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十七 幼馴染を探して

二話ほど悠斗サイドの話を。

二話目は出来るだけ早く投稿しますので、どうかお付き合いお願いします。

 時は少し巻き戻り、勇者達がフォールン大空洞より生還してから――――たった一人を除いて生還してから、二週間。


 彼らはまた、馬車に揺られていた。



「ねえ、本当に葵も迷宮に入るの……?」


 槍水が、ふと向かいに座る葵へ声をかけた。その問いに葵は強く頷いて言葉を返す。


「うん。絶対に宗介くんは生きてる。そして、きっと助けを待ってる。だから行くの。もう見てないところで宗介くんを失うのは、嫌だもん」

「……そう」


 向かう先の遥か遠く、力強い瞳で廃都の王城を幻視する葵に、槍水はどう答えたら良いのか言葉に詰まる。


 ハッキリ言うと、運悪く流れ弾を受けて(・・・・・・・・・・)奈落に落ちた一人の勇者、西田宗介が、落ちた先で未だ生きているという可能性はゼロに近い。


 下層の橋か何かに身体を打ち付けるか、もし運良く生きながらえても餓死するか、脱出しようとして魔物に殺されるか。控えめに言っても、相当な奇跡が起こらなければ生き延びることはできまい。


 クラスメイトはその殆どが彼を死んだものとして扱った。当然である。彼がまだ生きていると信じている者など、悠斗と葵、そして辛うじて二人の親友である周防と槍水だけだ。


 幼馴染の二人は、諦め切れなかった。


「宗介は、絶対に助ける。例え死んでいても、生き返らせる。葵の“秘薬”と、僕の魔法が……“再生”を司る光属性魔法があれば、きっと……!」


 葵の隣に座る悠斗が、ギリギリッと、爪が手の皮を突き破る程に強く手を握り締める。


 それを見た槍水と周防は、なんとも言えない表情で向かい合い、そして小さく溜息を零した。


 葵が宗介に渡した青白いポーション。あれは、“死ぬ前に飲んでおけば一度だけ復活出来るポーション”だった。副次効果として持続回復(リジェネ)効果や多少の身体強化も発揮していたが。


 悠斗達が帰還してから二週間。宗介が帰ってこなかったことを知った葵は三日三晩泣き悔やみ悲嘆に暮れるも、そのポーションがある以上宗介は死んでいないと判断し、ならば次は絶対に助けるのだと、より強力なポーションを作れるよう特訓に励んだ。


 結果としては、やはり事前に服用していなければいけないものの、更に蘇生力を高めたポーションを作れるようになった。


 また悠斗も、宗介を助け出す為に寝る間も惜しんで剣の腕と魔法の腕を磨いた。


 剣は、立ち塞がる魔物を倒す為。魔法は――――考えたくも無いが、既に命を落としているかもしれない宗介を救う為。


 魔法の属性には、それぞれ司るものがある。


 火属性は“エネルギー”。水は“液体”。風は“気体”。地は“固体”。魔法とはすなわち、その属性が司るモノを分かり易い形で操る技術なのだ。


 そして光属性が司るモノと言えば、“再生”。つまり、蘇生のポーションと“再生”の力が合わされば、宗介を助け出せる可能性もある。


 この微かな希望が、かけがえのない幼馴染を失った二人の心を繋ぎとめた要因とも言えた。


 そして遂に、第二次フォールン大空洞攻略遠征が実施され、いざ宗介を……と言うわけだ。


 しかし残念ながら、参加した勇者は少ない。


 まず、宗介が死んだことにより戦うということが出来なくなった者が十人程。未だ力不足だと城に残って特訓に励む者が十人程。そして、何故か遠征から降りた北池達三人組……。


