二九 計画通り
亀更新で申し訳ないです……
全身から薄く煙を上げ膝を突く宗介に、二人が駆け寄る。不安そうなエリスと、何処か呆れたようなフォルテだ。
「ソウスケ……っ、大丈夫……?」
「あぁ、なんとかな」
宗介は心配させないよう軽く笑って見せるが、その表情は引き攣っており、どこからどう見ても大丈夫そうには見えない有様である。
顔は左半分が焼け爛れ、見るも無残な状態。右眼を守る為に顔の右半分を覆っていた左腕は、その役目こそ果たしたものの肘の辺りから真っ黒に焦げて原型を留めていない。特に炭と化した末端部分など、ボロリと崩れ落ちてしまった。指輪は、いつの間にやら魔石が割れて何処かに消えている。
耐火のマントも加護の上から焼き尽くされて、もはや布であったのかも怪しいような黒い何かと化し、それが身を呈して守ってくれたにも関わらず服はボロボロ。覗く素肌も右足の先まで余すところ無く大火傷を負っていた。
それでも、半吸血鬼でありながら炎帝の炎を耐え切ったことは賞賛に値するだろう。本来ならば鋼の義肢――熱に当てられて融解したままだが、自己修復機能によってなんとか元の形を取り戻しつつある――を除き、灰となって地に還るのが道理なのだから。
全くもって、炎対策と北池達による特訓様々である。
と、駆け寄って来たフォルテが呆れ混じりで安堵の息を吐いた。
「全く、無茶を通り越して無謀の域じゃないか……。生きているのが不思議なくらいの重体だろうに」
「まぁ、そうだな、割とヤバイかもしれん。と言うか全身激痛で満身創痍だ」
「っ、早く血を……っ」
今にも倒れそうな宗介を咄嗟に支えたエリスは、大急ぎで指輪の収納から貯め置きの血を取り出し、宗介に飲ませる。
吸血鬼にとって血液とは、力の源であり最高級の治療薬だ。それは半吸血鬼の彼にとっても同じこと。
しかし、その薬を以ってしても火傷が完治することはない。精々が身体に活力を取り戻させ、傷の悪化を防ぐ程度。治らないからこそ、“弱点”なのだ。
喉や気管にもダメージが行っているらしく、血を嚥下した宗介は何度か咳き込んだ後、ジワリと痛みが引いた身体の調子を確かめていく。
「あぁ、クソ。左腕は使い物にならなくて、右脚は動かすのがやっとか。あと、顔の左半分がやたらと引き攣る」
「……灰にならなかっただけ、マシ。……良かった」
一応、想定内ではあったものの、やはり不安だったのかホッとしたように胸を撫で下ろしたエリスに、「流石に無茶過ぎたか」と軽く反省しつつ。
宗介は、少し離れた所に浮かぶ魔石――――“火の大精霊ヘリオス”に向き直る。
「さて、“隷属の呪印”から解放された気分はどうだ?」
『ふん、これでゴーレムの起動式が無ければ最高だったな。上手く魔力を制御出来ん』
ゆらゆらと炎を揺らし、なんとか人型を取ろうとするヘリオス。無理もないだろう。今の彼はゴーレムの動力源として最適化されているのだ。むしろ、そんな身体であっても力を自由に扱える辺り流石とも言える。組み込まれたプログラムを無視する等、本来有ってはならないのだから。
「粉々にならなかっただけマシだろう、悪堕ち大精霊様?」
『ぐ……それはそうだが、しかし……』
「ま、あんたの身体は後で創るとして、とりあえず色々と話があるんだが」
宗介は一旦言葉を切り、辺りを見回す。
……火口を埋め尽くすマグマの海。噴き上がるマグマの壁はその鳴りを潜めているが、それでもボコボコと沸き立ち波打つそこに浮かぶ、岩石の島。肌を出せば即座に焼かれ、呼吸するだけで肺が爛れそうな灼熱の大気。
戦闘が終わって気を抜けば途端に汗が溢れて蒸発していくような、死の世界である。
「先ず、場所を変えないか? こんな所じゃ落ち着いて話もできやしない」
