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二五 決戦場へ

「耐えれるもんなら耐えてみな、雑魚共」


 魔物達に向けられた、高速で回転する十二の砲口。


 Lancer(ランサー)の駆動音にも似た轟音を二重に響かせ、機関部で白煙を燻らせるその黒い兵器達が、はたして一体どういったものなのか……魔物達には理解出来ず、訝しげながらも宗介を屠る為、一斉に飛びかかった。


 そんな魔物達とは裏腹に、その兵器の概要を【直感】によって理解したフォルテは即座に顔を青ざめ、「なんてものを!!」と目で訴えながらその場に伏せる。


 宗介がどういった武器を使うのかを良く知っているエリスもその兵器の力を察したのか、素早く彼の後ろに移動し、ついで地面から盾を作り出して背を守った。


 二人の察しの良さに心の中で有難く思いつつ、宗介は万を時して、両腕に担いだ“シュヴァルツェアレーゲン”のトリガーを引く。


 その瞬間。


 ドルルルルルルルッ!!!


 弾頭を特殊な形に加工することによって岩をも抉り削るソニックブームを纏った、アダマンタイトコート三十ミリ爆裂徹甲弾の雨が解き放たれた。


 いや、もはや“雨”などと言う域ではない。強いて言うならば、薬室から次々と排出される薬莢が雨にも見えるか。


 その勢いは大瀑布の如き代物であり、薙ぎ払うようにばら撒かれた破壊と殺戮の数たるや、“弾幕”というものを超えて“壁”を作り出す。


 その壁に触れた魔物の運命は、ただ一つ。


 一発で一匹など生温い! という風に、ただひたすら万物を貫き爆散させて直進する“漆黒の雨”が、たった五秒の掃射で二千の魔物を……いや、三千の魔物を肉片へと変えた。


『ク、クククッ! 何なのだその武器は、実に面白いではないか!』


 心底楽しそうな“炎帝”の声が、宗介達の頭に響く。


「だろ?」


 ニヤリと嗤い、ジャコンッ! と二門の顎門を、何処かから見ている“炎帝”に向ける宗介。


 言外に、「次はお前だ」と宣言する。


 そして左脚のパイルバンカーを地面から引き抜き、再度撃ち込んで身体を固定。先の暴虐の嵐を目の当たりにして硬直していた魔物達へ向けて、全く同じ暴力の権化を解放した。


 巻き起こる、白煙と硝煙と弾丸と薬莢と、そして龍の咆哮が如き爆音の嵐。


 嵐の只中に居る魔物達は、その悉くを肉塊に変えられ墜とされる。勿論、死んでたまるかと逃げ回る魔物も居るが……逃げ切れる者など数える程しか居ない。すぐに血肉を四散させて絶命していく。


 ど真ん中に弾丸を喰らい、ソニックブームも含めた全てのダメージを一身に受けて爆発するか、もしくは衝撃波だけで翼を捥がれて地に墜ちるブレイズバット達。


 アダマンタイトの鎧を嘲笑うかのように貫く弾丸に、為す術もなく粉々にされるアダマントポッド。


 火を吹いて応戦するもソニックブームで掻き消されるか、もしくは魔法核が破壊されてブレスが霧散し、身体の何処かを弾丸で穿たれ半身を消し飛ばすサラマンダー。


 圧倒的であった。


 ――――やがて、けたたましい駆動音が尻窄みになり、完全に止む。


「ハッ、雑魚共が」


 気休め程度に機関部に取り付けられたラジエーターと砲口から白煙を上げるシュヴァルツェアレーゲンを……及びその威力を、見せつけるかのように振るい残る薬莢を飛ばす。


 打って変わって静寂に包まれた空洞に、カラン、カラァンと硬質な音が響いた。


「馬鹿げている。なんだその威力は……」


 すぐ側で地に伏せ、頭上を飛ぶ黒い雨からその身を潜めていたフォルテが、なんとも疲れ切った表情を浮かべて立ち上がった。流石にこれ程までとは、【直感】を以ってしても予想しきれなかったのかもしれない。


