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二十 仮登録

「さて、申し開きがあるなら聞こうじゃあないか」

「断じて俺達は悪くない……正当防衛だったと宣言しよう」


 テーブルを挟んだ二つのソファーに腰掛けて向かい合う、宗介達とギルドマスターのゴルド。どちらも腕と脚を組んで高圧的な態度を崩そうとしない。ギルドマスターは傍に護身用の剣を立てかけている。



 ……結局宗介とエリスは、ギルドマスターに奥へと連行され、事情聴取を受けることになった。


 当然である。非ギルドメンバーが、仮にも冒険者ギルドのメンバーであるチンピラ冒険者――銀ランクという、実はそれなりの実力者――を伸したのだ。十分に大事だ。



 ともかく、宗介は自らの正当性を説明する。若干の脚色を含みつつ。


「冒険者登録をしようとしてた時、あのチンピラが俺の大切な……パートナー? まあ、そんな所のエリスに手を出そうとしたからさ。それでこいつが怖がって縮こまっちまったから、説得を試みた訳なんだが?」

「説得とは、相手の手を握り潰して捻って投げる技術ではないんだがな」


 肩を竦める少年と、我関せずと言った具合に手渡された飲み物を無言で飲み続ける少女に、ギルドマスターのゴルドは大きく溜息を吐く。


「……しかし、ギルドの監視不届きも原因ではあるか。大怪我もさせていないようだし、この件に関しては不問としておこう」

「いや、だから、俺達は被害者だって。なんだよ不問って。相応の謝罪くらい寄越せ」


 納得いかない、と遺憾の意を示す宗介。


 冒険者ギルドにおける“ギルド内での諍いは厳禁”というルールを先に破ったのは、あのチンピラ冒険者だ。宗介達は、それに適切な対処をとっただけに過ぎない。


 目立った外傷を与えた訳でもなし、非難されるような覚えはないのだ。


 ……表向きは。


「私はそれでも良いのだが……その場合、話の続きは詰所ですることになるな」


 腕を組み、脚を組みながらサラリと告げられたその言葉に、宗介は小さく舌打ちし両手を挙げる。降参の意だ。


「……はぁ。悪かった悪かった。反省するからそればっかりは勘弁してくださいよ」


 そんな宗介の姿にゴルドは、当然だと言う風に、ふんっと鼻を鳴らした。


 つまるところ、今この場に要られるのは、ギルドマスターの好意によるものなのだ。


 ゴルドは宗介達が、“身分証を提示できない怪しい奴”であることを知っている。そんな彼らを憲兵や騎士に突き出さず、最低限とはいえ弁明の機会を与えてくれているのだ。その代わりに今回の一件は不問にしろ……と、そういう訳である。


 表向きは被害者である宗介達だが、その実は魔族であり不法侵入者なのだから、控え目に言っても有難い限りだった。別に本気で謝罪を望んでいる訳ではないので。


 さて、と一拍置いて、脚を組み直しつつゴルドが口を開く。


「それで? この街に、そしてこのギルドに何の用だ?」


 真っ直ぐ見据えてくるその眼光に、されど宗介は臆することなく。ソファーの背に肘をかけながら何度目かのその言葉を返す。どうやら今回は、こういう「権力がどうした?」というキャラで通すらしい。一度やらかしているので開き直ったようだ。


