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二二 ストーカー狩り

 富裕層向けの豪華な服飾店から、一人の女性が出てくる。


 金色のポニーテールをシュンとさせ、心の底から疲れ切った顔をした軍服の彼女。聞く限りでは、名をフォルテと言ったか。


「……結局、流れで買わされてしまった。しかも、あの二人組の情報は聞けず終い。うぅ、酷い目にあった……」


 一体、店の中でどのような辱めを受けたのだろう。碧色の瞳が若干潤んでいる。ふと、手にした袋に視線を落とした彼女は、カァーっと瞬く間に顔を赤に染めた。


「こ、こんな…………ど、ど、ドレスなど、私のような色気の無い女が着るものではないだろうっ……!」


 あり得ない! と内心で叫びつつ通りの真ん中で頭を振る彼女に、通行人の注目が集まっていく。しかし当の本人は気付いていないらしい。


「しかし、しかし、鏡に映った私の姿は……アリだったのではないか……?」


 着せ替え人形にされていた時のことを思い返し、その時に見た自分が余程“良かった”のか、惚けたように頬を緩める女騎士。大分崩れた……酷い表情だ。それでも十分に見れるのは、元が美形故か。美人はどんな表情をしても美人なのだ。


 と、通行人の視線に気付いたのか、キョロキョロと見回した後、大きく咳き込んで平静の顔に戻った。少しだけ羞恥の色が残っているが。


「くっ、職務中だと言うのに何をしているのだ、私はっ」


 そして再度辺りを――――誰かを探すように見回した女騎士は、そそくさと一つの路地に足を運んだ。


 単純な恥ずかしさから逃げ出したかったのか、それとも誰かを探しているのか。抜き身の刃のような雰囲気に戻った女騎士は、人気のない薄暗い道へと消えていく……



「なんであいつ、一人百面相してんだ……。いや、それでも直感は健在と。迷うことなくエリスが居る方向に向かって行きやがった」


 屋根の上で気配を消して女騎士を眺めていた宗介が、小さく呟く。普段は傍に控えている少女の姿は無い。


 エリスには今、心底申し訳ないのだが、“撒き餌”となってもらっているのだ。


 あの女騎士をとっ捕まえ、後をつける理由を聞き出す為に。


「ミイラ取りがミイラになるとはよく言ったもんだ、ったく。あぁ面倒臭え……」


 宗介は小さく舌打ちしつつ、路地に入った女騎士を――――如何な理由かは知らぬが自分達を探す女騎士を、屋根の上から静かに追いかけた。




 ◆




 入り組んだ細い路地裏を、【直感】に身を任せ迷うことなく歩いていた女騎士フォルテが、不意にその足を止める。


 目の前の曲がり角の、さらに向こう。


「……居る」


 そこに探していた輩が居ると、愛する母の“血”によって授かり、そして幼少の頃から何度も命を救ってくれてきた【直感】が訴えている。同時に、何か不穏な空気も。


 探している二人組は底が知れない以上、警戒するに越したことはないだろう。朝ははぐらかされたが、本当にトリッド東の魔物大量虐殺に関わっている可能性もあるのだ。むしろその可能性の方が高い。


 何が起こってもおかしくはない……そう言い聞かせて小さく深呼吸し、【直感】に乱れが起こらないよう十全に精神を統一させる。


 左手に持ったドレス入りの袋は少々邪魔だが、今はいい。戦闘になれば手放すだけであり、いざという時は投げ付けて牽制くらいにはなる。


 流石に騎士としてどうなのか、という戦い方ではあるが、知ったことではない。使える物は全て使う。幼少の頃から生きる為(・・・・)に培われてきたもの、そう簡単にその感覚を変えられはしない。


