二八 VS炎帝 後
『さあ、全身全霊でかかってくるが良い!』
第二ラウンドの内容を告げるや否や、巨人スルトが右手に握った鞭を振るった。御丁寧にもマグマのワイヤーの上に刺々しい岩石を連ねた形である。
岩盤を容易く打ち砕くそれを、宗介は即座にエリスを抱きかかえて離脱し避ける。散開する形で虎徹参式とフォルテもだ。
それと同時、宗介はシュトラーフェを抜き撃つ。
鳴り響いた炸裂音は一挙に六度。狙いは全て胸部の、魔石を守る分厚い鎧だ。
しかし貫通には至らず、弾丸が岩石にめり込む程度であった。
「硬いな。装甲は戦車並みかよ」
「……微量だけど、アダマンタイトが含まれてる」
「それでか」
急務となった威力不足解消に小さく舌打ちしつつ。ならばと、迫って来た鞭を即座にリロードしたシュトラーフェの弾丸で逸らしつつ、別方向に散開している虎徹参式に【遠隔操作】で命令を下す。
刹那。
ドゥルルルルルン!!
薙ぐように放たれた毎分六千発のアダマンタイトコーティング弾が、巨人の胸部装甲に斜め一閃、ミシン目のように孔を穿った。流石、戦車すら蜂の巣にする三十ミリガトリング砲はレベルが違う。
『クク、全くもって面白い武器だ』
しかし致命傷には至らない。孔からゴポリとマグマが溢れ、修復していく。
そんな再生していく傷など意にも介さず、巨人は鞭を横薙ぎに振るい宗介達を襲う。先端部分など軽く音速を超えるそれを、宗介は高飛びするように身体を捻り、すんでの所で躱した。
同時にすれ違い様、二人はコンマ数秒で視線を交わし反撃に移る。
「《鮮血の極刑》!」
瞬時に放たれたエリスの杭。鞭の後を追うように射出され、蛇腹剣のような関節部分を貫いた。留まることなく追撃し、更に鞭の根元から右腕の肩口までに計四本の杭を突き刺す。
しかし……そのどれもがマグマの熱によって融解されていく。つまり、突き刺さった箇所から杭を伸ばして内側から蹂躙するということが出来なくなるということだ。
石の塊である杭も、融解してマグマとなってしまえば、その支配権はエリスからヘリオスへと移ってしまう。こればかりは、“大精霊”と“魔人族”という圧倒的にして越えられない力の壁がある為、仕方が無い。
故に宗介は……その杭にぶら下がった手榴弾をシュトラーフェで撃ち抜いていく。杭の射出と同時に宗介が投擲したものと、エリスが直接、指輪から転送したものだ。
巻き起こった四つの爆発が軽々と鞭の関節部を吹き飛ばし、巨木のような溶岩の腕を破壊する!
『クク、そうでなくては!』
血のようにマグマを撒き散らし、ボロボロになった巨人の右腕が肩から落ちた。当然、そのマグマが新たな腕を形成し始めているが、多少は時間がかかるだろう。
その時間を埋める為、巨人は左手を宗介達に向けた。掌に丸い穴が空いている左手だ。
キイィィ――――と音を立て、その穴に炎が充填されていく。
「あれは、ヤベェな」
「……盾を張っても、溶かされそう」
恐らくあれは大出力の火炎放射器だ。宗介の龍脈眼が示す限り、先の《レーヴァテイン》とまではいかないが、絶大な威力を有しているのに間違いはない。
シュトラーフェは弾切れ中。虎徹参式のシュヴァルツェアレーゲンはその仕様上、発射までのタイムラグがある。ならば躱さなければならない。
宗介は冷静に、脚のパイルバンカーを地面に突き刺さらない角度で撃ち出し、バネとして使用しその場を離脱する。しかし砲口はそれに追随して向きを変えてくる。当然だろう。
「チッ」
宗介は舌打ち一発。ならば、虎徹参式を盾にして射線を逸らすか……と、武器の一つを失う覚悟で命令を下した。
そして、左手の炎が、今まさに放たれようとした時。
「させんよ! 《白金の戦乙女》!」
『ぐ、貴様ッ』
巨人の左腕を、懐に潜り込んでいたフォルテが身体強化を全開に斬り上げた。
どうやら先程からの酷使のせいで剣に“ガタ”が来ているのか、ギャリィッ! と嫌な音が鳴り響いたが、しかし火砲が放たれる寸前に砲口を少しだけ持ち上げることに成功。
同時に放たれた熱線……と言うよりレーザービームにしか見えない砲撃は、ズボォッと大気を焼きながら、狙い外れて宗介達の向こう側にあるマグマの壁を穿った。
「うわ、えげつな……」
チラリと後ろを確認した宗介は、冷や汗を流す。
果たして、火炎放射でマグマの壁に穴を開けるなど、一体どれだけの威力が込められていたのか。マトモに受けては余裕で消し飛ぶ威力である。
ともかく。
『半獣の小娘よ、お前も存外にやるらしい!』
「勿体無いお言葉です、火の大精霊様っ」
お返しとばかりに振るわれた再構築途中の右腕が、フォルテを圧殺せんと強襲する。彼女は即座にその場を飛び退くが、地面に叩きつけられたことによってマグマが飛び散った。それだけで常人にとっては十分に致命傷たり得る散弾だ。
フォルテは、明らかに剣の“ガタ”を気にしながらその炎塊を迎撃しようとするが、そんな調子では防げまい。
「ったく! エリス、頼んだ!」
「…………ん」
故に宗介は、左腕に抱いていたエリスを傍に降ろし、パイルバンカーの激発を利用して駆け出した。
