表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/58

三八 吸血鬼の狩り

 適当に選抜した盗賊を引き連れた宗介達は、現在、岩陰に隠れて数十メートル先の洞窟を観察していた。


 襲撃を受けた地点から少しばかり離れた崖の中腹。そこにポッカリと空いた洞穴からは、僅かながら光が漏れている。ゆらりゆらりと揺らぐ光から察するに、ランタンの類だろうか。


 洞窟の入り口には、丸太を組み上げて作られたバリケードが据え付けられていた。人がしゃがめば十分に隠れられる高さのものだ。加えてその隣には二人ばかり見張りの姿があった。


「あれが、お前らのアジトか」


 宗介が、エリス謹製の石枷を付けた盗賊に尋ねれば、彼は冷や汗を垂らしながら勢い良く首を縦に振る。


 更に質問する限りでは、どうやらこのアジトは大きな蟻型の魔物が掘った穴を流用しており、道が幾筋かに分岐しているらしい。更に言えば、中にはまだまだ盗賊が残っている為、見張りに気付かれたり下手に手を出してしまえば中からゾロゾロと増援がやってくるとのことだ。見張りが肩から吊るしている大きな鈴は、不意打ちで仕留められても仲間に襲撃を伝えられるようにする為のモノである。


 バリケードで足止めしている間に増援を呼び、襲撃して来た輩を数の暴力で叩き潰す……成る程、中々に考えられている。しかもここから先には身を隠せそうな物も撤去されている為、不意打ちだって簡単ではない。


 はてさて、どうしたものか。と、宗介は顎に手を当てて考え込む。


 一応、相手の拠点が洞窟である以上、火攻めでもして一網打尽にしてやれば簡単に終わるだろう。もしくは洞窟全体を崩落させて圧殺しても良い。エリスならば、そのどちらも片手間で済ませてしまうだろう。


 しかし、それでは駄目だ。一般人が捕らえられている可能性もあるし、盗賊団の頭を討伐した証くらいは持って帰る必要がある。


 ならば、どうにかして見張りを暗殺し潜入するか、もしくは……正面突破か。


 聞く限り、出入り口は一つだけ。ならば堂々と正面からお邪魔し見敵必殺サーチアンドデストロイを実行するのが簡単だ。少なくとも今の宗介には、それをこなせる力がある。


「……なぁ、フォルテ。一つだけ教えてくれ。あいつらは犯罪者な訳で、殺しちまって良いんだよな?」


 宗介は、無表情のままジッと見張りを見据えながら、隣のフォルテにそんなことを尋ねた。


「ん? まぁ、そうだな。生かしたまま街に連行しても処刑されるだけだし、無駄に荷物を増やす必要も無い。ここで殺さない理由が無いだろう」

「そうか、それもそうだな。すまん、変なことを聞いた」

「いや、別に良いのだが……」


 いつでも剣を抜けるように準備し待機していた彼女は、何を言ってるんだ? という風に首を傾げる。当然のことを尋ねて来るものだから、単純に質問の意図が読めなかったのだろう。


 そんなことを尋ねた本人である宗介は、納得したように何度か頷いた後、右の“シュトラーフェⅡ”を額に当てて目を伏せ、大きく深呼吸した。精神を落ち着かせ、決意を固める為だ。隣のエリスが「……どうしたの?」と疑問そうな目を向けて来るが、とりあえず頭を軽く撫でることで答える。


「な、なぁ、冒険者さんよぉ。ほ、ほら。教えられることは全部教えただろぉ? こ、これで見逃して貰えるんだよ……な?」


 そんな彼に媚びるように、おずおずと尋ねて来る盗賊。精神統一を終えた宗介は、それに冷たい目を送ると、むんずっと首根っこを掴み持ち上げた。


「へ? ちょ、あんた、何を……」

「俺は別に、逃がしてやるとか、そんな事を言った記憶は無いんだがな」

「なっ!? そりゃねえよ旦那ァ! た、たのむ! もうこんな事からは足を洗うからさぁ! 後生だ、見逃してくれぇっ!!」


 顔を真っ青に染めて命乞いをする盗賊などもはや目もくれず、「煩いから黙ってろ」と冷徹な言葉だけを与えた宗介は、盗賊(ボール)を握った手を振りかぶる。何をするのか悟ったフォルテはドン引きしているが、知ったことではない。


