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十八 痕跡

 そして、やはり魔物の少ない深部を突き進み、流れるように最下層――――第百層のボス部屋へと辿り着いた。


 そのドーム状の大空洞は、正しく月と言った具合に空洞の天辺で輝く“月光石”が淡く照らし、それによって無数の墓標や杭が可視化されている。


 割れた遊歩道や柱、石壁には蔦や草が這い、寂れた雰囲気を感じさせ。


 そして大空洞の四隅と中央に聳える霊廟は、薄汚れているというのに美しく鎮座する。


 しかしそこに、命の気配は無かった。


 “鮮血姫”の気配すらも。


「宗介――っ! 居ないのか!? 居たら返事をしてくれ!」

「宗介くん! 宗介くんっ!! どうして居ないの……? うぅ、そんなの……」


 静寂の中に響き渡る悠斗と葵の悲痛な叫び。勿論返事は無い。強いて言うなら、彼らの後ろを歩く周防達の、痛々しくて見ていられないといった表情が返事となるか。


 ――――最下層には、誰も居なかった。


 その事実が、悠斗と葵を今にも失意の底に引き摺り込もうとする。


 彼らは五十層からここまで、魔物が少ないのを良いことに手分けしてまで宗介を探した。何故かボスの“鮮血姫”が不在の最下層も、くまなくだ。


 それでも何も見つからぬまま、残すは目の前の……ボス部屋中央の一際大きな霊廟のみ。


 四隅の霊廟には何も無かった為、中央のそれにも正直言って期待はできないだろう。


「悠斗、どうするの?」

「勿論、入るさ。ここにきっと、宗介は居るから」

「……そうね」


 槍水の声に返された言葉には、根拠など微塵も無い。


 しかし、そう希望を持たないと……折れてしまうから。


 最後の、小さな小さな希望を胸に、悠斗は霊廟の扉を開ける、


 ――――月光石の光を差す、何処か暗い雰囲気のステンドグラス。神秘的ながらもどこか禍々しい装飾の柱。薄汚れた大理石の床。


 最奥に佇む大きな逆十字には無数の杭が突き立てられており、その袂には重厚な漆黒の棺が、月光石のランプに照らされて安置されている。


 扉の向こうは、吸血鬼の王たる“鮮血姫”が住まう所としてこれ以上ない霊廟であった。


 それらを見回した悠斗は、おもむろに棺へと歩みを進めた。葵もそれに追随する。


 この中で調べられそうな所などただ一つ、棺の中だけだ。もはや道徳観など関係ない。幼馴染の痕跡を探すことしか頭に無かった。


「……宗介くん」

「はは、幼馴染の遺体なんて見たくも無いっていうのに。それでも、ここに居て欲しいと感じるとはね……」


 悠斗は皮肉気に笑う。


 棺の中を探るということは、即ち、この中に宗介の遺体を求めているということだ。そんなこと認めたくないに決まっている。


 しかしここに居なければ、もはや手掛かりは皆無。


 二人は無言で視線を交わし、小さく頷き合い、棺の蓋を開いた。


「――――ッ!?」

「う、そ……っ、そんなの……!」


 そして、戦慄。


 うぷっと口元を押さえ青ざめた悠斗と葵は、震える脚で棺から距離を取る。何事かと駆け寄ってくる槍水達など、もはや意識の外だ。


 棺の中に納められていたものは――――腕と脚であった。


 決して宗介の遺体ではない。機械的なガントレ(・・・・・・・・)ット(・・)を嵌めた一本の右腕と、無残にも大腿部から千切れた一本の左脚である。それが棺の中に、無造作に放り込まれているのだ。大分、ショッキングな光景だろう。


 しかし、仮にも魔物を駆除してきた勇者達。驚きこそすれ、それで精神に異常をきたすことはない。


 その筈なのに彼らがそれを見て青ざめたのは……千切れた腕が装備しているガントレットに見覚えがあったからだ。


 それも当然。大切な幼馴染が装備していたものだ、見間違える訳がない。


「宗介くんの、腕と脚……」


 顔から色を失った葵が、震えた声で呟いた。


 これは果たして、どういう意図でここに納められたのだろうか。元の持ち主は、一体どうなったのだろうか。片腕と片脚を奪われるなど、一体何があったのだろうか――――様々な思考が悠斗と葵の頭を巡る。