そしてその砲弾のような突貫と共に、リロードしたばかりのシュトラーフェを連射する。フォルテを襲うマグマの飛沫を撃ち抜き吹き飛ばす為だ。更に、エリスが後ろで渋々ながら盾を張り後続の飛沫を防ぐ。
そして宗介は、巨人の麓をすり抜けながらフォルテを抱え上げ、再度地面を思い切り蹴って巨人の懐に潜り込んだ。
「――――な、なっ、何、にゃにをしてっ!?!?」
いわゆる“お姫様抱っこ”をされたフォルテは、予期せぬ事態に顔を真っ赤にし、目を白黒させて混乱する。
硬派ながら実は――あまり隠し切れてはいないが――かなり純情が入っている彼女にとって、神経をすり減らすような死地の中で突然の……そして始めての体験に、頭がオーバーヒートを起こしたらしい。
それをチラリと一瞥した宗介は、「何を考えてんだ」と溜息を吐いた。
「お前、エリスと違ってデカいから、こうしないと拾えないんだっつーの。落ち着け」
「なっ!? で、でか……女性に向けてそんな事を言うなぁっ!! ええい、離せ! 私の積年の夢の一つをこんな形で終わらせてたまるかっ!!」
「ちょ、暴れんな鬱陶しい!」
「ひぐぅ……っ! こ、これしき……!!」
宗介の腕の中でもがくフォルテ。両の手でグイグイと顔を押さえられ、彼は心底苛立った風に眉間にシワを寄せる。とりあえず、義手で抱いていた彼女の肩を思い切り握り締めて黙らせてやった。それでも涙目になりながら抵抗を続けるフォルテときたら、流石と言うべきか。
と、そんな彼らに若干呆れたようなヘリオスの声がかかる。
『何を巫山戯ているのだ。真面目にやれ』
「っ、言われなくても!」
とりあえずフォルテは無視し、宗介はギリッと歯噛みしながら全力で跳躍して巨人の足元から脱出した。
直後、彼が居た地面が爆砕する。再構築された右腕が、正確には握り締められた右の拳が、巨人の全体重を乗せて叩き込まれたのだ。
脚元を殴りつけたせいで姿勢が低くなった巨人の肩に、スタリと降り立つ宗介。巨人は頭だけをグルリと向ける。
先の拳撃と目の前の光景にどういう状況かを思い出したフォルテは、自分の身体が宗介の右腕を塞いでいることに気付き、咄嗟に両腕を彼の首に回してしがみ付く。
「ったく、それでいいんだよ!」
一度姿勢を落として脚のバネに力を溜めた宗介は、巨人の肩から跳ぶと同時、右脚のホルスターに仕舞っていた大口径ハンドガンを引き抜き連射した。
迸る一条の火線。
後ろに跳躍しつつ放たれた十五ミリマグナム徹甲弾は、その全てが寸分違わぬ軌道を描き、巨人の角と角の間――――額を貫かんと疾走する。
最初の一発が額の溶岩装甲にめり込み、次弾がその上に着弾。その次も、そのまた次もやはり全く同じ弾痕にめり込み、最初の弾丸を押し込んでいく。
孔を押し広げ放射状に亀裂を奔らせていく額の弾痕……そこに六発目の弾丸が叩き込まれた瞬間。
ドゴガァンッ!!
巨人の頭が砕け散り、鮮血の如くマグマを散らした。
「ったく、威力不足気味だっ」
「あれでまだ、足りないと言うのか……」
「一撃で爆砕させないと役に立たねえよ、畜生」
宗介は、抱えたフォルテに悪態をつきながら、反動を上手く受け流しクルリと宙返りして離脱。【遠隔操作】で下まで走らせていた虎徹参式に飛び乗った。
彼らを背で受け止めるや否や、鋼の咆哮を上げて踵を返する機械の虎。その上で宗介は右手だけで傍のガトリング砲“シュヴァルツェアレーゲン”を掴み取り、無造作にその漆黒の雨をばら撒いて牽制する。
『フン、この程度』
頭を砕かれた炎の巨人は鬱陶しそうに向き直ると、身体中を穿たれながらもおもむろに左の掌を宗介達に向けた。
再度、その掌に紅蓮の輝きが集まっていく。
『逃がさんぞ、小僧』
巨体の内に秘めたマグマのエネルギーを圧縮し大気を焦がす熱線として放つ砲撃……その照準が、踵を返して逃げる鋼の虎とその上の二人を捉えた。
ならば、その引き金を引くことを躊躇うことがあるだろうか。いや否だ。
鼻で嗤うような声と共に、岩をも溶かす熱線が放たれる。
頭が吹き飛んだ首や身体に穿たれた弾痕からもエネルギーが噴き出し、多少は威力が落ちたようだが……それは些細なこと。どの道、必死に逃げる矮小な者共を呑み込み焼失させるだろう。
――――しかし。
「……甘い」
その射線上に無数の大剣が割り込み、彼らの盾となる。エリスがマグマから生み出した黒曜石の大剣だ。
ガガガガッ! と幾重にも並んで地面に突き刺さった幅広の大剣達は、熱線を一身に受け止めたせいで先頭のものから融解していくが、その数もあいまって宗介達が斜線上から避難するに足る時間を作り出した。
「グッジョブ、助かった!」
「ん……踊れ、《煌黒の剣舞》」
射線から脱出し、フォルテの回収及び離脱に成功した宗介は、安全域まで辿り着くと虎徹参式に急制動をかけ、ホッと息を吐いて鋼の虎から降り立った。エリスはそれを横目に、二人への被害を考慮する必要が無くなったのを幸いに魔法を行使する。
指揮棒を振るうように小さな手が動けば、それに触発されてマグマの壁から無数の大剣が迫り出す。
それら全ての切っ先が巨人へと向けられ……一瞬の溜めの後、全方位から雨あられの如く降り注いだ。
『ぐっ! 重いではないか……!』
