三三 一時の平穏
鳥のさえずりが、うつらうつらとしていた宗介の意識を覚醒させる。
開いた右目に映るのは昨日借りた宿の一室の天井。彼は、その質素とまではいかない八畳程度の平凡な部屋に置かれたベッドの上に居る。他にはテーブルや椅子、荷物を仕舞う箱などがあり、それなりに清潔感があり使いやすい部屋だ。吸血鬼的な理由から閉め切られている窓も、本来なら部屋にたっぷりと陽光を取り入れてくれるだろう。
ちなみに、テーブルの上にはドールサイズの黒い柩――ロボットアームが装備する、【感覚共有】のテストがてらに作られたギミック搭載の盾だ――が二つほど安置されていたり、壁には睡眠の邪魔だからとアタッチメントごと取り外された翼手なんかが立て掛けられている。中々に異質だ。
ともあれ。
(殆ど眠れなかった……)
そんな風に内心でぼやきつつ、宗介は自身の左腕に目をやる。正確には、左腕に抱きついて寝息を立てるエリスに。
眠れないのも無理はないだろう。ビスクドールのような、はたまた天使か何かのような美しく可愛らしい少女が隣に寄り添っていて、それでグッスリ眠れるとしたら……それは相当に図太い精神の持ち主だ。しかも、感覚を得た義手は彼女の体温など様々な情報を脳に送ってくるのだから、尚更である。
勿論宗介は――――最近、心に余裕を取り戻した宗介は、それらを丸っと無視できるような図太い精神など持ってはいない。故に寝不足気味なのだ。
なお、こんな事態になったのは、ひとえにエリスたっての要望があったから。宗介も初めは二人部屋を頼もうとしたのだが、「……一人は、嫌」と珍しくワガママを言われたのである。しかも何となく悲しそうな、そして有無を言わさないような雰囲気であった為、断り切れなかった……というのが事の次第であった。
(こうして見ると、ただの可愛い女の子なんだよな)
無防備な寝顔を浮かべるこの少女からは“鮮血姫”と謳われた吸血鬼の王たる威厳など微塵も感じられず、ただの年相応に寂しがりやで甘えん坊な少女にしか見えない。
いや、見えないと言うより、まさしくそうなのだろう。今のエリスは一人の少女なのだ。
(しかし、無防備に過ぎないか? あ、当たってるんだが……)
何処がとは言わない。強いて言うならば慎ましくも確かに存在するマシュマロが。
エリスの胸元に抱きしめられた宗介の義手は、【感覚共有】によって構築された擬似神経を通じて、その柔らかな感触を彼の脳髄へと伝えてくる。意識したら瞬時にノックアウトされそうだ。
ともかく。
(くっ、煩悩退散! 相手は見た目十歳ちょっとだぞ!)
極力、意識しないようにしつつ、宗介はその腕を引き抜きにかかる。エリスを起こさないよう慎重に。どうやら、もう少し静かに愛でたい気持ちとむ気恥ずかしい気持ちがせめぎ合った結果、恥ずかしさが勝ったようだ。
当のエリスは、もぞもぞと動き自身から逃れようとする宗介の腕を、なおのこと強く抱きしめる。どこにそんな力があるのかと疑う程に。
「……や……ダメ……んっ……」
しかも、何やら寝ぼけた様子で、愚図るように寝言を零しつつ、サラサラの銀髪を乱して縋り付いてくる。
まあ、悪くはない。悪くはないが、このままでは理性が飛ばされてしまいそうだ。冷静に見ればエリスは、それ程までの魅力を備えているのだから。流石は美形揃いの吸血鬼界で頂点に君臨する存在だろう。
「ぐ、何の夢を見てるんだっ。おい起きろ――――」
思わずたじろぎ、しかし負けじと引き剥がそうとする宗介だったが……
「お願い……っ、捨てないで……。一人にしないで……お父様……ソウ、スケ……」
「――――ッ」
そんな風に、悲しげに伏せられた目の端にポツリと涙を浮かべながら言われては、さしもの宗介とて引かざるを得なかった。
一体全体、どんな夢を見ているのやら。少なくとも良い夢ではないだろう。
(そういえば、ヘリオスの奴が何か言ってたな)
確か、『父と決別した』とか『愛を知らず、愛に飢えた小娘』とか。前者はエリスを焚き付ける際に、後者は契約の時にそんなやりとりがあったか、と宗介は当たりを付ける。
