十五 語らい、そして
「懐かしいな、この大橋。戦った形跡が微塵も無くなってるけど」
「……ん、私が直したから」
フォールン大空洞第五十層の大橋を眺めた宗介の呟きに、エリスは戦闘用中級虎型ゴーレム“虎徹参式”に腰掛けたまま答えた。
美女と野獣……というには、虎側が些か不釣り合いである。鋼の身体に、サーベルタイガーの如く伸びた二本の剣牙。そして前脚に煌めく剛爪と踵に向かって伸びる硬質ブレード。この宗介によって創られた機械の虎が野獣かと言われれば、返答に困るところだ。
閑話休題。
「……迷宮って、もっとこう、謎技術で自動的に修復されるもんだと思ってたよ」
『そんな技術、この世界には存在しないわ。魔王のゴーレムが異常なだけよぉ』
「存在しない、か。そりゃ古代の文献を調べても出てこなかった訳だ」
エリスやクロノスと他愛無い会話を交わしながら、宗介は懐かしい――と言っても一週間と少ししか経っていないが――五十体の四刀ゴーレムや巨大な騎士像と戦った大橋を歩く。
手榴弾やパイルバンカーを総動員し崩落させた名残など欠片も感じさせないそこには、もはや敵は居なかった。何体か倒し切れなかった小型ゴーレム達が残っていたと宗介は記憶しているが、悠斗達によって回収されたのか。宗介支配下のゴーレムも何もかもが存在せず静寂に包まれていた。
なんというか、物悲しい。果たしてあの後、悠斗達は無事に生きて帰ることができたのだろうか。彼らを守るように命令を与えていたゴーレム達はちゃんと役割を果たしたのだろうか。
戦いの傷跡が消えたこの大橋からは、なに一つ類推することができなかった。
「はぁ。休憩なしで折り返し地点まで来た訳だし、ちょっとここいらで休憩するか……」
「……賛成。半人のソウスケには、休憩は必要」
中頃まで歩みを進めたあたりで、エリスがおもむろに指を振るう。ズズッと石橋が盛り上がり、即席のベンチとテーブルが出来上がった。即席とは名ばかりの、流石は吸血鬼の王と言わざるを得ない装飾が散りばめられた逸品だが。
宗介は出来上がった石のベンチにどかっと腰を下ろし、大きな溜息を吐いた。
「はぁ~、迷宮内部は中ボス部屋でしか気を抜けないから大変だ……」
中ボスが撃破された後の大橋は、前後の階層に蔓延る魔物達から断絶された絶対不可侵の領域である。つまり、その不可侵領域は唯一の休憩ポイントとなる。
ガイアドラゴンを倒した後、魔物相手に特訓しながら地属性以外の魔石を回収する為、ガイアドラゴン戦でレベルが格段に上がったことで覚えた技能【遠隔操作】を駆使し、同ドラゴンの魔石を利用して創った戦闘用ゴーレム“虎徹参式”を動員して各階層の魔物を一匹残らず殲滅しながらここまで登ってきた宗介。
疲れを知らない機械の左脚があり、半吸血鬼化により疲労が溜まり難くなっていたとしても、流石に【痛覚遮断】でも抑えきれない程に身体が悲鳴を上げ始めていたのだ。
「……お疲れ様。ここまで来たなら、後はもう、余裕なはず」
ぽふっとエリスが、四肢を投げ出してベンチに身体を預ける宗介の横に座った。
「ああ、下から攻略の利点だなぁ。登れば登るほど、楽になる……」
全くもって当然の理であった。しかも、ここから先四十層までは魔物が出てこないと知っており――本来、四刀の小型ゴーレム達が魔物の代わりに配置されていたらしい――、その先も一度通った道なのだ。出てくる魔物も熟知しており、苦戦する要素が皆無である。
