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四 “平凡”と“特別”

 宗介達が異世界に召喚されてから、二週間が過ぎようとしていた。


「身体中が痛い……。くそっ、《刻印》……」


 淡い光が宗介の右手に宿り、掌の上に置かれた小石を包み込む。


 彼は今、自身に与えられた聖ルミナス王国王城の一室に篭り、工作に励んでいた。無駄に豪華な天蓋付きのベッドには、特訓として作られた石人形――――“ゴーレム”や、その核となる“魔石”等が無造作に並べられている。



 二週間、宗介は訓練に励んでいた。


 まずは他の戦闘職組と共に、戦闘訓練。次に、一般常識の欠ける異世界人としては必須の座学。王国騎士団が請け負ってくれたそれらを、毎日毎日必死の思いでこなしてきたのだ。それに加えて北池達による特訓(・・)もである。


 ステータスが完全に一般人の宗介には、どれも大変なものだった。


 走り込みは城の周りを軽く五週。素振りはとりあえず五百回。この時点で既に手足は棒で、それに続いて打ち合い等が始まるという鬼畜っぷり。


 座学はと言えば、知能のステータスが高く思考速度や記憶力が高いこと前提の授業で、着いて行くのがやっと。


 もはや今まで音を上げなかったことが奇跡であった。



 【刻印】による光が消え、宗介の右手には、細かな紋様が刻まれた石ころが乗っていた。


「……はぁ。くそ、頭痛が酷くて集中できない」


 うがーっと頭を掻き、その石ころ――――“魔石”を投げ捨てる。


 ……寸前でなんとか踏みとどまり、優しく作業台に寝かせた。


 “魔石”とは、ゴーレムや魔道具の核となるものだ。見た目は水晶や宝石に近い。今回使用し、そして失敗したのは“火属性”の魔力を宿した赤い魔石である。


 火属性。いわば、炎のエネルギーを内に秘めた石。もし投げ捨て、壁にでも当たって砕けてしまうと、途端に宿した炎が荒れ狂い爆発を起こす。割れ物注意、というような話ではない。


「駄目だ、ちょっと休憩しよう……」


 北池達による特訓(・・)のせいで痛む身体を、天蓋付きのベッドに横たえる。上に乗っていた物共は枕元へと追いやられた。


 青アザまみれの腕や腹をさすりながら、宗介は何となしにポケットに手をやる。


「機巧師、ねぇ」


 おもむろにステータスプレートを取り出し、窓から差す夕日にかざしてそれを眺めた。


――――――――――――

西田宗介

機巧師 レベル:2

体力:11

魔力:11

筋力:11

耐久:15

知力:15

敏捷:11

技能:【言語理解】【ゴーレム創造】【刻印】【痛覚耐性】

――――――――――――


 そして、本当に二週間も特訓したのかというようなステータスに溜息をつく。


 北池の特訓(・・)や機巧師としての修行や勉強により、耐久と知力はヤケに上昇し、【痛覚耐性】なる技能まで得たが、だからどうしたという話である。到底、戦えるような代物ではない。


 ならば機巧師として、“ゴーレム”を創るのは当然の流れ。


 だというのに、残念でならないがそれすらも難しかった。


 まずヘクサローザが言うように、“機巧師”は稀少(レア)な職業だ。これは本当に稀少らしく、それこそ一万人に一人とか、そう言うレベルだ。


 つまり師匠となる人物も居らず、独学で技術を得る必要がある。


 更に言うとゴーレム技術とは、遥か昔に勃発した“人魔大戦”という、勇者率いる人間と魔王率いる魔族達の戦争が起こった時代に失われた、過去の産物であった。機巧師がレアすぎて、後世に技術を伝えることが難しかったのだ。


