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二 異世界召喚

 光が晴れる。


 辺りの喧騒からその事を察した宗介は、恐る恐るその目を開けた。


「…………えぇ」


 言葉が、出なかった。


「ど、どこだよここは」


 直ぐ側から困惑気味な北池の声が聞こえたが、彼の耳には届かない。辺りが騒がしいのもあるが、何よりも状況を理解するので精一杯だったからだ。



 ――――豪華絢爛。



 自身を含めたクラスメイト達の居る場所は、そう表すのが相応しかった。


 何処ぞの国の王宮や神殿、教会を思わせるような、無数のシャンデリアで照らされた広間。大理石のような素材で作られた壁や柱は黄金の装飾が施されており、正直に言って目に毒である。


 見上げれば天井には、縫うように噴水が張り巡らされている。ステンドグラスから差す光とシャンデリアの灯を受けて輝くそれは、非常に美しい。美しいが、どう考えても異常だ。重力と言うものを真っ向から否定しているのだから。


 ピカピカに磨かれた大理石の床を見れば、どこか見覚えのある魔法陣が刻まれている。そう、教室の床に浮かび上がっていたそれと酷似していた。


「うそん……」


 普段通っている学校とはかけ離れた場所に立っているという事実に、宗介は驚きを隠せない。今の状況と似た事が起こる物語を幾つか知っているとは言え、即座に理解しろというのは酷な話である。


 誰か他に事情を分かっていそうな者を探すべく、宗介は他のクラスメイト達に視線を向ける。


 北池、及びその友人二人は、全く理解が追いついていないようだ。呆然と辺りを眺めている。


 悠斗達四人は、悠斗のお陰で割と落ち着いてはいるようだが、葵や槍水は忙しなく周囲に目をやったり、後の二人は近くの生徒達を宥めようと奔走している。


 他の生徒達は言わずもがな。教師陣はあの時教室内にはおらず、この場にも居ない。頼れそうな人は居なかった。


(……となると、あの人達(・・・・)が一番この事態を把握してそうだよなぁ)


 宗介は、チラリと視線を件の者達に向けた。宗介らクラスメイト達の前に膝を突いて佇んでいる集団である。


 少なくとも、見知った者ではない。人数は数十といった所だろうか。


 白銀の鎧を身に纏い、帯剣した者が十。白を基調としたローブを羽織り、煌びやかな杖を持った者が十。やはり白い祭服だか法衣だかを着た者が十。


 そして、白銀の中に青が映える、聖騎士然としたダンディな男が一人。


 全身を包み隠すローブと魔女帽を纏い、身の丈程の杖を持った少女が一人。


 白い髭を携えた、白と金の一際豪華な祭服を着、冠のような帽子を被った老人が一人。


 それら三十三人が、宗介達の前に跪いていたのだ。


(いや、誰だよ)


 少なくとも宗介は、このような集団への心当たりは無かった。強いて言うなら「ファンタジーみたい」という程度だ。もしもこんな謎コスプレ集団と知り合いだという奴がクラスメイトの中に居たら、ドン引きする自信がある。


 そんなコスプレ集団の一人、白髭の老人が、面を上げて宗介達を見据える。


「勇者様方。我々の召喚に応じ、遠い異世界からようこそお越しいただきました。聖ルミナス王国一同、歓迎致しますぞ」


 そう言って、三十三人が恭しく頭を下げた。


 宗介は自らの頬を抓る。鋭い痛みが彼を襲い、否応無しにこの事態が現実であると理解させた。もはや枯れた笑い声しか出ない。


(これ、マジなのか……)


 “勇者様方”だとか、“遠い異世界”だとか、“聖ルミナス王国”とか言う聞いたこともない国名やらの言葉から分かることは、ただ一つ。



 ――――日常の、崩壊。



 クラスメイト達が「何を言ってるんだ!」等と騒ぐ中、宗介は一人、打ち出した仮説が当たっていた事を知って絶望した。




 ◆




 宗介達クラスメイトは、彼らを召喚したという者達に促されるがまま、別の一室へと案内された。大きな大きな、優に五十人はそこで会すことが出来るだろうという円卓のある部屋だ。やはり豪華なその部屋に、宗介は終始萎縮しっ放しであった。