『…………チッ、そうだな。試練を突破し、“炎帝”を下し、このオレを精神支配から解放したのだ。相応の報酬と礼くらいはやろう。着いてこい』
堂々と放たれた大きな舌打ちと明らかに嫌そうな物言いに、宗介はピクリと眉を顰めるが、とりあえず気にしないことにし、フォルテの肩を借りて立ち上がる。
「本当に大丈夫なのか……? 一人で歩けもしないようじゃ……」
「大丈夫、とは言い難いな。ま、残りの手足もゴーレムにすればどうとでもなるだろ。流石に自分で自分の四肢を切り落とす勇気は無かったが……こうなった以上は仕方ないし」
そうして宙に浮かんで移動するヘリオスの後を追いつつ、宗介は自らの左手に目をやる。いや、もはや手かどうかすら怪しい惨状のそれに。
指の形も残っていないそれは、残念ながら二度と使い物にはならないだろう。右脚も焼けて固まり、動かすだけでも大変な程。ならばいっそのこと機械化してしまう方が余程マシだ。と言うより、その方が今の半分機械というアンバランスな身体よりも強くなれるまである。
丁度良い機会といえば、まさに今がその時だろう。潤沢なアダマンタイトや火の魔石で義肢や武装を強化すると同時、遂に全身をサイボーグ化する時が来たのだ。
「エリスにはまた、協力してもらうことになりそうだ」
「……ソウスケの為なら、幾らでも」
彼の隣でほんの少し頬を緩め微笑むエリスに、宗介は力を貸してもらってばかりで申し訳無さを感じながらも小さく笑顔を返し、全身サイボーグ化計画を練っていく。すぐ側から「いよいよ、君の種族が人間か吸血鬼か、それともゴーレムなのか怪しくなってくるな……」と呆れたような声が聞こえたが、それはどうでもいい。
――――目指すは、最強。
きっと以前よりも力を伸ばしている北池達を凌駕し、幼馴染の隣で並び立てる程の力を。ならば今現在、何が必要か。人間の四肢を犠牲にして何を得るべきか。
四肢欠損は取り返しがつかない。なればこそ、失敗は出来ないだろう――――
と、不意に宙に浮かんで先を行っていたヘリオスが動きを止め、宗介達もそれに習って足を止める。火口に浮かぶ島の端まで辿り着いたのだ。
『ああ、全く、どうしてこのようなことに……』
何やらブツブツと呟きながらマグマの海に向けて火の玉を飛ばすヘリオス。魔石の周りに纏った炎が分裂したそれは、クロノスがしていたように、分体を飛ばしたのだろう。
それがマグマの海に波紋を残して沈んだかと思った瞬間……海が割れた。文字通り、ゴバァッと。
出来上がったマグマの谷には島から階段が続いており、それが途切れて海底に辿り着けば、次は奥に鎮座する漆黒の門まで、やはり漆黒の柱や石畳が続いている。赤熱していたり融解していたりしない辺り結界でも張っていたのかもしれない。
『さっさと着いてこい。お前がオレの魔石にこんなものを仕込んだせいで、長くは持たんのだ』
「そりゃどうもすみませんでしたね」
宗介は悪態をつきつつ、フヨフヨと階段を降りていくヘリオスの後を追う。フォルテの肩を借りている為、少々難儀しながら。
そうして門をくぐり、幾ばくかの短い廊下を抜けて案内されたのは、居住空間であった。
いや、居住空間というには些か生活感が無さ過ぎる。何やら様々な魔道具らしき物が並んだ、たった一つの部屋。
雰囲気としては研究所か何かのようだ。基本的には黒一色で、廊下や部屋の各部にはマグマを使った間接照明が明かりを灯している。熱は、火の大精霊ヘリオスの力によって遮断されているのか、快適だ。
「大精霊に寝食の場は不要、ってか」
宗介は、エリスから漆黒のマントを受け取りボロボロの身体に羽織ると、躊躇うこと無く部屋の中心に据えられたソファに腰を降ろす。神の一柱とも言える大精霊の前で、実にふてぶてしい限りだ。実際は大火傷のせいで歩くのが億劫だっただけである。