「一番槍は任せてやるから……天国に行けるよう祈ってろ」

「ひぃ、止めて止めて止めて止め――――」


 弔いの言葉と同時、宗介は、力任せに盗賊の身体をぶん投げた。


 言葉にならない悲鳴と共に錐揉み回転し、宙を一直線に駆ける盗賊は、呆気に取られてそれを見ていた見張りと激突。両者とも膨大な衝撃に全身の骨を粉砕させ、綺麗な鈴の音を奏でながらすっ飛んでいく。残ったのは僅かな血痕と、目の前で起こった事態が把握出来ず、口をポカンと開けたまま消えて行った仲間達を眺める見張りだけだ。


 そしてもう一人も、炸裂音が鳴り響いた瞬間に頭部を爆散させて崩れ落ちた。


 襲撃を知らせる鈴の音が、カラン、カランと“龍のアギト”に木霊する。


 そんな中で宗介は、冷たく紅い眼で肉塊を見つめながら、ふぅっ……と大きく息を吐いた。


「……ソウスケ、大丈夫?」

「あぁ? 犯罪者に銃口を向けて引き金を引く……それだけだ、何てこと無えよ」


 心配そうに声をかけてくるエリスに、柔らかい笑みを以って「大丈夫だ」と答える宗介。目だけは笑っていないようにも見えたが……そう言うなら大丈夫なのだろうと、エリスも小さく微笑み返す。


「さぁ、()るぞエリス。狩りの時間だ」

「……ん。久しぶりの血……一切合切、皆殺し、確定」

「確か君達は吸血鬼だったか。全く恐ろしいが……そうだな。王国の正義と秩序を護る騎士として、民の平穏を脅かす不埒者は誰一人として逃がしはしない」


 そんな言葉と共に、吸血鬼二人と騎士一人は、一番槍という名誉の下に砲丸となって突撃して行った盗賊の後を追って、ゆっくりと歩を進めた。




 ◆




 規則正しく並べられたランタンが照らす洞窟に、無数の絶叫と悲鳴と銃声が轟く。


 それら全ての元凶は、勿論宗介だ。ただ真っ直ぐに道の先を見据えながら、両手に握ったシュトラーフェⅡを交差させるように横に向けて引き金を引く。それだけの無造作極まりない動作で、脇道から不意を突くように飛び出して来た人影が頭を四散させて吹き飛んだ。


 そうして撒き散らされた鮮血は、ブラックホールにでも吸い込まれるような不自然さで、エリスの手元へと集まって行く。重力魔法で回収しているのだ。出来上がった赤黒い水の惑星に白い指先を浸けたエリスは、トロリと糸を引く程に濃厚なそれを舐め取る。


「ん……新鮮な血……大量……。これなら、暫くは血に困らない……」

「そりゃ良い。最近、貯め置きが尽きかけてたもんな」


 恍惚そうな表情を浮かべて久方ぶりの鮮血を味わうエリスと、絶えず命を奪いながら彼女と雑談する宗介。内容は、絶賛繰り広げられている殺戮劇など意識の彼方に追いやるような、『食料が尽きかけている』という話だ。


 吸血鬼の主食は、血液。宗介もエリスもこれは同じだ。半分人間の宗介なら血を飲まなくても死ぬことは無いが、渇きに耐えられず誰彼構わず血を啜ってしまうような衝動に駆られることになる為、一応、定期的に摂取はしている。


