十九 厄介事の臭い
朝食を摂りに来た客で賑わう街の食堂。木の扉にかけられたベルが、カランカランと、新たな客の来訪を知らせる。
マントを深く羽織って気配を消していた宗介は、その音にほんの少し眉を顰めた。魔眼は眼帯で、義肢はマントで隠しているとはいえ、街に不法侵入している身としてはあまり注目を浴びたくはなかったのだ。
宗介だけならまだいい。気配はマントで消しているから、「なんだあいつ?」と一瞥される程度である。
しかし彼の傍を歩く銀髪蒼眼の少女は、その天使と見紛う程に整い過ぎた容姿のせいで、どうしても人目を惹く。現にこれから外に魔物を討伐しに向かうらしい若手冒険者や食堂併設の宿の宿泊客、そして朝から飲んだくれている街の職人達が、男女問わず目を奪われて惚けていた。
「……なあエリス、眼以外の見た目も変えられないのか?」
「……出来なくはない、けど」
ボソボソっと、結果として向けられる視線――あの天使を侍らすパッとしない男はなんだ? という視線――に縮こまりながら聞いてみる宗介。
勿論、その蒼目の少女はエリスである。吸血鬼等の魔族に見られる特徴的な紅眼を、【影化】の応用によって透き通るような蒼色に偽装しているのだ。
一応、それ以上の偽装も不可能ではない。不可能ではないが……本来の姿とは全く異なる、慣れない姿を維持するのは骨が折れるのだと。
「……まあ、大変なら別に良いけどな。さっさと朝食摂って冒険者ギルドに向かおうぜ」
好奇の視線や嫉妬の視線を一身に背負いながら、食堂のオバチャンにお手頃価格な食事を二人分頼み、そして何処ぞの牛丼チェーンばりの早さで出てきたそれに度肝を抜かれつつ、隅のテーブル席を確保する。出来るだけ視線を集めないようにする為に。
勿論会話も、ボソボソと周りに聞かれないように。
「はぁ、これで冒険者登録できなかったら無一文だぞ、ちくしょう」
「……別に、私の分は要らなかったのに」
「そりゃ、血だけで大丈夫とはいえ、娯楽程度には楽しめるんだろ? なら食べてくれ、偽装だ偽装」
「……そう言うなら」
かつてフォールン大空洞に挑戦し、そして果てていった者達の置き土産である僅かなお金に感謝しつつ、久方ぶりに味わう魔物の血以外の食事を涙ながらに味わい嚥下していく宗介。パンとスープというシンプルなものだが、魔物の血とは比べ物にならないほど美味である。
そんな彼に促されるまま、エリスもチビチビと手を付け始め、何もおかしいところはないと食事する二人に幾らか視線も減っていく。
マントの下から覗く宗介の義手のせいもあって、ヒソヒソ話は未だ止まないが、その中にも彼ら以外の話が聞こえ始めた。「街の東街道に魔物の惨殺死体が山積みにされてたらしい」という話が聞こえてきた時は、流石の宗介も冷や汗を流したが。
ともあれ、何となしに聞き耳を立てていた宗介は、ふと耳に入った話にピクリと食事の手を止める。
「……ソウスケ?」
それに気付いたエリスが、無表情のままどうしたのかという視線を送る。
「……いや、ちと勇者の近況について聞こえたもんでな」
宗介は脱力して椅子の背もたれにもたれかかり、どこか安心したように目を伏せ呟いた。
「――――そうか、無事に生還して、その後攻略したかぁ」
……と。
最下層に落ちてから、宗介にはずっと心配だったことがある。
即ち、悠斗達のその後だ。
機能を停止させられなかった小型ゴーレム達はどうしたのか。仮にもクラスメイトを目の前で失った勇者達が、あの後どれだけ戦えたのか。無事に大橋の扉をこじ開けられたのか。無事に迷宮から生還できたのか。
……自分の奔走は、果たして功を奏したのだろうか。幼馴染は、無事だろうか。
それらが、一抹の不安となって、宗介の頭の中にこびり付いていたのだ。
だが今し方聞こえてきた話によると、なんとか勇者達は無事にフォールン大空洞を脱出し、その二週間後に少人数で再度突入。結果、最下層まで攻略したとのことだ。どうも宗介の心配は杞憂だったらしい。
「……ソウスケが言ってた、幼馴染?」
「ああ。無事で何よりだよ」
ほっとしたように息を吐き、食事を続けた。