 ロストテクノロジーと言えば聞こえは良いが、宗介からしたら最悪も良いところだ。このことを知った時には軽く絶望した程である。


 ならばと古い本を読んだりして自己流で頑張ってはみたものの、技能の詳細が分かった程度。


 まず【ゴーレム創造】は、大地から人形を作る技能だ。土や石、金属に手をかざし、ゴーレムを作るイメージを強く持てば、それ通りの人形が完成する。


 しかし、これにはイメージ力――――即ち高い“知力”が必要不可欠だ。今の宗介では、ごく単純なものしか作れないと言って良いだろう。


 また、これで創られるのは“ガワ”だけだ。ゴーレムとして仮初めの命を持つには至らない。


 そこで必要となるのが、【刻印】の技能だ。魔石という魔力の塊――――現代で言うところの電池にゴーレムの起動式を刻み込み、核、動力、心臓とするのである。


 そうして“ガワ”に“命”をはめ込むことで、初めてゴーレムが生まれる。


「強いゴーレムを作ろうとしたら、金がなぁ……」


 ステータスプレートを傍に放り、フカフカのベッドに四肢を投げ出す宗介。


 先に挙げた通り、ゴーレム創造にはそれなりに問題点が多い。他にも色々と――石や金属を材料とする故の重量問題など――、まだまだ問題はあるのだが。


 その幾つかの問題の内、最も大きいのが“コスト”だろう。


 強力なゴーレムに必要な要素は“ガワ”と“命”の質。つまり、丈夫なボディを作る為の高価な石材や金属、そして大容量の電池となる良質な魔石が必要となる。


 安価な素材と動力、土くれの身体に低品質の魔石を使えば、殴られるだけで崩れ落ち、しかも数分しか動かない残念な人形が出来るだけなのだ。


 だが、ゴーレム一体を作るだけの金属を買うとなると相当な金額になるし、魔力の保有量が多い良質な魔石は簡単には手に入らず、非常に高価だ。


 そして宗介に大金を稼ぐ手段は無く、魔族と戦争中の聖ルミナス王国から借金するのも気が引ける。借金とは即ち面倒事の種であり、宗介は面倒事を何よりも嫌うのだ。借金を返済できる目処が立たない以上、彼はそういうことには手を出さないことに決めている。


「はぁ……。こんな非現実な世界で現実に悩まされるとは」


 八方塞がりの異世界生活に、宗介は「もう帰ってアニメでも見たい……」等と現実逃避に走りながら大きな溜息を吐いた。



 それと同時、部屋の扉をノックする音が彼の部屋に響く。



「……誰だろ」


 即座に疲労困憊の頭を必死に働かせるが、部屋に誰かを招いた記憶は無い。思い当たることと言えば、ついに北池達が自分の聖域にまで足を踏み入れに来たか、それとも誰かが連絡事項でも伝えに来たかという程度だ。


 とりあえず警戒心を露わに、役に立つか分からないゴーレムに手を掛けながら、来訪者の声を待つ。


「宗介くん、今、暇かな?」


 しかし、扉越しに届いたその声にホッと警戒を解く宗介。


 葵だ。何故に自分の部屋に来たのかは分からないが、彼女ならば警戒することもない、と慌てて扉に向かおうとして……


「痛ッ! いたたたっ!」


 そのまま蹲ることとなった。フカフカベッドの上で身体を休めていたのに、突然動いたものだから、北池達による特訓(・・)の怪我が自己主張を始めたのだ。


 一応、気を張っていれば【痛覚耐性】が抑えてくれるのだが、気を抜くとこうなる。


「だ、大丈夫!?」

「い、一応は……。鍵開けるから、ちょっと待ってて……」


 扉越しに不安気な声を聞きながら、彼は苦肉の策でゴーレムを動かす。


 試作型ゴーレム“虎徹くん”。脚に球型キャスターが付いた小太りな虎の置物が、頭の黄色い魔石を煌めかせ唸りを上げる! ちなみに原材料は、安価な石材と運良く手に入った良質な“地の魔石”だ。宗介による遠隔操作で動かせるラジコンと化している。電波が届く範囲はさほど広くないが。