 今までそれは、フォールン大空洞の居住空間から丸々持ってきた貯め置きの血液で賄っていたのだが、やはり限度というものがある。ならば丁度良いと、盗賊の血を集めているのだ。


 そんな神を冒涜するような話をしつつ、それでいて無造作に無慈悲に自分達を殺してくるのだから、殺される側からすればたまったものではない。


「畜生ッ!!」

「蜂の巣になりやがれ!!」


 吸血鬼達が通り過ぎた後の脇道から数人の盗賊が飛び出し、怒りの咆哮を上げながら、彼らの背に向けてクロスボウを放つ。


 頭と血液だけが無くなり、枯れ木のようになってしまった仲間達の死体を飛び越え、憎きバケモノ共に向かって疾走する数本の矢。一度制圧した場所から放たれるそれらは、前だけを見て進撃する少年と、その隣で血を味わいながら歩く少女には、これ以上無い不意打ちだ。


 しかしそれらは――――たった一本だけ少女の首に突き刺さり、残りは全て叩き落とされた。


 叩き落としたのは、何故かバケモノと歩を共にする騎士の女。ヒトをバケモノから護るべき存在が、バケモノの片割れを護ったのだ。


「ちょ、エリス……大丈夫か?」


 首を穿たれふらりと揺れるエリスを、咄嗟に抱きとめる宗介。当のエリスは鬱陶しそうに目を細めると、突き刺さった矢をおもむろに引き抜いた。残った貫通痕からは血の一滴すら流れること無く、逆再生でもするように傷が塞がっていく。


 矢を放った盗賊達はあり得ない事態に目を剥くが、それもその筈。元より彼女は“吸血鬼”。銀の武器でもなければダメージは負わないのだ。


「……ん、大丈夫。それよりも……」


 心配してくれたことに、宗介の腕の中で嬉しそうに頬を緩めるエリスは、されど一瞬で絶対零度の瞳をフォルテに向ける。


「……わざと、弾かなかった。……どうして?」

「いや、何。ここで君が死んだら、婿殿の隣は私のものになるんじゃないかと思ったのだけれど……成る程、そう簡単にはいかないらしい」

「……」


 どうやらエリスは、全て弾き落とせた筈なのにわざと自分に当たる矢だけ見逃したフォルテが、気に入らないらしい。演技っぽく舌打ちし悔しそうな顔をするフォルテを無言で睨みつけて、遺憾の意を示す。


 やがて諦めたように小さな溜息を吐くと、背後の盗賊達を一瞥して華奢な手を軽く振るった。


 途端に洞窟の壁や床、天井から、細く鋭い幾何学アートのような造形の“杭”が無数に飛び出し、標的を全方向から串刺しにする。悲鳴を上げる間も無く宙に磔にされるような形で固定された盗賊達は、何が起こったのかすら理解出来ないまま……


「……雑魚が」


 ドパッ!! と体内の杭が炸裂し、血肉の花を咲かせて絶命した。


「今日はヤケに容赦無いな」

「……ちょっと、昂ぶってる」


 どうやら、しばらく振りに飲む新鮮な血にテンションが上がっているらしい。宗介の“龍脈眼”にも、轟々とうねる黄金の魔力が見て取れる。全くもって、頼もしいことこの上無い。


 が、襲われる側の盗賊達は顔面蒼白だ。


「ち、ちくしょう! なんだよあのバケモノは!」

「くそっ、撤退だ! 一旦退いて体制を立て直せ!」

「なんでこんなところに吸血鬼がっ」


 勝てないと悟ったのか、背を向けて我先にと洞窟の奥へ逃げていく。同時に壁のランタンが破壊され、辺りは闇に包まれた。視界を奪って時間を稼ぐ腹だろう。


 宗介は、しかし冷静に右のシュトラーフェⅡを構え、無表情のまま素早く連射した。光が無くとも龍脈眼によって魔力が見えるのだから、視界を奪ったところで意味など無いのだ。