 幾ら何でも腕一本から宗介を復活させることなど不可能だろう。例えもう一本、脚があったとしても同じこと。恐らくだが、核となる頭部か心臓部が無ければ蘇生はできまい。


 では、宗介の残り(・・)はどうなったのか。


 身体の半分を欠損しながらも生存しているのか、それとも今頃は魔物の栄養となっているかもしれない。ただ……片腕片脚を喪って生きていけるほど、ここフォールン大空洞が甘くないことは分かる。


 されど、ここまで遺体は見つからず。


 手掛かりを完全に失ったという絶望が、二人の心を覆った。


「ゆ、悠斗? まだ、まだ西田が死んだと決まった訳じゃ……」

「そ、そうよ! 彼がそう簡単に死ぬとは思えないわ!」


 なんとか宥めようと槍水達が奔走するが、届かない。緋山と岩井は、どう声をかければいいのか分からない様子だ。


「…………どうしようか、葵」

「…………どう、すれば、良いのかな」


 心が折れた二人の目からは、光が失われている。かなり不味い状況だ。


「こりゃ駄目だ、完全に折れちまってるぜ」

「とりあえず、背負ってでも連れて帰るしか無いわよね……」


 未だ姿を見せない“鮮血姫”。もし今、彼女が帰ってきたら洒落にならない。ガイアドラゴンよりも強い相手に、戦えない悠斗と葵を庇いながら戦うなど、槍水達では不可能だ。


 一先ずは撤退するしかないだろう。槍水と周防が二人の肩を支えつつ、勇者達は霊廟を後にする。一応、宗介の腕と脚は回収して。


 フォールン大空洞を攻略したというのに、その足取りは重かった。


「……あれ? 岩井君、どうしたの?」


 ふと、霊廟の扉を潜る直前、緋山が後ろを振り返る。隣にいた筈の岩井が、その脚を止めて何かを探すようにキョロキョロとしていたからだ。


「そ、その。周防君、槍水さん、ちょっと待って……」


 その声に、悠斗達の肩を支えて歩いていた二人も振り返り、何かあったのかと尋ねる。


 しきりに床を気にする岩井。


 その理由は……


「ど、何処かに、地下への入り口があると思うんだ。百一層というより、小さな、霊廟の地下一階みたいな空間があって……」


 ということだった。


 彼は地属性魔法の使い手。足音にふと違和感を感じ、地中を調べる魔法を使ってみたところ、更なる地下空間を見つけたのである。そして今、その空間への入り口を探しているという訳だ。


「地下空間、だって?」


 心挫けて死んだ目をしていた二人に、少しだけ光が戻った。


 実際問題、その地下空間が宗介に関わっているという可能性は低いが、それでも微かな希望が見えたのだろう。


「悠斗、探すか?」

「……当然。そもそもここに腕と脚があった以上、宗介は間違いなくここに来ているんだ。なら、痕跡が残っていない筈がない」


 悠斗は、肩を支える周防の腕を払い、一度だけ大きく深呼吸をして精神を落ち着かせる。どんな些細なことも見逃さないようにする為だ。


 葵も我を取り戻し、地下空洞への入り口を探し始める。


「何か、宗介くんに繋がる手掛かりを……!」

「ああ。ここまで来たんだ、何か一つでも見つけないと帰れない。将大、瑠美。二人も協力してくれ!」


 希望ここに得たり、と若干血眼になりながら必死に隠し通路やら階段やらを探す二人に、周防と槍水は「仕方ないな」とお互いに肩を竦めた。


「わざわざ隠してるんなら、闇雲に探しても見つからねぇだろ。いっそブチ抜くか?」

「建物ごと崩れちゃうからやめなさい。でもそうね、ベタな隠し場所は無いかしら?」

「ベタ、か……」


 背中の戦斧に手を掛ける周防を制止する槍水の言葉に、悠斗はふむ、と考え込む。


「某RPGとかで散々使い古されたネタだけど、玉座の裏とかベタだよね!」

「でも、玉座なんて無いよ?」

「確かにそうだけど、思い付いただけだよ葵ちゃん……」


 何を言ってるんだこいつはという葵の視線に、ガクリと項垂れる緋山。しかし成る程、的を射た意見であった。


「玉座の裏、もしくは玉座に類似したもの……何かを隠すには……」


 緋山の言葉にヒントを見出したのか、悠斗は思い立ったように先程調べた棺へと歩み寄る。


 蓋に黄金の十字が刻まれた、大きな漆黒の棺。幼馴染の手足という中々にショッキングな代物が納められていたこと以外は、いたって普通だ。底に扉が付いていたり、何か細工が施されているという訳でもない。