砲丸のような質量の黒刃が巨人の身体中に突き刺さる。それほど深くはないが、一発一発の質量のせいで膨大な衝撃が生まれ、マシンガンで撃たれた人間のように巨体が“踊る”。
エリス主催の、半強制舞踏会は、ヘリオスが自由に動く隙を与えない。
「…………それで? あれを破壊する手立ては思い付いたのか?」
その美しいとは言い難い剣の舞を、夢が一つ潰されたせいでなんとも言えない表情になりながら眺めるフォルテが、ふと宗介に尋ねた。
あれでは巨人を倒せない。一応、勢い余って魔石を破壊しないように手加減されている為、完全破壊とはいかない筈だ。
巨人を木っ端微塵に破壊し、炎帝ヘリオスの魔石を引き摺り出す……やはり、一筋縄ではいかないだろう。
しかし宗介は、そのフォルテの問いに獰猛な笑みで答えた。
「舐めんなよ? 多少の無茶は必要だが手立てはある。ただ、二人の協力が必要だ」
そう言って宗介は、頭の中に思い描いた作戦を二人に伝える。
「――――という訳だが、頼めるな?」
「……大体、把握した。任せて」
「あれに勝つには、必要なのだな? ならば、やるしか無かろう」
三人は向かい合い、無言で頷いた。
エリスが、溢れる魔力でその銀色の髪をふわりと揺らし、煌々と煌めく紅い瞳で巨人を見据える。
次いでフォルテが、直剣を構えて小さく深呼吸する。
そして宗介が、いつの間にやら一人剣舞を終えて激しく破損した身体を再構築している巨人を一瞥し、ニヤリと犬歯を晒して嗤った。
「さあ、反撃開始だ」
おもむろに手を掲げる宗介。そこに、エリスが人頭大の黄金色に輝く宝玉を転送する。超高純度の“地の魔石”だ。
「派手にやるぞ――――《刻印》」
カッ! と銀色の光が炸裂し、その魔石を覆った。
しかし光はほんの数秒で晴れ、その中から、模様入りのビー玉のように立体魔法陣が刻まれた宝玉が姿を現す。
六芒星を内包した幾何学模様の円環と、それに重なる形で、歯車のような円環が幾つか並んだ神秘的な魔法陣。そう、ゴーレムの起動式だ。平たく言えば“ロボットのプログラム”か。そしてそれが刻まれた魔石は、ゴーレムの核である。
宗介は、それを眼前に放ると、義手を地面に押し付けて短く詠唱した。
「これが“機巧師”の真髄だ。《創造》ッ!!」
直後、地面が魔石を呑み込んで盛り上がった。そして留まることなく、ズゴゴゴッと山のように大きくなって行き、粘土のように胎動する。
地属性魔法のように攻撃に転用出来る程の勢いではないが、大地がうねり、変形し、一つの巨大なヒトガタを創り出した。
『ほう……面白い』
先の乱舞で身体中を徹底的にいたぶられたせいか、半熟状態の大剣やら何やらを取り込み若干歪な形に再構築された巨人が、感心したように声を漏らす。
「だろ? ダンスにはパートナーが付き物だからな。俺からのプレゼント、“アースガルちゃん”だ」
出来上がったのは勿論、ゴーレムだった。
姿形は、その“ゴーレム”という名を聞いて万人が即座に思い浮かべるような、無骨な岩の塊。サイズは炎帝が操る巨人と同じく二十メートル弱で、他の宗介印のゴーレム達と比べると実に原始的だ。武装など“アースガルちゃん”誕生と共にエリスが作った、シンプルな大剣を装備しているだけである。
……生憎と、炎帝が作った巨人の為に巨大ロボットの伴侶を創る程、宗介は優しくない。
目には目を、歯には歯を、泥人形には泥人形を。あの程度の相手、これで十分なのだ。
「さあ、思う存分楽しんでくれ」
宗介は新たに生まれたそのゴーレムに命令を下す。それを受けたアースガルは、巨体に見合ったサイズの大剣を掲げると、ズシンズシンと大地を打ち鳴らして駆け出した!
『クク、中々に舐めてくれるではないか!』
ヘリオスも見るからに馬鹿にされて黙っている程お人好しではない。故に、再構築された頭に憤怒の炎を宿した眼を輝かせながら、歪に棘が生える形で再構築された右腕を振るう。
ゴォガガアン!!
質量と質量がぶつかり合い、お互いの装甲が激しく破砕された。
肩口に大剣をめり込ませた炎の巨人と、腹部に赤熱した拳を叩き込まれくの字に折れる岩石の巨人。
しかしお互い一歩も退かず、スルトはマグマを使って、アースガルは大地の魔力を吸収してゆっくりと破損個所を修復しつつ、そのまま超重量級同士の肉弾戦を繰り広げる。
殴り、殴られ、両者共に頬の鎧を吹き飛ばし。棘付きの肩を使った剛速のタックルを受け止め、その肩にめり込んでいた大剣を引き抜いて叩き込み。お返しとばかりにその破壊痕からマグマの鞭を抜き取って振るい。
血が舞うようにマグマや石塊が飛び散り、絶えず爆砕音が響き渡る熱い戦いは、さながら古代ローマのグラディエーターが如く。観客は宗介達。
「良い試合だが……まだまだ行くぞ、《創造》!」
その観客が遂に横槍を入れる。またも地面に手を突き、ゴーレムを創ったのだ。
地面が盛り上がって生まれたのは、やはり同じような造形のゴーレム……それも二体。トゲ付き鉄球を備えたフレイルを握る巨人“ヨトゥン”と、黒いタワーシールドを構えた巨人“ミズガルズ”である。
――――これが“機巧師”の、本来の戦い方だ!