 マズルフラッシュによって一瞬、また一瞬と、連続して視界が明滅する。同時に解き放たれた十五ミリの死神達は、一発で一人など生ぬるいと言わんばかりに命を奪い去り……結果、漆黒の闇の中で何かが倒れる音が、合わせて十回ほど木霊した。


 しかし全滅とまではいかなかったらしく、ドタドタと必死に逃げて行く足音も響いてくる。


「チッ、まだまだ居るか。良いぜ、誘いに乗ってやるよ」


 リロードを済ませた宗介は、やはり無表情のまま、今し方の射撃で出来上がった死体など目もくれず洞窟の奥へと進んでいく。同時にゴーレムの身体に魔力を循環させれば、黄金のラインがボディに刻まれて辺りを淡く照らしてくれるので、その歩みには迷いが無い。


 鳴り響くエンジン音は、さながら死神の足音。展開されたラジエーターから噴き出る白煙は、黄泉の冷気が如く。


 紅い左眼を闇の中にギラつかせてゆっくりと進撃する姿ときたら……もはや死神か死霊の類だろう。大鎌モードの“シュナイデン”を担いでいれば完璧にそれである。流石に洞窟内で振り回すには大き過ぎる為、エリスの指輪の中で眠っているが。


 そんな吸血鬼よりもよほどバケモノ染みた彼は、やがて一枚の扉の前に辿り着いた。木製ではあるものの、一部は金属で補強されていてそれなりに頑丈そうだ。どうやら盗賊達はこの向こうに逃げ込んだらしい。


「……罠?」

「だろうね」

「はっ、知ったことかよ。真正面から叩き潰すだけだ」


 どうする? と尋ねるように見つめてくる二人に対し、当然だろ? と答えた宗介は、シュトラーフェⅡに外付け式小型ショットガンを装着すると、その扉に向けて連続して発砲する。


 サイズに見合わない轟音と共に放たれたショットシェルは、その破壊力を以って蝶番を破壊。それを見届けた宗介は、使い物にならなくなった扉を思い切り蹴り飛ばし、二人を引き連れて明かりの無いその部屋へと脚を踏み入れた。


 ……そこは、灯りの落とされた大きな広間だった。微かな光の中で確認する限り、目の前には砦の如くバリケードが組み上げられている。


 それらを視認した瞬間。


「――――撃て!」


 短い号令と共に、無数の矢が飛来した。


 闇の帳の下、微かな光によってギラリと銀色に輝く矢の雨。総数は四十を超えるだろう。金属鎧すら貫く威力と相応の速度を持ったそれらは、バリケードの正面と右翼、加えて左翼側の三方向から交差するように放たれており、回避は非常に困難と言える。


 いわゆる十字砲火という奴だ。


 ……しかし。


 ガギギギンッ、という金属同士がぶつかり合うような音と共に、あろうことかその尽くが地面に転がり落ちた。突如として彼らの両脇に迫り出した岩の壁と、正面に展開されたスパークを纏う柩型の盾が、全て弾き返したのだ。


「流石はエリス」

「……んっ」


 全て防がれた事に、バリケードの向こうで唖然とする盗賊達を尻目に、魔法とシールドビットの盾を仕舞う二人。冷たい目で広間を見回した宗介がシュトラーフェⅡをホルダーに収めて右手を伸ばせば……エリスがそこに、金属塊を転送する。飾り気の無い、一メートルくらいの四角柱だ。


 無骨なデザインの中で唯一の飾りと言える中頃のグリップを握り、ドッシリと肩に担いだ宗介は、その柱に備わったギミックを稼働させる。すると前後の蓋が開き、更に後方からは九本の円筒が、ガシュシュン! と音を立てて飛び出した。