そもそも、魔物は宗介達によって一度殲滅された為、自然発生するにしても絶対的に数が少なかっただろうし、大ボスの“鮮血姫”が不在なので、攻略できて当然なのだが。
かけがえのない幼馴染は無事であり、恐らく心が折れていることもないだろうということに、宗介は心の底から安堵する。
そんな宗介の姿に、どこか不安気な無表情で尋ねるのが、エリスだ。
「……会いに、いく?」
「はっ、まさか。むしろ、ここに悠斗達が来る前に出発しないといけなくなったくらいだ。あいつらが“炎帝”から倒すのか、もしくは“龍巫女”か“巨鯨”か、それとも失踪した“鮮血姫”を探すのか、次にどこに向かうかは知らないがな」
宗介は、決まってるだろう?とでも言う風におどけて返した。
悠斗が生きている。それは良い。しかし悠斗が生きているということは、北池もまた然りである。
今、勇者達に……もとい北池に自らの生存を知らせる訳にはいかない。その為に千切れた手足を捨てて来たというのに結局会うなど言語道断。と吐き捨て、パンを千切って口に放り込んだ。
そしてそれを飲み込み、ずびしっと指を差す。
「というか。エリスは何か無いのか?」
「…………何か?」
怪訝そうに少しだけ首を傾げるエリスに、宗介は「そうだ」と頷く。
「俺は北池を見返したい。だから、強くなりたい。だからトリッド活火山へ向かう。これはまあ、やることは小さいけど良いとして」
「ん……立派な目標」
「……まあ、良いとして――――お前は? 責任取る為だけに着いて来て、それでいいのか? やりたいこととか無いのかよ」
例えば、自らを無理に隷属させていた魔王への復讐。例えば、良いように扱われているだろう同胞達の救出。それとも、もっと個人的な何か。まさか何も無いなんてことはあるまい。
確かにエリスは全てを捧げると言ったし、宗介も彼女の力は存分に貸してもらうつもりだ。だからと言って、モノのように扱うつもりは無かった。
お互いに助け助けられ、責任感が転じてか自らを思って着いて来てくれる少女を無碍に扱うなど、宗介にはできないのだ。
そして何よりも。
今でこそ宗介は、身体の半分が魔族でありゴーレムだ。しかし、裏を返せば半分は人間。精神に至っては殆ど元のままである。強いて言うなは血やスプラッタ等に対して忌避感こそ抱かなくなったが、それ以外は人間の時と変わらない。
それなのに人間性というものを捨ててしまっては――――本当の魔族、人類の敵となってしまう。しかも北池との一件で決別した、葵曰く“かっこわるい”自分に逆戻りするというオマケ付きで。
誠実には誠実であれ……こればかりは妥協できなかった。否、妥協してはいけなかった。
自分が自分である為の、最後の砦なのだ。
「別に今すぐに言えとは言わない。俺としても強くなるのが最優先だし、エリスが口下手なのも知ってるからな。ただ、何かあったら言ってくれ」
思い悩んだように俯くエリスに、宗介は出来る限り優しい声色でそう伝える。
「…………私、は」
エリスは少々暗い表情をして俯いた。
どうやら何も無い訳ではなさそうだが、彼女の中でも葛藤があるのだろう。それとも別の理由か……何れにせよ、出会って二週間程度の宗介には知りようのないことだ。勿論、推測程度は可能だが。
日の光を浴びても灰にならず、むしろ殆どの弱点に対して耐性を持つという吸血鬼としては明らかに異端過ぎる力。見た目十数歳で一種族の王に祭り上げられたという事実。そして魔王によって……此度の“第二次人魔大戦”の準備期間も含めて、数年は身体の自由を奪われていたこと。
これらのことから考えて、まさか本当に何も思う所が無いだろうか? いやありえない。
(……ま、邪推だよな。本人が言おうとしないんだし)
ありえないが……本人が言おうとしない以上、それを無闇に聞き出すような野暮な真似はしない。地雷を踏むかもしれないので。
俯きつつも怪しまれない程度に、小さな口でパンを食べる少女を、宗介はなんとも微笑まし気に眺めながら自らも、スープに浸したパンを頬張る。
――――その時だ。
「すまない。隣、良いかな?」