 結果としては召喚された勇者達三十人の内、たったの六人しかこの遠征に参加しなかった。


 それでも彼らはやるのだ。戦闘能力皆無の葵ですら、世界を救う為に。もしくは宗介を救う為に。


「待っててね、宗介くん。すぐに助けるから……!」


 勇気ある勇者達六人と荷物を載せた馬車数台は、ガタンガタンと揺られながら、フォールン大空洞へと向かっていく。




 ◆




 第二回迷宮攻略は、順調だった。


 いや、順調過ぎた。


 かつて魔物の大群が襲ってきた一層目の広間では、そこに立ち並ぶ魔物を使ったグロテスクな現代アートや、誰かが対物ライフルでも乱射したかのように大きな風穴を身体に開けた死体の山に、勇者一同盛大に吐き気を催したものの、肝心の魔物には襲われず。


 十層以降に入ると、もはやボス以外では数える程しか魔物と出会わず。悠斗達が皆強くなっていたこともあいまって、たった一日で五十層目まで辿り着き。


 そこでゴーレム達と戦い――――果てには一人の犠牲を出した事など、夢だったかのように佇む大橋の上で休憩し。


 百を超える大群で獲物を狩るという五十一層の狼型魔物と遭遇し、その両手で数えられる程度の群れに肩透かしを喰らい。


 その後も、まるで誰かに一度殲滅された(・・・・・・・・・・)かのように魔物の数が減った迷宮を降りて行き。


 そして――――


「……あいつが、九十層のボス」

「へへ、ドラゴンか。相手にとって不足無しだぜ。ここまでヤケに魔物が少なくてウズウズしてたんだ。楽しませてくれそうだなァ!」

「もう、どうして将大はこんな戦闘狂になっちゃったのよ……」


 目の前に佇み唸りを上げる黒金色の巨竜を見上げ、そして勇者達は各々が武器を取る。


「この先にきっと、宗介くんが」

「ああ、ここまで降りてきて見つからなかったんだ。残り十層、きっとそこに居る……。葵、下がっていてくれ。葵まで失うのは……嫌だから」

「……うん」


 ここまで悠斗達の後を着いてきた葵は、大人しくその身を退く。


 彼女は“薬師”。亜竜と戦うに足る力など持っていないのだ。故に葵は、幼馴染を、親友を信じて下がる。戦いの邪魔にならぬよう。


「二人とも、葵の護衛は任せたよ」


 悠斗はチャキッと巨竜に臆することなく聖剣を構え、もう二人のクラスメイトにそう告げる。任せておけと強く頷くのは、緋山(ひやま)(りん)岩井(いわい)光田(こうた)


「ふふん、葵ちゃんは絶対に守ってみせるよ!」

「ぼ、僕も、ドラゴンと戦う勇気はないけど、盾くらいなら……」


 緋山は火属性魔法の使い手で、快活な少女。岩井は地属性魔法の使い手で、少し内気な少年だ。宗介が落ちていくのを見て心を折ること無く、そして今回の遠征にも乗り出した、真に勇気ある者達である。