 ちなみに、この“電波が届く範囲”というのも、ゴーレムが持つ問題の一つだったりする。簡単に言えばゴーレムを前線に立たせるならば、宗介も前線に立つ必要があるのだ。あの残念ステータスで……。


 ともかく。


 虎徹くんは扉の元に辿り着くや否やピョンと飛び跳ね、器用にも頭突きで鍵のツマミを回し、解錠した。メカオタクである宗介にとって、ラジコンの操作などお手の物なのだ。


「そ、宗介くん、何があったの?」


 恐る恐るといった風に、葵が扉を開ける。


「や、ちょっと、身体が……」


 ベッドに縋り付きながらも、心配させまいと宗介は笑みを返す。引き攣ったそれは苦笑いに近かった。


「もう、無理しすぎだよ宗介くん! ほら、休んでっ」


 葵が宗介の肩を支え、彼は促されるままベッドに腰を下ろす。流石に寝転がるのは失礼だろうという判断だ。


 葵がその隣にポフンと座り、宗介はさりげなく距離を取る。


 その距離を見た彼女は、ほんの少し悲しそうに、目を伏せた。


「……いつからだっけ、こんな風(・・・・)になったの」

「……さあ?」

「まあ、良いよ。それで、宗介くん。身体がボロボロなのって、やっぱり北池くん達の……?」


 不安気な瞳が、宗介の身体を見回す。


 流石にあのような醜態を晒せば見破られるか、と彼は小さなため息を吐いた。


「そう、かな。毎日の特訓(・・)のせいで、身体中アザと生傷だらけで」

「最近、酷いみたいだもんね……」


 はは、と苦笑う宗介。


 北池達による特訓は、非常に苛烈なものとなっている。それは耐久のステータスがヤケに上昇していたり、【痛覚耐性】などという技能を得ていることからも推して知るべし。まあ、平たく言えばただのリンチである。


「なんか、日に日に傷が増えていくんだもん……。どうにかしなきゃって思って、これ、作ってきたの!」


 そう言って葵は懐から一つの小瓶を取り出した。


 薄緑色の、淡く輝く液体が入っている。


「わたし、“薬師”だから。まだ練習中だけど、ある程度の効果はあると思う」


 成る程、と宗介は息を吐いた。


 宗介のような出来損ない生産職とは違い、葵の薬師としてのスペックは世界最強クラスだ。その世界最強の薬師が作った“回復薬(ポーション)”、練習中とはいっても軽い怪我なら問題なく治せるだろう。


「ありがとう、助かるよ。早速頂いてもいいかな」

「もちろん。そのために作って来たんだもんね。ささ、ぐいっと!」


 促されるがままに宗介は瓶の蓋を開け、その中身を飲み下した。少しでも早く傷を癒したかった為か、一気飲みである。


「うん、これは中々――――ッッッ!!??」


 その結果、余りの味に戻しそうになった。


 まさに劇薬。凝縮された草の味が、癒しに飢えた宗介の口内を蹂躙し荒れ狂う。


「良薬口に苦し、って言うからね。頑張って!」

「そんな、殺生なっ、これ、やば……っ」


 あぷあぷと、青ざめながら必死に毒薬としか思えない味のそれを嚥下していく。


 苦痛の度合いで言えば、いつの日か北池が持ってきた、死の銘を冠するソースに勝るとも劣らない。多分、今後暫くは食べ物の味が分からなくなるだろう。


「うぷっ……。何これ、化学兵器か何かじゃないの……?」


 葵印のポーションは、気を抜けばマーライオン待った無しの味だった。


 しかし、良薬口に苦しと言うだけあって、宗介の全身を襲っていた痛みはまるで何もなかったかのようにスッと引いていった。流石の効果である。この世界の薬師が見たらあまりの効果に白目を向いて卒倒するレベルだ。