突然、自分達に声がかけられた。
はぁ? と宗介は眉を顰め、その声の主を一瞥する。
「……逆に聞くがな、わざわざ隅の席に座ったってのに、許可すると思うか?」
「しないだろうね。あぁ、失礼させてもらおう」
「いや、それはおかしい」
さも当然のように余っていた椅子を引き、抱えていた朝食をテーブルに置き腰掛けるその女性に、思わず宗介は突っ込む。彼女が座ったのは向かい合って座る二人の間、丁度三角形に並ぶ形だ。
不快感を限界まで露わにしたジト目を向ける宗介。いつも無表情のエリスさえ、誰が見ても分かる程不快気に目を細めていた。
その暴挙に走った女性に見覚えは無い。食堂の客達が熱い視線を送っているあたりそれなりに有名なのだろうが、二人とも割と浮世離れしているので。
それはともかく。
……腰上まで伸びた艶やかな金髪を後ろで一纏めにした、剣のように鋭い雰囲気を纏った女性。
歳は二十に到達するかしないかくらいか。スラリとした長身と大人びた顔立ちのせいでそう見えるだけであって、実際は十八かそこらかもしれない。
そんな彼女の姿で特に目を引くのは……胸元だろうか。
別に、彼女が纏う軍服――白と青を基調とした清廉さを感じさせる一品――の上からでも分かるほど豊満な胸に目を惹かれるとか、男の性だとか、そう言う話では決してなくて。
胸元にキラリと輝く金の徽章が目を引くのだ。
後光を纏った一振りの聖剣と、二対四枚の天翼を象ったその紋章、宗介には見覚えがあった。
「……聖王国の騎士様が、しがない旅人にどんな用で?」
聖ルミナス王国の、及び王国騎士団を象徴するその徽章。異世界に来てから暫くの間は騎士団員から訓練、教育を受けていたので、見慣れたものである。
王国騎士……このトリッドの街は聖ルミナス王国領である為、よもや居ないとは思っていなかったが、少なくとも半魔であり犯罪者である宗介としては絶対に関わり合いになりたくない人種だ。
「いや、特に用事は無いのだが……私の【直感】が、君達には“何かある”と訴えてくるものでね。話だけでも聞かせてもらおうと思った次第さ」
「特に用も無いのに注目を集められるなんて、たまったもんじゃないんだが」
チッと舌打ち一発、二人は露骨に嫌な顔をしながら黙々と食事を進める。
「さっさと食べて出るぞ、エリス。こんな見るからに厄介な輩になんて構ってられるか」
「……ん」
「随分とまあ、つれないじゃないか」
苦笑いしつつ、自らも食事に手を付け始める女騎士。
その碧色の瞳は、ジッと宗介を見つめていた。
「根拠はないが、そうだな……例えば、街の東に転がっていた魔物達の惨殺死体。あれに君達が関わっていると私は踏んでいるが、どうかな」
「…………直感か?」
ほんの一瞬、苦虫を噛み潰したような表情を見せて尋ねる宗介に、女騎士は頷く。
確かに、虎徹参式とランサーのギロチンで殲滅した魔物達は、残念極まりない魔石しか取れなかったので放置してきた。
エリスが持つ異空間収納の指輪だが、あれとて無限に物を収納出来る訳ではない。使用者の魔力量で容量は変わるらしく、名うての地属性魔法使いである彼女の魔力は膨大だが……それでもフォールン大空洞で取れた鉱石や魔石、加えて“ランサー”や“虎徹参式”等を収納している為、ゴミを入れておく余裕は無いのだ。
それはともかく、あれをやったのは宗介で間違い無い。
しかし、その死体に宗介へと繋がる手掛かりは無い筈。であれば、確かに彼女がそれを言い当てられたのは“勘”によるものだろう。目の前の女騎士の直感に末恐ろしいものを感じながら、されど宗介は肩をすくめ戯けるように言う。
「俺もあの惨劇は見てきたがなぁ……こんなパッとしない男と年端もいかない少女に出来ると思うか?」
「……そう言われるとそんな気もしなくは……。いやしかし、私の【直感】が外れたことなど……」
むむむ、と女騎士は顎に手を当てて考え込んだ。
宗介は気配を消しており、控えめに言っても強そうには見えない筈。エリスとて実際は魔族の大魔法使いだが、今の見た目は銀髪蒼眼の幼い少女だ。そんな二人が魔物の大群を殲滅出来るかと言えば……否と答えざるを得ないだろう。