「こんなだから、私は平騎士止まりなのだろうな」


 自虐的に呟かれたその言葉は、誰に向けたものでもなく。


 出来ることならば、自らが剣を振るうような事態になってくれるな……そう内心で祈りつつ、フォルテは路地裏の曲がり角を曲がる。


 そこには、一人の少女が居た。


 道に放置された木箱に腰掛け、手持ち無沙汰に脚を揺らす銀髪の少女。眠たげに細められた目から覗くサファイアの瞳は、何処を見るでもなく虚空へと向けられている。長い銀髪は、路地裏を吹く微かな風によって棚引き、薄暗い日陰だというのに煌めいて見える。


 儚げな表情は、同性だというのに思わず息を飲む程に美しい。されど庇護欲をそそる愛らしさも兼ね備えており、何と言えばいいのか……並の宝石では彼女の輝きに勝ることはできないだろう。


 一度見れば生涯忘れることはないであろうその少女。紛うことなく、朝、食堂で出会った二人の片割れだ。


 フォルテは胃を決した風に、静寂を切り裂いて声を発する。


「そこで、何をしている?」


 その声に反応してか、少女の蒼い瞳が――――“紛い物だ”と【直感】が訴えてくる怪しい瞳が、チラリと自身を一瞥した。


「……何も」


 そしてそう答えるや否や、プイッとそっぽを向く。


 片割れの少年は、彼女のことをエリスと呼んでいたか。酷く愛想が無い。


 愛想が良ければもっと可愛く思えただろうに、と内心で苦笑いしつつ、フォルテは一つの質問を投げかけた。


「もう一人の、灰髪の彼は何処に居る?」

「……知らない。ソウスケに、何か用?」

「彼だけではなく、君達二人に用があったのだが……そうか、知らないか」


 “嘘”だ。彼女は知っている。嘘発見器という訳ではないが、【直感】が働きさえすれば小さな嘘程度は見抜くことが出来るのだ。


 その嘘は、はたしてどういった意図のものか。分からないなら、警戒レベルを一つ上げるだけ。


 いつでも戦闘態勢に移れるようにさり気なく身構えつつ、再度尋ねる。


「君達は、何だ? 少なくとも東門の衛兵達は、灰髪の眼帯少年と銀髪の少女など見ていないと言っている。あの大虐殺現場を見たというならどうやって街に入った? そして何より、どうしてゴルド殿が直々に君達の監視の依頼を送ってくる? 一体、何者なんだ?」