 宗介は反動に耐えるべく地面に突き刺していた左脚の杭を引き抜き、イタズラっぽく嗤う。


「いい威力だろ? 破壊力はロマンだ」

「馬鹿だろう?」

「ハッ、男のロマンは女には分からんだろうな」


 そしてガコンッと巨大六連回転砲を肩に担ぎ直し、ほんの少し生き残った魔物達を睨みつけた。


 それだけで撃ち漏らしたコウモリやトカゲが、脱兎の如く逃げ出した。数基のフジツボは甲殻の中に閉じ籠りその身を隠す。


 流石にそれらを一々追うのも面倒なので、宗介は放置することにしたが……瞬間、放たれた石礫が背を向けた彼らを襲い、瞬時に絶命させた。


 宗介の後ろを守っていたエリスの、極シンプルな地の魔法だ。派手の“は”の字も無いが、単純な威力は十分である。


「ひゅう、ナイスショット」

「……ソウスケこそ。一人で一万は倒した」

「お前も本気出したら、単身で万くらい相手取れるだろうに」

「ん……それよりも」


 エリスはチラリと、宗介の肩に担がれた化け物兵器を一瞥する。


「……アダマンタイト、どう?」

「や、素晴らしいの一言だな。ここまで来た甲斐があったってもんだ。それもこれもエリスのお陰だ、ありがとな」

「んっ……」


 ほんの少し、満足気に頬を緩めたエリスに、どこか愛らしく感じつつ。


 宗介は目を細めて空洞の一角に空いた道に目をやった。


 その先には、恐らく“炎帝”が居る。


「さて。本当はここらで各武装の強化を済ませてから挑みたい訳だが……」

『あり得ん、オレは待つのが嫌いなんだ。貴様らの力も見せてもらったからな、疼いて疼いて仕方がない! さあ来い、早くオレの元に来るがいい!』


 宗介は頭の中で響くその声に小さく舌打ちした。


 この空間に強制転移させられたのは、炎帝に見定められたが故。その彼が試練と言って用意した魔物達を全滅させたのだから、炎帝と戦うことになるのは当然なのだ。


 さて、どうしたものかと思索し始め……その瞬間、洞窟がズシンと揺れ、各所から可燃ガスやマグマが溢れ始めた。


 宗介は思わず表情を引き攣らせる。


「おいおい、マジかよ」

「迷宮の主が、昂ぶってるから……」


 どうやら、のんびり武装強化やゴーレム創造に時間を割いている余裕は無いらしい。


『そこは直に炎で埋まるぞ? さあ、オレの元まで来るがいい。それとも、無理矢理追いやってやろうか!』


 炎帝が昂ぶっていくのに合わせて壁や地面に亀裂が奔り、ドバッとマグマが流出してくる。


 しかもそれは紅蓮の泉を作るや否や、まるで意思を持ったように動き一個の生命体を模った。


 大気に触れた表面のマグマが固まり、みるみる内に黒い鎧を纏ったそれは、巨人である。


 額からは焔を纏った二本の角が巨大ロボットのアンテナの如く後方へとねじくれながら伸びており、宗介を軽く握りつぶせそうな手と大樹のように巨大な腕は、内に宿したマグマの熱で赤熱化していた。さながら“バーンナックル”と言ったところか。下半身は未だマグマの池に沈んだままだが、それも姿を表せば一体何メートルになるのかも定かではない。