「ま、頼り過ぎるのも良くないってことだ。じゃあな騎士様、俺達はお先に失礼させてもらう」
「ん……ごちそうさま」
そんな彼女を尻目に、最後のパンを飲み込みそそくさと立ち上がる宗介。エリスもそれに追随し、女騎士及び自分達に向けられる視線からスルリと抜け出すように食堂を後にする。
正直言って、一刻も早くこの一緒に居たら絶対にロクなことが無いであろう騎士様から離れたかった。
数年間、厄介事から逃げ回るヘタレ生活を続けていた宗介は、厄介事の種かそうでないかをボンヤリと見極められるというなんとも言えない特技――と言えるのかも不明――を会得していた。その第六感によると、間違いなく件の女騎士は厄介事の種となる人物だ。
また、下手に長時間話していたら、ひょんなことから魔族であることや不法に街へ侵入したことがバレる可能性もあったので。
「なっ! ちょっ、待って――――」
女騎士は二人を追いかけようとして……まだ殆ど口を付けていない食事に苦戦している。
その姿にヒラヒラと手を振りつつ食堂の扉を潜り、久方振りの食事をイマイチ堪能出来なかったことに内心で嘆く宗介。
「はぁ……。危うく街に入って即日お縄になる所だったし、最悪だよあの騎士様」
「……邪魔者。消す?」
「止めい、人死には勘弁だっつーの」
可愛い顔でサラッと怖いことを言うエリスに若干の戦慄を覚えながら、あの女騎士が追いかけて来られないよう、足早に次なる目的地――――“冒険者ギルド”へと向かうのだった。
◆
「ここか、デカいなぁ」
「……でも、ちょっと、寂れてる?」
「このご時世だからな」
ドンッ! と佇む“冒険者ギルド、トリッド支部”を見上げ、そして街道を走っていただけで魔物の大群に追いかけられたという悲しい思い出……というよりも悲しい殺戮劇を偲ぶ宗介。
しかし入り口の前で止まっていても仕方ないので、目の前の重厚な扉に手を掛け、ギギィッと押し開いた。
――――暗い。
第一印象は、そんなところだろうか。もしくは“活気が無い”だ。
石造りのギルド内には、正面に各種受付を担当するであろうカウンターが幾つか並び、傍には休憩か待合かの為にテーブルとベンチが置かれている。
空間的には大分広い。先の重厚な扉といい、もしもの時には街の避難所にもなる造りなのだろう。さながら小さな砦のようだった。
冒険者達の数は多い。テーブルやカウンターに何人も、何組も居る。鎧と剣を装備した者、ローブを纏い杖を持った者、動きやすそうな軽装に幾つかの短剣を腰に差した者等、多種多様である。
……しかし活気が無い。いや、冷静に考えれば仕方ないと言えるのだが。
この街は、“トリッド活火山”で取れる鉱石や魔石で栄えた街。ともすれば冒険者達には、危険を顧みず火山に潜ってそれらを採ってくることで生計を立てる者が多くなる。
しかし今、トリッド活火山は魔王軍によって占拠された大迷宮と化している。当然、火山の周りも魔物が跋扈する危険地帯で、しかし街の近くの魔物は非常に見入りが悪い。
つまり殆どの冒険者達は今、ロクな仕事が無いのだ。活気が無くなって当然であった。
まあそんなこと、宗介には関係ないのだが。
暗い雰囲気のギルド内を一瞥し、「見慣れない奴だな」的な視線を有難く全身に頂戴しながら、おもむろにカウンターへと歩みを進める宗介。その後をエリスがトコトコと追いかける。
途端、今までの雰囲気は何だったのかと言う程にざわめき立つ冒険者達。無理もない。暇ここに極まれり、と言った所に何か色々とよく分からない二人組がやって来たのだから。それこそ、飢えた獣の檻にエサを投げ込むようなものだ。
「誰だあいつら?」とか「天使だ! 本物の天使だ!」とか「お前ロリコンだったのか」とか「ガキ二人が何の用だ?」とか……舐め回すような好奇の視線に晒されなながら、宗介は空いているカウンターの前で脚を止める。
「えっと、素材や魔石の買取と冒険者登録を頼みたいんだが」
ざわっ、と周りの冒険者達がどよめく。理由は色々とあるのだろう。あんな若い奴が冒険者にとって不景気なこの時代に……とか、女連れて冒険者登録なんて舐めてるのか? といった具合に。