……肉親との不和と、今し方の涙ながらの懇願。何があったのか分かるような、分からないような。断言は出来ないが、大体察しはつく。
「……仕方ないな」
垣間見たエリスの過去に、どうしたものかと頬を掻く宗介。もはや左腕の救出は諦めたらしい。その腕を、エリスは「もう絶対に離さないっ!」という風にギュッと抱きしめてきた。
ともあれ、流石にもう良い時間だ。このまま暫く思うがままにさせてやっても良いが、起きる頃には昼を過ぎてしまいそうなので、宗介は空いた右手で彼女の肩を揺さぶる。
「おい、起きろ。もう朝だぞ」
「……ん、ぁ……。ソウ、スケ……?」
「おう、起きたか寝ぼすけ。ならさっさと俺の腕を解放してくれ」
「…………もう、ちょっと」
「おいこら」
宗介の呼び掛けに、眠そうに薄く開けた目を擦って答えるエリス。状況を理解したのか甘えるようにまたも縋り付いてきたので、とりあえず十分に堪能させた後、優しく引き剥がしてやった。
「ったく。俺の身体なんか金属でガチガチなのに、抱き枕にしたって痛いだけだろ」
「……そうだけど、そうでもない。……それに、ソウスケだって、満更でもなかったはず」
「お前、分かっててやってたのかよ」
どこか楽しそうなエリスに、思わずジト目を向ける宗介。敢えて否定しない辺りが彼の内心を如実に表している。暖かくて柔らかかった。おのれ策士め!
ともあれ。
「……おはよう、ソウスケ」
「ああ、おはよう」
朝から満たされた様子のエリスに、宗介は、苦笑いを浮かべつつ目覚めの言葉を返すのであった。
◆
それから、手早く着替えて宿の朝食を頂き準備を済ませた宗介達は、街に繰り出していた。
そう、デートである。
ちなみにプランは無い。宗介も眠れない時間をデートコースの計画を立てるのに費やしていたのだが、流石に経験と土地勘が無さすぎて不可能だったのだ。
そんな訳で二人は現在、朝の喧騒に包まれた大通りをゆったりと練り歩いている。
「賑やかなもんだ」
「……“炎帝”、討伐された。無理もない」
「ああ、それでか」
どうやら、昨日の内にギルドからか領主からかは分からないが、炎帝討伐及びトリッド活火山攻略の知らせが街中に伝えられたらしい。そのせいで、若干お祭りムードなのだ。
まず、道を行く冒険者らしき人の数が多い。炎帝によるトリッド活火山支配のせいで鉱石、魔石採掘の仕事が無くなり燻っていた者だろうか。殆どの者が、武器を担ぎ大きな荷袋を持って街の東門へと向かっている。
ともすれば、その冒険者をターゲットにした露店が声を張り上げて客を呼び込むことになる。腹ごしらえの為の飲食関係に、手頃な道具類を並べた店、魔法の装飾品を扱う店が客を取り合い、果ては鍛治屋がわざわざ武器やツルハシ等を店先に並べていたり。儲け時、という奴だろう。
そうでなくとも、評判が良いのだろう冒険者御用達の店はひっきりなしに客が出入りしているし、他にも主婦らしき人達が野菜や果物を買い集めていたりする。本職の冒険者も顔負けの勢いで荷物を背負っているおばちゃんも居た。そのフランスパンはツーハンドソードの代わりか何かにしか見えない程だ。
そんな人の波のお陰か、宗介の翼付きサイボーグという見た目も、気持ちおめかししたエリスの姿も、何とか二度見される程度まで目立たなくなっていた。これが目立たないと言えるなら、ではあるが。
「しかし嬉しそうだな、エリス」
宗介は、隣で自らの手を握って歩くエリスに歩幅を合わせながら、そんな声をかける。
確かに、彼女の足取りは軽い。頬も少しばかり緩んでおり、今にも鼻歌交じりにスキップでも始めそうだ。
「……こうして、二人で歩いてるだけでも、幸せ」
「お、おう……。デートプランも考えられないような不甲斐ない男でゴメンな」
「ん……仕方ない」
そんな風に言いつつ、宗介の義手に自身の手を絡め、嬉しそうにトコトコ歩くエリス。何とも言えない返事をしながらその隣を追随する宗介。気配を消して居てもなお目立つ二人に、すれ違う度に二度見を決めてくる道行く人々。