 黒い鎧の間接部や胸の中心には脈動する紅蓮の輝きが見えており、少なくとも並の存在ではないことを物語っている。


 その尋常ならざる巨人の目が、赤い炎を宿してギラリと輝いた。


「ゴォォオォオアァァアアッッ!」


 火山が噴火でもしたようなズンと響く咆哮に、宗介達は眉を顰める。


 ――――言うなれば、灼熱の国(ムスペルヘイム)を護る巨人。


 ただの魔法体、魂無き人形だというのに、その威圧感は圧倒的だった。それもその筈。この巨人は、かの名高き大精霊“ヘリオス”の使い魔なのだから。


「あ、あれはマズいだろう!? どうするんだ!?」

「分かってるっつーの!」


 およそ人間では勝てないであろう存在に、あたふたとするフォルテ。そんな彼女に毒をつきながら、宗介はおもむろにシュヴァルツェアレーゲンを構え直し、引き金を引いた。


 ドゥルルルルルルルンッッ!!


 右のガトリング砲は巨人の左腕を、もう片方は巨人の心臓部――――“龍脈眼”が示す魔法核を吹き飛ばさんと、レーザービームのように火線が迸る。


 トリガーが引かれた時間は、ほんの数秒。されど音速を超えて疾走する無数の弾丸群は、文字通り瞬く間に巨人の左腕を吹き飛ばし、心臓部に巨大な風穴を穿った!


 大きく抉られた巨人の身体からは、まるで血のように紅蓮のマグマと炎が零れ落ちる。


「煩い木偶人形が、黙ってろ」


 膨大な反動に吹き飛ばされそうになりつつもなんとか堪え、犬歯を晒して嗤う宗介。両手がシュヴァルツェアレーゲンで塞がっていなければ、親指を真っ直ぐ(地獄)に向けていただろう。


 ……しかし、その顔は直ぐに訝し気のものに変わり、そして苦虫を噛み潰したように歪んだ。


「……再生、してる」

「チッ、そういうことかよ。マグマだっつーなら当然か」


 そう、傷口が修復されだしたのだ。


 ドロリと零れたマグマが腕の形をとり、胸部の孔を埋め、また新たな鎧を作り出す。撃ち抜かれた筈の魔法核も元通りである。


『オレを止めぬ限り、それは幾らでも再生するぞ? 無駄に戦って命を散らすか、それとも万に一つの可能性を信じてオレと戦うか……さあ選ぶが良い!』


 炎帝の声が響くと同時に巨人が唸り声を上げ、その赤熱した腕を宗介達に向けて振り下ろす。


 宗介は舌打ち一発、二門のガトリング砲を以ってその腕を迎撃。後ろに飛んで反動を殺しつつ、やはり木っ端微塵に吹き飛ばした。四散し降り注ぐマグマと岩の雨は、エリスによって張られた岩の盾が防ぐ。


「どうせ再生するんだろうな、クソ。マグマの勢いも増してきてるし早くここから脱出するぞ。エリス、ランサーと虎徹の召喚と、落ちてる鉱石や魔石の回収を頼む」


 指示を受けたエリスは小さく頷き、指輪から二機のゴーレムを取り出す。


 それを横目に、宗介は盾越しに“龍脈眼”が示してくる巨人の攻撃に備え、脚のパイルバンカーを地面に撃ち込んで腰を落とし、身体の左右にシュヴァルツェアレーゲンを構えた。


 そんな、巨大さ故の劣悪な取り回し性に内心で「やりすぎたな」と思う彼を襲う、巨人の攻撃。


 盾を砕いて迫ってきたのは、砕かれた腕から伸びるマグマの鞭だった。


「……おいおい、マジかよ」


 宗介は途端に顔を青くし、パイルバンカーを引き抜きにかかる。


 エリスが別の事に取り掛かっている以上、あのマグマの鞭をガトリング砲で迎撃したら最後、撒き散らされ降り注ぐであろう炎の雨を防ぐのは困難だ。


 一応、耐火のマントがダメージを軽減してくれるだろうが、融解した岩石の温度を防ぎ切れるとは思えない。そうでなくともマグマには質量がある。質量攻撃は流石に、マントでの対処は不可能である。