「……ストーカーに話すことなんて、ない。付き纏わないで」


 少女はまるで意にも介さずそれを一蹴する。


 しかしだ。だからと言って、はいそうですかと引き返せるものでもない。


 フォルテは、街を、そして人を悪意から護る騎士なのだ。この二人組を放置することなど出来ない。


「私の【直感】は、君が怪しい者だと言っている。瞳の色を偽装した君を、な」


 ピクリと反応した少女の瞳を、フォルテは真正面から見据える。


 ……感覚で分かる。あれは間違いなく偽物だ。


「街に不法に侵入し、あまつさえ瞳に何かを隠した君に問おう。その瞳の偽装を解いて貰えないか?」

「…………直感?」


 不快気に眉を顰めた少女に、フォルテは小さく頷く。


「……本当に、厄介な奴」


 少女はそう言って溜息を吐き、目を伏せる。


 そして一拍置いて開かれたその目からは……


「これで、満足?」


 紅い瞳(・・・)が覗いていた。一部の魔人族特有の眼だ。


 それと同時に感じた暴力的な威圧は、彼女が並の魔人族ではないことを感じさせる。


「……成る程。“人”は斬らぬが私の矜恃なのだが、致し方なし」


 その威圧感を、フォルテは真正面から受け止める。


 この程度で打ち負けていては騎士の名折れであり、“魔人族”を見逃すことなどあってはならないのだ。


 故に彼女は、剣のように鋭い目で少女を見据え、腰の直剣を右手で一息に引き抜いた。


「聖王国騎士団の名の下に、貴様を討つ。覚悟してもらおう」


 ギラリと輝く美しい剣は、王国騎士の象徴。フォルテその煌めきを、目の前の魔人族へと突き付ける。


 同時に周囲の魔力を練り上げ、身体能力を強化する“無属性魔法”を行使する。頭の金尾がふわりと揺れた。


 つまり、これより先は魔を滅ぼす者として戦うという意思表示だ。


 しかし、少女はそれを鼻で笑う。


「……冗談を」

「笑っていられるのも今の内だ。何を考えているかは知らぬが、人間の街に脚を踏み入れたこと、あの世で後悔するのだな!」


 ――――瞬間、黄金の風が疾走する。


 弾丸の如きその踏み込みたるや、完全に人外(・・)の領域だ。瞬きする間に少女との距離を詰めた女騎士は、その直剣を振りかぶる。


 少女は未だ動く気配はない。その手に武器も取らず、ただ冷たい瞳でその剣筋を見つめるのみ。その剣は数瞬の後に少女の首を飛ばすだろう。この魔人族がそれで死ぬ種族であるという保証はないが、その場合はまた別の手を打つだけ。


 取った……そうフォルテは確信した。


 その瞬間、頭の中で【直感】が激しく警鐘を鳴らす!


「ッッッ!!??」


 間違いなく迫る“死”。少女ではない、別の存在によるもの。


 ――――不味い。


 フォルテは本能に身を任せ、慣性を無理矢理に突っ切ってその場から数メートル飛び退いた。


 それと同時、大砲でも放ったかのような爆音が鳴り響き、直前まで自身が居た地面が小さく爆砕した。


「俺のパートナーに手を出すのは見過ごせないな、女騎士」


 息を着く間も無く、頭上から響く男の声。


 その声と共に、一つの影が降ってきた。


「……ソウスケ」

「おう、大丈夫だったか?」

「……大丈夫、ありがと」

「なら良いんだ。餌になってくれてサンキューな」

「ん」


 無愛想な少女が嬉しそうに会話するその少年――――灰色の髪に、左目の眼帯を着け、黒いボロマントの下から鋼の右腕と左脚が覗く、右手に三十センチ程の鉄塊を握った少年には、見覚えがある。


 探していた二人組の片割れだ。


 気配こそ希薄だが、逆にそれこそが証拠。遂に再開することができ、思わず頬が緩む。


「ふ、ふふ。探したぞ、少年。早速、色々と話を聞かせてもらいたいところだが……それは後だ。先ずはそこの魔人族を討つのが先決。どいてくれ」


 しかし流石は騎士。すぐに表情を整え、剣のような雰囲気を纏ったままここから離れるように促す。


 しかし少年は、鼻で嗤って右手の鉄塊を向けてきた。


 銀色に輝くその武器。【直感】はガンガンと警鐘を鳴らしている。恐らく、先程の爆音と破砕を産んだ代物だろう。


 如何なる武器かは今一分からないが、恐らくは先端を穿つ太い孔――螺旋状の溝が内側に彫られた、十五ミリ程の孔――から何かを撃ち出し、標的を貫く武器ではないだろうか。勘だが。


 少なくとも、一撃で自分の命を刈り取るものであることは間違いない。


 そのような武器を向けてくるということは……彼も敵ということだ。


「私は、()は斬らないと決めている。どうか、そこをどいてくれ」


 だが、彼を斬るつもりはない。


 街への不法侵入が事実ならば、相応の罰を与える。しかし、それは決して死刑には値しない。もし魔物の大掃討が彼の手によるものなら、その罪も帳消しになる可能性だってあるだろう。少なくとも討伐報酬くらいは出る筈。