「言っただろ、ここには冒険者登録をしに来たんだって」

「生憎と、身分証も持たないような怪しい者にもホイホイとギルドカードを渡す程、この組織は甘くないぞ」

「分かってるよ。トリッド活火山に向かう途中に寄ったから、あわよくばと考えてただけさ」


 “トリッド活火山に向かう”という言葉に、ギルドマスターはほうと息づく。


 当然だ。魔王軍が支配する大迷宮の一つに殴り込みに行こうとする者など、王都で召喚された“勇者”くらいしか居ない。たとえ居たとしても、即刻屍と化すだけなのだから。


 それでもなおトリッド活火山に向かう者は、余程の阿呆か自信家か、もしくは勇者に匹敵する実力者か……少なくとも常人ではないことは確かだ。


 では、目の前の二人はどういう類の非常人か。それを見極めようと目を細める。隠す気はゼロだ。


 宗介は「それよりも」と、若干不快気にそれを手で制しつつ話を続ける。


「一つ、訂正しておく。俺は身分証を持ってないんじゃなく、事情があって見せられないだけだ」

「ふむ? それはやはり、人に言えない事情が?」

「ああ……けど、冒険者ギルドに加入したいのも事実なんだな、これが」

「何度も言うが、ギルドに加入したいならば最低限、身分くらいは明かしてもらおう。それが出来ないならば、詰所にでも引き渡すだけだ」


 だよなぁ、と、続く押し問答に宗介は大きな溜息を吐く。


 ……どう足掻いても、このままでは冒険者登録は不可能だろう。宗介とて、身分を明かせないような怪しい輩を仲間にするのは気が引けるのだから、冒険者ギルド側の言い分はよく分かる。


 しかし、今後続く旅において事あるごとに起こるであろう、身分証を提示できないが故の面倒事も無視はできない。ここは多少のリスクを背負ってでも“冒険者”という身分を得るべきだ。例えそれが日雇い派遣や体の良い傭兵程度の身分であろうとも。


 宗介は、チラリと傍のエリスに目をやる。


 少々大きなティーカップを両手で抱えつつ、上目遣い気味に視線を返し――――そして「仕方ない」と言う風に小さく頷く姿に、覚悟を決めた。


 即ち、冒険者という身分を勝ち取る為、勝負に出る覚悟を。


「分かった、分かったよギルドマスター。俺の我儘はどうしても通らないらしいし、大人しく見せることにする。ここで冒険者登録できないことのデメリットの方が大きいしな……」

「ふん、初めからそうすれば良いものを。まともな者であれば、我々としても新人の加入は歓迎だからな」

「まあ、こんな時代だもんな。進んで危険に突っ込んでくような物好きは少ないってか……」


 宗介はおもむろにポケットへ手を突っ込み、身分証を探す。


 そしてその時間を埋める為か、世間話でもするように尋ねた。


「ところであんた……“勇者”って、知ってるか?」

「本国で召喚された、異世界からの者達のことか?」

「そうそう、そいつら。凄いよな、噂に聞くところによると、フォールン大空洞を攻略したって」

「そう、らしいな。つい昨日、私の元にも報告が来たところだ。無事に、最下層まで攻略したと」


 ポケットに手を突っ込んで何かを探る怪しい輩に、さり気なく身構えながらも世間話に応じるゴルドに、宗介はうんうんと頷く。


 頷き、そして、犬歯を晒して煽るようにニヤリと嗤う。


「いやはや全く、本当に凄いと思うよ。例えそれが――――尊い一人の犠牲と、主の“鮮血姫”が不在という、偶然か必然かが合わさった結果だとしてもな」

「ッ……!? 貴様、なぜそれを……っ」


 声を荒げ、即座に「しまった」と表情を引き攣らせたゴルドに、宗介は内心で勝負に勝った事にガッツポーズを決めた。


 そして平静を装いつつ、その世間話(・・・)を続ける。


「おっと、国家機密か何かだったか? や、無理もないな。人類最後の希望に、早速一人の死者が出たなんて、国民が知れば無駄に不安を煽るだけだし? “鮮血姫”が行方不明なんて知られたら、夜が来る度に都市滅亡の恐怖に震えて、オチオチ眠っても居られない。そりゃ国民達には知らせられないだろうな、すまんすまん」


 おどける宗介に、親の敵でも見るような目が向けられる。


「…………貴様、何者だ? どこでそれを知った? 聖王国の重鎮達にしか知らされていない情報だぞ?」

「ま、それは俺の身分証と、俺達の姿を見て判断してくれ」


 宗介はおもむろにポケットから“ステータスプレート”を取り出し、テーブルの上を滑らせて手渡す。同時、エリスに合図して【影化】による偽装を解除してもらい、自らも左眼を隠す眼帯を剥ぎ取った。