 防ぐなら、少なくとも“アイギス”の使用は必須。しかし炎帝戦が控えている以上、迂闊には使えまい。あれは乱用できない虎の子なのだ。


 何とか撃ち込んだ杭を引き抜いた宗介は、とにかく全力でその場から飛び退く。


 いや、飛び退こうとしたのだが……


「っ、くそッ!」


 アダマンタイトという重い鉱石によって創られた、二メートルを優に超える二門の巨砲。


 ――――ロマンを求めたが故の劣悪極まりない取り回しが、咄嗟の退避を許さない。


 明らかに動きが鈍い宗介に、しなる灼熱の剛鞭が問答無用で襲いかかる!


 せめて被害を最小限にしようと、宗介は両腕の巨砲を身体の前で交差させて即興の盾とする。仮にもアダマンタイト、その強度と耐熱性があれば物理障壁くらいにはなる。


 勿論、衝撃そのものと、粘性の高いマグマが纏わり付いてくることは防げないだろうが……


「ええい、油断するなっ!!」


 刹那、横合いから飛び出してきたフォルテが焔の鞭を断ち斬った。


 半ばから分断された鞭の先端は振るわれた勢いのままに飛んでいき、宗介を叩き潰すこと叶わず、彼方の地面に叩きつけられてマグマの水溜りを作るに終わる。


「すまん、助かった!」

「全く、全く! そんな大きな武器を持っているのだから当然だろうにっ!」

「いやはや、やっぱり一門だけにしとくべきだったと反省してるよ」

「そういう問題か!? 死にかけたというのにっ!」

「ロマンを放棄するのはバカのやることだ」


 悔しそうに唸る巨人のもう片方の腕、二人は軽口を――フォルテは割と必死だが――交わしつつ、素早く飛び退き回避した。


 そして危なげなく着地した二人の間に、フォルテ側に気に入らなさそうなジト目を向けたエリスがぬるりと姿を現す。


「……準備、できた。魔力も供給したから、いつでも動かせる」


 ランサーの事を言っているのだろう。宗介は満足気に頷き言った。


「グッジョブ、エリス。よし、お前ら二人はランサーに乗れ」


 同時、【遠隔操作】を行使して二機のゴーレムを走らせる。ランサーはそのシザーズドアを鋏のように開けて、虎徹参式は背中の装甲を展開させてゴテゴテした機構を剥き出しにしながらだ。


「了解したが……あの鋼の馬車は二人乗りだろう?」

「……ソウスケは?」

「俺は車体の上で迎撃する」

「……分かった」


 そう頷き了解するや否やエリスとフォルテは、けたたましいエンジン音を鳴らして駆け付けた無人のランサーに素早く乗り込んだ。


 それを尻目に、ランサーに追随してきた虎徹参式の背中――――展開された装甲から飛び出したゴテゴテの“銃座”に、右手で担いだシュヴァルツェアレーゲンを乗せて固定する宗介。


 虎徹参式には元々、様々な武器を搭載する予定であった。しかし、今までは宗介本人の武器以外に回せるだけの“火の魔石”が無かった為、後回しにされていたのだ。


 巨大兵器を二つも担いだせいで無様を晒した以上、使わない手は無い。


「さあ、行くか。舌噛むなよ!」


 ガトリング砲の片割れを虎徹参式に任せた宗介はランサーの車体に飛び乗り、【遠隔操作】によって鋼の車体を疾走させる。背に巨砲を担いだサーベルタイガーもそれに並走し、一行は真っ直ぐ洞窟の一角へ……炎帝が誘う一本の道へと駆け出した。