勿論、ここよりも下層の場合はそうも行かなかった。
例えばガイアドラゴンを倒してすぐの階層では、どうしてもレベルが上がりきっておらず苦戦したし、例えば五十一層の狼型魔物の大群もそうだ。倒しても倒しても湧いてくる狼の群れには流石に肝を冷やした。
鋼の体毛を持つ為、クーゲルの射撃は効かず、しかしシュトラーフェの十五ミリ・フルミスリルジャケット・マグナム徹甲弾はコストが高い為温存する必要がある。つまりは近接戦闘がメインとなり、すると必然的にゴーレムと化していない生身の部分を狙われるのだ。四方八方、三百六十度から。
ともあれ、何とか突破することが出来たから今があるのだが。
「……疲れた身体には、血が効く」
「血、ね」
エリスが指を振るい、ガラス製のグラスが二つ作られた。つまりは“飲んでおけ”ということなのだろう。エリスは“空間収納の指輪”からスチールウルフの血を貯めた水筒を取り出し、グラスに注ぐ。
まるで、濃厚な赤ワイン。
それを意識してか、宗介とエリスはお互いにそのワイングラスを優しく掴み、そしてカツンと打ち鳴らした。
「乾杯」
「ん、乾杯……」
静かにそれを傾け、粘土の高いトロリとしたワインを煽っていく。エリスはやたらと優雅に、宗介は未だ練習中ですと言った具合だろうか。吸血鬼になりたてなので。
やがて宗介は、ほうっと息を吐いた。
「ああぁ……骨身に染みる……。文字通り……」
『ジジ臭いわよ、ソウスケぇ』
「うっせ、事実だから良いだろうが」
ふよふよと周りを舞うクロノスに鬱陶しいと手をパタパタやりながら、グラスに残った血を飲み干す。
血とは、吸血鬼にとっての主食だ。そして特上の回復薬でもある。吸血鬼の力が強ければ、それこそ血を飲めば潰れた心臓すらも治るほどの。
物理的に骨身に染みるそれは、疲労など瞬く間に消し去ってしまうのだ。
活力を取り戻した宗介はグラスをポイと投げ捨て、「さて」と呟き義足に手をやる。
「メンテナンスと洒落込むか……っと」
ガコンッと、根元から取り外された義足をテーブルの上に横たえる。同時に指輪の収納から幾つかの小物を取り出してもらい、義手の人差し指に内蔵されたドライバーを伸ばす等して、義足を弄り初めた。
それを、チビチビとワインに口を付けながら眺めるエリス。
「……見てても面白くないだろ」
義足のふくらはぎ付近の軽量装甲を取り外し、エンジン付近に取り付けられた水冷機構用の、水属性の魔石を使ったカートリッジを入れ替える。その後、表面にこびりついた魔物の血を拭き取っていく。
「……別に」
「そうか」
メカオタクの宗介としてはそれなりに楽しめる作業なのだが、エリスはそうでもないだろう。それでもジッと、小さな両手でワイングラスを抱えながら作業を見つめる愛らしい美少女に、なんともむず痒いような気分になる宗介。
とりあえず、黙々とメンテナンスすることでその気分をかき消す。
ドルルンッ! と軽快に鳴り響いたエンジン音に満足そうに頷いた宗介は、装甲を戻して元の場所へと取り付ける。そして動作を確認し、問題無しと判断するや否や、義手のメンテナンスへと突入した。
「……ソウスケ」
「ん?」
アサシンブレードを取り外して脂を研ぎ落としながら、不意に呼ばれた名前に視線を寄越す。
「……ソウスケは、地上に出たら、どうするの?」