 話も聞かずに斬っていい存在ではないのだ。


 しかし少年は、少女の前に立ったまま退こうとしない。


「阿呆か、エリスを斬るんだろ? 斬らせてたまるか」

「……つまり貴殿は、魔人族に肩入れする不埒物ということか?」

「どう取ってくれようと構わんが、俺は別に魔人族に肩入れするとか、そういうことはしてないぞ? 俺はただ、後を着けてくるあんたと話を付けたかっただけだ」

「そうか。ならばそれは、後にゆっくり話をしよう。今はそれどころではないんだ。街の中に魔人族が居る以上、斬らねばならない」


 その押し問答に、少年は「話にならん」と肩を竦めた。


 そしておもむろに……眼帯を引き剥がす。


「全く、朝から鬱陶しいったらありゃしねえんだよ、ストーカー女騎士。叩き潰して二度と関わり合いになりたくなくならせてやる」


 眼帯の下から現れた異様な目。漆黒の強幕に、魔法陣が浮かんだ紅い瞳。


 ――――人外の目!


「成る程、成る程、そう言うことか……。右目が人間のものだった上に気配が希薄なせいで、騙されたな」


 チャキ、と直剣が握り直される。


 金の髪が魔力の流れによって揺らぎ、冷たく染まった碧色の眼光が二人の魔人族を貫く。


「如何な魔人族であろうと、斬り捨てるのみ。いざ、破邪顕正の戦に臨もうぞ」

「はっ。かかってこい、道のど真ん中で百面相野郎。ボコボコにした後、その手に持ったドレス着せて磔にしてやるよ。それとも、フリフリの可愛いワンピースの方がいいか?」


 義足を展開させてまた新たな武器を左手に取る少年の、その言葉。


 フォルテは一瞬、何を言われているのか分からなかった。


 そう、一瞬だけ。


 つまり一瞬で顔全体を赤く染め、その目が羞恥と憤怒に染まった!


「~~っっっ!? お、おま、貴様っ!? み、み、見て…………ぶ、ぶっ殺してやるっ!!!!」


 爆発的なまでの踏み込み。石畳を砕く勢いで女騎士の剣が嗤う少年へと肉薄する。


 瞬間、金属と金属がぶつかり合う甲高い音が鳴り響く。


「殺す、絶対に殺すっ!!」

「やってみな、面白騎士」


 ギャリギャリッと音を立て、直剣とクロスした二つの鉄塊が鍔迫り合う。


 聖王国騎士団の剣は、ミスリル製の高価な逸品だ。それで斬れぬこの鉄塊は……同じミスリルだろうか。それ以上の鋼と言えば、トリッド活火山の深層で多く産出する“アダマンタイト”程度だ。しかし、色からしてそれはない。


 無駄に打ち合っては刃を痛めるだけ。


「なら!」


 一度剣を引き、即座に突き出す。


 シンプルな刺突だ。狙いは頭。並の魔人族なら頭を貫かれれば死ぬ。


「舐めんな」


 しかしその刺突は、右手の鉄塊によって受け流され、空を穿つ。そして、打ち払うと同時に左手の武器が胴体に突き付けられる。


 【直感】が打ち鳴らす警鐘に任せ身を捩った瞬間、一条の火がその先端から迸った。


 当たったら不味い。それは、背後の石壁に穴が空いていることから一目瞭然だ。先程の不意打ち……一回り大きな右の鉄塊による一撃よりは威力が抑えられているようだが、それでも下手な矢よりは余程強く、疾い。