その傍にエリスも腰を降ろし、フォルテは……流石に騎士だけあって立っている。いや、これが本来の作法なのだが。
まさに“神をも恐れぬ”といった二人に、ヘリオスは、吐く身体も無いというのに呆れたように溜め息を吐いた。
『で、ヒトの子らよ。何から言えば良い? 刻印解除の礼か?』
「大精霊から感謝の言葉を貰うってのも、中々無い貴重な体験だろうが……生憎とお前が俺達に感謝するのは至極当然に過ぎる事だし、俺も俺で自分の目的の為にお前を助けたに過ぎないからな。まどろっこしいことは置いといて、手早く行こうぜ」
ソファに深く腰掛け、肩を竦める宗介。おもむろに義手を突き出し、対面に浮かぶヘリオスに向けて三本の指を立てる。
「俺からの要求は三つだ。一つ、俺かエリスと“契約”しろ。二つ、この火山の鉱石類と、保有してる役立ちそうな魔道具やら何やらを根こそぎ寄越せ。三つ、俺のゴーレム創りに協力しろ」
『拒否権は?』
「洗脳されて魔王の軍門に下るなんてポカやらかして、人間族が異世界人に頼らざるを得ない状況に追い込んだ挙句、俺が身を呈して尻拭いしてやったってのに……それでも拒否権があると思うなら好きにしてくれ」
もはや言外に伝える気もない言い回しは、完全にヤの付く職業の方だ。フォルテも、呆れたようにこめかみを押さえている。
やれやれと言わんばかりの仰々しい態度。『不敬だ』と焼き殺せればどれだけ楽か、とヘリオスは内心でギリッと歯噛みしつつ抵抗を試みた。
『…………しかしだな。オレの身体をこんな風にしておいて、なおもその要求……おこがましいとは思わんか?』
しかしその抵抗を、宗介は鼻で笑い、義足の踵をガツンと鳴らした。
「その点は問題無い――――《創造》」
途端に床の鉱石が盛り上がり、ヘリオスの魔石を呑み込む。それは瞬く間にヒトガタを取り、黒い人形が出来上がった。各関節がきちんと可動する、子供サイズのゴーレムだ。
「後で、もっとしっかりしたボディを創ってやるよ。全身全霊でな。それこそ、お前の溶岩人形なんかよりも余程強力なヤツだ、安心してくれ」
勿論、大精霊様の協力ありきだけどな……と悪戯っぽく笑いながら付け加える宗介に、ヘリオスは諦めたように項垂れた。
精神支配を受けていたとは言え、何故こんな輩と戦ってしまったのか……全くもって希代の大失態である。もはやあの少年の手中から逃れる術が無い。
いや、実際問題、知ったことかと一蹴することは容易い。しかし自らのミスを無かったことにするなど、ヒトの上に立つ大精霊の“格”が疑われてしまう。少なくとも火の大精霊の評価は、地に堕ちてしまうだろう。
『くっ……この、悪魔のような小僧め! いつか地に還してやるぞ!』
「火の大精霊直々に火葬してもらえるとは、こりゃ来世も安泰だ」
「なんてポジティブな考え方を……」
突いた悪態も戯けるような態度で受け流され、ヘリオスは黒いゴーレムの身体をワナワナと震わせる。しかし無意味だ。
暫くの間考え込み、やがて彼は仕方ないとため息を零した。
『…………一つ、聞かせてもらおうか』
ヘリオスが搭乗した小型ゴーレムの眼が、宗介を真っ直ぐに見据える。
中身が中身なせいか、その眼力には中々に気圧されるものがあったが……しかし宗介もそれを真っ直ぐに見返し、無言で続きを促す。
『大精霊として汝に問う。何故、力を求めるのか?』
「はっ、単純――――俺を馬鹿にしてた奴を見返してやる為、俺が弱者ではなく強者だと教えてやる為だ」
宗介はその問いに対し、当然だと言わんばかりに、躊躇うことなくそう答える。
予想外の答えに思わず呆気に取られたヘリオスは……クツクツと笑った。