 露わになる、黒と紅の魔眼と、吸血鬼の双眸。


 召喚された勇者にのみ渡された筈のステータスプレートと、およそ人間のものではない二人の眼を見たゴルドの表情が瞬く間に色を失い、ドッと汗を浮かべていく。


「…………本当に、死んだとされている“機巧師”の勇者だと言うのか?」

「ああ。見てもらっても分かる通り事情があるから、他の奴らとは別行動を取らせてもらってるが……正真正銘、五十層目の中ボス戦で奈落に落ちて死んだ勇者だ」

「まさか、そっちの、紅眼の魔族は……」

「……ん、“鮮血姫”と呼ばれてる」


 ゴルドは信じられないのか、ダラダラと汗を垂らしながら二人を見つめて真偽を見極めようとする。


 少女のほうからは隠しても隠しきれない気配を感じるが、少年のほうから感じる気配はどうも気迫だ。実力が読めない。嘘か真か分からない。


 である以上、質問が出るのは当然だった、


「異世界の勇者は、全員が黒髪黒目だと聞いているが……?」

「半吸血鬼化したからな。右目だけは変わってない筈だぞ」

「本当に機巧師か、見せてもらっても?」

「俺のこの義肢はゴーレムだ、存分に見てくれて良い」

「本当に、鮮血姫なのか?」

「……魔法でも、見せる?」


 浮かぶ疑問を、宗介は右目を見せ義肢を動かし、簡単な地属性の魔法を使ってもらうことで次々と打ち破っていく。


 少なくともこれで、宗介が勇者であることとエリスが鮮血姫であるこもは信じざるを得ない筈だ。事実、ゴルドはそれを信じたのか乾いた笑みを浮かべている。


「はは……鮮血姫と、魔族と化した勇者とはな……。私も、この街も、全て終わりか……」

「落ち着け。さっきも言ったとおり、俺達の目的は冒険者登録するだけだ。別にこの街を滅ぼすつもりも、ましてや人間と戦うつもりも無えよ」


 ゴルドはその言葉などまるで信じていない様子で疑惑の目を向ける。当然だ。今まで戦っていた敵が、いきなり「戦うつもりはない」と言って来ても、それを手放しで信用する者は居ないだろう。


 故に、宗介はなんとか説得を試みる。


「目を見てもらったら分かる通り、俺は半分吸血鬼だが半分は人間のままなんだ。俺はまだ、人間であり勇者なんだよ。決して魔族側に堕ちた訳じゃない。勇者達と敵対するつもりも、この街の住人を襲うつもりも無いんだ」

「…………だから、冒険者登録をしたいと?」


 ああ、と強く頷く宗介。


 しかし、この程度ではやはり信用してもらえないだろう。


「あり得ん。貴様が鮮血姫の言いなりである可能性や、内心ではやはり敵対を望んでいる可能性のほうが余程高いだろう。貴様らを追い返し、勇者達に知らせた方が余程有益だ」

「だろうな」


 案の定、返ってきた言葉に、肩を竦めた。


 はてさて、どう信用してもらったものかと思案する宗介。一応、“脅し”という最後の手段もあるが……。


 その時、隣のエリスが明らかに怒った表情をしているのが視界に入った。


「私は、ソウスケを操り人形になんてしてない……! 私はソウスケの力になりたくてっ」

「おいエリス、落ち着けって」


 流石に不味いと、溢れる魔力によって髪を揺らす臨界寸前のエリスを手で制する。いくらなんでもここで本当に敵対するのは看過できない。それをすれば戦争だ。


 しかし彼女は納得いかないらしく、「どうして!」と少し声を荒げた。


「人間と吸血鬼の価値観の違いをとやかく言うつもりはないが、今ここで力を振るったら、敵対するつもりは無いって言葉が台無しになるだろ? それは最後の手段だ、抑えてくれ」