知ったことではない。というか避けようがない。
受付の女性は、マニュアル通りと言った具合に宗介へ言葉を返した。
「はい。買取でしたら、まずは冒険者登録が必要となります。登録手数料と、身分証かそれの代わりとなる物の提示が必要となりますが、大丈夫でしょうか?」
その言葉に、「やっぱりか」と苦虫を百匹くらい噛み潰したような表情を浮かべる宗介。
……どちらも持っていなかった。
登録手数料に関しては、フォールン大空洞表層付近で取れた魔石や、魔物の死骸を売って差し引いて貰えばいいだろう。しかし身分証はそうもいかない。
いや、“ステータスプレート”があると言えばある。あれは王都で召喚された勇者達だけに渡されたもので、困った時はとりあえず見せれば“勇者”である証明にはなるのだ。
問題は、勇者である証明をすることは出来ない点だろうか。そんなことをすれば大騒ぎになること間違い無しである。そして、一人別行動をする勇者が居ると悠斗や北池達の耳に入れば……。
「あー……身分証がな、どうにかならないか?」
「どうにかと言われましても、規定ですので……。こちらとしても、身分不詳の怪しい方をギルドに加入させる訳には……」
当然であった。身分証が無いなど異常に過ぎる。そんなヤバい人物を加入させるほど、冒険者ギルドは甘くないのだ。このままでは押し問答である。
……しかし、はたしてここでステータスプレートを見せて良いものか。答えは否だ。人目の無い所で、口が堅いと信頼できる者にしか見せられるものではなかった。
どうしたものかと目を合わせる宗介達に、受付の女性が怪しい者を見る目に変わっていく。宗介はこれは出直した方がいいか……と思案し始める。
そんな時だ。
「おいおい、兄ちゃん達よぉ。冒険者登録しに来たって、マジなのかぁ?」
……本日二度目。突然、声をかけられた。
強烈なデジャブに顔を引き攣らせながら宗介は振り返る。
「冒険者ってのはなぁ、子供のお遊びじゃねえんだぞ? 分かってんのか?」
「…………いや、分かってるが。それよりも、今ちょっと取り込んでるから、後にしてくれないか?」
小さく溜息を吐きつつ、ジロリと後ろの冒険者――――ガタイの良い強面の……されど何処か小物臭漂わせる、いかにもチンピラな冒険者に目を向けた。
ニヤニヤと絡んでくる姿には、どこか北池達に通ずるものを感じる。多分こいつは彼らと同じ人種だ。
(あるだろうな、とは思ってたが……どうしたもんか)
静かに舌打ち、こう言う時の対処法を思い起こす宗介。
選択肢としては、さっさと逃げ出すか――――もしくはねじ伏せて力を見せつけるかだろう。北池の一件ではハッタリで後者を選び、そして見事に失敗した訳だが、今の宗介にはどちらも卒無くこなせる力がある。
まあ、逃げる方が楽だが……
「分かってるんなら、さっさと故郷に帰って母ちゃんのミルクを飲んでる方がお利口だぜ? あぁ、安心しな。隣の嬢ちゃんは、この俺が責任持って面倒見といてやるからよぉ」
へへ、とチンピラはニヤケ顔を浮かべる。案の定であった。普段は無表情なエリスの表情が極限まで引き攣っている。周りの冒険者達も「あいつ……」みたいな表情を浮かべている。若干名、宗介達に対する哀れみもあったが。
むしろ母に会えるものなら会いたいんだが、と内心で異世界召喚に愚痴りつつ。
「へへ、ほら嬢ちゃん。そんな男より、俺と一緒に行こうぜ? これでも銀ランクだからなぁ、頼りになるぜぇ?」
下卑た笑みを浮かべて、ピクリとその言葉に小さく反応したエリスに手を伸ばすチンピラ。
「おい、やめとけ」と宗介が手を伸ばそうとした瞬間――――
パシッ。
「っ!?」
その手が、払われた。
チンピラは、予想だにしなかった事態に目を丸くする。手がエリスの肩に触れる前に止めるつもりだった宗介もだ。
チンピラの手を打ち払った張本人……エリスは、怒りを孕みつつ、されど絶対零度の紅い瞳で目の前のゴミを見つめて、言い放つ。