 フォルテはそのことを念頭に置きつつ、身体を捩った勢いで独楽のようにクルリと回り、蹴りを放つ。背の高さと脚の長さから、リーチも打点も凄まじい。


 それを少年はしゃがんで躱す。読み通りだ。回転の勢いのまま、ベクトルを無理矢理修正し、直剣を振り下ろす。


 ――――寸前、全力でその場を飛び退く。


 少年の眼前から突き出した石の杭が、半秒前に自分の頭と四肢があった所を貫いた。


「……私も居る」

「そういうこった。初PvP(人対人)、集まって来られても困るし速攻で終わらせるぞ」


 少年の脚元からズドン、という重音が鳴り響き、一瞬で距離が詰められる。まるで、爆発の反動で跳んだように。


 いつの間にやら右の鉄塊は脚のケースに仕舞われており、その鋼の右手が硬く握り締められていた。そして断続的な爆音が鳴り響き、握り拳が手首から高速回転を始める。


 【直感】が無くとも、尋常では無いと分かるその拳撃。


「ぐ――――ッ!」


 咄嗟に剣を盾に出来たのは、僥倖だったと言える。何とか身体に直撃を貰うことだけは避け、その身を背後の石壁に打ち付けることとなった。


「が、はっ……!」


 肺から空気が漏れ、呼吸が一瞬止まる。握っていた直剣の柄とドレスの入った袋が零れ落ちる。


 対価は、ミスリルの剣一本。刃が半ばから吹き飛んだ。直撃すれば内臓がグチャグチャに爆砕させられていただろうから、まだマシだ。


 しかし、吹き飛ばされたのは致命的な隙。


「良い威力だ」


 犬歯を晒してニヤリと嗤う少年の右腕が展開し、白煙が噴き出した。


 そして激痛で蹲るフォルテに歩み寄る。


 一歩一歩が、彼女にとってはカウントダウンだ。何の? 死の。


「ぐぁ、くそっ!!」


 痛む身体に鞭打ち、苦し紛れに傍の袋を投げつける。身体強化マシマシで投げられたそれは、顔にでも当たれば結構なダメージとなる筈だ。


 しかし、顔に届く前にズドォンッッ!! という爆音と共に吹き飛んだ。袋が千切れ飛び、ドレスの布切れが舞う。


 しかし、一瞬視界を遮っただけでも十分。


「――――はぁッッ!!」


 流れで買わされた高い高いドレスがボロ衣となったことに嘆きながら、無属性の魔力をブースターにして疾走する!


 ほう、と感心したように息を吐く少年を見据え、突き出してくる石杭を【直感】任せに最小限の動きで避け、お返しとばかりに拳に魔力を溜めて。


 尾を引くポニーテールは、流星の如く。


 右手と左手に握られた大小二つの鉄塊から連続して迸る火線を、紙一重で躱し。


 驚いたように目を剥きながら後ろに跳ぶ少年に向けて……


 ドンッッッッ!!


 魔力を纏った拳を撃ち出した。


 その拳は、届かない。


 しかし、迸る無属性の魔力は砲撃となる。


 およそ騎士にあるまじき野蛮な攻撃。されど無色透明の魔力砲は不可避にして凶悪そのもの。


 攻城兵器にも匹敵する、フォルテ自慢の――――流れる母の“血”のせいか、剣戟よりも拳撃の方が得意なフォルテ自慢の一撃が、少年少女へと肉薄する!


「面白え」


 嗤う少年は、鋼の腕で三十センチ長の鉄塊を持ち上げ、その火線の照準を虚空に合わせる。


 否、その照準は間違いなく魔力砲へと向けられており、彼の左目は間違いなく無色の魔力を視認していた。


 初見で見破られるなど初めてだったフォルテは、思わず我が目を疑う。


 疑ったのも束の間。


 ズドォンッッ!!