 前面に並んだ九つの孔から、銀色の円錐が姿を覗かせるそれ――――携行式九連装ミサイルランチャー“ラーゼンローゼン”。


 爆裂攘夷誘導弾(ミサイル)を九つも搭載した、凶悪無比な破壊兵器だ。放たれる弾頭は【感覚共有】により、射手である宗介がターゲットを視界に収めている限り自動で追尾するというスグレモノ。勿論、誘導無しでも使用は可能である。


 本来、拠点制圧などに使用するような物ではないのだが……まぁ、さしたる問題ではない。


 用は、バリケードを破壊出来さえすれば良いのだ。



 ラーゼンローゼンを肩に担いだ宗介は、ジロリと、バリケードの向こうで再射撃の準備をしている盗賊達を見回す。


 数は四十二。皆、必死の形相をしている。


 ……が、相手にならない。


「木っ端微塵になって死ね」


 無表情のままそう吐き捨てた宗介は、躊躇うこと無く引き金を引く。


 バシュウゥゥッ!!


 そんな音と共に、九発の小型ミサイルが白煙の尾を引きながら放たれ、眼前のバリケードに等間隔で突き刺さった。


 瞬間――――耳をつんざく轟音と爆炎、そして悲鳴が迸る。


 闇に閉ざされていた広間に紅蓮の輝きが溢れ、衝撃波があらゆる物を蹂躙し、洞窟全体を激震する。バリケードなど紙細工のようにバラバラに解体し焼き払ったミサイルは、更に奥の盗賊達まで爆炎に呑み込み、その殆どを元の形が分からなくなる程に破壊し尽くした。


 残っているのは、半身を失いながらも未だ命を繋いでいる死に損ない達と、炎を燻らせるバリケードの残骸だけだ。


 弾を撃ち尽くしたラーゼンローゼンを放り投げ、自らが刻み込んだ破壊の痕跡を冷めた眼で一瞥した宗介は、悠々と残骸を越え、破壊の嵐の中で偶然にも無傷で生き残っている一人の盗賊に歩み寄る。もう何が何だか分からない、と言った風に呆然としている盗賊に。


「き、君はたまにえげつないことをするな……。洞窟が崩落したらどうするつもりだ……」

「エリスが居る限り崩落の心配は無いし、どうせ皆殺しなんだから、えげつないもクソもあるかよ」

「それは、そうだが」


 腑に落ちないと言った表情をしながら、宗介の後に続くフォルテ。


 そのまま、下半身を失ってなお呻き声を上げる盗賊に歩み寄ると、途端に真剣な表情をした。


「ぁ、ぁ、痛い。殺してくれぇ……」

「ふん、野盗に身を落とした哀れな帝国人には相応しい末路だな。だが……」


 フォルテは剣を掲げ、一閃。蚊の鳴くような声で懇願する盗賊の首を斬り飛ばす。


「……せめてもの慈悲だ、苦しむこと無く逝け。次は、“人”として生まれてくることを祈っていろ」


 哀れみの視線を、盗賊だったモノに向けるフォルテ。訝し気に見つめる宗介やエリスの視線など気にも留めず、同じように未だ生きている者達を終わらせて回る。


「放っておいても死ぬだろうに、何をしてんだか」


 そんな彼女の行為を肩越しに眺めて溜息を付いた宗介は、無傷のまま生き残っているものの腰が抜けて動けないらしい盗賊の側で脚を止めると、冷たい目のまま銃口を向けた。


「お前が、盗賊団のリーダーか」

「ひ、ひぃっ……!」


 なんとか生き延びるべく、ワタワタと脚を動かして逃げ出す盗賊。見たところ装備が他よりも上等なものに見える。今は爆裂攘夷弾頭の猛威に晒されて酷い有様だが、恐らくはそれが(リーダー)の証だろう。