なんともシュールなその光景を作り出す宗介達は、特に目的もなく、たまに人の少ない店を冷やかしては気に入ったものがあったら購入し、ふらりふらりと街を散策していく。
そうして辿り着いたのは、円形に造られた街の中心に聳える時計塔の麓である。
流石、火と鉄の街トリッド。職人達の技術の粋を集めて創られたその時計塔は、鐘の音を以って街全体に時間を知らせてくれるだろう。立地的に火山弾等の被害がある為、かの有名なビッグ・ベン程ではないが、それでも街のどこからでも見える高さだ。
その麓の大きな大きな広場には、無数の冒険者達が集まっていた。
大討伐隊か何かだろうか。何やら、一人の男が台に立って声を張り上げている。聞くところによると、どうやら大群でトリッド活火山の大掃討、及び鉱石等の回収を行うらしい。今は広場に集まり、準備を整えているようだ。
「朝っぱらから結構なことで」
「……全く」
その広場をそそくさと通り抜け、街のまた別の区画へと向かう宗介達。
しかし、無闇に目立つ二人がそう簡単に荒くれ者の海をすんなりと通り抜けられる筈もなく、瞬く間に冒険者達に取り囲まれてしまった。
直接的に囲んで来る数は、十数人か。野次馬根性を滾らせた輩も寄ってくる為、その数はどんどん増えていく。
「どういうつもりだ?」
宗介は警戒心を露わに、エリスを自身の後ろに下がらせ、手を腰の武装ホルダーに持っていく。そうして辺りを見回していると、取り囲む輩の中から一人の若手冒険者が歩み出して来た。
その冒険者は、手に持ったショートソードを宗介に突き付けると、威風堂々とした様子で言い放つ。
「ボクと決闘しろ!」
……と。
周りの冒険者達は「おおぉぉ!」「言った、言いやがった!」「おい、誰かあの馬鹿を止めろ!」等と騒ぎ立てている。当の宗介は、まるで意味が分からないようだ。
「……どういう意味だ?」
「キミが果たして、本当に“炎帝”を討伐したのかどうか。尋常な勝負を以って白黒付けようじゃないか!」
つまる所、宗介の実力が分からないから決闘しようという訳らしい。後ろの方では、いつぞやのチンピラ冒険者やあの時の一部始終を見ていた者が止めているが、それに聞く耳を持たない辺り、恐らく彼は昨日初めて宗介達をギルドで見たのだろう。気配遮断効果のある翼のおかげでどれ程の実力者なのか読めないことが、仇となった形である。
宗介は、心底面倒臭そうに眉を顰める。
「……ソウスケ、どうする?」
「いや、流石に逃げ安定だろ。鬱陶し過ぎるし」
「ん……デートの続き」
そうして、決闘を持ちかけてきた冒険者をさらりと無視すると、おもむろに踵を返して広場を後にしようとした。
しかし、それを止めるのが件の若手冒険者だ。
「尻尾を巻いて逃げるのかい? それでも本当に“炎帝”を倒した冒険者なのかな?」
実は弱いんじゃないか? と鼻で笑うような声に、ピクリと青筋を浮かべて振り向く宗介。エリスも、肩越しに不愉快そうな視線を冒険者に送る。
「……俺が決闘を受けるメリットでも提示してみろよ」
「そうだね、賭けをしよう。ボクが負けたら身包み全て明け渡してもいい」
「俺が負けたら?」
「後ろの女の子、なんてどうだい?」
欲が出たのだろうか、完全に勝利を確信した顔でそんなことをのたまう冒険者。周りの野次馬達の声によると、彼は銀級というそれなりの実力者で、近い内に金級へと昇格する予定なのだそう。余程自信があるように見えるのはその為だ。
しかし宗介は、それを聞くや否や「話にならん」と提案を一蹴し、賭けの道具にされたせいで無表情に怒りを浮かべているエリスの肩を抱き寄せ、ツカツカと背を向けて歩き出した。
「行くぞエリス」
「んっ……」
「ま、待てっ! キミはそれでも男かっ!?」
思わず冒険者は声を荒げて叫ぶ。周りの観衆達もブーブーと野次を飛ばすが、もはや全く持って聞く耳持たずだ。その背中は何処か苛立っているようにも見えた。
そんな彼の後ろで、取るに足らないと判断された側である若手冒険者が怒りと羞恥でその身を震わせる。無理もない。彼にだってプライドというものはあるのだ。