 しかし悠斗は、何か無いかと必死にその棺を調べていく。見かねた周防が彼に駆け寄った。


「おい悠斗、どうしたよ?」

「いや、もしかしたら、この棺はカモフラージュだったんじゃないか……ってね」

「成る程、そりゃあり得るな」

「だろう? だからちょっと、この棺を退けてくれないか? 重いのか固定されているのか、僕の筋力じゃ動かせないみたいなんだ」


 悠斗は苦笑いながら、どこか恨めし気に棺をつま先で小突く。


 もしもこの仮説が正しければ、理由はどうあれ、誰かが何かを隠す為に幼馴染の手足を使ったということになる。ともすれば、憤りを感じて当然であった。


 それを察したのか、「任せろ!」と一言、自慢の筋力及び筋力強化の魔法を以って漆黒の棺を持ち上げた。


 ビキビキビキッ!!


「ちょっ、将大くん!? 何やってるのっ!?」


 唐突に破壊活動を始めた周防に、何事かと驚く葵達。


「悠斗がな、気になるんだってよ!」


 どうもスライド式のギミックによって固定されていたらしい棺が引き千切られ、ズシンと傍に置かれた。まさしく理不尽と破壊の権化である。


 ともかく。


「……やっぱり、か」


 その破壊の跡を、目を細めて見つめる悠斗。


 ――――棺の下には、階段が隠されていた。辛うじて人一人が通れるような、小さな階段だ。奥からは薄ぼんやりと月光石の明かりが見える。


「岩井君、これが地下空洞への入り口で間違いないかな?」

「間違いない、と、思う」


 遂に見つけたその隠し階段に、勇者達はゴクリと息を飲む。


 果たしてこの先に何があり、何が隠されているのか。宗介へと繋がる手掛かりはあるのだろうか。無数の思考が彼らの頭を過る。


 しかし、それら全て、階段の先に脚を踏み入れなければ分からない。


 六人の勇者達は無言で頷き合い、カツリカツリと階段を降りて行くのであった。




 ◆




「“鮮血姫”の住処、なのかな」

「そう、みたいだね」


 階段の奥に続くのは、今までのおどろおどろしい雰囲気とは打って変わって、綺麗に掃除がなされた白く美しい廊下だった。


 廊下の壁に立ち並ぶ扉の向こうには、明らかに使われていないであろう殺風景な部屋や、幾つかの洗い物だけが残された大きな台所、ソファーなんかが置かれた広いリビング等が存在した。途中で見つけた、天蓋付き純白ベッドの置かれた寝室二部屋には、片方にだけやたらと巨大な姿見も鎮座していたり。挙句の果てはトイレなんかもあった。


 使われていないであろう部屋は、掃除だけしておきましたと言わんばかりだというのに、逆にリビングや寝室はあからさまに生活感を残している。それこそ、直前まで使われていた(・・・・・・・・・・)ように、ベッドのシーツが少し捲れてシワになっていたり……。


