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三七 初依頼

 五台編成の馬車団が、トリッドより南東に向けて出発してから半日ほど経過した。


 トリッドから王都への行程は、途中で宿場町を挟みつつ五日。先はまだ長いが、今の所は魔物や盗賊などの気配は無く順調な滑り出しと言えるだろう。


 護衛の依頼を受けた冒険者の数は、宗介達を含めて十五人。各々が馬車の周りを囲むように並んで歩いていたり、屋根の上に座って辺りを警戒している。重要な任務だけあって皆ベテランばかりだ。


 そんな中、宗介はと言えば……


「最悪だ……」


 最後尾の屋根上で、ガックシと項垂れていた。


「馬車旅は始めてだと言っていたが、そんなに気に入らなかったかい?」


 その馬車の隣を歩くフォルテが、エリスに「……よしよし」されている彼に声をかける。当の本人は、非難轟々、といった風にジト目を返す。


「そうじゃねえよ、お前だお前」

「……ストーカーの、お邪魔虫」

「また随分と酷い言いようじゃないか、“婿殿”?」

「その呼び方はマジで止めろ……」


 くつくつと笑うフォルテに、もはや全てを諦めたような溜息を零す宗介。


 ――――着いて行く。逃がさない。


 それが、強引に同行を申し出てきたフォルテの主張であった。勿論、大前提としては故郷での滋養という目的が存在するようだが。


 そう、故郷。


 様々な種に分かれる“亜人族”の内、“金狼族”と呼ばれる一族の血を引く彼女の故郷は、帝国の北に広がる“ヴィルト大森林”に他ならない。


 つまり何が言いたいのかと言うと、目的地が同じなのだ。ならば丁度いい、と言うのは何とも安直な考えだが、フォルテにとってそれは理由付けに過ぎないのだろう。自らを辱めた宗介に責任を取らせる為の、方便のようなものである。


 実際、案内役を買って出てくれるなら宗介としても有難い限りではあるのだが……宗介はどうしたものかと、頭痛の為にこめかみを押さえて思案する。


「いや、ホント、誠心誠意謝るから勘弁してくれませんか? 流石に面倒すぎるだろ」

「屋根の上から見下ろされながら言われた所で、微塵も誠意を感じないが」

「……お邪魔虫には、この程度で十分」

「本当にブレないな、君は」


 さりげなく宗介の腕を取ることで言外に「お前には譲らない」と主張するエリスを、呆れたような目で見上げるフォルテ。犬猿の仲と言うか何と言うか。いや、エリスからすれば宗介との間に割り込んでくる邪魔者以外の何者でもないので、無理もないのだが。


 逆にフォルテからすれば、宗介は自らをお嫁に行けなくした存在であり、絶対に逃がす訳にはいかない獲物である。これは完全に、ストーカー行為に業を煮やし、エリスの行動に流されて調子に乗った宗介の自業自得だ。お姫様抱っこの件は……不可抗力であった為仕方が無い。


 言ってしまえば一人の人生を潰してしまった訳なので、宗介が命もしくはその人生を以って責任を取るのは、当然の道理なのである。


「……しかしだな、俺にだって目的はあるんだよ。それを邪魔されるのは、正直言って困る」


 幼馴染と再会し、自らを奈落の底に突き落とした者に相応のお返しをする。そこから先は未定だが、これを成すにあたって障害となるならば受け入れることは出来ないのだ。


「承知しているとも、その為に身体を改造したこともね。別に私は、君の邪魔をしようと言う訳じゃない。責任を取ってもらうのは君の目的が果たされてからでも問題は無いさ。勿論、君を取り逃がさないためにも、旅に同行はさせてもらうけどね」

「邪魔はしない、か」


 ふむ……と顎に手を当てて考え込む宗介。


 邪魔することなく着いてくるだけなら、宗介としては断る理由も無い。彼女はあれで、自衛出来るだけの力は持っているのだ。確かに邪魔にはならないだろう。むしろ有事の時には十分に戦力となり得るので、“仲間”として受け入れる分には大歓迎まであるのだ。


