三 ステータスプレート
「それでは早速ですが、皆様が宿した力を調べましょうか。きっと、気になっておられることでしょう。勇者様方にあれを」
そう言ってクロイツが合図を出すと、魔導師の女性が席から立ち、クラスメイト達にある物を配り始めた。
宗介は、手渡されたそれをマジマジと見つめる。片面に細かな魔法陣が刻まれた、小さな金属板である。手の平サイズのそれは、免許証かスマートフォンか、といった具合である。刻まれた魔法陣は、レーザー加工でも施したかのように精密だ。
「全員に行き渡ったな? それはこの私、ヘクセローザ・ツァオベリアが作った魔道具だ。勇者専用の特別な身分証明書でもある。仮に“ステータスプレート”とでも名付けておこう」
ほう、と宗介は息を漏らした。初めて見る魔道具とやらに興味津々である。光に透かして見たり、斜めから見てみたり、小突いたりと、個々の証明になりそうな物は何も記されていないそれを訝し気に見つめる。
「ちなみにそれ一枚で一等地に家が建つからな、大切に扱うように」
「!?」
サラッと伝えられたとんでもない事実に、宗介は思わずそれを取り落としそうになった。他のクラスメイト達も含め、顔面蒼白だ。「そういうことは早く言えよ!」と心の中で叫ぶ宗介達を尻目に、ヘクセローザは「さて」と話を続ける。
「今、それには魔法陣しか刻まれていないだろう。先ずは個々の魔力をステータスプレートに覚えさせる必要がある。魔法陣に魔力を流せ……というのは酷だな。一緒に渡した針を使って、血を一滴垂らしてみろ」
言われるがままにクラスメイト達は指を針で突き、魔法陣に血を垂らしていく。それに習い、宗介も血を魔法陣に擦り付ける。
すると、魔法陣とは逆の面に文字が浮かび上がった。
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西田宗介
機巧師 レベル:1
体力:10
魔力:10
筋力:10
耐久:10
知力:10
敏捷:10
技能:【言語理解】【ゴーレム創造】【刻印】
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宗介は表示されたステータスをマジマジと見つめる。
「ゲームみたいだ」
思わずそんな呟きが漏れた。それが聞こえたのか、ヘクセローザが説明に入る。
「本来、人の力というのは数値で表せるものではないのだが……如何せん、異世界の勇者となると能力が未知数でな。このように分かりやすい形にさせてもらった」
成る程、と宗介は改めて自身のステータスを見つめる。幾つかよく分からない単語があるが、綺麗に並んだ美しいステータスだ。
「各自の名前の下にあるのは、天に与えられた“職業”だな。それに対応した技術に関しては無類の力を発揮できるだろう。その下の数値は……まあ、見れば分かるか。一般的な成人の平均値を10として表している。最後に“技能”だが、やはり職業に対応したものが表示されている筈だ。一般的には大小様々に一つか二つ持っているが、果たして異世界の勇者は如何程かな?」
ヘクセローザの説明を聞いた宗介は、「あれ? これド平均じゃね?」と青ざめた。ステータスの数値は何度見ても10、10、10。技能は【言語理解】という、恐らく異世界人の基本技能と思われるそれを除くと二つ。
どう見ても平凡を地で行くステータスだった。
(いや、俺だけがこうと決まった訳じゃないし、もしかしたら“機巧師”っていうのは、実は強い職業なのかもしれない。落ち着け、落ち着け)
なんとか自分にそう言い聞かせながら、ヘクセローザの「名前の把握と今後の訓練等の参考にするから順番にステータスプレートを見せてくれ」という言葉に従い、列の最後尾に並ぶ。
最初にステータスを報告したのは悠斗だった。
「どうでしょうか」
「す、凄いな、これが“勇者”か。ステータスは全て三桁、技能も十を超えているとはな……。もう既に人類最強クラスじゃないのか?」
後ろにいる宗介にはステータスプレートは見えなかったが、聞こえてきたヘクサローザの言葉に嫌な汗が流れ出した。
ステータスが三桁といえば最低でも一般人の、そして宗介の十倍だ、技能の数も聞こえてきた限りでは常人の数倍。確かに悠斗は勇者気質であったし、職業も勇者らしいが、規格外にも程がある。
いや、実は規格外なのは悠斗だけなのではないか。宗介はそう考え、静かに並んで聞き耳を立てる。
次にステータスを報告したのは、葵であった。
「成る程、“薬師”か。生産職だな。そういった方向に力を発揮する者も居るということか。ステータスは少々低いが素晴らしい力だ。国お抱えの薬師でも、これ程の者は居ないだろう」
聞こえてきたその言葉に、宗介はホッと胸を撫で下ろす。やはりステータスが低いのは俺だけではないらしい。俺のこれは、きっと生産職だからなんだ――――と。
「宗介くんっ」
「あ、あぁ、楠木さん」
不意に後ろから声がかけられる。どうやらステータスを報告し終わった葵が、わざわざ宗介と話をしに来たらしい。
「ねえねえ、見せ合いっこしようよ! 宗介くんがどんな力を持ってるのか、わたしすっごく気になるの!」
何故気になるのか、という疑問はさておき。葵も生産職と分かっている以上ステータスを見せ合うことに抵抗は無かった宗介は、お互いのステータスプレートを交換した。
一人じゃないという安堵を胸に抱き、彼は渡されたそれに目をやる。
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楠木葵