そのプライドを一蹴されてしまえば……怒りに震えて当然であった。
「こ、このボクを! 銀級筆頭、“疾影”のラインハルトを、舐めるなよっ!!」
一声の咆哮と同時、きつく握り締めたショートソードを構え、ラインハルトと名乗ったその冒険者が駆ける。
成る程、二つ名に相応しい速さで疾走した彼は、怒りに任せてその剣を振り下ろす。狙いは宗介の頭。以外にも冷静に、漆黒の鎧に覆われた胴体には効かないだろうと判断したのだ。
完全な不意打ち。周りの野次馬達が「あっ!」と声を上げる間も無い唐竹の一撃は、寸分違わず宗介の頭を叩き切る。
……と、思われた。
「――――なっ!?」
それが血を散らす寸前、ラインハルトは我が目を疑う事態を目にすることになる。
「舐めるな、ってのはこっちの台詞だ」
なんと、宗介は見もせずに、後ろに伸ばした左手で剣の刀身を鷲掴みにして受け止めたのだ。
刃をアダマンタイト製の指でガッシリと捕らえた宗介は、そのままゆらりとラインハルトの方に向き直る。
「二つ、言わせろ」
「は、離せっ」
剣を彼の手中から引き抜こうと躍起になるラインハルトに、宗介は左手の力を弱めないまま絶対零度の瞳を向けて、ドスの効いた声で話し出す。
「まず一つ。俺は別に、この街を救う為に“炎帝”を倒した訳じゃない。それでもな、四肢欠損の覚悟くらいして殺り合ってんだよ。その事をお前にとやかく言われる筋合いは無い」
宗介の左手が、キィィ……と甲高い音を立てて赤熱化していく。いわゆるヒートナックルだ。握り締められている剣の刀身も、ゆっくりと熱され赤く変色する。
「二つ。賭け事ってのはな、お互いに同等のモノを賭けて初めて成立するもんだ」
宗介が左手に力を加えてやれば、熱されて柔らかくなった刀身が、バキリと音を立てて砕け散った。
まさかの事態に慄くラインハルトを尻目に千切った刀身を落とし、怒りに任せて踏み割る。内蔵のパイルバンカーも使用している辺り、その怒り心頭具合が見て取れるだろう。
「ひ……や、やめ……」
そして、赤熱したままの左手でラインハルトの胸ぐらを掴み、持ち上げた。銀級らしく上等な服なようだが、燃え燻る音を立てて焼けていく。
知ったことではない。
「俺にとってエリスは、唯一無二の存在なんだ。こいつが居なけりゃ今頃は奈落の底で無残に餓死してるか、炎帝の炎で消し炭にされてる。正直言って、命と同じ位大切な存在だ。そんなエリスが、言うに事欠いてお前の身包み一つと同価値だと? 笑わせるのも大概にしろよ」
首を締め付けられて顔を青くするラインハルトを一瞥した宗介は、言いたいことは全て言った、と義手の腕力に任せてその身体を放り投げる。
五メートル程投げ飛ばされたラインハルトは、「うげっ」とカエルが潰れたような声を零して地面に叩きつけられた。野次馬達は何が起こったのか分からないと言った風に唖然としているが、人が宙を舞ったのだから仕方ない。
必死に息を吸うラインハルトを冷めた右眼で睥睨した宗介は、「二度と目の前に現れるな」と言い残し、エリスと共に粛然とした広場を後にする。
とんでもないものを見たような顔の野次馬達が別れて出来た、広い道を通って。
◆
そうして苛立ちを露わに無言で歩いた宗介は、適当に見つけた木陰のベンチに腰を下ろし、大きな溜息を零した。
向かいの空き地では何やら、十数人の子供達と一人の騎士が特訓剣のしているようだが、それは目に入らない。
「あー、その、何だ。楽しみにしてくれてたのに台無しにして……すまん」
謝る相手は、隣に寄り添うように座ったエリスだ。せっかくのデートを、自発的ではないにしろ変な空気にしてしまったのだから、当然だろう。
しかしエリスは、小さく首を横に振る。
「……ソウスケは、悪くない。気にしないで」
「しかしだな」
「むしろ、私の為に怒ってくれて……嬉しかった」
そう言って膝の上の手に自身の手を重ねてくるエリスに、気恥ずかしさから目を逸らし頬を掻く宗介。エリスは、心底嬉しそうに頬を緩めている。