「あー、それなぁ……」
研ぎ終わったブレードを左手で弄び、軽くテーブルを切りつけてみて、スパッと石のテーブルの縁を切り裂いたことに内心驚きながら、ポツリポツリとエリスの問いに答えていく。
「まず、今のままじゃまだ弱いから、せめて各武装を自由に扱えるように、“火属性の魔石”を安定して入手できる手段を探す。弱点的な問題でちょっと不安だが、“トリッド活火山”にでも向かうつもりだ」
「大迷宮の、一つ……?」
「ああ。あそこは火属性の魔力が集まるって聞く。そこで大量に火属性の魔石を集めて、銃弾やエンジン搭載ゴーレムを量産する。火山って程だし、ここには無い鉱石を取るのも良いかもな」
各部に染み付いた血を掃除する姿をジッと眺めながら宗介の今後を聞いたエリスは、またも小さな声を発した。
「……その、次は?」
瞬間、少しだけ宗介の手が止まった。
一拍の逡巡の後、トリッド活火山で魔石を確保した後のことを話し始める。
「…………俺をここに落とした奴らに仕返しする、つもりだ」
「……復讐?」
「んな大層なモンじゃないさ」
内蔵ボウガンのガス圧機構に使われている風属性の魔石を取り替え、動作を確認。
「完全に俺が死んだと思ってる北池達に、『強くなれる機会をくれてありがとな』って伝えて、ついでに右腕と左脚を撃ち抜くくらいか」
『結構エグくなぁい?』
「どうせ即座に回復する手段くらいもってるだろうし、妥当じゃないかと思うんだがなぁ」
ガリガリと左手で頭を掻きながら、遠隔操作で義手の具合を確かめる宗介。こちらも問題ないらしく、元の肩口へと取り付けた。次は“虎徹参式”のメンテナンスだ。
「…………その、後は?」
「まだその先を要求してくるのか……」
静かに見つめてくるエリスに、虎徹参式の装甲を外していく宗介は、どう返したものかと途方に暮れる。
「あー……正直言って、考えてないんだよな。面倒事に巻き込まれないよう静かに生きてみようか、それとも故郷に帰る方法でも探そうか」
「……“勇者”の、使命は?」
「悠斗達……あぁ、俺の幼馴染な。そいつらがやってくれるさ。多分」
勇者の使命。それは四人の幹部を倒し、魔王を倒し、戦争に終止符を打つこと。
いや、今の宗介は四人の幹部が操られているだけだと知っている為、この場合は四人の幹部を解放し、魔王を倒すことか。
エリスには、自分が異世界から召喚された勇者であると伝えてある。その上で、一応は仲間である別の勇者の裏切りによって奈落の底に落ちたことも。
……確かに宗介は、勇者としての義務を果たすべきなのだろう。
しかし今の彼は、その義務を果たすやる気が無かった。
「面倒事に手を出したから、今の俺がある……だから、俺はもう二度と面倒事には手出ししない。出しても最小限、起こりうる事態を真っ向からねじ伏せることが出来るくらい強くなってからだな」
宗介はフッと遠い目をして天を、大空洞の闇を見上げる。
力無きまま北池に手を出した。落とされて、こんな姿になった。
もう一度同じような体験をするなど御免被る。
魔王など知ったことか。今は何よりも、この“半人半魔、あからさまに異端な武器、一応勇者の一人”という、全世界を敵に回すような状況を切り抜ける力を得るので一杯一杯なのだ。
虎徹参式に不備が無いことを確認し終え、メンテナンス道具をテーブルに置く宗介。
そして、何となしに同じ問いを投げかけてみた。