 そんな奴を逃がす訳にも行かない為、宗介はおもむろに発砲し、彼の両脚を撃ち抜いた。


「や、止め、ひぎぃっ!? ぐ、あぁ……っ!」


 十五ミリマグナム弾の一撃だ。穴を穿つ程度では収まらず、着弾箇所を中心に装備ごと脚がもげた。これでもう逃げられまい。


 目にたっぷりと涙を浮かべたその盗賊に、再度シュトラーフェⅡの銃口を向ける宗介。


 その顔は、いつの間にやら恐ろしい程に無表情となっていた。


「ち、畜生! 何だよ、何なんだよお前らはっ!」

「別に恨みがある訳じゃないが、冒険者ギルドからの依頼でな。悔やむなら犯罪者の道を選んだ自分の選択を悔やめ」


 チャキッと、ゆっくり、ゆっくり引き金に指をかける。


 まるで躊躇っているようにも見える行為。目は完全に据わっているのにどうしてか一向にに撃とうとしない彼に、隣のエリスが不安そうな目を向けた……次の瞬間。


「ク、ソぉっ!! 死にやがれェッッ!!」


 ヒュッと、小さな銀色の刃が風を切って投擲された。投げたのは顔を涙や鼻水でぐちゃぐちゃにした盗賊、狙いは宗介の頭。


 苦し紛れの抵抗に、しかし宗介は対応できなかった。何か別の事を考えていたのだろうか。理由はどうあれ、少なくともその刃は……


 ドシュッ!


 そんな嫌な音を立てて突き刺さる。


 ――――エリスの、左手に。


「っ……」


 鋭い痛みに顔をしかめる彼女の手からは、ポタリ、ポタリと紅い水滴が零れ落ちた。


 エリスの手から血が流れる。吸血鬼の身体が傷を負う。即ちそれは、()であるという証拠。つまり今の一撃は、宗介にとってもエリスにとっても致命傷となり得る代物であったということに他ならない。


 その事実を、血に塗れた刃を以って突き付けられた宗介は、途端に正気を取り戻した。


「ッ! エリス!?」

「……このくらい、平気。死ぬことは……無い」

「そ、そうか。良かった、本当に良かった……!」


 とりあえずエリスが無事なことに胸を撫で下ろし、腕の中に抱き留める。そして、今度こそ終わらせるべく銃口を盗賊団リーダーに向ける。


 その先はもう、躊躇うことは無かった。


「死ね」


 ズドンッ!!


 たった一言、銃声も一度。それだけで標的の頭蓋は粉砕され、脳髄を撒き散らして絶命する。


 ここに、“龍のアギト”に潜伏していた盗賊団は全滅した。


 そうして目の前に出来上がった肉塊など目もくれず、エリスの手を優しく取った宗介は、膝を突いて焦ったように傷の様子を確認する。


「か、完全に貫通してるな。引き抜いて血を飲めば治るのか?」

「……ん。丁度、血は溢れてるから、問題ない」

「そりゃ良かった! 本当すまん、痛むだろうが我慢してくれっ」


 致命傷ではないのが救いだろう。彼女の手に突き刺さった短剣を一息に引き抜き、直ぐに血を飲ませ、一応の応急処置を済ませた。鮮血を摂取して身を活性化させれば、如何に銀武器によって受けた傷であっても治るのだから、エリスの力は恐ろしい限りだ。流石、パイルバンカーで心臓を潰されても再生するだけある。


 そうして、血痕こそ残っているものの傷は塞がったのを見るや否や、宗介はエリスをギュッと抱き締めた。


「本当にゴメン。それと、助かった。ありがとうな」

「……ん、どういたしまして」


 優しく微笑み、宗介の頭を撫でるエリス。何やら立場が普段と逆転している。


 そのまま暫く――――フォルテが、死に損なった者達を全員天国に送り終わるまでそれを続けた二人は、やがてお互いの肩を取り、向き合った。ここから先は、真面目な話ということだ。