 その少年少女と騎士団員が、か弱くも幼馴染を救う為に立ち上がった少女の盾となる。


「さあ、一秒たりとも無駄には出来ないんだ。通してもらうよ! 《エンゼルハイロウ》!!」


 先手は悠斗。光り輝く後光を纏い、そして光り輝く三日月型の斬撃を放った。


 大橋の表面を削り取りながら疾走するその斬撃は、巨竜の鱗をも削り取り肉を断つ。


「ギィォオアアッッ!!」


 鋼の胴に斜め一閃。真紅の傷を刻み込んだガイアドラゴンは大きな悲鳴を上げる。


 悠斗の技能【対竜特攻】は、間違いなく効果を発揮していた。


 しかし、流石は大迷宮深層のボス。血飛沫を飛ばしながらもギロリと悠斗を睨みつけ、剣山のように牙が生えた大口で喰らい殺そうと迫る。


「敵はァ、一人じゃねぇんだぞ! 《衝天剛撃波》ァッ!!」


 そこに、横合いからの一撃。巨大な戦斧を肩に担いだ周防が巨竜の顔まで飛び上がり、“無属性”の魔力を纏った拳で殴りつけた。


 ドン、ドンッ、ドンッッ!! と連鎖的に迸った衝撃波が大気を揺らし、顔の鱗を盛大に破壊しながらその顔面を揺さぶる。


「グゥ……ォォアア!」


 ズガァァン、とガイアドラゴンの巨体が頭から大橋に叩きつけられた。


「仮にもドラゴンでしょう? それを殴り倒すって……本当、脳筋すぎないかしら?」


 呆れたように溜息を吐きながら、槍を掲げて魔法を行使する槍水。虚空に生まれ出た水塊が彼女の周りを漂う。


「水滴りて石を穿つ、なればこそ、龍を穿てぬ道理はなし……《蒼龍穿・ 七星陣》」


 その数、七。瞬く間に七種類の武器――――スピア、薙刀、十文字槍、馬上槍、パルチザン、トライデント、ハルバードの姿を取り、号令と共に一本ずつ巨竜に向けて射出される。


 途端に「ヤバイ!」と唸り声を上げてその身を起こし、放たれる様々な槍を躱す巨竜。


 惜しむらくはその巨体だろう。避けきれなかった水の槍が、首から胴にかけて四本程突き刺さった。


 血飛沫と、苦悶の声が迸る。


 しかし巨竜の瞳は未だギラギラと、むしろ憤怒の色を宿して燃え盛っていた。


「グゥガァァアアアッッ!!!」


 轟ッと音を立てて、その長く太い剛尾が振るわれる。岩を砕き、巨木をへし折る一撃は、人間程度なら衝撃波だけで身体中が粉々になる程だ。場合によっては伝説に謳われる大樹、“世界樹”すら悲鳴を上げるかもしれない。


「これではまだ、致命傷にはなり得ないわねっ」


 だが槍水は、その一撃を瞬間移動の如き速さで距離を取り避ける。そしてまた、残像を残しながら肉薄し、高圧水流の刃を纏った槍を巨竜の腹へと突き刺した。


 瞬速。『当たらなければどうということはない』とは誰の弁か、今の彼女は地でそれを行っている。


 そのスピードを実現するのは、彼女の技能【縮地】と、そのスピードによって身体が自壊するのを防ぐ為の、“液体”を司る水属性魔法……“血流操作”だ。それによって生み出される速度といったら、オリンピックメダリストが白目を剥いて卒倒した後に全てを諦めて田舎に帰るレベル。というか、もはや人外の域だ。


「もうっ、悠斗みたいに【対竜特攻】を持ってたら、これで致命傷なのに!」


 しかし相手は真の人外。そう毒づく槍水の一撃は、至らない。彼女はスピードファイターではあるが、パワーファイターではないのだ。


「グゥルルルァ……」


 そして巨竜の肉が、突き刺さった槍を咥えて離さない。


 ならばゼロ距離で魔法を――――と考えた瞬間、横合いから周防が飛び出す。


「どいてな、瑠美! しゃぁぁあッ、らぁあアッッ!!」


 ギョッとしたように【縮地】で飛び退くと同時。


 ドラゴンに刺さったままの魔槍を、巨大な戦斧の腹によるフルスイングが襲う!


 ぐっさりと、魔槍はその身の九割方を巨竜の腹へと埋めた。


「ギィッッッ!? グゥルルララアァァ!!」


 致命傷に至らぬなら、至らせればいい。というのは脳筋全開男、周防将大の弁。間違いなく今の一撃は、巨竜に多大なダメージを与えた。


 一本の槍を犠牲にして……。


「ちょっ、私の槍! どうしてくれるのよ!」

「がっはっは! 気にすんな、後で回収できるだろぉ?」

「武器無しで戦えって言うの!? もうっ、なんてことをしてくれたの……!」


 深くめり込み抜けなくなった相棒の槍を未練がましく見つめながら、一人、【縮地】でその場を飛び退く槍水。


 それは、槍を手放さざるを得なくなったことへの細やかな仕返しだ。


「あ、置いて行きやがっ――――」

「グゥァアッッ!!」


 ズガァンッ!!