「それに、ほら、私はきっと……い、良い嫁になるぞ?」

「いや、いきなり話を飛躍させすぎだろ」


 嫁、という単語に頬を赤らめて恥ずかしそうにしながらそんなことを言うフォルテ。宗介のツッコミを耳に届いていないらしい。


「つ、つつ妻というものはだなっ、夫に尽くすモノだと聞いたことがあるのだ! 私は、ほら、尽くすタイプだからなっ! ゆ、優良物件だぞっ!?」

「いつの時代の話だよ……。そもそも、なんで結婚前提なんだ?」

「わ、私とて好きでもない男を誘惑するなど、不本意に決まっているっ! しかしだな、私の母は父に同じことをして結婚まで持ち込み、責任を取らせたと聞いているっ。ならば私も、同じことをせねばなるまい!」

「知らんがな……。エリスが凄い怖い目をしてるから勘弁してくれ」


 自らと結婚するメリットを押し出して誘惑するフォルテに、絶対零度の視線を向けるエリス。


 そう、如何に宗介が同行を容認しても、彼女は納得しないだろう。


「……絶対に、この座は譲らない」


 彼の腕をギュッと抱いて「ここは私のものだ」と主張するエリスの気持ちだって、ないがしろには出来ない。そもそもの優先順位が違うのだ。


 ……と、そんな時。ずっと会話していた宗介達に、前の方で周囲を警戒していた冒険者が茶化すように声をかけて来た。


「おいおい、黒のニュービーと銀の嬢ちゃん達! イチャつくのは良いが、しっかりと周りも見張っとけよ! 今のところは平穏だが、いつ魔物が飛び出してくるか分からんからな!」

「わーってるよ、センパイ」


 恐らく、エリスが宗介の腕を取り、フォルテに向けて静かに威嚇していることを言っているのだろう。宗介は「悪い悪い」と手を振りつつ、一応、先程から絶えず継続していた周囲の警戒に意識を戻す。


 技能【感覚共有】により、上空に飛ばしておいた“シールドビット”のカメラアイを通して周囲数キロを俯瞰。何か見つければ、もう片割れを急行させて蜂の巣にする……今のところ馬車隊が何者の襲撃も受けていないのは、大体これのお陰だ。


 何故こんな回りくどい方法を取っているかと言うと、やはり人目があるからだ。左眼の眼帯を外して“龍脈眼”を解放すれば、魔力を見通すことで外敵を発見出来るが、流石にこの場では外せないので。


 ともあれ、シールドビットの操縦訓練にもなって丁度良いだろう。勿論あれは、今後量産されるだろうから、複数機の同時操作に慣れておいて損はあるまい。


 そんな具合で、宗介が会話を切った瞬間、不意に傍の茂み付近からダダダダッ!! という炸裂音が鳴り響く。シールドビットが火を噴いたのだ。


 その証拠に、茂みからフラリと黒い虎が姿を現し、全身の銃創から血を噴出しながら崩れ落ちた。


「うぉっ、キラーパンサーじゃねえか!」

「死んでる……のか?」

「き、危機一髪だぜ」


 一頭だけでも並の冒険者グループなら全滅に追い込む程に強力な魔物が、突如として血塗れの姿で出現したことに、騒然とする冒険者達。しかし宗介はそんなこと気にも留めず、満足気に頷く。


「ふぅ……こんなもんか」


 それと同時、何処からともなく――正確には馬車の死角と上空から――現れた二機の柩が彼の元へと集い、衛星の如く周囲を公転し始めた。どうやら役目は終わったということらしい。


 と言うのも、待ち伏せしていたキラーパンサーを仕留めている間にもう一機を隊列の先に送り出し、上空から安全を確認していたのだ。結果としては、この先数キロに渡って魔物などの驚異が潜んでいる気配は無かった。暫くは景色を楽しむくらいに余裕を持てるだろう。


 ……と言っても、まばらに木々が生え岩が点在する丘陵が彼方の岩山地帯まで続いている程度だが。それでも日本生まれ日本育ちの宗介からすれば、新鮮な光景だ。


「旅に水を差す不埒者は今ので打ち止め。さぁ、ゆっくりするか……」


 空飛ぶ柩に目を丸くする冒険者達を丸っと無視し、一発大きな欠伸をかました宗介は、器用にも屋根の上で寝転がる。そのまま顔だけを横に向け、ゆっくりと流れる景色を楽しむ姿勢に入った。


 ――――天気は快晴。暖かな陽射しが半吸血鬼である彼を襲い、翼が持つ闇属性のエンチャントと水面下で静かに鬩ぎ合う。


 傍にちょこんと腰を下ろすエリスは、その白い肌や銀糸の髪が陽光の下で煌めいており、さながら天使の如く。無言でフォルテを威嚇する姿も、まぁ見ようによっては愛らしいものだ。