『ク、ハハッ、なんて下らん……。いや、実に下らん理由ではないか! オレを下し脅してまで力を求める理由が、その程度か!』
折角答えてやったのになんて奴だ、と宗介は眉を顰める。エリスも、宗介が笑われたことにご立腹らしく無表情の内に怒りを宿していた。
「……お前ごときに、ソウスケを笑う権利は、無い」
『ククッ。いやすまない、別に失望した訳ではないのだ。だからそう怖い顔をするな鮮血姫よ』
ヒィヒィと笑いながら、ヘリオスは何とか呼吸を整えて言葉を絞り出す。
『あぁ、長く世界を見守って来たが……そのような理由で力を求めてきた輩は始めてでな。全く小僧。貴様、本当に愉快な奴だ!』
「そりゃどうも、お眼鏡に適ったようで何よりだ」
暫く、ひとしきり笑ったヘリオスは、笑い疲れたのか肩で息をしながらそのふてぶてしい灰髪の少年に向き直る。
『ククッ。ここで世界征服などとでも抜かしていれば、即座に焼き殺していた所だが……なかなかどうして、下らないなりに、その眼に宿る“炎”は本物らしいではないか? 良いだろう、お前の手の平の上で踊らされてやる』
咄嗟にフォルテが「ヘリオス様、よくお考えになって下さい!」と静止をかけようとするが、エリスが更に上から静止し、それを横目で見た宗介はやれやれと呟いた。
「ったく、最初からそう言えば良いんだよ。さっきの要求三つは飲んでくれるな?」
『うむ、異論は無いぞ』
その言葉に宗介は、「言質は取ったぞ」と薄ら笑いを浮かべる。一瞬だけ。
「……じゃあ、早速だが“契約”してくれるか? 火の魔石を自由に作り出せるようになれば、ゴーレム創造に役立つからな」
『良いだろう』
言うが早いか、ゴーレムの瞳を輝かせ、宗介とエリスに目を向けるヘリオス。
どこか、身体の芯まで見透かされるような目だ。恐らく適性があるかどうかを見ているのだろう。
『……残念だが、小僧。お前ではオレと契約するには足らんな。適性も魔力量も、論外だ』
告げられた言葉は、勿論宗介の想定内。何せ宗介は最弱と謳われた勇者だ。精霊と契約することで魔法が使えるようになるならば、今頃、四肢を喪ってはいないし、半吸血鬼にもなっていないし、悠斗達と離れて行動もしていない。
「やかましい。エリスなら十分だろ? 何せクロノスと契約してる程だからな」
『クク、そうだな。吸血鬼の小娘ならば問題は無い。では契約の儀を始めようか。近う寄れ、小娘』
「……ふん、望むところ」
すっくと立ち上がり、人生二度目の精霊契約に挑むエリス。その軽い足取りは、宗介の力になれるという気持ちからだろうか。過去に地の大精霊クロノスと契約しているだけあって、手慣れたものだ。
『さあ、手を出せ』
差し出されたエリスの手の周りを、ヘリオスの分体である火の玉が舞う。さらに彼女の周りを、巻き起こった紅蓮の炎が取り囲んだ。
熱波は無く、どこか美しいそれは、聖なる炎といったところか。チリチリと、火の粉が蝶のように辺りを舞い、エリスの長い銀髪や漆黒の部屋を煌めかす。
「綺麗だな……」
どうやらフォルテは、精霊契約の場面を見るのは初めてらしい。ほうと息を吐き、その光景に呑まれている。
……故に、「そうだな」と短く答え、動かし辛い右脚に鞭打ってさりげなく立ち上がった宗介には、誰も気付かない。
ともかく。
「……っ」
儀の途中で、エリスが小さく顔を歪めた。そう、炎のせいである。
『おっと、吸血鬼であったな。ならば火除けの祝福も必要か』
「……あると、嬉しい」
どんなものであっても炎は炎。吸血鬼であるエリスにはやはり危険な代物だ。そんなものを扱えるようにするのだから、ヘリオスの気遣いは不可欠であった。
一足先に入り込んだ炎の魔力によって苦痛が和らいだエリスは、小さく深呼吸し、手の平の上で輝く火の玉を見つめる。