『クク、面白い!!』
二体の巨人が繰り広げる肉弾戦に新たな二体が加わる。
遠心力を乗せたフレイルの一撃が轟音を立ててスルトの頭を吹き飛ばし、タワーシールドを前面に構えた突進が残った身体を吹き飛ばした。
そうして死に体となったところに、アースガルが唸り声を上げながら大剣を振り下ろす。岩盤を砕くような一撃、直撃すれば溶岩の鎧は木っ端微塵だろう。
しかしスルトは、即座に炎だけで頭を構築しギラリと眼を輝かせると、左腕を突き出してその一撃を受け止めた。正確には腕を犠牲に大剣の刃をめり込ませ、絡め取る形だ。
まさに、肉を切らせて骨を断つの精神。宗介のゴーレム達に意思があれば、間違いなく目を剥いて絶句しただろう。
ニヤリと笑うように炎の頭を揺らした巨人は、残った右腕でアースガルの身体に鞭を巻きつけ、その巨体を引き摺り倒す。
『ぬぅん!!』
そして全力の掛け声と共に鞭で捕まえたゴーレムを振るい、即席のモーニングスターとしてヨトゥンに叩きつけた。
ドガァッッ!!
岩石と岩石がぶつかり合い、二体のゴーレムが轟音と共に砕け散る。両者とも見事なまでに木っ端微塵となってしまった。再生には相当な時間がかかるだろう。
『ククッ、どうだ小僧! ご自慢のゴーレム共はガラクタと化したぞ!』
炎帝は高らかに嗤いつつ鞭を引き戻し、左腕にめり込んだ大剣をマグマに変えて取り込み新たな左腕を再構築する。
同時に掌の“砲口”も再構築すると、そこに炎を凝縮させて残る一体のゴーレムへと向けた。
黒いタワーシールドを持ったそのゴーレム、ミズガルズは、ドッシリと構え、背後の宗介達を守るべく大盾を身体の前に突き立てる。
その重厚感たるや砦のよう。頑強な壁は、並の攻城兵器では突破できない。
だが“炎帝ヘリオス”の力は、並の攻城兵器など軽く凌駕するのだ!
『無駄だ、全て貫いて灰燼に帰してやろう!』
ズボォッ!! と、得意気な声と共に放たれた極太のレーザービームは、コンマ数秒で黒いタワーシールドに直撃。
弧を描いたその盾のせいで灼熱の本流が左右に逸れるが……それも両手で数える程度の時間だけで、ある程度防いだ辺りでドロリと融解し、盾の向こうのミズガルズをも貫いた。しかも魔石を焼かれたのか、完全にその動きを停止させて粉々に砕け散った。
すると、必然的にその向こう――――二体のゴーレムを創造して以来、ずっと地面に手を突き何かを創っている宗介と、鉱石達を魔法で操り加工するエリスを強襲することになる。
極度の集中状態に居る彼らは、大気を灼いて迫る熱線を避けようともしない。いや、気付いてすらいないのかもしれない。ただ一心不乱に魔石や鉱石と向き合うのみ。
見れば、二人の周りにはサッカーボール大の球体や、巨大な黒鉄の筒など、どうもゴーレム達に戦わせている間に創ったらしい代物が散らばっている。
この生産速度は対したものだが……その先に待つものは熱線に呑み込まれての焼失だ。宗介もエリスも創られたゴーレム達も、全ては塵芥を通り越して気体と化すだろう。
……そこに、もう一人存在しなければ。
「我が命に代えても、死なせはしない!」
背中に無属性の魔力による淡い光の翼を纏い、金のポニーテールをたなびかせ、碧色の瞳で迫る熱線を真っ直ぐ見据える彼女、フォルテが居なければ、宗介達は間違いなく蒸発した。
しかし、現実は違う。
直剣に魔力の刃を纏わせて構える彼女が立ち塞がっている限り、その未来は絶対に訪れないのだ。
「はぁぁああっ!!」
喝の声と共に、高々と掲げた騎士剣が振り下ろされる。
斬ッ!!
踏み込みも乗せた全力の一撃は、あろうことか、現実世界ではおよそあり得ない“飛ぶ斬撃”を放つ。勿論、それを可能にするのが無属性の魔力だ。
三日月型の魔力刃と迫る熱線とが真正面から相対し――――紅蓮の本流が真二つに斬り分けられた。
いや、斬り分けながら、三日月の刃は自らの意を押し通すが如く疾走する!