 対するフォルテは、呆れ一色に染まったジト目を宗介に向け、溜息を零すのみ。


「全く、君は……」

「いやな、会話しながらシールドビットを操縦するのって意外と骨が折れるんだよ……」


 いずれ慣れるだろうが、やはり意識を三つに分割するというのは慣れない行為。頭が疲れるのも仕方が無い。それ故に横になって休憩を取る、と言う訳だ。


「ともかく……同行するなら、どうにかしてエリスと折り合いを付けてくれ。俺個人としては邪魔にならない限り何も言わないが、どうせならエリスの気持ちを優先させたいからな」


 宗介は話を戻し、とりあえずの決定事項をフォルテに伝えた。宗介の中では、やはりフォルテよりもエリスが優先という事実は揺るがないのだ。それを理解しているエリスは、得意気に鼻を鳴らす。


「……ソウスケの隣は、絶対に譲らない」

「成る程、話し合いでは難しそうだ。となると、力ずくで奪うしか無いと見た」

「……上等。いつでも相手になってあげる。相応の覚悟を持って、かかってくるといい……」


 どうやら話は決まったらしい。実際、エリスを認めさせるには決闘でもするしか無いだろう。フォルテに勝ち目があるかどうかは別として。


「さ、流石にここで殺り合わないでくれよ?」


 バチバチと火花を散らす二人に、これ死人が出るんじゃないか? と冷や汗を流す宗介。自分を奪い合って二人の女の子が競い合う……と言えば聞こえはいいが、その実は完全に修羅場だ。宗介にとっては良いものでは無かったらしい。


 何はともあれ。


 最後尾に異様な空気を纏わせた一行は、南東に向けて幾筋かの轍を刻みながら、荒野を貫く一本の街道をひた走る――――




 ◆




 そんなこんなで二日経ち。


 魔物による多少の襲撃こそあったものの順調に進んだ一行は、トリッドの街と王都の間に立ち塞がる岩山地帯……そこを貫く大峡谷を全速力で突き進んでいた。


 ちなみに全速力だけあって、冒険者達は馬の速度に振り落とされないよう、馬車に乗り込んでいる。一部の馬車は寿司詰め状態だ。


「絶景だな」

「まぁ、ある意味名所ではあるからね」


 谷底を駆ける先頭馬車の車窓から外を見上げた宗介は、思わず感嘆の声を零した。


 道の左右にドドンッ! と聳え立つ、階段状に削られた絶壁。風雨のせいか、はたまた魔物が打ち砕いたのか、辺りには歪な石柱や大岩が点在しており、更には無骨なアーチが谷と谷に橋を渡すように伸びている。元より雨が少ない土地なのか、緑の少ない岩肌には幾つかの岩窟も覗いていた。


 しかし、そんな大地の雄大さを感じさせる絶景をのんびりと眺めているのは、宗介だけだった。


 なぜならこの大峡谷は、危険に満ちているから。左右が切り立った崖に挟まれた一本道……もし魔物の襲撃でも受けようものなら、容易く挟撃を喰らって全滅してしまう地形なのだ。


 その危険さ故に無数の命が散って行った為、人々はここを、あらゆる命を喰らう存在に例えて“龍のアギト”と呼ぶ。故にこの道を通り抜ける時は、直前で万全の体制を整えて一気に駆け抜けるのがセオリーである。


 危ないなら他の道を通ればいいじゃないか、と言うのは宗介も思ったことだが、商隊のリーダーや冒険者達から聞くところによると、ここの細道が二点を繋ぐ唯一の直通ルートなのだそうだ。一応、大きく迂回する道も無くはないが、流石に時間がかかり過ぎるので。


「もし何かあれば、護衛の程、よろしく頼みますぞ?」


 そんな風に言うのは、宗介達と同じく先頭馬車に乗り込んでいる商隊のリーダーである。ちなみに同馬車には彼と宗介、そしてフォルテにエリスと、なんの因果か最高戦力が集結している。先頭の護衛は日替わり制なのだ。