「お前は、エリスはどうするんだ? 仮にも吸血鬼族の王らしいし、色々とあるんだろうけど」
今でこそ、宗介を無事に地上へと送る為に着いて来ている彼女であるが、逆に言えばそこで終わり。助け、助けられたことも、それで綺麗さっぱりお終い――――少なくとも宗介はそう考えていた。
と言うのも、魔王の隷属魔法から解放されたエリスは、言わば魔王の敵である。それでいて、紛うことなき魔族でもある。つまり魔族と人間族、その二つの勢力とはまた違う、新たな第三の勢力となる。
どう考えても厄介事の種となるだろう。故にフォールン大空洞から脱出した後、宗介は一人でトリッド活火山へと向かうつもりだ。
「……私、は」
不意にエリスは言葉に詰まり、手元のグラスに視線を落とす。もはやグラスに赤ワインは一滴たりとも残っておらず、しかし少し俯いたまま言葉を発する様子を見せなかった。
どうやら、考えていなかったらしい。しかもこの問題は少女にとって、それなりに大きいもののようだ。
「あー、答え難いなら別に答えなくてもいいぞ。特に深い意味は無かったから」
何か悪いことを聞いたなと、頭を掻きながら宗介は軽く謝罪の言葉を口にする。「……ん」と、肯定とも否定とも取れない小さな返事が返ってきた。
それきり考え込むエリスを尻目に、メンテナンス道具を片付けて宗介は立ち上がる。
「そろそろ行くぞ。あと半分、折り返しなんだ。こんな所でモタモタして居られねえ」
「ん……分かった」
若干、渋々と言った具合にエリスも立ち上がり、指を一振りして石のテーブルなどを片していく。クロノスに『ゆっくり考えればいいのよぉ』と宥められながら。
十分な休憩は取った。各武装の整備も終わった。後は、ノンストップで地上まで駆け抜けるだけである。
◆
そこからはもう、圧倒的であった。
敵の居ない四十一層までは言わずもがな。四十層のボスである空飛ぶ石像の群れは、竜の鱗を穿った十五ミリ・フルミスリルジャケット・マグナム徹甲弾による極超音速攻撃で核の魔石を撃ち抜かれて爆散し、もしくはクーゲルによって翼を撃ち抜かれ、墜ちた所を義手の剛腕によるパンチや義足の内蔵パイルバンカーで爆砕させられた。
その後、貴重な地属性以外の魔石を回収する為、“虎徹参式”も動員して各階の魔物を殲滅しながら宗介達は上階へと登る。
三十層のボス、ミスリルタートルなど、もはやただの鈍いカメに過ぎない。シュトラーフェでも、小型パイルバンカーでも、殴ってでも踵落としでも一撃で粉砕できるだろう。
結果としては義手の鉤爪で万力のように握り潰された。哀れすぎる。
二十層の大ムカデは、嫌悪感を露わにしたエリスが大橋を操り、“ぐぱぁっ”と石の津波を発生させて圧殺した。宗介とて虫の体液で汚れたくは無かった為僥倖と言えるのだが、これで二十層の大橋の構成成分に“大ムカデのすり潰し”が混ぜ込まれた。
そして本来は最初にして、宗介的には最後の中ボス、マスターリザードは、出会った瞬間に“龍脈眼”が示す魔石へと抜き撃たれたシュトラーフェの弾丸により、一瞬で絶命した。
そう、九十層付近の強力なモンスターを、弾丸の無駄無く瞬時に倒す為に宗介が編み出した技術――――“核撃ち抜き”である。
魔物の核は“魔石”。魔石は割れたりすると、内に秘めた魔力を暴走させる。では、魔物の核を撃ち抜いたら? 答えは単純、一撃必殺だ!