『それで良い! 無事、オレの元まで辿り着いて見せろ!』


 頭の中で炎帝が楽しそうに声を上げるのに合わせ、彼らの背後から巨人の咆哮が響き渡る。そして空洞全体が激しく振動を始めた。


「ハッ、言われなくても。テメェこそ怖気付いて逃げ出すなよ!」


 義手の指をガッシリと車体に引っ掛け、振り落とされないようにしがみ付きながら、宗介は【遠隔操作】でランサーのエンジンを激しく鳴らす。


 すると各部装甲が展開し、銀の車体に金色のラインが奔る。同時に鋼の虎も咆哮を打ち鳴らし、各部排煙口から白煙を上げた。


 金色の尾を引いて急加速したランサーと、チーターを嘲笑うようなスピードに達した虎徹参式は、ゴォッと迫ってきた巨人の手を軽くぶっちぎり、逃がさんと言わんばかりに振るわれたマグマの鞭を急制動をかけて躱す。


 そしてそれに留まらず、宗介は龍脈眼が示す魔法の反応に任せギュルリとハンドルを切り、【遠隔操作】で命令を下して虎徹参式をランサーとは別の方向に跳躍させる。


 刹那、すぐ傍の地面が赤熱、爆発しマグマが噴き上がった。直進していたら間違いなく飲み込まれていただろう。


「座標攻撃か!」


 続く魔法の反応に、ドリフトをかましつつランサーを激しく蛇行運転させる。虎徹参式もステップを踏むようにジグザグに走行する。


 すると、ボゴン、ボゴンッと連続して噴き上がるマグマが一行の後を追ってきた。


「…………酔、う……っ」

「うぷ……こ、これは……!」

「すまん、我慢してくれ!」


 車内の二人はどうやら、大分グロッキーな状態なっているようだ。右に左に振り回されるのだから当然である。


 しかし止める訳にもいかない。座標攻撃である以上、進路上に魔法を置かれれば一巻の終わりなのだ。


 ならば宗介は、時にその小規模な噴火の衝撃までも使って巧みにハンドルを操作して躱していく。


 その超絶挙動たるや、義手のパワーを以ってしても振り落とされそうになるほどだ。宗介は全力でしがみつき、果ては義足内蔵のパイルバンカーをランサーの屋根に撃ち込んで身体を固定した。


 激しいGに全身を揺さぶられると思ったら、唐突に運転席と助手席の間を杭が貫くのだから、車内はもはやカオスである。


「うおぉっ!? なんだいきなり!?」

「……っ、ソウスケ、危ないっ」

「すまんが、こうしねえと俺が振り落とされるんだよっ!」


 そのカオス空間を作り出してしまったことに軽く謝りつつ。


 そんな彼らを乗せた物と、巨砲を背負った、ただひたすら巨人と噴水を背後に疾走する二機のゴーレム。


 やがて彼らは、空洞の壁に穿たれた唯一の脱出経路に辿り着く。広さとしては、ランサー二台がギリギリ並走できる程度か。


 見ればその先は、かなり急な上り坂となっているらしい。目算では軽く三十度を超えていそうな急勾配だ。


 しかし、ランサーや虎徹参式の疾走はその程度では止まらないし、何よりも選択肢が他に無い。故に彼らは、意を決して突貫する。


 勿論、他の場所を通る筈が無いのだから、その道の手前に魔法が置かれるのは必然。


 ポウッ、と道の入り口が赤熱する。


 しかし……


「エリスッ!」

「んっ、地よ――――」


 地盤を固めてしまえば、噴火が遅れるのもまた必然。


 そして地盤の操作は、エリスの領域。弱点である火に囲まれ、さらに炎帝のテリトリーに居たとしても、彼女の力は健在である。


 “エネルギー”と“固体”という、根本的に違うモノを操る二つの属性は、せめぎ合い相殺することはないが……それでもエリスが一瞬だけ固めた地盤は噴火のタイミングを遅らせ、宗介達が最後の関門を突破するだけの時間を作り出した。