「まぁ、新人なんで。あまり期待はしないでくださいよ」


 と、宗介が肩を竦めて答えると、商隊長は愉快そうに笑う。


「はっはっはっ! いやはや、キラーパンサーを小手先一つで倒してしまうお方が、何を仰るのですかな」


 なんとも豪快な彼に宗介は、「はは……」と苦笑いを返すしか無い。


 しかし、別に冗談という訳ではない。宗介に護衛依頼の経験など無い為、こう言う時のセオリーが分かっていないのだ。


 この道に限っては、真正面に敵が飛び出してくることなどそうそう無い――全速力で駆ける馬車の前に飛び出すなど自殺行為に他ならない――ので、多少は気が楽かもしれない。しかし逆に言えば、後ろや横からの襲撃には対応し辛いということでもある。周囲をシールドビットに巡回させて警戒はしているが、後方の護衛に関してはベテランの冒険者達に任せる他無いだろう。


「まぁ、何も起こらなければそれで良いんだけどね」

「そう上手くも行かんだろうよ」


 確かにフォルテの言う通り、何の襲撃も無く峡谷を抜けられるなら、それに越したことはない。しかし懸念すべきは、掃討を依頼されている盗賊団だ。


 剥き出しの大岩や岩窟など隠れる場所の多い地形には、シールドビットによる上空からの監視も形無し。こんなにも待ち伏せするのに絶好な場所、宗介ならば見逃さないだろう。


 もし盗賊団が本当に存在するなら、間違いなくここで仕掛けてくる。


 そんな訳で気を引き締め、より一層警戒を強めながら谷底を進む一行。



 程なくして、進んだ距離から算出するに折り返し地点を通過した――――その時。


「ッ! 落石だ、馬車を止めろ!」


 シールドビット越しに辺りを観察していた宗介が、咄嗟に声を上げる。それを聞いた御者台の商隊員が手綱を振るい、急ブレーキをかけた。


「おわっ!」

「っ……!」

「ひぎっ!?」


 猛速で駆けていた馬車は強烈なGで乗客を蹂躙しながら、ドリフトでもするように砂埃を巻き上げ停車する。中の様子といったら、荷物は散乱し人は転げ……中々にカオスだ。横転しなかったのは奇跡に近いだろう。


 そしてその直後。息つく暇も無いまま鼻先三寸の所に、ドガァッ!! と大岩が墜落した。


 ……あわや大惨事。急制動をかけるのが一秒遅れていたら、皆仲良くペシャンコになっていた所である。宗介やエリスなら死ぬことはないだろうが、それでも思わず背中に冷たいものを感じたのは無理もないだろう。


「ひ、ひ、舌を噛んだ……。一体、何事だ……」

「何やってんだよ、全く。エリス、大丈夫か?」

「……ん、なんとか」

「そいつは重畳」


 咄嗟に抱きかかえたお陰で傷一つないまま腕の中に収まるエリスと、事情を把握出来ていないまま涙目になっているフォルテを確認するや否や、宗介は【遠隔操作】でシールドビットを操り周囲の様子を伺う。


 突然の落石と先頭の急ブレーキによって前方が塞がれたせいで、脚を止めてこちらを伺う後続隊。その馬車隊の右側、階段状になった崖の中腹で、伏せたままボウガンを構える無数の人影……。


「ッ、くそったれ!!」


 そららを視認した途端、宗介は切羽詰まったように毒を吐きつつ二機の柩を展開、空飛ぶ即席の大盾へと変形させた。


 刹那――――無数の矢が、小さな風切り音と共に雨あられの如く降り注ぐ!


「のわぁっ!?」

「襲撃、襲撃!!」

「奴らいきなり、ぐはっ……!」


 標的にされた一行から、途端に様々な悲鳴が上がった。先頭の様子を確認しようと馬車の外に身を躍らせた者、屋根や壁を貫通してきた矢の餌食になった者、ベテランらしく冷静に対処する者……。被害は小さくないようだ。


「チッ、数が足りねえ、もっと増やしとくべきだったか……!」


 大きく展開させたシールドビットで、先頭馬車ともう一台の馬車を引く馬を守った宗介は、しかし残りには手が出せなかったことに歯噛みする。


 この商隊の護衛において最優先で守るべきは、リーダー及び足である馬達だ。他は何だかんだで替えが効くのだから。しかし、その馬五頭の内の三頭が、頭や首を射抜かれて絶命してしまった。宗介が守った二頭は無傷だが、これでは立ち往生だ。