「けど、西田君はおろか、誰も居ないわね」

「ああ、完全にもぬけの殻だ。内心、鮮血姫と戦えるのを楽しみにしてたんだがなぁ」

「だから将大、その脳筋思考はやめなさいって……」


 苦笑いしながら、人の気配が無い部屋を調べていく勇者達。やがて、生活空間とはまた違う部屋も幾つか見つけた。倉庫らしき部屋や、冷蔵室等だ。


 倉庫はすっからかんであったが、冷蔵室には、赤黒い液体のこびり付いた密閉容器が幾つか残されていた。独特の臭いを放つそれは、恐らく……。


「そういえば、鮮血姫って吸血鬼だっけ?」

「じ、じゃあこれは、人の血液、なのかな……?」


 おっかなびっくりという風にそれらを調べる緋山達。血の貯め置きという中々えげつない所業に背筋に冷たいものを感じる。


 と言っても、どうやら「飲み終わったけど捨てるのも面倒だから放置しておけ」といった具合の代物だ。単純に嫌悪感を抱きこそすれ、これと言って特筆すべきことは無かった。



 そして、最後の部屋。



「ここは……工房なのかな?」


 思わず葵はそんな言葉を漏らす。


 最後の部屋は、他の部屋よりも段違いに使用感溢れる、工房もしくは作業部屋であった。


 恐らく、元はただの空き部屋を改造したのだろう。壁際には明らかに部屋の造りとは不釣り合いな、無骨で簡素な作業台や製図台が並んでいる。ヤケに現代的な見た目の月光石製ランプもあった。傍の本棚には気休め程度に幾つかの本が置かれている。


 色々な材料や道具類が並べられていたであろう棚や壁掛けには、どうみてもゴミを処分するつもりで置いていかれたであろうクズ鉄や、街で売るにも端金にしかならなさそうなクズ魔石等が無造作に放置されている。


 勇者達はおずおずとその部屋に入る。


「鮮血姫はここで、何か作ってたのかしら?」

「何と言うか、イメージに合わないけどね……。さあ、ここが最後だ。何か無いか手分けして探そう」


 吸血鬼、それも“姫”と名のつく存在がモノ作りをするのは想像し難いのだが、こうして存在する以上はそれをするのだろうか。そんな具合で槍水の言葉に苦笑いしながら、悠斗は勇者達に指示を飛ばした。


 明らかに他よりも使用されたであろうその部屋が、ひっくり返す勢いで捜索されていく。


 何か宗介へと繋がるもの、もしくは、どうしてか此処を捨てた鮮血姫の情報等……めぼしい物は全て持ち出された後の部屋から、ほんの小さな痕跡も見逃さんと言わんばかりに。


 そして悠斗は、ある物を見つける。


「……これは」


 作業台の引き出しから出てきた、丸められた羊皮紙の束。


 何気無くそれを開いて眺めた彼は――――我が目を疑った。


「み、皆! ちょっと来てくれ!」


 動揺を隠す様子もなく葵達を集め、何かあったのかと捜索の手を止めて集まる皆の中心で、羊皮紙を作業台に広げる。


 瞬間、勇者達がハッと息を飲んだ。そこに描かれていたものは……


「これ、設計図?」

「そうだ、葵。拳銃と義肢の設計図だよ」


 何度も何度も描き直したであろう、精巧な機械の設計図であった。


 緻密に計算されて描かれた口径十五ミリのハンドガンや、中にエンジンと思しき機関や幾つかの武装、ギミックが内蔵された機械の右腕と左脚。補足説明を読む限り、どうやらただの機械ではなく“魔石”を使うらしい。


 それを見た岩井が、ふと呟いた。


「……もしかして、ゴーレム?」

「ゴーレム、だって?」

「う、うん。実はその……西田君が居なくなってから、僕が代わりになれないかって、勉強してたんだ。ゴーレム制作と地属性魔法って、似通った技術だから……。この設計図は多分、機械だけど機械じゃない……ゴーレムの設計図だと思う。間違いないよ」


 ふむ、と悠斗は考え込む。いや考えるまでもなかった。


「ならこれは、宗介が描いたものだと見るのが妥当だろうね。自動拳銃なんてこの世界には存在しないし、義肢はちょうど、宗介が喪ったであろう部位を補う形になっているから」


 途端、葵の表情がパアッと明るくなった。


「じゃあ、宗介くんは生きてるの!?」


 悠斗は、その言葉に強く頷く。その頬は明らかに綻びを隠せて居ない。


「はぁぁ……良かった、本当に良かった! 無事なんだね、宗介くん……」

「ああ、宗介は無事だ。少なくとも、間違いなく“ここ”で生きていたんだ」


 二人は、深い深い安堵の息を漏らす。


 奈落に落ちた大切な幼馴染は無事。今何処に居るかは分からないが、生きている。その事実が、張り詰めていたものを解したのだ。思わず手を取り、喜び合ったのも無理はない。


 ――――しかし。


「……生きているなら、どうして私達に会いに来なかったのかしら? この拳銃や義肢の武装からして恐らく、単身での脱出を試みて、そして生きて脱出できたと思うのだけど……」


 悩むように呟かれた槍水の疑問。これが分からない。


 彼が義肢を装備していたのなら、最低でもそれだけは魔物に食べられることなく残り続けるだろう。上層にそれらが無いということは、即ち彼が生きているということ。ここまでは悠斗達も分かっていた。


 しかし、それでは何故、生存報告をしに来なかったのか?