「…………ここに来てから言われっぱなしで、ソウスケは悔しくないの?」


 どうやらエリスは、自らの恩人にして思い人である宗介が、ギルドに来てから有る事無い事好き放題言われているのが気に食わないらしい。


 その気持ちは迷惑ではないが……


「だからこそ冒険者登録が必要なんだって。強くなりたいと思ってなけりゃ、早々に悠斗達の所に帰ってる」

「…………そう、だけど……」


 頭では納得したのか、しゅんとするエリス。なんとか宥めようとするが、やはり心が納得できないらしい。


 それ程までに思ってくれていることに、なんともむず痒い気持ちを感じながら、とりあえず後で機嫌を取る方法を模索しつつ。


「……まあ、なんだ。とりあえず、俺が操り人形じゃないことは理解してもらえるとありがたいんだが」


 ちょうどいい、とこの機会を利用することにした。


 なお、内心では敵対を望んでいることに関してはさりげなく触れないようにする。何せ、北池限定ではあるが敵対を望むのは事実なので。流石に否定のしようがない。


「う、うむ、そうだな……。主の吸血鬼に対し、眷族が取れる行動ではないか……。失礼、操り人形でないということは認めよう」

「どうも」


 内心、ホッと胸を撫で下ろす宗介。伝わるかは分からないが、ポンポンと頭を撫でて「よくやった」とエリスに伝えておく。嬉しいような悔しいような、なんとも言えない表情をしていた。


 それはさておき、ギルドマスターに駄目元で尋ねてみる。


「と言うわけで、俺を冒険者ギルドに加入させて頂く訳には行きませんかね?」

「何が、『と言うわけで』だ、話を有耶無耶にするな。どの道、貴様の言い分を信用できないことに変わりはない。自由にできる身分を与えて、その結果人間が滅ぼされましたとあっては、悔やんでも悔やみきれん」


 案の定の答えに、小さく舌打ちする宗介。


 やはり、“魔族”という事実が痛過ぎる。完全に足枷だ。


「お前達を冒険者ギルドに加入させる訳にはいかない。仮にも実力者であるから、話によっては加入させることも考えていたが……流石に事が大きすぎる」


 交渉は決裂だ、と投げ返されたステータスプレートを、宗介は危なげなくキャッチした。


 そして、不快感を露わに眉を顰める。


「おいおい、わざわざステータスプレート見せたってのにらいくらなんでもそれは無いだろ?」

「悪く思うな。こんなこと、私の独断では決めようがない。王都に連絡し、勇者達の力を借りて、貴様達が信用に足るかを判断してもらわねばならん」

「…………クソッタレ」


 それでは、駄目だ。今勇者達と会う訳にはいかない。今はまだ力が足りないのだ。なんとしても、この中だけで解決してもらわないと。


「……どう、する?」


 不安気に見つめてくるエリス。


 切れるカードはほとんど(・・・・)切った。しかし交渉は失敗。このままでは、まずこの街から逃走し、悠斗及び北池達から逃走し……下手をすると一生逃亡生活だ。


 面倒というレベルの話ではない。



 こうなってはもはや、やむなしだ。



「あー、くそ……。この手は使いたくなかったんだが……」


 見つめてくるエリスに、頭をカリカリと掻きながら、言外に「最後の手段だ」と伝える。


 そう、手はまだある。一応は。


 無論、これが一番最悪の手段であることは間違いない。完全に悪となるのだから。


 ……それがどうした? どの道、勇者であり魔族であることを明かした以上、退くわけにはいかないのだ。ならば行くとこまで行くだけだ。


「……なあ、ギルドマスター」


 宗介はおもむろに、右脚のホルスターに手を掛ける。


 その姿を見て訝し気に身構えるゴルドを尻目に、ホルスターから大口径拳銃“シュトラーフェ”を引き抜いた。


 そして、その指が入りそうな程に大きな銃口を、話は終わったと傍の剣に手を掛けて立ち上がる目の前の人物に向ける。


「……なんだ、それは?」

「俺の故郷、あー、こっちからすれば異世界か? そこの武器を参考に創ったゴーレムだ」


 異形の“武器”に、戦慄の表情を浮かべて動きを止めるゴルド。


 ダガー、弩、その他……どれも一致するものはない。勇者達の世界は魔法が存在しないと聞いていた為、魔法杖の類でもない。しかし異世界の武器。それは当然であり、即ちどう対処すれば良いか分からないということだ。