『……なんと』
思わずそんな声を漏らすヘリオス。
よもや、自らの砲撃を斬り裂かれるなど、単純に予想外だったのだ。そもそもこんな馬鹿げた対処法をとる者などそう居ない。
正面突破という、半獣騎士の暴挙に呆れていると……飛ぶ斬撃が遂に砲口にまで到達する。
結果、レーザービームの全てが二つに両断され、砲口までも破壊されてしまった。
「はぁ、はぁ……守護こそ、騎士の本分。何人たりともここは通さんっ」
身体強化の負担が大きかったのか、肩で息をするフォルテ。それを見たヘリオスはクツクツと笑った。
『獲物を、失ってもか?』
「……応とも。剣が無くなれば拳で、拳が無くなれば脚で、脚が無くなれば牙で。それもなくなれば、骨で。私は退かない。それが“騎士”だからな」
フォルテは、刀身がバラバラに崩れ落ちた騎士剣の柄を放り投げ、無手で構える。
どうやら度重なる強化の魔法や、炎帝ヘリオスの火を斬り膨大な熱に晒されたりしたことで、遂に騎士剣が耐久限界を突破してしまったらしい。事前に宗介が一本、小競り合いの際にへし折っていた為、これで予備の剣も失った訳だ。
次に攻撃が来たら正真正銘、終わりである。
『クク、健気ではないか』
そんな風に嗤いながら、炎帝はゆっくりとその巨体を宗介達に向けて歩ませる。
……小さい。あまりにも矮小に過ぎる。踏み潰しても握りつぶしても、何をしたってこの三人は死んでしまうだろう。吸血鬼の二人は火葬という別の処理も必要ではあるが、それこそ炎帝ならば、踏み潰すよりも容易いことだ。
これが“ヒト”の限界。決して越えられぬ壁というものが、“ヒト”と“大精霊”の間にはある。
『しかし、そうだな。随分と楽しめたぞ? ここまで戦ったのは、人魔大戦以来だ』
遙かの時代を懐かしむように言いながら、巨人は眼下の三人を睥睨する。
およそ無駄だと理解しながらも、無手に魔力を纏って構える騎士。状況を理解しているのか、冷や汗を流しながら必死に鉱石と向き合う少年少女。
どれも、哀れな子羊に過ぎない。
『造物主たる精霊王様の分体であるオレに戦を挑む心意気と、その実力に敬意を表して……せめて安らかに逝かせてやる』
その子羊達を導く為、炎帝は巨人を操って鞭を振り上げる。蛇腹剣のような鞭はその各関節部が固められ、更に各部から炎が噴き上がる、灼熱と赤熱の大太刀と化していた。
吸血鬼も殺す炎の刃。三人とも直撃すれば、まず死は免れないだろう。
その大太刀が、勢い良く振り下ろされる――――寸前。
『……ふむ、まだ残っておったか』
炎の巨人は不意にその動きを止め、自らの足元に目をやる。
見れば、両の足首をまた別の巨人がガッシリと掴んでいるではないか。
……そう、バラバラになった後、静かにその身を再構築していたアースガルとヨトゥンである。と言っても、二体とも未だ再構築の途中で上半身しか存在しない。それでも主である宗介を護る為、腕だけで這いずって来たのだ。
唸り声を上げ、絶対に離すまいと足首を締め上げる姿は、意思など無い筈なのに何処か鬼気迫るものを感じさせる程。流石は勇者が創ったゴーレムだろう。
しかし、上半身だけのゴーレムに何が出来るというのか。
『散れ、木偶人形』
炎帝は炎の巨人を操り、右足にしがみ付いていたゴーレムに大太刀を突き立て、左足にしがみ付いていたゴーレムを再構築した灼熱砲で焼き穿つ。
両者とも、僅かな抵抗すら許されず、無残にも心臓部に孔を空けて絶命した。
――――しかし、既に役目は十二分に果たした後である。
「その言葉、そっくりそのまま返してやるよ、木偶人形」
嘲笑うかのような声が響くと同時、炎の巨人に十匹程の蜘蛛らしき生命体が纏わり付いた。
『む、何だ此奴らは』
脚や腕、肩に首など様々な場所に張り付いたのは、サッカーボール大の球体が半分に割れ、片側が更に八つの脚として分割された、丸っこいシルエットの蜘蛛だ。
どこか愛嬌を感じさせるそれは岩石の装甲を纏っており、なんとも無機物的である。
『新手のゴーレムか?』
「おう、俺は“機巧師”だからなぁ」
ゆらりと、気だるげに立ち上がる灰髮の少年、宗介。
明らかに疲労困憊な様子だが、無理もない。何せ今まで【遠隔操作】で巨大ゴーレムを三体も操りながら、また別のゴーレムを創造していたのだから。頭にかかる負担は相当なものである。
それでもなお彼の双眸には、獰猛な光がギラギラと輝いていた。獲物を狙う狩人の眼だ。
そして、勝利を確信した眼でもある。
「さて……そろそろフィナーレといこうか」
彼はニヤリと口の端を釣り上げながら、おもむろにフィンガースナップの形にした左手を掲げた。
『ッ、おのれっ』
本能的に末恐ろしい物を感じてしまった炎帝は、咄嗟にその蜘蛛達を払い落とそうとする。
しかし、もう遅い。それらが身体を這い上がる前に潰すべきだった。それ以前に、巨大ゴーレムなど丸っと無視して宗介から潰すべきだった。
いや、もしかしたら…………彼と戦おうとしたことが間違いだったのかもしれない。
ともかく炎帝は、致命的なミスを犯したのだ。
その結果、指を鳴らす音が響き渡り、“蜘蛛型ゴーレム”達が一斉に自爆する!
ドォガガガン!!
『ぐッ!?』
手榴弾のような爆裂音が連鎖的に轟き、全身にゼロ距離から爆発を受けた巨人はその身を派手に砕かれつつ踊る。
腕、脚、腰、肩、首と、溶岩の鎧に総数十箇所の孔が穿たれた。内には脈動するマグマが燃えており、当然、それらはドロリと溢れ出す。
しかし、どうも予想より威力が低い。蜘蛛型ゴーレムよりも一回り小さい手榴弾すら、ゼロ距離で爆発すれば巨人の腕を吹き飛ばす威力はあった筈だ。だと言うのにこのゴーレムの自爆は穴を穿つ程度。拍子抜けも良いところである。
『ク、クク。驚かせおって。この程度、即座に再構築できてしまうぞ?』
内心、冷や汗を流しながら、炎帝はクツクツと嗤い孔を溶岩で塞いでいく。瞬く間に元通りだ。
だがしかし、宗介はその悪魔的な笑みを崩さない。それに薄ら寒いものを感じた炎帝は……
『ッ、おのれ!!』
轟ッ、と炎の大太刀を振るった。嫌な表情をする半魔の少年を、立ち塞がる女騎士と隣に立つ魔人族諸共、殺す為に。
火の粉を撒き散らす巨大な刃が宗介に肉薄する。
取った――――そう感じた瞬間。
彼の隣に立つ銀髪の少女が、小さな手を真っ直ぐ伸ばし、短く唱える。
「……《鮮血の極刑》」
刹那。
炎の巨人の各部関節から、漆黒の杭が飛び出した!