 方法など幾らでもある。最悪の場合は迷宮の前で待っていれば、少なくとも幼馴染であり実力のある悠斗くらいは助けに来ることくらい、容易に想像出来た筈だ。


 そうでなくとも、フォールン大空洞から生還した以上その辺の魔物にやられる訳も無いので、時間をかければ戻って来れるだろう。ここから聖ルミナス王国王都への道のりは長いものの一本道で、馬車の(わだち)だって残っているのだから、まさか迷うことも無い。すれ違った可能性も無くはないが、それも低いと言える。


 だというのに。


「確かに……どうしてだろう?」


 ふむぅ、と考え込む悠斗。


「何か、秘密にしなきゃいけない理由があったとか?」

「クラスメイトどころか、幼馴染にまで隠す理由だろぉ? どんな理由だよそれ」

「そ、それはわたしに言われても分かんないよぉ……」

「かーっ! 使えねえな、緋山よぉ」

「酷くない!? 周防君も考えてよっ!」


 喚きながらポカポカと周防を殴りつける緋山に苦笑いしながら、悠斗と葵は険しい表情で考察する。


 ――――何故、幼馴染は自分達に生存していることを隠したのか。


 それも、自らの千切れた手足をブラフに使うことで居住空間を隠蔽するという、とんでもない暴挙にまで走って。


「そもそも、だ。ここは恐らく“鮮血姫”の住処だろう? どうして宗介が、そんな所で過ごしてたんだ?」

「分らないよ……。宗介くんがボスを倒して、それで使わせてもらってたのかな?」

「かもしれないけど、寝室が二部屋とも使われていた跡があったり、台所には二つのグラスが残ってたり、明らかに宗介じゃない誰かも暮らしていた痕跡があったよ」

「……もしかして、鮮血姫と一緒に過ごしてた?」

「可能性は、高いと言えるね」


 高い知力を総動員して様々な理由を考える二人の頭に、ポツリポツリと嫌な推測が浮かんで行く。


 宗介は恐らく最下層まで落ちた後、鮮血姫と戦った。いくら不老不死の吸血鬼とは言えど弱点はあるし、確か宗介はその弱点を突く武器を用意していた筈だ。加えて事前服用型の蘇生ポーションも有ったのだから、戦うという選択肢を取ってもおかしくはないだろう。九十九層に上がるよりは勝率がある筈だ。


 そして勝敗はどうあれ、結果として四肢の半分を喪った。


 その後、宗介は誰かもう一人と共にこの居住空間で過ごし、同時に迷宮を脱出する為の武器と義肢を創った。


 そして無事生還。しかし王国には戻らず、その姿を眩ませた。


 何故、宗介は王国に戻ってこなかった? 何故、幼馴染の元に顔を出さなかった? 何故、手足をブラフにしてまで生存を隠した?


