして来たのだろう。が、ここに来たことで我慢に限界が来た、という訳だ。


「復讐、ね」

「そうだ。だからどうか、私に時間をくれ。半日で全てを終わらせて見せる」

「……チッ」


 真っ直ぐ見据えてくるフォルテに、宗介は、苦い顔を浮かべて舌打ちを飛ばす。


 ……宗介の旅の目的には、幼馴染との再会の他にも、北池への“復讐”というモノがある。


 ならば、フォルテの“復讐”を許容してやらない訳にもいかないだろう。切り捨てる事も不可能ではないが、それは些かワガママに過ぎるというものだ。


 しかし、これを認めて同情してしまったと取られるのも、何と言うか気に入らない。それに、幼馴染との再会を後回しにするだけの理由足り得るかと言われれば……頭を捻らざるを得ないだろう。何せ宗介には、唯の一つもメリットが無い。


 ならば、理由を。


 相応の理由を、無理矢理にでも付けてやればいい――――。


 腕を組んで考えていた宗介は、仕方ないと言わんばかりに大きく溜息をつき、そしてボソッと結論を告げた。


「……確か帝国の奴らは、勇者を利用してこの森に入ってきたんだったな」

「ああ、確かにそんな事を言っていたよ」

「なら今回の一件は勇者達の失態……ひいては、俺の幼馴染の失態ってことになる。じゃあ、俺が尻拭いをするのが道理だろうよ」


 その言葉に、「と言うことはっ!」と顔を明るくするフォルテ。しかし宗介は、咄嗟に待ったをかける。


「ただし! 元より俺は無関係で、本来は亜人族と帝国軍との戦いだ。だから俺は……最低限のサポートに回らせてもらう」


 そもそも、帝国の精鋭達による一個大隊と亜人族の寄せ集め一個中隊など、勝負にもならない。例え亜人側にフォルテが入ったところで、さほど変化は無いだろう。半日で終わらせるなら、前提として宗介の助力が必要だ。


「勝ちに導くだけの武器は用意してやる。背中も守ってやる。だが帝国軍を潰すのはお前の殺意だ。その上で半日以内にケリを付けろ。これで良いな?」

「……本当、か?」


 嫌々ながらも仕方なく、と言った具合の譲歩に、ポカンとするフォルテ。どうやら助力まで得られるとは思っていなかったらしく、完全に意表を突かれたらしい。


 何やら馬鹿を見るような目で見られて、宗介はピクリと青筋を浮かべた。


「嫌なら良いんだぞ? 俺だって無駄に時間を食いたか無えんだからな」

「い、嫌など、そんなことはない! ありがとう、本当にありがとう!! 恩に着るっ!!」

「ええい、抱きつくな鬱陶しいっ」

「婿殿はあれだな、勇者殿の故郷で言う“ツンデレ”という奴だなっ! 知っているぞ!」

「どこで覚えたんだよその言葉っ、断じて違うからな!」


 ギャーギャーと騒ぎながら、抱きついては押し返され、抱きつかれては押し返しの攻防を繰り広げる二人。フォルテは宗介の配慮が余程嬉しく、宗介はツンデレと呼ばれるのが余程不名誉だったらしい。


 それを見たエリスが「むっ……」と不機嫌そうに唸り、対抗するように宗介の手を取ってフォルテを引き剥がしにかかる。


 結果、抱きつく権利を主張する二人による小競り合いが始まった。


 その只中にいる宗介は、また面倒な事に首を突っ込んでしまった……と面倒臭そうに天を仰ぐのだった。

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