 いや、そもそも脚について居た銀色のそれが武器であることすら予想していなかったし、動いたらそこで未知の攻撃に晒されるのでは……と、動きを止めたのは必然だったかもしれない。


 故に生まれたその隙を突き、宗介は躊躇うことなく引き金を引く。


 ズガアァンッッ!!


 発砲音と、金属と金属がぶつかり合う激音が鳴り響いた。


「――――ッ!? な、なんだそれは……」

「音より早く、竜の鱗をもブチ抜く小さな矢を飛ばす武器さ」


 カラン、カラァン、と半ばからへし折れた剣(・・・・・・・・・・)と空薬莢が転がる。


「……ソウスケ、私の時は止めたのに」

「許せって。あいつが俺の譲歩を蹴るのが悪い」


 ジト目で見つめてくるエリスにバツが悪いのを感じながら、青くなるゴルドの頭にシュトラーフェの照準を合わせる宗介。


 そして、何とも軽い口調で言ってのけた。


「俺のお願い(・・・)、聞いてもらえますかね?」

「……き、聞くだけ聞こうか」


 対するゴルドは、見込み以上であったことにもはや顔色を失っていた。


 とりあえずお願い(・・・)を聞いてくれるということに満足気に頷き、宗介はシュトラーフェを構えたまま要望を伝える。


「何度も言うが、俺達を冒険者ギルドに加入させてもらえると、有難い。それと、この事はこの部屋の中だけでの話にしてくれれば言う事なしだな」

「…………断ると、言ったら?」

「別に良いぞ? ここに居るのは“フォールン大空洞”を最下層から攻略して来た奴と、魔王軍幹部の一人である“鮮血姫”だってこと……それと、さっきの攻撃は予備動作無しに連発できるってことを頭に入れての決断なら、止めないさ」


 それはもう、清々しいまでの脅しであった。



 宗介としては、人類と敵対するつもりはない。しかし自らを脅かす個人との敵対は別だ。厄介事に巻き込んでくるような輩には、相応の対処をする。彼が中学の頃からヘタレ生活を送ってきていたのは、その対処をするだけの力が無かったからに過ぎない。


 しかし今は、少なくとも常人相手には負けない力がある。ギルドマスターの実力は知ったことではないが……少なくとも“フォールン大空洞”を攻略できる存在でないことは確かだ。



 ゴルドは苦虫を噛み潰したような表情で考え込む。


 王都と連絡を取るのも簡単ではない。異世界の武器が再度火を吹く前に連絡を取れるかと言われれば、否だ。


 鳥を飛ばすか、馬車を走らせるか、バカ見たいにコストがかかる遠距離通信の魔道具を使うか……どれも、この状況では致命的なまでに遅い。そもそも文書を書いたりしている内に命が散る。


 抵抗する? あり得ない。勝てる筈がない。取れる選択肢が一つしか無い。


 しかし、人類の敵である可能性が高いこの二人に、街を自由に行き来出来る身分を与えて良いのだろうか? 本人達は敵対するつもりはないと言っているが、少なくとも脅しに走るくらいはする輩だ。簡単にギルドに加入させることは出来ない……



 彼は考えに考え、そして一つの譲歩案をひねり出した。


「…………仮登録、だ」

「仮登録?」


 宗介は訝し気に首を傾げる。不快感は感じていないようだ。


 ならばと顔色を伺いつつ、ゴルドはその案を話していく。


「や、やはり、タダでは加入させられん。お前達の言葉が信用に足るか、試させてほしい」

「……試練?」

「うむ。お前達は、“トリッド活火山”に向かうと言っていたな? ならば、そこの主――――“炎帝”を倒してきて欲しい。そうすれば、冒険者ギルドのメンバーとして認めよう。それまでは仮登録として、この街の出入りと冒険者ギルドトリッド支部の利用を例外的に許可する。当然だが、このことは我々だけの秘密だ」