「……なあ、葵」

「……何? 悠斗くん」

「その、最悪の結論に至ってしまったんだけど」

「奇遇だね悠斗くん、わたしもだよ。さすが幼馴染だね」


 二人は向き合い、その弾き出した答えに顔を青ざめる。



 ――――“鮮血姫”。名を、エリスティア。


 その実態は夜を統べる不老不死の種族、吸血鬼の王。


 人の血を吸うことで生きる彼らのエサとなった者は、もれなく同じ吸血鬼として生まれ変わるのだとか……。



 悠斗は最悪の事態に、冷たいものを背中に感じながらも、意を決して周防達にそれを告げる。


「皆。もしかしたら宗介は、吸血鬼にされて……魔に堕ちたのかもしれない。多分今頃は、“鮮血姫”の眷族として……」


 瞬間、周防達が戦慄の表情を浮かべた。


「ち、ちょっと待てよ! それってつまり、西田が敵になったってことか!?」

「確かに、だとすると姿を眩ましたのにも頷けるわね。もう、最悪じゃないの……」

「わ、私達、クラスメイト同士で戦わなきゃいけないの!? そんなの嫌だよ!」

「ど、どうするの……?」


 最悪、などと言う話ではなかった。


 勇者達は皆、宗介の活躍があって生き延びているのだ。その恩人に剣を向けることになるなど……耐え難いにも程がある。


 しかも宗介が鮮血姫のシモベになったということは、魔王軍に勇者の力が渡ったということだ。少なくとも、フォールン大空洞を攻略するに足る強力なゴーレムを創れる勇者の力が。


 それに加えて、悠斗達の情報も魔王軍に渡った可能性がある。眷族化の度合いにもよるが、少なくとも自我を持った状態で眷族となったのなら、情報は渡ってしまっただろう。


 かなり絶望的な状況だ。


「どうするのよ、悠斗……?」


 いつもはクールな槍水が不安気に尋ねる。


 勿論悠斗は、この程度で諦めるような男ではない。例え絶望的な状況であろうと、そこに大切な幼馴染が居るのだから答えは決まっていた。


「当然、止める。そして助ける。僕と葵の力があれば、吸血鬼化を解除することも出来ると思うからね」

「それはつまり、幼馴染に剣を向けることになるのよ?」


 ぐっ、と言葉に詰まる悠斗。


 しかし、だ。


「…………その先に、宗介を救う道があるなら」

「……そう。貴方が決めたのなら、私は何も言わないわ」


 剣を向けてでも、助けられるなら。彼は剣を取る。


 幼馴染を救う為に。


 そしてその為には、必要なことがある。


「皆、この事は僕達だけの秘密にしてもらえないかな?」

「あぁ、どうしてだ? 勇者全員で行った方がいいだろ?」

「魔族は敵……つまり宗介は、僕達勇者にとって敵となる。もしも他の皆が宗介を殺してしまったら、取り返しがつかない」


 宗介を救えるのは、おそらく“薬師”の葵と“再生”を司る光属性を持った悠斗だけ。他の勇者達では、不老不死の吸血鬼と化したであろう宗介を救うことはできないのだ。精々が、弱点を突いて殺し切るしかできない。


「僕以外が戦えば、どちらかが死ぬしかない。それじゃあ駄目なんだ。宗介は絶対に僕が助ける。僕がケリを付ける! だから、どうかお願いだ、この事実は絶対に誰にも話さないでくれ!!」


 土下座でもしそうな勢いで懇願する悠斗。強い意志が篭った、必死の懇願だった。


 その姿を見た勇者達は……


「へっ、馬鹿言うなよ――――僕“達”が助ける、だろ? お前一人じゃ不安だっつーの!」

「っ! 将大……」

「全く、西田君は仕方ないわね。北池君達に良いようにされたり、誰かに心配をかけないと気が済まないのかしら。私もやるわ、親友の幼馴染でクラスメイトだものね」

「瑠美……!」

「ぼ、僕も。その、あまり戦えないけど……この西田君が置いていった設計図を参考にすれば、強力な武器を作れると思うし……」

「じゃあ、私も参加しないとね! 私はそれなりに戦えるし、西田君の武器を再現するには火属性の力も必要でしょ? 協力するね!」

「岩井、緋山……二人とも……」


 彼らの優しさに、悠斗は目頭が熱くなるのを感じた。


 全くもって、最高の仲間達だ。


「わたしも、やるよ。宗介くんを放ってなんておけないもん。それに、悠斗くん一人じゃ宗介くんを助けられないでしょ?」

「葵……」


 胸元で手を合わせ、目を伏せる葵。


「もう一度、皆で笑い合いたい。皆で宗介くんを助けて、皆で魔王を倒して、皆で日本に帰りたい」

「……当然さ」


 悠斗は小さく笑い、そして深呼吸を一つ。


「――――皆で、宗介を助けよう。そして、ハッピーエンドを迎えるんだ!」


 六人の勇者の掛け声が、奈落の底に鳴り響いた。

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