 案内された彼らは、上座側の席へと促される。その向かいに一際目立つ三人が座り、残り三十人の騎士、魔導師、神官達はその後ろに並んだ。


 そして、未だ状況を把握できていない者、把握したが故に嘆く者等の声を割くように、白髭の老人が咳き込む。


「それでは、改めて……。ようこそお越しいただきました、勇者様方。代表として、この聖ルミナス王国国王、クロイツ・フンケルンが御礼を」


 その丁寧な言葉とお辞儀に、自然と皆、困惑しながらも頭を下げた。全く日本人である。


 やがて、一人のクラスメイトが口を開いた。


「あの、クロイツさん。正直言って、僕達は混乱しています。学校に居たのに、いきなりこんな見知らぬ場所に連れて来られて。ですから、詳しくお話を聞かせてもらえますか?」


 悠斗だ。クラスの代表として堂々、はっきりとそう言った。流石は“勇者気質”である。


「ええ、勿論。全てお話しさせて頂きますとも……」


 クロイツと名乗った老人は、ポツリポツリと話し始める。それはどこか聞いたことのあるような、荒唐無稽な話であった。


 ――――曰く。


 この世界(・・・・)は、宗介達が暮らしていた世界とは全くの別物である。彼らと同じ人……“人間族”だけでなく、獣人やドワーフのような“亜人族”、そして“魔人族”なる種族が生きる世界。宗介風に言えばファンタジー世界だ。


 ――――曰く。


 一年程前。この世界に、“魔王”を名乗り魔人族を束ねる者が現れた。その結果、今までお互いが貫いてきた不干渉にヒビが入り、魔人族と人間族との争いが再開してしまった。


 ――――曰く。


 過去にも同じような戦争は存在しており、その時は神に選ばれし“勇者”が戦い、勝利とは行かずとも引き分けに持ち込んだ。が、今回の戦争では待てど暮らせど勇者は現れず戦況は悪化するばかり。故に、別の所から勇者を連れてくるという手段を取った。それが此度の“異世界召喚”である。


 ――――そして、曰く。


 異世界に干渉する魔術は燃費が非常に悪く、直ぐに元の世界へと送り帰すことは難しいだろう。


 ――――と。



「つまり俺らに戦えって言ってんだろ? 勝手に拉致しといてふざけんなよ!」

「異世界って何よ! 家に帰して!」

「嘘でしょ……。そんなことって……」


 当然、荒れる。クラスメイト達は一部――冷静沈着な悠斗や、唖然としている宗介及び葵達――を除き、皆口々に騒ぎ立てる。クロイツはと言えばただ痛ましそうに、申し訳なさそうに、その目を伏せていた。


 収まらないパニック。飛び交う怒号。


 それらを鎮めたのは、円卓が叩かれる音だった。ビクリと肩を震わせたクラスメイト達は、音の出処へと視線を向ける。


 その先には、召喚の際にも目立っていた聖騎士然とした男が、机に手を突いて立ち上がっていた。宗介が内心で“騎士団長さん”と呼んでいる男だ。その高い背丈と彫り深く鋭い目、そして頬の一本傷は、成る程荒れるクラスメイト達を一瞬で鎮めるだけの力を持っていた。


 その騎士団長が、絞り出すように言う。


「……分かってる、分かってるんだよ。俺達が酷なことを言ってるのはな。君らの言い分だって、よく分かる」


 それでも、と彼は呟き――――そして。


 ゴン!


 鈍い音が、静かな部屋に鳴り響いた。


「それを承知の上で、頼みたい。この通りだ……っ!」


 それは土下座に近かった。騎士団長は自身の頭を円卓に叩きつけたのだ。その姿にクラスメイト達はあたふたとし出す。


 大の大人がプライドをかなぐり捨てて頭を下げ、自分達に助力を請う。これの意味が分からない者は、少なくとも宗介達の中には居なかった。


「……顔を、上げてください」


 悠斗が静かに、決意を固めたように言った。


「僕は戦います。この世界の事を知って、それでもなお見捨てるなんてこと、出来ない」


 流石は悠斗だな、と宗介は内心で褒めるように、されど皮肉気に吐き捨てた。


 その考えは素晴らしい。それは宗介も同意見であった。


 彼とて他者に感心が無い冷めた人間ということはなく、相応の――――小さな正義感くらいは持っている。それからすると、悠斗の言葉は確かに勇者たり得るだろう。


 だが、愚である。


「あ、天谷の気持ちは分かる。けどよぉ、戦争だろ? 俺らただの高校生だぞ……できるか?」


 そんな宗介の内心を代弁するかの如く、北池が声を上げた。普段の品行方正とは言い難い行いからして、もっと気が強いかと宗介は思っていたが、案外そうでもないらしい。彼の言い分も宗介には分かる為、口出しはしないが。