『何ッ!?』
見事に動きを阻害された巨人は、その身体を完全に硬直させてしまう。
ギシギシと溶岩の鎧が音を立てるが、異様なまでに硬いその杭は折れも曲がりもせず、更に内を流れるマグマの熱で融解すらせず身体中に根を伸ばす。
いや、もはや動きを阻害されるだけでなく操作権まで奪われ、見えない十字架に張り付けられたような姿勢で固定させられてしまった。
『な、何故、このオレがヒト如きに魔法で負けるのだ!? あ、あ、あり得んっ』
そんな風に混乱で声を荒げるのも、無理は無い。
というのも、“マグマ”は“火”と“地”の属性を持っている。岩石が高温で融解したモノであるので。
ともすれば、“火属性”の使い手である炎帝と“地属性”の使い手である鮮血姫、両方がその力で操れるモノだ。
しかし、その属性の神とも言える大精霊である炎帝と、一概の魔人族でしかない鮮血姫では、どうしても強さでは炎帝に軍配が上がる。故に、マグマで出来た巨人スルトの操作権が鮮血姫に奪われることなどあり得ない。
……しかし、現にこうして立場が逆転している。
その原因は、身体の内側から飛び出す“アダマンタイト”の杭だ。
「はは、耐熱性抜群のアダマンタイトは、簡単には溶かせないらしいな?」
エリスの隣で、ニヤリと嗤う宗介。
事のタネは、先の自爆型ゴーレム。あれが、エリスによって圧縮されたアダマンタイトの杭を打ち込んだのだ。
実はあのゴーレム、使い捨ての“自走式杭打ち機”だったのである。自爆したのは、単に外装が杭の射出に耐えられなかっただけ。本質は自爆ではなかった。
そしてアダマンタイトは最硬、最重の鉱石であり……耐熱性に優れている。それこそ、毎分六千回の爆発と大出力内燃機関の熱に付きまとわれるガトリング砲、“シュヴァルツェアレーゲン”から、冷却という概念を取っ払う程に。
そして薄くコーティングするだけでも、炎帝をして全力の炎を放たなくては――――大気をプラズマ化させる程の熱量を持った炎の魔法、《レーヴァテイン》を使用しなければ突破できなくなる程に。
そうして身体中にアダマンタイトの根を伸ばされた巨人は、悲しいかな、エリスの支配下に置かれる訳である。
勿論、時間をかければマグマの熱でも融解してしまうだろう。今ですら着実に融解は始まっているのだから。しかしそれでは圧倒的に遅い。
「さあ、終わらせるぞ」
宗介は【遠隔操作】で、傍に控えた二機の“虎徹参式”に命令を下す。勿論、複製したのだ。
二体の鋼の虎が、その背に搭載したシュヴァルツェアレーゲンを唸らせる。
そして数秒で六連バレルの回転がピークに達し、毎分六千発が二機、合わせて毎分一万二千発の暴虐が解き放たれた!
『ぐ、うぅ……っ!!』
ズガガガガッッッ!! と、巨人の胸部装甲に三十ミリ爆裂徹甲弾の雨が突き刺さる。
交差するように薙ぎ払われたその火線は、十字を描くように大きなミシン目を穿った。
『舐め、るなッ! この程度!』
勿論、即座に再生が始まる。しかしその本質はマグマが大気に触れて固まることによって鎧を再構築するものであり、更にエリスが内側から妨害している為、遅い。
そこに追い打ちをかけるべく猛然と飛び出す、一つの影。
「斬り拓く――――《戦姫》ッ!!」
光の翼を纏い、黒と銀の美しい直剣を持ったフォルテが、そのミシン目の上から全身全霊の斬撃を叩き込む。
彼女か持つのは、アダマンタイトとミスリルをふんだんに使用したエリスお手製の騎士剣だ。「不本意だけど……宗介が言うなら」と、渋々ながら手渡された、火と鉄の街トリッドの職人達も目を剥くような逸品である。
アダマンタイトの硬さと、ミスリルが持つ魔力に対する親和性。二つのいいとこ取りをした剣に強化の魔法がタップリと乗せられた斬撃は、ミシン目に合わせ、巨人の胸部を四つに分断する大きな切創を刻み込んだ!
『っ、おのれ……!』
マグマすら流させない、鋭く深い一撃。勿論、炎帝は即座に再生を試みる。
ともあれ、フォルテの役割はこれで終わり。
「後は任せてもいいんだなっ!?」
「おう、綺麗に終わらせてやるさ」
素早く離脱するフォルテをよそ目に、宗介は傍に置かれた巨大な逆十字形の盾に手を掛ける。先程、宗介とエリス二人の手によって創られた、漆黒のボディに金と銀の装飾が施された荘厳な大盾だ。
それを左腕に装備しようとした時……エリスがその手に、小さな両手を這わせた。
まるで、恋人の無事を祈るように。
「……どうか、死なないで」
どこか不安気な言葉に、宗介は頬を緩め、そして自らの無事を祈ってくれる愛らしい少女の頭に優しく手を置いた。
「馬鹿言え。死地に赴く訳じゃない、悪堕ちした阿呆を叩き起こして恩を売りに行くだけだ。安心して見てな」
「…………んっ」
不安気だったエリスの表情が柔らかくなるのを見届け、宗介は【遠隔操作】を使って、いつの間にやら召喚されていた中級軽車両型ゴーレム“VoS.01 Lancer”のエンジンを始動させる。
けたたましく鳴り響く、鋼の咆哮。その音に小さく頷いた宗介は、漆黒の逆十字盾を左腕に装備し、ニヤリと笑った。
「さあ――――吼えろ!」
瞬間、ランサーが後方のマフラーから戦闘機のアフターバーナーばりに火を噴いて疾走する。
勿論宗介も間髪入れずその車体に飛び乗り、義手でガッチリとボディを掴む。
そして目の前の地面が盛り上がり作り出される、ジャンプ台。
そのまま飛翔し、巨人に突貫する腹だ。
一瞬で時速数百キロに到達したそのスーパーカーは、ニヤリと口の端を釣り上げる宗介を乗せたまま勢い良く飛び出し、その身を巨人の胸部に向けて空を駆ける!