 加えて、動けなくなった後続のせいで逃げることも出来ない。前方は明らかに人為的な落石が塞いでしまっている。


「手際の良さに、してやられたようだね」

「全くだ」


 険しい顔を浮かべる、宗介とフォルテ。どうやら、この“龍のアギト”に潜伏していた盗賊団……かなりの手練れらしい。宗介とて下手には動けず、とりあえず息を潜め、シールドビット越しに出方を伺うことにした。


 暫くすると、先程のボウガン部隊とはまた別の盗賊達が姿を現し、宗介達を包囲した。数は三十程だろうか。鉄の鎧や剣、盾に槍など、存外に立派な装備をしている。本当に盗賊なのか? と言った具合だ。


 その姿を車窓から覗き見たフォルテは、一瞬目を剥き、そしてポツリと呟く。


「……帝国の軍人崩れが、こんなところまで流れてきたとはね……」

「あいつら、アングライフェンの軍人なのか?」

「間違いないだろうね。帝国軍の正規装備をしている」


 成る程、と息を吐いて納得する宗介。


 軍事国家である“アングライフェン大帝国”が保有する軍隊。それが流れてきて盗賊をやっているのなら、この手際の良さも当然のことだろう。また厄介な相手が出てきたものだ。


 そんな帝国軍人崩れの盗賊達が、馬車の中に潜む宗介達に向けて声を上げた。


「逃げ場は無えぞ。全員、武器を捨てておとなしく出てきな。さもなくば……」


 完全に上位者であることを確信した声。恐らくはリーダー格のものだろう。他の盗賊達の下卑た声も幾らか聞こえる。一部の者は何やら、空飛ぶ柩をつついたりして訝し気に見つめているようだ。


 ……取り囲む盗賊達は三十、加えて崖の上にはボウガン部隊。確かに絶体絶命、ネズミ一匹逃げられないだろう。故に宗介は、チラリとフォルテに目をやった。無言で「どうすればいい?」と尋ねているのだ。


 当のフォルテは小さく鼻を鳴らすと、腰の剣に手を当てることで答えた。


「護衛依頼で大人しく降参する筈がないだろう? 迎撃だ」

「確かに、そりゃそうだ」


 当然の返答に不敵な笑みを浮かべた宗介は、ならばと【遠隔操作】でシールドビットを操る。


 ゴガンッッ!!


「ぐはっ!?」


 鈍い音と共に、空飛ぶ柩を不思議そうに眺めていた盗賊が吹っ飛ばされた。大質量の塊であるシールドビットが、スラスターをふかせながら豪速で頭部に激突したのだ。


 柩型のボディに物を言わせて、機関銃やショットガン、及びその弾薬に、四機のスラスターエンジンと重力操作機構を詰め込んだシールドビット。アダマンタイトの装甲を持つそれの総重量たるや、何気に相当なものである。


 そんな鉄塊に頭を強打されれば、まず間違いなく意識を飛ばすだろう。


「一応聞くが、無力化で問題ないよな?」

「あ、あぁ。思う存分やってくれ」

「よし来た」


 フォルテから了解を取るや否や宗介は、大質量の塊によって頭を殴られ昏倒した盗賊など目もくれずにシールドビットを飛ばし、どよめく盗賊達を強襲する。火を噴く漆黒の柩が一人でに空を飛んで襲いかかってくる光景……異世界の住人でなくとも、中々にホラーだ。


 空飛ぶ柩の突撃が、一人、また一人と外敵の意識を闇に沈めて行く。


 そうして、未知の魔物らしき何かの攻撃を受けて混乱した盗賊達は大きな隙を晒すことになる。勿論、その隙を宗介やフォルテ、ベテランの冒険者達が逃す筈もなく。


「今だっ!」

「っしゃあ! やっちまえ!!」

「返り討ちだ野党共!」


 フォルテの号令と同時、先の不意打ちで怪我を負わなかった者達が一斉に飛び出す。一部は怪我人や商隊員を守る為に盾となり、残りは各々が武器を取って勇猛果敢に斬りかかる。多勢に無勢? 知ったことでは無い。殺らねば殺られるのだ、冒険者側に退く者は居ない。