とはいえ、龍脈眼という、魔物の体内に潜む魔石を可視化できる魔眼と、避けようのない極超音速の攻撃があってこその技術であるが。
さて、難なく最後の中ボスを突破し、残るはたったの九層。
もはや火や水、風属性の魔石は採れない程に上層である為、宗介は血濡れの黒マントで気配を消し、無駄な戦闘を避けることで弾丸の消費を最小限に抑えながら進んで行く。虎徹参式はエリスの指輪へと仕舞われ、エリス本人は【影化】で静かに後を着いて来ていた。
そして遂に――――第一層、大きなドーム状の広間に辿り着く。
「もう、少しだ」
「ん、ここを抜ければ……終わり」
宗介は眼帯を剥ぎ取り、スッと目を細めてクーゲルとシュトラーフェに手を伸ばす。
エリスは装飾時計の針のような刺突剣を構え、クロノスを従えて宗介の背に寄り添う。
――――臨戦態勢。
理由は、広間から伸びる通路の先に感じる無数の気配だ。
魔眼が宗介に知らせてくる魔石の数は、二百はあろうか。図らずともフォールン大空洞突入初日の、宗介が残念過ぎる戦いぶりを見せたあの時と同じ状況であった。勇者側の数が比較にならないほど少ないが。
『これはまた大層な歓迎ねぇ。一体誰が指揮してるのかしらぁ?』
「はっ、面白え。あの時は一体しか屠れなかったが……そうだな、百は屠ってみようか」
「……じゃあ、後の百は、私」
各自が思い思いに言葉を交わす。
それと同時、分岐路の先から無数の魔物が溢れ出してきた。
ゴツゴツとした岩のような鱗を持った二足歩行のトカゲ、土色の肌を露出させた大きめのモグラ、薄暗い洞窟に溶け込むような黒いコウモリ。
それらの大群である。
しかし、かつての様に臆することはない。
「さあ、やろうか!」
ズダダァンッ!!
クーゲル、シュトラーフェによって放たれた音速の弾丸が、刹那の内に二体のリザードマンを貫き穿った。
片方はクーゲルによって頭を撃ち抜かれ。片方はシュトラーフェによって魔石を爆砕させられ、石像が崩れるように身体全体が砕け散った。それだけに留まらず、シュトラーフェの十五ミリマグナム徹甲弾はリザードマンの後ろの魔物達も貫いて絶命させていく。
「ん、踊れ……《鮮血の極刑》!」
宗介によって撃ち抜かれた側とは別の、エリス側の魔物達が、地面から突き出した杭によって瞬く間に串刺しにされた。身体中から杭を飛び出させた血塗れの魔物達が乱立する様は、まるで前衛的な現代アートか何かのよう。
たった四人、数十秒でおよそ二十? 甘い。たった二人、二秒でおよそ二十だ!
そんな、かつての勇者達を遥かに上回る速度で魔物を絶命させたのをキッカケに、二人は競うように銃や魔法のトリガーを引いていく。
「リロードだけは注意、っと!」
ズドドォン! ズドォォン!!
連射されたシュトラーフェが空薬莢を散らしながら、一射毎に片手の指以上の魔物を屠っていく。横から迫る魔物はクーゲルで、もしくは銃を握ったまま剛腕を振るい、殴り殺すかアサシンブレードで両断して屠る。
再度、二発の十五ミリマグナム徹甲弾が放たれる。計十体の魔物が爆砕した。
しかし、これで六発。シュトラーフェは弾切れだ。故に宗介は、その銀のハンドガンを天に放り投げる。
クルクルと綺麗な縦回転を見せながら、宙を舞う大口径拳銃。遠隔操作でロックが外され、遠心力で空のマガジンが排出された。
武器の片方を捨てた宗介に、魔物達が殺到する。されど臆することなくクーゲルを連射し、エンジン音を轟かせて回し蹴りを放ち、魔物達を吹き飛ばす。
同時に空いた右手でマントの下から手榴弾を取り出し、魔物の群れの中へと投擲。即座にボウガンで狙撃して起爆してやる。
轟音と爆炎が魔物達を蹂躙している間に、弾切れを起こしたクーゲルを直接操作して空薬莢を排出。手榴弾と同時に取り出した円形のスピードローダーをシリンダーに装填した。
そして、降ってきたシュトラーフェを危なげなくキャッチして手首を返し、展開した義手の装甲から飛び出したマガジンを装填する。
「――――こんなもん、か。一挺だと手数が足りないし……マシンガンでも創ってみるかね」
どうしても手数不足ということに辛いものを感じながら、右腕を振るう勢いでシュトラーフェの遊底をガシュンッ! と引き、初弾を薬室に送り込む。
そして間髪入れず、引き金を引いた。
「……やっぱり、私の恩人は、凄い」
負けじとエリスは指揮棒のように刺突剣を振るう。
瞬間、杭の林が立ち並び、無数の断末魔と血の雨が迸った。たった一手で軽く二十。圧倒的な魔法である。
勿論、本気を出せばその限りではないが、それでは面白くないということで。
傍から迫って来たリザードマンの刃をスルリと躱し、その心臓に刺突剣を突き立てる。そこから四方に伸びた杭が、リザードマンの肉体を内側から蹂躙した。
「雑魚が――――」
刺突剣を引き抜くと同時に、魔力を練り上げる。返り血で少し紅く染まった銀髪とドレスがふわりと揺れ……
「――――死骸を晒せ」
ズドシュッッッ!!!