 冷や汗を流しつつ成された提案に、宗介はほうと息を吐く。


 つまり、こういうことだ。


 この提案に乗らなければ……乗れなければ、即ち魔王軍であるということになる。同じ魔王軍の仲間を倒せないということになるのだから。ならばどうにかして王都と連絡をとるだけだ。


 この提案に乗って、しかし倒せずに帰ってきたなら、もしくは生きて帰って来なかったら、即ち魔王軍であるか、大した実力を持たない存在であるという証明となる。


 そして、もしも本当に倒してきたならば……“魔王軍ではない”ということだ。そして同時に圧倒的な実力者ということになり、ギルド加入を拒む理由も無くなる。しかも魔王軍幹部が一人減るというオマケ付きで。



 どう転んでも勇者やギルド、人類に益がある提案だった。



「……ソウスケ、どうする? 炎帝は、強いけど」

「しかも俺達吸血鬼の弱点の火だろ? ったく、難しいことを言ってくれる」


 舌打ち一発、シュトラーフェをスピンさせて弄びつつホルスターに仕舞う宗介。


 悪戯に嗤い、焦りを隠しきれていないギルドマスターを尻目に立ち上がった。


「――――良いぜ、乗ってやる。どうせ魔石集めに結構な深さまで潜るつもりだったしな。ただし、約束は違えるなよ? しらばっくれでもした暁には……お前の顔面は跡形もなく吹き飛ぶってことを肝に銘じておけ」

「わ、分かっているとも。その時は金ランクでも、ミスリルランクでも、好きなランクのギルドカードを発行しよう」


 ビクビクしながら応じる姿に小さく笑いつつ。


「言質は取ったからな。行くぞエリス、早速準備に向かう」

「……ん、分かった」


 最低限、求めていた譲歩を引き出した宗介は、満足そうな足取りでギルドの応接室を後にしたのだった。




 ◆




 嵐のような二人が去った後の応接室で、一人ソファーに座って溜息を吐くギルドマスター。


「とんでもない事態に巻き込んでくれたな、あの二人……」

「どうなさいますか?」


 二人と入れ替わりで入ってきた秘書の女性を一瞥し、痛む頭を抱えて唸る。


 物理的な痛みこそないが……そうしないとやってられなかった。


「……半魔の勇者に、鮮血姫だと? ありえないだろう……。絶対に放置は出来んし……」


 ウンウンと呻りつつ、秘書からコーヒーを受け取り口を付ける。ステータスプレートを見せられたあたりから、緊張感のせいで喉が渇いて仕方が無かったのだ。


 それも数秒で飲み干し、大きな溜息を吐いてソファーに全身を預ける。


「監視の依頼を出す」

「ギルドメンバーを死地に遣られるおつもりですか?」

「失ってもいい人材に名指しでだ」


 そうだな、と少し考え込み――――丁度良い人材を思いついたと命令を下す。


「駐留騎士の、あの、何だったか……。人と獣人のハーフの」

「フォルテ様でしょうか?」

「そう、それだ。彼女に監視の依頼を出せ。あれならば失敗して失っても惜しくない。勿論、二人の詳細は語るな。そしてこの事も他言無用だ」

「かしこまりました」


 小さくお辞儀し部屋を後にする秘書官を見届けた後、やはりゴルドはグッタリとしながら大きく溜息を吐く。


「全く、炎帝や魔王軍、活火山の対処より余程骨が折れるぞ、あの二人。今日は厄日か……」



 半ばから吹き飛んだ愛剣を抱えて人知れず嘆くギルドマスターの姿は、なんとも悲哀に満ちていた……。

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