『――――愛を知らず、愛に飢えた吸血鬼の小娘よ。オレの炎を使いこなすことが出来るかな?』
「…………嫌らしい奴。私の、ソウスケに対する愛情の炎が……偽物だと?」
『クク、クハハハッ! いや失敬。さあ、契約と行こうか。オレの炎を掌握してみせろ!』
「……言われなくても!」
銀糸の髪と紅蓮の炎が、エリスの魔力によってゆらりと揺れた。紅蓮の中に金の光子が混ざるような、膨大な魔力だ。その炎の中心で、金と銀の輝きを纏い佇む彼女は、意を決したように火の玉を掴み取る。
瞬間、魔力と魔力が絡み合い渦巻いた。
それはさながら、ハリケーンの如く。
火と地が入り混じり、せめぎ合い……そして、溶けてゆく。
「……ソウスケの為、私のものとなれ、ヘリオス」
『ククッ、良いだろう。果たして本来、誰の為なのかはさておき……契約成立だ』
溶け合った二つの魔力がゴウッ! と一層強く吹き荒れ――――そして、エリスの腕の一振りで全てが掻き消えた。
どうやら、上手く力を掌握出来たらしい。
ヘリオス入りのゴーレムがクツクツと笑う。
『これよりオレの炎は、汝の剣として振るわれることとなった。期限は、どちらかが死ぬか、双方が合意の上で契約解除をするまでだ。ククッ、不老不死の吸血鬼とオレでは、実質無限だな』
「……丁度良い。それだけ、ソウスケの力になれる」
ふんっ、と若干嬉しそうな無表情で言い切るエリス。もうヘリオスに用は無いと言わんばかりに、キョロキョロと漆黒の部屋を見回す。そしてお目当ての……壁際で何やら弄っている宗介を見つけ、駆けて行った。
そんな傍で、唯一の常識人であるフォルテがヘリオスに頭を下げる。
「…………その、ヘリオス様。二人が、大変なご無礼を」
『む、半獣の娘か。まあ、気にせんよ。ああいう輩もたまになら面白いものだ』
「か、寛大なお言葉、有難く存じます」
二人の非礼極まりない言動に内心でビクビクしていたのが、常識人のフォルテである。
『ククッ。オーベロン様に仕える騎士の娘よ。お前も存外に良く戦い、オレの心を満たしてくれたな。何か褒美をとらせよう』
「ッッッ!?!? そ、そそ、そんなっ、恐れ多い! わ、私などっ」
『遠慮するな。どれ、お前にも契約を……』
目を白黒させ、予期せぬ事態に混乱するフォルテ。無理もない。大精霊との契約など、恐らく人生最大の誉れなのだから。
世界に数体――――火、水、風、地の四大精霊、そして光と闇の二柱、計六体しか存在しない大精霊。その六体と会い、契約を交わせる者など、それだけで歴史に名を残す程である。少なくとも一概の騎士には重い称号だ。
『……む? お前』
「ど、ど、どうかなされましたかっ!?」
唐突に首を傾げて訝し気に呟いたヘリオスに、思わずフォルテは素っ頓狂な声を上げて身を硬直させる。そんな彼女を、ヘリオスゴーレムはマジマジと見つめ……言った。
『…………あー、その、何だ。お前、全く適性が無いな。悲しいくらいに。流石は獣人、無属性魔法を操れるだけで奇跡ではないか』
「そ、そんな……」
あまりにも無常な言葉に、フォルテはがくりと項垂れた。だらりと垂れ下がったポニーテールが物悲しさを加速させる。
『お、落ち着け。火除けの祝福くらいはやるから、な?』
「あ、ありがとう、ございます……」
というのも“亜人族”は、エルフ等の一部を除いて魔法を操ることが苦手なのだ。フォルテは人間であった父のお陰で多少なりとも操れるようだが、ハーフでもなければあり得ないことである。
子供サイズのゴーレムに慰められる、聖騎士。なんとも哀れであった。
そんなフォルテの何やかんやを華麗に無視し、エリスは宗介に駆け寄る。
「……ソウスケっ」
「おー、お疲れさん。綺麗だったぞ」
優しい微笑みと共に、頭に置かれた彼の手に、エリスは嬉しそうに頬を緩めた。