「どう? 美味しかった?」

「今のを見て、それを聞くんだ……。いや、効果は凄かったけどさ……」


 傷が治ったことに安心し、葵は気が抜けたのか、胃が拒否反応を起こしてしゃっくりを繰り返す宗介を見てクスクスと笑う。耐え切れなかったらしい。


 酷いなぁとぼやきながらも、それが移ったのか宗介も小さく笑い出す。若干顔が引き攣ってはいたが。


「あはは……。とにかく、良かったぁ。ボロボロな宗介くんを見るの、辛いもん」

「……それはその、心配かけてごめん」

「分かってるなら、どうにかしてほしいなー」


 その言葉に、うぐっと言葉に詰まる宗介。ごもっとも過ぎて返す言葉も無い。


 どうにかする。つまり、北池達にされるがままの生活に終止符を打て、と言うことだ。


 出来るだろうか? 北池達は弱くはなく、むしろ勇者全員の中でも強い方だと言える。悠斗グループと北池グループは勇者達の中でも特に実力があるのだ。勿論、宗介は最下位。


 ……出来るだろうか?


 宗介が出した答えは、()だった。声を大にして「無理だ」と叫び、そして引き篭もることができたらどれだけ楽か。


「そりゃあ、どうにかしたいけどさ。俺、弱いから……」


 宗介は俯きながら弱音を零す。


 きつく握られた両手からは、悔しさが滲み出ている。


 終止符を打つ方法は、ただ一つ。宗介自身が力を手に入れ、北池達では手出し出来ない高みにまで登ることだ。


 他者の力を借りても、その他者が見ていない所でのイジメが悪化するだけ。イジメを先生に報告して助けてもらうというのは、その現状から抜け出したい場合、絶対に取ってはいけない選択の一つなのだ。


 ならば、手出ししてはいけない存在だと認識させる必要があるのだが、宗介にはそれが難し過ぎた。


「……ねえ、宗介くん」


 硬く握られた宗介の手が、暖かく柔らかい手に包まれる。


「わたし、知ってるよ。宗介くんの強いところ」


 正面からジッと見据えてそんなことを言う葵に、宗介は思わず後ずさった。


 そしてその言葉を掻き消さんかのごとく、矢継ぎ早に言葉を紡ぐ。


「馬鹿げてる……。俺を“強い”の基準にしたら、楠木さんや北池達は“最強”だし天谷君は“神”か何かだ。俺は弱いよ、自他共に認めるくらいに。特に今じゃステータスプレートだってある。いくら綺麗に繕ったって、弱いのに変わりはないんだ」


 目に見えるのだ。強さと弱さが。


 聞く話によると、ステータスプレートには“筆録の精霊”とやらが宿っているらしい。その存在しているのかすら定かではない超自然的な輩までもが、宗介の弱さを知っている。


 宗介自身が知らない筈が無かった。


 だが葵は、そうじゃないよと宗介の言葉を遮った。


「宗介くん。中学一年生の時のこと、覚えてる?」

「……ざっくりし過ぎてて、どの事を言ってるのか分からないかな」


 一年三百六十五日。その間に起こった数々の出来事の内の一つなど、すぐに思い出せる者は少ないだろう。例に漏れず宗介もそういうタチだ。


 だが、一つ。中学一年の時の思い出の中では、特に色濃く残っているものがあった。


「悠斗くんが、先輩方三人をコテンパンにして停学処分を受けた時のことだよ」

「それなら、まあ」


 それは、宗介の人生におけるターニングポイントになったと言っても過言ではない事件。


 そして彼にとって最高の黒歴史でもあり、忘れたいのに忘れられない事件である。



 ――――何の変哲もない、夏のある日のこと。


 とある上級生達と葵が、諍いになったことがあった。原因は色々と噂されているが、葵が上級生の告白を断ったとか肩がぶつかったとか、そんな些細なこと。


 葵は上級生達に、人目の無い所へと連れて行かれる。その光景が偶然にも宗介の目に映る。



 その頃の彼は子供だった。現実というものを知らず、世界は自分を中心に廻っているんだと信じて疑わない、家と学校という小さな世界の中で生きる子供だった。


 そんな小さな世界を、宗介は“天谷悠斗”や“楠木葵”という、天に愛されたかのような“特別”と共に過ごしてきた。方や神童と持て囃され、方や聖女と崇められた、文武両道才色兼備な二人(特別)と共に。