 話を切り出したのは、エリスだった。


「……ソウスケ。始めての殺人(・・・・・・)、どうだった……?」

「……まぁ、胸糞悪りいの一言だろうな。出来る限り冷酷にこなしてみたが、あんまり良いもんじゃ無かったよ」


 そう、これが宗介にとって、始めての同族殺しなのだ。


 それを聞いたフォルテが、心底驚いたような顔をする。


「む、婿殿は、始めて人を殺したのか?」

「ん? まあな。これでも俺は、平和な異世界から来たんだぞ? 俺の故郷じゃ殺人は大犯罪だ。殺しの経験なんてあってたまるか」

「そう言えばそうだったか……いやしかし、信じられないな……。君はもっとこう、邪魔者と見るや否や問答無用で引き金を引くような、容赦の無い人間だと思っていたよ」

「何気に酷いな、おい」


 フォルテによる何とも酷い評価に、ピクリと青筋を立てる宗介。実際、そう思われるだけの行動を取って来たという自覚はあるので、言い返すことはしない。


 しかし人間相手に限っては、今まで一度も銃弾で傷付けたことは無いのだ。まぁ、明確に敵対することが無かったというのも強いが。


 ――――宗介は確かに半吸血鬼だが、同時に半分は人間であり、“勇者”の端くれ。勇者が倒すべきは魔物及び魔王であり、断じて人間ではない。


 勿論、明確に敵対されるような事があったならばもっと早く人殺しを経験していただろう。また今回のように、相手が犯罪者であり守るべき存在ではないと判断すれば躊躇わずに引き金を引くつもりだ。今回は最後に躊躇ってしまったが、もう吹っ切れた。


 ちなみに洞窟の前からずっと無表情だったのは、頭の中で必死に「悪は殺していい」と念じていたからである。お陰で、もう二度と先ほどのような失態は犯さない筈だ。


「……同族を殺す事に忌避感があるなら……それはまだ、ソウスケが“ニンゲン”である証拠。……誇っていい、と思う」

「そりゃどうも。痛み入るよ」


 エリスの言葉に安心したのか、張り詰めていたものが解れたように頬を緩める宗介。エリスもそれに、「……お疲れ様」と微笑み返す。


 フォルテも、それに続いて労いの言葉をかけた。


「まぁ、そう深く考えることでもないさ。少なくとも君は、何も恨まれるようなことはしていない。むしろ感謝されるべき行動をしたんだ」

「割り切ってはいるが、そういうもんか」

「そういうものさ。それでも不安だと言うなら……一つ、格言を教えてやろう」


 心して聞くんだぞ? と思わせぶりに間を伸ばすフォルテに、訝し気なジト目を送る宗介。しかしその後飛び出して来た格言に呆れたような顔をする。


「『犯罪者、悪徳奴隷商、アングライフェン帝国人、これ即ち“人”にあらず』だ。覚えておくといい」

「善良な帝国人に謝れ。誰が言った格言だよ……」


 何故か得意気なフォルテ。彼女は確か『“人”は斬らぬ』と言う騎士らしい信念を抱いていた筈だが、その格言に当てはめれば、挙げた三つの人種は斬っていいと言うことになる。


 地味に、彼女が抱える“闇”の深さが見て取れる発言だ。


「お前って……いや、何でもない」


 ツッコミ待ちなのかどうか酷く悩んだ宗介であったが、とりあえずその事には触れないでおくことに決めたらしい。頭にハテナマークを浮かべて首を傾げるフォルテをよそに立ち上がる。


「それじゃあ、回収するもんだけ回収しておさらばとするか」

「そうだね。商隊の方も、そろそろ治療やら何やらが済んだ頃だろうし」

「あー、護衛の依頼もあったな……。馬の代わりをどうするかなぁ」


 ともあれ。宗介達はその後、盗賊団が略奪し溜め込んでいた物品を回収し、エリスの魔法で残った全てを灰にし埋めたててやる。


 これにて、裏の依頼は一件落着。無事に盗賊団を壊滅させた三人は、急ぎ足で商隊の護衛という表の依頼に舞い戻った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