「っし、ナイス!」

「……この程度、朝飯前」


 金色の尾と白煙の尾を引いて、二機のゴーレムが孔に飛び込む。その直後、彼らの背後で大噴火が起こった。


『やるではないか!』


 炎帝の楽しそうな声と巨人の悔しそうな唸り声が、煙突のように設けられた急勾配のトンネルに響き渡る。


 背後に目をやれば、噴火を物ともせずにトンネルの入り口を砕いて登ろうとしてくる巨人の姿が見えた。


「はは、無茶しやがる」


 大きな手や赤熱した角で、ゴリゴリと壁を広げながら身をねじ込ませてくる、狂戦士染みた巨人の姿に呆れたように苦笑いした宗介は、やはり【遠隔操作】でゴーレム達に指示を下す。


 まず、ランサーの車体後部から三つの刃が飛び出した。エンジンの振動によって超音波ブレードのように高速振動している刃だ。


 次いで、ランサーに追随してトンネルを駆け登る虎徹参式の背中……シュヴァルツェアレーゲンの砲口が、ぐるりと後方に向けられた。同時に六つの砲身が高速回転を始める。


 最後に、宗介自身もランサーの上で器用に姿勢を変え、上体を半分起こしたスパインポジションと呼ばれる姿勢でガトリング砲を構えた。


「諦めな、木偶野郎」


 そして……おもむろにランサーの超振動ブレードを伸ばし、車体両側の壁を削り始めた。


 ガリガリガリガリッ!! とトンネルの壁に大きな傷が刻まれてゆく。


 更に追い打ちをかますように、二機のゴーレムの上でシュヴァルツェアレーゲンが火を吹き、破壊の嵐を解き放った!


 狙いは左右の、ブレードに抉られた傷跡の周り。岩をも砕く弾丸達が無数の穴を穿ち、トンネルの壁に巨大な亀裂を迸らせていく。


「……ソウスケ、考えること……えげつない」

「褒め言葉だな」


 ニヤリと嗤う宗介の奇行の意味を悟ったのか、エリスがさりげなくその破壊を魔法で後押しする。


 宗介も右手で懐から手榴弾二つを取り出し、破壊の痕跡近くに放り投げる。


 そして素早くシュトラーフェを抜き撃った。


 ズガガァンと爆裂音が響いた瞬間。


 ――――トンネルの壁が、一挙に崩落する!


 崩れ落ちた重さ数十トンの岩石達は、未だに麓でもがく巨人の頭へと落下し、その先で岩のバリケードを形成する。


「ゴォオ、ガァアアアア……!!」


 心底恨めしそうな巨人の慟哭が彼方から響き渡り、宗介は満足気に口笛を吹きながらその破壊の跡を睥睨した。


「ひゅぅ、絶景」

「あれなら、もはやこっちには来れまいな。全く、なんてことを……」

「……ん。でも、まだ油断は出来ない。ここはヘリオスの領域」


 ランサーの上と中で交わされる、どこか余裕そうな言葉。しかしエリスが言うように、油断は禁物だ。


 ともかく、宗介はランサー後部のブレードを仕舞いながら、登りトンネルの先に目をやる。


「さて、炎帝ヘリオス。試練とやらは突破してやったぞ? このまま行けばお前に会えるんだろうな?」

『クク、安心しろ。オレはずっと、その先で待っているとも。それよりも――――』


 宗介の問いに含みのある答えが返されたと同時、火山全体がズシンと揺れた。


 その振動は止まず小刻みにトンネル内を揺さぶる。パイルバンカーを撃ち込んでいる宗介は、振り落とされることはないが、何と無く嫌な予感を感じた彼は恐る恐る背後を振り返ってみる。