 峡谷の谷底が、途端に無数の咆哮と血が飛び交う乱戦模様に包まれた。


「俺も、センパイ方には負けてられねえなぁ」

「く、くそっ、何なんだお前――――」


 続いて馬車から飛び出し、翼のスラスターから火を噴いて手近な盗賊との距離を詰めた宗介は、ドルルルンッ!! と唸り白煙を散らす剛腕を思い切り振り抜く。絶大な威力の拳撃は、その衝撃を余すこと無く標的の腹部に叩き込んで、その肉体をロケットの如く吹き飛ばした。


 更に間髪入れず左手で“クーゲルⅡ”を抜き放ち引き金を引けば、上下二連バレルから同時に放たれた弾丸が盗賊の腕を貫通。大の大人を吹き飛ばす拳撃に呆然としていた男の武器を、強制的に叩き落とす。


 更に、扇形に薙ぎながら連射することで数人の踵を撃ち抜き、膝をついて動けなくなった盗賊達の間をすり抜け、瞬間移動でもするかの如くリーダー格に詰め寄る。


「て、てめぇっ!!」


 初めて見る武器に目を剥きながらも、迫る宗介を迎撃しようと剣を振るう盗賊のリーダー。しかし、それをアダマンタイト製の右腕で軽々と受け止めた宗介は……


「暫く、黙ってな」


 ゴガッ!


 クーゲルⅡのグリップを頭蓋に打ち付け、瞬時にリーダー格の男を昏倒させた。


「野郎ッ!!」

「畜生ッ! 針鼠にしてやれ!」


 リーダーがやられた事に怒った崖上のボウガン部隊が、仲間の支援をほっぽり出して宗介を狙い撃つ。


 バシュッ! と放たれた無数の矢。風切り音の何重奏かを谷底に木霊させながら、灰髪の少年に降り注ぐ――――寸前。


「……甘い」


 鈴のような声が響いたと思いきや、突如として全ての矢がグルリと弧を描いて百八十度ターンを決めた。


 見れば、その弧の中心にはスパークを放つ黒い魔力球が浮かんでいる。マイクロブラックホール、とでも言うのだろうか。どうやら、エリスの魔法によって生み出された重力場の塊がその引力を以って、彗星の起動を惑星が捻じ曲げるように矢の軌道をカーブさせたらしい。


 遠心力によって更なる加速を得たボウガンの矢は、その全てが余すこと無く元の射手を貫く。小さな断末魔を上げたボウガン部隊は、流れるように崩れ落ちて行った。


「そん、な……ムチャクチャな……」

「……ソウスケに手を出した報い、甘んじて受け入れると良い」


 ふん、と鼻を鳴らし、最後に自らが放った矢で射抜かれて崩れ落ちる盗賊を一瞥するエリス。どうもここ最近、着々と重力魔法の練度が上がっているように見える。


「そっくりそのまま返すって、何ととえげつないことを……。まぁ、サンキューな」

「……んっ」


 何処か得意気に胸を張る彼女に、思わず宗介は苦笑う。実際、撃たれても頭以外は弾いてしまうし、対処も十分に出来たのだが……まぁ良いだろう。クーゲルⅡのリロードを済ませた彼は、そのまま苦戦している冒険者のサポートに回ることにした。


 シールドビットを盗賊と冒険者の間に割り込ませて盾とし、音速の弾丸を盗賊の脚や腕にブチ込んで戦闘能力を奪っていく。


 リーダーを失った挙句、ボウガン部隊は全滅。数の優位性も着々と無くなっていく盗賊達が諦めて降伏するまで、それほど時間はかからなかった。




 ◆




「いやはや、突然の襲撃には肝を冷やしましたが……お陰で死者も出ず。流石はトリッドにおける影の英雄ですな」

「足を半分も失われてちゃ、街の英雄も形無しっすけどね」


 エリス謹製の檻に閉じ込められた盗賊達を眺め、感心したように息を漏らす商隊長に、何とも歯がゆそうな愛想笑いを返す宗介。


 被害は馬三頭と、冒険者及び商隊員を合わせた怪我人十数人。死者はゼロなだけまだマシか。逆に盗賊団側は、計六十名の内死者が半数を超えている。残りは全員、腕や脚を撃ち抜かれて重症のまま檻の中だ。死体は全てエリスが燃やした後に埋葬した。


 馬を失って動けなくなった馬車は、放置していくのか人力で運ぶのか。最悪、宗介がゴーレムを使って運ぶと言う手もあるだろう。ともかく、これは怪我人の治療が終わった後に考えれば良い。