「……さっきの言葉……本心?」
「まあ、一応、な」
「私、ソウスケの、大切なもの?」
「恥ずかしいからどうか掘り返さないでください……」
「命と同じくらい、大切って」
「…………聞き間違いってことにしてくれ」
「それは、難しい、かも」
楽しそうに、そして嬉しそうに追求してくるエリスに、宗介は「ぐぬぬ……」と頭を抱える。エリスは、あれだ。若干Sの気があるのではないだろうか。
そうして、観念したように溜息を吐いた宗介は、ポツリポツリと話し出す。
「訂正だけしておくが、別に恋愛感情って訳じゃあない……と思う。と言うか、これがどういう感情なのかは俺にも分からん。死線を超えてきたせいかもっと別のものになってる気もするし、家族愛的なアレなのかもしれない。ただ、俺にはエリスが必要だって、それだけは分かるって感じでだな……」
「……必要」
「ああ。事務的に言えば、俺のゴーレム創りにはエリスの力が必要不可欠だったり、そんな具合か。そうでなくとも、ずっと一緒に居るからこれからも居て当たり前と言うか……。いや、相当都合のいいこと言ってるのは分かってるんだがな」
「……ソウスケの中でも、まとまってない?」
「ああ……。どうしても、今まで余裕が無くてこういうことに向き合って来なかったのが、仇になってるよ」
どうしたもんかなぁ、と苦笑いを浮かべる宗介。
いや、これでも彼の中では纏まった方なのだ。昨晩、眠れない間に色々と考えては見たので。
それで出たのが、『とりあえずエリスの力は必要』というクズ男まっしぐらな回答であった為、早々に放棄したのである。
そんな彼の目を、エリスが真っ直ぐ見据える。
「……私は、ソウスケの力になると言った」
「それはまあ、そうだが……」
「……私は、ソウスケの力になれてる?」
「それは勿論。断言してもいい」
迷いの無い答えに、エリスは小さく微笑みを返した。
「なら……今はまだ、それでいい。私がソウスケの力になって、ソウスケが目的を果たす……まだ、この関係で、いいの」
「しかし、それだと俺にだけ都合が良すぎて納得が……」
いかない。と言う寸前、エリスが寄り掛かるように肩を寄せ、宗介の言葉を遮る。
「けど、今日、この日だけは……私を見てほしい……。その為のデート、だから……」
「……あいよ」
そう、今日はエリスとのデート。他の事を見るのは違うのだ。今日は、エリスと紳士に向き合う日なのだ。
故に宗介は、目を伏せて寄り添ってくる一人の少女を……口下手で甘えん坊で寂しがりやな一人の少女を、優しく受け止める。
「……ソウスケ」
「何だ?」
「……私は、ソウスケの役に立ててる?」
「そりゃあ勿論」
「……ホント?」
「本当だって」
「ホントの、ホント?」
「心配性か。本当の本当だ」
「……なら、良かった。不安が一つ、消えた……」
「それはどうも」
肩を抱き、短い言葉を交わす。数年間静かに生きてきた宗介にとって、もとより物静かなエリスとの会話はどうも心地良いらしい。一時的に悩みが消えたようにスッキリした表情だ。
木漏れ日の射す木の影で、二人の少年と少女は、静かに肩を並べ――――
「……なあ、私の視界の中で見せつけるようにイチャ付くのは止めてくれないか? 死ぬほど虚しくなるんだが」
水を差すように、聞き慣れた声の女騎士が呆れたように歩み寄って来た。
「うおっ。居たのか、フォルテ」
「……お邪魔虫」
「待ってくれ! 私達の方が先に居たのだからな!? お邪魔虫はむしろ君達の方だぞ!?」
純粋に驚いたような顔をする宗介に、本気で鬱陶しそうなエリス。
とりあえず宗介は、隣の少女の肩を抱いたまま尋ねてみる。
「何で居んの?」
「いや、私はここで子供達に剣を教えていたのだが」
見れば、向かいの空き地に休憩中らしき子供達の姿があった。男女、歳、背丈など様々だが、皆一様に木剣を傍に転がしている。歳は全員、十歳以下か。
「休暇を取るんじゃなかったのか?」
「私なりの休暇の過ごし方なのだが」
「……ヒラヒラの服を着て、街に繰り出したり、しないの?」