 瞬間、「マジかよ……」と悲哀に満ちた声を零した。


『いつ、オレが、試練は終わりだと言った?』


 ニヤリと嗤い返されるような声が響くが、宗介にそれを気にしている余裕は無い。


 何故なら、紅蓮のマグマが、岩のバリケードをも呑み込んで駆け登ってきていたからだ。


 つまり、このトンネルは元よりマグマの通路だった訳だ。そして宗介達は、まんまとそこにおびき寄せられた……と。


「お、おい。今度こそ命の危機を感じるのだが?」

「同感だな、俺もだ」


 頬を引き攣らせ、車内からの声に言葉を返す宗介。


「……やってくれる」

「全くだ、ちくしょう」


 マグマの本流はランサーを優に超える速度で登ってくる。このままでは全員、炎に飲み込まれてお陀仏だ。


 怒りを露わにギリッと歯噛みした宗介は、もう辛抱ならん! と叫び、義足の装甲を引っぺがすという暴挙に出た。


 そして露出したエンジンに輝く、拳大の赤い魔石を取り出す。


「クソ大精霊が! 俺は手の平の上で踊らされるのは大嫌いなんだよ!!」


 そして怒りの鉄拳をランサーに叩きつけ、車体後部に搭載されたエンジンを覆う装甲を展開させた。


 本来は、メンテナンスの為に開かれるその装甲。そこを開ければ当然、このゴーレムにとって命とも言える内燃機関部が解放される。


 ……さて、その機関部だが、一つ隠し要素がある。


 高馬力エンジンの横に空いた、拳大の空洞だ。


 宗介はその空洞に、義足から取り出した魔石をはめ込む。これこそが隠し要素解禁のトリガーであり、リミッター解除の合図であった。


「……テメェのクソみたいな試練、真正面からぶち抜いてやるよ」


 機関部装甲が直された瞬間、車体に奔った金のラインが赤く染まる。


 更に各部装甲が展開、変形し、全面が極限まで空気抵抗を削った形となり、後方に巨大なウィングが現れた。


 そして鳴り響く、スポーツカーのエンジン音を遥かに凌駕した轟音。


 キィィィ――――と、車体後部のマフラーに紅蓮の光が灯った。


 後方を走る虎徹参式に義手からワイヤーを飛ばし回収、窓からエリスの指輪に収納させた宗介は、たった一言の命令を下す。


 即ち……


「吼えろ」


 ……と。


 瞬間、マフラーがジェット機のアフターバーナーの如く火を吹き更に加速した!


 赤い光と炎の尾を引き一直線に駆ける姿は、ゲイ・ボルグやらグングニルと呼ばれる伝説の投げ槍の如く。


 マグマの本流を置き去りにし、トンネルの出口へと疾走する。



 ――――つまるところ、宗介の義足から取り外した魔石は“ニトロ”なのだ。


 代償として、このニトロブースターを使っている間は義足のエンジンが使用不可能となり運動性能が著しく低下するが……そもそも大概の場合はランサーに搭乗している為、問題にはならない。


 その加速たるや、あまりのGに、もはや喋ることも叶わないが……たった数秒でトンネルの出口へと辿り着く程だ。



『ク、ハハハハッ! 流石だ、素晴らしいではないか!』


 宗介は、歓喜の声に苛立ちを浮かべつつ、トンネル突破に身構える。この速度でこの角度を駆け上がれば、まず間違いなく飛ぶ。


 そして身構えたと同時、もはやカウントする間もなくランサーはトンネルを走破し、その身体を宙に浮かせた!


 飛び出した先は――――火山の火口。


 下を見れば、波打つマグマの海に幾つかの島が浮かんでいて、上を見上げれば火山性の雷を纏った噴煙の柱が登っている。


 そして“炎帝ヘリオス”は、炎の巨鳥、フェニックスの姿で物理的に浮かんでいる。


「よぉ、来てやったぜクソ野郎」

『良くぞ試練を乗り越え、ここまで辿り着いたな、勇気ある挑戦者よ!』

「ハッ、ほざいてろ」


 弄ばれた怒りのまま、宗介はシュヴァルツェアレーゲンの砲口を巨鳥の心臓部――――紫色の怪しい紋様が刻まれた魔石へと向けた。

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