 石橋を砕く巨竜の脚が、狙い違わず周防を叩き潰した。


「頭冷やしなさいよねっ!」

「ひ、酷いことをするなぁ」


 槍水は輝く聖剣を構えた悠斗の傍に戻り、水を集めて槍を形作る。しかし、如何せん流体である為頼りなかった。


 なら頼るべきは、悠斗だ。


「まあ、将大があれで死ぬとは思えないけど、ねっ」


 次はお前達だと言わんばかりに悠斗達へ目を向けたガイアドラゴンに、三日月型の光刃が迸る。


 技能、【対竜特攻】によって竜殺しの属性を宿した聖剣の一撃。それを身を持って知っている巨竜は、しかし避けようもないので急所だけをその射線上から逸らし、尻尾を振るう。


 スッと目を細め、その剛鞭を見据える悠斗。腰だめに聖剣を構え……


「――――ハッ!!」


 一閃。


 切断……とまではいかなかったものの、骨までその尻尾を斬り裂き、受け流した。


 やはり竜殺しが効いているのか、巨竜がグゥッと悲痛な唸り声を上げる。


 その痛みでほんの少し身体から力が抜けた瞬間、別の咆哮が響き渡った。


「ォオオ!! 爆天の竜帝よ、我に力を! 《剛竜力》ィ!!」


 ズンッッッ!!!


 迸った魔力によって、大橋が浅いクレーター状に陥没する。


 そして周防を踏み潰していた巨竜脚が持ち上がり、吹き飛び、大きく腹を晒してひっくり返された。


 ――――勇者最強の筋力を誇る彼、周防将大。悠斗を軽くぶっちぎったその筋力たるや、遂に竜の域にまで到達したらしい。いつぞやの巨大ゴーレムとも拮抗するかもしれない。


 その彼が、「まだまだァ!」とでも言う風にクレーターを更に砕き割りつつ大跳躍。


 天高く戦斧を掲げ、吼える。


「オオオオッ!! 《隕竜断》ッ!!!」


 それはさながら、星屑の如く。垂直落下の勢いに任せて斧を振り下ろすだけの単純な、そして最強の一撃。


「ガアッ!!」


 一直線に落ちてくるなら、そこを喰らってやればいいと、巨竜は大口を開けて待ち構える。


 このまま落ちれば噛み砕かれ肉塊となるのは必至。しかし周防は怯えることはない。


「へへ、敵は一人じゃねえって、言っただろ?」


 落ちながら目配せする先には……魔法を編み上げる悠斗と槍水の姿。聖剣を大上段に構え、目を伏せて魔力を集めていく悠斗と、人間大の水球を構える槍水だ。


「悠斗が決めるから、ちゃんと当てて隙を作りなさいよ! 《蒼龍穿・大瀑槍》!」


 水球が渦巻き、先細りの楔形へと変貌した。シンプルに表せば水のドリル。彼女の持つ最大火力の魔法だ。


 それを槍水は、巨竜の頭へ投擲する。


 弾速は非常に遅い。威力だけを求めた結果、質量が限界突破しかけているのだ。


「グゥ……!」


 それでも流石に当たるのは不味いと判断したのか、巨竜は降ってくる人間を諦めてそれを避けた。十分、と槍水は心の中でガッツポーズを決める。


 当たらなくてもいいのだ。周防の攻撃が当たれば、それで十分。


「ナイスだぜ、瑠美! しゃぁらあああッッッ!」


 高く飛び上がった結果、口の中へホールインワンという残念極まりない最期を脱した周防。未だ転倒し晒したままの、ガイアドラゴンの脇腹に……


 ズバンッッッ!!


 大陸を割るかの如き一撃を叩き込んだ!