「…………私の恩人を侮辱しないで。ソウスケは、お前なんかよりもずっと強くて、かっこよくて、頼りになる。比べるまでもない」
明らかにトーンの落ちた声で、得も言えぬ感情が詰まった氷の無表情で、ほんの一瞬だけ怒りを露わにした。
その後、まるで幻だったかのように紅い瞳は蒼色に戻り、ギュッと宗介の服の裾を握りしめる。
「私の身体は、髪の一筋から足の指先まで、余すところなくソウスケのもの。お前ごときが触れていいものじゃない……二度と触らないで」
「こ、このガキ……! 下手に出てりゃ良い気になりやがって……ッ!」
あまりの言いように頭に来たのか、チンピラは再度手を伸ばす。もはや有無を言わさず自分のものにするつもりだ。
目を細め、次は魔法を使おうと魔力を練り始めるエリス。
「ったく、止めろって」
流石の宗介も「これは不味いだろ」と溜息を吐きながら、伸ばされる手を横合いから義手で掴み取った。
そしてそのまま、義手に力を込めていく。
ミシミシッ。
「――――ッ!? ぐ、ぁあ……!」
それはさながら万力。義手によって鷲掴みにされたチンピラの手が嫌な音を立てて悲鳴を上げる。
そんなことは何処吹く風で、エリスを自らの傍に避難させつつ愚痴る宗介。
「そんな風に言われたら動かざるを得ないだろうが、卑怯だぞ。はぁ……騒ぎは起こしたくなかったんだが……」
「……ごめん、なさい。でも……」
「ま、やらかしたもんは仕方ない。どうせ選択肢の一つにはあったしな」
よくやった、と頭に置かれた手の感触に、エリスはほんの少し頬を緩めた。それを横目で眺めつつ、宗介は必死に義手を殴りつけたり握りしめる指を外そうと無意味に涙目で奔走するチンピラへと目をやる。
「く、くそっ、なんだよこの手は! ビクともしねぇっ!!」
「すまんな、別に恨みはないんだが」
ある程度の所で握力増加を止めてチンピラの手を鷲掴みにしたまま、義手を操作して手首をゆっくりと回転させていく。
――――彼の義手の手首はよく回る。というか三百六十度自由に回転する。ドライバーやらの工具を使いやすくしたり、拳撃の威力を高める為だ。宗介曰く、「手首無限クルクルはロマン」だそうで。
ともかく。結果、チンピラの手がみるみるうちに捻られていく。
「ぐぅ……!? や、やめ、ぃだだだだっ!!」
涙を散らしながら身を捩って必死に逃れようとするチンピラ。しかし無駄だ。ゴーレムの腕によって鷲掴みにされているのだから。
「さて……二度と俺達に関わらないと約束すれば、解放してやらんでもないが」
……どうする? と宗介は言外に尋ねる。涙目のチンピラはその問いに即座に首を縦に振った。それはもう何度も。
「誓う、誓う! だから離してくれ手首が手首が手首がぁっ!!」
「は、良い子だ」
ニヤリと、犬歯を晒して嗤う宗介。瞬間、チンピラの表情に戦慄が奔った。
――――しかし、時すでに遅し。
宗介はスッと踏み込むと、手首が捻られているせいでくの字に折れ曲がったチンピラの姿勢を崩し……
ドシンッ!!
そのまま、綺麗に背負い投げを決めた。
……静まり返るギルド内。
頭を打ったのか白目を剥いて気絶するチンピラを一瞥し、興味が尽きたと言わんばかりにカウンターの前に向き直る宗介。
「すみません、騒いじゃって。とりあえず、今日のところは出直します」
「は、はぁ……」
唖然とする受付の女性に軽く謝罪しつつ、「行くぞ」とエリスを引き連れて踵を返した。
流石に目立ちすぎた。先のチンピラのような馬鹿が溢れてくることは無くなっただろうが、この雰囲気の中で冒険者登録に関する押し問答を続ける勇気は無い。入って来た時とはまた別種の視線を全身に浴びながら、そそくさと重厚な扉に向かう。
向かったのだが……
「嫌な気配と騒ぎを感じたから来てみれば……待て待て、そこの二人組」
三度、背後から唐突にかけられる声。
またか!! とうんざりしながらも渋々振り向いた先には……
「ギルドマスターのゴルドだ。ギルド内での諍いはご法度なんだが……逃げる前に話を聞かせてもらおうか?」
金髪のダンディーなおじさまが、逃がさんぞと言わんばかりに宗介達を見据えていた。