 なればこそ、宗介(平凡)が自身を特別と信じたのも仕方なかったと言えるだろう。昔の彼らは仲良し三人組であり、何をするにも共に過ごしてきたのだから。



 正義感溢れる少年であった宗介は、その蛮行を許す筈もなく、葵を庇うように躍り出る。


「オレの葵に手出しすんなよ、センパイ」


 そんな恥ずかしい言葉を言い放ち、平凡な英雄は、お姫様を護る為に立ち上がったのだ――――



「あの時の宗介くん、すっっっごくかっこよかったなぁ……」


 葵は、ベッドの天蓋を見上げて思い出に浸る。


「割と冗談抜きで眼科か精神科をオススメするけど」


 宗介は自虐的に笑いながらそう言った。なぜなら、その後に続くのは、十人中十人がかっこわるいと言うであろう結末なのだから。



 ――――立ち上がった英雄は、結果、肉壁となることしか出来なかった。


 惜しむらくは、マンガやゲームの必殺技を現実で使うことは出来ない事と、上級生達が普通に強かった事だろう。いや、宗介が弱かったのかもしれない。


 ただ無様に、されど幼馴染に手出しはさせまいと、歯を食いしばって上級生達によるリンチを耐えるしかなかった。


 そんな彼の頑張りは何とか功を奏し、その場に悠斗(勇者)が駆けつける。


「ボクの幼馴染を……! 許さないっ!」


 その真の英雄の活躍と言えば、まさに鎧袖一触。小学校時代から剣道や空手を習っていた悠斗に上級生達は瞬く間に叩きのめされ、ボロ衣となった宗介もかくやという無様さと共に逃げていった。


「くそっ、上級生を舐めんなよっ」


 と、そんな捨て台詞を置いて。



 宗介は、その日初めて“現実”を知った。自分は“特別”ではないと知った。


 自分の弱さを知った。



 そして、この事件はまだ終わらない。


 まず悠斗は、打ちのめした上級生達の告発により停学処分を受け渡された。悠斗は無傷で相手はボロボロ。過剰防衛などと言う話では無い。


 そこに同じくボロボロになった宗介が居れば、悠斗の正当性が立証出来ただろう。だがその時、宗介は怪我のせいで学校を休んでいた。そのせいで悠斗の正当性は認められず停学、上級生達の報復は見事に成功する。


 この停学処分が決め手となり、“平凡”な宗介と“特別”な悠斗が同じ高校に通うようになったのだが、それはまた別の話。


 さて、上級生達の報復活動はこれで終わるだろうか? 答えは否だ。下級生にフられ、挙句ボコボコにされた恨みは大きい。


 そしてその矛先は、怪我が治って登校を再開した宗介へと向かう。つまり上級生によるイジメ(・・・)だ。今までは特別二人によって守られていた為、それが初めての経験である。