『お、のれ……っ! おのれおのれっ!』
勿論、エリスが操る杭によって身体を固定されている巨人は動けず、避けること叶わない。
宗介は、大ジャンプの頂点でさらに跳躍し高く高く飛び上がる。
そしてエンジン音を轟かせるランサーは……神の槍が如く、その鼻頭を再生しつつある十字の切創へと叩き込み、膨大な衝撃と共にその傷を大きく大きく押し広げた。
ランサーは車体を大きく歪めながら吹き飛び、時速数百キロの鉄塊が胸のど真ん中に衝突した炎の巨人はその身をぐらりと傾かせる。結果、ズシィン……ッと、巨体の身体が仰向けに倒れこんだ。
そして、その上から真っ直ぐ降ってくるのが、宗介である。
「ぉぉおおおおっ!!」
それはさながら黒い流星。気迫は、エリスが使った隕石魔法にも劣らない。
だが炎帝も黙ってはない。キイィィィ――――と音を立て、十字に刻まれた切創に炎を凝縮されていく。
そう、この灼熱砲は、何も左の掌からしか放てない訳ではない。内を流れるマグマのエネルギーを外部に放つそれは、穴さえあればどこからでも撃てるのだ。
故に炎帝は、その切創に向かって真っ直ぐ堕ちてくる宗介に向けて、レーザービームを解き放った。
ズボォォッ!! と大気を灼く紅蓮の本流が、宗介を呑み込む。正確には、漆黒の逆十字盾を構えた宗介を呑み込む。
勿論この攻撃は、宗介も見抜いていた。何故なら、吹き飛んだ頭などからもエネルギーが噴出しているのを何度か見ていたからだ。それ故に準備した、アダマンタイト製の大盾である。
漆黒の逆十字と炎の柱が、お互いの意を貫いて鬩ぎ合う!
『舐めるなよ小僧ッ!!』
炎帝は怒りに任せ、炎の勢いを高める。レーザービームの太さも、熱も、全てが一つ上のレベルになった。それこそ大魔法に匹敵するレベルだ。
……アダマンタイトは非常に重い。故に宗介は、どうしても大盾を薄くせざるを得なかった。そうでないとマトモに動けず、当然ながらランサーの上から大跳躍など出来ようもないのだから。これは、シュヴァルツェアレーゲンを二門も担いだせいで無様を晒してしまったことを教訓としたものだ。
その為、大盾がドロリと融解し始めたことは仕方が無いだろう。
故に宗介は、今まさに眼前を埋め尽くす死の本流に――――より一掃悪魔的な笑みを強め、端的に唱えた。
「“アイギス”、起動」
瞬間、赤熱した盾を捨てて伸ばした右腕の魔石が輝き、透明な魔力障壁が展開される。
竜の息吹をも防ぎ切った、虎の子の結界装置だ。
連続の使用こそ出来ないが、前面に張られた波紋を浮かべる無属性の魔力障壁は、勇者の魔法をも防ぐ強度の盾で宗介を守護する。
『ば、馬鹿なっ』
「奥の手の一つや二つ、持ってるもんだろ?」
ニヤリと嗤い、重力に身を任せて巨人へと迫る宗介。
仮にも“火の大精霊”が放った炎の威力は絶大で、みるみる内に結界にヒビが入っていくが――――遂に、その炎が収まるまで耐え切った。
極太のレーザービームが細くなり、消えていくのと同時に、展開された魔力障壁も粉々に砕け散る。その内に居た宗介は無傷だ。
そして死の本流から解き放たれた彼は、真っ直ぐ落下しながら……左手に装備した巨大な大筒を唸らせる。
ギュイイィィッッ!!
左腕と一体化するような造りの、外側にゴテゴテとした機構が幾つも付いた凶悪極まりないフォルムの兵器。
先端から高速回転する極太の杭が覗くそれは、“パイルバンカー”だ。
鮮血姫戦で使用し、その後とりあえず改良を加えるも使用する機会が無かったそれを、三体の巨大ゴーレムに戦わせている間に更に強化したのである。
火の魔石を利用した爆発を以って撃ち込む杭は、当然ながらアダマンタイト。逆十字盾をパージすることでリミッターが解除され使用可能になる仕組みだ。
「木っ端微塵に、砕け散れ」
宗介はその凶悪な兵器を、落下の勢いまで乗せて、仰向けになった巨人の心臓部……十字に刻まれた切創のど真ん中へと、叩き込む。
――――ズドォンッッ!!
天辺の廃炎口から火山の噴火にも劣らないバックブラストが噴き上がり、放たれた漆黒の杭が心臓部に突き刺さる。
流星の如く墜とされたその一撃は、切創に沿う形で、巨人の胸部装甲をバラバラに砕き割った!