 迸る絶叫と血の雨。


 巨竜の背から腹にかけて抉り取ったような特大の傷が刻まれ、冗談染みた量の血が溢れる。


「グゥルルォォオオ……!」


 流石に、効いたという域は軽く超えただろう。失血と激痛でもはや動くことすらままならない筈だ。それでも即死しないだけ、流石はドラゴンと言ったところか。


「っしゃあ! 後は悠斗、楽にしてやれ!」

「ああ……ここを突破して、宗介を救い出す。“鮮血姫”が立ち塞がるのなら、それも倒す。待っててくれ、宗介」


 やってやったと撤退してくる周防を横目に、悠斗は聖剣を掲げて高らかに謳う。


「我は勇者。民を導き、邪悪を滅ぼし、世界を護り、新たなる時代を創るものなり……されど今この時は、自らの為に。光よ――――盟友(とも)を救う力を、我に授けたまえ」


 後光が一点に、聖剣の刃へと収束していく。悠斗の身体から膨大な魔力が天衝く渦となって迸り、廻り巡りて、聖剣を彩って行く。


 “再生”を司る、光の魔力。


 それは即ち、邪悪なる者を浄化し、魔物を魔力へと還元する輝きだ。


 その威力はかつて五十層でゴーレムに防がれたものとは比較にならない。【対竜特攻】も乗ったその一撃は、きっと一太刀の下に巨竜の肉体を消滅させるだろう。


 しかし、大威力には総じて弱点があるというもの。これの場合は、長い詠唱とタメが必要となる。


 その長い隙を、どうして巨竜が静かに待ってくれようか。


 受けたダメージは多大。満身創痍で、もはや身体を起こすことも叶わず。しかし、彼の者にはまだ切り札があるのだ。


「グ……ゥ、クアァァ――――」


 明らかに致死の光を収束させていく敵に、“それ”を使う時が来たと鎌首をもたげ大口を開く巨竜。


 瞬く間に、喉奥で紅蓮の炎が燻った。


 詠唱を続ける悠斗は訝し気に目を細め、槍水と周防は顔を青ざめる。


「ちょっ、火を吹くっていうの!? 聞いてないわよ!?」

「ここって地属性のダンジョンだろ、クソッ! 悠斗! 間に合いそうか!?」


 不安そうに見つめる二人に、悠斗は冷や汗を垂らしながら苦笑いを返した。


「……すまない、まさか亜竜がブレスを吐くとは思わなかったよ。間に合わないし、障壁に転換するのも不可能だ」


 亜竜。あくまでも“龍族”の劣化である彼らは、ブレスを吐かない。


 正確に言うと、地上に居るような弱い亜竜は。


 しかし、ここは世界でも有数の危険地帯、“フォールン大空洞”の第九十層目。そのような常識は通用しない。そしてフォールン大空洞第九十層目の情報など、地上のどこを探しても見つけようが無い。


 情けない話ではあるが、つまりは知らなかった訳だ。


「火相手じゃ《蒼天幕》は使えないし……将大、その筋肉で止められないの!?」

「ドラゴンブレスは勘弁に決まってんだろ!? 死なせる気か!」


 竜の業火を水の魔力障壁で受け止めなどしたら、途端に水蒸気爆発を起こして大惨事になる為、槍水の魔法では止められない。周防はそのゴリラのような筋肉のおかげで耐久力も高いが、岩をも溶かす炎には無力だろう。


 油断したな、と後悔の念を抱く悠斗。手負いの獣こそ危険、窮鼠猫を噛む、とはよく言ったものだ。どうも宗介を助けることばかり考えていたせいで、注意が疎かになっていたらしい。


 悠斗の魔法など軽く嘲笑うようなスピードでチャージされる炎が、遂に臨界点に達する。


「ゴガアァァァアアアッ!!」


 瞬間、真紅に染まる世界。


 膨大な熱量が悠斗達を、そして後ろの勇者達(・・・・・・)三人をも襲う!


 そう、ここに勇者は六人居るのだ。悠斗達では止められずとも、残りの三人なら――内一人は戦闘能力を持たないが――止められる。


「「《引天》!」」


 即ち、葵の盾となるべくいつでも魔法を使えるように準備をしていた緋山と岩井が、その“合成魔法”のトリガーを引く。


 “エネルギー”を司る火と、“固体”を司る地の合成魔法――――固体の持つエネルギーを操る“引力魔法”が発動し、光を捻じ曲げる黒点がガイアドラゴンのブレスを捻じ曲げた。


 空気を焼きながら、炎は奈落の闇を眩く照らす。


 しかし悠斗達には届かない。何故なら、当たる寸前に頭上へと流されていくから。


 《引天》。飛び道具の軌道を膨大な“引力”を持った塊によって捻じ曲げるという、ある種絶対的な盾となる魔法だ。物理法則や科学の知識を持ち、更に常識外れの力を持った異世界の勇者だからこそ編み出せた魔法である。


 まあ、すこぶる付きで燃費が悪いという欠点もあるが。現に緋山と岩井の二人は、たった一回の使用だというのに肩で息をしている。


 しかし、それがどうした?