 結果として不登校になったりはしなかったのだが、その経験は間違いなく彼を変えた。


 ――――即ち、もう二度と面倒事には手を出さないようにしよう、と。



 この事件がきっかけとなり、宗介は自分とは違う世界にいる幼馴染二人から距離を置くようになり、今の事なかれ主義を形作ることになったのだ。


 そんな出来事、忘れようも無い。忘れたくても忘れられず、思い出した瞬間に喉を掻き切って自害したくなるような恥ずかしい思い出である。


「俺は、弱いよ。あの時からずっと……。いや、その前からずっと」


 掘り起こされた黒歴史に若干の自殺願望を抱きながら、宗介は無意識に手を握りしめる。


「本当は弱くないって、わたしは知ってる」

「…………ありえない」


 悪魔の囁きを振り払うかのように、宗介は頭を振ってそれを否定する。


 弱くなければ、今の現状は存在しないのだから。


「もう、強情だよ宗介くん」


 諦めたかのように葵は目を伏せ、そして、悲しげに言った。


「やっぱり、宗介くんは弱いかも。少なくとも、今の宗介くんはすっごく弱くて、すっごくかっこわるい」

「ッ――――」


 その歯に衣着せぬ鋭い言葉は、宗介の心に深く突き刺さった。自覚はしているとはいえ、仮にも幼馴染に言われるのは辛いものがあったようだ。


 何か言い返そうにも言葉が見つからず、ただ静かに、言われるがまま受け止める。


「あの頃の向こう見ずな宗介くんのほうが、何倍も、何十倍も強くてかっこよかった。ねえ、宗介くん…………わたしが好き(・・)なかっこいい姿、もう一度見せて欲しいな」

「……なんだって?」


 不意に流れた聞き逃すには惜しすぎる言葉に、思わず宗介は素で聞き返した。


「わたし、宗介くんが好きだよ。でも、今の宗介くんは嫌いかなぁ」

「……その言い方は卑怯だろ」


 宗介とて思春期の男の子。女子から「好き」などと言われれば、嫌でも意識してしまうというものだ。その唐突な告白――と言えるかは怪しいが――に、宗介は狼狽する。


 その言葉が友人的な意味なのか、家族的な意味なのか、それとも男女的な意味なのかは分からない。


 分からないが、それを言われれば折れるしかないじゃないか、と宗介は頭を抱えた。


「宗介くんが突っ走って、悠斗くんがため息を吐きながら後処理に奔走して、最後に『面白かったね』って笑って……。あの頃に戻りたいな」

「……俺達はもう子供じゃないんだから、難しいだろ」

「それでも、だよ。戻れなくても良い。今のままは、ダメだから」


 葵がベッドから立ち上がり、腰の後ろで手を組んでクルリと回った。長い黒髪がフワリと揺れ、聖女の笑顔が夕焼けに輝く。


「宗介くん、もう一度頑張ってみよっ」

「……俺は、日常を静かに送れればそれで良いんだ」

「異世界に来た時点で、静かな日常なんて無くなってるもん。見栄を張るのは止めにしよ?」


 全くの正論に、何も言い返せなかった。


 数秒、数十秒、数分、彼は逡巡し、うがーっと頭を掻き毟る。


「くそっ! 分かった、分かったよ! やれば良いんだろ。北池達を見返してやるよ!」

「それでこそ宗介くんだねっ。一人じゃ無理ならわたしも悠斗くんも手を貸すから、いつでも言ってね?」

「一人で十分だ、俺はもう子供じゃない」


 宗介もベッドから立ち上がり、そして作業台へと向かう。その姿を見た葵は、ホッとしたように表情を崩した。


「ゴーレムを作る。集中させてくれ、葵」

「ん、分かった」


 宗介の目に本気の色を見た葵は、大人しく彼の部屋を後にする。


「ふふ、かっこいい宗介くん、楽しみだなー」

「茶化すなって。多分かっこよくはならないから」

「それはどうかな? わたし、信じてるからねっ」


 心底楽しそうな、嬉しそうな声に、宗介は若干たじろぐ。


 しかし意思は固かった。作業台に向かい、微妙に伸びた知力を総動員し頭の中に設計図を作り上げていく。


「あ、そうそう。明日、騎士団長さんから大事な話があるって。集中しすぎて寝坊しないようにね?」


 が、背にかけられたその言葉が設計図を掻き消した。並列思考はあまり得意ではないのだ。



「集中させてくれって、言ったのに……っ!!」

「あ、あはは……ゴメンね?」



 葵が逃げるように部屋から去って行き、何とも言えない表情の宗介が残った。

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