その威力たるや、迸った衝撃波だけで内側のマグマをも穿ち、その向こうの地面にまで放射状に亀裂を刻み込む程。圧倒的な破壊の権化である。
そうして穿たれた大穴から、ポロリと赤い魔石が飛び出す。傍に除けられていたそれをエリスが操って押し出したのだ。
宗介はそれを右手でしっかりと掴み取るや否や、左腕のパイルバンカーを放棄して跳躍し、巨人の胸に刻まれた穴の中から退避。決戦場のど真ん中に降り立つ。
『おのれ、おのれおのれおのれェッ!!』
「はっ、俺の勝ちだ、炎帝」
義手のギミックの一つ、鉤爪をも使用し、その“隷属の呪印”が刻まれた魔石を眼前に掲げた。
これにゴーレムの起動式を刻み込み呪印を上書きすれば、勝利である。
もはや目前まで迫ったそれに、思わず頬を緩める宗介。
しかし……
「ッ! 一度退けっ!! 焼き尽くされるぞ!!」
そんな、【直感】で何かを悟ったのか切羽詰まったようなフォルテの声が届くと同時。
『舐めるなァ!! 《ラストフレイム》!!』
呪印がカッ! と紫の光を放った瞬間、炎帝ヘリオスの魔石から全方位に灼熱の炎が迸った。
勿論、魔石を掴んでいた宗介は、逃げることすら出来ずその炎に巻き込まれてしまう。
……それは言わば、ロウソクの火がその命を終える寸前、一層激しく燃え盛るようなもの。
敗北を悟った炎帝の、正真正銘、奥の手である。宗介が奥の手を持っているのなら、彼もまた同じように隠していたのだ。
巻き込まれた宗介は恐らく無事では済まない。故に炎帝は、してやったりという風に燃え盛る炎に包まれた少年を見る。
――――嗤っていた。
「おいおい、熱いじゃないか。えぇ?」
『き、さま……! 何故、耐えているっ! 吸血鬼だろう!? 何故、何故嗤っていられる!!』
炎帝は声を荒げてその事態を否定する。しかし現実は変わらない。
宗介は、口の端を吊り上げながら答えた。
「お前のこと、図書館の本に何でも書いてたからな。対策してきたまでだ」
彼が纏う耐火のマントと、彼の右目を護るように覆う左手小指に輝く、一つの指輪。宗介が買ったものと、先程、祈りと共にエリスが託してくれたものだ。
二重の炎対策は、確実に炎帝の炎を弱めてくれる。
しかし仮にも大精霊。宗介を覆うのはそんな加護など軽く突破する炎だ。その証拠に彼の露出している素肌はジリジリと燻り、燃えている。
また吸血鬼は炎が弱点であり、半分人間とはいえ吸血鬼の宗介にとって身体が燃えるということは、即ち死に直結する苦痛となる。それを炎帝も分かっているからこそ、今の光景を否定するのだ。
ではどうして耐えられているのか? それはひとえに、彼自身の耐久力だろう。
――――宗介には二つの強みがある。
一つは、ゴーレムを創造する力。異世界の技術をも取り込み、更にエリスの力やフォールン大空洞で培った技術により、ゴーレムが抱えた致命的な問題を解決したそれは、きっと他の勇者達にも匹敵する。
もう一つは……そう、耐久力だ。
憎き北池達との特訓によって獲得した技能、【痛覚耐性】。そして鮮血姫によって片腕片脚を捥がれ、許容量を超えた痛みのせいで覚醒した【痛覚遮断】という技能。
更にステータスの一つ、“耐久”も、やはり北池達の特訓によって伸び、半吸血鬼化によってブーストされ、そしてレベルアップしたことにより人外の域にまで到達している。
「実は俺、身体を焼かれる程度なら耐えられるんだが…………あぁ、言ってなかったな」
『ッ……! 馬鹿げているっ』
宗介は犬歯を晒して笑う。
しかし内心はかなり苦痛に悶えている。やはり弱点を突かれていることもあって、【痛覚遮断】さえも突き破ってきているのだ。
顔の右半分を覆う左手も、服が燃えて端から崩れ落ち剥き出しになった腕や右脚も、覆い隠せていない顔の左半分も、間違いなく痛みを訴えながら焼かれていく。義肢は着実に融解していく。
一番魔石に近い左腕は、明らかに炭化し始めている程だ。それ以外も脂肪が熱されて破裂し、無数の裂傷を刻む。生憎と血などは出ない。蒸発するので。
【痛覚遮断】を突き破る苦痛……即ち、四肢欠損と同等以上の苦痛だ。恐らくだが、二度と消えない致命的な火傷の痕が残るだろう。
それがどうした? と、宗介は内心で吐き捨てる。
火を司る神と言ってもいい存在に戦いを挑んだのだ。もとより、無傷で勝てるとは思っていない。
左腕が炭化する? 大火傷が残る? もとより片腕片脚を喪っている以上、詮無きことだ。
無茶? もとより宗介は最弱だ。その最弱が最強に勝つならば、多少の無茶は必要だろう。
「俺は、手の平の上で踊らされるのは大嫌いだが、逆は結構好きなんだよな。さあ、俺の勝ちだ炎帝ヘリオス――――《刻印》」
身体を焼かれながら、宗介はその宣言と共に短い詠唱を唱える。
そう、全ては文字通り、彼の手の平の上。故に勝利は揺るがない。
殆ど融解した右手とその手に捕らえられた魔石が、銀の光に包まれた。
光は一瞬、紫色の光と鬩ぎ合うが……やがて銀光が紫の光を呑み込み、晴れる。
――――魔石から溢れていた炎が、欠片も残さず霧散した。
『やってくれたな、小僧』
「そう言うなよ。魔王の支配から解放してやったんだ、感謝こそすれ恨まれる筋合いは無いぞ?」
『…………ふん』
殆ど融解した右手から、フワリと魔石が浮き上がる。六芒星を有した円環と歯車のような円環が重なる、立体魔法陣が刻まれた魔石が。
それを見届けた宗介は、ガクリと膝を突いた。
衝撃で炭化した左手が崩れ落ちる。他の部分も、火傷と言うには些か酷すぎる有様だ。
しかし、生きている。
「っ、ソウスケ……っ!」
「だ、大丈夫か!?」
背後から響く足音は、当然ながらエリスとフォルテのものだろう。不安気な声に宗介は、ゆっくりとだが自己修復機能によって元の形を取り戻しつつある右手を掲げ、肩越しにサムズアップを返して答える。
ここに、“トリッド活火山”攻略が証明されたのだった。
やっと主人公が世界最強になります。
長かった……。