「……それで、探し物……見つかった?」
「あぁ、バッチリな」
宗介は得意気に、どこからか引っ張り出してきた指輪を義手の指で弾き弄ぶ。エリスが付けた指輪に似て、ダイヤモンドのような透明の魔石が輝く指輪だ。
……宗介は、エリス達が契約の儀を執り行っている間、使えそうなモノを捜索していたのだ。そうして見つけたのが、それであった。
指輪をパシッと小気味良くキャッチした宗介は、「こいつもな」と視線を部屋の片隅に鎮座する道具に目をやる。
拳で握り隠せる程のダイヤモンド――指輪と同じ魔石だろう――が中央に据えられ、その周りを土星か何かのように幾何学模様の円環が取り囲む、魔導機械である。
「恐らく、空間転移用の道具と見た」
そう。それは正真正銘、空間転移用の装置だ。宗介達を試練と称して魔物達のど真ん中へと送り込み、折角掴み取った“炎帝”の魔石を虚空へと逃がした、例のヤツだ。
宗介はそれに手を置き、悪魔的な笑みを浮かべる。
「思ったんだが、これ取っ払って俺の新しい身体に搭載したら――――素晴らしいことにならないか?」
「……最強、待ったなし」
「だよな。よし、回収するぞ」
義手に内蔵されたメンテナンスツールを展開し、躊躇うことなく分解を試みる宗介。
フォルテへの祝福を終えたヘリオスが、『待て待て待て!!』と慌てて駆け寄ってきた。
『おい馬鹿、止めろ! それはオーベロン様から賜った火山管理用の大事な魔導機械だ! それに、指輪も! それらはやらんぞ!』
「へえ、そいつは凄いな。精霊王印か。ますます欲しくなった!」
ヘリオスの言葉を聞くや否や、宗介は嬉々として義手のマジックハンドを展開し、装置を鷲掴みにして地面から引っこ抜こうとする。ヘリオスは子供サイズの身体を以って全力で止めにかかる。
『そ、それはっ、使用者の魔力によって転移距離や収納量が変わる! 貴様の魔力ではどちらも微々たるものだぞ! 取るだけ無駄だ!」
「んなもん知ってるし、それでも使いようは幾らでもあるだろうが、離しやがれ!」
中々にカオスだった。
「チッ、鬱陶しいぞ――――黙ってろ」
そのカオスを打ち破るべく、宗介は“命令”を下す。
『な!? き、貴様……っ!!』
瞬間、ギシィッとヘリオスの身体が動きを止めた。それを見た宗介は満足気に嗤う。
「ったく。従僕が、主人に逆らうんじゃねえぞ」
鬼のような言葉に、ヘリオスは思わず顔を青ざめる。
そう、答えに辿り着いてしまったのだ。
そんな彼の弾き出した答えを代弁するかのように、諍いを止めようと駆け寄ってきていたフォルテがポツリと尋ねた。
「……まさか、始めからこれを狙って、ヘリオス様の身体をゴーレムに?」
「あぁ? 当然だろ。全部俺の計画通りだっつーの」
そう、全ては手の平の上。
果たして、何処からだったのだろうか。そんなことヘリオスには知る由もないが、ただ一つ明確なのは……
『は、謀ったな貴様ァッ! このオレを! 火の大精霊ヘリオスを!! いつか殺す! 塵も残さず燃やし尽くしてやるッ!!』
血でも吐きそうなその悲痛な叫びを、しかし宗介は飄々と躱すと、犬歯を晒して意趣返しするよう笑った。
そして、ひとしきり笑って満足したように息を整えると……決意新たにメンテナンスツールを構える。もはや大火傷のことなど意にも介さない勢いである。
「さあエリス。またゴーレム創りだ。力、貸してもらうぞ?」
「……んっ。ソウスケの役に立てるなら、幾らでも」
宗介の言葉に、エリスは嬉しそうに頷く。フォルテは呆れたように溜め息を吐く。ヘリオスは必死にもがき、そして宗介はニヤリと口の端を吊り上げる。
――――世界最強となるべく、宗介の全身サイボーグ化計画が始動した。