「二人とも、大丈夫?」


 葵が心配そうに、二人に懐から取り出したポーションを手渡す。


「あ、ありがとう、楠木さん」

「グッジョブ葵ちゃん!」


 二人はそれを、待ってましたと言わんばかりに煽っていく。


 ――――魔力回復のポーションなど、葵が居れば無尽蔵に湧いてくる。故に、燃費の悪さは問題にならない。


 戦う力を持たない彼女は、しかし、秘めたポテンシャルだけ見れば悠斗にも匹敵するのだ。……そして、この世界に存在しない武器を創った宗介にも。


 戦える勇者は六人。フォールン大空洞の中ボス程度が勝てる相手ではなかった。


 自らの切り札が、防がれるのではなく逸らされる。そんな異常事態に巨竜は目を剥く。


 そして再度口を開いた瞬間。緋山と岩井は小さく頷き合い、またも《引天》を行使する。


「グゥ!? ガアァァァ……!」


 ズシンッ!


 と巨竜の頭が石畳に叩きつけられた。勿論、抵抗しようとするのだが、引力魔法によって引き剥がすことも出来ない。


「ふぅ……どう、悠斗君? これで大きいのも決めれられる?」

「流石だね、助かったよ。さあ、終わらせようか」


 大きく息を吐いて呼吸を整える二人に、悠斗は賞賛と感謝の言葉を贈りつつ、竜のブレスもかくやと言うほどに煌めく、臨界に達した光刃を掲げる。


 スウ……と、光の魔力が奈落の闇を祓っていく。


 それは、必滅の閃光。


 天上天下にあまねく万物を浄化し、流転へと誘う一撃。


 その輝きに照らされたなら、ガイアドラゴンはおろか、不朽不滅の冥王“鮮血姫”すら耐えることはできないだろう。


「……宗介、待っていてくれ。今向かうから――――翔ろ閃光、我が道を切り拓きたまえ、《ホーリークレスト》!」


 ――――轟ッ!!


 と、上段からの振り下ろし。されど迸った魔力の奔流は並にあらず。


 大橋の表面を削ってゆく光の刃……いや、レーザー砲とでも言うべきそれが、引力魔法のせいで身動きがとれない巨竜へと迫る!


「グゥ、ルガアァァ……!」


 その巨体故、全身を光に呑み込まれるということは無かったが、頭から首にかけてを光に灼かれたガイアドラゴンは、浄化されていく感覚に悲痛な叫びを上げる。


 叫びを上げて――――そして消えた。


 魔力の奔流がその勢いを弱め、闇が戻った大空洞の大橋に、首の中頃から先を消滅させた巨竜の身体が崩れ落ちた。これで死なない生物など存在しない。


 勇者達は、無事に九十層を突破出来たことに安堵の息を漏らす。


「流石だね、悠斗くんっ」

「……もう、誰も失いたくないからね。さあ皆、最下層までもう少しだ。頑張ろう!」


 とたたっ、と駆け寄ってきた葵から魔力回復のポーションを受け取り、そしてすぐに九十一層へ降りる準備を始める悠斗。それにつられて他の勇者達も、巨竜に刺さった槍を抜いたり戦斧にこびり付いた血を拭ったりと、一拍の休憩の後に立ち上がる。


 奈落に落ちた幼馴染が居るとすれば、この先。助けるだけの力は得て来た。


 場合によっては“鮮血姫”とも戦うが、何よりもまずは宗介を救出する為に。



 悠斗達は、九十一層へと続く扉に手を掛ける。

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