力の数割を解放し、五十の前衛的現代アートを乱立させた。
リザードマンとモグラは地面から、コウモリは天井から突き出した杭によって貫かれ、そこを起点として四方に飛び出した赤黒い杭が血肉を散らす。
血の雨降るその異様な光景たるや、横目でその光景を見た宗介がドン引きして見て見ぬ振りをするレベル。
チロリと、口元に飛んできた血を舐めとるその姿は、まさに“鮮血姫”。
圧倒的に過ぎた。
スタッと、示し合わせたように背中合わせになる二人。
「お前、あれで何割……?」
「……二割、以下?」
「最高にぶっ飛んでやがるな」
「……ソウスケこそ」
相棒の馬鹿げた力と、今までとは違うと確信できる自分の実力に、宗介は思わず高揚して頬を緩ませる。それに釣られたのか、それとも血を浴びたからか、エリスもほんの少し頬を緩めた。
そして、お互い同時に突貫。
蹂躙。
惨劇。
魔物が一匹残らず肉塊となるのには、三分とかからなかった。
◆
カッと差す、太陽の輝き。
第一層の大歓迎を突破し、遂にフォールン大空洞入り口の扉を開けた宗介に突き刺さったものである。
「眩、しい……っ! 目が焼けるっ! これが吸血鬼の弱点か……」
ジリジリと焼くように刺す日光を、マントで遮る宗介。
その影の中、宗介は次第に笑みを浮かべていく。
「は、ははは……戻って、きた……。戻ってきたぞ、くそったれぇえー!!!」
うおぉぉぉぉ! と、心底嬉しそうな宗介の咆哮が名もなき廃都に響き渡った。
右腕を喪い、左脚を喪い、右眼は魔眼となり、半分吸血鬼になりながらも、彼は――――生きて帰ってきたのだ。
「くそぉ! 眩しい、眩しいぞちくしょぉ! 吸血鬼化の弊害か!? 焼けるもんなら焼いてみろよ太陽オラァ!!」
『ちょっ、止めたほうがいいわよぉ?』
クロノスが止めるのも聞かず、バッ! と黒マントを取っ払い、新鮮な太陽の光を全身で受け止める宗介。生身のまま露出した顔と左手がジリジリと燻りだす。「あ、これヤバイわ」と命の危機を感じた宗介は、大人しくマントを羽織り直した。
というのも、このマントは闇属性のエンチャントによって気配を消しており、つまり副次的にだが日光の影響を弱めてくれるのだ。これが無ければ、恐らく宗介は義肢だけを残して灰になった筈だ。吸血鬼は日光というものにトコトン弱い。
とまあ、吸血鬼化の弊害に悲しさを感じながらも、久方ぶりの地上に心底楽しそうにはしゃぐ宗介。
そして、それを微笑ましそうに、されど少し悲しそうに眺める少女。
「はー、エリスは日光浴びてもダメージを受けたりはしないんだな、羨ましいぜちくしょう!」
「…………ん」
歯切れの悪い返事。
それによって少々落ち着きを取り戻した彼は、そのままエリスに向き直る。
「……その、なんだ。ここまで無事に戻ってこれたのは、お前のお陰だ。マジで助かったよ、ありがとな」
「……私こそ、助けてもらった」
「ああ、意図しなかったとはいえ、助けた。そして助けられた。これでおあいこだ」
「…………おあいこ」
その言葉に、彼女は心底悲しそうな顔をした。紅い瞳がウルウルと揺れる。
予想だにしなかった事態にギョッとした宗介は、どうしたら良いのかと混乱し……とりあえず涙を拭ってやる。
「ちょっ、泣くなよ。なんで泣くんだよ? 俺はむしろ嬉し泣きしたいところだが、お前が泣く理由なんて……」
ぐすぐすと鼻を鳴らすエリスに、宗介は途方に暮れる。