 実際問題、宗介達は皆、平和な国で暮らしてきた。争い事は精々が喧嘩程度で、戦争など対岸の火事以上に感じたことは無いだろう。


 そんな自分達がいきなり銃を手渡され戦場に送り出されても、何も出来ずに死ぬのがオチだ。と、宗介は考えていた。きっと悠斗とて同じだ、彼は愚人ではない。


 愚人ではない……筈なのだが。


「大丈夫だよ、僕達には戦えるだけの力がある。感じるんだ」


 そう言って悠斗は手を掲げ、目を閉じる。


 何か瞑想するような彼の手元に――――小さな光が灯った。


 “魔法”だ、と宗介は息を飲む。


「これが、根拠さ」


 クラスメイト達は唖然としていた。代表が、あろうことか非現実の世界に生きていたのだ。無理もない。


「いやはや、素晴らしいですな……。もう既に力を掌握されていらっしゃるとは……」


 クロイツが感嘆の声を漏らす。彼としても、予想以上だったのだろう。


「この力は、他の皆にも宿っているるんですよね?」


 そう尋ねる悠斗の目には、聞くまでも無いという確信の色があった。


 が、彼以外は別である。故にそれに答える為、いままで無言を貫いていた魔導師の女性が口を開く。


「間違いないだろう。山から流れる水が、大地を削り川となるように……。天より降る星屑が、悉くを蹂躙し破壊するように……。高い所から落つ物には、総じて強大な力が宿るもの。上の世界(・・・・)から落ちて来た君達には、相応の力が宿っている筈だ」

「だそうだよ、皆」


 エネルギー保存の法則かよ、と宗介は内心で呟く。しかし理に適っているようには思えたし、つまり自分にも何か力が宿っているというのだ。冷静を装ってはいるが、内心は大分高揚している。


(異世界に来て、何か力を授かって。もしかして無双か? 俺の時代がくるのか? それならこの世界に喚ばれたのも……ありかもしれない。ありがとうクロイツさん! あと騎士団長さんと魔女っ子さん!)


 宗介はオタクだ。声高々に宣言したりこそしないものの、ゲームはするし小説も読む、アニメだって見る。ファンタジー世界への理解は、クラスメイト達の中でも五本の指に入ると自負していた。


 そのファンタジー世界の産物を操ることが出来るかもしれない。ともすれば、興奮しない訳が無かった。


 と、宗介が心の中で召喚者に礼を言っている間にも話は進む。


「…………そう言うなら、まあ、良いんじゃねえかな……」


 北池は一応納得したのか、それきり声を潜めた。なんとも言えない表情をしている。


「ともかく、僕は戦うよ。この世界の人々を救うだけの力があるんだから」

「っ! 恩に着る……!!」


 その言葉に、騎士団長はさらに深く頭を下げた。それを悠斗は「気にしないでください」と宥め、クラスメイトを見回す。


「皆もどうかな? 出来ることなら、力を貸して欲しい」


 爽やかで、勇者然としたその出で立ちとカリスマ性。そして先程示した力の一端。


 それらは、クラスメイト達を鼓舞するには十分過ぎた。


「親友の頼みなら……無碍には出来ねェよなぁ?」

「ま、天谷君はそうよね。私も同意見よ」


 先ず、悠斗と特に仲のいい二人――――周防と槍水が声を上げた。


「そ、そういうなら……」

「じゃあ一丁、俺が世界救っちゃおうかな!」

「天谷君の力になれるなら、私も……!」


 それに流されるように、男子は勇者となることを夢見て、女子は熱い瞳で悠斗を見つめ、声を上げる。


「そう……だよね。うん、私もやるよ! この世界の人達の役に立てるなら!」


 葵の言葉で、クラス中の意思が固まった。


「感謝いたします、勇者様方」


 クロイツが恭しく頭を下げる。


(異世界と言ったら、エルフか? 獣人か? 俺も魔法が使える? ゴーレムとか夢があるよな、魔導兵器は存在するのか? ああ、夢が広がる!!)


 宗介は一人静かに、心の中でガッツポーズを決めていた。

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