 迸った火線が、魔力砲のど真ん中を貫いた。すると、瞬く間に魔力砲の魔力が霧散していく。


「ふぅ……“魔法核撃ち抜き”、無事成功っと」

「……流石、ソウスケ」

「ま、義腕の“自動照準機能”のおかげだがな」


 フォルテには、彼らが何を言っているのかまるで理解出来なかった。


 ただ、拳を振り抜いた姿勢のまま、あり得ない事態に唖然としたまま硬直する。


 その彼女に、少年が歩み寄る。


「で、まだやるか?」

「……いや、降参しよう」


 彼らの会話はまるで分からないが……ゴチリと、額に当てられた金属の感触に、両手を上げるしか無いというのだけは分かったのだった。




 ◆




「このような辱めを……! くっ……殺せ……!」

「だから殺さねえっつってんだろ」

「……殺さないの?」

「こいつ殺したら、聖王国と戦争だぞ? 洒落になんねえよ」


 軽く戦闘の後を残す路地裏に、三人の男女の声が響く。


「……本当に、人間と争うつもりはないのか?」

「ああ。何度も言うが、俺達はトリッド活火山に向かう途中でこの街に寄っただけだ。別にこの街を滅ぼそうとか、そういうことは断じて無い」


 即興で作り上げられた人間サイズの十字架に磔にされた女騎士の言葉に、宗介は懇切丁寧に答えていく。


「街に不法侵入した件に関してだが」

「それは不可抗力だ。どうしても必要だったんだよ、許せ」

「それで済むなら衛兵も騎士も要らないのだが……まあいい。仮にも国の騎士をこのような状態にしている件に関しては」

「そっちが先にちょっかい出して来たんだろうが。尾行されなけりゃこんな強硬手段にも出なかったわ、クソッタレストーカー野郎。ドレス姿じゃないだけ有難く思え」


 ぐぬぬ、とフォルテは歯噛みする。頬が若干羞恥に染まっている。


「…………はぁ、成る程。ゴルド殿が監視を依頼する訳だ。君達ほど訳が分からない輩は初めて見るぞ」

「あぁ、ギルドマスターか。それで俺達を尾行してたのか」


 聞く所によると、監視を依頼されたは良いが、どうも回りくどい真似は苦手らしく、直接接触して善悪を確かめようという結論に至ったらしい。で、【直感】を頼りに探し回っていたのだと。


 そこで、今回の“釣り”にかかったのだ。


 監視を送るというギルドマスターの暴挙に遺憾の意を示す宗介。


「……殺す?」

「その『一本いっとく?』みたいなノリで人死にを提案するのはやめてくれ。というか、俺だってギルマスの立場なら監視を送るし、どうもしねえよ。むしろ良い条件でギルドに加入出来るように交渉材料にするだけだ」

「……そう」


 それきりギルドマスターへの興味を失ったのか、手持ち無沙汰に十字架と女騎士の枷に無駄な装飾を施す作業に入るエリス。どんどん豪華になっていく。


 それを尻目に、宗介はフォルテに問いかける。


「で? お前はこれからどうすんの? 俺としては金輪際関わって欲しくないんだが」


 少し考え込んだ彼女は、やがて決意を固めたように言い放った。


「着いて行こう」

「…………は?」


 思わず我が耳を疑って聞き返す宗介に、フォルテは懇切丁寧に説明していく。


「まず、一度請け負った依頼を途中で投げ出す訳にはいかないだろう? そして、君がゴルド殿に依頼された“炎帝”討伐……誰かそれを見届けて討伐したことを証明する者が必要だろう? そして何より、まだ君達が本当に人間と戦うつもりがないのか、分からない。もしも考えが変わるようならば、私の命に代えても君達を止めなければならないからな。だから――――私も着いて行こう。トリッド活火山に」


 一番目と三番目はともかく、二番目の理由はごもっとも過ぎてぐうの音も出なかった。


 確かに、だれか監視役が居ないと、難癖付けて約束を反故にすることも不可能ではないのだ。なにせ、トリッド活火山を攻略できる者など、勇者くらいしか居ないのだから。


 そして、この街一番の実力者はフォルテだ。


 特殊な生まれがどうのこうので地位こそ低いが、その実力はバラスト団長にも匹敵するとは彼女の弁。しかしそれは事実だろう。何よりも、音速を超えるクーゲルとシュトラーフェの弾丸を完全に回避させる程の“直感”は異常に過ぎる。