そして、助け舟を求めるように辺りを舞うクロノスへと目をやった。
『……この子はね、嫌なのよ。ソウスケと離れるのが』
鼻を鳴らしながら、エリスはこくりと頷く。
「い、一週間ちょっとの関係だろ? どうして……」
『まず第一は、不安よね。私は分体で、本体は大空洞の更に地下深くに眠っているから、ここから先に着いては行けないわぁ。つまりソウスケと離れると、この子は一人になるの。すると、魔王がまた自分を隷属させにくるか、もしくは殺しにくるでしょう。それが怖いのよぉ』
確かにそうだ、と宗介は納得する。
過去に隷属させられたから、“フォールン大空洞”のボスをやらされていたのだ。ここで一人になれば、また同じことの繰り返しである。
『二つ目は、約束よねぇ』
「約束?」
『そう、“吸血鬼”っていうのは、約束事や契約にはうるさいのよぉ。そしてこの子は、ソウスケに“全てを捧げる”と誓ったわぁ。吸血鬼の王が、誓いを反故にする……あってはならないことよぉ。つまり今のこの子は、余すことなくソウスケの物なの』
「……えぇ」
なんだそれは、と内心でぼやく宗介。
別にそんなこと求めてはいない。むしろ厄介事の種なのだから、出来ることなら手放したいところだ。
……いや、エリス程の美少女が自分に尽くしてくれるというのには、中々に惹かれるものもあるのだが。それで、はいそうですかと我が物にしては、ただのクズである。
と、クロノスの舞がいっそう勢いを増した。まるで何かを溜めるように。
そして放たれる、最後の理由。
『そ、し、てぇー、何よりもぉ…………この子は、ソウスケにハートを射抜かれちゃったのね!』
恋バナをする女子のようにキャーッ! と声を上げながらクルクルクルクルと光球が舞った。
宗介が視線をチラリとエリスに向けると、そこには頬を若干赤らめて俯く少女が……。
宗介の頬が引き攣った。
「いや、確かに物理的には射抜いたけどさ。パイルバンカーで。むしろ吹き飛ばしたけどさ」
「……射抜かれ、ちゃった」
「……おうふ」
少なくとも、冗談ではないように思えた。自身に慎ましく寄り添う魔力が魔眼越しに見える。
宗介は、レベルアップによって格段に伸びた知能をフル回転させ、その感情を分析していく。
「多分、だけどな? その気持ちは俺のこの、義肢とか半魔の身体に感じる責任感やら何やらが強まった結果とか、そういう類のやつだ。きっと本物じゃないぞ」
「……昇華したなら、それはもう、私の中では、ホンモノ」
「俺は、強くなってやりたいことがチャチな仕返しっていう、多分この世の男子で一番かっこわるい奴だぞ? 絶対にお前が思ってるような奴じゃない」
「……弱いままで、助けてくれた」
「あの時は割とガチで殺すつもりだったが」
「……結果として、助けられた」
存外に頑固なエリスに、宗介はどうしたもんかなぁ、と頭を掻く。
「…………私、ゴーレムの素材、集められる。魔石も作れる。きっと役に立つ……」
「それは、まぁ、思う存分実感したが、それ以上に魔王に狙われるっていうデメリットがだな」
右肩から先と左脚に取り付けられた義肢に目をやる宗介。
確かにこれらは、彼女の助力無くしては作り得なかった。エリスの地属性魔法の力は、間違いなく今後も役に立つだろう。
しかし、魔王に狙われることになる。
「不利益、ひっくり返すくらい、頑張る……! 私の全てを捧げる……! 私も連れて行って欲しい!」
「うぐっ……」