薬師 レベル:1
体力:5
魔力:100
筋力:5
耐久:5
知力:20
敏捷:20
技能:【言語理解】【製薬】【魔素解析】【魔素錬成】【薬効操作】【薬効向上】【秘薬精製】【大量精製】【高速精製】【自動精製】
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抱いた安堵を真正面から叩き潰され、彼は思わず遠い目になった。
「そ、宗介くん!?」
もう既に薬師として完成されたそのステータスと技能は、やはり規格外の代物である。女子故に体力や筋力が低いこと以外、常人の何倍も先に居るのだ。宗介など全て平均な上に技能は実質二つ。
どう考えても自分は落ちこぼれという事実に、彼は完膚なきまでに打ちのめされてしまった。
「は、はは……。やっぱり皆、凄いんだな。多分あれだ、クラスカースト最底辺に居たから、落ちる高さが足りなかったんだよ……」
「そ、そんなことないよ! もしかしたらこの機巧師って、凄い職業なのかも……」
宗介の残念なステータスを見て、尚も葵は宗介のフォローに回る。が、一層惨めな気持ちにさせるだけであった。
「そうだといいんだけど……はぁ、俺の番だし逝ってくる……」
葵からステータスプレートを受け取った宗介は、死んだ魚のような目をし死地に赴く。ド平均に染まったそれをヘクサローザに報告しに行くのだ。
他のクラスメイト達は宿した力やステータスに一喜一憂しており、宗介のことは目に入っていない。恐らく宗介は、一憂の部分しか得られないだろう。
「ふむ、君が最後の勇者だな」
「……なんというか、申し訳ない気持ちで一杯ですけどね」
乾いた笑みを浮かべながらステータスプレートを手渡してくる宗介に、ヘクサローザは「何かあったのか?」と怪訝な顔をしてそれを受け取る。
途端に、何かとんでもないものでも見たような表情になった。
「これは……壊れているのか? いや、“筆録の精霊”がそんなミスをする筈が」
「やっぱりそう言う反応なんですね」
「あ、ちがっ、すまない! 軽率だった!」
止めの言葉で貫かれ、彼は完全に意気消沈する。やはり宗介のステータスは悪い方に規格外だったようだ。
そんな絶望の淵から足を踏み外しかけている宗介に、フォローの言葉がかかる。
「す、ステータスは低いがな。“機巧師”は数が少ない、その、レ、レアな職業だ。魔導機械や魔導兵器――――いわば“ゴーレム”を作り操ることに精通した職業だな。君の発想次第で、幾らでも強くなれる……はずだ」
その言葉を聞いた宗介の目に、若干の光が戻る。
と言うのも、宗介はオタクであるが、彼の数多の好物の中でも特に大好物と言えるのは――――“メカ”なのだ。例えば巨大ロボット、例えば自動車、例えば機関銃……こういうものには目がない。
そしてゴーレムと言えば、“ファンタジー世界版ロボット”というイメージが宗介の中にはあった。ともすれば、心に沸き立つものを感じるのも無理はなかった。
だが。
「おいおい、西田ぁ。お前まさか戦わないつもりかよ? 楠木と違って男なんだから、まさか一人ぬくぬくとゴーレムとやらを作るのに精を出すなんてこと、しないよなぁ?」
今し方隣から――――北池からかけられたその言葉が問題であった。彼の友人二人もニヤニヤと、逃がさねえよとでも言う風に笑っている。どうやら彼らは戦うに足る強力な力を得たらしい。
つまるところ、宗介は戦場に赴かねばならない。それに彼自身も、折角の異世界を工房等に篭もって過ごすつもりなど毛頭無かった。見たいものなど幾らでもあるのだから。
だがその場合、このおよそ一般人と変わらない残念ステータスは致命的に過ぎた。魔族との争い止まぬ戦乱の世界を戦わずに切り抜けるなど、およそ不可能である。
「わ、わかってるよ。ステータスは低いけど、どうにかしてみせるさ」
「ぎゃはは、大丈夫かよ! そのステータスだと、下手すりゃ女子にも負けるんじゃねえの? 重い武器も持てないだろうし、大変だなぁ!」
下品に笑いニヤニヤと絡んでくる様は、やはりいつも通りの北池だなと、宗介は溜息を吐く。先程は「俺らただの高校生だぞ、戦えるか?」等と抜かしていた癖に、力があると分かった途端これだ。本当に良い性格をしている。
と、北池の友人が「良いこと思いついた!」とでも言わんばかりに頬を釣り上げた。
「なあ誠ぉ、俺らで西田を特訓してやろうぜ?」
「おぉっ、良いじゃんそれ! そうすりゃこいつも肉壁くらいはこなせるかもしれねぇな!」
明らかに別の意味が含まれた特訓を想像し、宗介は顔を青ざめた。
今までも似たようなことは、まあ無くはなかったのだが、今の北池らには力がある。それも、日本に居た頃とは比べ物にならないほどの。
ともすれば、その特訓――――平たく言えばイジメがより苛烈なものになるのは、容易に想像できた。
「ぎゃははは、喜べよ西田ぁ! これでお前も勇者の仲間入り間違い無しだぜ?」
どう考えても喜ばしいことではない。出来ることなら是非とも丁重にお断りしたいところだ。
だが上下関係というのは厳しい。宗介は下で、北池らは上なのだ。しかも今となっては、勇者の力のせいで月とスッポンもかくやという差がある。
故に宗介はバンバンと背中を叩く北池の言葉に、「お、おう」と苦笑いしながら返すことしか出来なかった。
そんな宗介達を尻目にはしゃぐクラスメイトの中、不快気に、不安気に見つめる葵達に手で大丈夫だと伝え――――そして溜息を一つ、零すのだった。
(最悪だ、これ……)