 “獣人”ならば似たような力を持つものも居るだろうが、人間としては規格外だ。


「……お前なら、活火山でも生き延びるくらいは出来そうだな」

「だろう? 私こそが監視に適任という訳だ。と言うわけで私も着いて行くぞ。異論は認めん」

「お前、朝も思ったが強引過ぎるだろ」

「私の美徳だ」


 ドヤッと胸をはるフォルテ。しかし磔である。


 そんな残念騎士とは打って変わって、不快そうな表情を浮かべるのがエリスだ。


「…………連れてくの?」


 心底嫌そうな目でフォルテを見た後、「嘘でしょ……?」みたいな表情で宗介を見つめる。


 どうやら、二人旅にお邪魔虫が着いてくるのが嫌らしい。


「すまん、こいつは必要なんだよ。今回限りだ、我慢してくれ……!」


 手を合わせて懇願する宗介。


 エリス自身も、今回だけ我慢して無事に冒険者ギルドに加入出来れば、以降は平穏な旅ができると言うことを理解しているのだろう。しかし、心が受け付けないといったところか。


「そこまで気にしなくても良いぞ? 私は静かに後を着いて行くだけだからな」

「…………でも」


 フォルテを受け入れるということに逡巡するエリス。


 ……このままでは、拒否されそうだ


 ならば宗介は、カードを作り出して切るのみ。


「こ、これが終わったら、なんでも言うこと聞いてやるから、な? 頼むよ」

「……なん、でも?」

「お、おう」


 その言葉にエリスは、ほんの少し目を輝かせた。予想以上の食いつきだ。


 顎に手をついて考え込み……やがて、頬を若干赤らめつつ一つの要求を口にする。


「…………デート」

「マジっすか」

「…………大マジ」


 選択肢間違えたかも、という思いが宗介の頭をよぎる。


 しかし、しかしだ。


 フォルテの尾行のせいで、のんびりゆっくり買い物をすることも出来なかったのだ。本来は図書館で情報を集めた後、半日程使って街を散策する予定であったのに。


 それが潰されたのだから、飢えているというか、不満なのだろう。それでこんな要求が飛び出した、と。


 ならば、拒否するのも申し訳ない。


「はぁ、仕方ない。分かったよ、トリッド活火山攻略が終わったら、デートな。その代わり、あの女騎士のパーティー参加は我慢してくれ」

「……ん。我慢する。いくらでも」


 嬉しそうに頬を緩めるエリスに、宗介は若干気恥ずかしくなったのかポリポリと頭を掻きつつ目を逸らす。


 デートなんて経験が無いのだから、当然だった。悲しい男である。


「と、ともかく。明日は朝から活火山に向かう。今日の所は宿でも取りに行こうぜ」

「……ん、それがいい」

「そうだな。ところで……話が付いたならこの磔を解いてほしいのだが」


 そそくさと路地裏から退散しようとする宗介達の背中に、なんとも申し訳なさそうな声がかかる。


 あれをしたのはエリスなので、解いてやれよ、と宗介は視線を彼女に向ける。


「……明日の朝まで、あれでいい」

「あー、面白そうだな」


 明日の朝の光景を想像した宗介は、思わず呟き、見ようによっては悪い笑みを浮かべた。


 当然、それに猛抗議するのが磔になっているフォルテである。


「待ってくれ! ちょっと待ってくれ!! 洒落にならないからな!? 幾ら何でも人に見られてしまう!」

「ドレス姿じゃないだけ有難く思えって」

「……明日の朝が、楽しみ」


 そんな抗議の声を一蹴し、先の戦闘音と抗議の叫び声で人が集まってくる前に路地裏を後にするべく、そそくさと曲がり角を曲がって二人は消えていく。


「~~~~っっ!! 頼む、後生だ、どうか! どうかぁぁぁ!!」


 顔を真っ赤に染めた女騎士の悲哀に満ちた声が、トリッドの薄暗い路地裏に響き渡った……

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