「そ、そそそんなことはしないっ!! 何を言うのだっ!!」
エリスの問いに、途端にどもるフォルテ。向かいの子供達の中から「フォルテねーちゃん、たまに女の子みたいな格好してるよー!」という声が聞こえてくるや否や、顔を真っ赤にしてその子供の元へと駆けて行った。
……どうやら少女趣味は健在らしい。子供に剣を教えるか、もしくは女の子らしい格好で街に繰り出すかの二択なようだ。
そうして、少女趣味の女騎士は疲れ切った表情で戻ってくる。
「さ、さっきのは言葉の綾だ。忘れてやってくれ」
「今更隠しても無駄だろうに……。しかし、子供に剣を教えるのって騎士の仕事なのか?」
「いや、私の個人的な趣味というか、慈善活動だな。子供達に今の時代を生き抜く力を付けさせてやる為、たまの休日にはこうして教官の真似事をしているんだよ」
得意気に胸を張るフォルテ。成る程、騎士らしいと言えば騎士らしいか。街で人気があるのも頷ける。
「しかし、それはわざわざ騎士様が慈善活動でやることか? それも、折角の休日を使ってまで」
そんな素朴な疑問に、フォルテはふん、と鼻を鳴らす。
「君は特に、“力”の必要性をよく知っている筈だが?」
「……まあ、そうだな。この世界、力が無けりゃ無様に死ぬだけだ」
「そう。そして私も、その事はよく理解している。だから子供達を鍛えるのさ」
その答えには、何か信念のようなものを感じた。それ程までに、碧色の瞳には力が篭っていたのだ。
まるで、憎い何かを思い返しているように。
「……何か、あった?」
故に、彼女を嫌うエリスも思わず尋ねる。勿論、単純な好奇心からだろうが。
尋ねられた当のフォルテは、さも当然のように言ってのけた。
「私はこれでも、最底辺から実力一本で成り上がってきた身だからな」
「最底辺から一躍、聖王国の騎士様って……それ、相当な快挙じゃないのか?」
「うむ。まあ、そのせいで未だに平騎士止まりだがな。現実は厳しい物だよ」
苦笑うフォルテに、宗介は成る程、と息を吐く。
フォルテの実力は、正直言って聖ルミナス王国騎士団長バラストにも匹敵する。少なくとも炎帝戦で戦力に数えられるだけの力を持っているのだ。
それでありながら副団長などの地位に居ないのは、ひとえに成り上がり騎士であるからという訳である。最底辺、というのがどの階級を指すのかは分からないが……。
「お前も苦労してんだな」
「まあ、な。それよりも、デートの途中なのだろう? 私と話していて良いのか?」
「え? ……あ」
呆れたようなフォルテの言葉に、宗介は弾かれたように寄り添う少女に目をやる。
幸せそうだった顔が一変、拗ねたような無表情に変わっていた。
「す、すまんエリス!」
「…………別に、悪いのは、お邪魔虫だから」
「なっ!?」
心外だ! と言わんばかりのフォルテはさて置き。明らかに長い間は、エリスの内心を良く表していると言えるだろう。
完全にご立腹である。
「はぁ……。とりあえず、二人になってきたらどうだ?」
「お、おう、そうする。邪魔して悪かったな」
フォルテに謝罪を込めて会釈しつつ、エリスの手を引き立ち上がる宗介。どこに連れて行けば機嫌を直してくれるのだろうか、と高い知力をフル回転させて考えつつ、ベンチを後にする。
いや、しようとした、その時。
ゴォォォン……ゴォォォン……と、何処からともなく鐘の音が響いてきた。聞いたことのない音だ。
何事かと辺りを見回す宗介とエリス。答えは直ぐに分かった。街の騎士であるフォルテが、明らかに冷や汗を浮かべて子供達に避難するよう指示を出しているのだ。
恐らく、緊急警報の類だろう。地震警報とか津波警報とか、そういう奴だ。
この街でありそうなのは、火山の噴火によるものだろうか。しかしトリッド活火山は、今や魔王の支配から解放されたヘリオスの支配下。そう簡単に爆発はしない。
ならば……
「魔物だぁ!! 街の東に、見たこともない魔物の群れが押し寄せて来てるぞぉっ!!」
そう、魔物の襲撃を知らせる警報しかあり得なかった。