いつになく強い意思を宿した言葉に、確固たる信念を持った表情に、宗介はたじろいだ。
そして、もう一度、彼女を連れて行くのが益となるか不利益となるかを考え直す。
詰め寄るエリスは、やがて最後のカードを切った。
「…………私の、全てを捧げる……。身体だって……捧げる。私の初めて、全部……」
涙目の、上目遣いで切られたそのカード。それは、男子高校生には些か刺激的に過ぎた。
エリスは超絶美少女だ。それこそ天使と見紛う程の。
その少女が、上目遣いで、全てを捧げると口にする……。
レベルアップしたことにより伸びた知力が、妄想を加速させる……。
「だあぁーっ! アホか俺は!」
宗介は咄嗟に頭をブンブンと振るい、思い浮かんだ情景を記憶の彼方へと追いやった。
荒い息を整えながら、宗介はエリスの肩にポフッと手を置く。
「あのな、女の子がそんなこと言っちゃいかんのだぞ? 男は皆、心に野獣を飼ってるからな。下手すりゃその場で喰われてもおかしくないんだ」
何を言ってるんだか、と自虐的に笑って肩から手を退けた。
エリスはそこに、シュトラーフェの十五ミリ・フルミスリルジャケット・マグナム徹甲弾もかくやというストレートを叩き込む!
「…………ソウスケになら、喰べられても、良い……」
頬を赤らめて恥じらう、そのいじらしい上目遣いの姿は、極超音速の弾丸となって宗介の脳髄を貫いた!
されど、無駄に【痛覚遮断】なども使って何とか耐え抜いた彼は、これはもう何を言っても無駄だな……と大きな溜息を吐く。
「……分かったよ。確かにエリスの力は俺に必要だしなぁ。着いてくるなら、着いてこい。その代わり、全力で俺の力になってもらうからな」
折れた。
やはり、彼女の地属性魔法の力は魅力的だったらしい。それこそ、魔王を敵に回してもお釣りが来る程に。
他意は無い。断じて無い。無いったら無い。きっと。
恥ずかしげに明後日の方向を向き、頬を掻きながら告げられたその言葉に、エリスの顔がパアッと明るくなった。それはもう、満開の花のごとく。
「絶対に、着いてく……! 全力で、ソウスケの力になってみせるっ!」
「おう、もう好きにしてくれ……」
話は終わりだと言わんばかりに、宗介はマントを翻して歩き始める。
エリスはその後にピッタリとくっ付き、離れようとしない。その心底嬉しそうな表情といえば、普段の無表情など欠片も想像できない程である。
(くそっ、葵然りエリス然り……。異世界に来てから、ヤケに乱されてる気がするぞ……。何なんだよマジで)
ボソボソと内心で愚痴を零す宗介の左傍にエリスが並んだ。明らかに歩調が軽い。今にも鼻歌を歌ってスキップでも始めそうな勢いだ。地の大精霊様も『良かったわねぇ!』と少女を祝福する。端から見ればとんでもない光景だ。
内心愚痴を飛ばしまくりながらも宗介は、「こんなのもあり、かもな」と呟く。
「ともかく。次に目指すのは、“トリッド活火山”だ。これからもよろしく頼むぞ、鮮血姫様?」
宗介の言葉に、頬を赤らめた少女が返す答えは――――
「んっ!」
――――たった一言を伴った、力強い頷きであった。
――――――――――――
西田宗介
機巧師 レベル:76
体力:180
魔力:180
筋力:180
耐久:626
知力:626
敏捷:180
技能:【言語理解】【ゴーレム創造】【ゴーレム複製】【遠隔操作】【刻印】【痛覚遮断】【吸血】
――――――――――――