 今からこなすのは、宗介がギルドマスターから個別に依頼された案件だ。


「さて、と……気乗りはしないが、仕方ねえ」


 宗介はクーゲルⅡで肩をトントンと叩きつつ、檻の中で身を縮こまらせる盗賊達にゆっくりと歩み寄る。漆黒の甲殻に身を包み、同じく漆黒の翼を背中ではためかせる彼の姿は、完全に死神のそれだ。捕らえられた盗賊達は、「遂にツケが回ってきたか」と諦めたようにプルプルと目を閉じている。


 それを見た宗介はなんとも不機嫌そうに眉を顰めた。別に殺すつもりなど無いのだから、当然だ。


 まぁ、怖がってくれるなら利用してやればいい。そう判断した宗介は、檻の前でおもむろにしゃがんで、目の高さをへたり込んでいる盗賊団のリーダーに合わせると、銃口を地面に向けて発砲する。


「ひっ! や、やめ……」


 鳴り響いた炸裂音に、ビクリと身体を震わせる盗賊達。先程の戦闘のお陰で、宗介の武器がどう言うものかは十全に理解しているらしい。


 そうして、見せつけるように発砲したクーゲルⅡを左手で弄びつつ、宗介は出来る限り優しい声色で檻の中のリーダーに話しかける。


「さて、幾つか質問があるんだけども……聞いたら教えてくれるか?」

「お、教えなかったら、どうなるんだ……?」

「そりゃあ……なぁ? 頼むから、俺に人を殺させないでくれよ」


 至極シンプルな答えに、サーッと顔を青ざめる盗賊達。つまり答えなければ殺すと、そう脅して来ているのだ。当然、死にたく無い盗賊達は、口々に命乞いを始める。


「わ、分かった! 何でも話す! だから命だけは!」

「よし。なら、お前達の盗賊団がこれで全員かどうか、まだ残っているならその潜伏場所を教えてもらおうか」

「そ、それは……」


 そんなことを質問したのは、まだ盗賊団が残っているなら殲滅する必要があるからだ。宗介は商隊の護衛と共に、街道に潜む不届き者の掃討を依頼されている。ならば、見過ごす訳にもいかない。


 しかし、これを答えるということは即ち、仲間を売るということ。故に盗賊達が躊躇ったのも無理はないだろう。


 だが、知ったことでは無い。


「あー。俺はこれでも、我慢強くて気が長い方だが……出来れば、あまり待たせないでくれると助かるな」


 クーゲルⅡをくるりとスピンさせて握り直し、またも肩をトントンし始める宗介。


「ひぃ! は、話す! 話すから! まだ仲間はアジトに残ってる! 場所はここから少し入った所の洞窟だ!」

「……チッ。やっぱりまだ残ってるか」


 その答えに宗介は、心底嫌そうな顔を浮かべて立ち上がる。


 居ると分かった以上、殲滅しに向かわねばなるまい。黒級冒険者というのはかくも厄介な代物だったらしい。


「はぁ~、仕方無いか。エリス、潰しに行くぞ。お仕事の時間だ。誰か適当に、案内役として檻から出してやってくれ」

「……ん、分かった」


 そう言って踵を返し、シールドビット等に不備が無いか確認する宗介。そんな彼にフォルテが歩み寄る。


「私も着いて行って良いかな? 仮にも騎士として、盗賊団は見過ごせない」

「あぁ? まぁ、別に止めはしねえよ。負担が減って楽だし、来るなら来い」


 その答えを聞くや否や、安心したように頷いて自らも準備を始めるフォルテ。後ろの方では、誰が檻から出してもらうかで一悶着起こっているようだが……問題は無いだろう。


 宗介としては、ここからがこの依頼の本番。盗賊団の掃討という全くもって憂鬱極まりない依頼だが、ウダウダ言っていても仕方無い。宗介は自分の頬をパチン! と叩いて気合を入れる。


「そ、ソウスケ殿? 一体、どうするので?」

「用事が出来たんで、ちょっくら行ってきます。すぐに戻ってくるんで、怪我人の治療や再出発の準備でもして待ってて下さい」

「ふ、ふむ……? まぁ、お気を付けて……」


 何だか事情を把握出来ていないらしい商隊長に会釈しつつ、宗介達三人は一時的に護衛の依頼から離れ、盗賊団のアジトへと向かった。

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